ディベートにならない討論会 

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先日、米国大統領選のテレビ討論会を新幹線の中で視聴した。奇想天外な展開が多く、思わず何度も吹き出してしまった。ヘッドホンを付けた状態でいきなり笑いだしたので、周りの乗客には迷惑をかけたのではないかと恐縮している。

民主党のヒラリー・クリントン氏と、共和党のドナルド・トランプ氏。「女性初対異端」「弁護士対ビジネスマン」「政治経験豊富な元ファーストレディー対ビリオネアかつ人気テレビのホスト役」など、あらゆる意味で対極にある2人の討論会は、世界でも大きな関心を呼んでいる。

特に2回目はエンターテインメントとしては抜群に面白かった。同時にぞっとした。米大統領選といえば世界最高の権力者を決めるものだ。その討論会の議論の質がこんなに低くていいのだろうかと不安になった。ディベートのロジカルな要素はほぼ消え去っていた。

トランプ氏はわいせつ発言のビデオが流出した直後だった。わいせつ発言については珍しく謝罪したうえで「ロッカールームでの会話」と矮小(わいしょう)化した。その上で、クリントン氏の夫で元大統領のビル氏の女性問題の方がもっと悪いと主張を繰り広げた。ビル氏と裁判で争った女性らを観客席に招いたほどだった。さらに、過激派組織「イスラム国」(IS)など世界の問題を取り出すことで、わいせつ発言などは小さいことだ、という印象を与える戦術に出た。

クリントン氏に対しては、「嘘つき」「判断が間違っている」「話だけで行動ができない」という3つのフレーズを繰り返し使い、政策議論ではなく個人攻撃をして、大統領にふさわしくないと印象づけようとしていた。クリントン氏の私用メール問題に言及し「私が大統領になったならば特別捜査を行い、牢獄(ろうごく)に入れる」と脅すことまでした。

トランプ氏は人々の理性にではなく感情に訴えかける戦術をとった。米国がいかに酷くなったかを示し、社会保障から経済、外交防衛問題を含めて全て批判、「ビジネス経験豊富な私なら変えられる」と主張した。そして、トランプ氏は、基本的には質問に明確に答えず、自分の不利な点は話をすり替えて持論を繰り広げた。

クリントン氏は自らを論理的で理性的で政策が分かる大統領候補であると印象づけ、トランプ氏が「大統領に適していない」と主張した。

ディベート的観点で言えば、クリントン氏が圧倒的に勝っていたと思う。だが、そもそもディベートを評価できる知識層は当初よりクリントン氏支持だったのだ。問題はそうでない層だ。トランプの感情操作に動かされてしまっている可能性が高い。事実40%近くの米国民がトランプ氏が優位だったと答えている。コミュニケーションという意味ではトランプ氏の戦術は一定の効果があったようだ。わいせつ発言動画の報道の直後ではあったが、比較的ダメージは少なく乗り越えたという印象だ。

世論調査の支持率をみると両者の差は広がっており、トランプ氏が大統領に選ばれる可能性は減っている。だが忘れてはならないのは、トランプ氏が共和党の候補者になり、しかも一定の支持を得ているという事実だ。ディベートの中でトランプ氏はSNS(交流サイト)に2500万人のフォロワーがいると言っていた。ほとんど広告費を使わず、SNSとニュースによる話題作りで国民に到達している。討論会は記録的な視聴率をあげ、マスコミは大統領選のニュースをカバーしている。破壊的な発信力だ。

これから11月8日の投票日に向けた2人の言動には注目し続けたい。現代におけるコミュニケーションのあり方の優劣を測る、絶好のイベントであることは確かだ。そして、願わくは理性的・論理的な大統領が米国に誕生することを切に期待したい。

※この記事は日経産業新聞で2016年10月14日に掲載されたものです。
日本経済新聞社の許諾の元、転載しています。

京都大学工学部卒、ハーバード大学経営大学院修士課程修了(MBA)。住友商事株式会社を経て、1992年株式会社グロービス設立。1996年グロービス・キャピタル、1999年 エイパックス・グロービス・パートナーズ(現グロービス・キャピタル・パートナーズ)設立。2006年4月、グロービス経営大学院を開学。学長に就任する。若手起業家が集うYEO(Young Entrepreneur's Organization 現EO)日本初代会長、YEOアジア初代代表、世界経済フォーラム(WEF)が選んだNew Asian Leaders日本代表、米国ハーバード大学経営大学院アルムナイ・ボード(卒業生理事)等を歴任。現在、経済同友会幹事等を務める。2008年に日本版ダボス会議である「G1サミット」を創設。2011年3月大震災後に、復興支援プロジェクトKIBOWを立ち上げ、翌年一般財団法人KIBOWを組成し、理事長を務める。2013年6月より公益財団法人日本棋院理事。いばらき大使、水戸大使。著書に、『創造と変革の志士たちへ』(PHP研究所)、『吾人(ごじん)の任務』 (東洋経済新報社)、『人生の座標軸』(講談社)等がある。

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