終身雇用はなぜ止められないのか? 

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今回はやや大きなテーマですが、終身雇用について考えてみましょう。

「すでに終身雇用は壊れている」「そもそも終身雇用なんて一部の大企業のもの」という意見もあるかと思います。しかし、雑誌やWEB、ニュースアプリなどで就職活動関連の記事や就職人気企業ランキングなどを見ると、依然として、学生たちはその企業で定年まで働くことを前提に企業選びをしている傾向が伺えます。そもそも「企業の生涯賃金ランキング」などというランキングがあること自体、終身雇用をいまだに前提としているとも言えます。

かつて終身雇用は、組織の凝集性が増す、あるいは人材の社内交流が密になる結果、暗黙知を蓄積しやすくなる、またあるいは生活の安定が得やすいので従業員のロイヤルティも高まるなど、評価される部分が大でした。最も有名なのは高度成長期の松下電器でしょう。

アメリカでも、優良企業は終身雇用に比較的近い状態を維持していると言われたこともあります。終身雇用にそうしたプラスの面がある――より厳密に言えば、そうした面が強く出る場面があることは間違いありません。

一方で、すでに日本の景気の良かった80年代後半の頃から、実は日本人は会社や仕事を嫌っているというデータも存在していました。「今の会社に満足していますか?」「もし生まれ変わったら同じ会社に勤めますか?」などという質問をしたところ、欧米人に比べてその数字が低かったのです。

近年の調査でも、日本人は世界の中でも実は最も会社に対するロイヤルティが低く、仕事を楽しんでいないという結果が出ているものが多く見られます(「世界価値観調査」など)。これはいったいなぜでしょう? 景気の良し悪しにかかわらず、なぜ日本人は会社や仕事を好きではないのでしょうか?

この問いと大きく絡んでくるのが、今回取り上げた終身雇用制です(もちろん、それだけが理由ではありませんが、大きな部分を占めるのは間違いありません)。終身雇用制は一見、良い制度のようにも見えますが、一方で、以下のようなマイナスの側面があることも見逃してはいけません。

・仕事が面白くなくても逃げ道がない:
たまたま仕事が面白いものばかり、あるいは尊敬できる仲間ばかりに巡り合えればいいのですが、そのような確率は極めて低いと言えます。最初は面白く仕事をしていた人も、どこかの段階で不満を溜めてしまうことはあるでしょう。しかし、なまじ終身雇用があると、どうしてもそれを前提に人生設計などを組んでしまいます(例:マイホームのローンなど)。気がつくと、転職可能な年齢を越え、生活のために今の企業にしがみつかざるを得なくなってしまうのです。

・同調圧力に抗する術がない:
終身雇用制を採用している会社は、一般に凝集性が高くなり、また、周りと違う行動をとりにくくなります。優れた組織文化や人事制度がある企業ならともかく、平均的な会社で昔ながらの日本的な同調圧力がかかると、それに抗することができない個人は、心理的に極めて強いストレスを抱えることになります。たとえば、上司がオフィスにいる間は帰りにくい、男性は育児休暇が取りにくいなどです。それがさらにひどい形になると、組織防衛のために、倫理的に問題があると分かっていても不祥事隠しを行う、などという形になってしまいます。

・組織から見た場合に人件費の調整がしにくい:
日本では解雇の基準も厳しいことから、いったん採用した人員を簡単には削れません。企業が右肩上がりに業績を伸ばしていればいいのですが、そのような状態を数十年も続けられる企業は稀です。では人件費の調整をどう行うかというと、正社員の採用を抑制して非正規社員を増やしたり、シニアの人件費を下げざるを得ません。これは、組織の人員構成のバランスをいびつなものにしますし、不公平感を増し、ロイヤルティを下げることにもなります。不満は伝染します。こうしてますます仕事に情熱を持てない人が増えていくのです。

こうして見てくると、終身雇用は、「安定」と引き換えに、従業員の能力やモチベーションを削いでしまう側面が強いと言えます。企業から見ても、一面のメリットはある一方で、この変化の激しい時代、デメリットが大きいと言えそうです。終身雇用などは止めてしまってもっと人材の流動化を図り、社会として適材適所が実現される仕組み作りを促進する方がいいのではないでしょうか?

しかし一方で、大学生などは、以前よりも終身雇用を望むというデータもあります。日本の未来が明るくは見えないため、安定を手に入れたいということのようです。

こうした中で、仮にある大企業が「うちは終身雇用を止めます」と宣言したらどうなるでしょうか? リクルートのように社内の制度や組織文化が整っていればそれでもいいかもしれませんが、普通の企業がそれをやっても、採用力を低下させるだけでしょう。

ゲーム理論のモデルを使って説明すると、あらゆる会社が同時に終身雇用を止めてしまえばいいのですが、自社のみそれをやると損という状況――つまり「囚人のジレンマ」に陥っているのです。つまり、結局は誰も現状から動けない。そうしているうちに縮小均衡の悪循環が進んでいってしまうのです。

どうすればこの悪循環を断ち切れるのでしょうか? この問いはあまりに大きすぎるため、本稿で安易な答えを出すことはしません(それに関しては別の機会に議論したいと思います)。しかし、実はいまやデメリットの方が大きな制度、慣習の中で多くのビジネスパーソン(特に日本の競争力を支える大企業のビジネスパーソン)が働いているということは、ビジネスリーダーを目指す人間としては認識しておきたいものです。

東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『ビジネス仮説力の磨き方』『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード
図解 基本フレームワーク50』(以上ダイヤモンド社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『利益志向』(東洋経済新報社)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBA事業開発マネジメント』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の共著書、共訳書がある。
グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、ビジネスプラン、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。

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