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第2回 問題解決を疑似体験させる教材「ケース」

投稿日:2007/10/12更新日:2019/04/09

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前回、「ケースとは、ある企業が実際に直面した状況を忠実に再現した教材のこと」と、説明しました。しかし、それだけではケースメソッド研修を実際に体験したことがない方には、いま一つ、イメージしづらかったかもしれません。掲載後、「そもそもケースには、どのような内容がどの程度のボリュームで書かれているの?」「ビジネス誌などにケーススタディとして事例研究が掲載されていることがあるけれど、その内容とは違うものなの?」「それを使って、何を、どんな順序で議論するの?」といった質問をいただきました。そこで今回はまず、「ケース」について詳説し、次回に「ケースメソッド」の具体的な進め方をご紹介していきます。(本稿は、日経BP社が人事担当者を対象に開設したサイト「ヒューマンキャピタルOnlineへの寄稿文を再掲載したものです)

読み手に自ら学ぶことを求める

ケースメソッド研修に使用されるケースの特徴は、まず、そこに書かれているのが、あくまで混沌とした状況説明のみであることと言えます。ケースには「そもそも何が問題であるか」、「その問題を解くため、何を考え、どんな戦略を打つべきか」など、問題解決の中身となる情報は一切、提示されてはいません。書かれているのは、ある企業の現況と、そこに至る歴史、企業を取り巻く市場環境といった、事業環境を説明する客観的な事実だけです。そこから問題や勝ちパターンを抽出し、打ち手を決定する作業は受講生自身に委ねられています。一方、ビジネス誌のケーススタディでは、すでに実行された打ち手について、成否を分けた理由を記者が分析し、得られた学びを一般化して読者に提示する点がケースメソッドとの違いです。

では、具体的にはどのような内容が書かれているでしょうか。ここでは、グロービスが経営戦略のクラスで使用している「シマノの成長戦略」を例に見てみます。シマノは、自転車部品や釣具を手がける実在の企業で、ケースは、社長のこんな独白から始まります。

…自社のデュラエースの持つ高い性能が、2年連続して名実共に証明されたレース(世界3大自転車レースの一つ、ツール・ド・フランス)を前に、社長の島野喜三は感無量であった。しかし同時に、自社が迎えつつある難しい局面に安閑としていられない心境でもあった。1990年代前半に同社を大きな成長へと導いたマウンテンバイクブームは一巡し、第2の柱として30年来力を入れてきた釣用品の売り上げも、自転車部品ほど市場を大きく席巻するには至らない。今後の成長を支えるには、どのような戦略をとるべきなのだろうか?――喜三はなおも、頭を悩ませ続けていた…

ケースの多くは、導入部がこうした物語形式になっており、受講生が自然に自らを主人公に重ね合わせ、当事者意識を持ってケースに取り組めるよう、工夫されています。このケースでは、主人公が“頭を抱える”導入部に続いて、同社の中核事業となる自転車市場の概観が示されます。自転車が市場に浸透したきっかけや経緯、シマノのような部品メーカーとブリヂストンサイクルのような完成車メーカーの関係、ユーザー層の推移など、その切り口は多岐に渡ります。

ケースに記載されている内容は、シマノ自身の米国市場への進出、欧州レース市場への挑戦、マウンテンバイク市場の開拓から、釣用品事業への参入に至る事業展開の経緯に及び、その詳細が、競合状況なども踏まえ、細かなエピソードと共に活写されていきます。末尾には、同社の約30年間におよぶ業績推移と直近の財務諸表、一般的な自転車の小売価格の推移や、輸入台数・輸入金額の推移といった各種データが添付されています。

総ページは、A4サイズ27ページ。さらりと読むだけでも、なかなか大変な労力を要します。受講生は、これら文章とデータによって表された事業環境の情報を、各々の視点で紡ぎ合わせて子細に分析し、シマノが自転車部品市場で成功できた要因や、MTB市場、釣具市場への参入の成否を評価し、冒頭の喜三社長の悩み、「今後の成長を支えるには、どのような戦略をとるべきなのだろうか?」に応える、自分なりの打ち手を探っていきます。

情報量の不足さえもあえて忠実に再現する

ここで一つポイントとなるのが、ケースには、書かれた情報を整理・分析するために、どのようなフレームワークを用いるのが適切か、といったヒントは一切、示されていないことです。これは、受講生が知識として持つ各種ツールを、どのように選択し、使うか、その取捨選択・実践自体がケースメソッドの眼目の一つであるためです。

フレームワークは、ビジネスの現場で情報整理する際、重要な漏れやダブりがないかを確認するツールです。代表的なものに「3C」、「4P」、「5つの力」などがあり、例えば「Customer(市場)」、「Competitor(競合)」、「Company(自社)」を意味する「3C」を用いると、ある事業アイデアの将来性について検討する際、「顧客のニーズや成長性、自社の強み・弱みついては十分考えたが、競合について検討するのを忘れた」といった落とし穴に陥ることが避けられます。

もう一つのポイントは、ケースにはあえて記述されていない情報も多くあるということ。ケースに書かれているのは、(シマノの社員であれば)容易に入手できる社内情報や統計資料ばかりです。逆に、「これは何に使うのだろう?」というような余計な情報もたくさん書き込まれています。そのうえ、それらが時系列に構造化されているわけでもなく、データの単位もバラバラなままに、置かれていたりします。

これらは一見、教材としての不十分さを示しているように見えるかもしれません。しかし一般に、ビジネス・パーソンが事業戦略などを考える際、必要な情報がすべてそろっていることはほとんどありません。むしろ余計な情報ばかりで本当に必要な情報が少ない、という環境で判断を迫られる機会が大半でしょう。つまり、ケースでは、これら情報の不足や混在を意図して織り込むことによって、ビジネス環境を忠実に再現しているのです。

「シマノの成長戦略」は、“頭を抱える”主人公の物語に始まり、ある企業の事業環境を文章とデータで再現していくという意味では、最も一般的なケースのフォーマットにのっとっています。ただ、ケースに書かれる内容は、「シマノの成長戦略」のように経営戦略を問うものとは限りません。例えば、部課長クラスが全社戦略を踏まえながらマーケティングの方向性を立案するものもあれば、CFOが財務戦略を練るものもあります。

また、これら、フレームワークを用いた情報分析や戦略立案を求めるケース以外に、現場のリーダーが困難な局面でチームをどのようにしてまとめればよいかと悩むなど、より人間的な判断を迫るケースも多く、あります。

取り上げる企業・業界も、馴染みの勝ち組企業や成長産業には限らず、様々な企業が網羅されています。また、ケースのボリュームも学ぶ内容に応じて様々で、中には例えば、財務諸表の1ページだけがプリントされたような「ショートケース」もあり、受講生に何を体得させたいか、という目的に応じて使い分けられるようになっています。ケースのバリエーションやサンプルは例えば、英語のケースにはなりますが、米国Harvard Business Schoolが運営するウェブサイト、Harvard Business Onlineなどで閲覧できます。

ケースメソッド研修でジョブ・ローテーション制度を代替

このようにバリエーションが豊富なケースをケースメソッド研修で使うことによって、最近の企業で希薄になっているジョブ・ローテーションという人事制度を一部、補完できます。かつては幅広い視点で事業戦略を考えられる社員を育てるため、数年ごとに職場を異動させてOJTにより経験を積ませていた企業が多くありました。しかし、最近は専門性がより評価されるようになり、積極的にジョブ・ローテーションを行う企業は減ってきました。その結果として、今度は「地に足の着いた新しい発想を出す社員が育たない」という悩みが聞こえてくるようになりました。

同じ判断軸で仕事を続けていれば、専門性は高まるかもしれませんが、画一的な判断しかできなくなるのは当たり前です。急に新しい視点で考えろと言われても、社員は戸惑うばかりでしょう。多くの企業は熾烈な競争環境にあり、人事異動による戦力ダウンは許されないという事情もあります。だからこそ今、バリエーション豊富なケースを用いて、たとえ仮想的にでも様々な職場、様々な事業環境での経験を積ませ、多層的な視野を育成するケースメソッド研修でこれを補完することが重要なのです。

それでは、ケースメソッド研修の授業ではバリエーション豊富なケースをどのように使っているのでしょうか。この点については次回、研修で成果を上げるポイントと合わせてじっくりと見ていこうと思います。

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