ニッチなビジネスでもグローバルで戦える理由 

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グローバル・ニッチビジネスの戦略[1]

62fa9cf074052213cdbed21c83ce63e6 安渕聖司氏

安渕聖司氏(以下、敬称略):普段はパネリストとして喋ることが多いのだけれど、今日はモデレータとして御三方からユニークなお話を引き出していきたい。まずはテーマにあるグローバルニッチという部分で御三方の会社がどんなことをやっておられるのか、それぞれお話しいただいてから議論へ入ろう。また、もちろんQ&Aの時間は設けるが、どうしても質問をしたくなったら途中でも結構なので手を挙げていただきたい。皆で異種格闘技的にどんどん発言していただき、「関西の議論やで」という風にしていこう。まずは更家さん。本社は大阪で、会社は衛生や環境、それから健康の分野でいろいろ面白いことをやっておられる。

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更家悠介氏(以下、敬称略):「衛生・環境・健康」というとなんでもやっている感じだ。私の父が1952年に創業した会社になる。当時の日本では赤痢が流行っていて、そこで手洗いをしながら殺菌できる石けん液とそのディスペンサーを日本で初めてつくった。手洗いというのはどこでもやっていることだからニッチと言えばニッチだけれど、そうでないと言えばそうでない。で、今はたとえば食品衛生であれば手洗いからまな板や包丁を洗う製品に広がっているし、医療なら同様に医療器具の洗浄・消毒・滅菌を行う製品に広がっている。また、公衆衛生ということでトイレのアメニティもあるし、コンシューマ関連ではヤシの実などの自然派原料を使った洗剤も出している。

なにかこう、昔から地球というものが好きで、2003年頃からは「日本だけにおらんと、もっと世界に出よう」ということになった。「サッカーでワールドカップにも出とるんだし、うちも皆で行こう」と。「やってみなはれ」という大阪関西のノリだ。それで今は世界15カ国に拠点がある。製造拠点は海外で4箇所。日本を入れると6箇所になる。ある部分では気軽に各地域へ入れるが、そこから先はいろいろな戦いをしている。

手洗い関連ではアメリカとヨーロッパの企業が強い。たとえば韓国や中国では3Mが強い状態だ。アメリカではGojo、イギリスではDebという企業があり、ドイツとフランスにも中堅企業がある。勝負しているのはその辺で、そのなかに入っていくのはなかなかきつい。それで我々は2010年からアフリカで事業を展開している。2010年時点では単にCSRとして、乳幼児の死亡率が非常に高いウガンダでユニセフさんと一緒に事業をしていた。それで寄付をしたのだけれど、関西的に言うと「金だけ出しとってもなんか損した気分になる。会社でもつくれへんか」という話になった。

そうしたら、京都の方で宮本(和昌氏:SARAYA East Africa代表/非営利団体AISUD代表)君という人のことを知った。彼は海外協力隊で長らくウガンダに滞在していた心の綺麗な人だ。「ウガンダのために何かしたい」と、任期が終わっても現地でNPO活動をしていた。ただ、彼自身は100万ぐらいで生活やら運営やらを頑張っている状態だったので、「それでは無理やろう」と。「それを続けてもいいからうちの会社でもやりまへんか?」と話して、一緒に始めた。これも関西的なノリだと思う。

当時のウガンダには手洗いという概念がほとんどなく、御下の世話をしたその手で子どもの口に食品を運んだりしていた。だから手洗いのニーズはあったので、「病院でも徹底的に消毒せい」と。病院の水を調べると、大腸菌がうようよいる。雨水を使っていたからだ。それで、産科病棟と小児科病棟にて徹底的にアルコール消毒をしてもらったら産褥熱を患う方が減って、子どもたちの下痢も治まっていった。

それで、「これを錦の御旗にしてもっと増やせ」と、今年3月から本会場の1.5倍ほどの広さを使った場所でミニ生産を始めた。今はエボラが発生しているので会計的に厳しいかなと思っていたが、かなりご注文をいただけるようになってほっとしている。それで今年はカンボジアにも同様の会社をつくった。これも関西的ノリだ。サプライチェーンはまったく違うが、カンボジアでも普及しようとしている状態だ(会場拍手)。

A224146cc00e3fc9670b6774909b4aa8 辻本春弘氏

辻本春弘氏(以下、敬称略):カプコンの創業は31年前の1983年。ファミコンが出た年で、この年にディズニーランドもできた。現在は日本、韓国、台湾、イギリス、カナダに開発拠点を置いて、事業は日本、アジア、欧州、北米等で展開している。で、簡単に業歴をご説明すると、当社は83年に子ども向けメダルゲーム機からスタートしている。当時は資本力がなかったので、駄菓子屋の前にあったようなメダルゲームをつくった。そのあとゲームセンターのテレビゲームを開発したのち、ファミコンに参入していった。業務用では「ストリートファイターII」が爆発的にヒットして、それをスーパーファミコンでも発売したことでグローバルに名を上げたという流れになる。(06:57)

また、ソニーさんがSCEで参入したときはプレイステーションで「バイオハザード」を出し、ホラーゲームというそれまでにないジャンルを確立した。また、ゲームボーイアドバンスでは「逆転裁判」。裁判ゲームというのもそれまでにないものだったけれど、ここでも新しいジャンルを切り拓いた。「戦国BASARA」という、途方もない戦国もののゲームもある。伊達政宗が英語で喋ったりするわけの分からんゲームだけれども、それが2009年には宮城県知事選の告知ポスターに活用された。当社のキャラクターはいろいろ活用されていて、「バイオハザード」のようにハリウッドで映画化されたものもある。また、「戦国BASARA」は2014年に近畿3府県で車上狙い等の防止キャラクターにもなった。昔はゲームをやっていると警察に睨まれていたけれど、今は警察に活用してもうらほど地位が向上したのかなと思う。近々では先週土曜に「モンスターハンター4G」というゲームを出して、今は200万本を突破したところだ。

我々にはどういった強みがあるか。まず、「ストリートファイター」シリーズは25年、「バイオハザード」シリーズは20年、そして「モンスターハンター」シリーズは10年続いている。ひとつのゲームをシリーズ化して、ユーザーの方々に長らくお届けしているという強みがあると思う。今はゲームが廃れていると言われるけれど、当社としては「せっかく当たったんだから、なんぼでも儲けていこう」と。大阪ならではの発想で末永くユーザーさんに喜んでもらおうということで展開している。

ゲーム業界についてもご説明したい。ご存じの通り、最初はスタンドアロンのアーケードゲームがゲームセンターにあった。その後、パソコンでゲームができるようになって、任天堂さん等が家庭用ゲーム機器をつくり、さらに近年はケータイやスマートフォンやタブレット向けのゲームが生まれて、ソーシャル化していった。また、それ以降はクラウドになっていくということで、ゲームは専用機から汎用機になり、あるいはクラウド化されていろいろなスクリーンに展開されるだろうという将来展望がある。市場予測としては、2018年時点で9兆円産業になるとされている。そして、従来のゲーム専用機向けパッケージはダウンロード型になっていく。市場全体を見ると通販等の普及が下支えすることによって、パソコンが、そしてそれ以降はモバイルコンテンツ関係が市場を牽引していくという予測がされている。

当社の戦略としては、まず「マルチプラットフォーム戦略」がある。元々一つのゲームをSCEさんやマイクロソフトさんや任天堂さんの専用機で横展開していたが、今はPCでもスマートフォンでもタブレットでも同じ。一つのゲームをいろいろなプラットフォームやデバイスに展開している。また、近年はハードだけでなく、Google Play、App Store、またはPC向けのSteamといったゲーム用OSによる配信も展開している。この流れは専用機についても同じだ。「プレイステーションネットワーク」や「Xbox Live」を活用して、パッケージ型からデータ配信型のビジネスモデルに変えてきている。

それと、「ワンコンテンツ・マルチユース展開」。これは大阪ならではだと思う。何か一つヒットしたら、それを横展開していく。専用機、モバイル、アーケードに加え、近年はパチスロ機でも展開している。こちらは大変人気が高い。子どもの頃にファミコンで遊んでいたユーザーさんが大人になってパチスロをするとき、そのゲームを思い出したりするわけだ。また、ハリウッド映画の「バイオハザード」も大ヒットして、すでにシリーズ5作目までつくられた。それによってゲームを知らない人たちに向けた、あるいはそのゲームが売られていない地域でもすごく効果的に展開できている。

今後のグローバル展開に関してお話をすると、今までは一つのゲームをいろいろな国々で売ってきたけれども、今は国によってゲームをプレイする環境が異なってきたということがある。たとえば日本ではゲーム専用機の売上比率が50%強になるが、これにはユーザーさんのライフスタイルが関係している。公共交通機関を使った通勤・通学中にゲームをプレイする方が多いということだ。一方で、北米では通勤・通学手段が車だから、彼らは家に帰ってから据え置き型の専用機と大画面でゲームを楽しむ。で、アジアではPCやスマートフォンベース。そうした切り分けとともにグローバルなコンテンツ展開を行うというビジネスモデルに変わってきた。(会場拍手)

F46f49810115fa667e908b6927fe6b75 渡部秀敏氏

渡部秀敏氏(以下、敬称略):当社のアジア事業を簡単にご説明したい。きっかけは1993年、ブライダル業として初めて上海にドレス工場をつくったことだ。今、その工場はアルバム編集工場に変わっていて、縫製はベトナムに移っている。ただ、93年に工場を建てた以降、「人も送ってるし、お客さんもうじゃうじゃいるし、できんのんちゃうの?」と、軽い感じで97年に上海店をオープンした。日本で言うと銀座の大通りみたいな場所に出店している。ただ、それはもう失敗の連続で、3回ほど業態を転換している。そのあと、「これやったらいけるんちゃう?」というものがいくつか見つかり、今はそれをシンガポール、香港、台湾、中国といった地域に展開している。(15:12)

従って、今日はどちらかというと成功よりも、「こんな失敗をしました」というお話を中心にしたいと思う。あと、私自身は3次産業の視点が強い。製造業に関しては皆さんいろいろな議論をし尽くしていると思うが、私はBtoCサービス産業で「こんなことを注意したら」と思うような失敗を経験してきたので、その辺を皆さんと共有したい。

たとえば、台湾のカップルが台湾国内の式場で結婚式を挙げるパターンと、海外、つまり沖縄や京都で和装の結婚式行うパターンがあるとする。この場合、我々にとって前者はアウェイの戦いで、後者はホームグラウンドの戦いだ。結論を言うと、「そのホームグラウンドに引っ張ってこないとなかなか勝てへんな」ということがある。

あと、結婚式の写真一つについても、日本人は、まあ、自然に撮る。でも、アジアの方はこんな風に(派手に)なる。「なんやったら背景の雲も変えてくれ」と(会場笑)。これが日本人男性なら「こんなん嫌や」なんて言うと思うけれど、アジアの方はさらにすごいポーズで撮ったりする。で、そういう写真を日本でご相談にいらしたカップルに見せたら、もう選んでいただけない。「俺、こんな写真撮らされるの嫌やし」と言われて逃げられてしまう。だから、たとえば沖縄でこうした写真を撮るカメラマンや撮影チームの人たちは、国ごとのプリファレンスをきちんと掴んだうえで演出を行い、お望みの写真を撮れないと商売にならない。いろいろな国からお客さんが来ているので。今はそうした状況で戦っている。

→グローバル・ニッチビジネスの戦略[2] はこちら

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