第8回 食糧安全保障 戦略の見えない日本の農業政策 

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“カネさえあれば買える”時代が終わり、今や戦略物資となりつつある食糧。国内外で食糧を確保する政策を推進するEUと比べると、自給率先進国最低の日本は、あまりに無策ではないか――。グロービス経営大学院客員教授・田崎正巳が考察する。

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EUが穀物の輸入関税撤廃を当面続けるという記事が出ていました。日本経済新聞2008年5月18日付け朝刊によると、EUの欧州委員会は小麦やトウモロコシなど穀物類の輸入関税を一律ゼロに据え置く措置を09年6月まで延長。合わせて、小麦や大麦などの減反政策も完全に撤廃する方針を固めたそうです。

これはタイムリーというか、いい政策だと思いました。

従来の農業政策に関しての考え方は、自国の農家の保護か、あるいは自由化かという二元論的な見方で政策を考えていたのではないでしょうか。ですが、短視眼的に考えてはだめで「安全保障」の問題として長期で考えなくてはならない問題だと思います。やっぱり欧州の方が洞察力を持って考えているな。そう感じたニュースでした。

食糧安保 戦略的に動くEU

これまでは、国内農家を守ることが重要であるなら、関税は高くし、国内農家を保護するのが正しいとされてきました。一見、正しそうですが、今の世界情勢に適っているかどうかを考えると、大いに疑問がわきます。

この考え方の大前提には、?金さえ出せばいつでも食糧は買える?輸入農産物は安く、日本で作るのは高いから、農家を守るために関税などで保護すべき。などがあります。ですが、本当にこの前提は正しいのでしょうか?

日経ビジネスオンラインが、英フィナンシャルタイムズから興味深い記事を転載しています。英国政府主席科学顧問のジョン・ベディントン氏が今年3月、就任2カ月にして世間を狼狽させるシナリオをまとめたそうです。「世界は大問題に直面している。気候変動に匹敵する問題なのに、政策立案者がろくに対処していない食糧安全保障の問題だ」と言っています。小麦から牛乳まで、あらゆる農産物の価格が前代未聞のペースで高騰する中で、世界各地で社会不安と飢餓の問題が持ち上がった、というのです。

原因は、新興国の成長、ガソリンの代替エネルギー化、オーストラリアの壊滅的な干ばつ被害などいろいろあるのでしょうが、とにかく今後中長期的に食糧が足りなくなる、あるいはひっ迫する事態が、かなりの確率で起こりそうだというのです。

従来の考え方では、「やっぱり国内農家に頑張ってもらわないといけない。だったら、もっと国内農家を保護しよう。そのためには関税を高くした方がいい」となるのでしょうが、EUの判断は反対でした。つまり、EUは上記の2つの大前提が変わってきていると考えたのではないでしょうか。高いとか安いとかの問題よりも「そもそも金さえ出せば必要な食糧を確保できるのか?」という根本的な問いがあったのでしょう。

国内だろうが海外だろうが、食糧の絶対数量をどうやって確保するかというまさに「食糧安保」の考え方が現実となってきているのです。今回の関税率ゼロ据え置きという方針は、EU域内は確かに保護してでも農家を守りたいが、それ以上に域外から絶対量を確保したいという意思表示なのでしょう。海外の食糧生産国へ、「EUは関税もかけずに、オープンな姿勢で食糧を買いますよ!」という姿勢を示したいのだと思います。それによって、長期的に供給してほしいということなのでしょう。

同時に、EU内での減反政策を緩和するとも発表しました。従来の単純な考え方では、輸入関税を撤廃となると、域内の農家は「強く競争力のあるところだけが残ればいい」と捉えられます。ですが、今回のEUは域内の農家の増産を期待しているということです。

域外にはオープン開放政策、域内には農家保護、増産政策を同時にやろうとしているのです。目的は、多少市場の論理を歪めてでも絶対量を確保したいということなのでしょう。国内外どっちも大いに生産して、EUへ供給してほしいという強い意志の表れ。背景には、食糧は国際相場で金さえ出せば市場でいつでも買えるコモディティではなくなるかもしれないという危機感があるのでしょう。これは非常に理にかなった政策だと思いました。

“カネさえ出せば買える時代”は終わった

しかるに、日本はどうか?EUなんかよりももっと深刻にならなくてはいけないほどの自給率(カロリーベースで先進国で最低の39%程度)なのに、全くの無策のようです。今、世界では長期的な供給先の確保が最優先になっているのに、農林水産省は国内の農家保護しか考えていないようです。それで食糧確保は安心というならそれでいいのですが、戦後60年も保護し続けてきてこのざまです。

役人は古い頭しか持っていませんから、農家保護イコール高額関税です。ネットなどの情報によると、小麦は250%ほどで、米に至っては700%以上です。つまりこれは国際社会に対して「日本には輸出しないでくれ」と言っているようなものです。

敢えてこの高関税を前向きに考えれば、昨今の小麦価格の高騰に対して、関税の調整で吸収し、価格を安定させることができるというメリットがあるにもかかわらず、そんな気配はなく、能天気に「パンもラーメンもなんでも値上げしちゃえ」という態度です。

もっと長期で考えたら、自国生産の育成と海外調達ルートの確保の両方が必要で、短期的な矛盾はあってでも、国内農家をより保護して絶対生産を増やす方策が必要なのです。

そうはいっても、日本は食糧輸入大国だから、農業国が見限るはずがない、というのは甘い考えです。既に、いくつかの予兆は出ています。

東南アジアのエビ養殖は有名です。もちろん、日本が最大輸入国ですし、そもそも日本企業や日本の技術のおかげでエビの養殖ができたといえます。ですが、昨今欧米でのシーフードブーム、新興国での旺盛な需要で日本が買えないという例が出てきています。

日本人は、うるさくて細かいからはっきり言って嫌われているのです。エビのサイズが不揃いだとか、尻尾が取れているとか、文句ばかり言う。でも、欧米はそんなことは気にしないし、いい値段で買ってくれるので、そっちに行こうというわけです。

すり身もその例の一つです。すり身は日本語では、「かまぼこなどの原料で、主に白身の魚をミンチ状にしたもの」ですが、欧米ではスリミといえば、カニかまぼこに代表される最終製品を指します。

もう15年くらい前でしょうか、欧州食品企業のフランス人と話しているときに、わからない単語があったので聞き返しました。「あなたの言ってることはだいたいわかるけど、一つよくわからない単語があるから教えてくれ。そのスリィミィって一体どんな食品ないんだい?」と。その時初めて、すり身がもう英語になっていることを知りました。

その時の彼らは、日本企業が持ち込んだすり身(主にカニかまぼこ)が健康ブームに乗って人気が出てきたので、もっとすり身を大量に仕入れる方法を相談したい、ということでした。その頃は、日本企業の独断場でなかなか彼らは十分には買えませんでした。

ですが、あれから月日がたって、今や日本が追い込まれています。ここ10年ほどすり身の価格は上がりっぱなし。日本は、かまぼこなどは庶民の食べ物なので、「高い値段ではとても買えない」という中、特に欧州勢はどんどん買っているんだそうです。その結果、最近は、「金さえ出せば買えた」というレベルから「入札などでもどんどん負ける」という状況になりつつあるそうです。

野菜もそうです。タイで作ってもらった日本向け玉ねぎが、大きさが違うの、丸さがたりないのと「イチャモン」をつけては、購入を拒否してきたことが何度もあるそうです。日本向けの玉ねぎは、タイの家庭で使う玉ねぎとは違うので、日本に売れないからといっても地元の市場に出すこともできずに捨てざるを得ないのだそうです。

先進国で最低の食糧自給率のくせして、なんという傲慢さでしょう。でも、過去はなんとか「カネ」で解決してきましたが、一体いつまでこんな身勝手が通るのかはわかりません。道路を10年つくり続ける約束(だれも約束した覚えはないでしょうけど)なんて反故にしてもいいから、多少高くても、国内農家保護との矛盾があっても、輸入関税を下げ、同時に国内増産を図るというEUを見習ってほしいと思います。

EUは、各国の代表者の集まりですから、ある意味意思決定のプロセスに透明性があるのかもしれません。どこかの国のように、大臣の利権だけを守るための政策なんてもうできないのでしょう。しかるに、日本は一体何のためにやっているのかわからないような施策を続けて、「何もしないよりも悪くなる」状況を作り出しているような気がします。

食糧安保をもっと意識し、日本はコメでも小麦でも喜んで買う意思があるよ、という姿勢をなんとか見せてほしいですね。日本は資源がアキレス腱と言われてきましたが、いよいよ食糧もやばくなってきそうです。

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