第1回 研修が座学だけで終わっていませんか? 

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座学の主眼は知識のインプット──ビデオ教材だけではスポーツは上達しない

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「今まで通りの方法で本当に社員は育つのか」「もっと効果的な研修はないものか」「そもそも社員は今の研修に満足しているだろうか」。企業競争力の源泉を担っている人材育成担当者の悩みは尽きることがありません。そんな悩みの最も根底にあるのは、「学んだことはしっかり生かされているのか」という不安でしょう。

現在、企業が実施している研修の中心は、レクチャーを通じて、各階層別に必要な業務知識やスキルを社員にインプットするもの。その内容は「マーケティングの基礎」「バランスシートの読み方」などの一般知識を習得させるものから「検査技術向上講座」「薬事法の理解」のように業界固有の事情や技能について向上を目指すものまで広範に及びます。

こうした座学中心の研修は、あくまで知識やノウハウをインプットすることに主眼を置いており、得られた知識・ノウハウを実践で使っていくかは、多くの場合「それぞれが創意工夫して現場で役立ててください」と社員一人ひとりに委ねられているのが実情です。

例えば「マーケティングの基礎」として学んだ「環境分析の手法」や「製品コンセプトの立て方」を、日常業務のどのような場面で、どんなふうに使うかということは、個々の社員の応用力あるいは周囲のOJTに対する意識に任されているというわけです。

しかし、これはスポーツで言えば、「ゴルフクラブのスイングの仕方」や「野球の変化球の投げ方」をビデオ教材などで研究させて、「あとは実戦で頑張って」と、選手を送り出すのにも似ています。ここで学んだスイングや投げ方を、いつどのようなシチュエーションで、どんなふうに活用したらよいのかを判断できるようにするには、経験やより実践的な知識の蓄積が必要でしょう。

研修で学んだ知識やノウハウの活用も同じこと。社員から研修の成果を十分に引き出すには、研修と日常業務における実践との間に何らかのつなぎとなる訓練の場を用意するのが理想的なのです。

そうした訓練の手法として、実践的な研修の主軸におかれているのが、「ケースメソッド」と呼ばれる教育方法です。

ケースメソッドで企業経営の実務を仮想体験できる

ここで言う「ケースメソッド」とは何か。一言で表現するなら、それは「企業経営の仮想体験」です。「ケース」とは、ある企業が実際に直面した状況を忠実に再現した教材のこと。ケースには、ある企業の置かれた市場環境や競合状況、社歴やリーダーの性格、技術的な強みや製品の特徴、財務情報など、あらゆる情報があえて雑多に書き込まれています。

ケースメソッドでは、この「ケース」に基づいた環境分析から戦略立案、意思決定までのプロセスを、クラス討議などを通じて実際に体験します。その過程で、座学の研修やビジネス書で得た知識やマネジメント手法を総動員して、経営課題を解決するための“答え”を自ら導き出せるようにするのです。

ケースメソッドで討議する内容は、経営者など一部の限られた層にのみ求められる経営判断には限りません。定番ブランドの横展開や、複雑な構成のチームをまとめるリーダーシップの在り方など、その内容、状況設定は多岐にわたります。

同じように、ケースを用いた教育法として「ケーススタディ」というものもありますが、こちらは主に講師がある企業の成功や失敗の事例を一方的にレクチャーするもの(脚注)。「トヨタがレクサスの海外展開に成功した理由は・・・」「シャープがシステム液晶の開発を推進した理由は・・・」と、具体的な事例を基に勝ちパターンを解説する内容が多く、企業経営の実務を仮想体験させるケースメソッドとは大きく異なります。
脚注:ここで説明した狭義の「ケーススタディ」から、「ケースメソッド」まで、「ケース」を用いる教育方法全般を包含し、「ケーススタディ」と称することもある。

「失敗ややり直しが可能なOJT」=ケースメソッド

ケーススタディにせよ、ケースメソッドにせよ、具体的な事例の書かれたケースを使うことで、抽象的な概念を(事例にあてはめながら考えることで)理解しやすくするというメリットは同じです。ただ、ケーススタディの場合、「Aの状況ではBという打ち手を取った」「Cの状況ではDという決断をした・・・」というように事例をただ知識として積み上げることに終始する場合が多く、知識を実践に転化する訓練とまでは、なかなかいきません。

他方、ケースメソッドでは受講生が当事者になって経営課題に取り組みます。研修に、ただ出席して答えを学ぶものではありません。あくまでも受講生が主役になって議論を重ね、教材となる企業の市場環境や業界動向から何を重視して考えるべきかを判断し、どの方向に進むべきなのか意思決定をするのです。

「ケースに書かれているのは他社の事例だから、自社での実践では役立たないのではないか」。そうした疑問を持たれる方もいるかもしれません。しかし、ケースメソッドは知識やノウハウの取得ではなく、それらを駆使する力を養うことを目的にしているので、他の業界や規模が違う企業の事例であっても応用は利きます。先のスポーツの例で言えば、ケースメソッドによる学習は、「様々なタイプの選手と練習試合を繰り返す」ようなもの。ケースに描かれた環境に仮想的に自らの身を置き、徹底的に考え抜くことによって、実戦で生きる本物の「考える力」や「自信」を磨くことが、その眼目です。その意味から、「失敗を恐れずに済むOJT」と言い換えることもできるかもしれません。

なお余談となりますが、ケースメソッドはもともとアメリカの法学校で生まれた教育方法で、事件を解決するために学生が弁護側と検事側に分かれて戦い、最後に判決を出すまでの訓練を積むものでした。色々な主張や複雑な外部要因を考慮しながら、法律の知識や過去の判例というノウハウを最大限に駆使できるようにする訓練は経営にも応用できるとして、欧米のトップ校をはじめする多くの経営大学院で取り入れられています。

次回は、ケースにはどのようなものがあり、ケースメソッドを用いた研修とは具体的に、どのように行われるものなのか。また、成果を引き出す重要なポイントとは何なのか。さらに深く踏み込んでご紹介していきます。

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