第2回 橋本忍 『複眼の映像 私と黒澤明』 

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ビジネスパーソンが、自身のお薦めの作品を紹介する本コラム。今回は、グロービス・エグゼクティブ・スクール(以下、GES)でリーダーシップのクラスを受講した恩河武男さんが、黒澤明監督を描いたノンフィクション『複眼の映像 私と黒澤明』から、映画制作と脚本執筆におけるリーダーシップを読み解く。

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著者の橋本忍は、日本有数の脚本家だ。代表作は本書で取り上げた「羅生門」「生きる」「七人の侍」といった黒澤作品のほかに、「真昼の暗黒」「切腹」「砂の器」「八甲田山」などがある。一方の黒澤は、日本映画界の巨匠として大変に有名である。自分のイメージに合う雲を撮るために何カ月間も撮影現場で粘ったり、画面には映らない小道具にまで凝ったり、気に入らないことがあると怒って帰ってしまったりと、強烈な個性を物語るエピソードは枚挙にいとまがない。そうしたことから、「完全主義者」「天皇」などとも呼ばれた。

映画の出来に最も寄与するのは、一般に脚本の優劣であり、その比率は6割と言う人もいる。自身も優れた脚本家であり、他の監督にも脚本を提供している黒澤は、自分の監督作品では、ほぼ一貫して共同脚本というスタイルを取っていた。

共同脚本における司令塔が「生きる」「七人の侍」を傑作に

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私が本書を手に取ったのは、一般にはあまりエピソードの伝わって来ない、小人数での密室作業である脚本製作の現場にどのような秘密があるのか、興味を持ったからである。同時に、私自身がGESでリーダーシップ理論を学んだ直後だったため、黒澤明はどのようなリーダーだったのかも考えながら読み進めた。

一般的なイメージから、リーダーとしての黒澤を「リーダーシップの4領域行動モデル」 (参考文献:『MBAリーダーシップ』ダイヤモンド社)に従って分類すると「目標達成型リーダー」、しかも相当強烈な、ということになる。自分の理想とする映画を撮るためには一切妥協せず、現場であらゆる手段を尽くす。目標達成のための行動が、数々の伝説的なエピソードとなっていった。

ところが本書を読んで、少し考えが変わった。

「生きる」と「七人の侍」では、黒澤が着想したストーリーを、先行ライターである橋本が第一稿として書き上げる。その第一稿を元に、共同脚本の作業で決定稿を書くのだが、その場に黒澤と共に加わるのが小國英雄である。小國は、黒澤より6歳年長で、当時最も原稿料の高い脚本家だったという。

この小國が「戦略実行型リーダー」、すなわち参謀役として力を発揮したからこそ、「生きる」と「七人の侍」は黒澤作品の中で、いや世界の映画史において最も輝いた作品になった。これが本書の肝である。

「生きる」の共同脚本の現場である真冬の箱根の旅館に、小國は3日遅れて到着する。黒澤と橋本が書き進めた原稿を、小國が読み、首を傾げた。

「黒澤……これちょっとおかしいよ」

黒澤さんが顔を上げ、私も小國さんを直視する。

「これはあかんなァ」
「なにがあかんのだ!」

私はドキッとして黒澤さんを見た。黒澤さんの顔は怒りで蒼白に硬直している。

「小國! なにがあかんのだ!」

それは凄まじい怒気を含む殺気だった声だった。(本書91頁より)

一触即発の緊迫感に満ちた状況だが、小國のダメ出しに黒澤は納得した。「お前が約束通りに来なかったからだぞッ!」と言い放ち、それまでの原稿を自らの手で破り捨ててしまう。怒りで顔を真っ赤にした黒澤、悠然と煙草に火をつける小國、それを見て不安に暮れる橋本。まるで映画の1シーンのようだが、黒澤が撮影現場での専制君主ぶりを抑え、参謀の言うことを聞き入れた瞬間である。恐らくこの瞬間に、「生きる」は映画史に残る傑作となった。

この2傑作の脚本で、小國は1文字も書いていない。決定稿の作業では、橋本と黒澤がシーン毎に書き、その原稿を読んで善し悪しを判断するのが小國の仕事だった。撮影現場では圧倒的な「目標達成型リーダー」である黒澤明も、共同脚本の作業の場では小國英雄という「戦略実行型リーダー」の下で、橋本忍と共に1人のライターとしての役目を果たす。つまり、1つの映画を作り上げる際に、黒澤は「目標達成型リーダー」としてリーダーシップを発揮するのみならず、場合によっては他の「戦略実行型リーダー」の下でワーカーとして振舞うことができたのだ。

そして、黒澤がそのような異なる役割を実行したのは、どうやらこの「生きる」と「七人の侍」までだった。というのも、その次の作品からは、橋本の進言もあって、小國もライターとして共同脚本の作業に参画したからである。こうして、共同脚本の現場から参謀役がいなくなった。同時に、黒澤の着想のもとで橋本が第一稿を書く作業も省略され、いきなり決定稿を共同で書くスタイルに変更された。

3人で同時に決定稿を書く作業を始めて数日、橋本忍は違和感を覚える。小國がライターに回ったことで、「作品は、司令塔、水先案内人なしに走り出したのである(同185頁)」。

このときの作品が、記録的な不入りとなった「生きものの記録」だ。橋本は失敗の原因を、「いきなり決定稿を書く」共同脚本のスタイルにあると断言する。しかしながら、リーダーシップを学んだ者としては、「戦略実行型リーダー」の助言を受けなくなったことが致命的であったと思わざるを得ない。

映画制作は、人数で言えば100人規模のプロジェクトだ。映画制作に企画や脚本から参画する黒澤は、偉大なプロジェクトリーダーだった。本質的に「目標達成型リーダー」である黒澤は、「戦略実行型リーダー」である小國を参謀とすることで、映画史に残る傑作を残した。その参謀役を捨てたことで、黒澤の作品はそれまでの輝きを失ったのだと、私は思う。

本書のタイトル『複眼の映像』は、黒澤の共同脚本のスタイルである「同一シーンを複数の人間の眼(複眼)で書き、それらを編集」することを指している。と同時に、いかなるリーダーも、自己のリーダーシップのスタイルを認識すること、そして、その不足部分を他者の意見を謙虚に聞き補っていくことで、持続した成功を得られるというリーダーシップに普遍の法則を、歴史的な証言と共に表わしている。

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