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糸井事務所に学ぶ、クリエイティブを維持して利益を出す工夫

投稿日:2015/09/03更新日:2021/12/09

愛されるロングセラーを生み出し続ける組織作り[3]

君島朋子氏(以下、敬称略):私は普段、グロービス経営大学院で人材マネジメントやクリティカルシンキングを教えているが、今日は科目と関係なく、尊敬する篠田さんにいろいろお聞きしてみたいことがある。篠田さんは私のマッキンゼー時代の先輩というか同僚というか同年代で、当時は一緒に遊んでいただいたりもしていた。ただ、今日こうしてお話を伺ってみると、「あ、篠田さんにもいろいろな時代があったんだな」と感じる。そこでここからは15~20分ほど私のほうからいくつか聞かせていただいたのち、会場の皆さまからの質問をお受けする時間にしたい。まず、糸井事務所に入られる前のキャリアを拝見すると、長銀からビジネススクールと国際関係の勉強を経てマッキンゼーに入り、そこから外資系にお勤めということで、超論理的キャリアに見える。その篠田さんが、糸井事務所の、なんというか、「天才とその組織が生み出す新しい価値」のようなところに共感されたというのが、不思議な転換のようにも感じる。篠田さんは糸井事務所のどういった部分に共感なさったのだろう。

篠田:そもそもの自己認識として、それほど論理的じゃないのかもしれないという感覚がある。どちらかというと直感型だったと思う。ただ、たまたま少し勉強が好きだったり得意だったりしたために、そういう職場に入ることができちゃったり、テストに受かっちゃったりした。だから論理的な部分はあとから表面的に付けただけなんだと思うし、本質として論理的なタイプなのかというと、自分でも少し疑問を持っている。とはいえ、ご指摘の通りで職業人生としては論理的な方面でキャリアを積んでいたわけだし、そうじゃない仕事の世界とはまったく縁がなかった。

ただ、子どもを持ったことは大きな転換点だったと思う。それまでの自分には…、大人は皆そうだけれども、日々の回し方や仕事の仕方があった。トラブルが起きないよう計画を立てて予見をして、物事がスムーズに運ぶような回し方をしていた。でも、子どもにはそれがまったく通用しない。子どもは自然そのもので、家のなかに台風が来たみたいなもの。そこで台風を攻めても仕方がないし、とにかく挙動も分からない。出掛けようかと思ったときに赤ちゃんがうんちをしてしまって、もう一度着替えたり。それで遅刻をするわ、夜は寝られずに寝不足になるわ…。これは世のお母さんたちが皆経験することだけれども、完全に受身で、起きたことに善処する形でしか子育ては回らない。今まで自分が大人になって回してきた方法と間逆の時間が、自分の生活の非常に大きなパートになった。そうした数年間が非常に大きかったと思う。

だから、元々の資質と、子どもが生まれたことで見えてきた生活に対するアプローチの変化があったのだと思う。そのうえで、外資系大企業でキャリアを積んでいくことに関して、「合わないな、困っちゃったな」という感覚があった。そこに、たまたまずっと好きで読んでいたほぼ日とのご縁ができたという感じだ。実際、糸井事務所に入ったときは自分に合うかどうか分からなかった。ただ、それまでも外資系の転職ぐるぐる人生だったから、「2年やってみてダメならまた転職しても失うものもないな」と。そういうキャリアのなかで少し毛色の変わった会社を経験して、たとえばデザイナーという人たちがどんな仕事をしているのかを見ていくのもいいかなという気持ちだった。それで入ってみたら、結果的には水が合っていたという感じだ。

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君島:大転換のように思えたけれども、篠田さん的には好きなところにいらした、と。

篠田:そう。好きなところだった。それに、子どもが二人になって、物理的にもいよいよ自分のやるべきこと、あるいはやりたいことが24時間で収まらなくなったというのもある。それが精神的には結構きつかったのだけれども、糸井事務所で働けるなら、少なくとも自分の働く時間と好きなことが一部で重なる。それで、やりたいことが24時間以内に収まる方向となるわけだ。それが大きなドライバだったし、そこはちょっとロジカルというか(笑)。あ、言われてみればやっぱりロジカルなのかな。ただ、まずは「あ、行きたい!」というのがあって、そのうえで理屈を付けていったので。

君島:糸井重里さんは篠田さんにどんなことを期待してリクルートなさったのだろう。

篠田:入社してから聞いたのだけれども、「会社の今後を考えるとCFOをやる人が必要だよね」ということで、私の前にも何人か会っていたそうだ。ただ、その方々とはちょっと相性が合わないかなという感じを糸井や他何人かが持っていたらしい。CFOというとまさにロジカルな立場だし、「予算、どうかな?」と言っても「“どうかな?”じゃないでしょ!」と怒るような人ばっかりだったと(笑)。それで糸井が…、ここの文脈だから誤解されないと思うけれども、「女性ならいいかも」と考えたそうだ。別に性別で区別するという意味ではなく、たぶん糸井がコミュニケーションを取りやすいタイプという意味で、象徴的に女性と考えたのだと思う。そういう議論が社内でなされているとき、たまたま、紹介してくださった方を通して私がぽろっとやって来たのだと思う。それで話をしてみたら、それまで会った人と比べると、話を聞いてくれる感じはある、と。

君島:「予算? …どうかな」と言っても頭ごなしに怒らない、と。

篠田:怒らない。とりあえず腹に収めて(笑)。「“どうかな?”って言われてもなあ」と。

君島:「女性が」というお話の背景には、ちゃんと生活がある人というか、「仕事人としてだけでなく生活人でもある人」という考え方があったのかなと思った。今、好きなことと自分の仕事が少し重なってきて、やりたいことが24時間で収まるような方向になるといったお話があった。これは私のマッキンゼー人生も同じだったけれども、外資系企業の人生というと仕事人の自分と生活者の自分を完全に切り分けられていて、しかも仕事人の私が100%。…150%ぐらいか。仕事が人生だった。でも、篠田さんの場合はそれがだんだん生活と融合されてきたのかなと感じる。今、生活人の篠田さんは仕事人の篠田さんに生きているというか、融合して生かされているとお考えだろうか。

篠田:結果的にそうなると思うし、子どもを産んで育てるという経験をする前の私だったら糸井事務所と合わなかったように感じる。で、「それは生活人のどの部分かな」と今考えていたけれども、たぶん計画やロジックやスペックで相手は動かないということが肌身に染みていたという部分が大きかったように思う。それと、事実と向き合う部分。いろいろ理屈を並べてみても、子どもが泣いてしまえばすべておしまい、みたいなところがある。だから目の前の現象をまず受容して、そこからどうするかという姿勢が身に付いたというか、そういうことが少し分かってきた。実際、糸井事務所に入ってみると、本当に不思議なことだらけだったけれども、儲かっていたのは事実だ。だから、まずはお客さんがついているというその事実と真摯に向き合っていった。それで、「なぜなのかな」という理解は自分がゆっくり勝手に考えればいいやという風に思えた。

それと、補足的には物理的な理由もあったと思う。転職したときは子どもが0歳と4歳だったので、精神的なキャパも時間もそれほど会社に投入できなかった。ただ、それが結果的には良かったんだと思う。焦らずに済んだ。自分の仕事能力を100%、すべて糸井事務所に向けてしまっていたら、「もっともっと早く!」とか「いいから予算!」みたいな感じになっていたと思う(会場笑)。でも、結果的に生活人として物理的な制約を抱えていたことが、いい出会い方をさせてくれたように思う。

君島:周囲のニーズや期待もあったと思うけれども、それ以前は「もっと成長を」「もっと変化を」と迫られていたものが、少し待てるようになったというか。自分としても組織としても、「待ったほうがいいな」というのが見えるようになったように思う。私も子どもが4人いる。そのなかで、「あ、人間ってこういうものなんだね」と気付いたことで、管理職としてもまともに仕事ができるようになった部分はあると感じている。「ダメじゃないの!」と怒らなくなったというか、「あ、この人にもこういう理由があるんだね」ということがやっと分かるようになったくちだ。そうした、たとえば親としての気持ちみたいなのは管理部門のトップというお仕事に生かされたとお考えだろうか。

篠田:生かされていると思う。君島さんのお話を聞いて、「そうそう!」と思ったんだけれども、たとえば産休中、赤ん坊に授乳しながらテレビを見ていたとき、ある殺人事件が報じられたときがあった。それをぼーっと見ながら、「この凶悪犯もこんなに可愛い赤ちゃんのときがあって、お母さんにおっぱいをもらっていたから大人になって」と。それで、結果、凶悪犯になったわけで(会場笑)。つまり、子ども時代にはそれなりに栄養やケア受けたから大人になったわけだ。

君島:あ、分かります。「もしかしたら自分の子どももこうなるかも」って。

篠田:いや、凶悪犯は嫌だけれど(笑)。ただ、会社でわけの分からないことを言う年上のおっさんに対しても、そんな気持ちで許容度が極めて高くなった。「この人にもこういう不思議な言動をしてしまう何かがあるに違いない。それとちゃんと向き合おうか」と。度量というのもあるけれども、むしろ共感や好奇心が生まれるようになった。自分の子どもだって、変わったおじさんぐらいにならなり得ると(笑)。

君島:それと、生活人としての篠田さんがいらしたことは、嘘をつかず、「ほんとうにいいと思うもの」を追求することにもかなり役立ったように感じる。

篠田:きっとそうだと思う。まあ、子どもがいない自分というのは仮想でしかないからうまく比べられないけれども、たとえば言葉で何か言っても、子どもは無意識に、親の態度や言動のほうに影響を受ける。そういうことを、子どもが育っているのを見て感じた。そうした実感がたしかにあって、糸井事務所に移ってきたときはそれが違和感なくつながったんだと思う。無意識に表れる態度とか、そういうものにこそ自分の本質が表れるんだという自覚が強くなったところでこういう職場に入ることができたのは、タイミングとしては良かったかもしれない。

君島:一方で、超論理的な大企業でのキャリアというのは、篠田さんのなかで今はどうのように生かされているとお考えだろう。

篠田:今? …生かされてはいる。糸井事務所がお付き合いする人々のなかには当然大企業があるし、私は管理部門として大企業のロジックがすごくよく分かる。先ほど通訳と申し上げたのは、彼らがどういうことで動いているのかということと、我々がやりたいことをうまくつなげないと、都合の押し付け合いになってしまうから。そこを十分理解しているというのはあると思う。

ただ、個人的には「嘘をつかない」という価値のなかで、これだけ仕事ができるということが身についてしまった。だから今は大企業のビジネスが、もう「ビジネスプレイ」というか(笑)、コスプレみたいだなと感じてしまうときがある。言ってしまえば「ごっこ」というか。そのお作法を学んで、その言葉づかいをして、その指定された文章を書けば事が回る。それは自分の人間性との折り合いという意味ではストレスがかかる大変な仕事だと思う反面、そのプレイを身に付けちゃえばラクになる。その点、糸井事務所は自分個人をはっきりと問われ続ける職場。だから決して万人向きではない。それなりの負荷というか、大変さがあって鍛えられる面というのはあると思う。

君島:では、そろそろ会場の皆さんからもご質問を受けたいと思う。

会場:クリエイティブなことを発信し続けるために何か工夫をしているのだろうか?

篠田:私自身がクリエイティブの仕事をしているわけではないので十分なお答えができるかどうか分からない。ただ、「面白くない」というのは、実は社内でもあまりはっきりと言わない。静かにスルーする。そのぶん、面白いものは絶賛する。同僚が何かいいネタを持ってこないかと、皆が待ち構えている。もう褒めたくて仕方がないという状態だ。実際、今言っていただいた通り、それほど簡単に面白いものが出てくるわけではないし、そこでけなしていると暗い雰囲気になるばっかりだから、それはしない。

それが前提になるけれども、面白いものを生む手前に、たぶん「面白いものに敏感になる」というのがある。で、そこで必要なのは、やっぱり「これ、面白い!」と言う素直さだと思う。社内では皆がいつも、「これ面白い」とか「これ好き」といった話をそれぞれにしている。また、本人は気が付いていないものについても、周囲の人たちが見ていて、「またパン食べてる。パン好きだよね~」なんて声をかけたりする。で、言われたほうが、「そうですかね?」と、だんだん自分がパン好きだということに気が付くとか。そんな風にして、皆が何を好きかということのやりとりが、無意識であっても常に交換されている。で、仕事を実践で重ねていくうち、単なる個人のパン好きに留まらず、それをクリエイティブに広げていくための訓練がなされる。結局、打席に立ってバット振っているうちにできる人はできるのだと思う。だから本当に運動と似ているように思う。

会場:組織の立て直しをしたとき、抵抗はなかったのだろうか?

篠田:皆に聞いたらまた違うのかもしれないけれど、私の感触としてはそれほど抵抗もなかったという感じだ。たぶん、特にはじめの1年は事前に抱いていたイメージとのギャップもあったと思う。「外資系のMBAの怖いCFOが来る」みたいなイメージを抱いていたら、意外と普通のおばさんが来たという。5時になると帰っちゃうし(会場笑)。それに、入った時点でも売上という点ではうまくいっていた。だから当初は糸井以外のメンバーにも、「CFOとして入ったってことは予算や売上目標をつくるんですか?」と聞かれたりしたけれども、「今はやんないです」と。というのも、正直、糸井事務所の規模であれば個別に話を聞いて何をやっているか見ていれば、まあ、とりあえずはじめの1~2年はマネージできるなと思ったので

そういったことも含めて、何が起きているかをよく見ていった。で、今まで皆が苦労していたことに関して、「こうするとラクになるでしょ?」と提案したものが、幸いなことに当初からいくつか噛み合った。そういうこともあって、大きな意味で受け入れられたように思う。それで、人によっては、私が何かしたことによって自分の仕事がやりやすくなったと思ってくださる方が何人か出てきたのかなと思う。

会場:なぜ「本当に欲しいもの」をいつも追い求めることができるのだろうか?

篠田:「糸井がフリーランスのコピーライターをやっている時代からそうだったから」というのが、直接的なお答えにはなると思う。都合に囚われて何かをやって、それで失敗したのでそこから脱却したという歴史自体、少なくともほぼ日にはない。で、実はそうした我々の考え方というのは、私も糸井事務所の仕事を通していろいろな方とお付き合いをしているなかで理解していったのだけれども、旧セゾングループのグループ会社さんで比較的共通しているようだ。だから、それを辿ると堤清二さんに発する価値観というか、姿勢のようだ。実際、今単体で残っている会社は旧セゾングループだとクレディセゾンさんと良品計画さんの2社になるけれども、この2社の方々とお話しするとそうした基本姿勢は共通していると感じる。

会場:営業担当はどのようにして売っているのだろうか?

篠田:事実上、いわゆる営業担当はいない。販路としては「ほぼ日手帳」をロフトで扱っていただいたり、書店で私たちの出版物を扱っていただいたりしているけれども、いわゆる営業活動はしていないに等しい。ではどうやって売っているかというと、基本的には自分たちのウェブ通販の場で売ることを前提に商品開発をしている。そのうえで、企画をしたチームがそのまま商品を紹介して販売ページをつくる。「考える」「つくる」「売る」を、3~4人のチームですべてやっている状態だ。

会場:糸井事務所ではどのような人材が評価されているのだろうか?

篠田:社員が60名程度の小さい組織なので、人事制度はそれほど精緻につくりこんだものでもない。また、クリエイティブの仕事でも管理部門でも、今は大きく言うと同じ物差しで見ている。で、ざっくりと、「チームメンバーとして十分やっているレベル」、「プロジェクトやチームを率いることのできるレベル」、そして「それを複数束ねたり、まったく新しい分野を開発できるレベル」と、大きく3段階に分けている。で、その段階を変えるかどうかは人事を司る役員の合議で決める。ただ、各段階で中核にいるあいだは、基本的には自動的に、少しずつお給料が上がる仕組みをとっている。というのも、必ずしもたくさん売れた商品をつくった人が偉いわけではないし、ページビューを稼ぐ記事を書いた人が偉いわけでもないから。数量では表れない、お客さんが喜んでいる感じとか、今後喜ぶことにつながるポテンシャルを産んでいるかといった点で、極めて質的な判断を含めて個々の活躍は評価される。だから基本的には数字は見ない。

たしかに、その人の仕事のクオリティというのはなかなか言葉にはしづらい。ただ、人事担当と糸井を含む役員全員で一人ひとりについて、「この人の今年の仕事ぶりはどうだったか」を話してみると、だいたい目線は揃う。それに役職やヒエラルキーがない会社だから、自然発生的に企画が生まれるし、その企画が面白ければほかの社員たちが「一緒にやらせて」と言って集まってくる。それで、「いつもあの人は呼ばれるよね」「あの人の企画には皆が参加したがるよね」というのが分かる。それで社内が自由市場のようになっているから、その様子も見て評価している。

君島:「社内に市場がある」という意味ではマッキンゼーとも似ているように思う。

篠田:実はそう。実は、糸井事務所の人事制度を考える際、マッキンゼーの人事制度をかなり参考にした。いわゆる営業成績やプロセスそのものよりも、知的生産の質で食べている会社という意味では、結構タイプが似ているのかなとも思う。

会場:糸井重里氏の後継者は育てているのだろうか?

篠田:「この人が次の後継者ですよ」といった明示的な決め方はしていない。ただ、チームとしては、今言っていただいたことを非常に大きな問題意識として持っている。社内でも、「糸井が引退したあと、我々はどうやっていくか」ということを明確な課題に掲げ、今はさまざまなことを考えたり手を打っている状況だ。で、今は会社がそこまで大きくないので、日々の仕事のなかではっきりとリーダーシップをとっている人が、現在はもう数人に限られる。その人たちは今も実務の中核を担っているし、やっぱり将来も糸井が引退したあとに会社を率いていくのだろうと思う。その辺に関しては、たぶん社内でもそれほど視線のズレはないと思っている。

会場:会社の人数とクリエイティビティに関係はあるのだろうか?

篠田:一言でお答えすると「分からない」という答えになってしまうけれども、糸井事務所に関しては、ざっくり、今の倍の人数ぐらいまでは現在の延長線上でマネージ可能だと思っている。もちろん課題はあるけれども、まあ、その予見と解決は可能だと思う。ただ、それ以上になるとちょっと分からない。で、そこに一つ付け加えるとすると、特にクリエイティブやイノベーションを価値の中核に置く会社というのは、人数的な規模では社会に与えるインパクトを直接図れないと思う。たとえば、世界的には朝日新聞より影響度や知名度が高いニューヨーク・タイムズでも、その売上規模は朝日新聞社の半分かそれ以下ぐらい。だから、決して世の中に与えられるインパクトや生産するものの質と企業の規模は、この分野ではそれほど相関しないように思う。

君島:ピクサーに関しては、どの辺がお手本になるとお感じなのだろうか。

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篠田:素晴らしいと思うところを喋り出すと止まらなくなるけれども、根本的に、「人とは何か」という洞察の深さがすごい。それを分かったうえで、彼らは「やっぱりクリエイティブというのはフラットであることがすごく大事だ」と言っている。なぜなら…、これは私見だけれども、フラットの反対はヒエラルキー(上下関係)で、それはどうしても思考停止を生むから。自分が下にいると、「上から言われたから」ということで、それ以上に「本当にいいのかな」と問わなくなってしまう。逆に、自分が上の強い立場で、「よく分からないけど赤い花がいいから」なんて言ってしまったとき、皆が面と向かって反論しないから、「ほんとうに赤が良かったのかな」と自問するきっかけを失ってしまう。

ピクサーはそれをよく分かったうえで、いかにして社内のさまざまな仕組みからヒエラルキーを排除して、自由な発想が生むかといったことを考えている。しかもその一方で、最終的には映画だから、監督が「このシーンはこの表現でいく」という風にジャッジする強権もバランスさせている。そうした絶妙な、運動体のような感じがすごい。

会場:個性的なリーダーのもとには女性CFOがいるのだろうか?

篠田:(笑)。まったくそういうことを考えたことがなかったので。…そうなんですか。ただ、アップルの経営陣は男ばかりだし、そうじゃない例もたくさんある。だから「女性だから」という一般論に関しては私も分からないけれど、今の日本の経営環境として女性をそういうポジションに登用するような判断をする会社が伸びているということのように思う。「女性がそこにいるから」ではなく、結果として女性という、ある種のマイノリティがそこで評価をされたり、活躍しても誰もぶつぶつ言わないという会社が伸びている、と。順序としてはそちらだと思う。

会場:顧客の意見をどのような判断基準で採り入れているのだろうか?

篠田:組織のキャパシティに限界があるから、そのなかで取捨選択をするということになる。で、「ほぼ日手帳」のデザインに関して言うと、2015年版は2014年版に比べてデザイン数をかなり減らした。それは意図的な判断があったからだ。数字を見てみると、デザインの種類を増やしたからといってお客さまが爆発的に増えたわけでもなかった。そこで、全体の社内マネジメントという観点から、「これまでは、むしろ選ぶ手間をかけ過ぎていたんじゃないの?」という仮説に立って今年は減らした。結局、そこは状況ごとに個別のジャッジを下すという形になる。あとは、やはり新商品はお客さまにも喜んでいただけるし、私たちにとっても常に新しいチャレンジになる。だから一定数は新商品の企画が常に動いているようにしたい。考えているのはその2点ぐらいだ。

会場:母親として大事にしていることは?

篠田:私も日々奮闘中で、「これを大事にしている」という風に表現できるような格好良いものはない、というのがリアルなお答えになる。で、直接的なお答えになるかどうか分からないけれども、まず、働くことは私自身の動機だ。それで実際、出産後は月齢が早いうちから子どもを預けて仕事に戻った。それで、「やっぱり私は仕事という形で社会に関わる人間なんだな」ということを再確認した。とにかく、私としては子どもに関わっている時間だけが子育てではないと思っている。今のように社会と関わって生きていることも、誇りを持って子どもに見せ続けられるようにしたい。

幸いなことに、今の職場はそうした自分の考え方を育ててくれたようなところがあるし、会社の風土としてもすごく子どもを喜んでくれる。たとえば、朝少し熱があったから保育園を休ませたのだけれども、「今はぜんぜん元気じゃん」なんていうとき、仕方がないから会社に連れていったりするときもある。すると、同僚も結構喜んでくれたりするし、それで子どものほうも、「ママ、次はいつ会社に行ける?」なんて、やたらと出社に意欲的な子どもになったりする(会場笑)。「私が会社にいくとみんな私に話しかけてくる。みんな私が好きなのかな」なんて言って。そんな風にして子どもが私の職場に対してポジティブになれば、先々、子どもが社会へ出て行く段階で、働くことに関して少なくとも一つはポジティブなイメージを持つと思う。そのための例を見せることができる環境というのは非常に恵まれていると思っている。…すみません、ポリシーというよりも「現状はこんなんです」というお話になってしまった。

君島:「子どもに関わっている時間だけが子育てじゃない」というのはすごくいい言葉だと思った。胸に刻みたい。では、そろそろ時間が迫ってきたので締めたいと思う。今日は本当にいろいろなお話聞かせていただき、誠にありがとうございました。

篠田:こちらこそ、貴重な機会をありがとうございました(会場拍手)。

※前回はこちら

※開催日:2015年5月29日

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