折れない心を与えてくれる中国古典――『菜根譚』 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「人間力を高めるために」といった書評を書くつもりはない。人格に「上」も「下」もなく、それぞれが個性を持っていれば良いと思う。

ただ、人それぞれに、自身が目指す理想の人間像はあった方が良いと思う。そのイメージが明確であれば、それに近づきやすい。

私の場合は、中国の古典である「菜根譚」が描く人物像が、自分の理想のイメージになっている。中学生の時に初めて菜根譚を読んだ。今でも読むたびに新しい発見がある。

菜根譚は、明代末期に洪自誠が書いた随筆集である。日本語訳を書いた守屋洋氏によれば、「『菜根譚』はすぐれた『人生の書』として、むかしから、多くの実業人や政治家に愛読されてきた。たとえば、『事業の鬼』といわれた五島慶太は、みずから愛読するだけではもの足りず、『ポケット菜根譚』なる本まで書きあらわしている。」(守屋洋「新釈 菜根譚」)

菜根譚が描く人物像は、バランスが取れている。儒教、道教(老荘)、仏教(禅宗)の3つの美味しいところを取り込んだ箴言集となっている。

事業の成功に燃える人にとっては、菜根譚は心を震わせる言葉や実践的な助言を与えてくれる。

「伏すこと久しきは飛ぶこと必ず高し」(長い間うずくまって力をたくわえていた鳥は、いったん飛び立てば、必ず高く舞い上がる)(後集77)

「功を建て業を立つるは、多くは虚円の士なり」(事業を成功させ、功績を立てるのは、たいてい、すなおで機転のきく人物だ)(前集197)

一方で菜根譚は、信念をむき出しにした尖った人間像を不可とする。

「最高に完成された文章は、少しも奇をてらったところがない。ただ、言わんとすることを過不足なく表現しているだけだ。最高に完成された人格は、少しも変ったところがない。ただ自然のままに生きているだけだ。」(前集102)

「いささかも自分の信念を曲げてはならないが、同時に、それをむき出しにしないことが望まれる」(前集98)

静かな中に鋭さ。それが菜根譚が理想とする人物像だった。

「活動を好む者は、雲間に走る電光や風に揺らぐ燈火のようなもので、持続力に乏しい。
静寂を愛する者は、火の消えた灰や立ち枯れの木のようなもので、活力に乏しい。
澄みきった静寂のなかに躍動する活力を宿してこそ、理想のあり方に近いのである。」(前集22)

前集は実践的な箴言集となっている。後集では、自然と共に生きる洪自誠のエッセイ集のようなおもむきの文章が多くなる。

個人的な話で恐縮だが、中学生の頃は家庭内不和や家族の病気で、幸福とは言えない時期だった。そんな時期に菜根譚は、私に心の平静を与えてくれた。というより、「心の平静」を大切にする老荘思想や禅の世界に、私の目を開かせてくれた。

30代後半、私は事業で失敗し、経済的に困難な時期を経験した。しかし精神的にはあまり打撃を受けることなく、その時期を乗り越えることができた。その背景には、菜根譚が与えてくれた世界観があったように思う。逆境を糧とする考え方。事業から生まれた名声に重きを置かない考え方。そして風、月、草花といった自然の動きに心を震わせる生き方。この考え方が、自分なりのレジリエンスの源だったのかもしれない。

だから私は、菜根譚を若い世代のビジネスパーソンに勧めたい。理想の自分と現実の自分、上司や同僚が認識する自分と実際の自分…様々なギャップが、ビジネスパーソンを苦しめる。菜根譚は、苦しむ人を励まし、時には異なる視点や価値観を示してくれる名著だと思う。

最初に読むには、NHKの「100分de名著」シリーズが安くて軽くて良い。これを読んで菜根譚の世界に魅了された人には、守屋洋氏の「決定版 菜根譚」で全文を読むことをお勧めする。
 

『菜根譚』
洪自誠 (著)

名言

PAGE
TOP