「肩肘はらず、やりたいことにまっすぐ、しなやかに」と小林りん氏 -社会をデザインし、世界に貢献する仕事とは(後編) 

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宮城:では会場とのやりとりに移ろう。まずは細野さんへの質問を募りたい。(32:02)

会場1(早稲田大学):私も細野先生と同じように政治家を志していて、その過程として民間シンクタンクで下積みをしようと考えている。細野先生は民間シンクタンクでどのような経験を積んでいらしたのだろうか。(32:48)

会場2(名古屋学院大学):「政治家を目指すのなら、やりたいことを明確に持つといい」とのお話があった。細野さんのやりたいことを教えていただきたい。(33:09)

会場3(福島県立川口高校):僕が通う学校のある街は少子高齢化率が57.7%。そのような市町村は今後さらに増えると思う。そこでうちの街は子育て支援を実施して他地域から若者を呼ぼうとしている。保育所は無料に近く、ジャージと制服は小中学校で配布され、給食費も無料。ただ、僕はこうした活動の広報が不足しているし、さらに言うと地域に雇用がないから若者が来れないというのもあると思う。交通が発達していない過疎地域に、どのようにして産業を持ってきたらいいとお考えだろう。(33:29)

細野:先週も福島に行ったけれど、ちなみに皆さん、政治家を「先生」と呼ばなくていいと思う。そこが距離を生んでいると思うから、「さん」で呼んでいただいたほうがいいかな。今はそんな時代のように思う。で、まずシンクタンクは1つの選択肢として有りだと思う。僕の親父はサラリーマンとして頑張って働いていたけれど、いろいろあって、私が大学生のときに早期退職者募集で会社を辞めた。ありがたいことに私自身は学費をタダにしてもらっていたから自分でも少し稼ぎながら大学に行っていたんだけれど、やっぱり民間に務めるとなかなか辛いこともある。そういう親父を見ていた僕は、そういう民間の経験が必要だと思って民間シンクタンクに行った。(34:47)

で、ここからはシンクタンクの話になるけれど、シンクタンクに3年ほどいると研究員の方向性が大きく2つに分かれてくる。1つはアカデミズム。学問のほうに行く人が半分ぐらいだ。一方で、実務家のほうへ進む人も半分ほどいる。これは皆の生き方に関わるので、そのどちらに行くかという判断を、1度シンクタンクに務めてからある時期にやるという手もある。私の場合は極端に実務側だったというか、政治家として決断・決定する側に回ったという、少し変わった例だ。ただ、そうすることは比較的早い段階で決めていて、そのための経験として務めていいた。(35:44)

あと、これはコンサルも同様だと思うけれど、シンクタンクに務めるのなら気をつけたほうがいいと思うことがある。シンクタンク自体は学問をとことん追及する場所でもないし、実務を行う場所でもない。だから、ともすれば少し無責任になるんだよね。言うだけになるとか、単なる評論家になるとか。これは面白くない。だから学問か実務のどちらかへ行くか、もしくはシンクタンクにい続けるとしても、そのなかでより研究者側の立場に身を置いた客観的な情報を提供・提案するなり、あるいは何かを成す側に身を置くなりということを考えておいたほうがいいと思う。(36:39)

で、お2人目の質問。28歳の時点で壮大かつ完璧なビジョンがあるという人はあまりいないと思う。実際、私もそんな人間じゃなかった。非常に未熟だったと思う。今も未熟だけど。ただ、少なくとも「これはやるんだ」という確固たる思いがないと、途中で萎えちゃう。正直、政治家の仕事は皆が考えるほどいいものでもない。お金がたくさん入るわけでもなし、自由時間が多いわけでもなし、嫌なことはたくさんある。「それでもやるんだ」という気持ちを持ち続けるためには、「これとこれがやりたい」といういくつかの思いが必要だ。それを培ったのが、私にとっては阪神淡路大震災の体験であり障害を持つ方々との出会いだった。その思いがある限り、「俺はここで挫けるわけにはいかん」と。学生の皆さんもこれからいろいろな出会いや体験のなかで、立ちすくむような強烈な体験を時々すると思う。そのとき、なんとなくそれをやり過ごすのでなくきちんと受け止め、それにどう向き合うべきか、そしてどう生きていくべきかを考えて欲しいと思う。その体験が私にとっては阪神淡路大震災であったし、政治家になってからは東日本大震災だった。今は野党になって少し立場が変わったけれど、それでも「これをやりたいんだ」という目標を持っているからこそやれる仕事だと思う。(37:26)

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で、私の場合、「これだけはやりたい」というのは2つある。まず、日本を災害やテロといった危機に本当の意味で対応できるような強い国にすること。それともう1つ、今の日本に蔓延している、「なんとなくお任せ民主主義」のようなものを変えたい。地域でも、たとえば「国の補助金でなんとかなるんじゃないか?」といった考え方を乗り越えるような国にしたい。そのなかで、人々に地域とどう関わってもらうか、あるいはどのように民主主義を覚醒させるかといったことに強い関心がある。それが、比較的政治と関係のない領域から出てきた私にできる仕事じゃないかと思う。(39:12)

それと少子化対策や過疎地対策については2つ、やらなきゃいけないことがあると思っている。1つは、できるだけ若い人たちが地域に残るよう頑張ること。特に女性が残りやすくなるような政策を施して、子どもが生まれるようにするべきだと思う。本当は地方に大学や専門学校を誘致できれば1番だけれど、そのためにも地域で最大限の努力を払うべきだと思う。ただ、現実は厳しい。それをどれほど進めても人口はなかなか増えないし、若い人を留めるのも難しい。従って、少子高齢化したとしてもきちんと街が生き残っていくだけの施策も併せて進める必要がある。では、そのための産業は何か。正直、製造業を誘致してモノをつくるのは難しい。むしろ地域の特徴を出せるいくつかの産業が重要になると思う。農業、エネルギー、そして観光だ。この3つぐらいのなかで、その街が集中的に投資をする分野を絞り込んでいく。地域としては、そこが知恵の出しどころだと思う。(39:53)

そこに関して最後に1つだけ申し上げたい。今日はグローバル化のお話もどこかのセッションで出ていたけれど、皆さんに勘違いしないで欲しいのは、グローバルとは決して一律という意味ではないということだ。むしろ逆。よりローカルなもののほうがグローバルで通用する可能性が高い。東京は間違いなくグローバルシティで特徴ある街だけど、ものづくりでも文化でも観光でも、東京よりもグローバルに通用するものが地域にあるかもしれない。それを見つけて欲しい。真にローカルで価値あるものを見つけて、それで何かができる地域なら、人口が多少減って高齢化が進んでも必ず生きていけると思う。可能なら皆さんが地域にどんどん出ていって活躍してもらえるような国をつくりたい。言うだけ言ってすみません。ちょっと…。(41:19)

宮城:お時間が参りました。本当に貴重な合間をぬってお越しいただいてありがとうございました(会場拍手、細野氏退室)。では、続いて質問を募っていこう。(42:17)

会場4(横浜市立大学):子どもの頃から児童労働を無くしたいと考えていた。また、強制や格差の是正にも大きな興味を持っている。今は視野を広げてビジネス感覚を身に付けたいと考え、道を模索しながら休学し、ITベンチャーでインターンをしている。けれども日々を過ごしていると、「私は何をしたいんだっけ」ということを常に考えず、「あ、やばい」と思ったときにだけ振り返るようになってしまった。そこで、やりたいことをやり遂げるための心構えをお伺いしたい。もし皆さまもたまに立ち止まって振り返ることがあるとしたら、そのときに何を考え、何を自分に言い聞かせているだろうか。(43:11)

為末:僕は仮想ライバルを想定していた。で、部屋には世界ランキングに入っている選手の写真を上位から順番に貼って、僕が勝ったやつの写真を剥いでいくと(会場どよめき)。それぐらいやんなきゃ。誰に勝ちたいかを徹底的に考えていた。(44:20)

小林:先ほどお話ししたような感じで、私は学生時代から、同じような価値観の人や私がやりたいことをよく知る人と頻繁に会っていた。岩瀬君もそうだけど、三重県知事の鈴木英敬さんも同期だ。学校プロジェクトを始めるかどうかで迷っていたとき、彼が背中を押してくれた。当時は皆に反対されていて、「お前はまた5回目の転職かよ」なんて言う人が多かったのだけれど、彼は「これこそお前がやりたいって言ってた仕事じゃないか」って。そういう人が周りにいることはすごく大事だと思う。(44:44)

國領:今ぐらいの年齢でやりたいことが決まってなくてもまったく問題ないと思う。まずは、その時々で一生懸命、自分の思いに向けて頑張っていくこと。それで区切りがついたら次を考えるという話でいいような気がする。僕もさっきは偉そうに話したけれども、実際は後付けでそうなっていて、それが必然のように感じられる気がするだけだ。「こういう展開になるな」と思わなくたってそうなったりするわけで、まあ、30歳ぐらいで自分の天職が見えたらいいんじゃないのかと思う。30よりは若いよね?(45:23)

会場5(慶応義塾大学大学院):教育に大きな問題意識を持っている。僕は高校時代、政治家になりたいと思って「総理大臣になったときのマニュフェスト」を50枚ぐらいつくったりしていた。すると、ある教師に「そんなことをやる暇があったら英単語の1つでも覚えろ。お前は国立へ行くためのコレもアレもできていない」と言われた。それで喧嘩になって、結局は高校3年で退学している。僕も、そして会場にいる人たちのなかにも、自分がどうすればいいか分からない人は多いと思う。それは教育が間違っているからじゃないだろうか。そもそも教育という、「教えて育てる」という言葉が違うと思う。「講師」「先生」「生徒」「授業」「教授」といった日本語が間違っていて、そうしたコンセプトやマインドを変えなければいけないと思う。そこで、それらに変わる言葉があるとしたらどんな言葉になるかをお聞きしたい。(46:21)

國領:結局、「学ぶ」というところじゃないかと思う。慶應の人だから知っていると思うけど、慶應には「半学半教」という福沢諭吉の思想がある。学生から学び、ともに未知の世界を切り拓くというものだ。それでいいんじゃないかと思うけど、ダメ?(48:16)

会場5:「教授」や「生徒」という認識を変えなければいけないと思っていた。(48:44)

宮城:これ、会場の皆さんもアイディアを持っている気がする。ぜひあとで彼にささやいてあげて欲しい。最後にシェアできる時間があるかもしれないので。(48:51)

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会場6:卒業後は地元の長野で農業や林業、あるいは狩猟業とともに自分なりのライフスタイルや仕事をつくりたいと思っている。ただ、マーケティングやマネタイズが分かっていないし、まずはそのためのキャリアを積んだほうがいいのかなという気持ちもある。現場ですぐに働いたほうが学びになるというのも分かるけれど。そこで、そうじゃない遍歴を経てきた小林さんから僕に、エールをお願いします。(会場拍手)(49:09)

小林:「頑張って」というか(笑)、私も先ほど國領先生がおっしゃっていたことに共感していた。今から振り返ってみると、金融機関にいたから財務諸表が読めるようになったし、ベンチャーにいたこともすごく役立っている。でも、それは結果論で、「学校をやるためには財務諸表が読めるようにならないと」と意識していたわけじゃない。そのときどきで必死に考えてベストを尽くしていた結果、ここに来ているんだと思う。スティーブ・ジョブズも「人生にはいつか点と点が面になる瞬間がある」と言っていた。大切なのはそのために、その場その場でベストを尽くすことかなと思う。(49:59)

会場7(早稲田大学):福祉行政にずっと興味があり、1年間休学してNPO法人の新規事業立ち上げに関わっていた。ただ、新卒として入る会社は逆張りで、まったく関係のないITベンチャーのコンサルティングに入ろうと思っている。そのうえで、「30代になったら絶対に福祉行政に関わるんだ」との思いがある。ただ、自分の人生を考えるとやっぱり子育てもしたいし家族も大事にしたい。そこで、ご家庭を持つこととリーダーであることをどう両立されているのかということを小林さんにお聞きしたい。(51:02)

小林:社会に寛容力が出てきて、女性であることの意味が大きく変わりつつあるのかなと。「女性が活躍するためには多くのものを犠牲にしなきゃ」とか、「男性と同じぐらい、あるいはその倍ぐらい頑張ってようやく対等なんだ」とか、そういう考え方が長くあった、かもしれない。でも、最近は柔軟な働き方も認められるようになってきた。女性が女性らしく、しなやかに生きていけるような土壌が少しずつできている気がする。だから、周りに関係なく「自分はこういう風に生きていこう」という自然体でやっていくほうが、意外と結果がついてくる気がする。自分が組織を率いる立場なら、産休や育休も自分でマネージできるというのはあるかもしれない。ただ、最近は社会がすごく変わってきているから、あまり肩肘を張らず自分のやりたいことにまっすぐ、しなやかに生きていけば、きっと結果がついてくると思う。(52:04)

会場8(中央大学):平和構築に関心があり、紛争予防などの実現を目指して活動していきたいと思っている。また、この夏は平壌に渡航する機会があり、在日朝鮮人の問題にもフォーカスを当てるようになった。そこで、どうすれば、そうした問題に目を向けていないマジョリティに関心を持ってもらえるのかをお伺いしたい。(53:34)

会場9(筑波大学):来年から医者として働き始める。会場にいる人たちは将来社会に大きな影響を与えていくと思うが、それと同時に責任も持たないといけないと思う。でも最近は、たとえば「子宮頸がんになっても切らなくていい」なんてテレビで言う人もいて、それを真に受けた患者さんが手術不可能な状態になるようなこともあってすごく腹立たしい気持ちがある。ただ、将来は自分がそういうわけの分からないことを言う可能性もゼロじゃない。そんな風にして、自分が将来、変な方向で社会に与えるかもしれないというとき、それをどのように修正していけばいいとお考えだろう。(54:27)

会場10(早稲田大学):まだ英語もろくに喋れず、お金もなく、親の了承も取っていないけれど、1年半後に休学して世界1周をしようと思っている。そこで、御三方が「海外ではここが良かった」というところがあれば教えていただきたい。(55:17)

宮城:では、それぞれ気になった質問に触れていただきつつ、皆さんに向けた最期のメッセージも併せていただきたい。(55:46)

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為末:「社会に対して変なことを自分がする可能性」というのは、実際にあると思う。突き抜けた人というのはだいたいにして思い込みが強く、「これが正しいんだ」と信じて疑わないから。ただ、それは社会が淘汰してくれると思う。僕が変なことをしたら僕が抹殺されて終わり。だから、あんまり気にすることはないと思う。どちらかというと問題はマジョリティのリテラシーだと思う。ただ、そこでリーダーがあまりにもマジョリティを教育しようと考えると全体主義的で危ないし、やっぱり人々が賢くなるしかない。で、「その人の言うことは本当なのか」というのをきちんと見ていくためには、スーパーリーダーでなく、ほどほどのリーダーがたくさん現れる必要があるのだと思う。その意味で、世の中にリーダーシップを持つ人が広がっていくことが重要だと考えている。(55:59)

それと最後のメッセージとして、僕からは「群れてはいけない」ということをお伝えしたい。個人で戦える人間にならないと、結局はチームもつくれない。たった1人で戦いきれるか否かがまずありき。それができるならチームをつくっていくこともできる。決して、人と馴れ合うようなことを早くからやらないほうがいいと思う。最後の最後まで自分でやりきることを磨くのが、今ぐらいの年齢では大事だと思う(会場拍手)。(56:58)

小林:私にとってはフィリピンが原体験の場になる。メキシコに行って「教育をやりたい」と、ぼんやりと思うようになったけど、フィリピンの大変な格差社会を目の当たりにして、「これは底辺教育だけをやっていても変わらないのでは?」と気付いたので。(57:34)

それと最後は、若い方とお話をさせていただくときにいつも引用している、私の座右の銘をご紹介したい。アランというフランスの哲学者が「幸福論」という著書に書いた言葉だ。「悲観は気分に属するが、楽観は意思に属する」。その通りだと思う。私たちが生きる今の時代は、ややもすると悲観材料がたくさんある。でも、それを「あぁ…」と思って悲観するのはただの気分だ。なぜなら、皆さんの未来が本当に楽観できるものになるかどうかを決めるのは皆さん自身だから。従って、今を生きる、特に次世代を担って生きる皆さんだからこそ、意志力を持って未来を楽観して、実際に楽観できる未来をつくって欲しい。頑張ってください(会場拍手)。(57:58)

國領:僕が学生の頃はインターネットが存在していなかった。でも、今は誰かがどこかでつぶやいたりしたことが、馬鹿なことをしてしまったという情報を含め、あっという間に広がる。この、誰でも発信できるという状況が昔はなかったから、一部のメディアが世論をほとんどコントロールできるような状態だった。でも、今はマジョリティについて考える以前に、1人ひとりが問題意識を持って発信して、そのなかで自分の意見を考え直すこともできるわけだ。今はそういう環境が整っている。(59:03)

これが、思っていたほどうまく行っていない気もしているし、一部の人がそのときの気分でバッシングしたり、極端から極端に触れるような状況もある。ただ、そういうことも含めて多くの人が自分の意見を形成して発信できるような状態を、我々はつくってきた。これをぜひ良い方向に活用して欲しいし、そのためには自分の頭で考えて説得するという作業をしなくちゃいけない。そういうことを通じて少しでもいい世界になればいいなという気がしている。あと、行って1番面白かったところは数年前に行ったシリア。今は恐ろしくて近づけないけれど、そこでイスラムの考え方をはじめ、いろいろなことに触れて「なるほどな」と思ったことがある(会場拍手)。(01:00:03)

宮城:今回、あえて会場の皆さまに質問時の自己紹介もお願いしたのは、ここで皆さまの意思を示し、発信していただきたかったという意図があったからだ。皆さまのお話を聞いていて、「あ、とても共感する。応援したいな」と思った方もいれば、なんというか、まだ意見がまとまりきってない方もいらしたように思う。今後も常に自分自身のそうした意思を表明できる準備をしていて欲しいし、今日の残りの時間も皆さんの意思を固めるために使っていただきたい。今日の最後にそれを表明していただく時間もあるので、「どうしても言いたい」という人は言うことを心に決めておいて欲しい。パネリストの皆さま、今日は本当にありがとうございました(会場拍手)。(01:01:13)

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