第1回 次世代DVD 東芝撤退: 勝ったのは誰か 

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東芝が次世代DVDのHD-DVD事業から撤退すると発表しました。経緯などについては、メディアで詳しく報道されている通りなのだと思います。でも、この撤退の本質はなんだろうかと考えてみると、要は、「汗をかいても、実りは少ない」「高みの見物の方が、結果としては儲かる」ということになってきているのではないかと思います。

ご承知のとおり、次世代DVDとは、従来のDVDに比べて記憶容量を大幅に高めたもので、ハイビジョンのような高品質の画像を録画・再生するのに適しています。東芝が旗を振るHD-DVD(以下、HD)と、ソニー、パナソニックなどによるブルーレイ・ディスク(以下、BD)という二つの規格が並存。双方に互換性がないため、激しい主導権争いが繰り広げられていました。

規格争いというと、古くは日本ビクターのVHSとソニーのベータという、ビデオの規格争いがありました。そこで勝ったビクターは、その後のビデオディスクの規格争いではパイオニアのレーザーディスクに敗れています。最初のビデオ戦争の教訓として、「物が良ければ勝てるというわけではない。他メーカーも含めた、より大きな陣営を持つことが大切」とされて、その後の家電規格争いは、自民党議員も顔負けの「自社派閥陣営作り」に奔走してきたようにも見えます。

今回の次世代DVDを巡る規格争いも、その意味では、ソニーとパナソニックが手を結んだ時点で勝敗は決していたのかもしれません。ですが、東芝は昨年末の商戦でも新製品を出し、やる気満々だったと聞きます。実際、劣勢と言われながらも、映画などのソフトのタイトル数で言えば両陣営は互角だったそうです。そういう意味では、東芝は相当健闘していたとも言えます。

私は技術的なことは詳しくはないですが、派閥陣営争いで不利な状況にありながら、ソフト会社から支持されていたということは、純粋にハードだけを考えたらHDの方がBDよりも優秀だったのかもしれません。そういえば、ベータの方がVHSよりハードとしては良いものだったというのは、技術者の間では定説であったようにも聞いたことがあります。
実際、一昨年、私が大型テレビと一緒にDVDレコーダーも購入しようかと考えたとき、秋葉原の量販店で「次世代DVDは東芝の方が綺麗で人気がありますよ。ただ、この先どちらが標準規格になるかは分かりませんけれど・・・」と言われ、購入を諦めた記憶もあります(やめてよかったです)。

ところが今年に入り、米映画大手ワーナー・ブラザースがBDの単独支持を表明。事態は急転し、東芝が次世代DVD事業から撤退する決断を下しました。日本の映画会社である東宝でも松竹でもなく(当然ですが、新聞上でも日本の映画会社については話題にもなっていません)、これまで強気を貫いた東芝に撤退の決断をさせたのは、米国の映画会社だったというわけです。これはどういうことなのでしょうか。

要は、日本という小さなコップの中の争いがあって、ビデオやビデオディスクの規格争いの頃には、まだ、このコップの中で決めたことがそのまま世界標準になったわけですが、今日のようにソフトパワーが強くなってくると、決定権限はコップの外に出てしまい、もはや日本にはないということなのでしょう。

この様相は何やら、昔あった欧州の上手な植民地支配を彷彿とさせます。途上国では、幾つかの民族や利害集団、宗教集団に分かれることが多くあります。宗主国は、そこで争いがあるとしばらくは「高みの見物」をするわけです。時には、ちょっと弱い陣営を裏から応援して、お互い伯仲するレベルにしたりして、消耗させることもあります。

その結果、中々決着がつきません。そこに、おもむろに宗主国が登場して、「こっちを支持する」と宣言します。負けた方は不満が残っていますが、もう体力を消耗しているので刃向かう意欲もありません。勝った方は、自力で勝ち取ったというより、「宗主国の支持のお陰」という、ちょっとした「義理」のようなものを感じざるを得ません。結果として、宗主国に従順にならざるを得なくなります。

東芝は今回の事業撤退で、数百億円の損失が見込まれるとされています。恐らく、これは今期の決算に表れるP/L上の見込み額でしかなく、何年間もやってきた研究開発投資などの概念は、償却資産でもない限り含まれてないのではないでしょうか。そう考えると、1000億円近い実質ロスに加え、機会ロス(もっと他のことを研究していればよかったという損失)まで考えると、一体どのくらいのロスになるのか、見当もつきません。

他方、ソニーやパナソニックはどうでしょうか。これまた莫大な研究開発費用をかけてきたことは疑いがありません。私自身も体験したように、規格争いが決着しないうちは、消費者の食指は動かないものですから、売れ行きも期待通りには全くいっていないでしょう。従って、“勝者”のBD陣営といえども、この事業全体の現在のキャッシュフローはマイナスであることは間違いないと思います。

しかも、彼らがかけてきた費用は、純粋な技術開発にかかるコストだけではありません。国内で規格競争を繰り広げている間には、米国をはじめとする海外の映画会社を味方につけようと、数百億円ものお金が動いたと言われています。ウォルマートなど、流通側が何を売りたいと声を上げるかも重要なファクターとなりますから、それ以外にも、あれやこれやのアプローチをしていたことは想像に難くありません。ここでも、日本のTSUTAYAではなく、米国のウォルマートが勝敗を決する鍵を握っていたというのは、なんとも皮肉なことです。

つまり、今日現在で評価すると、「日本ハード丸」側は、ものすごいお金と人的資源、汗と涙を投入しただけでリターンはありません。というか、マイナスです。もちろん、BD陣営はこれから稼ごうと計画しているとは思いますが、非常に高度な技術を使い、他国ではなかなか完成品にすることが難しい製品を作ることに何年間も投資をしてきた「日本丸」が、連結ベースでは大赤字なのです。

他方、「米ソフト艦隊」は、日本というコップの中の争いを高みの見物しているだけで、汗をかくことも大したリスクを取ることもなく、時々接待受けたり、「販売促進費」名目でお金をもらったりしながらキャッシュ的にはむしろプラスに動いていたかもしれません。

「いやいやこれから日本ハード丸には大儲けが待っている」と思われるかもしれませんが、本当にそうなのでしょうか?
過去の規格争いの勝者の顔ぶれはVHSのビクター、レーザーディスクのパイオニアです。この2社は今や、業界再編など別な話題で新聞に出るくらいです。これが規格争いの勝者の姿なのはちょっと悲しいですが、現実でもあります。なぜか。

今後は、開発競争から生産競争に移っていくでしょう。高額のロイヤルティを取りたいところですが、BD陣営は恐らく、自社陣営を広げるためにかなり低い価格で他メーカーにロイヤルティを提示していると思います。となると、生産コストが鍵になります。最初は、日本ハード丸が世界的に結構なシェアを取るのでしょうが、いずれサムソンが出てきて、その後、台湾・中国へという「いつか来た道」になるのではないでしょうか。

こう考えると、日本ハード丸全体としてキャッシュフローの大幅黒字は一体いつ来るのでしょうか。HD陣営の開発投資や撤退費用、BD陣営の開発投資など過去のマイナスキャッシュフローを全部含めて大幅黒字になるという意味です。わかりやすく言えば、「ソニーとパナソニックの儲けで東芝の赤字分を補填できるか」ということです。

米ソフト艦隊は、即黒字です。今回の決定を受けて消費が活発になり、ソニーでもパナソニックでもハードが売れれば、ソフトは動きます。デジタル製品らしく、ハードの価格は勝手に落ちていくでしょう。すると、ソフトを購入する消費者はさらに増え、結果、ノーリスク、ミドルリターンというところでしょうか。

汗と涙の日本ハード丸が繁栄せず、高みの見物の米ソフト艦隊」が利益を享受できる仕組みは、どこか腑に落ちないところがあります。鍵はデバイスかなとも思いますが、そこまで技術に詳しくないのでわかりません。台湾で作ろうと、インドが台頭しようと、インテルとマイクロソフトが儲かる仕組みから、「日本丸」としては何かを学び取りたいものです。

▼時勢インサイトとは
経営のプロフェッショナル、田崎正巳が世の中の動きを鋭く切り取り、ニュースの本質を読み取る連載コラム。時勢に即応し、不定期に更新します(なお今回の内容は、「グロービス経営研究所コラム」に掲載された内容をGLOBIS.JPの読者向けに一部加筆のうえ、再掲載したものです)。

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