ハーゲンダッツ -“至福の瞬間”を形にしたドルチェ 

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完璧を目指しながら新しさを追う、大人のアイスクリーム

僕はスイーツ全般が大好きだ。とりわけハーゲンダッツのアイスクリームは好物の一つ。帰宅途中のコンビニで新製品を見つけては、思わず購入、深夜にミニカップを開けてしまうファンの一人である。

ハーゲンダッツが身を置くアイスクリーム業界は今、どんな環境にあるのか。

業界の年間販売金額は2006年度が約3500億円*1。ただ、この9年間で見ると3%減、ほぼ横ばいの市場である。これに対してハーゲンダッツジャパン(以下、ハーゲンダッツ)の売上高はどうか。先日、発表されたリリース*2によると、2007年度実績で438億円。アイスクリーム市場全体の1割を超えるシェアを占め、しかも、この9年間に25%の売上増を実現している。

市場が横ばいの中でも、着実に売上を伸ばし続ける。ハーゲンダッツは商品だけでなく、ビジネスも磨き続けている企業だ。

同社は1961年、米国に生まれた。「Dedicated to Perfection(完璧を目指す)」という哲学を持ち、高品質にトコトンこだわり、ブランドを育んできた。

ニューヨークでハリウッドセレブに愛されて大人気に。その上で日本には1984年に上陸。高感度な街、東京・青山への出店戦略で、高付加価値のイメージを作り上げた。「子供のおやつと考えられていたアイスクリームに都会的な大人のデザートという新しい価値観が誕生した」と同社ホームページは語るが、その言に異論はないだろう。

その後1990年代にアイスクリームの輸入自由化が始まり、日本市場は競争が激化した。しかし、ハーゲンダッツはこれを機会として、日本オリジナル商品の開発に積極的に挑戦し始める。抹茶を代表とする日本オリジナルのフレーバーの開発や、食べきりサイズのミニカップの展開などにより、厳しい競争下でも着実な成長を実現し続けた。

加えて2000年に入ってからは従来のアイスクリームの概念を覆す新たなカテゴリーの開発にも挑戦。「今までになかった新たなコンセプトや形態」として、「クリスピーサンド」や「パルフェ」を商品化している。上品に見えて、常に果敢に競争を仕掛け続ける。話題を欠かさず、着実に結果を出して成長し続ける。それが、ハーゲンダッツなのである。

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無論、今日現在も手綱を緩めてはいない。「近年、日本のアイスクリーム売り場に様変わりが見られる。特に注目すべきは、高級化を基軸にした市場全体の品質の向上。高級アイスクリームの市場でダイレクトに競合するライバルが増える中、成長しているからと言って、安心してはいられない」と、ハーゲンダッツ社員の知人は社内の共通認識を語ってくれた。

「高級」「高品質」というハーゲンダッツの方向性を市場全体が踏襲するかのような、アイスクリーム市場全体の大きなトレンド。力強いリーダーであるがゆえに、皆に目指されてしまうことは止められない。現段階では、まだ、「競合の脅威が業績に現れている」とまで差し迫った状況ではないが、確かに明らかに安穏としてはいられない状況だろう。ただ、知人のコメントからも分かるように、ハーゲンダッツはそれを冷静に捉えている。

横ばいの市場、競合の追い上げに対し、ハーゲンダッツのような先行企業は、いかなる手を打つべきか。そのヒントは常に、市場に隠されている。

市場に閉塞感がある以上、これまでと同じように戦い続ける傍ら、「外にも打って出る」ことが一つの解になるだろう。それが、シンプルで力強い結論だ。

では、どこに出るべきか。こうした際に定石となるのは、いきなり遠隔地を攻めるのではなく、近接する領域を攻めることだろう。

例えば真っ先に考えられるのが、お菓子市場だ。お菓子市場は「洋生菓子」「和生菓子」「パン」「その他菓子(焼き菓子、キャンディー、チョコレートなど)」に大別できるが、この中で高級アイスクリームを武器に戦ってきたハーゲンダッツにとって、身近で攻めやすいのは・・・。「洋生菓子市場」。

洋生菓子は「出来上がり直後において水分を40%以上含むもの」と定義される。つまり、平たく言えばケーキ類のことだ。

この市場は2006年度実績でアイスクリーム市場の1.3倍、4670億円の売上規模を持つ*3。そして、何より着目すべきは、この市場では著名なパティシエらが牽引するスウィーツブームにより、高級化が進んでいること。ハーゲンダッツのブランドを活かしたビジネス展開をするのに、もってこいの市場だ。

ハーゲンダッツがアイス市場の閉塞感から脱却し、既存のブランドイメージを活用しながら、さらなる柱を築いていくとすれば、「ケーキ」「スウィーツ」などの洋生菓子市場が極めて有望なターゲットになるだろう。

ただ、ここまでは誰にでも比較的、自然に導き出せる結論である。問題は、ここにどのようにして参入するかということだ。大切なのは、その具体的な打ち手の描き出しである。さあ、どうか。

モノではない何か。新しい価値から、まず考える

まず、基礎知識として押さえておきたいのが、アイスクリームも洋菓子も、F1層(18~34歳の女性)が牽引する市場であるということだ。とりわけ高級商品のターゲットユーザーは、この層に集約される。ハーゲンダッツから見れば、これまでと同じユーザー層をターゲットに「新しい何か」を買ってもらうことになる。単なる「ケーキ」ではなく、「ハーゲンダッツならではの何か」。

その「何か」をガッチリ描ければ、ハーゲンダッツとしては新たな柱を手にいれることができるだろう。

では。その「何か」をどのようにして描くか。マーケティングを学んでいる者なら分かるはず。ここで思いつきは、厳禁である。

最初に確認したい。ハーゲンダッツは何を売っているか会社か。アイスクリーム?

いやいや。マーケティングを学んでいる者なら、「モノ」を語るのではなく、「価値」を語るべきだ。

ハーゲンダッツが世の中に提供しているもの。それは「手の届く贅沢」「自分へのご褒美」「(平穏な)日常への刺激」。そんな「価値」を表す言葉で語られるべき。

「モノ」だけを売り物にすると、お客様の支持は一過性ものとして終わってしまうかもしれない。しかし、ひとたび決めた「価値」にトコトンこだわって、その価値を「モノ」の形に具現化し続ければ、お客様との信頼関係が構築される。そして、それが長期にわたりブランドを支える力になる。

繰り返すがハーゲンダッツが世の中に産み出し続けているものは、「アイスクリーム」ではなく、「贅沢」や「ご褒美」や「刺激」である。そして、ハーゲンダッツブランドで世の中に何かを提供する以上、すべて製品は「贅沢」や「ご褒美」や「刺激」を与え続けるものではなくてはならない。これは必須のお約束である。

さて、このお約束を踏まえた上で、ハーゲンダッツの洋生菓子市場における新製品開発を見ていこう。

●自社のアイスクリーム製品とカニバる*4ことのない「アイス」だけど「ケーキ」「スウィーツ」という市場を狙う。
●ターゲットユーザーは従来どおりのF1層(18~34歳の女性)を狙う。

そのブランド名は、「ドルチェ(Dolce)」と決まった。イタリア語で「デザート」「菓子」「甘美な」という意味を持つ言葉である。
年配の方にはきっと聞き慣れない言葉だろう。しかしそんなことは関係ない。ターゲットであるF1層は、既に多くがこの言葉を知っている。そしてそこからアイスではなく、ケーキ・スウィーツを想起する。今回の取り組みには、最適なブランド名だ。

ハーゲンダッツ ドルチェ。狙う市場も、狙うターゲットユーザーも、明確。では、これを踏まえて、どんなコンセプトを持つべきか。

同社資料によると、「コンセプトは、上質感・贅沢感・至福感。人気スイーツの味わいを、ハーゲンダッツ風に表現した商品」だそうだ。なるほど。上質・贅沢・至福。確かに、ハーゲンダッツが世の中に提供する価値の真髄を説明するに相応しい。

「しかし」と、同時に思う。「上質・贅沢・至福」。「上質」「贅沢」は分からないでもないが「至福」。至福って・・・何だそりゃ?

言葉の意味は分かる。言うのは簡単だ。ただ、明確にイメージしたり、他者と共有できないようなものを、商品の形にはできない。形にできなければ、それは単なる戯言(たわごと)だ。僕自身、そんなコンセプト負けした商品を、これまで山ほど見てきた。

コンサルの仕事の現場で、講師の仕事の現場で。例えば、商品の価値を語るポジショニングマップを考えてもらうと、しばしば、わけの分からない場面にぶつかる。「上品」「高級」「オシャレ」・・・色々な言葉をコンセプトとして皆、語るのだけれど、具体的なイメージが全く湧いていないまま、言葉だけが宙を踊っていることが多いのだ。

「これが価値だ!」と言うけど、「では具体的にはどうするの?」と聞くと、「うーん・・・どうしましょう」。それでは。何も世の中には送り出せない。

ハーゲンダッツには、「Häagen-Dazs Moment(ハーゲンダッツ・モーメント)」という「至福の瞬間」を表現する言葉がある。そして「ドルチェ」はまさに、「至福」をそのコンセプトの中核に据えてきた。では。それは本当に実現できたのか。そんなよく分からない言葉を、本当に形にできたのか。

コンセプトを見事にカタチにしたドルチェの凄さ

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それは、とても印象的だった。ドルチェ発売前のプロモーション。黒字に浮き上がる白い「D」の文字。何かすごいモノが出ることを期待させる、シンプルなティザー広告*5「あなたの知らないハーゲンダッツ」。ハーゲンダッツフリークとしては、いやがおうにも期待が高まった。

そして忘れもしない、昨2007年4月30日。「ドルチェ」発売である。フレーバーは、「クレーム・ブリュレ(現在は一部店舗のみで販売)」と「ティラミス」の2品。あれだけ事前に想像を膨らませていた「ドルチェ」。さて、どうか。

皆さんは、どうだった?結論から言えば、僕は「至福」を感じた。
いつもの深みのある赤ではなく、テレビCMの秘密めいた黒でもなく、まっさらで上品な白地にベージュのパッケージ。フチの、フリルのような女性的でやわらかなデザインが新鮮なパッケージだが、その美しさもあくまでイントロに過ぎず。衝撃はそれを手にとってからの一連の時間。

まず蓋を開ける、その瞬間。目に飛び込んでくるクレーム・ブリュレの表面は、とろりと光沢のあるカラメルソース。ティラミスの上には、ココアがたっぷり。明らかに、心が躍る。

次にスプーンを入れた、その瞬間。クレーム・ブリュレ。すくおうとしたら「バリッ」と硬い抵抗感。表面をバリっと焦がしたブリュレのイメージが、そこにある。そしてティラミス。やわらかめのアイスクリームに、洋酒の良い香り。すくうと見える、凝った複雑な層。明らかに、これまでのどのアイスクリームとも、違う。心が、揺れる。

そして口にした、その瞬間。目指したそれぞれのデザートの姿が、明確に伝わる。クレーム・ブリュレはバニラとカスタードの味が特徴。ティラミスは、エスプレッソ、マスカルポーネチーズ、スポンジが特徴。どちらもイタリアン・ドルチェをアイスクリームでここまで再現した味は、他に類を見ない。

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なるほど、こう表現したか。コンビニで手に入るコモディティなのに。一つひとつ手作りのケーキならともかく、あくまで工業製品なのに。開ける瞬間、スプーンを入れる瞬間、口に入れる瞬間。その一連の時間が「おいしい」を越えた「幸せ」を感じさせる。すなわち、至福。なるほど、ここまでやったかと。正直、感激した。

これは、他社の「高級そうな」アイスと食べ比べると、その差は一層明らかになる。ブラインドテストでも、その突出したクオリティが明確に浮かび上がる。

恐らく、結構カネのかかる材料で作っている。これだけ複雑な層を重ねる製造工程は、容易ではないし、コストもかかる。1個326円という値段は(2008年3月現在の標準小売価格)はアイスクリームとしては高価格でも、売り場で競合になりそうなコンビニケーキなどと比べて、法外な値段というわけではない。それでもこのクオリティを実現している。

「なぜなら、出すべき価値が至福だから」。ハーゲンダッツ社員なら、そう言うのではないか。

妥協せず、価値を形にしてきたドルチェ。そこから僕は、ハーゲンダッツがいかに真面目で愚直な会社であるのかということを強く感じた。難易度が高くても、大きな収益につながらなそうであっても、「至福」なる価値の創造に、あくことのないエネルギーをかけるその姿勢に、あらためて、感激した。それは昨年春の、ちょっとした事件であった。

打ち手を語る前に価値を語る大切さ

さて、実際のところ。ドルチェの同社業績への貢献度合いはどうなんだろう。ドルチェは高単価ではあるが、開発費、製造コストなどを勘案すると、意外と粗利は低いのではないかと僕は推計している。あまり儲かる商品ではないだろう。

また、アイスとデザートを重ねる市場は、昔からなかったわけではないが、なかなか大きくは広がり難い市場である。伸びには限界があるかもしれない。

また、ティラミス、クレーム・ブリュレに続いて出された第3弾のフレーバー「モンブラン」は、プロモーション規模も小さく、地味な登場だった。このため皆さんの心に、ドルチェの強い印象はもはや残ってもいないかもしれない。

しかしドルチェは07年、年度計画40億に対し、53億(3割増)を売り切った。2008年もハーゲンダッツの四つの基本方針の一つとして、「新カテゴリー「ドルチェ」の確立」が掲げられており、今年の4月には、第4段「ミルフィーユ」が発売される計画だ。

「至福」を想起させるプロモーション。「至福」を想起させるパッケージ。いずれも、お見事。しかしここまでは、やれる企業も多い。ドルチェの凄さは、「ハーゲンダッツ・モーメント(至福の瞬間)」を、まさに商品そのものとして具現化しきったことにあると、僕は思う。難しいのに。ここまでやったら、あんまり儲からないかもしれないのに。それでも徹底して価値を具現化したその姿勢。これが、素晴らしかった。

プロモーションも素敵。そしてプロダクトも素敵。それ自体が素敵というよりも、掲げた価値「至福」を本気で実現したことが、素晴らしい。

「2007年日経優秀製品賞」の「優秀賞」をとったドルチェ。従来のミニカップがスーパーで特売されるなどハーゲンダッツブランド陳腐化の脅威が進む中、グッと高級感のテコ入れを実現したドルチェ。今後さらに、この市場をどう広げていってくれるのか。さらなる動きが楽しみなドルチェ。

・・・今回はハーゲンダッツ、べた褒め。

でも本当は、これまで題材に取り上げさせていただいた企業はどこもそのど真ん中のビジネスでは、「ターゲットを定め」「価値を定め」「それを具現化する」というSTP(セグメンテーション、ターゲッティング、ポジショニング)+4Pを、本気でトコトン突き詰めている。スターバックス然り。吉野家然り。マクドナルド然り。各社とも、そのど真ん中のビジネスでは、ガッチリこれをやっている。

では。彼らは、誰に対し・どんな価値を・どう具現化していると思う?是非考えてみてもらいたい。そのとき、マーケティングを学んでいる者ならいきなり「打ち手」(4P)から語るのではダメ。「価値」(STPより抽出されるコンセプト)を踏まえて、打ち手(4P)を語るべき。
目に見える4Pをいろいろ言うのではなく、STPに基づくコンセプト(価値)を見据えて価値設定の上手さや、価値(STP)と打ち手(4P)のつながりの強さをちゃんと語る。誰に対し・どんな価値を・どう具現化しているのか。日常の身の回りの素敵な題材を、このSTP+4Pの流れで語る習慣を作ることこそが、どんな座学よりもパワフルな、マーケの腕が磨きあげられる時間なのである。

※ちなみに昨年、グロービス受講生の自主的なマーケティング勉強会があり、僕も同席させてもらった。その日の題材の一つが、このハーゲンダッツ「ドルチェ」。僕自身も皆さんの話で学び、楽しい勉強会だったことを思い出す。ハーゲンダッツの素晴らしさを、改めて感じられた機会でした。あの時のクラスメンバーの皆さん、同社のAさん、ありがとう。

*1 出典:社団法人日本アイスクリーム協会
*2 出典:日経プレスリリース(2008年2月15日)
*3 出典:全日本菓子協会
*4 「カニバリ」。自社製品を自社製品が食ってしまうこと。
*5 じらし広告の事。本来広告で伝えるべき要素を意図的に伝えないことで、注意を引くことを目的とする。
* 参考文献:食品衛生研究会編『食品衛生小六法』新日本法規、2007年

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