なぜ選択肢が多いことは良くないことなのか? 

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なぜ選択肢が多いことは良くないことなのか?

タイトルを見られて「エッ?」と思われた方も多いかもしれません。一般には選択肢が多い方がいいように思えます。たとえば買い物をするのであれば、たくさんの選択肢から選ぶという行動そのものを楽しみとされている方も多いでしょう。あるいはキャリアデザインに関して言えば、親が自分の息子/娘を良い大学に行かせたいと考えるのは、彼/彼女のキャリアの好ましい選択肢を増すためです。社会人でもスキルアップをしっかり行うことは、社内における可能性を増やすだけではなく、転職や起業など、人生の選択肢を増やすことにつながります。

こう考えると、なぜ選択肢が多いことがいけないのかという疑問を持たれる方は多いでしょう。もちろん、選択肢が少なすぎることは良いことではありません。たとえば、車を買おうとしたときに、かつての黒のT型フォードしかなかった時代のように選択肢が他にないとしたら、これは嬉しい話ではありません。あるいは、スキルアップをしなかった結果、今の会社にしがみつくか、仮に転職をするとしても年収を下げる選択肢しかないとしたら、これも悲劇的と言えるでしょう。選択肢がない、あるいは好ましくないわずかな選択肢からしか選べないことは、人生の満足度を大きく下げてしまいます。

その一方で、多すぎる選択肢も、それが好ましい選択肢であったとしても、しばしば人の満足度を下げてしまうことになります。今回はこの話をします。

まず、商品の品数が多すぎるケースについて考えてみましょう。これに関しては、『選択の科学』(文藝春秋)の著書としても名高いコロンビア大学のシーナ・アイエンガーの有名な実験があります。

彼女は、ある小売店において、2つのテーブルを用意し、片方のテーブルには6種類のジャム、もう片方のテーブルには24種類のジャムを並べました。どちらのテーブルも試食をした人の人数は同じです。重要なポイントは、最終的に購買に至った購買者の比率です。6種類のジャムのテーブルの購買率がおよそ30%だったのに対して、24種類のテーブルでは3%にまで購入者比率が激減してしまったのです。

この結果から、アイエンガーは、人は選択肢が多くなりすぎるとかえって選択に手間暇がかかってしまい、最終的な購入の意思決定がしづらくなるという結論を導き出しました。これを「ジャムの法則」と呼びます。理由は、人間はそんなに多数の選択肢から最適なものを選ぶ能力を持ち合わせてはいないし、それを強いられることはむしろストレスになるため、選択を避ける方がましと考えるというものです。投資信託のような高額の商材でも同じ傾向がみられています。

近年、カスタマーエクスペリエンスやカスタマージャーニーという言葉が注目を浴びていますが、売り手側の立場に立つと、あまりに多くの選択肢を提示して顧客にストレスを与えることは、このカスタマーエクスペリエンスやカスタマージャーニーの質を下げてしまうことにつながりかねないのです。マーケターとしては強く意識しておきたい点です。

ではキャリアに関してはどうでしょうか? キャリアについては選択肢がたくさんあることがいいように思えますが、実はここでも多すぎる選択肢はかえって人々の満足度を下げてしまいます。

1つは、上述した選択のストレスです。「最善のキャリアを選ばなくてはならない」というストレスは、往々にして人々の満足度を下げてしまうのです。自由度が高いことが、かえって人々を困らせるという要素もあります。かつて、作家のジョージ・オーウェルはSF小説『1984』の中で、「自由は隷従である」「人間は意志が弱く、臆病で、『自由』に耐えることができない」と書きました。だからこそ、自由ではなく、「ビッグ・ブラザー」(『1984』に出てくる独裁者)の支配に無批判に従っている方が幸福だというのです。哲学の世界では、古くから「自由」は必ずしも「幸福」を意味しないという議論がされていましたが、これがキャリア選択の場面でもしばしば当てはまってしまうのです。

いったん選んでしまったキャリアに関して後悔するという人間の性向もあります。これはキャリアのみならず、製品・サービスの購入にも当てはまります。みなさんは、現在に至るまでのキャリア選択が最善だったと胸を張って言えるでしょうか? 「あの時○○の仕事を選んでおけばよかった」あるいはプライベートでも「今の配偶者ではなく、△△さんと結婚しておけばよかった」といった感情をお持ちの方は多いでしょう。

これは経営学用語でいえば機会費用と比較してしまうということです。選択肢が少なければ、比較すべき機会費用も多くはありませんし、その中で最大のもの(厳密に言えば、これが機会費用)も大したものではありません。しかし、選択肢が多い人間ほど、その分、比較すべき機会は多くなります。その中で最大の機会費用と比較すると、どうしても今時点での自分が不幸である、もしくは不幸とは言えないまでも「ミスった」と感じてしまうのです。これは、なまじ好ましい選択肢が多い人ほど強く感じる傾向があります。そうした人は往々にして成功した友人も多いため「彼/彼女の成功に比べて自分は・・・」などと悔やむ機会もさらに増えてしまうという悩ましさもあります。

こちらの方は、「だから、なまじ選択肢が増えるようなスキルアップはしない方がいい」という結論にはなりません。しかし、選択肢が増すことのストレスさとどう付き合っていくか、そうした心の準備ができないと、傍目には幸福そうに見えても、本人は精神的に幸福ではない、という状態に陥ってしまいます。ネットで情報がどんどん入ってくるこれからの時代はますますその傾向が強くなるでしょう。自由という怪物、あるいは後悔という内なる敵とどう付き合うか、絶対的な解はありませんが、ぜひ考えてみてほしいと思います。

東京大学大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『ビジネス仮説力の磨き方』『グロービスMBAビジネス・ライティング』(以上ダイヤモンド社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』(以上PHP研究所)、『利益志向』(束洋経済新報社)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『グロービスMBAアカウンティング』『グロービスMBAマーケティング』『グロービスMBAクリティカル・シンキング』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBA組織と人材マネジメント』『グロービスMBA事業開発マネジメント』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の共著書、共訳書がある。
グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、ビジネスプラン、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。

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