経営学の巨人が語るポスト資本主義――『私たちはどこまで資本主義に従うのか』 

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著者であるヘンリー・ミンツバーグ教授は、言わずと知れた経営学の巨人である。過去に、『マネジャーの実像』『MBAが会社を滅ぼす』などの書籍を出してマネジャーの在り方や経営教育に一石を投じたこともあれば、マッキンゼー賞を受賞した論文「戦略クラフティング」により、「戦略は体系的には計画されない」「戦略は、ある時は偶然に発見され、ある時は自然発生的に創発する」など、それまでの戦略論に(特にプランニング学派やポジショニング学派に対して)挑戦状を叩きつけたこともある。巨人ではあるが、王道を歩むのではなく、常にユニークな立場でそれまでの常識や本流にチャレンジしてきた点がミンツバーグ教授の真骨頂だ。今回はその同氏の最新刊を紹介する。

本書は、現代の資本主義が袋小路に陥っていると説くところから始まる。「はじめに」には以下のような熱い思いのこもったフレーズがある。

「見えざる手と自由な競争が影を潜め、ビジネス界のロビー活動という『目に見える鉤爪』が幅を利かせる状況もうんざりだ。主権国家と地域コミュニティの力を蝕む経済のグローバリゼーションにも辟易だ。地球上の資源を――その中には人的資源、すなわち私たち自身も含まれる――不当に絞りとる行為ももうたくさんだと思わないか」

著者によれば、そもそもの間違いは、1989年のベルリンの壁崩壊を「資本主義の共産主義に対する勝利」と捉えた点にあるという。共産主義体制の崩壊は、単に公的(政府)セクターの力が肥大化し、バランスを失って瓦解した現象に過ぎない。言い換えれば、バランスの相対的な勝利だったにすぎない。しかし、勝利したはずの資本主義陣営は、いまや民間セクター、その中でもグローバル大企業の力が強大になりすぎてバランスを失ったため、さまざまな歪を生み出している。特に資本主義のお手本であり、他国にも波及効果の大きいアメリカでこの現象は顕著だ。この歪について著者はさまざまな事例を指摘している。以下はその一例だ。

・大手たばこメーカーは、貧しい国々を脅したり圧迫したりすることで、国民の喫煙を抑制するための法規制を撤回させてきた
・環境規制については、ほとんど実効あるアクションは取られていない
・カナダの環境規制に関するほぼすべての案件について、アメリカの法律事務所より文書が届いた(政治的な圧力があった)
・1952年のアメリカでは税収の32%が企業によるものだったが、2010年には10%に減った。大企業は今や「代表あって課税なし」が認められている

これらは一例にすぎない。そして、こうした民間セクターの肥大と傲岸な振る舞いは、1930年代のファシズムの台頭直前に似ていると言う。もちろん、当時と今ではITの進化もあって情報量やその自由度は圧倒的に異なり、単純に「歴史は繰り返す」とは言えないわけだが、人々の熱狂が往々にして偏った方向に向う可能性が高いことを考えると、現代の資本主義が、そうした観点からも大きなリスクを内包しているとは言えそうだ。

では、こうした民間セクターの肥大に対する、そして資本主義の行きすぎが内包するリスクに対する解は何なのか?著者の仮説は、「多元セクター」(plural sector)と彼が呼ぶ第3のセクターが力を持ち、公的セクター(public sector)、民間セクター(private sector)と良いバランスをとることだと言う。多元セクターは聞きなれない言葉であるが、NPOやNGO、大学といった組織以外にも、社会運動(例:アラブの春の民主化デモ)や社会事業もここに含まれるという。

こうしたセクターが力を持った時、民間セクターの肥大化は押さえられて資本主義の暴走は止まり、また、さまざまな社会的問題が解決される可能性が高まると言うのが著者の主張だ。企業も昨今、CSR(Corporate Social Responsibility)やCSV(Created Shared Value)に取り組んではいるが、著者は、そうした活動が社会的問題を解決する可能性は極めて小さいと考えている。やはり、公的セクターと民間セクターという「2本足」ではいろいろな意味で不十分であり、多元セクターを加えた「3本足」がバランスをとることが、役割分担上も、相互チェック上も有効と言うのが著者の主張である。

これは現段階では仮説にすぎないが、物事の本質を洞察することに長けた著者が熟慮を重ねて考えたものであり、1つの可能性として十分に考慮するに値するだろう。

キーワードはコミュニティだ。これは、単なるネットワークとは異なるものだと著者は言う。コミュニティには「相手に対する強い思い」が含まれるという。人間はコミュニティに加わりたがる性向を持つ。そこに著者は大いに期待をしている。本書ではこの多元セクターをどのように成長させるのかの具体的な方法論までは提示されていないが、ここはさまざまな可能性を考えてみたい個所である。

本書は、明日すぐに役に立つスキル本ではない。しかし、環境が激変する中、ビジネスパーソンとしては、10年後、20年後の世界をイメージしながら、自らのキャリアデザインを構築したり、そのためのスキル習得をしなくてはならない。「確実な未来」はないものの、さまざまな「ありうべき未来像」を描いておくことは、そのためにも大きく役に立つ。いつもより一段高い視点からいま世界に起こっている問題を知る上で、あるいは思考の幅を広げる上で非常に示唆に富む一冊と言えるだろう。

『私たちはどこまで資本主義に従うのか―――市場経済には「第3の柱」が必要である』
ヘンリー・ミンツバーグ著、池村千秋訳
1,600円(税込1,728円)
 

東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『ビジネス仮説力の磨き方』『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード
図解 基本フレームワーク50』(以上ダイヤモンド社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『利益志向』(東洋経済新報社)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBA事業開発マネジメント』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の共著書、共訳書がある。
グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、ビジネスプラン、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。

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