この時代の「らしさ」とは何か? -「デザインと経営」(後編) 

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佐渡島:山中先生は義足の概念を大きく変えるお仕事もなさったと思う。新しい義足を、ある意味で発明したときはどういったことを考えていらしたのだろう。(34:20)

35471 山中俊治氏

山中:これはまた違う話になる。最近、パラリンピアンのための義足をはじめ、いくつかの義足をデザインしている。で、日本には義足の使用者が1万人ほどいるらしいけれど、皆、ほとんど見たことがない、ですよね? 服の下にきちんと隠して上手に歩けば義足であることも分からないほどだから。そもそも義足にはデザインという概念があまりなくて、本物そっくりに見せられないかなと思い続けているだけ。だから服の下に隠しているし、たまに見えるとしても本物そっくりに成型したスポンジを被せて、それに靴下を被せて違和感があまりないようにするというところに留まっている。(34:36)

それが最も端的に変わったのはスポーツの世界だ。そういう風にしていても走れないから機能に特化した。それでパラリンピックに出た人々は、あの板バネという異形の足で走ってのけた。それがすごいスピードで走れるということ自体が脅威なわけだ。たぶん、人の一部を補完する人工物を本物そっくりにしようというのは、未来にはあり得る。遠い未来なら、まるで本物の手みたいに動いているけれど、1枚めくると機械だったということはあり得ると思う。でも、今は理想の義足をつくろうということで機能的に洗練させると、むしろ人の体に似ない。その辺はすごく重要だと思っている。これは、我々の体を構成する肉や血管といった、自然界が採用している技術と僕らが持っている技術のギャップだ。だから最高性能の義足をつくろうとするのなら本物そっくりにしないほうがいいという状況が、今は明らかに存在する。(35:27)

僕はそれで、「それなりに美しいものをきちんとつくったら人前で堂々歩ける義足に変わるんじゃないか?」と思って、現在の取り組みを行っている。これは今までのお話とまったく異なるフェーズの話になるけれど、僕のなかでは一致している部分もある。未来のものづくりだと思っているからだ。量産技術がこぼしてきた1人ひとりのためのもの。それで、マイノリティの人がマイノリティと感じずに済んで、むしろ人体拡張器と感じるようなスタイリングを施していけば、今までとまったく違う世界を開くことになると思っている。この話、先ほどのお話とギャップがあり過ぎて、なにかこう、つながらなくないですか? 大丈夫ですか?(笑)(36:49)

佐渡島:皆が「本物らしい義足を」と考えるなかで、それとまったく違う「美しくものを」という逆転の発想をなさったことがすごいと思う。Suicaについても、ほとんどの人は、実験ではなくて何か奇抜な模様等で解決しようとしたりすると思う。そこで行動にすっと入ってくるようなところに気付けるのがデザイナーの力なのだと感じる。(37:39)

山中:本質的な部分に気付かなければいけないというのは大切。それに気が付かないから今でもヒステリックなピンク色で「改札機には2枚一緒に入れてください」と書いている。係員が「2枚一緒に入れてください」と叫び続けている駅もあると(笑)。あれを見ていると、「最初にちゃんとデザインしておけば良かったね」と思う。(38:26)

水野:本当にそう思う。広告でも「この文字を大きくしてください」という問題がある。文字を大きくすることと目立たせることは、まったく別の意味になる。もし目立たせたいのなら、たとえば白い面に文字をぽんと入れたほうが目立つこともある。逆に大きくしてしまうと模様のようになってかえって見えづらいこともある。で、それはポスターであればどういった距離で見るのかによっても異なるし、新聞広告なら見る距離はほとんど決まっていると。状態ごとに人間の特性を必ず鑑みないといけない。でも、主に広告制作という職業の人たちは媒体のお金に目が眩みがちだ。だからクライアントさんに「文字を大きくしろ」と言われると、そのまま請けてしまってデザイナーさんもそのまま返してしまうことが多い。だからデザインが陳腐化してしまっている。山中さんがおっしゃった通り、そこで何も考えずに欲しくなってしまうようにすることが本質であり、デザインの、「すげーところ」なのかもしれない。(38:52)

佐渡島:パナソニックさんではいくつものプロトタイプを見ておられたと思うが、企業でデザインの話をしっかり浸透させるためには誰と話せば良いのだろう。(40:19)

山中:たぶん、その辺が日本企業によるデザインのなかで最も弱いと言われている部分だと思う。以前、OXO(オクソ)というキッチンツールの会社と仕事をしていたことがある。手触りが良く使いやすい一連のキッチンツールを世界中でつくっていて、ここ20年ほどで急速に伸びた会社だ。2003年頃、そこの社長さんが直接僕を尋ねてこられた。当時、同社のサラダスピーナーという野菜水切りがヒットはしていたものの、「会社として今ひとつ成功しない」と。それで、「日本で成功するためにはやはり日本のデザイナーを使う必要があるな」と思って、日本のデザイナーと会っていたという。(40:41)

それで僕が「こんなことをやっています」といったプレゼンテーションをいくつか行うと、彼は「やっと見つけた」と言う。「日本のフリーのデザイナーはアーティストばかり。自分たちが考えている生産技術や使い勝手をトータルにデザインしてくれるデザイナーがいなくて困っていた」という風に言っていた。だから、これは日本企業だけでなく日本全体の状況なのだと思うけれど、デザインがアートだと思われている。結果として僕は彼らと一緒に大根おろしをつくり、それは高価な商品になったけれども結構ヒットしたし、「Gマーク」(グッドデザイン賞)の金賞を受賞したりしている。(41:42)

そのとき、やっぱり経営者がそういうことをきちんと分かっていることが大事なんだなと思った。OXOの社長はアレックス・リーという香港出身の方で、彼は美的な側面もきちんと見ている。デザインがもたらす価値は、一方では使い勝手やブランディングといった、論理的に比較的計測しやすいものになる。ただ、もう一方は…、水野さんの言うブランディングはその中間の微妙なところにあるけれど、もう一方はすごく美的な感覚だ。「美しいね」「格好良いね」といった、軽量し難いファクターが一方では必ず横たわっている。それらをトータルで見ることが、「バランスさせる」ということになる。(42:33)

そのバランスをどうやって取るかで皆さんは悩んでいると思う。「デザインって、そもそも測れないから困るんだよね」と。そのブランディングでいくらになるかが測れない。水野さんはそれを事例から丁寧に説明していくわけだ。ただ、そこで重要なのが、中川政七商店さんのように、経営者が美意識や存在感や価値観といったものにきちんと共感すること。今はそれが結構弱い。いろいろと経営者に会ってみると、皆、「今はデザインが大事だよね」とおっしゃる。「ただ、私はデザインのことが分からんから、分かるもんに任せて好きにやらせている」となってしまう。これ、やらせないよりはましだけれども(笑)、結局はB級デザインにしか行き着かない考え方だ。(43:34)

スティーブ・ジョブズが見せてくれた最も端的なものは、「自分が共感したものしかつくらない」という考え方。だからあれほどのパワーを見せてくれた。ジョブズは、基本的にはデザインの人。彼のように、ユーザビリティも含めた最も力強いデザインをする経営者がいるかどうかというのがすごく大きい。仕事でお付き合いをしているような経営者も、そういう部分で目覚めて欲しいと僕はいつも思っている。(44:39)

では、どうしたらそうなるのか。「美術館に行けばいいの?」みたいな話になるけれど(笑)、そこはまさに水野さんが言ったように、センスというより実は知識。美術館に行ってもちょっとした効果しかない(笑)。そこで1番強いのは、本田宗一郎やスティーブ・ジョブズのように、若い頃から自分の価値観で仕事をしたことがある人だ。自分の価値観でモノをつくった経験があり、その価値観で挫折もしている。そして自分のセンスはそこそこでしかないことも分かっているというか、どの程度か知っている。ただ、共感したものじゃないと売れないことを知っているから、きちんと共感したら、そこで初めて経営判断が入る。頭の一方で、「コストがこれぐらいかかるから、これぐらいの儲けになる。だから、こんな風に売る」と。で、一方では価値観として強く共感している自分がいる。それを自分のなかでどうバランスさせるかが、まさに経営者の判断になる。それができないと本当にいいデザインは生まれないと思う。(45:11)

35472 水野学氏

水野:慶應で教えていて感じることがある。経営者には向いているのだけれど、センスといった言葉に大きなコンプレックスを持っている学生が多い。僕は大学で、「クリエイティブに関して元気な企業には3つのパターンがある」と言っている。ひとつはクリエイティブに長けた社長なり役員がいるパターン。ジョブズはこれだ。で、もうひとつはユニクロのように外部からクリエイティブディレクターを招聘するパターン。もちろん柳井さんも素晴らしい感覚をお持ちだと思うけれど、実はユニクロを爆発的にヒットさせたのはジョン・C・ジェイという方。あまり知られていなかったけれど、今秋ユニクロに戻られたとのことで、またすごいことになると僕は思っている。で、3つ目のパターンは「特区」をつくること。ダイソンがそういう形になっているし、日産もそうだ。カルロスゴーンさんが就任して最初にやったのはデザインの強化だったと思う。資生堂やサントリーにもそうしたデザイン特区を社内に設けていたと思う。技術が関係なくなっているような業態の会社が伸びている場合、その3パターンのうちどれかというケースがかなり多いのではないかと、僕は大学でも説明している。(46:18)

佐渡島:水野さんがお付き合いしている企業のなかには、そんな風に宣伝が強かったりする会社もあるのだろうか。(48:12)

水野:大抵は。サントリーさんとも仕事をしているけれど、やっぱり社内に特区があって宣伝部さんが強い。ただ、長年それでやっていると硬直化してくる。そこで外からの意見が「ぽんっ」と入ってくるとどうなるか。僕は、実はサントリーさんに関してはデザインをしていない。でも…、「宇宙人が攻めてきたら人類に一体感が生まれて世界中の紛争が止まる」という素晴らしい話を以前聞いたことがあるけれど、まさにそれと一緒。特区でプライドを持ってやっている人たちが外から何か言われると、皆が結束して頑張り始める。僕はそういうカンフル剤の役をすることもある。(48:24)

山中:それは僕も結構ある。(49:12)

佐渡島:経営者が自らデザインを理解して、それを経営へ取り入るためにはどういったことをすればよいのだろう。(49:19)

山中:中川政七商店さんの例のように、理念について丁寧な議論をすることはすごく大切だ。ただ、そこで注意しなければいけないことがある。デザインは外から簡単に見える形も扱うから、経営理念がそこでストレートに表れていないといけない。ところが、日本企業はついつい、たとえば「こちらの地域ではこれが売れるから、こういう風にデザインしました」ということで満足してしまうところが多い。日本企業はすごく器用に、モノを世界中にフィットさせる体制をつくったし、それがある種の成功体験になっている。でも、今は「らしさ」が問われている。今はどの企業も、たとえば「そもそもトヨタらしさってあったんだけ?」といった話を根本で抱えている。トヨタさんはそれでもなんとかしのいでいるけれど、2~3位になると、そうした「らしさ」を持っていないことが問題になりつつあるという状況だと思う。(49:44)

では、それはどうやって育てるのか。簡単に言うとデザイナーと経営陣がしょっちゅう会話をするに限る。これは双方向の学習になる。デザイナーには、経営理念を意識してデザインしなきゃいけないということが常に伝わる。逆に、デザイナーから「こういった価値観があります」と提示されることで、「ちょっとした形の変化でこんなに理念が違って見えるのか」と、経営者も少しずつ学んでいく。だから、アーティストやデザイナーあるいは宣伝部のような、感覚的に価値観をコントロールまたはブランディングしている部隊を経営者のそばに置くこと。そうしていつでも対話できる状態にしておく必要がある。その辺が大企業ではしばしば途切れていて、担当重役の下にデザイン部がぶらさがっているような状況になっていたりする。で、我々のようなフリーのデザイナーが入ってトップと話をすると、そこが急につながるといったことが起きる。(54:43)

佐渡島:その辺を社内で鍛えることはできるだろうか。(52:00)

山中:東大で研究室をもらった僕が今1番力を入れているのは社会人教育。そもそも学校だってそういう風にできている。大学にも細かい学科があり、いろいろと専門化されている。「専門家が集まって大問題を一斉に分解して、それぞれ最高の仕事をすると最終的にはそれらが集約されて大変良いものやシステムができる筈だ」というのが、近代科学または近代組織論の考え方でもあるから。学校も企業もそういう風にできている。デザインがそうした考え方にフィットしない最大の理由は分解不可能だから。細かく分割して、それぞれのパートを別々に担当させても良いデザインになるわけじゃない。むしろ、ある価値観をトップが提示して、いつもそれにフィットしているかをディレクションしていないといけない。そうした立場の人間を強化する必要がある。(52:32)

では、そのためにどんな教育をしたらいいのか。僕は領域を簡単に超えることのできる人間をつくる必要があると思っている。専門化として尖った人間をただ育てて放り込むのではない。たとえばアートの教育を受けた人間にエンジニアリングを、エンジニアリングを学んだ人間にブランディングを徹底的に叩き込んで、どうすればそれが両立するかを考えさせる。そうしたプロジェクトを1度経験させると観点がまったく違ってくる。だから僕は今、社会人を受け入れて、その人が受けてきた専門教育と違う領域を教育し直している。デザインは幅が広いから。たとえばエンジニアリングの専門であれば人との関係を、人との関係が専門であればマシンと技術との関係みたいなことを教育し直している状態だ。それで、実はまだ2期生しか出ていないけれど、結構面白い結果にはなりつつある。少なくとも企業の評判はとてもいい。今は世界のあちこちでそういったことが行われている。スタンフォードのd.schoolやロイヤル・カレッジ・オブ・アートとインペリアル・カレッジ・ロンドンとダイソンさんがつくった学校等々、そのあたりは皆やっている。だからそういうことは可能だと思っている。(53:45)

35473

佐渡島:では、会場からの質問を受け付けたいと思う。(55:16)

会場(梅澤高明氏:A.T.カーニー株式会社会長 兼 A.T.カーニー消費財・小売プラクティスグローバルリーダー):「デザイン経営」というものを、お二人はどのように定義していらっしゃるだろうか。(55:34)

水野:1970年代頃からデザイン経営という言葉はあったけれど、定義としては経営とデザインが表裏一体であるというか、「経営=デザイン」ということを示す言葉だと僕は考えている。で、デザインはアートであるかのように誤解されているので話が少しややこしくなるのだけれど、僕は、デザインとは道具をつくるときに必要な技術だと考えている。たとえば遠近法を説明しようとしたらどうするか。ただ口で言っただけでもパースを引いて見せただけでも分からないから、ダヴィンチは遠近法を用いた絵画にして魅せてあげた。そうすると分かる。つまり道具だったと。それがいつの間にか骨董になって美術になって、今は美術館に飾られている。でも、もともとは道具だ。道具をつくるときには必ずデザインが介在する。恐らく会場にいらっしゃる方は皆、それがどれほど装飾的であっても道具をつくっていらっしゃると思う。であれば、そこで100%、デザインが発生する。だから「デザイン経営」というのは「頭痛が痛い」と同じで、言葉としてはおかしい。「デザイン」ということになるのではないかなと思う。(55:51)

山中:そう、しますか(会場笑)。実際、その面はすごく大きいと思う。だから水野さんのおっしゃることもほぼ正解だと思いつつも、僕はデザインというものをもう少し技術という方向で見たいと思っている。それで結果的には収益が上がるし、経済行為に直接につながってはいくけれど、経済行為そのものではないと。そのシーズがサイエンスの場合もあるしアートの場合もある。ただ、とにかく、いろいろなところから引っ張ってきたうえで統合的に人とモノとの関係、あるいは社会と技術との関係をバランスさせる技術だと考えている。それで収益を上げるのが企業経営であるし、それで社会を良くするのが政治かもしれない。ただ、いずれにせよ、そうしたテクニックであるという風には僕は思っている。(57:48)

会場(森俊子氏:建築家/ハーバード大学大学院建築学部教授):お話を伺って、現在はデザイナーの仕事の領域がすごく広がっていると感じた。アメリカにもIDEOという会社があり、そこは「デザインはシステムだ」という考え方を基に、教育システムや健康保険システムといった目に見えないものまでデザインしている。御二方の研究所や事務所ではどういったデザイン経営をなさっているのだろうか。また、将来はそれをどのように発展させていこうとお考えかを伺いたい。(59:11)

山中:デザインとは何かということに関して言うと、昔は‘design’という言葉に「設計」という漢字を与えて輸入していた時代があった。で、戦後にアメリカでスタイリングデザインが流行っているのを見て、もう1度、今度はそのままデザインという言葉で再輸入している。従って、デザインと設計は別なものだと思われているけれど、そもそもシームレスなものだったということはある。そういう目で見ると、スタイリングもモノも、技術的なものも含めて「トータルに計画することをデザインと言うんだよね」という観点に広げることは重要だと思う。で、そこから先、どこまで広げるかは難しい。どこまでが隠喩に過ぎないのか。それは僕も定義を探し続けている。ただ、それは先ほどの答えに近くて、ある種の技術という範囲に留めようかなと僕は思っている。(01:00:59)

あと、デザイン事務所の経営とデザインがどうなるのかというのは、実は、僕にとってはあまり意味のない質問になる。あまりまともな経営者ではないから(笑)。どちらかというと、僕は「ゴルゴ13」のように1発の銃弾で世の中を変えることを狙っているだけだから(笑)、たいして経営はしていないかもしれない。(01:02:00)

水野:デザインという言葉について先ほどと違う角度からお話をしたい。師匠(中山氏)の言葉とほぼ同じだけれど、デザインは大きく分けると機能デザインと装飾デザインの2つに分かれると、僕はずっと言っている。で、たとえば打ち合わせで「このデザインがさ…」と言っているとき、装飾デザインの話をしているのか、機能デザインの話をしているのかが分からず、話が通じないことも多い。9割ぐらいのデザイナーは装飾デザインについて話していて、9割ぐらいの経営者は機能デザインについて話しているから。でも、両者ともデザインという言葉を使っているから混同してしまって話が長引いたり、結局わけの分からないものが上がったりしてくる。だから、「これは機能デザインの話だよね」「装飾デザインとしてね」ということを言葉にしていくといいなと思う。その意味もあって、僕は最近、「通訳」をすることもある。自分ではデザインせず、デザイナーに発注して間を取り持つということもやり出している。自分でデザインする時間がなく、それでも仕事をいただくので。それでどんな風に解決しようかというとき、僕が間に入って通訳をする。佐渡島さんも結構そういうことをやっていらっしゃったりする。デザインを端的に表現すると、そのやり方がまずひとつ。(01:02:25)

それと事務所に関しては基本的に山中さんと同じだけれど、それに加えて僕には人を育てたいという願望がある。それで今は十数人を抱えていて、どうにかして日本経済をより活性化させていくため、経営者の思考や考え方を理解できるようなデザイナーを育てたい。そう思って会社を16年間やっている。が、難しいです(笑)。(01:04:04)

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会場(岡島悦子氏:株式会社プロノバ代表取締役社長):デザイン=経営ということで、今はどんどん分けられない方向に進んでいるのか、それとも元々分けられないようなものだったのかを伺いたいと思っていた。今日のお話を伺っていると、経営者がデザイン志向を持っていないとアウトというか、外の力を借りるにしてもメタレベルではそこを理解できないといけないのではないかと感じる。その辺は分業しても世の中の変化についていけるのか、それとも1人の人間がメタレベルであっても理解していなければいけないのか。方向感を教えていただきたい。(01:04:55)

水野:現在進行中のプロジェクトで、石川県にあるカジグループという化学繊維のBtoB企業でブランディングをしている。で、そちらの梶政隆社長は、「自分にはまったくセンスがない」とおっしゃる。最適化の話なのでセンスがないことはないんだけれども、いろいろなことを説明するのはたしかに難しいかもしれない。ただ、大変素晴らしい技術を持っている会社で、僕が介在する場所はまだまだ沢山あると思っている。だから、皆さんにはすぐにお見せできないけれども、もし興味があれば現在の同社ブランディングと来年のブランディングがどれほど違うかを見ていただけたらと思う。外部から変えることもできると僕は思っている。(01:06:07)

山中:僕は最近、東大の研究体制を外部に対してもう少し格好良くブランディングするということにトライしている。工学部には、「俺にはデザインセンスがない」とはなから決めてかかっている先生たちがずらっと並んでいる。でも、最近、特にそういうことをおっしゃる材料工学系の先生と一緒に展覧会を開催した。東大生産技術研究所の一角に新しくギャラリーをつくり、そこで新しい技術がもたらす夢みたいなものを人々に語るという展覧会だ。そこで話し合っているうち、その先生もどんどん理解してきた。で、「来年から授業内容をぜんぶ変える」と言って(笑)、動いてくれている。それまでは金属の状態方程式や分布図の演習をずっとやっていたのだけれど、「来年からチタンの椅子をデザインさせてみる」といった話に変わってきた。(01:07:28)

つまり、出口をきちんと見据えると何をしなければいけないかが見えてくる。だから、その順序で学んだほうがモチベーションは上がるということを、少し理解していただけた。それがダイレクトで経営の話に結びつくか分からないけれど、つまりはそういうこと。自分たちは好奇心を持って夢も描いてやっている。でも、なんとなく、その出口をイメージすることはほったらかしにしているということが、技術者には結構ある。それを丁寧に議論していくわけだ。「こういうチタンの椅子ができたら、あなたがおっしゃる『チタンがすごく洗練された技術によって安くできるようになった時代』というものを表現できるのでは?」と。具体的にはそんな話をしている。そういったことが少し前に動き始めているのを見ると、センスがないと思い込んでいる人とも密接に話をすることが大切だと感じる。そのうえで、「技術をアウトプットとして世の中にどう見せていきますか?」といった議論をすることで、少しずつ開けてきているなという感じがする。そういったお話と少しつながるのではないかなと思った。(01:09:01)

会場(端羽英子氏:株式会社ビザスク代表取締役):私も元々は金融畑で、まさにデザインにコンプレックスを持っていた。今もUI/UXデザイナーにコンプレックスがあり、デザインという世界をすごく遠くに感じる。だから、会場の皆さまも私たちのお客さまもデザインが大事で、それを経営に生かさなければいけないと分かってはいるものの、どこから始めたらいいのか分からないという感覚がある。若いときのように失敗を繰り返す時間も経営者となった今はあまりないなか中、「こういうことから始めてみては?」といったアドバイスがあればぜひ教えていただきたい。(01:10:31)

山中:デザイナーのなかにも、水野さんのようにうまく語ることのできる人と、ある種のデザイン技術者になってしまってうまく語れない人がいる。そこで、経営者として上手に語ってくれるデザイナーを見る見つけることは重要だ。ある程度デザイナーを使うことに慣れてしまえば、職人的なデザイナーやUI設計者もうまく使えるようになるけれど、そもそもUIの本質というのは上手に語ることができるということだから。「文字をもう少し大きくできないの?」と聞かれて、「そういうのは云々」といろいろ説明されて、それで言っていることがさっぱり分からなくなるといった状況なら、それを上手に語れる人を探してみる意味は大きいと思う。テクニカルにはそういう話になる。(01:11:22)

水野:すごく簡潔に説明すると、『センスは知識からはじまる』(朝日新聞出版)という本を出版しましたので良かったら読んでください(会場笑)。(01:11:24)

佐渡島:僕は出版社で何十人かのデザイナーと同時にお仕事をしていたときもあった。そうすると、一気に実力差が分かる。それに、出版物の場合はデザイナーに頼む個々の依頼額がすごく小さい。だから、いきなり大きなものでなく、たとえばそれまで社員がデザインしていたようなハガキを、5万円か10万円でどこかの有名どころに頼んでみるというのもあると思う。それを繰り返してみると、デザイン事務所の力がそれぞれ分かるし、「あ、この人はこういう感じなんだ」といったことも分かる。それで大きい案件を依頼できる人が見つかると思う。デザイナーとコミュニケーションする経験を積んでいくことがすごく重要なのかなと。そのためには仕事をしてみるのが1番だと思う。それでは時間になった。皆さま、ご清聴ありがとうございました。御二方もありがとうございました(会場拍手)。(01:12:39)

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