そこに強い思いはあるか?――ノバルティス鳥居正男氏【グローバル人材の条件】 

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混迷の時代に世界が求める「グローバル人材」の条件とは何か――。グローバル企業のリーダーたちに聞くシリーズ。初回は、45年間にわたり外資系製薬業界一筋に活躍してきた鳥居正男ノバルティスホールディングジャパン社長にご登場いただいた。(聞き手は、水野博泰=GLOBIS知見録「読む」編集長)

【ゲスト紹介】 
鳥居正男(とりい・まさお)氏 
ノバルティスホールディングジャパン 代表取締役社長

1947年、神奈川県生まれ。71年アメリカ・メリーランド州ロヨラカレッジ経営学部卒業、日本ロシュ(現・中外製薬)入社。75年上智大学国際学部経営学修士課程修了。日本ロシュでは社長室長、試薬部長を経て、83~87年にアメリカとスイスのホフマン・ラ・ロシュ社に出向。89年取締役医薬品本部長、92年常務取締役。93年ローヌ・プーランローラー社長。95年シェリング・プラウ社長。2011年ベーリンガーインゲルハイム ジャパン社長。2016年7月より現職。

逃げずに立ち向かえる力が必要

知見録: イギリスのEU離脱国民投票、テロ事件の頻発、グローバリズムへの批判の高まりなど、世界は大きな変化に直面しています。グローバル・ビジネスの状況をどのように見ていますか?

鳥居: まさに「混沌」でしょう。先が見えない状態です。オバマ米大統領は「アメリカはもはや世界のポリスマンではない」と言った。それまでのパワーバランスが崩れ、秩序が失われています。中東、ロシア、中国で起こっている混乱、そしてアメリカで起こっている“トランプ現象”など、収拾がつかなくなっている印象です。

グローバル企業にとっては、どっちに転ぶか読めない状況となり、経営判断は極めてハイリスクなものになりつつあります。「先が読めない」ということを前提に置いて、変化が起きた場合に柔軟かつ迅速に対応する俊敏さや危機管理力がますます重要になっています。何か新しい動きをする場合には、駄目な場合を想定して、その時にどうするかという「プランB」(次善の策)を必ず作っておく。積極的に攻めるのは良いのですが、「リスクを直視したうえで攻める」ということが大切です。

人材的にもそういう能力が求められています。過去の成功例、失敗例というのは参考にならなくなっていますから、先が読めない状況の中で先を読む力リスクを特定し対応シナリオを描ける力、大きな変化が起きた時に逃げずに立ち向かえる力が必要なのです。

知見録: 鳥居さんが45年間にわたって活躍されてきた製薬業界での変化は何ですか。

鳥居: イノベーションのインパクト、スピード、成功確率が大きく変わりました。胃潰瘍になると昔は必ず手術でしたが、今は薬で治ってしまう。血圧も薬で安定させられます。コレステロールもそう。これ以上研究する必要がないところまで来ています。糖尿病はあと一歩というところまできています。

残っているのはアルツハイマーやガンなどですが、なかなかハードルが高い。新しいイノベーションが成功する確率が下がり、それにかかるコストが莫大な額に膨らんでいます。最近の製薬業界で言われているのは、3万の物質を研究して市場に出せるのはたった1品という厳しさです。1品の開発にかかる費用は1000億円単位です。最近、アメリカのある大学の研究では1品に3000億円かかったとの報告があります。1品の開発には15年くらいかかる。予期しなかった副作用が出てしまうリスクもある。

製薬メーカーと医療従事者との距離感も変わりました。以前は、接待もあり、何が何でも先生のご要望に応えようという営業スタイルが珍しくありませんでしたが、最近はすっかり変わって、最新の医薬品と医薬情報の提供者という専門的役割に徹するようになっています。

ここ十数年のM&A(企業の合併・買収)による統合で製薬業界は様変わりしました。日本に進出している外資メーカーの数はこの約15年間で4分の1ぐらいに減りました。

知見録: そんな激動の製薬業界で、鳥居さんは45年間にわたって外資系一筋で活躍されてきました。グローバル・ステージで活躍し続けるための「軸」は何だったのでしょうか。

鳥居: 秘策はありません。その時その時に最善の判断をしようと心がけて今までやってきました。

外資系企業の日本代表を務めてきた後半の23年間を振り返ると、最も気を配ったのは「本社との信頼関係」です。本社と約束したことはきっちり守る、本社がビックリしてしまうようなサプライズを起こさない――。これが基本中の基本です。

透明性」も大切です。日本市場は他の国々とは違う様々な特質があり、本社からは「特殊な市場」と見られています。そして、ローカルの日本人社員はそうした市場の特殊性を言い訳にして「あれはできない」「これもできない」と逃げているのはないかという誤解が生じがちなのです。そうした余計な疑心暗鬼を生まないために、本社にはすべてを見せ、日本市場をブラックボックスにしないように最大限の注意を払ってきました。グローバル本社に出張に行く時にはできる限り多くの幹部とフェイス・ツー・フェイスで話し、「日本支社はちゃんとやっているのか?」という疑念を払拭するように努めています。

逆に日本支社の日本人社員からすれば、「本社はいつも無茶な注文をつけてくる。日本市場の特性が全く分かっていない!」などという不満も生じます。そういう声に対しては、グローバル本社の見方、考え方、実現したいことを丁寧に説明するようにしています。

本社からは「日本のことは鳥居さんに聞けば大丈夫」、日本の社員からは「鳥居さんが守ってくれるから心配ない」というバランスを取る役割です。

もう1つは、「グローバル視点で自分自身の意見を持つ」ということです。日本の代表という役割の軸足は当然日本にありますが、グローバル企業の幹部としての貢献も求められます。つまり、グローバル視点での戦略立案への貢献です。そのためには、世界全体の出来事をウォッチし、大きな流れを理解して、会社が直面する時々の課題を特定し、それに対してどのようなアクションを起こすべきかという考えをまとめておく。本社で行われる戦略会議で、日本代表としてしっかり意見を言い、存在感を示すということを心がけてきました。

知見録: 日本人であること、日本であることは、グローバルなステージでは不利なのでしょうか。

鳥居: いや、むしろプラスです。45年間の経験を通して、日本に対する関心は極めて高かったですし、これからも変わらないでしょう。日本市場の重要性も変わりません。一時、ジャパンバッシング、ジャパンパッシングなどと言われたことがありましたが、日本の市場規模は巨大であり、パッシングしたいなどと考えている人はいません。

日本という国、日本人という人材に対する評価も高い。戦後の日本人の先を見る力勤勉さについて理解している人は世界中にたくさんいます。目の前のお客さんのために良い仕事をしたいという気持ちを自然に持てるということは素晴らしいことです。チップをもらわなければ動かないという国もありますから。そしてチームワークです。自分だけが目立とうとするのではなく、むしろ自分は後にするような謙虚さは日本人に特有のものです。様々な点で、日本人であることはプラスの面が大きかったと思います。

ただし、そこに甘えてはいけないと肝に銘じています。「日本はこうです」「日本にはフィットしません」と言うのは楽なんです。しかし、それでは日本は「特殊な国」のままで発展性がないし、貢献度も上げられない。「日本」に逃げ込むのではなく、日本の価値を付け加えて世界共通に展開できるアイデアに昇華させていく発想を持つことが、グローバルで活躍する日本人には絶対不可欠だと思います。これは、かなり高いハードルですが、やはりそこに挑戦しないとグローバルな組織の一員としては認められないでしょう。

まずは、自分自身の日本に対する認識を正す必要があります。自分自身が「日本は特殊な国。誰も理解しようとしていないし、参考にもならない」という気持ちでいたら、聞いてもらえるはずがない。私の経験上、それは言語力の問題ではない。「日本は頑張っている」「日本にはたくさんの良さがある」「日本はグローバルにもっと貢献したい」「だから、日本についてもっと知ってほしい」という気持ちの問題です。どんなに流暢に外国語を操っても、この気持ちが無ければ何も伝えられません。グローバル人材とは、そういう熱いハートを持った人であり、そういう人をオープンに受け入れられる人たちなのだと私は思っています。

強い意志があればどんなハードルも超えられる

知見録: 「ハードルは高い」とおっしゃいました。どうしたら超えられるでしょうか。

鳥居: 実に簡単です。自分の意志マインドセット次第です。

私は、小学校の頃、ダメ男でした。自信がなかったし、もちろんリーダータイプでもないので学級委員をやったこともありませんでした。小学校を通して全く目立たない存在でした。

中学に上がった時、「このままではまずいぞ」と思いました。ありがたいことに担任の先生が気にかけてくれて、私にいろいろと出番を作ってくれたりしました。その頃から少しずつ変わっていったのです。高校ではバドミントン部に入りました。もっと輝きたい、みんなを引っ張っていくような目立つ存在になりたいという気持ちがマグマのように心の奥底で燃えていました。

大学に入って、それが一気に吹き出しました。「変わるぞ!」と決めたんです。ドイツ語科ではクラス行事の多くを私が仕切りました。ESS(English Speaking Society)でもリーダーシップをとりました。生涯の恩師となる神父様との出会いもありました。私の意気込みを認めてくれてアメリカ留学というチャンスをいただきました。「英語を絶対うまくなってやる」と心に決めて、留学先は日本人がいない所を希望しました。

自分自身を振り返ると、自分でギアチェンジして、やる気になったら、できたのです。「どんなに高いハードルでも、強い意志を持てば誰でも超えられる」と言いたいですね。

知見録: 「そうなりたい」「こうありたい」という思いを持つことがすべてのスタートですね。

鳥居: これ以上はないほどの「強い思い」ですね。私の場合は、自信がなくて、目立たなくて、いつも内に籠っているような嫌な自分から何としてでも脱皮したいという気持ちが原動力になりました。

そして、とにかく一生懸命やりました。性格的に真面目で手抜きができない。完璧主義なんです。その場その場で全力を尽くしたい。そういう気持ちや姿勢が、自分を導いてくれる人との出会いにも結びついていったのではないかと思います。

やる気」が一番大切なのです。純粋な気持ち、前向きな姿勢、目の輝き――。入社面接でもそういうところを見るようにしています。マインドセットさえしっかりしていれば、私のようにいくらでも変わることはできますから。
もちろん、グローバル人材という観点からは、海外に出て、日本とは違うものを見てみたいという強い興味関心を持っていることも大事です。

知見録: 鳥居さんは上智大学でMBA(経営学修士)を取得されていますが、グローバルに活躍するために役立ったことは何でしょうか。

鳥居: 一番は、やる気のある「仲間」と一緒に学ぶことで、良い刺激を受けられることです。今年春、グロービス経営大学院英語MBAプログラムの特別講義に登壇させていただきました。1回3時間、4回にわたって「Global Leadership Development」について学ぶのですが、クラスに入った瞬間の熱気が凄まじい。海外からの留学生、日本で働く外国人、そして日本人が交じり合い、楽しみながらも真剣に自分自身の未来を掴みとろうとしている。久しぶりにMBAクラスの空気を吸って、懐かしく思うと同時に非常に感動しました。

もう1つ、「多様性」に直接触れられることですね。日本人だけでなく、外国人とも一緒に学び、議論することは、日本人である自分自身の考え方を磨くための絶好の場になります。日本人は人前で自分の意見を話すこと、特に英語で話すことが非常に苦手ですが、伝えたいことがあり、伝えたいという強い思いがあれば、英語が下手でも通じるのです。そういう訓練場としてMBAスクールは絶好です。MBAクラスはグローバル人材のブートキャンプなのです。

知見録: 最後に、鳥居さんから、グローバルに活躍したいと思っている若い人たちへのアドバイスをいただけますか。

鳥居: 第1に、自分の目標をしっかり持つことです。動機は何だってかまいません。私のように嫌な自分から脱皮したいということでも良いと思います。第2に、常に全力で向き合うこと。全力かどうかは自分にしか判断できませんから自分に正直になるということが必要です。1日を振り返って本当に今日もがんばったと自分に満点つけられるように頑張ってほしい。

そして、自分はどういう人間なのかを理解することです。日本人としての良さを知り、自信を持ち、それを活かすことです。私は、真面目さ、勤勉さ、他人を思いやる気持ち、自分を後回しにする謙虚さなどだと思います。日本人の良い特徴を自分の強みとして押し出していってほしい。世界のどこにいても日本人であることを決して忘れないということが、グローバル人材としての条件だと私は思います。

知見録: 鳥居さん、ありがとうございました。

 

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