次代のビジネスリーダーに 求められる経験と資質 -リヴァンプ代表パートナー・玉塚元一氏 

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カジュアルウエア「ユニクロ」の成長力が底を見た2002年にファーストリテイリング社長に就き、後の復活劇を指揮した玉塚元一氏。2005年10月に企業の再生支援や事業継承を生業とするリヴァンプを設立し、再建のプロとして歩み始めた同氏に、ビジネスリーダーに求められる経験と資質について聞いた(本稿は2006年12月4日に開催された、玉塚氏のご講演「グロービス経営大学院特別講演 次代のビジネスリーダーに求められる資質と経験」の内容をまとめたものです)。

何でも貪欲に吸収する姿勢が自信になる

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「学生の頃は漠然と経営者になりたいと思っていただけだった。卒業後に就職した旭硝子ではまず、化学品工場で生産管理や品質管理を担当し、1円、2円のコスト削減に必死になっていた」と、玉塚氏は語る。ビジネスリーダーというと、経営者としての明確なイメージを持って、計画的にビジネス経験を積み重ねてきた印象が強い。ところが、玉塚氏はどちらかと言えば“おぼろげな”目標を掲げ、あとはビジネスの自然な流れの中で迎えた転機のたびに、徐々にリーダーとして思いを強めてきた。

ビジネスリーダーとして最初の転機が訪れたのは1989年、27歳でシンガポールに転勤したときである。「当時は円高が急進して松下電器やソニーなど国内の大手メーカーがアジアに生産拠点を移していた。そうした企業とジョイントベンチャーを作る際に、小規模ながらもプロジェクトのビジネスリーダーとして経験することになった」(玉塚氏)。

学生時代はラグビーに専心、社会人になってからは生産管理や品質管理のみを担当していた玉塚氏は「バランスシートもキャッシュフローも分からない」。プロジェクトを円滑に進めるため、本社から人が送り込まれた。「ビジネスにおける自分自身の基礎力のなさを痛感し、悔しい思いをした」(玉塚氏)。しかし、それと同時に、「今、この機会にしっかりと勉強すれば間違いなくビジネスに役立つと思った」と、当時の心境を振り返る。

さっそく会社に留学の希望を伝え、許可が出ると2年がかりで勉強して、アメリカのケースウェスタンリザーブ大学のビジネススクールに入学した。それから2年間は「経営を体系的に学べることがとにかく嬉しく、超ハイテンションで、興奮状態のままアッという間に過ぎていった」(玉塚氏)という。

ビジネススクールでは各学期3~4科目を受講するのが一般的だったが、玉塚氏は一気に6~7科目を受講し、貪欲に知識を詰め込んだ。投資会社からの学生の中には「アカウンティングは大体、分かっている」と斜に構えて授業に出る同級生もいたという。こうした同級生に対し、玉塚氏は「四の五の言わず、スポンジのように何でも吸収する気で臨んだ。僕は、新しいことを始める際には、ここから先は勉強する時、次は実践の時というように、過去の経験や栄光にしがみつかず、常にゼロリセットして素直な気持ちで取り組むようにしている。そうやって気持ちを切り換えて全力で学んできたことが、今の自信につながっている」と話す。

急成長を現場で体験し減衰期に社長就任

玉塚氏にとって第二の大きな転機はMBAを取得した後にあった。玉塚氏はビジネススクールを終了した後、「旭硝子で上の役職を目指すか、1日も早くビジネスリーダーとしての経験を積むか悩んだ末」(玉塚氏)、1998年8月に日本IBMに転職。そこで3社目の顧客として担当したファーストリテイリングに、同年12月に再び転職した。玉塚氏は「みんなユニクロの洋服を着て、朝から晩まで在庫の調整などに一生懸命に取り組んでいた。(創業者の)柳井社長が掲げる高いビジョンに夢があった」と、当時300~350店舗、売上高700億円ほどの会社だったファーストリテイリングに惹かれた理由を説明する。

1998年頃、ファーストリテイリングの取扱商品に占めるプライベートブランド(PB)の割合は5割程度で、残りはナイキやプーマといったナショナルブランドだった。ユニクロの認知度は今ほど高くなく、「知り合いから『なに、のらくろ?』と聞かれることもあった」という。しかし、ユニクロブームに火がつくまで、そう時間はかからなかった。

ファーストリテイリングは間もなく、東京・原宿に都心初の旗艦店をオープンして、同時にPB商品の比率を徐々に高める戦略を打ち出した。その一環で品揃えを充実させたフリースが一気にブレーク。「1、2年の間は現場で色々と修行したいと考えていたが、売上高は1000億円から2000億円、4000億円と年々大幅に増え続け、もはやじっくり修行したいなど悠長なことを言っていられる状況ではなかった。みんなと一緒に急成長するビジネスを体感していた」(玉塚氏)。

だが、「バブルはいずれはじける」(玉塚氏)。2001年になると、ファーストリテイリングの急成長の勢いは嘘のように失速し、売上高が一気に3000億円程度になった。月間売上高が前年同期比20%にまで落ち込む既存店もあった。経営チームのメンバーが自信をなくし、将来に不安を抱えて始めていた頃、玉塚氏にビジネスリーダーとして飛躍する第三の転機が訪れる。イギリスでの旗艦店出店を果たして帰国した玉塚氏は、創業者の柳井正氏に再建を託され、社長に就任。企業再生のプロとして第一歩を踏み出した。

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ビジネスリーダーに求められる資質

ユニクロ再生に当たり、玉塚氏は顧客に直接インタビューするなどして消費者の視点から課題を洗い出し、一つずつ壁を克服していった。「来店客の7割が女性であるにも関わらず、女性が買える商品は当時、全体の25%しかなかった。“ユニセックス”と言いながら、店舗にはMサイズ、Lサイズしか置いておらず、小柄な女性が着られないというようなこともあった」。細やかな視点で課題をあぶり出し、それを解決する過程で玉塚氏はまた、「それまでは柳井という“偉大なアントレプレナー”が頭脳の役割を果たし、それを現場が実行するという既存の企業風土だったものを、現場の社員も自らの頭で考え、動く風土へと変えていった」。

こうした取り組みが着実な効果を表し、業績回復で一定の成果を上げ玉塚氏は、2005年8月にファーストリテイリング社長の座を退いた。

急成長と再生を肌身で感じたファーストリテイリングでの7年間で、玉塚氏は経営への思いをさらに強固にした。特に玉塚氏が“偉大なアントレプレナー”柳井氏から受けた影響は大きく、「規模は小さくてもいいので、自分で経営者になりたいと思うようになった」のだという。「ユニクロで業績を回復させたときのプロセスが忘れられなかった」こともあり、退職して2カ月後には企業再生とスタートアップ、事業継承を手がける新会社を設立。「再生・再活性化・成長」の意を込めて、社名はリヴァンプとした。

リヴァンプの最大の特徴は、事業の当事者として、経営に参画すること。執行責任者として顧客企業の経営に参画すると共に、「経営責任を負い逃げ場をなくすため」(玉塚氏)、資本参加もする。そしてリヴァンプでは、企業がおかれている局面に応じて経営のプロフェッショナルや業界の識者、改革意識が高いプロパー社員、外部コンサルタントなどで構成する最強チームを編成して経営に臨む。「雇われ経営者単独では、孤立するリスクや経験や人的リソースが不足する可能性が大きい。コンサルタントだけではリーダーシップや現場の理解に限界がある。従来型の投資ファンドは、企業ではなく投資家のために働きがちになる。こうした課題を克服するには一人ひとりが考えて動けるチームを組むのが良い」と、考えてのことだ。

幾つもの転機を経てプロ経営者として起業した玉塚氏は今、ビジネスリーダーに求められる資質を、三つ提示している。それは、決してあきらめずに事を成し遂げようとする意思の強さや、自身に負かされた任務に対する責任感を持てる「人間力(心)」。ビジネスの本質を理解したり、課題解決の明確なイメージを伝えたりする「スキル(技)」。そして、逃げ場のない経営の現場に身を置くことや、大きな成功・失敗などの「強烈な体験(体)」である。

「この三つの資質を順番にローテーションさせながら高めていく環境を意図的に作り出す。そうすれば、ビジネスリーダーとして成長していくことができる」。玉塚氏は力強く語り、次代を担うビジネスリーダーたちに明確なメッセージを残した。

【対談】リヴァンプ代表パートナー玉塚元一氏グロービス経営大学院経営研究科 田崎正巳研究科長

田崎:経営者になるための資質として上げられた三つのうち、スキルと強烈な体験についてはともかく、「経営者になりたい」という強い思いなど、人間力(心)の部分は「持って生まれたもの」ということはないでしょうか。

玉塚氏:私の場合、経営者というものに対しては、本当に漠然と「なりたい」と思っていただけ。ただ、負けず嫌いというのはあります。(旭硝子の)工場で働いていた頃、会議になると周りの人は立派な発言をするのに、私には中身がよく分からない。それまで大学時代はラグビーが毎日の活動の中心だったが、フィールドが変わった。「やるからには、新たしいフィールドでも上手くなりたい」と、社会人1年目で強烈に感じました。

田崎:実は、グロービスでも「心技体」というキーワードを打ち出し、MBAプログラムを編成していますが、そもそも「心」と「体」は教育で体得できるものでしょうか。

玉塚氏:出発点は「心構え」という話を聞きますが、そうとは限らないと思います。業務の現場レベルで(スキルと高め)、具体的な成果を上げることで志が高まるということがあります。

田崎:希望に反して工場配属となったことを嘆く人もいますが、本来は現場に配属されることは喜ぶべきだと思います。いかがでしょう。

玉塚氏:漠然とで構わないので、先の目標を持っていることが大切。そのうえで、(配属がどうなろうと)目の前にある壁を一つずつきちんとクリアしていく。目の前のことばかりに集中していても駄目ですが、目の前のことを解決して結果を出さなければ、その先の道はありませんから。

田崎:アメリカに留学したときに猛勉強されましたね。料理を美味しいと感じさせる一番の調味料は「空腹」だと言いますが、玉塚さんは経営に「空腹」を感じていたという印象を受けます。

玉塚氏:その通りです。空腹だから、あるものは全部食べる。シンガポール駐在中に「もっと経営について知っていればアレもコレもできるのに」と、悔しい思いをしていたのが空腹につながったのでしょう。アカウンティングの授業でバランスシートについて勉強するというだけで、「よしっ、バランスシートやるぞ!」と単純にやる気を出していました。

田崎:何でも素直に学ぶという姿勢は、本当に誰にでも持てるものでしょうか。何か鍛えることがあるとか。

玉塚氏:鍛えるようなことはありませんでした。人に何か指摘されてカチンとならず、素直に見直していこうとする姿勢が成長につながると考えているのです。それに目線の高さも大切。目線が高ければ、現状を見て「俺も意外にやれているな」などとは考えないでしょう。

田崎:ファーストリテイリングで柳井さんに学んだことは。起業家と経営者の違いというのはありますか。

玉塚氏:起業は難易度が高く安易に飛び込まないほうがいいと思っています。「絶対に買う」と言っていた客が「ごめん、また今度」となって虫の息になっていくというのが、ビジネスの世界では普通にあるのですから。だから、柳井さんのように商売を起こしてコツコツと成果を上げてきた人は純粋に尊敬しています。

その柳井さんからはビジネスの原理原則を習いました。結局は顧客をしっかり見つめるしかないという点と、結束が固いチームがビジネスにおいて一番強いということです。

田崎:「玉塚さんはいいよ。僕は玉塚さんのようになれるの?」という次代のビジネスリーダーもいると思いますが。

玉塚氏:私は単に一つのケースに過ぎませんから、それだけを見て云々する話じゃない。私の場合は当たり前のことをやってきただけなので、誰でもできると思います。

田崎:終わりに、グロービスで経営を学んだ人は、リヴァンプのように再生支援を手がける企業に行くべきか、それともリヴァンプの支援対象となる企業に入って活躍すべきか。アドバイスをいただければと思います。

玉塚氏:正直なところ、リヴァンプの仕事は難易度が高いです。人間力が足りないために(支援先の)現場に嫌われてしまったら、その時点で仕事が停止してしまいます。特に再生案件は現場の社員の感受性が高まっているので、(外部の人が入っていくことの)難易度はさらに高まる。私どもの仕事は偉くなってしまったら終わり。だから「主役はリヴァンプでなく現場の社員」、「ベテランに敬意を表す」、「事実ベースで問題点を解決する」、「誰の傘下にも入らず自由かつ機動的」。こうした理念を共有できる人と一緒に仕事したいと思います。

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