第3回 チベット問題に思うこと 

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世界中に波紋を広げているチベット暴動問題。目先の事象だけを捉え、ただ中国人を批判するのは簡単だが、この問題を、歴史や民族の多様性などを踏まえて複眼で捉えると、少し異なる景色も見えてくる。田崎正巳・グロービス経営大学院客員教授が、自らの体験も踏まえ、問題の本質を熟慮する。

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チベット暴動から2週間近くが経とうとしています。欧州諸国をはじめ、各国から中国に対する強い非難の声が上がっており、一部には北京オリンピックの開会式ボイコットなどの報道も出ています。中国政府が発表している「中国を支持している国リスト」が、ロシア、北朝鮮、パキスタンなどというのが、笑えるというか、納得がいきます。

一昨年、私はチベットを訪問しました。その際のことは、別なコラム「時勢インサイト 特別編 その1 チベット徒然日記」と「その2 モンゴルとチベットとは何が違う?」で詳細に振り返るので、是非、チベットという国、或いはチベットやモンゴルなど多民族を包含するアジア大陸全体の構造を内側から理解する一つの援けとしていただけると嬉しいのですが、誤解を恐れず、ごく簡略に要約してしまうなら、そこには、占領後に移住してきた漢人(中国人)が幅をきかせ、先住のチベット人が貧しい暮らしを強いられる現実が、目にする全てに表出していました。

例えば中心市ラサでレストランを探しても、ほとんどは漢人が経営しているもので、チベット人経営のレストランはありません。観光ガイドも漢人、土産物屋も全て漢人です。他方、観光地に行くと、見物客目当てのチベット人の子供たちが、悲しくなるほどに、寄ってきます。ラサで、チベット料理が食べられるレストランを探して訊ねると、「チベット人は、お金もないし、言葉も充分でないから(チベット人が経営する店はないよ)」という答え。そこで私が、「チベット人が行くような、チベット料理屋を探しているのだけれど」と、さらに聞くと、「チベット人は、そもそもお金がなくてレストランに入れないから、そういう店はないんだ」という言葉が戻ってきました。

ご承知のとおり、中国はチベットを征服し、チベットから言葉を奪いました。勉強するにも中国語、役所や企業に勤めるにも中国語が必要となれば、昔からのチベット人にできる仕事はなくなってしまいます。チベットの子供たちも、“中国語のできないおじいちゃん、おばあちゃん”を劣等国民だと思うようになります。こうして、民族の文字、言葉、引いては文化や誇りが世代とともに瓦解していくわけです。そんな結果として構築された、今回の暴動の裏にあるとも言われる支配構造を、痛烈に肌身に感じる旅でした。

先進国の多くが抱える他民族抑圧の歴史

本題に戻りますが、ただ忘れてならないのは、この問題は、中国固有のものではなく、ほとんど全ての国にある、或いは過去にあった問題ということではないかということです。今回の騒乱は歴史的に見れば、いたって普通の出来事です。無論、だからと言って、私が中国政府の行動を是認しているのでは決してありません。

申し上げたいのは、要するにこれは時間軸の問題なのではないかということ。例えば日本。この問題が70年前に起こっていたら、日本はどう反応するでしょうか? イギリスは? フランスは? あのアメリカすらも反対するかどうか、でしょう。

現在、先進国と呼ばれる国々のほとんどは、今の中国と同じ感覚、価値観を過去に持っていたと思います。それが、その後の民主主義や経済的な繁栄を経て、「どうも他の民族を力で蹂躙するのはいけないことなんだ」と気づいただけのことではないかと思うのです。

人類の歴史がどのくらいあったか正確にはわかりませんが、仮に文化的生活の歴史5000年としても、今の先進国の価値観というのは、ほんのつい最近の考え方でしかありません。

日本を考えてみても、朝鮮半島の支配では“日本人化”を強制しましたし、満州は「日本の生命線」という完全なる日本側の論理だけで支配したわけです。「あれは昔の話。今は違うよ。それにあの時代は皆が、植民地化を推進していたから・・・」という論理もあろうかと思いますが、それは今の中国にしても同じで、「ロシアやイラン、パキスタンにインドネシア、スーダンにイスラエルといくらでも似たようなことをやっているじゃないか?」と思う節もあるのでしょう。

繰り返しますが、私は「だから中国の行動は仕方がない」なんて、これっぽっちも思ってはいません。今もチベットの地で見た「差別され続ける民族の悲惨さ」は頭に残っています。言葉も文字も、そして、文化や伝統、宗教が奪われていく姿は、悲しいです。特に子供たちには、将来が全く見えないようにも思いました。

「日本は単一民族国家」という歴史認識の乏しさ

今回の問題を考えるとき、私が悲しい気持ちになり、また怒りがこみ上げるのは、日本人自身の歴史認識の乏しさです。朝鮮半島や満州などという、いかにも欧米のマネに見える植民地化とは全く異なる、少数民族抑圧の歴史を、ほとんどの日本人は意識しておらず、今回のチベット暴動を他岸のこととして非難しています。

中曽根(康弘・元内閣総理大臣)氏の「日本は単一民族」という発言もありましたが、あれは今の中国よりも劣る見識です。中曽根氏は別に戦前の人物というのではなく、今も生きている元首相なのです。なぜ、今の中国にも劣るというのか?

それは、中国はまがりなりにも「中国は多民族国家である」と認めているからです。チベット人と漢人とは異なることを前提にしているということです。それに対して、中曽根氏は、日本の多様性を“抹殺”していることが問題だと思います。

そもそも日本民族などというのは総称であって、あえて分ければ今の日本の領土に住んでいたのは大和民族、アイヌ民族、琉球民族などです。これ以外にも、アイヌ民族と大和民族の(地理的な)間に蝦夷と呼ばれる異なる生活習慣、文化を持っていた人々がいたのも数えれば、まだ他にもあるかもしれません。

かもしれません、というのは、皆、滅ぼされたからです。アイヌを例にとると、元々は日本という地理的概念とは関係なく、東北の一部と北海道、そして樺太、アリューシャン列島に広く広がっていた民族です。「最近は世界が狭くなった」などという人もいますが、往時からアイヌにとっては樺太やアリューシャンに親戚がいるなんて普通のことで、船で結構、頻繁に行き来していたようです。もちろん、今は不可能ですが。

ですから、17世紀までは大和民族はアイヌ民族が北海道の主(あるじ)ということもわかっており、交易を通じてしか接触してなかったのです。ですが、17世紀半ばのシャクシャインの戦い(満州事変のような、狡猾なウソをついて武力で制覇する方法)を機に、一気に武力を背景に北海道を制覇し、アイヌ民族を奴隷化したわけです。

更に近代日本になっても、明治政府の方針は「哀れなアイヌを保護する」という名目で、アイヌの日本人化を進めました。アイヌ語の禁止、日本語以外の教育はダメ、文化もだめ、狩猟民族なのに土地の所有化など、またたくまにアイヌ民族のアイデンティティを滅ぼしていったのです。もちろん、その途上では虐殺も多く行われました。

明治政府の言い分は「北海道をロシアに取られないため」。つまり戦略上の要地だということです。この流れ、言い分は、今の中国と全く同じです。

中国にとってのチベットは「数千年来の隣の大国インドへの戦略的な要地」であるチベットを支配し、「遅れているチベット人」を保護するために「中国語化、漢民族の風習の定着」を進め、元々あった宗教国家としての価値観を全て葬り去ろうとしているわけです。もちろん、今回に限らず既に10万人以上のチベット人の虐殺を行ってきました。

「それは日本の遠い昔のことでしょう」という人がいるかもしれません。本当にそうでしょうか? 実は明治政府によって作られた法律があり、これを根拠にアイヌに対する民族の価値観の抹殺を行ってきました。

制定は1899年(明治32年)で「北海道旧土人保護法」と言います。この法律は、遅れたアイヌの文化を改め進んだ大和民族に変えようという法律です。しかも狩猟民族にとって重要な自由に活動できる北の大地を、所有権化したのです。

この法律ができた途端に、それまで自由に川でシャケを取っていた人が泥棒になり、山でキノコを採っていた人も泥棒と不法侵入になってどんどん逮捕されたのです。この法律は実はついこの間、なんと1997年まで続きました。

戦後、多くの法律が大幅に変えられたのに、これだけは残っていたのです。誰もアイヌの痛みなんて感じないからだったのでしょう。こういう話をすると必ず言われることがあります。「へー、知らなかった。ひどいねー」と。日本人の「単一民族意識」は、このような多大な犠牲と看過しがたい無知によって醸成されてきたのです。

琉球民族だって、似たようなものです。薩摩藩に武力で占領され、長い半奴隷化の歴史を経験しました。そういう諸々の歴史観もあり、第二次世界大戦においては、大和民族を守るためには端っこの琉球民族が犠牲になることは「仕方がない」と思われていたのだと思います。

「豊かさ」が民族抑圧の見え方を変える

さて話は戻って、今の中国とチベットです。私はいずれ今の中国のやり方は持たなくなると思っています。その一番の要因は「豊かさ」でしょう。中国がどんどん豊かになれば、もっともっと今の一党独裁体制では矛盾が生じ、いずれ吹き出ると思います。

そうなって初めて、今の日本人が感じるように「それはひどい」と人々が感じるのではないでしょうか。70年前の日本人には、残念ながらそんな感覚はなかったでしょう。「朝鮮は我々のものだ。他国にごちゃごちゃ言われる筋合いはない!」と皆が思っていたのだと思います。

だから何もしなくていいという論理を展開しているのではないです。チベットの状況はあまり悲惨で心が痛みます。ただそれは、中国と日本や欧米先進国と70年のギャップがあるからそう見える、と言っているのです。

絶対的に「中国という国が悪い」とか「中国人はとんでもない」というのではないよ、と言いたいのです。誰にでも潜んでいる、他民族を抑圧したい願望が、そのまま直接に出てしまっているのが今の中国なのだと思います。私は個人的には、中国人は好きですから。

>>時勢インサイト特別編 その1 チベット徒然日記
>>時勢インサイト特別編 その2 モンゴルとチベットとは何が違う?

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経営のプロフェッショナル、田崎正巳が世の中の動きを鋭く切り取り、ニュースの本質を読み取る連載コラム。時勢に即応し、不定期に更新します。

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