企業価値は企業の価値を反映しているか? 

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今回は企業価値について考えてみます。

経営者の役割は企業価値を高めることとよく言われます。特にアメリカの経営者はこの原理に基づいて行動しますし、世界規模で投資が行われるようになってきた昨今、日本でもそうした考え方は浸透しています。企業価値は有利子負債の価値と株主資本の価値に分解されますが、ここでは話を単純化するために、株価のようには伸び縮みしない有利子負債の価値を差し引いた、株主にとっての価値(株式市場価値)にフォーカスして議論しましょう。この株式市場価値を発行済株式数で割ったものが理論株価となります。

株式市場価値や理論株価の算出には、大きく(1) 清算価値から求める方法、(2) 類似企業の数字(例:EBITDAなど)を元にしたマルチプル法で企業価値を求め、有利子負債を差し引く方法、(3) 将来のキャッシュを見積もり、そこからファイナンスの手法でNPVを計算して企業価値を求め、有利子負債を差し引く方法の3つの方法があります。

(1) の方法は清算を前提としているため、通常の大企業では使われません。よく用いられるのは(2) と(3) です。ちなみに、理論的には両者は一致するとされています(なお、厳密に言えば、企業価値にはキャッシュを生まない非事業資産の価値も含まれますが、それは無視します)。

さて、本題の「企業価値は企業の価値を反映しているか?」という問いは、突き詰めると実際の株価と理論株価は一致するのかという問題に帰着します(金銭で換算できない価値については、ここでは捨象します)。つまり、市場で現在ついている株価が、本当にその企業の将来のキャッシュを稼ぐ力を反映しているかということです。

これについては直感的にも分かるように、疑問大です。たとえば「ポケモンGO」で注目を浴びた任天堂の株価は、6月下旬には14,000円を割っていましたが、7月中旬には31,000円を超えました。その後しばらくして21,000円を割りましたが、また上昇に転じました。本稿を執筆している11月現在はおよそ25,000円前後です。その企業が将来にキャッシュを生み出す力が倍以上になったり3分の2になったりと市場は判断した(ように見える)わけです。この評価がどこまで信用できるかと言えば疑問符がつくのも当然です。

そもそも、その企業が今後数十年にわたって稼ぎだすキャッシュを正確に評価できるものでしょうか?経営環境は激変しますし、未来の経済状況などは誰も予想できません。また、組織変革が得意な企業もあれば苦手な企業もあります。かつて米国のフィルム会社のコダックは非常に強いキャッシュ創出力を持っていましたが、突如襲ってきた銀塩フィルムからデジタルの時代への変化についていけず、結局、連邦破産法11条を申請しました。一方、「変化が常態」を企業文化とするGEは100年以上にわたって生き残ってきました。あるいは、かつて90年代後半に悲惨な状況にあったアップルは、復活したスティーブ・ジョブズの大活躍で時価総額ナンバー1企業へと飛躍しました。こうした「変化への対応力」や「新しい未来を作りだせる力」を市場が正確に織り込み、将来のキャッシュ創出力を見積もれるかと言えば、現実には不可能でしょう。特に現代のような変化の速い時代はなおさらです。

よりテクニカルな側面を見れば、たとえば最低取引株式数が下がれば通常株価は上がります。たとえばファーストリテイリングの株価は現在およそ35,000円程度ですが、最低取引単位は100株なので、350万円の資金がない人間は締め出されている状況です。もしこれが1株から取引できるようになれば、より人気が上がり、株価は上がるでしょう。おそらく、同社の将来のキャッシュ創出力の変化はないにもかかわらずです。

その他にも、需給バランスやファンドへの組み込みの有無、日経平均の銘柄に入るか否か、市場のセンチメント等、企業の将来のキャッシュ創出力とは別の部分で、株価に影響を与える要因は数限りなくあります。つまるところ、現実の株価は、企業が将来中期的にキャッシュを稼ぐ力をそれほど反映してはいないのです。

では現在の株価が全く無意味かと言えばそんなことはありません。少なくとも短期については、現在の稼ぐ力は将来の稼ぐ力とある程度の正の相関を持ちます。問題は、本来知りたい「中期にわたって稼ぐ力」を誰も正確には予測できないということです。その意味で、企業価値は企業の価値を反映してはいないのです。

では経営者は何をすべきなのでしょうか?結局は、中期にわたって稼ぐ力があると市場に信じてもらうことです。キーワードは「信じてもらう」です。未来の事実などはありませんから、それを示すことはできません。その可能性が高いと思ってもらう努力をすべきということです。

実はそれには近道はなく、いま現在しっかり稼ぐと同時に、経営環境の変化にも対応し続けることが求められます。サクセッションプランなども今後は非常に大事になるでしょう。カリスマ経営者がいなくなった途端に株価が下がるようではやはり問題だからです。市場とのコミュニケーションであるIRにも力を入れる必要があるのは言うまでもありません。

こう考えると、株価は決して理論株価と一致はしないものの、結局、良い経営をしている「と市場がみなす」企業の株価は高くなるということです。市場が何をもって「良い経営をしている」とみなすかは流動的で、その時々によって変わるでしょう。しかし、市場から資金を調達している以上、市場が納得するような経営を行うことが結局は求められるのです。
 

東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『ビジネス仮説力の磨き方』『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード
図解 基本フレームワーク50』(以上ダイヤモンド社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『利益志向』(東洋経済新報社)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBA事業開発マネジメント』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の共著書、共訳書がある。
グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、ビジネスプラン、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。

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