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本は生き残るのか?コルク佐渡島庸平氏が語る出版業界の新たなモデル

投稿日:2016/03/17更新日:2019/08/15

メディアの進化形と可能性を探る本連載。第3回は、出版社で「宇宙兄弟」「ドラゴン桜」「働きマン」などの人気漫画を担当したのち、クリエーターのエージェント会社を立ち上げた佐渡島庸平氏に、出版業界の未来についてお話を伺いました。

すべての業界の「タテの壁」が消滅する

――出版業界はディスラプション(崩壊)に直面しているのでしょうか

 
株式会社コルク 代表取締役社長 佐渡島庸平氏

出版業界に限らず、あらゆる業界が変化に直面しています。変化のスピードに少しずつ時差があるから、それぞれの問題として論じられがちですけれども、本質は同じ。インターネットの変化によって、すべての業界でルールが根底から変わろうとしています。

これから自動運転が進めば、最終的にはハンドルはなくなるでしょうし、座席が今みたいに一方向を向いている必要もない。もはや自動車の形である必要はなくて、ただの移動する空間になる。自動車が空間になれば住宅産業との差もなくなりますよね。

タテの壁がそうやって消滅していく中で、Googleのようなインターネット企業は、すべての産業に対して影響を与えることができます。

さらにGoogleが象徴的なのは「やっていることで儲けない」というビジネスモデルです。Googleは検索に課金しない。検索っていう産業をつくったんだけれども、実際にマネタイズしているのは広告ビジネスです。

リクルートが仕掛けているAirレジなんかもそうですよね。お店にPOSレジアプリを無料配布しているのは、お店のレジを押さえることによって、将来的にもっと大きなビジネスにつなげられるから。

同様に考えると、もしかしたら車を無料で配って、別のビジネスモデルで収益をあげることだってできるかもしれない。結局、重要なのは、人を集めて属性を把握して、どんなビジネスモデルをつくれるかということなんです。

だから今起きている変化というのは、ひとつの業界だけ見ていても全然わからない。「タテの壁」がなくなることで、すべての産業が変化に直面している。その前提に立って、じゃあどういう風にビジネスをつくって、マネタイズしていくのか考えることが重要だと思います。

出版社の収益システムはピラミッド型に変化する

――それでは出版業界の新たなビジネスモデルはどのようになっていくのでしょうか

インターネットによって起こるもうひとつの大きな変化は、収益モデルがピラミッド型になっていくことだと思うんです。

「フリーミアム」という言葉が一時期よく使われましたが、僕たちがソーシャルゲームを無料で楽しめるのは、一部のヘビーユーザーが信じられないくらいたくさん課金しているからですよね。基本的なサービスや製品は無料で提供して、特別なサービスには課金する。

「宇宙兄弟」は一冊600円前後で50万人くらいの人が買ってくれます。熱狂的なファンの人も、初めて買ってくれる人も、一律で同じお金を払ってくれる。でも無料だったら読むという人もいるかもしれないし、サービスによっては、もしかしたら1万円出してもいいと思ってくれるファンがいるかもしれない。その方が、読者の裾野も広がるし、マネタイズの方法も増えるかもしれない。

本だけじゃなく、様々な社会の仕組みが、ピラミッド型の仕組みに変化していくだろうなと思っています。均等なサービスから、個別サービスに変わっていくと思う。

音楽だって昔は、貴族が楽団をおかかえで雇って曲を作らせていたし、個別サービスの中で生まれてきましたよね。インターネットの出現によって、個別サービスへの時代への回帰が始まっていると思うのです。昔と違うのは、ピラミッドのどの層にいても、十分快適に楽しめる。そのくらい社会というのが進化しているのだと思います。

これからの編集者は「作家の頭の中を出版(パブリッシュ)する」

――読者に1万円払ってもらうサービスというのは、具体的にはどういうことでしょうか

参考:絵名の惑星ヘアピン(小山宙哉 Official storeより)

いろいろな試みを続けているところです。たとえば安野モヨコさんのマンガの特装版を出版することもありますし、「宇宙兄弟」では登場人物がつけているヘアピンを制作して発売するということをやり、1500人が購入してくれました。最近では、ムッタたちが月面で着ているポロシャツを作成しました。

読者はもちろん本を読むだけでもいいし、こうしたグッズを通じて、作家の世界観をより深く味わうこともできる。WEBサイトやソーシャルメディアなど、様々な形で読者が交流できる場づくりも進めています。そういう場からオリジナル商品が生まれることもあります。

作家は頭の中に強烈な世界観を持っています。これまでは、その世界観を本という形で表現して、読者に伝えてきました。でも、それでは作家の頭の中にある世界観の10%くらいしか具現化できていない。

編集者である我々が、本を出版するだけではない力を持てたなら、本というプロダクトひとつを世に出して終わるのではなく、様々な形で世界観を具現化できるようになります。

これまでの出版というのは「作家の考えたことを本にする」だけでした。でも、インターネットのある時代だからこそ「作家の頭の中を出版(パブリッシュ)する」ことができるようになる。それが、ぼくがコルクで証明したい仮説です。 

人間が人間である限り「本」は生き残る

――収益モデルの多様化が進んだ場合、紙の本という形態は生き残るのでしょうか

書店で買うかどうかは別として、本というものは残り続けると思います。人間が人間である限り、やはり質感というものを求め続けると思うのです。質感のあるものに対してお金を払いやすいという性質は変わらないでしょう。

それが定額課金で本を購入する仕組みなのか、それとも会費を払ってコミュニティに参加した人に会報誌みたいに送られてくるのか、形態は様々な形に進化していくと思います。

マンガを売る時には、まず雑誌連載を立上げて、単行本を買ってもらうわけですが、そうじゃなくてファンクラブをつくって、会員の人には毎年何冊かの新刊が送られてくる、そんなビジネスモデルだって、やろうと思えばできます。ジャニーズなんかは実際やっていますよね。だけど出版社はこれまで挑戦してこなかった。

経営は「世界観」戦争、ビル・ゲイツやイーロン・マスクに共通する経営の面白さ

――なぜ挑戦してこなかったのでしょうか

経営者の欲望が小さかったからだと思うのです。一冊の本をつくって、何万部、何十万部売れたら、それで満足してしまう。

出版社に限らず、経営者の力というのは自分の欲望をどこまで肥大化できるかということではないでしょうか。大きな欲望を持ち続けられる経営者は、100億儲かったら100億再投資する。Amazonがそうですよね。

欲望はビジョンと言い換えてもいいかもしれません。たとえば1兆円規模で資産を持っているビル・ゲイツは、HIVを撲滅したいと思ったら挑戦できるわけです。もしかしたら昔の王侯貴族にも難しかったようなことが、民間企業で大成功した人たちによって実現するかもしれない。「人類を火星に連れていく」というイーロン・マスクもそうです。自分の欲望を資本主義の中で肥大化させて、人類のために貢献できるみたいなことがムチャクチャ楽しいというのが経営の面白さだと思うのです。

作家と経営者の共通点というのは、頭の中に世界観があるかどうかだと思います。同じIT企業でも、GoogleとAppleは世界観が実は真逆です。「コンピュータは人間を変える存在」と考えるAppleと「コンピュータは人間をサポートする存在」と考えるGoogleでは、設計思想もまったく違ってきますよね。

みんなが世界観を持っていて、それを実現するための戦争をビジネス上で行なっているわけです。たまたまお金によって結果が見えやすいけれども、勝敗の本質は、経営者の世界観によって世界がどのように変わったかということだと思うのです。

始まりは、たった一人の熱狂です。熱狂している人が仮説を立てて、その仮説を共有する仲間が集まれば、世界を変えることもできる。コルクを通じて、その仮説を証明したいと思います。
 

<参考書籍>
『ぼくらの仮説が世界をつくる』ダイヤモンド社
佐渡島 庸平著
1404円

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