第1回 手段の目的化~社員全員が見失った「本来の目的」~ 

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日常のビジネスシーンに潜む数々の“落とし穴”。なかでも、営業先でのプレゼンや得意先へのメールなどコミュニケーションにおける転ばぬ先の杖を中心に、グロービス経営大学院で教鞭を執る嶋田毅が紹介する新連載。第1回は「目的」を履き違えて失敗した、ある食品メーカーのケースを見てみよう(この連載は、ダイヤモンド社「 DIAMOND online 」に寄稿の内容をGLOBIS.JPの読者向けに再掲載したものです)。

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あなたはこれまでにこのような経験をしたことはないだろうか――。

■相手がわかりやすいよう、丁寧に背景を説明していたつもりだったが、なぜか相手がイライラし始めた・・・。
■気合いを入れて20ページもある企画書を書いたのに、上司はそれをほとんど読んでくれなかった・・・。
■部下が提出してきた企画書は、自分のイメージとは全く別のものだった・・・。

上記はほんの一例にすぎない。しかし、日常的なビジネスシーンにはこのような失敗がつきもの。本人がイメージしていたものとは全く違う結果になってしまうことも少なくない。まさにビジネスの現場には実に多くの“落とし穴”が潜んでいるといえる。時にはその落とし穴を自ら掘っている場合もある。思い込みや曖昧なコミュニケーションなど、ちょっとしたボタンの掛け違いがその原因だったりするのだ。

ではどうしたらいいのか――。そのために一番大切なことは、「目的を押さえる」こと。何のために行なうのか?を、きちんと理解しておかなければならない。しかし残念ながら、多くのビジネスパーソンはそれがきちんとできていないことが多い。一番危険なのは、わかった“つもり”なのである。

そこで今回は、目的の意味を履き違えて失敗した、ある食品メーカーのケースを見てみよう。

【失敗例】食品メーカーA社のケース~何のためのアウトソース?~

A社は、中堅の食品メーカーである。A社の経営陣は、生産性向上とコストダウンを旗印に、これまで以上に積極的にアウトソーシング(業務の外部化)を行なうことを決定した。会社の核となる強み以外は、どんどん外に出していこうという積極的なものである。

こうした中、本社の管理本部長の清野は、「こうしたときこそ、スタッフ部門である我われが率先垂範しなければならない」と考えた。そして彼は部下の部長たちにその考え方を伝えるとともに、それを推進するための施策として「管理本部のそれぞれの部署について、アウトソーシング進展度合いを測定し、公開する」と告げたのである。

それぞれの事情を抱える部長たちは、文句の1つも言いたいところであったが、測定・公開されるとなるとサボるわけにも行かない。人事部であれば経営研修など、アウトソースしやすい部分からどんどんアウトソースを進めていった。

最初の数カ月はアウトソースも進展したのだが、1年も経つと、数字は横ばいに転じてきた。「いかんなあ。もっと進められるところは進めないと。ただでさえ、管理部門に対する社内の目は厳しいんだから」。こうした清野のハッパを受け、各部署はさらにアウトソースを進め、いったん停滞した数字はさらに伸びていった。そして、それぞれの部長は、数字を競うように、次々とアウトソースを進めていく。

問題が見えてきたのはそれから数カ月後である。給与の振込みについて、いくつかのミスが発生したのだ。それは、アウトソースの際、外部スタッフへの説明が不十分であったことが原因であった。また、新入社員研修のほとんどを外部化したことについても、社内から多くの不満が出始めた。「標準的なマナー研修などは仕方ないにせよ、すべての研修を外部任せにするのはいかがなものか。ここはやはり以前のように、社内の協力の下に自社で担当すべきだろう」という意見が非常に多かったのである。

【解説】なぜA社は失敗したのか?

A社管理本部の各部署は、清野管理本部長の指示に従い、積極的にアウトソーシングを行なっていった。にもかかわらず、結果的に問題を抱えてしまうことになった。何故だろうか。――それは、清野管理本部長を始め、管理本部の各部長が、本来の「目的」を見失ってしまったことにある。

あらゆるビジネスの活動や施策には本来、目的があるはずだ。例えば、テレビ広告であれば、奇麗でインパクトのある広告を作ること自体が目的なのではなく、商品や企業のブランドを広く人々に伝え、認知度を増し、売上げ増につなげることが主目的となるだろう(さらに言えば、この広告の例も含め、あらゆる企業活動は、長期的に企業価値を高めることを最終目的とする)。

あるいは、成果主義の人事制度であれば、従業員(特にホワイトカラー)の生産性を高めるとともに、経営環境の変化に備え、絶え間ない自己変革・自己研鑽を従業員に促すことが重要な目的となるだろう。

ところが、往々にして、ビジネスパーソンは、その活動や施策本来の「目的」を見失ってしまい、目先の行動に埋没してしまう。自ずと近視眼的になり、高い視点から考えることができなくなってしまうため、望ましい結果を得ることは難しい。むしろ組織にとってマイナスの結果をもたらすことさえある。

上記で紹介したA社のアウトソースの事例でも、本来の目的は、経営資源をコア業務に集中することによる「生産性の向上」であったはずだ(管理本部についてさらに言えば、他部門の手本となること)。ところが、いつの間にかアウトソースをすること自体が目的となってしまい、拙速なアウトソースだけが横行し、本来の目的であったはずの生産性が損なわれてしまったのである。

目的を見失う典型的な例は、こうした「手段の目的化」だ。本来、手段に過ぎない活動や施策、それを遂行することこそが目的と化してしまうのである。これはビジネスシーンだけではない。日常生活でも、例えば「ダイエット(体重減)」や「結婚」などは、本来、その先の目的があったはずなのに、それ自体が目的化してしまう典型的な例であるといえる。

「手段」が「目的」に変わるとき

ビジネスシーンで「手段の目的化」が起こる典型的な状況としては、以下のようなものがある。

■当初は目的が共有されていたが、何年も立つうちにルーチン化してしまった。しかも、専任の担当者もいるのでいまさら止められない。官庁で極めて多発しているケースであるが、企業でも少なからず見られる。
■上司からの指示のケース。仮に上司は目的を意識していたとしても、部下にとっては、その業務をこなすことが目的となってしまいやすい。
■ある施策を、「他社(他部門)もやっているから」という理由だけで、自分のところでもやろうとする。本来の目的がもともと曖昧であるため、ますます施策そのものが目的化しやすくなる。「成果主義」などの経営ツールには案外このパターンが多い。

では、どうすればこうした「落とし穴」を避けることができるのだろうか――。 実は特効薬はなく、常に「自問する姿勢」を持つことがカギとなる。

「これをやることで何が達成できるのか?」「そもそも自分がこれをやる必要はあるのか?」と常に自分に問いかけ、ゼロベースで「そもそも何のためにこれをやっているの?」「他にやり方はないの?」と自分を疑う健全な批判精神を持つことが必要である。

そしてさらに、あなたがもしマネジャーであれば、さらにもう一段視点を高めること(課長であれば部長の視点、部長であれば社長の視点で考えること)。「そもそも何を目的とすべきなのか?」を、高い視点からもう一度しつこく考えることが大切である。

思考のベースに欠かせない「クリティカル・シンキング」

こうした姿勢を思考のベースとして持つことこそが、さまざまなテクニックやツールを知ること以上に重要であるといえる。

われわれグロービスは、実際のビジネスシーンや経営教育の現場で数多くのビジネスパーソンの思考方法を見てきた。仕事の生産性を上げるために何が必要かという観点で観察を続けた結果、導き出したものが、「クリティカル・シンキング」である。

これは、健全な批判的精神を持った客観的思考を土台にしながら、論理思考や、思考の効率を上げるための方法論(テクニックやフレームワーク)、そして正しく思考するための姿勢(心構え)を組み合わせることにより、物事を正しい方法で正しいレベルまで考えようという思考法である。

そして当連載では、このクリティカル・シンキングの考え方をベースに、ビジネスのさまざまな場面――特に、プレゼンテーション、指示出し、会議、交渉といった、良いコミュニケーションが求められる場面――において、多くのビジネスパーソンが陥りがちな「落とし穴」を毎回紹介。実際にあったケースを交えながら、その防止法について考えていきたい。まず次回から2回に渡っては、「プレゼンテーションの落とし穴」について取り上げることとする。

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