独占は本当に悪か? 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

多くの国に「独占禁止法」やそれに相当する法律もあることからも分かるように、一般に独占は経済的に良くないものと認識されています(なお、ここでは100%の独占だけではなく、極端な寡占状態も独占に含めて議論します)。経済学を勉強された方であれば、「市場の失敗」という言葉も聞かれたことがあるはずです。独占は市場の失敗をもたらし、経済的に好ましくない状態、たとえば独占企業が過剰な利潤を得る、逆に言えば消費者が不利な状態に置かれるなどの結果をもたらすとされています。だからこそ独占禁止法により、過度な集中が起きないようにされているのです。

経済学の初学者向けの教科書では、独占が認められる場合として、電気やガスと言った公益企業である場合、市場そのものが立ち上がったばかりで他にライバルがいない場合などを挙げています。前者については、電力の自由化など、近年状況は変わりつつあります。公共性が高くても、ある程度は競争を導入することで市場原理を働かせようというように変わってきたのです。

問題は後者です。立ち上がったばかりの市場であれば、独占はむしろ自然です。それほど大きくない市場では、ある程度の時間が経過しても高いシェアが許容されるケースもあります。たとえば、市場規模が30億円程度の業界であれば、8割程度のシェアを持っていたとしても、よほど不適切な行為がない限り、そこまで独占に目くじらを立てられることはありません。むしろ、経営学的にはニッチ戦略の成功例などと紹介されます。

ただ、これがもっと市場が大きくなり、さらにネットワーク経済性が働くような事業になると話は難しくなります。ネットワーク経済性とは、端的に言えば「ユーザー数が多い方が便利なので、ユーザーがシェアの大きいサービスに流れる。それがさらにシェアの拡大を促す」といったメカニズムです。SNSやパソコンOSなど、俗に“Winner takes all”が成り立ちやすいビジネスにおいて非常に重要なメカニズムになります。

この便益をかつて最大に享受したのが、Windows95や98で市場を席巻したマイクロソフトです。パソコンのOSは、同じOSを使っている人間が多いほどやはり利便性は増します。ソフトメーカーもトップシェアのOS向けにアプリを作りますから、その利便性はますます上がり、さらにシェアが増すのです。Windowsは一時、パソコンOSの9割以上のシェアをとるに至りました。いくらネットワーク経済性が働いた結果とは言え、この独占が許容されるべきなのかは、議論を巻き起こすことになりました。

そして実際にこれに待ったをかけたのがEUです。EUはマイクロソフトが優越的地位を濫用して抱合せ販売などを行っているとし、非常に巨額の制裁金を課したのです。この問題は十数年にわたって続き、最終的には妥協に至りましたが、その過程でマイクロソフトが主張した内容は、非常に難しい問題を内包していました。

彼らはこう主張したのです。「たしかにマイクロソフトは高いシェアを持っており、マーケティング等でも優位に立ちやすい側面はあるが、そこで得たキャッシュを適切に技術開発に投資している。その結果、ユーザーはより高い便益を受けるようになった。古典的な『市場の失敗』を当てはめるのは不適切である」。

これには一面の真理があります。特に技術開発が重要な業界では、なまじ競争を促すことよりも、独占巨大企業が思い切った技術開発などに投資を行う方が、結果として消費者のためになることがあるという考え方は昔からあったのです。

たとえばゼロックスはかつてコピー機で圧倒的な市場シェアを持っていました(これはネットワーク経済性ではなく、主に複雑な特許に起因するものでした。その特許の壁を破ったのがキヤノンやリコーです)。

そして、そこで生まれたキャッシュを用いて開発した技術が、後のパソコンのGUI技術に結びついたのです(その技術を事業化に転用したのはアップルとマイクロソフトであり、当のゼロックスがそれを事業化できなかったのは残念ではありますが)。

このような話を聞くと、本当に独占は悪なのかという疑問がやはり湧いてきます。とは言え、これは企業の性善説に基づいている部分が大です。また、善意から生まれた研究が、人類にとって脅威をもたらす可能性も存在します。企業の研究投資が国家規模にまで大きくなった場合はなおさらです。すでにシリコンバレーの巨大企業は不老不死の研究に多額の投資をしているようですが、これが本当に人類にとって幸福をもたらすのかは現段階では不明です。

筆者は個人的に、すべての独占が悪とは考えていません。顧客の便益や人類の発展に向けてキャッシュが使われるのであれば、それは決して悪い話ではありません。しかし、それが本当に消費者や人類にとって善なのかの判断を正しく行うのは容易ではありません。

ネットワーク経済性や特許により、企業が短期間で非常に大きな企業規模とシェアを実現できる現在、そもそも「許されない独占」というものはあるのでしょうか?そして、それが存在するとするなら、どうすれば企業に望ましい行動を取ってもらえるのでしょうか? 何かしらのガバナンスを働かせるべきなのでしょうか?これらは、現代の人類に課せられた大きな課題なのです。
 

東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『ビジネス仮説力の磨き方』『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード
図解 基本フレームワーク50』(以上ダイヤモンド社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『利益志向』(東洋経済新報社)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBA事業開発マネジメント』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の共著書、共訳書がある。
グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、ビジネスプラン、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。

名言

PAGE
TOP