吉野家 -新たな店舗形態と新たなお客様(後編) 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

前回に引き続き、日本が誇る“ファストフードの至宝”吉野家について考察する。事実上の倒産とBSEによる原材料の輸入停止という2度にわたる危機を乗り越えて、いよいよ順風満帆?とも思える吉野家が抱える真の危機とは何か(本コーナーの記事は、公開情報を参考に、経営学の視点から各社の戦略を分析し、作成したものです)。

吉野家、その本当の危機とは

3202

原材料の米国産牛肉の輸入禁止は、確かに危機。そして吉野家は、その危機を乗り切った。しかし。もっと大事な「危機」があるような。そんな気がしてならない。

本コラムの第1回「スターバックスコーヒージャパン『be juicy! 』――思い付きではなく、想いを巡らして、お客様を想う。」でも述べたように、マーケティングとは「わざわざ売り込みに行かなくても、お客様が購入しに来てくださる状況」を創出することである。それを安定的に行うために、マーケティングには流れがあり、型がある。それが、「環境分析」→「STP=セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング」→「マーケティング・ミックス(4P)」だ。

「環境分析」に基づき、「誰をターゲット顧客とするのか」「その人たちに、どのような価値を提供するのか」といったことを明確にし(「STP」)、この価値を具現化する「Product(製品)」「Price(価格)」「Place(ここでは場所)」「Promotion(プロモーション)」という「4P」を決定する。これを再度、思い出してほしい。

そのうえで、吉野家のマーケティングに想いを巡らせると、どうだろうか。

牛肉輸入禁止からこちら、吉野家は実に様々な商品開発にチャレンジしてきた。

・豚丼。皆が知っている。
・牛焼肉丼。豚キムチ丼。これらも、定番化しつつある。
・牛すき鍋。「丼」ではなく「鍋」のこの商品。厳しい時代を乗り越え、見事に残った。

その一方で、位置づけが曖昧な存在もある。

・カレー。ソースカツ丼。一部の店舗で扱っているが、どうしたいのか。

もっと言えば、販売休止になった商品も山ほど。

・鮭いくら丼。焼鶏丼。マーボー丼。角煮きのこ丼。そのほか、様々な商品が、出ては、消えた。

いろいろ、がんばった。いろいろ、やった。しかし、その結果。筆者の周囲では、こんな声も聞かれるようになった。「吉野家、結局、どうなりたいんだろうね」。

もう一度、考えて欲しい。吉野家の危機って、何だったのだろう。それは、本当に終わったのだろうか。

吉野家は、客層が成人男性に大きく偏っていたことが、そもそもの大きな課題の一つである。

女性にも来てもらいたいと様々な努力をした時期もあるが、現時点で「女性も入りやすい吉野家」と呼べる状況であるとは、言い難い。

ターゲット顧客は、今のままで良いのか。

この肝心の課題については、様々なバラエティある商品開発を進めた時期に、特段に議論が進んだわけでもない。

そもそも吉野家は単品経営が強みだった。それがBSEを機に、いろいろチャレンジせざるを得なくなった。言葉を変えれば、新しい客層(たとえば女性)に向けて何か明確な事業戦略を立て、そこに紐づけて商品開発が行われたわけではなく、牛丼の不在を埋めるために試行錯誤の商品開発が行われたわけである。

この結果として、牛丼再開後にも、豚丼・牛焼肉丼・豚キムチ丼・カレーなど、確かに様々な商品は残った。しかし、それと同時に、吉野家は牛丼屋の域を超えた。・・・これは何屋さん?そのコンセプトは曖昧にぼかされたままだ。

吉野家のホームページのトップには、いまだにおいしそうな牛丼がデンと鎮座している。その一方で、吉野家のブランドキャラクターは「吉BOO(よしぶー)」。豚ちゃんが可愛いどんぶりに入っているキャラクターだ。

この間、ライバルの松屋は着々とバラエティのある商品を増やし続けた。またもう一つのライバルのすき家は郊外への多店舗展開を推進し続けた。さて吉野家は、何をしていたのか。先述のとおり涙ぐましいチャレンジを重ね、めげない経営を邁進したが、その結果得た結論が何なのかはあまりよくわからない。

ターゲット顧客の再考がなされたわけでもない。そして、そのターゲット顧客に対し、どんなコンセプトを提供していくのか。その姿も明確に定められていない。

旧来のコンセプトに原点回帰し、牛丼一筋をアピールし続けるのか。或いは「吉BOO」に代表されるような豚肉のメニューなどを包含する新生コンセプトと共に「脱・牛丼」を追い続けるのか。

吉野家、どうしたいのか。

本当の意味で、お客様を想えているか。

「わざわざ売り込みに行かなくても、お客様が購入しに来てくださる状況」が、やや脆弱になってきてはいないか。

目指すべき道を、見失っていないだろうか――。そんな牛肉輸入再開後の吉野家であった。

吉野家、その本当のチャレンジとは~新たな顧客を夢見る

「吉野家、結局、どうなりたいんだろうね」――。

そこに迷走があるように見えた、吉野家。個人的には、牛肉輸入再開後の吉野家には、その力強さを感じにくくなっていた。

しかし。2007年9月。驚きのプレスリリースが出る。

あまり多くの人が意識していないかもしれないその発表は、2007年9月20日の新聞の片隅に載せられた。『郊外店、家族向けに』。内容は以下の通りである。

吉野家ディー・アンド・シーは郊外を中心に、テーブル席を備えた家族向け店舗の展開に乗り出す。三年程度をメドに全体の六割に当たる郊外の約六百店を順次、新型店舗に切り替える。投資額は百億円強となる見込み。(日本経済新聞2007年9月20日朝刊)

店舗内のレイアウトが変わる。平たく言えば、それだけだ。しかし、吉野家のチャレンジはそんな単純なものではない。大きく、舵を切った。そう思える戦略転換だ。

筆者は、この新型店舗(テーブル席中心)のスタイルの店を、知っている。すき家が郊外に展開する店舗がこのスタイル。もっと言えば、ファミリーレストランがこのスタイル。そしてもっと言えば、筆者の知る限り、吉野家の府中中河原店が、半年以上前からこのスタイルだ。

吉野家のホームページに行き、メニュー紹介のコーナーに行くと、「店舗別の取り扱いメニューについて」という欄が出る。ここをクリックすると日本地図が出てきて、たとえば東京をクリックすると東京の全店舗の取り扱いメニューが表示される。そうすると。著しく商品ラインナップが少ない店舗を、その中に見つけることができる。立地の問題上、仕方なく牛丼に絞ったと見られる店舗もあるが、そうでもなさそうな店もある。この立地で何故、商品ラインナップが少ないのか。実験店である。

その中の一つ、府中中河原店。半年前に行ってみたことがある。

3204

その中の一つ、府中中河原店。半年前に行ってみたことがある。

まず目に付くのは、「吉野家」の文字が橙地ではないこと。スタイリッシュな白地の上に書かれている。しかも店舗に入ると驚く。「メニュー」がある。そしてそこには、蕎麦が載っている。天ぷらが載っている。牛丼のみならず、天丼も天蕎麦もある。

そして店は、テーブル席中心だ。平日夜だが、子供連れのファミリーが何組か・・・。

吉野家であって、従来の吉野家とは違う。

「セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング(STP)」を革新した吉野家がここにはある。

カウンター席で「早く」食べてもらう。その回転率が、吉野家のビジネスの中核だった。故に、回転高く処理できる絞り込まれたメニューを、回転高く動く顧客(腰を据えない顧客)である成人男性中心に提供する。それが吉野家の一つの生きざまだった。

しかし府中中河原店で起こっていることは違う。ファミリーが、そこそこ腰を据えて落ち着いて食事をすることを前提としている。多様な人が集うゆえに、選択可能な複数商品が並ぶメニューも必要。当然、店舗のレイアウトも変わる。これはもう。新たな市場へのチャレンジである。

となると、クリアすべき課題が多く、出てくる。

たとえば、店内オペレーションが変わる。結果、店員の動作もたどたどしくぎこちない。

また、出来たての天ぷらはとても(本当にとても)おいしいが、この「出来たて提供」を吉野家の新フォーマットとして多店舗展開できるかは微妙。モスバーガーとマクドナルドが違うように、「おいしいが早くない」になってしまうのではないか。

これまで108年の歳月をかけて育成してきた吉野家のビジネスモデルとオペレーションマニュアルは、ここでは通用しなくなっている。おそらく顧客から見えないところでは、大変な苦労があることが容易に想像される。

しかし。吉野家はこの店舗形態にチャレンジを。そして。(蕎麦・天ぷらをどうするかはともかく)カウンターからテーブルへ、すなわち「単品・素早く食べる・男性限定」店舗から、「複数商品・腰を据えて食べる・家族中心」店舗に、全体の半数の店舗を切り替える意思決定を行った。

郊外で成長したすき家から何かを学んだのか。そのきっかけはわからないが、新生吉野家の幕開けが、いよいよ始まろうとしている。

商品ラインナップの試行錯誤ばかりを重ねる時期は終わった。今、明確にあるのは、「家族」というターゲットの取り込み。このターゲットを本気で見据えれば、やらねばならぬことが山ほどある。

ターゲット、すなわち顧客層が変われば、価値が変わる。「うまい、やすい、はやい」に変わる新たな価値。それは、何か。(「うまい、やすい、はやい、たのしい」?何?)

ターゲットと価値(つまりSTP)が変われば、打ち手も変わる。店舗のあり方も。メニューのあり方も。接客のあり方も。新たなその姿は、どうなるのか。

打ち手が変われば、店内・全社のオペレーションも変わる。どんなバリューチェーンが、求められるのか。

ターゲットが変わるということは、なすべきことが、ありとあらゆる側面で変わるということなのだ。

吉野家はかつて「女性取り込み」を目指して、できる努力を様々に重ねてきたように思える。しかしそれは「既存ターゲット・コンセプトを毀損しない範囲で」にすぎず、正直、表層的な取り組みでしかなかったように思う。

しかし今回は、もっと本気。「家族」という新たなターゲット顧客に、すべき努力を本気で進めようとしている。新たな顧客に愛される日を夢見て。本気の意志を持って。

「半分の店舗で、ターゲットを明確に見据えなおす」という大きなチャレンジが、今まさに始まっているのである。

ちなみにすき家を見ると、家族ターゲット型店舗の未来が少し垣間見えてくる。お子様メニューが存在。デザートも存在。(現在の吉野家でも一部店舗で出しているが)ビールもグビグビと。…

言うまでもなく。すき家の後追いをすればよいとは、まったく思わない(本当に、まったく、思わない)。が、数年後の吉野家の姿のヒントが、ここにあるかもしれない。さて。どんな店舗になっていくのか。ここからの革新が、多いに楽しみである。

吉野家のチャレンジが今後どうなるのかは、わからない。わからないが、多いに期待したい。「新たな顧客」に愛される日を夢見て。今しばらく、吉野家から目が離せそうにない。

3205

<余談>
ちなみに。グロービス受講生との私的な議論の場で、「うまい牛肉という吉野家の強みを生かして、新商品はできないのだろうか。新たな顧客に愛されるような」。そんな議論が巻き起こったことがある。これを踏まえ、その時の有志が、吉野家の牛皿を使って新たなゴハンを作ってくれた(写真)。

ヒントはアメリカにあるフィラデルフィア・サンド?らしい(炒めた牛薄切り肉をたっぷり入れたホットドックに、とろけるチーズを乗せたもの)。これが・・・とてもうまかった。^^

吉野家の肉の素晴らしさに改めて驚くとともに、有志のチャレンジに感謝。皆さん、ありがとう。

名言

PAGE
TOP