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「ほぼ日」糸井事務所の価値を生む仕組みとは?

投稿日:2015/09/02更新日:2021/12/09

愛されるロングセラーを生み出し続ける組織作り[2]

続いて、こうした事業のなかで私がどんな仕事をしていて、何が価値だと考えているかをお話ししたい。私が入った2008年10月時点で、糸井事務所の売上はもうじき20億に届く状況だったし、社員も40名強いた。価値を生む基本系はすでにできていたと言える。でなければ20億という売上は立たないし、40人に給料を払えないので。ただ、いろいろな場面でオペレーション的に、「これはないな」という感じのことがあった。

当時の糸井事務所は信号のない大きな交差点のような状態だ。車は縦横無尽に通っていて、行き交う車のあいだを縫って、人も渡ったりしている。ぶつかっている車はないけれども、左折するのも大変な状態だった。そういう環境で運転する人々は、我々よりはるかに高い運転技術を持っていると思う。だから秩序は一応ある。でも、その水準になるまで、個人には重い負担がかかるし、信号がないまま交通量が増えたら確実に事故が起きるし渋滞も生まれる。

そういう状態だったので、まずは制度・業務プロセスを整備していった。たとえば当時は人事制度もなかった。だから社内は和気藹々としているものの、たとえば同僚との報酬水準がなぜ違うのかというのが分からず、なんとなく気持ち悪いといったことがあったわけだ。で、「糸井さんに何か変なこと言ったから給料が上がらなかったのかな」なんて考えてしまう。あるいは、在庫管理の仕組みもなく、ある日突然、商品を預けている倉庫から、「『ほぼ日手帳』のカバーがありえないほどある」というFAXが来たりする(笑)。そこで、「え? 本当にあるの?」と社内で聞いても、「分かりません」と。「これ、ちょっと見てきたほうがいいんじゃない?」「え、行くんですか?」という感じだった。そうしたなかで、日常業務の判断をしながら制度や業務プロセスをつくっていった。

また、経営判断に必要な情報も整備していった。たとえばリアルタイムで今どれほどの注文が来ていて、どれほどの売上が立っているかというのは、一応見えるようにはなっていた。ただ、時系列でまったく見えない。そこで糸井がどうしていたか。たとえば「ほぼ日手帳」の発売日は9月1日。だから去年9月1日の売上情報を横に書いておいて、去年と今年で見比べながら一喜一憂したりしていた。でも、前年比だけでなくて4年ぶんぐらいを見ないとトレンドは分からない。だからその都度、「去年より少し減っているけれども一昨年と比べると2割増です。去年はたまたまこういう理由があって1日だけ多かったけれども」といった説明をしないといけなかった。

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あるいは、それまで伸びていた腹巻きの売上に少しブレーキのかかった時期があった。そのとき、担当チームは「お客さんのたんすが腹巻で一杯になったから売上が伸びなくなった」と分析していて、「そりゃないな」と(会場笑)。ウェブ通販のデータを調べると、1回しか買っていない人は数多くいる。それで「腹巻きを買ったことのある人の数と、毎日ほぼ日を訪れている人の数を比べるとこんなに違うじゃない」なんていう説明をしたりしていた。とにかく、それまで経営判断に必要な情報がない状態というものを経験したことがなかったので、「それがないのは大変なことなんだな」と思った。だから自分ができる範囲で少しずつやっていきながら、そのうち周囲を巻き込んで、皆がある程度データを見て判断できるようにしていった。

さらにそこから、何を見て一喜一憂すればいいかという成果指標を抽出していったりした。また、競合がいるにも関わらず高い利益率や成長率を保つことができているのはなぜかという説明が、それまでは誰もできていなかった。そこを解明しないと、今後何に対して人やお金を投入すればいいかという判断できない。また、競合が何かをしてきたとき、それが脅威なのか否かも分からない。その辺を解明したりもしていった。そのうえで、今は会社として社会から信頼を得られる体制をつくっているところだ。

そうしたことを手掛けはじめた頃はなかなか大変で、とにかく一筋縄ではいかない。予算がなかったから「つくりましょうか?」と糸井に言うと…、これはよく言われるのだけれど、「どうかな」と。「“どうかな”ってどうなのかな」って思うじゃないですか。また、当時は糸井事務所のケイパビリティをBtoCだけじゃなくBtoBにも使えたら事業が伸びると思った。経営者と糸井との対談は読者に大好評だし、対談相手の会社にも大変喜ばれる。それなら社内報をつくってフィーをいただき、同時にそれをうちのコンテンツにもすれば三方良しという感じがする。で、それを提案したら、「やりたくないんだよね」と。「仕事なんだから、やりたいとかやりたくないとか、そういうことでいいんですかね、社長」という感じだったし、社員にも当時はそういう風にしか説明していなかった。

とはいえ、押し切るわけにも行かず。となると、「そもそも予算はなんのためにあるのか」という説明が必要になる。予算制度が石器時代からあったわけじゃないので、「いつ、どんな経緯でなんのためにできたのか。それがある状態は何と似ていて、何と違うのか」等々。それを平易な言葉で嘘なく説明できないと糸井重里を納得させることはできない。それで私はすごく鍛えられた。で、それを少しまとめて提出してみたらポーター賞をいただけたという流れになる。受賞は2012年。これは、独自性ある事業戦略で継続的に高収益を挙げている会社に贈られる賞だ。ある意味、そこで初めて「糸井事務所の経営って結構面白いんじゃないの?」と、世の中に認めていただいた。

そのときに整理した事業モデルを説明したい。もちろん最終的には長期的な利益を生み続けることが事業としての成功になる。ただ、私たちのモデルは、ユニクロさんのように他社より安い価格で提供し続ける低コストのモデルと逆。お客さまが「払ってもいい」と思う価格を、高いままにしておくことを目指している。なぜ高いままでいいと思っているかというと、そこに信頼感があったり、好きだと思われているから。そのベースにあるのは、「人がなにをうれしいと感じるか」の追求と言える。それを実現させるため、コンテンツの形も自由だったり、読み物も商品もコンテンツと言っていたり、いろいろなお客さまが集まる仕組みがあったりする。また、「クリエイティブな3つの輪」と社内で言っているような、クリエイティブを生む仕組みもある。そして、その根幹にあるのはスポンサーがいないために他のウェブメディアと比較しても自由度があるという点だ。その結果、質の高いコンテンツが生まれ、それが信頼につながっている。

価値を生みだす「クリエイティビティの3つの輪」

ただ、ポーター賞を受賞はしたものの、なぜロングセラー商品をいくつも出すことができるのかという疑問には十分答えることができていない。そこがブラックボックスの状態だった。だから私にとって、ポーター賞受賞以降はそこを説明することが、事業モデルを言語化するなかでも中核の課題となっていった。そこで、今はまだ考えている途中ではあるけれども、そちらを皆さんにご紹介したい。

まず、価値とは何か。会場には商品・サービスの企画開発に携わっていらっしゃる方も多いと思うが、一般的には、どうしても最初から流通や予算の都合も考慮して企画をつくることが普通だと思う。ただ、消費者やユーザーに刺さらないといけないから安さを前面に出したり、「機能がこれだけ向上しました」というスペックを謳ったりする。あるいは、「至高の」「こだわりの」ということを、流通や予算といった都合の上に乗せる感じで企画していく。そして、たとえばターゲットとなるセグメントとして「30代の女性向け」といったイメージをつくり、商品の企画が詰まってからプロモーションを考える。で、当然ながらそれは商売だから売れてこそ価値があるのであって、「売れなければ意味がない」というのがよくある商品開発なのかなと思う。

その点、糸井事務所の考える価値というのはかなり違う。まずは「ほんとうに欲しいもの」。「それは当たり前だろ」と思うかもしれない。でも、都合をすべて排除して本当に人が欲しいものは何かを追及するのは、実は簡単じゃない。当然、欲しがられないものをつくっても在庫にしかならないから意味がない。だから、本当に欲しがられるものは何かということを中核課題に置く。そう考えてみると、「至高の」とか「こだわりの」というのは、本当に欲しいわけじゃない。至高のパンばかり毎日食べないじゃないですか。毎日のことを考えたら、「ふつうで一番良いものってなんだろう」という水準感もすごく大事になる。また、普遍性を大事にしていく。たとえば「室町時代の人でもこれを喜ぶだろうか」といった問いを自分たちに投げかけていく。「30歳代の日本人女性が」という問いとは間逆だ。そして、最終的には売れることで価値になるのだけれども、まずは喜ばれることをすごく大事にしている。

こうした考え方のベースにあるのは何か。一般的な考え方は…、これは特にマーケティング分野になると思うけれども、「商品企画者である自分とは別の遠い存在である他者に向けて、いかに打率を上げるか」というもの。それに対して糸井事務所の考え方は、まず自分を基点にして、そこから普遍を目指す。両者は間逆だと思う。一般的なマーケティングでは「こうすれば買うだろう」という、ちょっと大衆操作的なメンタリティが混じると思うけれども、そうじゃない。本当に生活者をリスペクトする。

二つほど事例をご紹介する。まず、普遍性の例として「ベア1号」という土鍋のお話をしたい。これは伊賀の土でつくった土鍋で、土鍋でありながらステーキも焼ける。また、機能的な特徴や「伊賀の土は云々」といったうんちくもたくさんある。けれども、一番大事なのは、「人は太古より火を囲み、家族や仲間といった親しい人たちと暖かいものを食べて暖を取ってきた。それは本源的な喜びであって、それを現代の日本の暮らしのなかで最もよく再現するのが土鍋である」と。そこまで深堀りする。

もう一つ、「ほぼ日のティーテーブル(三脚をつかいます)」という最近の商品がある。「(三脚をつかいます)」までが商品名。その時点で面白いじゃないですか。「なんだそれは?」と。はじめから三脚を考えていたわけじゃない。テーブルをつくりたかったんだけれども、脚の部分のデザインが上手くいかず、それを三脚にしたらうまくいっちゃった。やってみたらすごく面白かった、と。商品を企画している段階で皆が面白がっているし、その話をしたくなる。「三脚をテーブルの脚に使うのって、どうよ?」と言われることも、はじめから企画の一部になっているというわけだ。これが、どのように喜んでもらうかを考える部分であって、後付けのPRじゃない。

で、そうした価値を生むプロセスを社内で模式化したのが、「クリエイティビティの3つの輪」と私たちが呼んでいるものだ。そこには「動機」「実行」「集合」という三つの輪があり、それを社会が囲む形になっている。ここで言う「動機」は、お客さんにどんな形で喜んでもらいたいか。それを、自分の日常を基点にして普遍性があるところまで深堀りする。で、2番の「実行」は実際につくる過程で、これは一般的な会社にもある。そして3番目の「集合」はお客さんと出会い、一緒に喜んでもらうところ。使ってくれるお客さんだけでなく、「そのティーテーブル、何なの?(笑)」と、笑ってくれる方を含めた「集合」になる。自分たちもそこに混じって「面白いでしょ?」と、笑っているぐらいのイメージだ。大事なのは、その3つがそれぞれ社会に対して開いているところ。「自分は黄色い花がいい。とにかく黄色が売れるんだ」といった、ひとりよがりな動機じゃない。

ちなみに、「動機を深堀りする」「自分を基点にする」という考え方は、別に糸井事務所の専売特許じゃない。セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長は、それを「川モデルと井戸モデル」というもので説明していらっしゃる。「自分と顧客は地下水脈でつながっている」と。私たちとまったく同じことをおっしゃっていると思う。そう考えると、私たちの考え方は一見すると変わっているように思えるかもしれないけれど、BtoCの仕事という意味ではかなり普遍的なアプローチなのかなとも感じる。

それと、「集合」に関して糸井が社内で「こういう考え方をしたら役に立つよ」と言っているものもご紹介したい。「よろこんでもらう」を確かめるモノサシ、というものだ。それで、どういう人に喜んでもらうといいのかを企画の段階から考える。そこには4つの面がある。「自分と仲間」、「取引先と関係者」、「お客様とその周辺」、そして「社会と歴史」だ。つまり、お客さまじゃない人も含めて社会に面白がってもらう。ひいては歴史を振り返ったとき、たとえば「あれがあったことで、手帳の新しい使われ方が生まれたよね」となるようなアプローチを目指している。

クリエイティブであるために―糸井事務所が大切にする姿勢とは?

というわけで、ここまでは方法論的なお話をしたけれども、ここからは社内の質的なお話もしたい。まず、糸井事務所が大切にする姿勢について。まずは今お話ししたような動機だ。そこで大事なのは、自分の感覚を常に第三者の視点から観察するような訓練をすること。で、二つ目は「それって、なあに?」「だったらさ、…」といった問いかけ。それを通して原理原則まで遡る。土鍋であれば、「人は暖かいところで仲間と一緒にいるのが嬉しいものなんじゃないか?」と。そこまで行って、演繹的にそのコンセプトから具体を考える。そして、3つ目が「うそ」をつかないこと。意図的な嘘をつかないのはもちろん、自分が本当に感じていることや考えていることを大切にする。これは簡単じゃない。知らず知らずについてしまう嘘が誰しもある。あるいはプロの常識やうんちくに捉われてしまう。それで、本当ならお客さんはそんなことどうでもいいと思っているのに、「この技術が大事なんだ」と勘違いしてしまう。それを暴く質問として、「ほんとうにそう思ってる?」「それ、ほんとうに面白いの?」という問いかけがある。

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私たちは、そうした自問自答を繰り返していく。かつ、自問自答を繰り返すと閉じてしまいがちだけれども、その逆で、開いていく。世の中に対して、同僚に対して、お客さまに対して開いていく。その両方をやっていく。しかも、いろいろと指摘されても機嫌よく、さらには面白がること。そういう姿勢を大切にしている。

で、それを一人でやるのは大変なので組織でやっていくのだけれども、そのプロセスと組織にもいくつかの特徴がある。まず、自己裁量をすごく大事にする。一つの商品に関して、基本的には3~4人のチームですべて、先ほどお示しした3つの輪が完結するようにしている状態だ。商品を企画して、生産準備をして、販売ページをつくって販売して、お客さまのお問い合わせに答える。ここまですべて自分たちができるとなると裁量の幅も大きくなるし、結果としてそれが動機にもつながる。また、動機を保つ工夫として雑談が非常に多く、企画が自然発生するような環境がある。許可がなければ企画を進めることができないとなると動機を殺してしまうので。だから、会社のなかで今どんな企画が進行しているかという全体像を把握している人はいないと思う。勝手にやっているから分からない。

ただ、それだけだとばらばらになってしまう。そこで品質や規律を保つ工夫として、毎週水曜、糸井が社員全員にそのとき考えていることを話す「水曜ミーティング」というものがある。これは、糸井が「社長として一番大変な仕事だ」とよく言っている。ただ、それでも「1週間で社長としてどれだけ成長したかを社員に見せ続ける」ということを自分に課していて、もう17年間続いている。異常と言えば異常だ。ただ、そのおかげで全体の目線というか、ある種の基本姿勢がインストールされている。そこを押さえているから、その先は自由裁量でも、結果的に皆さんがご覧になっているほぼ日のトーンは一致しているのだと思う。

あと、うちの組織図もご紹介したい。内蔵の形をしている。ヒエラルキーではなく有機的につながる有機体として考えていて、ある種、大きな生命体のようなイメージだ。また、席は4ヶ月に一度、すべてくじ引きで替えていく。たとえば私と一緒に仕事をしている管理部門も、くじ引きで場所はばらばら。経理や人事の仕事をしている皆の隣は、デザイナーだったり商品開発の人だったり物流の人だったりする。それでオフィスの様子はというと、意外に真面目に仕事をしているけれども、何かあるとすぐに人がわっと集まってきたり、誰か寝ていたり(会場笑)、給食があったりする。

あと、行動規範として「ひらく」というお話をしたけれども、全員、何かとCCで共有している。「手帳本の撮影でスタジオに行ってきます」という行動予定、「お取り組み先と議論してたらこんな情報もらいました」という情報共有、あるいは議事録等々、すべて全社員宛てで回ってくる。だから誰がいつ何をしているか、だいたい見えてくる。また、そこで嘘をつかない。「すいません! 完全に寝ちゃっていました」「昨晩、嫁が切った息子の髪型が大変残念なことなったので朝一で床屋に連れて行ってから出社します」なんていうのも(会場笑)、CCでくる。ちょっと極端なほどオープンにしている。おかげさまで私もこんな風にネタを拾って皆さんに見ていただけるのだけれども、こんな風にしてその方の資質や生活が見える環境で、互いの動機も分かってくる。

で、こういう組織をずっと見てきて、「あ、こういう風に動いているんだな」と私なりに整理するなかで今考えていることがある。それは、クリエイティブというものは個人の天才がやる仕事だという風に誤解され過ぎだということ。でも、実は組織でやる仕事なんじゃないかと私は思っている。基本は一人の動機からはじまる。「この内容この品質でお客さまに出そう」という、その最終的なジャッジは一人でないとダメ。皆で話し合えばいい企画ができるかというと、そんなことはない。また、クリエイティブというのは身体知というのが大きい領域だと思う。運動と同じだ。だから教えることはできるけれども文章で書かれたものを読んでもうまくなるわけじゃない。自転車の乗り方を本で読むだけでは絶対乗れるようにはならないのと同じだ。

そのうえで、クリエイティブが何によって組織として機能するかというと、先ほどお話しした環境だと思う。最終的な自分の動機を見つけていくまでの自問自答を助ける環境。一人できちんとやっているクリエイターの人々は、糸井に限らず、そうした自問自答のクオリティがめちゃくちゃ高い。自分のなかに他者が10人ほどいて、たとえば「お客さんから見たらどうか」といった、大変精度の高いシミュレーションを自分のなかで行っている。一般の私たちはそれができないけれども、今お話ししたような態度や行動規範を身に付けていると、チームがその役をやってくれる。「それ、お客さんとしては、正直、いまいちかな」っていう顔をした同僚がいれば、その様子を素直に受け止め、「あ、これじゃダメだな」と、もう1回考えるということできるようになる。それが組織でやっていくことの大きな意味なのかなと思う。

こうした組織は営業組織の成り立ちとも似ているのかもしれない。身体知という点でも似ている。グロービスさんのようなビジネススクールでも営業科目はないですよね? ビジネススクールで営業は教えられない。ただ、皆さんが所属している会社のほとんどに営業組織があると思う。つまり、会社には社内や業界で有名な天才的営業マンまたは営業ウーマンがいたりする一方、「どう考えても営業は無理だろう」という人たちもいる。でも、その中間、つまり営業組織に所属して先輩の背中を追いながら、そして営業研修を受けながら、やがて一人前の営業になる人も数多くいる。

この点はクリエイティブも同じだと思う。ところが今の日本では、いわゆる天才営業マン的な、個人の名前で仕事をしているクリエイターしか見ていない。でも本当はそのあいだの層ができる筈だ。まだ方法論はできていないけれども、それができると糸井の引退後も、私たちがお客さまに喜んでいただけるような価値を生み続けられるのではないかと思う。今はその解明が私のテーマになっている。それを最高にうまくやっているのがピクサー・アニメーション・スタジオ(以下、ピクサー)だ。彼らは『ピクサー流 創造するちから―小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法』(ダイヤモンド社)という書籍の原題にある通り、まさに‘Creativity, Inc. ’だ。そういう会社が世の中に存在はするわけで、私たちも無理ではないのかもしれないと思っている。

最後に、今日ご紹介したことのまとめのようなお話をしたい。会社の「価値観」とまで言えるかどうか分からないので、ここでは「メンタルモデル」と表現した。つまり、何を「真」「善」「美」とするか。最終的にはそこに会社の特徴が表れると思う。今日申し上げたことをすべて同様にやっている会社があったとしても、そのメンタルモデルが違うと、そこから立ち表れるサービスや商品やお客さまとの関係づくりが大きく違ってくるのではないか。そこで私が考える糸井事務所の「真」「善」「美」を申し上げると、その根幹には「ふつうの生活者を信頼し、リスクペクトする」という態度がある。また、「フラットな関係を志向する」というのもある。で、さらに内発的動機と、そしてポジティブな意味で皆が見てくれているということが人をドライブするという考え方がある。

そうしたメンタルモデルは、いわゆる大衆操作的マーケティングと異なるものだ。「安くすれば人は買うんだ」といった、安易な見切り方とは違う。また、「お客さまは神様です」と言ってみたり、逆に「お客さんはバカだからこの技術が分かんないんだよ」みたいなことを内輪で言っちゃったりするのは、どちらも上下関係を持ち込んでいるということだ。私たちはそうじゃない。あと、「人は放っておくとずるけてしまうからルールや監視が必要。信賞必罰でないと人は動かない」という考え方ともまったく逆だ。

クリエイティブで価値を生み収益を得ている組織というものを、私自身は糸井事務所しか知らない。でも、私がこれまで見てきた範囲では、特にフラットな思考や「見られていることを力にする」ということは、クリエイティブやイノベーションをテーマにしたとき、会社の価値観として非常に大事ではないかなと思う。それがないと発想が広がらなかったり、新しい発想をうまく力にできないのではないかと、個人的に感じる。ご参考までに糸井が書いたこともご紹介しておきたい。

「ほぼ日」がどうしていくかについては、いつも同じです。
「人(=じぶん)がうれしいことって、どういうことか」
とにかくこればっかりを、しつこく考えることです。
逆の言い方でもいいんですよ、
「じぶん(=人)がうれしいことって、どういうことか」
たぶん、これがぼくらの最大で、唯一の仕事ですから。
―『今日のダーリン』より―

このように、深い井戸を掘っていくと自分と他者がどこかでつながっているのだと考えて、その普遍性を求めていくことが基本だ。また、フラットな思考や「見られていること」というのは、『インターネット的』(PHP新書)という、糸井が12年ほど前に書いた本のなかに書いていたことと呼応している。インターネットが生まれたこの時代に、インターネット的な価値観が世の中全体に広まっているのではないか、と。その価値観とは「フラット」「リンク」「シェア」。これは、上限関係や分断、そして独占とは間逆の考え方になる。これが糸井事務所運営のベースにあると思う。

それと、私たちは今、会社の人格として「やさしく」「つよく」「おもしろく」ありたいということも言っている。まず、優しさのベースには普通の人に対する共感やリスペクトがある。ただ、優しいだけだとまったく使えないから、強さもないといけない。それは、恐らく最終的には収益力や組織力といったものになるのだと思う。で、優しくて強いだけだとこれも魅力がない。ただの真面目な人。だから「おもしろく」。「ほぼ日のティーテーブル(三脚をつかいます)」みたいなものをつくって面白がる会社でありたい。

そのなかで、私が現在も今後も自分のミッションとして考えているのは、ほぼ日というサービスでなく、糸井事務所という会社を応援する人や顧客を創造することだ。その意味で、やっぱり仕組みがないと信頼されるオペレーションにならないから、そういったことも含めて守備を固めていきたい。また、会社として世の中に認知されるよう伝え続けるということもやっていく。今日のような機会もその一つだ。で、さらには糸井事務所と世の中とのあいだで、いわば通訳もしていく。それで、最終的には「面白い会社だね」「いい会社だね」「応援したいな」と考えてくれるような、新しい顧客をつくっていきたい。そういうことを今後もやっていこうと思う。ありがとうございました(会場拍手)。

愛されるロングセラーを生み出し続ける組織作り[3]

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※開催日:2015年5月29日

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