マグロ養殖、電気自動車、ミドリムシ。地域発イノベーションが起きるまで 

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地域発のイノベーションが世界を変える[1]

4301 1 柳川範之氏

柳川範之氏(以下、敬称略):本セッションのタイトルは「地域発のイノベーションが世界を変える」。昨日から企業の皆さまによるお話を伺って勉強になることが多いのだけれど、本セッションも素晴らしいパネリストにご登壇いただいた。事前の打ち合わせでも4人で大変盛り上がった。今日は面白いお話がたくさん出てくると思う。

昨日今日といくつかのセッションを聞いて感じたのは、やはり地域に根差した個性を持つ会社は、その個性を捨てずに世界へ出ていると感じた。海外へ打って出るときも、むしろその個性や社内文化を持っていくほうが成功するというのは、大変重要なメッセージだと思う。そうした視点に加え、本セッションでは今まさに伸びてきているところの苦労や面白さを聞いてみたい。事前の打ち合わせでは、「それほど大きくなる必要はないんじゃないの? お金も大事だけど、それだけのためにやっているわけじゃなし、自分たちの技術が世界で使われたらそれでいい」といったお話があった。そうした感覚を持つ、どちらかというと若い世代のお話を期待して欲しい。まずはそれぞれ、「こんな事業をしています」といったお話を自己紹介がてら順番にお願いしたい。

4301 2 出雲充氏

出雲充氏(以下、敬称略):今回は地域会議ということで参加させていただいたけれども、やっぱり「関西は恐ろしいところだな」と(会場笑)。京都は一見さんお断りで、そして「大阪から東京に本社を移してはならん」と言う。なぜ、石垣島でミドリムシをつくっている私がこういう“関西総決起集会”に呼ばれたのかと思う。今日も他のセッションを聞かせていただいたが、関西の方はすごくにこやかにお話をされていても、東京の人間からすると、なにかこう、怖い(会場笑)。青木(豊彦氏:株式会社アオキ取締役会長)会長に、「お前、ミドリムシの作り方を教えろ」と言われたら教えてしまうんじゃないかというほど迫力がある。私、もう関西はこれで最後にしようかと思う(会場笑)。従って、最後にミドリムシのことだけは正確に理解していただきたい。

ミドリムシのことをイモムシやアオムシのような虫だと思ったまま皆さまの人生が終わってしまっては申し訳ない。ミドリムシというのは昆布やクロレラのような海草の一種で、0.1mmと非常に小さい。それを私は石垣島でたくさん育て、食べ物にしたりしている。今後は薬にしたり、バイオ燃料にしてバスを動かしたり飛行機を飛ばしたりして火力発電所のCO2を削減したりもしていく。

昨日は吉本の水谷(暢宏氏:吉本興業株式会社取締役)さんが登壇していらしたが、私どもの会社も吉本と一緒だ。芸達者なミドリムシを捕まえ、「ワンミドリムシ・マルチユース」とする。「お前はビタミンCやれ」「お前はアミノ酸やれ」という風に商売をさせている。私、普段東京では「ビジネスをしている」と言うのだけれど、ここ関西で「商売」という言葉を覚えた(会場笑)。とにかくミドリムシを育て、ワンミドリムシ・マルチユースで各種ビジネスに今後も取り組んでいくベンチャー企業になる(会場拍手)。

4301 3 小間裕康氏

小間裕康氏(以下、敬称略):我々は京都の企業になる。京都の部品メーカー様にお力を借りて、なんとか車をつくってきた。「地方発ベンチャー」というタイトルは京都の方に怒られるので、「都(みやこ)発ベンチャー」とさせていただきたい(会場笑)。京都は本当にすごい街だと思う。私自身は神戸出身で、京都は本当に一見さんお断りの怖い街だと思っていた。でも、入ってみるとあたたかくサポーティブで、「三つの京都」に助けられている。

まず、京都は学生の街。我々の会社立ち上げも、実は学生さんだけのサークルみたいなところから始まっている。で、30名ほどの学生さんでわいわいがやがや、「ああでもない、こうでもない」とやっていた。私自身、実はエンジニアではない。ビジネスモデルの視点で、「これからは電気自動車がトレンドになるんじゃないか? 大手と違うつくり方で電気自動車をつくれるんじゃないか?」と考えて会社を立ち上げた。

会社設立翌年に30名ほどの学生さんは皆卒業してしまったけれど(会場笑)、当時は本当に面白い人間が集まったなと思う。卒業したその学生さんたちは皆普通に就職するかと思っていたら、そのうち10名は起業した。それで今は結構有名な起業家になっていたり、サイバーエージェントで最年少グループ社長になったり、ミクシィやグリーから出資を受けて海外へ挑戦したりしている。「結構ポテンシャル高い人たちと一緒にできていたんだな」と思う。で、その彼らが出て行く少し前、会社がかなり形になってきたとき、「ビジネスモデルが面白い」ということで、トヨタさんやダイハツさんからエンジニアが飛び込んできてくれた。「大手にはない発想がたくさんある。それを自分でぜんぶやりたい」というような、結構変わった人たちが集まって動き始めていった。

そこでもう一つ、テクノロジーの京都が出てくる。京都の企業に「部品を提供してください」というお話を僕らがしてもだいたい断られてしまう。でも、優秀なエンジニアが行って「ここまでできそうです」という話をすると、向こうのご担当も聞いてくれる。それで、「まず共同開発からやってみよう」となり、京都の部品メーカー担当者さんが次々集まってくださった。それで共同開発のコンソーシアムができて試作が生まれた。

それでモノができてくると、今度は、「とはいえ、ベンチャーに部品を出して火でも吹かれたら困るよね」ということで、安全基準を満たすということを始めた。それで部品メーカーの方々もぶ厚い本を持ってきて、「ここにある項目、ぜんぶテストできる?」と言う。それを預かって…、とんでもないボリュームだったけれども、我々のエンジニアがその一つひとつを、「こなせるのならこなしてみよう」ということでやっていった。それで、結局はすべてこなすことができたという流れになる。

すると、「それなら提供してもいいよ」という話になった。ここまで来ると身内だ。京都企業さんの部品を使って商品ができてくる。しかもそこで、本来は三菱さんや日産さんに提供していた部品を我々向けに少しカスタマイズしてくださったりするようになった。出力も変えて、「スポーツカーなんだからこれぐらいの性能じゃダメでしょ」と、向こうから提案をしてくださって、独自の設計までしてくださる。さらにそのテストまで向こうの費用でやってくださって、今はなんとか車ができたところだ。

我々が採用している車は、スポーツカーだ。皆さんはご存知だろうか。京都はスポーツカー発祥の地でもある。我々はこの京都で「トミーカイラZZ」という車を継承した。オリジナルはガソリン車で、かつて200台だけ発売されたスポーツカーだ。我々はその半分は売れるだろうと考えて、限定100台でこの車を発売している。それで、今は結構予約が来ている。京都にはほかにも童夢さんやコジマエンジニアリングさんといった自動車会社があるけれど、スポーツカーなんていう儲からないものにお金がどんどん入ってくるのはなぜか。たぶん花町の文化というか、芸子さんにお金を使うような文化があったからじゃないかと思う。とにかく、少しおばかなプロジェクトではあるけれども車づくりは結構真面目にやっていて、この8月から納車していく。

それと、実は今、そうしてつくった車の車体部分だけが欲しいという話も、海外事業者さんから結構来ている。日本では部品メーカーが車をつくるなんてあり得ないと言われるけれど、海外では新しい事業への進出ということで、車をつくろうとする企業が結構多い。それで、「シャーシのありものがあるならそれを買って、まったく違うデザインにしよう」と。それで、我々もシャーシを他社へ売るビジネスを展開している。

それでやっとビジネスモデルが成り立ってきたかなというところだ。我々の車自体は100台しか売らないから結構高い。1台800万円するけれども、それでも売上は8億前後にしかならない。だから車以外にシャーシも売っていく。現在は、海外の名だたる、かなりの規模の会社さんや政府から、我々のシャーシが欲しいという依頼が複数来ている。そうした方々はサンプル出荷用で考えているようだ。1000台未満ならテストマーケティングもできるということで、我々のシャーシを使って自動車メーカーになろうとしている。これはアマゾンのロングテールに近い。利益率が高くてボリュームが出ない層というのは、我々一社なら1ラインしか立てられない。でも、このシャーシを使って数ラインつくることで、我々のビジネスが成り立つんじゃないかと思っている。

私は、この仕事をやる前に人材派遣サービスのベンチャーを立ち上げていたけれども、私の考え方は常に、「場をつくるのが社長の仕事」というものだった。そこにどんどんヒトやモノを集め、それで良いモノができたらそれを企業に紹介していた。同じように、今後は京都という場所で京都の部品メーカーの知を結集させたものをマッチングしていく。それを次のビジネスで大きく展開していきたい。(会場拍手)

4301 4 澤田好史氏

澤田好史氏(以下、敬称略):皆さん、養殖という言葉はご存知だし養殖魚も召し上がっておられると思うが、養殖の現場を見た方は少ないと思う。会場にはどれほどいらっしゃるだろう(わずかに挙手)。…やはり少ない。なので、そこから少し説明させていただきたい。私がやると大学の授業風になってしまうけれども(笑)。養殖は英語で‘aquaculture’と呼ばれる。‘aqua’は水で‘culture’は耕す。水を耕すのが養殖ということだ。農業は‘agriculture’で、土を耕す。だから、水と土の違いはあるけれど、本質的には農業ということになる。

現在、世界の漁業と養殖の生産量は伸び続けている。ただ、その内訳を見てみると漁業はもう頭打ちの状態だ。伸びているのは養殖。世界の趨勢としては養殖が産業としてすごく成長してきている。ところが、日本では養殖も漁業も落ち込んでいる。そういう環境でビジネスを展開していかなければいけない。

私たちは大学のなかの研究所であり、事業体になる。我々がこの事業を始めたのは1948年。今は大学発ベンチャーという言葉があるけれども当時はそういう概念がまったくなかった。だから当時は「大学がなぜ金儲けをするのか。やめるべきだ」と言われていた。今は大学発ベンチャーをどんどん興しましょうという話になっているが、当時は違っていた。でも、私たちは「自分たちで稼がないと自分たちの夢は達成できない」ということでやってきた。今もそう考えている。

で、我々が今どんな組織でやっているかというと、一つは大学として研究や教育を行う組織で、もう一つは実際に魚や餌を生産する組織だ。また、販売・マーケティングの会社もある。その三つで一つのグループになっていて、情報を共有しながら技術開発を行っている。特色は、普通の大学は絶対にない事業体を持っていること。また、大事なポイントとして、その三つの組織で重なる部分があるということだ。たとえば、私は教員だけれども、かつては居酒屋さんに飛び込んで「うちの魚を使ってください」なんていう営業もしていたことがある。普通、大学の先生方はそこまではやらない。「なんでそんなことをやらなきゃいけないんだ?」となる。でも、私たちは自分たちの技術でつくった製品のフィードバックを得るためにも、売る仕事は絶対に必要だと思っている。応用科学とはそういうものだ。

また、やっぱり収入を得なければ自分たちがやりたいこともできない。だから生産スタッフにも教育研究や販売に関わってもらうし、販売スタッフにも教育研究や生産に関わってもらう。これが一番大事だということが最近分かった。これはむしろ皆さまにぜひ聞きたい。大きな企業ではそのような部分をどのようにマネジメントしているのだろう。まったく別の部門に分けてしまうと情報共有がなかなかできない。入社時の研修でいくつかの部署を周るというだけでは、少なくとも我々がやっているような分野では不十分だ。とにかく、そうした重なる部分が私たちの肝かなという気がする。

で、ここからマグロの話になる(笑)。たとえば体重150kgで1m80cmの非常に大きな魚が直径わずか1mmの卵から育つ。一番大きいもので403kgになった。大変ダイナミックな変化をする。我々はいろいろな魚を卵から育ててきたが、養殖といっても野性の魚を獲ってきて育てるわけじゃない。つくりたい時期に、つくりたい量を、つくりたい魚種で、卵から育てるというやり方を常にしてきた。その点は一貫している。

で、その技術に関して言うと、この分野では三つに分かれる。まずは卵から魚を育てる技術。マグロを卵から育てるなんていう発想は、それまではまったくなかった。だから、これが一つのイノベーションだったと思う。で、それを支えるテクノロジーがある。これは育て方や餌のつくり方といったものだ。そしてもう一つは、それを実行する人間のノウハウやスキル。これも絶対に必要だ。これは人について回るものだけれども、その部分をいかに教育するかということも重要になる。

それで、私たちの現在の立ち位置はどうかというと、まず、第一次イノベーションは1954年に始まった。それまで海での養殖は世界のどこにもなかった。それを可能にしたのは生簀だ。生簀の網で育てる。今は当たり前のことだけれども、当時はそれがなかった。それで世界が変わったと思う。これは私がやったことでなく当時の所長の功績になるけれども。で、その次は1979年。マグロを卵から育てようと考えた。当時、周りの人々は「そんなことできない。馬鹿じゃないのか」といった反応だった。でも2002年にはそれがきちんと育ち、卵を産んだ。自分たちで一生のサイクルをできるようになった。従って、私たちはベンチャーではあるけれども歴史は長い。また、そのなかでイノベーションというものを3回ほど起こしている。

そして今は4代目のマグロが誕生した状況だ。これが次のイノベーションにつながると思っている。では、そのイノベーションをどうやって起こすのか。これはまたあとでお話しすることになると思う。あと、私たちのメインビジネスは、実は成魚を売ることではない。食べられる魚を売ることでなく、種苗の販売がメインのビジネスになる。なぜかというのは長くなるので止める。

それと、もう一つのイノベーションをご紹介したい。皆さんご存知だと思うが、私たちは大阪の梅田と東京の銀座に養殖魚専門レストランを開店した。近大の魚だけを出すレストランだ。これは私たちのボスである世耕弘成現官房副長官の発想になる。私たちも以前からそういうことやりたいという気持ちはあった。フィードバックがなければ自分たちがつくっているものが良いのかどうかまったく分からないので。それで、なかなかハードルは高かったのだけれども、当時理事長だった世耕先生に「やれ」ということで尻を叩かれ、今はこうしてレストランを開店している。すべり出しとしては、まあ、順調かなと思う。ただ、レストランは10~20年続いて初めて本物というか…、京都の老舗なんてもっと続いているわけだし、大事なのはこれからだと思う。

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それからもう一つ重要なのは、この技術をどのように海外展開していくか。現在は、たとえばパナマ水産資源庁やマグロの国際資源委員会と一緒に養殖の研究をしている。また、日本人はこれほどマグロを食べているわけで、マグロという資源について責任がある。それで…、本来は国がやらなければいけないと思うが、今はいろいろと実験が行える私たちが資源の研究をやっていこうということになっている。

近代の水産研究所には、学生もいれば、研究に来る人もいれば、生産スタッフも事務スタッフもいる。皆、一緒にやっている。先ほどご説明した通り、重なっている部分が一番大事。だから、学生もミーティングに出ているし、それは彼らにとっていい経験になっていると思う。実際に現場で何が起きていて、何が問題なのかというのが肌身で感じることができる。

※開催日:2014年10月18日~19日

→地域発のイノベーションが世界を変える[2]は6/19公開予定

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