「歴史に学び、未来を創造する」 後編 

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吉田: 意地悪な質問だが、“孫文カード”をお持ちの小坂さんだからこそ相手も古き友と感じてくれる面はあると思う。それを持たない我々はどうしたら良いだろう。(45:37)

小坂: 歴史を知ることだと思う。孫文と日本人とのあいだに今日お話ししたような関係があったことは皆さんもご存知なかったと思う。だから、たとえば胡錦濤さんが来日した際、「なぜ松本楼に行くの? 迎賓館とかいろいろあるのに」と思ったと思う。なぜ、現在のような状況で唐家センさんが長崎に来たのかも、歴史を知らなければ紐解けない。だから、まずは歴史を知って友人関係を広げていくほかないと思う。(46:04)

出口: そうした認識は世界共通だと思う。僕はいつも、「人間はワインと一緒」というヘンリー・キッシンジャーの言葉を引用している。たとえば皆さんが鹿児島生まれだとしたら、たとえば僕が、「先週、鹿児島へ講演に行ったんですよ。桜島っていいですよね」と言っただけで、飛び込める。あるいは自分のご先祖について、「あ、よく知っていますよ。本で読みました」と言われたら嬉しいじゃないか。ワインと同じだ。意識するか否かに関わらず、人間は自分が生まれた土地や自分のご先祖のことを想っている。だから、それについてポジティブなコメントがもらえたら嬉しくなる。(46:49)

それは全世界共通だと思う。キケロというローマの哲学者は2000年以上前、「自分が生まれる前のことを知らないのは、子どものままでいることだ」と言っている。子どもは両親に可愛がられて大きくなったことしか知らない。でも、自分の生まれたことしか知らなければ、それは子どものままでいることだ。だから、やっぱり歴史というか、その人が何をやってきたかを知らなければ多くの人と胸襟を開いて話し合うことはできない。鹿児島の人に「桜島に興味ないです」と言えばそれだけで距離は遠のく。(47:53)

人間は皆自意識が強いから、自分のことを知って欲しい。そうでしょ? どの国の人であっても、その土地や先祖のことを知っている人には胸襟を開くものだ。僕ら日本人でも同じ。アメリカ人と飯を食っているときに「茶道やっています」「源氏物語読んだことがあります」と聞いただけで…、本当かどうかは知らないけれど、「ええやつやな」と思うでしょ?(会場笑) 結局、外交でもそれがベースになるということだ。(49:01)

小坂: それともう1つ。今は新聞やテレビでは毎日歴史問題が取り沙汰されている。そこで、たとえば南京大虐殺で殺されたと主張する人の数がおかしいという声はもちろんあると思う。ただ、私たちは相手がそんな話ばかり主張していると思いがちだ。そうじゃない。たしかに、そういうことをする人もいるし、ド派手な記念館をあちこちに建てたりもするが、良いことも伝えている。梅屋庄吉に関しては、実は中国ではずっと前から記念館ができている。私も知らなかったのだけれど(笑)。「こういう日本人が孫中山先生を助けてくれた」という記念館がある。南京は日本人にとっても中国人にとっても特別な思いがある場所だけれど、その南京にある孫文記念館でも、「助けてくれた日本人がいる」ということが随分前からきちんと展示されている。(49:44)

逆に言えば、シンガポールの例がある。観光やビジネスのこともあって、シンガポールに親近感を持つ日本人は多いと思うが、シンガポールにも孫文の足跡はある。シンガポール人たちも彼の革命に参加していたからだ。だから政府の教育機関として建てられた孫文記念館もあって、シンガポールの小中学生が皆そこを訪ねる。当然、そこには孫文と彼に関わったシンガポール人のことが展示されているわけだ。ただ、それと同じように、本会場よりも広いほどのスペースを使い、「こんな風に、孫文を助けた良いシンガポール人たちは日本軍に虐殺された」ということが事細かく説明されている。アジアには中国以外にもそうした足跡が残っている。ただ、私はそこで、「実はこういう日本人もいたんです」ということを知ってもらいたいと思い、孫文と日本人の深い関係を伝えるような展示会をシンガポールで開催したりしている。(50:56)

私が言いたいのはこうだ。そうした悲しく、そして現在から見ると間違ってしまっているような歴史もある。でも、そうではなかった歴史もあるんだと。良いことも悪いことも両面あることを、過去を振り返ることのできる私たちだからこそできるのではないか。とにかく、片方だけ見ない。両方からの視点で歴史をもう少し見つめる必要があると思うし、アジアに生きる人々の現状を知る必要もあると感じている。(52:13)

出口: 1つ付け加えたい。日本には、「もう70年前のことじゃない。世代だって2つ、3つも変わっているのに、なぜそんな古い戦争の話を持ち出すのか」と言う人がいる。これ、人間を知らない人の言うことだ。人間はそんなあっさりした動物じゃない。毛利家では江戸時代、毎年行われていた新年の儀式があった。元旦の朝、夜明けに殿様が1人で萩城の奥に座っている。そこに筆頭家老が1人やって来て、「徳川征伐の準備、すべて相整いました。あとは出陣の下知を待つだけでございます」と言う。そこで殿様は1分ほど沈思黙考したふりをして、「あいやご苦労であった。しかし今はそのときではない。時を待て」と告げて、家老も「ははっ」となる。で、その儀式は終わり。こんなことを徳川政権に知られたら大変だが、そのリスクを冒してでも殿様と筆頭家老はこれを250年続けてきた。その結果どうなったか。現在の総理大臣も長州出身だ。人間ってそんな動物だ。それが人間の本性だと思ったほうがいいし、70年前のことを簡単に忘れられないと言う人がいても、「しゃあないか」と思ったほうがいい。(52:45)

で、南京大虐殺のような歴史問題をどうすれば解決できるのかと考えると、ドイツとフランスに良い例がある。ドイツとフランスは100年のあいだに3回、死に物狂いの殺し合いをしている。普仏戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦。そのうち1番やっかいで、最も多くの死者を出したのは第一次対戦だ。普仏戦争は「ナポレオン3世よりもビスマルクのほうが少し賢かったんや」で説明できる。で、第二次世界大戦では、実はフランス人はあまり死んでいない。すぐ負けたから。そしてこちらも「ヒトラーっていう、なんか変なやつがいたんや」で説明できる。ところが第一次世界大戦は塹壕戦で毒ガスも大量に使われ、最も多くのドイツ人とフランス人が死んだ。(55:08)

その歴史問題をどのように解決したか。彼らは共同教科書をつくった。日本でも、『仏独共同通史 第一次世界大戦(上・下)』というタイトルで岩波書店から翻訳が出ている。これはドイツ人1人とフランス人1人が共同で書いたものだ。「そんなの日本と中国で作れっこない」と言う人はいるかもしれない。ただ、急いで作らなくてもいい。50年単位で作れば。とにかく、広く歴史を見ればいろいろ知恵があるということだ。皆さんに知って欲しいのは、その仏独共同通史が完成したのは第一次世界大戦終結から60〜70年が経ってからということ。そうでないと作れなかった。人間はそんな動物なんだ。恨みなんてそれほど簡単には忘れられないし、心の整理をするためには大変な時間がかかる。そういう風に見ておいたほうがいいのかもしれない。(56:17)

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吉田: 今日のようなお話を聞くたび、歴史を学ぶ必要性を強く感じる。ただ、いざ日常に戻ると、ほかにもやらなければいけないことが数多くあり、いつの間にか次のあすか会議を迎えたりしてしまう(会場笑)。そんな私たちが歴史を効率的に、かつ本質的に理解するためには何をどう勉強すれば良いとお考えだろうか。(57:36)

出口: 人間の頭は、実は1万3000年前から進化していない。これは事実だ。進化しているのは文明や技術だけ。大脳は一切進化していない。ではどこで勝負すべきか。たとえばストラディバリウスは370年ほど前に生まれた人だけれど、彼以上にバイオリンをうまく造れる人はいない。現代の自然科学で彼がどんな素材を使っていたかは分析できるけれど、彼のバイオリン以上に優れたものはできない。それなら人間の脳みそが1万3000年一緒なら、そして最高の才能が生まれるタイミングはアットランダムだと考えるなら、ベートーヴェン以降に彼以上のシンフォニーを作曲した人がいないことも説明できる。「インターネットの時代に歴史を学ぶ意味があるのか」と言う人がいるけれど、違う。インターネットは技術で、人間が考えることは同じ。それなら、たとえば過去の天才や、逆にしょうもない人がやってきたさまざまな歴史を知ることでしか、将来何かが起こったときに対応できない。それが歴史を学ぶ意味だと思う。(58:31)

で、「何を勉強したらいいのか」というご質問については、好きなことから(会場笑)。なんでもいい。音楽が好きなら音楽の歴史をきちんと勉強していけばピタゴラスに辿り着く。そこで数学と音楽は一緒だったということが分かる。サッカーが好きならサッカーの歴史を辿ればいい。「好きこそものの上手なれ」だ。「歴史を勉強せなあかん」「『岩波講座世界歴史』(岩波書店)を全30巻も読めない」なんて考えてはいけない。好きなものに関して、「なぜ始まったんだろう」と考えるのが1番だと思う。(01:00:21)

小坂: 私の場合はたまたま梅屋という先祖がいたからと思われるかもしれないが、皆さんもご自身のご先祖を辿ってみたらいかだろう。人はそれぞれ、いろいろな歴史を繰り返して命を繋いでいる。だからご先祖を辿るだけでも多くの歴史と繋がることができるし、もしかしたら世界とだってつながるかもしれない。(01:01:18)

吉田: では、フロアから質問を受けよう。(01:01:45)

会場A: 歴史は偶然だろうか、それとも必然だろうか。(01:02:04)

出口: (即座に)偶然です(会場笑)。(01:02:12)

会場A(続き): それともう1点。「風が吹いたときに帆を揚げる準備をせよ」といったテーマであった昨晩ナイトキャップのエッセンスを、改めてお伺いしたい。(01:02:14)

出口: 今の偶然という話と同じだ。人間の歴史をずっと見ていると、ダーウィンの進化論と同じであることが分かる。つまり、運と適応。まず、運の定義は「たまたま良いときに良い場所にいる」というだけ。で、適応に関しては「棚からぼたもち」で説明すると分かりやすい。棚からぼたもちが落ちてくるのなら、そこで口を開けて食べれば美味しい思いができる。ただ、それはぼたもちが落ちそうなとき、近くにいなければダメということだ。だから、適当な時期、適当な場所にいることが運になる。ただ、そのときは近くに何人かいるから、食べようと思うのなら1番に走っていって大きい口を開けておく必要がある。これが適応。人間の歴史がほぼ偶然というのは、この「運と適応」というダーウィンの進化論の通りだと思う。(01:02:34)

会場B: アヘン戦争前後で中国史の流れが変わってしまったのはなぜか。(01:04:02)

出口: 鎖国が要因だったと考えている。彼らは明の時代から鎖国していた。当たり前の話だが、どの民族でもどの国でも、内側に閉じこもっていたら遅れていく。そこでご飯を食べることができたら自給自足で楽しそうだけれど、世界がどんどん変わっているにも関わらず家に閉じこもって出かけないのなら退化する。中国は恐らく明の時代から鎖国したことで少しずつ弱っていった。で、そのあいだにたまたま産業革命を興した西洋が強くなり、その2つがアヘン戦争でぶつかったと。そんな脈絡で見ればいいと思う。ちなみに明治維新は何だったかというと、安土桃山時代にGDPで世界5大強国だった日本が内側に閉じこもり、小さくなっていたことを取り戻す運動だったと考えている。やはり多くの人と交わり国を開き、交易を行う社会は進歩・発展する。閉じたところが遅れていく点は、5000年におよぶ歴史の共通項だと思う。(01:04:35)

会場C: ビジネスや投資の世界では「過去に捉われるな。“フォワードルッキング”だ」と言われている。歴史を学びながら歴史に捉われず、そして未来を見据えるためにはどのような注意が必要になるとお考えだろうか。(01:06:19)

出口: すごく簡単だ。人間の脳みそが変わっていない以上、喜怒哀楽、あるいは「意思決定を行う際にどういうことで悩むか」といった面に関しては歴史に学べばいい。ただ、水野さんがおっしゃるような、特に金融の世界は日進月歩だ。10年前のビジネス手法を応用しても役に立つ筈はない。学ぶべきは感情の部分や意思決定のパターンだ。ギリシア人の歴史を現代ビジネスにすぐ役立てることができるわけではない。現代のビジネスに関して言えば、その現状や最前線で起きていることをあすか会議で勉強しないと使いものにならない、というふうに理解してはどうだろうか。(01:06:48)

会場D: 中国共産党は、人心掌握ということができているから国を統治できているのだと思っている。彼らの人心掌握術から日本が学べることはあるだろうか。(01:08:28)

出口: それも世界共通だと思う。歴史上の立派な皇帝や王様に共通することは、極めてシンプルだ。その国に生きる人が戦争もなく、お腹いっぱいご飯を食べることができたらだいたい名君になる。だから人心掌握の秘訣は良い政府という話になる。良い政府とはフェアに皆を支配する政府ということだが、そこで大切なのは経済成長。皆に対してフェアで、「王様の言う通りにやっていればご飯を食べることができる」と思われたら人心掌握できる。少人数の場合は違うかもしれない。たとえば宗教団体にはカリスマといった要素もあるだろう。ただ、国であれば経済成長と良い政府、フェアな政府という以外に人心掌握の方法はないと考えている。(01:09:10)

企業も同じ。会社が伸びていたら皆喜ぶが、会社で1番多いのはアンフェアネスに対する文句。「あの人ばかり可愛がってるじゃん」と。だから必要なのはフェアネスと成長以外にないと思う。人心掌握というと、「立派な人格を」なんていうふうに国語で考えて数字にしない人が多い。でも、数字にならないものにロクなものはない。(01:10:38)

小坂: 中国のトップとなる方々は、13億〜14億人のトップになられる方々だ。だから、「リーダーになるためのさまざまな教育を受けてあそこに立っておられるんだな」と感じる。こういうことがあった。習近平さんが副国家主席時代に日本へいらした際、日本側は鳩山由紀夫さんが総理だった。私はそこで両人に紹介されたのだけれど、外務省の方が「孫文を助けた梅屋庄吉さんの曾孫で」という紹介をすると、習近平さんはすぐに分かり、「ああ、(かつて胡錦濤が表現した)“世世代代”の家の人ですね」とおっしゃった。でも鳩山さんは、「孫文とか梅屋庄吉とか、目の前にいる人はなんだろう」といった表情で(会場笑)。並んでいたお2人の反応があまりに違い過ぎて。(01:11:28)

胡錦濤さんも同じだ。福田首相とともに孫文の歴史をご覧になっていたとき、「まあパフォーマンス的にやればいい」という感じだった日本側と違い、胡錦濤さんは「ゆっくりと見させていただきます」と。本来なら、私のように小さなレストランを経営しているだけの一庶民は、そうした方々を前にすれば大変緊張するのだけれど、そのときは逆に私たちをリラックスさせてくれた。そういう面に関して言えば、元々の要素があるのかもしれないけれど、とにかく歴史を含め学んできたことが多かったというのもあると思う。だからこそ、ある種の余裕が生まれてくるのかなと思う。(01:12:46)

出口: 立派な社長というのは、だいたい社員の顔は皆覚えている。あるいは、覚えていなくても皆に対してにっこり笑う。しかし本来、そんなことは誰にでもできる筈。それがフェアということだ。自分の会社を支えてくれる社員が皆大事だと思えば、自然と皆ににっこりする。だから、先ほどは「良い政府」という単純な言葉で表現したけれど、良い政府というのはフェアな政府だ。そして、フェアというのは誰に対しても分け隔てなく時間と興味を使うこと。その意味では、人心掌握はそれほど難しいことでもない。結局、「人間というのはこういう動物や」という、人間に対するきちんとした理解があるか否かがすべてだと僕は思う。どんなビジネスでも、相手にするのは人間とその社会。だからその人間がどういう動物で、その人間がつくる社会はどういうものになるのかという洞察があって初めて人の上に立てる。水野さんが言われた通り、運用の場面ではそのうえでマーケットの現状などを知っている必要がある。ただ、ベースには人間への理解がなければ人の上に立てないということは、古今東西共通だと思う。(01:13:51)

吉田: まだまだお話をしていたいが、時間になった。本セッションは以上とさせていただきたい。ありがとうございました(会場拍手)。(01:15:32)

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