w2ソリューション 山田大樹氏「運をマネージするのも起業家の仕事だ」 

グロービス アルムナイ・アワード2016受賞者に聞く
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MBAの真価は取得した学位ではなく、「社会の創造と変革」を目指した現場での活躍にある――。グロービス経営大学院では、合宿型勉強会「あすか会議」の場で年に1回、卒業生の努力・功績を顕彰するために「グロービス アルムナイ・アワード」を授与している。2016年、「創造部門」で受賞したw2ソリューション株式会社代表取締役の山田大樹氏(グロービス経営大学院東京校、2015年卒)に、MBAの学びをどのように活かしたのかについて聞いた。(聞き手=GLOBIS知見録「読む」編集長 水野博泰、文=荻島央江)
 

知見録: 受賞おめでとうございます。早速だが、ここに至るまでの道のりを振り返りたい。いつから起業家を目指していたのか。

山田: 高校生のときから起業家になることを志していた。きっかけはバブル崩壊。当時、中学生ながら資本主義に限界を感じた。私が思ったのは、みんなの幸せが高まっていくような世の中にしていきたいということ。そのために、起業家として時代を担う事業を手掛けるという答えに行き着いた。

知見録: 高校時代はどんなふうに過ごしていたのか。

山田: 偏差値の高い進学校に通っていたが学校生活よりパソコンやバンド活動に没頭し勉強は落ちこぼれ、高校2年の終わりの頃、偏差値は40くらいに落ちた。このままではいかんと、そこから猛然と勉強を始めた。高3の1年間は毎日20時間くらい勉強し、同じ高校3年生の家庭教師もした。

知見録: 高3が高3の家庭教師?

山田: はい。教えることで一番学べると考えた。そこまでやったら、いざ受験するときには偏差値は70を超え、無事大学に合格した。さてこれからどうしようと。起業家になるという思いはあったが、具体的に何をしていいか分からず、高校卒業までの1~2カ月は松下幸之助さんや稲盛和夫さんなど経営者の本を読みあさったり、財務に関する知識を身につけようと簿記の勉強をしたりした。

最初の起業は大学1年、億円単位を稼ぐ

大学入学前の3月、手に取ったのがアルバイト情報誌の「フロムエー」。社長になることが目標だったので、社長が面接してくれるバイト先を探した。それで出会ったのが、東京都八王子市にある家庭教師センターの社長。それが、私が事業に携わる初めの一歩になった。

その会社では、学生自身が家庭教師も営業もしていた。これなら自分にもできそうだと、「今は八王子のみだが、これを一気に全国に展開する。やらせてくれ」と話した。社長は私のために子会社をつくってくれ、「お前のために会社を用意した。売り上げの12%をロイヤリティとしてお前にやるから、やってみろ」と言われた。

そこからは早かった。4月に大学に入学して夏休みくらいまでに全国に13拠点を立ち上げた。それが最初の起業家っぽい経験だ。家庭教師が増えれば増えるほど売り上げが上がり、稼いだロイヤリティは億円単位。月収で6000万円とか、そういうレベルだ。

最後に立ち上げた拠点が新潟。そのとき同時に合宿免許に行っていて、そこで出会った同い年の大学生と意気投合して立ち上げたのが、フィアコミュニケーションズ。1997年11月、大学1年のときだ。ティッシュ配りやイベント運営など大学生のアルバイト派遣を手掛けた。手伝っていた家庭教師の事業は約1年で4億円くらい稼いだが、契約を切られた。起業したし、それもしょうがないかと受け止めていた。

フィアコミュニケーションズの社員数は20~30人で、平均年齢19~20歳。サークルのノリで、いろいろな人が出入りしていた。アルバイト派遣の後、97年から98年にかけて本気でやり始めたのがウェブのメディア事業だ。ちょうどITバブルが膨らみ始めたくらいのとき。ウェブの可能性を感じ、コミュニティとカレッジで「コメッジ」というサイトを立ち上げ、広告収入を得ていた。

フィアコミュニケーションズの転機になったのは、大学3~4年あたり。仲間がそれぞれ就職とか大学院に進学するとか人生を選び始めるとき。事業も日銭稼いでいるだけで、利益がガンガン出るところまでいっていなかった。そこで立ち止まって考えた。小学生のとき、プログラムでゲームをつくって賞を取ったことがある。ウェブ事業でも自分でプログラムを書いていた。自分の得意なことでやっていこうと、事業を見直すきっかけになった。

4つの事業を同時に展開

そこで、再び見たのが「フロムエー」。出会ったのは、ECのパッケージベンダー。会社を立ち上げて社長をしていることを最初に説明し、アルバイトとして入った。それが2000年頃。まさにECが始まるという時期だ。プロジェクトの半分に携わり、売り上げの半分近くを担っていた。05年くらいまでお世話になった。

フィアコミュニケーションズは相方が切り盛りをして、SEなどの人材派遣業でどんどん会社が大きくなっていた。私はSIで、彼は人材で、それぞれ事業として立ってきていた。それと並行して、私はインドネシアで観光客向けにマリンスポーツやバー、ビリヤード場を手掛けた。

知見録: 全く分野が違うが・・・。

山田: エネルギーが有り余っていた。フィアコミュニケーションズ、ECのパッケージベンダー、インドネシアでの観光業に加え、個人事業として02~04年まで神田小川町に麻雀店を開き、オーナーを務めた。麻雀台とレジをつなぎ、全国でデータを管理できるシステムを作り、麻雀台のメーカーと組んで試験導入したためだ。

自分は何のために頑張っていたのか

知見録: 事業は順調に拡大していた?

山田: 順風満帆で事業は成長していたものの、社員の一言にショックを受けた。「山田さんは世界中の人を幸せにすると言っていたけど、それができていると思う?」と問われて、言葉がなかった。できることを一生懸命やってお金に換えているだけ、幸せな人を増やしているかというと、できていないと思った。自分は何のために頑張っていたのかとひどく落ち込んだ。04年後半のことだ。

知見録: 落ち込みからどう浮上したのか。

山田: いくつかきっかけがあった。1つは、結婚を決めたこと。2つ目は祖父が亡くなったこと。幼い頃から、祖父には「家庭環境のせいにせず、自分らしく生きて行け」というメッセージをもらっていた。それを実践しなければと思った。3つ目に両親の離婚が成立した。だんだん胆が据わってきた感じだ。

自分がやるべき事業がようやく見つかった。それがEC。他の仕事からは手を引き、共に歩んできたフィアコミュニケーションズの社長には「それぞれの道を行こう」と話した。そして2005年9月にw2ソリューションを立ち上げた。

世界ナンバーワンになれる事業領域へ

知見録: w2ソリューションでは企業向け EC ソフトウェアパッケージの開発・ソリューションの提供を手掛けている。なぜこの事業を選んだのか。

山田: 世界ナンバーワンになれる事業領域かどうか、自分にとっても得意な領域か。このあたりを見ていくと、ECがやはりピタッときた。ITは何兆円規模だが、ECの領域はその中でも売上規模、市場規模でいうと小さい。日本の国内トップの会社で、売り上げ60億円程度。大企業が新規事業として参入しにくい領域だ。ポイントになるのが製品力と技術力だ。

また、ITは結構、下請けの事業構図が強い。私は技術で人に喜んでもらうとか、価値を出していくことにモチベーションを感じる。ただニーズと噛み合わないと、お客様から「高い」「遅い」「不安だ」と言われやすい。技術者は2つのタイプに分けられる。1つは最先端技術や、そのトレンドに関心が高いタイプ。もう1つは、テクノロジーは手段であって、それを使ってどう世の中に貢献するかに興味を持っているタイプだ。私は後者に共感する。

これから買い物をする場所は店舗などのリアルからウェブに緩やかに大きくシフトしていく。まさに今の日本がそう。ただ、EC化率は4%とまだまだ低い。英国が一番進んでいて約25%、アジアは3%だ。ECが大きくなるのを見据えて、この領域で根幹を担える製品を生み出し、ウェブの流通革命を起こしたい。買う人が便利で楽しく、メーカーも自分たちの手で売ることができ、新しい販売チャネルが持てたら、目指すよりよい世の中になるはず。だからECを事業に選んだのだし、実際だんだんそうなりつつある。

知見録: w2はゼロから立ち上げた?

山田: まさにゼロからだ。最初は3人でレンタルオフィスを借りて、そこから製品をカタカタ作り始めた。最初の製品は、ECの販売や受注の管理ができるソフト。戦略としては中規模のところをターゲットとして狙った。小さな規模でやっているところはパパママショップがほとんど。ただ、時代を担えるようなインフラではない。一方、大規模なECサイトはまだまだSIの領域だった。

ウェブのトレンドについていけるかどうかで、業績が上がる会社、下がる会社があった。下から上がってきて、年商10億円を10倍にしていくというところは比較的うまくいく企業が多い。が、下から上がってくるとき1億円の壁を乗り越えられないと、そこで停滞してしまう。こうした人たちが成長の壁をスムーズに乗り越えられるプラットフォームを提供しようと考えた。

ただ、ここを狙うのは、一番難しい。売るだけでなく、アウトソースも含めて管理の効率化も求められる。コールセンター、倉庫、プロモーション、商品開発と様々な面でのサポートが大事で、ただソフトを売るだけではフォローできない。でも、非常に面白い領域で、そこでつまずいてしまう企業のニーズをしっかりカバーできると大きなビジネスになると思った。

知見録: その狙いは当たったか?

山田: 難しかったが、クリアできた。一番難しく、一番ニーズの高いところに3人で立ち向かった。

運をマネージするのも起業家の仕事だ

知見録: ここが成長の節目だったという転換点は?

山田: 会社設立の際、以前一緒に仕事をしたある社長のところに挨拶に行ったら、「君たちが製品をつくるのなら買うよ」といきなり発注してくれた。そのおかげで初年度からずっと黒字で、製品づくりに集中できた。

また初年度の後半、w2のサービスはパッケージとSIで、インフラやサーバーなど別の領域だった。これを一緒にしないと、お客様に対して価値が低い。ウィンドウズに特化していて、ウィンドウズのサーバーはセキュリティーが甘く、レンタルサーバーはLinuxしかなかった。

「サーバーがないと、良いビジネスつくれないぞ」というときに、「そのモデルをつくるなら、うちのセキュアなデータセンターを使えばいい。一緒にやろう」と言ってくれたのが決済会社のゼウスの社長だ。データセンターは少なくとも3000万~4000万円くらいの初期投資が必要。とても自分たちで背負えるリスクの範疇ではなかった。彼らのおかげもあり1年目に、SaaS(サース、Software as a Service)型のソフトウェアをEC業界で初めて提供できた。中間層にちょうどいい価格で提供できるモデルだ。

知見録: 「ご縁」を引き寄せる力があるようだ。

山田: 起業家は運を当たり前のように使えないと失敗する。目に見える、計算できる範囲でやるのは大企業が得意とするところ。運はつかむものだとよく言われるが、諦めずに向かっていると高い確率でつかめる。私はたとえ成功確率5%でも、それを100%にできると思える力がある。それは起業家人生の中で自ずと培われた。

もちろん手をこまぬいているわけではなく、とことん考え尽くす。周囲は博打だと言うが、自分なりのルールがある。運は、マネージすべきもの。運をつかむ可能性が3分の1なのであれば、3つやれば100%になる、と考える。仮に失敗はしても何か残る。プロ野球の選手だって3割打てれば一流。経営者も同じ、3割当たれば最高、実際は1割くらいじゃないかというのが、経営者仲間で話している成功確率だ。

会社を設立して11年。大体5年周期で浮き沈みが来る。5年くらい前、SaaS型がうまくいって会社も成長した。マイクロソフトをはじめ大手クライアントと取引もしている。パッケージのときよりSaaSになって、多くの業務が改善、効率化されたはずだが、ユーザーからは「自分たちのお金で製品が良くなっているはずだが、それが還元されているのか」と言われる。ソフトウェア業界はである話で、うまくいけばいくほどそうした声がだんだん大きくなっていく。

そこで、事業モデルとして次のものが求められていると思い、事業転換をした。出てきたモデルが、ノンカスタマイズ・無償バージョンアップモデル「w2Commerce V5」。これが急激に大きくなった。ECのニーズがマックスまで膨らんできていて、ちょうどいいタイミングだった。ECの事業規模が中間層の人が成長でき、最大の価値を出せるモデルだ。製品づくりは、最初はニーズが少なくてうまくいくかどうかも分からないところから始まる。最低でも半年、新規受注をやめ、つまりビジネスを一時的に止め、全員で新しい製品づくりに取り組む。これが立ち上がらなければ、会社も立ち上がってこない、大勝負を打たないと良いものは生まれない。

知見録: 山田さんはグロービス経営大学院に2011年に入学した。なぜか。

山田: 2つ理由がある。今、グロービスの卒業生が会社の変革を仕切ってくれている。彼から勧められたというのが1つ。また、事業に取り組む中で、マイクロソフトやクロックスなど外資の顧客を持っていることも入学の理由となった。日本流の信頼関係だけではビジネスが成り立たないことを肌身で感じている。毎年、「インドと日本のどちらのほうが、開発価値が高いかを数字で示せ」と取引先の購買部から言われる。クロックスのシンガポールにある拠点に、「アジア全域を任せてほしい」という提案のプレゼンテーションに乗り込んだとき、打ちのめされた。「良いものをつくれるのは分かるが、私たちのビジネスの数字はどうなっていくのか」と問われても、きちんと説明できなかった。そこでフレームワークなど経営を体系的に学ぶ必要性を感じた。それがもう1つの理由だ。

そして、輝いている人たちがたくさんいるところで互いに切磋琢磨できる人脈を築けたことは価値が高いと思った。

知見録: グロービス経営大学院で得られたことは?

山田: 経営のイロハを学んだ。クラスメートとディスカッションをして、多様な意見が出てくるのが刺激的だった。私はいつも1つのことに対して、1つの答えを出していた。仲間は10通りの答えを導き出していた。学びを実践に変えるチャンスも多く、会社にとっても自分にとっても良かった。

知見録: 最後に山田さんが描く将来像を聞きたい。

山田: 私はまもなく38歳。40代に入るまでの2年で事業を大きくして、より大きな資本を得ることで、世界中の人の幸せのアベレージを上げたい。20代はがむしゃらにやってきた。30代は自分の得意なところを磨いて、経営、ベンチャーの領域でやっている。何とか一部上場クラスの利益10億円を出せる企業まで持っていきたい。40代では、コングロマリット(企業複合体)をつくりたい。ECはシステム以外の要素が多く、様々な投資価値が生まれる領域。投資するためには、10億円くらいの利益を出していないと難しい。30代で行けるところまで行って、40代ではECにさらに日本の技術や思いを乗せて、ウィンウィンのソリューションを生み出したい。これを世界まで広げて1兆円の売り上げを叩き出す企業グループをつくれれば、50代には自分が本当にやりたいことができると思う。

グロービス アルムナイ・アワード2016 創造部門
山田大樹氏(w2ソリューション株式会社 代表取締役)の受賞理由

1997年上智大学入学と同時に起業。国内、海外に複数の会社・事業を立ち上げ経営に携わるシリアルアントレプレナーとして活躍されています。2005年にw2ソリューション株式会社を設立され、創業10年で250社以上に及ぶ有名ECサイトに採用導入されるなど、業界1位の成長率で成長し、現在、国内2位のポジションに成長。テクノロジーを主軸にEC市場の発展や、グローバル化、AI化を見据えた、ビジネス戦略により、オンリーワンの力強いビジネスモデルを構築し、新たな需要を取り込みながら、同領域において、海外進出にも取り組まれ、国産ソリューションとして唯一グローバル化を担える立場にいらっしゃいます。「Be the World's No.1 eCommerce Company」を目指し、先頭に立ち指揮を執られています。

 

グロービス アルムナイ・アワードとは?
「グロービス アルムナイ・アワード」は、ベンチャーの起業や新規事業の立ち上げなどの「創造」と、既存組織の再生といった「変革」を率いたビジネスリーダーを、グロービス経営大学院 (日本語MBAプログラムならびに英語MBAプログラム)、グロービスのオリジナルMBAプログラムGDBA(Graduate Diploma in Business Administration)、グロービス・レスターMBAジョイントプログラムによる英国国立レスター大学MBAの卒業生の中から選出・授与するものです。選出にあたっては、創造や変革に寄与したか、その成功が社会価値の向上に資するものであるか、またそのリーダーが高い人間的魅力を備えているかといった点を重視しています。

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