第3回 ケースメソッド研修の進み方 

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前回は、ある企業が実際に直面した状況を忠実に再現した教材「ケース」について、詳しく紹介しました。今回は、このケースを用い、ケースメソッド研修がどのように進行するかを概観していきます。受講生は、どのようにしてケースの登場人物に自らを重ね合わせ、ビジネスの意思決定を仮想体験していくのでしょうか。(本稿は、日経BP社が人事担当者を対象に開設したサイト「ヒューマンキャピタルOnlineへの寄稿文を再掲載したものです)

事前の予習が不可欠、課題へのアプローチ方法は受講者に任される

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ケースメソッド研修では、まず、受講生は事前に配布される「ケース」を読み込み、別途提示された「課題」について自分なりの提案や結論を用意します。ここでいう課題は、研修ではどのような視点で、何について議論するかを簡単にまとめたもので、1つのケースに対して1~5つ程度の課題が用意されています。ケースのボリュームや課題の内容によって異なりますが、一般に、受講生はこの予習に5~10時間程度を割き、時には受講生同士で自主的な勉強会なども実施したうえで、自分なりの仮説を持って研修に臨みます。

例えば、前回紹介したグロービス経営大学院のシマノのケースの場合、「シマノが自転車部品市場で成功できた要因をまとめてください」、「シマノの多角化戦略(MTB市場および釣具市場参入)について評価してください」という2つの課題を設定しており、クラスでは、この課題に対する回答をベースに、ケース中に掲げられた、「(シマノの)今後の成長を支えるには、どのような戦略をとるべきなのだろうか?」という、主人公の悩みに答える方向性を探っていくことになります。

ケースメソッド研修では、受講生が独力で、「何に着眼して、どのようなやり方で、情報を整理・分析し、回答を導き出すか」や「回答に説得力を持たせるためには、どのように論理を再構築すべきか」などの思考プロセスを踏み、予習の段階から自らの考える力を鍛えます。

例えば、課題の一つ目は、同社の戦略の肝が何であったかを問うものです。ただ、これを明らかにするために、どのような手順を踏むのが最適かといったことは、一切、提示されません。したがって、受講生によっては、「5 Forces」など業界分析用のフレームワークを用いて、競合状況や原料メーカーとの関係、新規参入の脅威といった視点から市場におけるシマノの優位性を浮き彫りにしていく人もいれば、あくまでシマノ自身の事業構造に的を絞り、財務諸表や製品ライフサイクルなどから強みを分析する人もいるなど、多様なアプローチで課題に取り組むことになります。

アウトプットする力と思考の多様性を養う

予習に続き、受講生は研修当日のクラスメイトとの討議を通じて、さらに思考を深めます。
受講生A:「自転車部品でブランドを築いたとしても、それが釣具でも生かせると考えるのは早計だったのではないか」

受講生B:「マウンテンバイクのユーザーの中にはバス釣りなどで釣具を購入する者もいるだろう」

受講生C:「シマノが釣具から多角化していったのは、顧客が重なるからではなく、技術シナジーが効くというメリットが大きかったのでは」

受講生A: 「ユーザーへのサポート体制や小売店への直販モデルなども活用したはずだ」

受講生D:「シナジーが効いても業績に貢献していなければ意味がない。自転車部品市場での成功要因の一つは、選択市場で一気にシェアを握り、コスト・リーダーシップを取ったことだった。釣具ではこれが生かせていない」

講師:「そもそも、同じ成功パターンを目指す必要はあるのでしょうか。勝ちパターンを繰り返すメリット、デメリットを考えてみましょうか」…
受講生によるこのような議論と発表に授業時間の大半が使われる点がケースメソッド研修の特徴の一つです。一般的な座学研修のように、講師による一方向のレクチャーを聞いて知識を覚えたり、演習問題をコツコツと解いたりという時間は、ほとんどありません。

したがって、受講生は考える力に加え、アウトプットする力を鍛えることになります。座学研修では聞くこと、つまりインプットが主ですが、討議中心のケースメソッド研修では、「市場環境はどのような状況にあるか」、「現在、直面している課題は何か」、「解決策としてどのようなことが考えられるか」、「そのリスクは…」と絶えず考え続けなければなりません。しかも、そこで得た意見を言語化して他人に分かりやすく伝える、あるいは他人を説得する力を磨くことが必要になります。

また、「同じケースについて考えているのに彼(彼女)と意見が異なるのはなぜか?」と、受講生が自分自身の理解力の限界や思考の癖に気付き、それを超えるきっかけを得られるのもケースメソッド研修ならではのメリットと言えます。例えば、ケースに書かれた情報だけを頼りにシマノの成功要因を探っていた受講生が、「シマノが自転車の中枢部品に焦点をあてた頃、日本は高度成長期だったのではないか」、「米国市場に参入した際の景気動向はどうだったのだろう」といった他の受講生の発言がきっかけで、ケースには書かれていないマクロ環境にまで視点を拡げることが考えられます。また、、自転車部品をモジュール化してパッケージとして提供する戦術に批判的であった受講生が、半導体業界出身の受講生から類似する成功事例を聞くことで考えを変えることもあるでしょう。このように、ケースメソッド研修で受講生は、自分とは異なる考えや解釈に触れながら、自分自身の判断軸に新たな指標を肉付けしていきます。

ケースメソッド研修にかける時間数やクラスの構成に特に定められたフォーマットはありませんが、例えばケースメソッドの草分け的存在である米国ハーバード・ビジネス・スクールでは1コマ80分という比較的、短時間に1つのケースの分析を終えるスタイルを取っています。階段教室に国籍も職業も異なる90人が座り、講師のファシリテーションにより議論が進みます。同校の学生は1日に2~3つのケース、卒業までの2年間では1000近いケースを分析するという、まさに「ケースのシャワーを浴びる」生活を送り、自分なりに個々の学びを消化しながら、徐々に意思決定のスタイルを確立していきます。

一方、企業研修や国内のビジネススクールでは、1つのケースの分析に充てる時間を長くし、また、クラスの参加人数を絞って個々の発言機会を増やすことで、短期集中型でも学びの密度を濃くする工夫をしています。また、ケースごとに明確な「学びのポイント」を用意することも多く、クラス討議の中で受講生自らがこのポイントに気づくよう議論を導くことが研修の成否を分けるポイントの一つにもなっています。

グロービス経営大学院の場合は、研修は1コマが3時間。クラスは20~30人程度の社会人で構成されます。研修では、4~6人のグループに分かれての討議からスタートし、その後、グループごとの発表を基に今度はクラス全体で討議を行うという、議論を2段階に深める形態を取っています。例えば、シマノのケースを扱う経営戦略のクラスは、グループ討議、全体討議の順で一つ目の課題である自転車部品市場でのシマノの成功要因に迫り、さらに同じ順で、続く二つ目の課題、同社の多角化戦略の是非に議論を進めるといった具合です。

議論の主役は受講生、講師は受講生の気づきを導く補佐役

討議中心のケースメソッド研修では、主役はあくまで受講生です。では、講師は何をするのでしょうか。誤解を恐れずに言えば、講師の最大のミッションは、議論がスムーズに運ぶようにする補佐役を担うことです。ただ、この補佐の役割は口で言うほど簡単なものではありません。学習塾のように毎回の授業で学んでほしいことをズバリ言うのではないため、知識が豊富なだけでは講師は務まりません。

ケースメソッド研修の講師がすることは、例えば「あるグループの発表内容のポイントを要約して別のグループから活発に意見が出やすい環境を作る」、「発言を絶えずホワイトボートにまとめながら議論の流れを可視化する」、「論点が発散した際にはポイントを絞る」、「発表内容をあえて極端にとらえることで、議論の活性化を図る」といったことです。講師は様々なテクニックを用いて、討議の多様性を担保し、受講生の気づきを誘発していきます。

優れた講師が補佐するクラスでは、受講生は自ら考え抜いた末、あらかじめ設定された「学びのポイント」に自分自身で気づいていくのです。逆に講師が適切に機能していない研修では、論理矛盾がそのまま放置されたり、多面的な考察に至らないまま、なんとなく分析したような気がして議論が終わる危険もはらんでいます。

それでは、研修の終盤、議論はどのように集約されるのでしょう。講師は受講生の議論が活発になるように導きますが、例えば「シマノの多角化戦略が正しかったか」、「同社は今後、どのような戦略を取るべきであるか」といった点について「正解」を述べることはありません。なぜなら実際のビジネスの世界に用意された「正解」がないように、ケースにも正解はないからです。講師は、あくまで私見を述べたり、「実際には○○という結果になった」という事実を端的に紹介するに留まります。他方、受講生が活用したフレームワークの限界や、表層的に理解してしまいがちな経営理論の本質については、ケース討議で出た発言と絡めながら、しっかりと解説をしていきます。

ケースの登場人物の立場に立ち、与えられた情報から、いかにして事業課題を浮き彫りにして、打ち手を決定するか、合理的な判断ができるか。ケースに取り上げられる内容は、その力を実践するための単なる題材に過ぎず、その戦略の結果を知ること自体は受講生の将来にとってさほど重要なことではありません。ケースメソッド研修で受講生が持ち帰るべきものは、「シマノという企業が何をすべきであったか」というような結論ではなく、その結論を導き出すために何をどう考えるべきであったかというプロセスそのものなのです。
次回は、ケースメソッド研修を成功に導くポイントについて具体的に紹介します。

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