ワールド・モード・ホールディングス 加福真介氏 「越えられない背中の先を目指して」 

グロービス アルムナイ・アワード2015受賞者に聞く
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MBAの真価は取得した学位ではなく、「社会の創造と変革」を目指した現場での活躍にある――。グロービス経営大学院では、合宿型勉強会「あすか会議」の場で年に1回、卒業生の努力・功績を顕彰するために「グロービス アルムナイ・アワード」を授与している。2015年、「変革部門」で受賞したワールド・モード・ホールディングス代表取締役の加福真介氏(グロービス経営大学院2012期生/大阪校)に、MBAの学びをどのように活かしたのかについて聞いた。(聞き手は、GLOBIS知見録「読む」編集長 水野博泰)


知見録: アルムナイ・アワード受賞、おめでとうございます。ここに至るまでの加福さんの人生の軌跡について伺いたい。

加福: 付属中学、高校からエスカレーター式で同志社大学の商学部に入り卒業した。受験戦争を経験せずアルバイトや部活動をしながら10年間を過ごした。「ハングリーであれ!」が父親の口癖であったが、その父が懸命に仕事をして私学の学費を出してくれたおかげで、ハングリーに受験戦争を戦う事もなく社会人になった。社会に出て何度も頭を打つ中でお金を稼ぐ事の厳しさや働く事の達成感を体感するようになり、ようやく父の言葉の意味を理解できるようになった。今はハングリーで成長し続けたいと思っている。

知見録: お父さんと加福さんの関係性は?

加福: 「優しいお父さん」というよりは「超えられない壁」みたいな人。私は中学そして高校時代もとずっと運動部で筋力トレーニングを頑張っていたのだが、友人が腕相撲でどんどん親父越えを果たす中で私だけ父には全く歯がたたなかった。私は友人の中で腕相撲は強い方だったことから、友人らの父親と比べて私の父は強靭な肉体を持っていたように思う。また厳しい外資系の世界で日本中を飛び回って頑張っていた人だが、休みに家庭で疲れた姿を見せた事がない、精神的にも強靭な人だ。べらべら軽口を叩くような事はなく背中で語る人、自分の親父ながら格好いいと思っていた。あまりに大きな背中過ぎてリアルに考えた事はなかったが、いつかは親父のようになりたいと心のどこかで思って育った。

知見録:いつかは超えたい…。

父が倒れたのをきっかけにファッション業界に飛び込む

加福: 父と同じ事をするのでは認めて貰えないと思っていた。今思えば卑屈な発想だ(笑)。学生時代のスポーツにしても、父がヨット競技でもう一歩で日本代表というところまで頑張っていた人なので私もするように周囲から誘いがあったが、私はレスリングや空手を選んでのめり込むことにした。チームのキャプテンをすることになった際はリーダーシップを醸成するのに良い経験だと色々アドバイスを貰ったのだが、父のように背中でチームをぐいぐい引っ張るリーダーになろうとせず、後輩とも友達のような関係で付き合ってワイワイやるのが好きだった。そんな調子で常に父と違う方向へ進んでいき、憧れていた父とはまったく似ていない性格の大人になった。唯一、学生時代に勉強をほとんどしなかったというところだけは都合よく真似てしまい、ほとんどというよりまったく勉強しなかった(笑)。

大学を卒業し社会人になる時も、ファッション業界で活躍していた父とは同じ道には進みたくないと思って、早々に内定を出してくれたITソリューション大手の会社に営業職で入社した。2000年のことだ。

その会社の社訓は「努力、執念、根性」という硬派なもので、入社早々の仕事は朝から晩まで飛び込み営業だった。飛び込み営業で成果をあげる秘訣は完全に精神論、「競合他社が1回行くなら俺は3回!」みたいな(笑)。決められた担当地区で早くお客様をたくさん作るには、休みなくひたすら訪問するのが効率良い方法だったかもしれないが、飛び込みセールスは歓迎されないケースが多く、めげない性格が養われた。落ち込んだ時は同期や先輩と電話で話す事で励まされ、チームの成果があがって飲み会をする事でモチベーションは最高になった。毎日、自転車で大阪の商店街を走りまわった。靴もズボンもすぐにダメになるから身なりにお金をかけようなんて当時は全く考えもしなかった。

知見録: ファッション業界とは全然違う世界で育った。

加福: 今思えば、温かいお客様にたくさん出会い、叱って頂けた。必要とされると嬉しくて、仕事内外に関わらず何でもしたいと思うようになっていった。オフィス引っ越しはもちろん手伝ったし、お客様が所属するラグビーチームの試合人数が足りないなら無謀にも出場した(笑)。昼は既存客の対応と新規営業飛び込み、夜は伝票作成や提案書作成、そして新規リストアップ、朝早くから夜遅くまで働いたが、全然苦ではなかった。人に恵まれ、助けられて、お金を稼ぐことの厳しさと達成感を教わることができた社会人一年生だった。実は父もファッション業界で働く前に、体育会な建築資材会社で同じような経験しており、別の道を選ぼうとしたはずが結局父と同じような経験をして社会人の第一歩を踏み出した事を後から知った。

その会社で3年程頑張った頃、ある日突然、父が脳梗塞で倒れてしまった。入院などとは無縁の人だと思っていたので本当に驚いた。病院の集中治療室に駆けつけると、「銀行への入金が遅れたら大変なことになる」と会社の心配ばかりしていた。そして、「お前しか信じられる奴がおらん」「お前、入金やってこい」と続いた。

知見録: 「やってくれ」じゃなくて「やってこい」(笑)。

加福: 翌日、営業中に抜け出して父が3年前に立ち上げたiDA(アイ・ディ・アクセス)を訪ねることになった。「お前、誰や」みたいな視線を感じつつ総務部長を訪ね、父から聞いたパスワードで社長室の金庫を開け、その中のカードを持って銀行に行き、また別のパスワードで銀行の貸金庫を開けて会社の実印を取り出し、生まれて初めて目にする大金の振込処理をした。父から仕事の愚痴など聞いた事も無かったが、倒れるほどのプレッシャーの中で孤独に耐え必死に会社を守っているのだと理解した。病院のベッドで、父が「手伝ってくれへんか」と言ってくれたので「是非やらせてほしい」と答えた。その後、父の体調はすぐに回復した。

知見録: ああ、良かった。

加福: 入社を決めた直後、東京配属という話になった。関西から出たことがなく、ファッション業界も人材ビジネスも知らなかったが、何とかなると思っていた。

東京に移り、まず取り組んだのは新規の取引先を増やすことだった。前職同様に既存のお客様も人脈もなかったため、求人誌を買ってきて販売スタッフを探している企業にひたすら電話をかけ訪問する時間を貰えるようお願いしていくことにした。本社にて企業説明をする事で取引頂けるブランド企業が増え、次にそのブランドの店舗へサービスを提供する為に東京、千葉、埼玉、神奈川、群馬の商業施設へ訪問する機会が増えた。店舗の店長や商業施設の責任者の方へ挨拶するうちに顔なじみになり、人材を探している企業や仕事を探している人材を紹介頂けるようになっていった。地道な活動を重ねる内に、少しずつお客様が増えていった。

父からもらった箱いっぱいの資料に救われる

知見録: iDAでは主にファッション企業向けに何を提供しているのか?

加福: ファッション業界に興味がある人材を募集して、研修し、ブランド企業へ派遣する。そして、店舗で経験を積んでもらい、最終的にはそのブランド企業の社員になってもらう。いわゆる人材ビジネスだが、毎年たくさんの派遣社員に当社を卒業してもらってクライアントの社員として送り出していくところが他の人材ビジネス企業にはあまりない特徴だ。それに加えて、ブランド企業に研修を提供する事業、初めて商業施設に展開するブランドに対しノウハウを提供する出店サポート事業、店舗の運営を丸ごと受託する店舗運営事業を展開している。

知見録: 競合も少なくなかったはず。その中で、なぜ御社が選ばれたのか?

加福: iDAは元々、ファッション企業で長く勤めた父が、コンサルティング会社として立ち上げた。どれだけ店舗やそのブランド企業に貢献するかという視点が原点にある。だから、当社のスタッフには、「ブランドの一員」であるという意識で店頭に立ってもらっていて、営業担当者はスタッフが活躍できるように全面的にバックアップするというスタンスだ。創業者である父が拘ったファッションに専門特化するという事をチーム全員で自覚して仕事に向かうことによって、サービスの質において差別化できたからだと思う。

知見録: 少し前まで「なにわの営業」をやっていた加福さんが、東京にポッと出てきて、しかも未経験の業界で不安にならなかったのか?

加福: 父は私の入社が決まるとそれまで蓄積してきた資料一切をダンボール箱に詰めて、私に渡してくれた。あまりの量に驚き、その時は読まなかった(笑)。

未経験の仕事に就けば当然行き詰まることは多いので、すがる思いでそれらの資料を読んだ。iDAの主力である人材ビジネスはブランド企業と人材の縁を繋ぐビジネスだと考えている。企業や業界について徹底的に調べてその魅力を人材に伝え、人材がどのようなトレーニングを積みどんな思いで仕事に望んでいるかを企業に伝えることで、その橋渡しができる。そこには企業や人材に関する大量の資料、企画書や対話を記録した手帳があった。父の事業やクライアントへの思いがそこにぎっしり詰まっていると感じた。そして、父が必死に準備をし、ブランド企業と人材のサポートしていた情景が、浮かんだ。

「自分は、まだ何もやってない」

そう気付くと、やる気がすごく湧いてきた。

知見録: お父さんは、いつか加福さんにその資料を託そうと保管していた。

加福: そうかもしれない。1つのブランドに関する資料だけで段ボール1杯分くらいあった。ここまでやって初めて信頼されるのだと。父が裸一貫で会社を立ち上げ必死の苦労で支えていたことを知り、心に沁みた。

ファッション業界のことを何一つ知らないで入社した私だったが、毎回よく調べて訪問し熱意をもって対応すれば、お客様も応えてくださる。そうして少しずつブランド企業に信頼して頂けるようになり、他の人材会社はどこもやっていなかったブランドのロゴをお借りして求人募集ができるようになっていった。

3年くらいやって仕事も軌道に乗り始めた頃、「大阪に帰って来い」と父に呼び戻され、支店作りをやることになった。支店の売上計画を作った上で絶対に達成する覚悟で営業活動をし、不動産屋を回って候補地を探し、人を採用して育てる。一つの支店が軌道に乗るまで何度も足を運ぶ、そうやって会社を拡大させていくことを学んだ。そうこうするうちに、産経新聞で会社が紹介され、次は日本経済新聞、そしてテレビ東京の目に止まり、「ガイアの夜明け」で取り上げてもらいブランド企業や求職者から注目が集まり、事業成長に勢いがついた。2007年のことだ。翌年の2008年に社長兼COO(最高執行役員)に昇進する事になった。その直後にリーマンショックがあった。

知見録: 御社にも厳しい波が襲った?

加福: 厳しい波だった。当時、人材派遣が当社のメイン事業になっていたのだが、一部の人材派遣会社がリーマンショックを機に解雇を大量に行ったこともあり、使い捨てとか、ワーキングプアとか、そんな言葉が飛び交って「派遣イコール悪」のように報道された。当社は役員報酬や広告費をカットしたが、解雇は一切行わなかった。 

ファッション業界で働きたいという人たちをプロ販売員として育成し、店舗に送り出して、ファッション業界を盛り上げる――。自社がやっている事に誇りをもっていたのだが、そういった十把一絡げに見える報道によって、自分達が情熱をもってやっていた仕事の目的が世間に伝わらなくなっているように感じた。

働く自分たちが誇りを持つ事が何より大切だと考え、派遣先ブランドでの社員化をそれまで以上に強力に推進することにした。すべての取引先企業に向けて、自分達の仕事の目的とスタッフさんの頑張り、どんどん社員化してほしいとの願いを手紙にして送った。

自分たちの仕事は派遣業ではなく採用(転職)支援業であり、店頭からファッション業界を元気にする事業であると再定義した。その時に掲げたのが、「WORKING DREAM®を実現する」という企業理念だ。店頭が活性化するための専門サービスを強化し、派遣しているスタッフがプロフェッショナルになるよう育てて送り出していった。

知見録: しかし、人材を派遣する会社が派遣先に対して「引き抜き大歓迎!」と依頼するのは異例だったのでは?

加福: 取引先企業から「大丈夫?」と心配された(笑)。結果的に良かったのは、社員化に積極的なブランド企業が取引先に増えてくると、当社に優秀で志のある人材が多く集まってくるという好循環が生まれたことだ。採用の仕組みに組み込んでくれるブランドもあった。ホームページの採用欄に「当社の採用はすべてパートナー企業に任せている。入社を希望する方はiDAまで」と明記してくれるところもあった。

創業時から父が苦労して全国に拠点を作っていた事がそういった取引先を増やすのを大いに助けた。有名ブランド、特に外資系のブランドは、東京に本社はあるが地方には拠点を持っていない。ところが店舗網は北海道から沖縄まで全国に広がっている。そのギャップを全国に拠点を持つ我々が埋める。各地の拠点で採用・育成して派遣する。販売の現場でいろいろと悩むこともあるので、私たちが相談相手になりながら研修をしサポートする。一定期間が経ったら派遣先のブランド企業の社員に転換してもらう。離職率を下げる効果もあった。

知見録: 顧客は良いが、加福さんの会社は儲からなくなったのでは?

加福: 確かに、「自殺行為だ」と言う人もいた。ただ、当社を卒業して夢を実現した人たちは、当社にとって一番のアンバサダーになってくれた。そういう人たちが、友人の志ある優秀な人をどんどん紹介してくれた。
何より私たち自身が、仕事に誇りをもって活き活きと仕事する事が業績を改善する上で、とても大切だった。リーマンショック前以上のスピードで事業は再成長し始め、特にファッション販売員の採用育成事業においてはNo1のシェアを獲得するまでに至った。顧客や人材にとって本当に良いと思う道に向かって、仲間とともに誇りをもって突き進めば必ず道は開ける。

知見録: 規模が拡大しながら、良いチームワークで会社はまわり続けた?

MBAはチームプレーを学ぶため

加福: うーん、組織をまとめるということは今もまだできていないのだが、当時は全くやり方が分からなかった。だから2011年にグロービス経営大学院の単科コースの受講を始めた。

知見録: MBAスクールに行くと言った時のお父さんの反応は?

加福: 父は反対だった。「机上の空論だ」と言われた。経営は実践からしか学べない。経営は学問じゃない、人生だ。学校では何も教えてもらえない、無駄やと(笑)。

知見録: 散々な言われようだ。めげなかった?

加福: めげてはいられなかった。父の言うことは全部真理だと思うし納得ができた。しかし当時は社の運営体制が会社規模に合わなくなって社内にひずみが生まれつつあり、これまで通りの事業内容を続けるだけでは成長が将来的に行き詰まると危機感をもっていた。このままでは何も変わらないし、やってもいないうちに役に立たないと決めるのはもったいないと思ったので、なるべく早く仕事に活かして認めて貰おうと、学んだ事はすぐに実践に活かすよう意識しながら勉強することにした。グロービスで学ぶ「ケース」は、とことん感情移入しながら読みこんだ。「この経営者はどんな思いだったのか?」「リストラなんて安易すぎる。この経営者は嫌いだ!」という感じに。

「良い会社を、みんなで一緒に作りたい」といった抽象的に夢を語るだけではダメで、「こうしたら会社は良くなるんだ」という具体的なプロセスを見せないとリアリティがなく誰も賛同してくれない。自分のスキルでは全社を一つの方向に導くなんて事はできなかった。会社を変革するとか考える前に、自身を変革する必要があった。

その後、在学中に父の株式を売ってもらいホールディングカンパニーを立ち上げた。中期事業計画を策定した上で、人事制度など社の運営体制を一新した。また、ファッション専門の老舗広告会社で後継者を探していた社長から事業を譲渡してもらい、新会社設立などを経て、ブランドビジネスの成否を握るコミュニケーションを川上から川下までサポートする、ファッション専門のトータルソリューショングループとして事業を運営するようになっていった。

知見録: グロービス経営大学院大阪校、本科入学は2012年。社長をやりながらのMBAスクール通いはどうだった?

加福: クラスの議論を常に実業に置き換えて考えるようにしていたので、リアリティがあり充実していた。会社を取り巻く環境分析をして「この辺りが脅威だ」と認識するだけでは話にならない。どうしても夢を実現したいのであれば取り巻く環境そのものを変えてやるぐらいの気迫があっていいということを学んだ。

実業に置き換えると、ファッション業界の人材、特に販売員のなり手が減っているからといって下を見ていても何も生まれない、販売員が増えていくような仕組みを作る発想が必要と思った。そこでファッション販売員の地位向上を実現する為の協会を設立しようと考え準備を進めていった。その後いろんな縁があってファッション業界の有名企業のトップの方々とともに、本年6月に一般社団法人を設立する。

経営は実践からしか学べないとの父の言葉は真理だと思う。だから学んだことはすぐに実践するようにしてきた。

知見録: 土日のクラスは、加福さんにとってどんな場所だったのか?

加福: 自分の気持ちをリフレッシュさせ、ゼンマイを巻いてもらう場所だった。いろいろな企業で壁を越えようともがいていたり、社会に変革をもたらそうと起業しようとしている学友がいて、必死で学んでいる彼らから良い刺激を貰った、人の考えを吸収して自分の会社に置き換えたらどうだろうかと考える繰り返しが楽しかった。

創業者を追わず、自分流で行く

知見録: 大阪校には2代目、3代目の経営者が多く在籍していると聞く。

加福: 新卒で入社した会社の同期だった大親友も2代目で、お父さんが倒れて経営を引き継いでいる。悩める時に私と一緒にグロービス経営大学院に通い出した。全科目を一緒に受講したほど、気心の知れた仲だ。

知見録: 2代目同士で引き合うところとは?

加福: 私もそうだったし、彼もそうだったが、気付かないうちに創業者の背中を追いすぎて、無理に超えようとしたり、真似をしようとしても行き詰り、苦しむ。そもそも2代目は2代目であり、創業者には絶対になれない。自分は自分、創業者が命をかけて築いてきたものを受け継ぎ、時代の変化に応じて新しいものを取り入れていく事が大切だと気づいた。2代目としての最高を目指そうと思った時に視界が開けてくる。2代目や3代目、事業承継者は皆、同じような葛藤や悩みを抱えており、引き合うのではないかと思っている。

企業は新しいものを取り入れていかないと確実にダメになる。とはいえ、創業者を超えようとするあまり「否定」から入るような風の吹かせ方は、うまくいかないことが多い。創業者と2代目の確執で会社が大混乱という話はよくある。これは、世の中の2代目がよく陥るパターンだと思うし、実際周囲にもたくさんいた。

父のように背中で引っ張るようなリーダーシップを発揮しようとしてもできない。理想を掲げ、お客様、仲間、事業に対して愛情をもって誠実に仕事する事が何より大切で、周囲にどう見られるかなんて気にしない。理想を実現する為のリーダーシップのスタイルは自分流で良いと思うようになった時、本当に大切なことだけに集中できるようになった気がする。

知見録: 「誇り」という言葉は、加福さんにとってどんな意味があるのか?

加福: ブランド企業やそこで働く人の夢を実現する、世の中を良くする仕事をしてこそ、誇りを持てる。自社の売上や利益だけを考えている企業は永続しない。ファッション業界の人や企業から愛され続ける会社となるよう、プロフェッショナルとして懸命に仕事し成長を続ける集団である事に誇りを感じる。誇りに思える仲間たちと仕事ができる環境である事が最高の喜びであると思う。そして、事業を成長させ続けていくことこそが、父をはじめ支えてくれた人への恩返しなので、誇りを大切に進んでいきたい。

知見録: 加福さん自身の成長目標は?

加福: 父のように仲間に安心感を周囲に与えられる人になりたい。自分は喜怒哀楽が激しく落ち込んだ時や嬉しい時、周りから指摘を受けやすい。どんな時もでんと構えて冷静に対処できるように常に勉強し精神を鍛えていかなければいけない。また、いざという時に何とかすると期待して貰える人になりたいので、謙虚に成長を続けていきたい。

知見録: 本日はありがとうございました。

 



グロービス アルムナイ・アワードとは?
「グロービス アルムナイ・アワード」は、ベンチャーの起業や新規事業の立ち上げなどの「創造」と、既存組織の再生といった「変革」を率いたビジネスリーダーを、グロービス経営大学院 (日本語MBAプログラムならびに英語MBAプログラム)、グロービスのオリジナルMBAプログラムGDBA(Graduate Diploma in Business Administration)、グロービス・レスターMBAジョイントプログラムによる英国国立レスター大学MBAの卒業生の中から選出・授与するものです。選出にあたっては、創造や変革に寄与したか、その成功が社会価値の向上に資するものであるか、またそのリーダーが高い人間的魅力を備えているかといった点を重視しています。詳しくは、こちら→「グロービス・ニュース 学びを成果につなげるためには? ――MBA志士4人からの助言」。

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