トヨタ木村俊一氏×糸井重里事務所篠田真貴子氏×味の素吉宮由真氏「イノベーションを起こす人材マネジメントによる企業成長」前編 

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「ほぼ日は“世の中にご機嫌な気分を拡げるメディア。広告ではなく商品販売から収益を得ている」(篠田)

鎌田英治氏(以下、敬称略):イノベーションという言葉は広範な意味を伴っている。従って、今日は会場の皆様にも三社の事例から色々な切り口でイノベーションのヒントを持ち帰っていただきたいが、最終的に価値を生み出すのはやはり人だ。イノベーションを起こすことの出来る人材をいかにして増やし、そして彼らを生かすような組織マネジメントにするかが一つの論点になると思う。(01:51)

まず御三方の事例を俯瞰しておこう。木村さんはトヨタ自動車(以下、トヨタ)のバリューチェーン事業部長として、売上30兆・従業員数30万人という巨大組織で新しい事業を促すことにチャレンジしている。内部でのイノベーションだけでなく外部のさまざまな業種とも連携や提携を行うことで新しい価値をつくらんとしており、今日はいわばトヨタ式オープンイノベーションといったお話が伺えると思う。また、篠田さんは東京糸井重里事務所(以下、糸井重里事務所)でご活躍中だ。類稀な才能をお持ちである糸井重里さんだが、糸井重里事務所ではそうしたカリスマ一人の力に依存せず、組織全体で新しいものを生み出す挑戦をしていらっしゃる。今日はそうした、ポーター賞も受賞した先進的経営について伺いたい。そして味の素の吉宮さん。人事にいた期間が長い一方、中国やインドネシアで事業を進めてきた経歴もお持ちだ。今日はローカライズしながらグローバル展開するという経営イノベーションについてお話を伺えると思う。まずはそれぞれ、自己紹介と会社の概要説明をお願いしたい。(03:02)

吉宮由真氏(以下、敬称略):当社の昨年度売上高は約1兆2000億円、従業員数は現在およそ2万8000人で、そのうちR&D部門の人員が1800人となる。商品はおよそ140カ国で販売しており、世界で100カ所の工場がある。私自身の略歴ということで言うと、人事・労務系の仕事、中国およびインドネシアでの事業管理、そしてインドとパキスタンとネパールという南アジアにおける販売マーケティング担当と、大きく三つのキャリアに分かれている。人事系の人材もさまざまなビジネスを経験するのが当社の大きな特徴になる。従って今日のお話も現在進行中のものであるから、矛盾点含めて色々とご意見をいただけると幸いだ。(06:10)

篠田真貴子氏(以下、敬称略):糸井重里はご存知かと思うが、糸井重里事務所については「会社だったの? CFOなんていうものが必要?」と、よく聞かれる(会場笑)。「ほぼ日刊イトイ新聞(以下、ほぼ日)」というウェブサイトを運営している会社で、現在のメンバーは約60名。昨年の売上は27億だった。トヨタさんの1/10000ほどではあるが、今は売上30億を目指してやっているところだ。(07:36)

「ほぼ日」は1998年6月の創刊以来毎日更新を続けており、「世の中にご機嫌な気分を広げたい」と、エッセイやインタビューあるいはルポといったさまざまなオリジナルコンテンツを発信している。無料で読むことが出来て、他社広告は掲載していない。ではどこから収益を得ているかというと、コンテンツとして読み物と同じ姿勢で開発したオリジナル商品からになる。現在、約7割は通販で、3割前後は卸販売で収益を挙げている。こうしたビジネスモデルとそれを核とした事業戦略のあり方が恐らく世界でも唯一ということで、昨年はポーター賞というものもいただいた。(08:13)

私自身はバブル期、日本長期信用銀行に入社していた。で、会社が潰れる前に辞めており、その後は留学を経てマッキンゼー等外資系企業の、主に管理部門で経験を積んでいる。現職に就いたのは5年前だ。その意味では会場にいらっしゃる皆様の多くと同じような場所から、こうしたユニークな会社に参加をしたと言える。今日はそうしたキャリアのなか、「自分が学んできたのはこういうことかな」という、自分なりに体系化出来たことをお話し出来ればと思う。(09:30)

木村俊一氏(以下、敬称略):私自身は2004年、人材開発部でトヨタの問題解決という視点から、「世界中の社員がトヨタの考え方や仕事の進め方を理解出来るように」ということで、グローバルなテキスト研修プログラムを開発していた。当時は鎌田さんをはじめとしたグロービスの皆様にも大いに助けていただいたが、今はバリューチェーン事業部という部門で部長を務めている。(10:16)

トヨタの国内新車販売台数はバブル期のおよそ300万台から今は150万台にまで半減しており、少子高齢化を考えると同市場は今後さらに縮小すると考えられる。ではどのように販売網をキープし、国内自動車事業を持続可能なものとするのか。そうした課題に対して、新車販売の周辺ビジネスが新事業になり得ると考えた。そこで、アフターメンテナンス、U-car、カーローン、保険、そして今後のカーテレマティクスに充電サービス等々、新事業の企画・展開とその統合戦略策定を担当している。(11:00)

「現地現物現金。その結果、ハラルの問題前後でも他社からリクルーティングされても人は辞めていかない」(吉宮)

鎌田:ではまず吉宮さんに、グローバル経営の進化ということで今お考えになっていることをお伺いしていきたい。(12:05)

吉宮:今年までインドネシアにいたので、そこでのお話しをしたい。ご記憶の方もいらっしゃると思うが、私どもは2001年、ハラルに関する問題でニュースに取りあげられたことがある。その際、「すべての商品を市場から撤去せよ」というお達しが出て、仕事がまったくなくなってしまった時期がある。それで当然ながら生産はストップするし、販売の仕事もなくなっていた。ただ、実はその間、千数百人いた営業マンは一人も辞めていない。そして売上実績も1年足らずでほぼ戻ったという実績がある。(12:43)

何故か。我々がグローバル事業を展開する際、常に大事にしていたことがある。インドネシアに限った話ではないが、新興国で事業を展開する際、我々はよく「現地現物現金」と言っている。最初の形をつくりあげる段階では日本人が入るものの、コミュニケーションはすべて現地語が基本。また、まったく新しい市場ではお金の回収が難しくなるので、基本的には現物で現金を頂戴する。非常にシンプルなビジネスモデルにしている訳だ。その形からはじめてプラットフォームを構築すると、競合他社が追随出来ないような確固たる販売チャネルが出来上がる。これが大きなポイントだ。(13:37)

いずれにせよ、そうした形をつくる際はスタート時点こそ日本人が入るものの、そのあとは基本的に日本人と現地ナショナルスタッフとの共同作業になる。日本のノウハウを持ち込んだだけでは現地の美味しさが出来あがらないからだ。それがスタートとなり、その後は営業活動やマーケティングに関して日本側がサポートしていく。また、どの段階でナショナルスタッフを日本側スタッフの後継に据えるかということも常に考えている。そのうえで、我々がグローバルに仕事をするうえで常に外さないのは、インドネシアであればインドネシアという国で仕事をさせていただくという姿勢だ。(14:45)

また、セールスに関して言うと…、これは非常に地味な仕事で1日およそ30件の注文をインボイスという形で取らなければいけないのだが、販売金額目標はまったく課していない。何故なら最も安いもので一つ80円ほどの商品を売る訳で、そうなるとまずは間口を広げることが重要になるためだ。間口さえ広がれば、あとは物事がどんどん回転していくという考え方になる。そこで売上目標を持たせると売りが荒くなるので、1日30件の注文を取るというやり方に特化したうえで仕事をして貰う。(15:51)

そんな風にして、小石を積み上げたような草の根のチャネルは比較的確固としたものになる。そういうこともあり、インドネシアで商品が1年撤去された際もマーケットからは「すぐに戻ってきて欲しい」という励ましの声を貰っていた。我々は対面販売からスタートさせるのだが、1日30件の注文を取るためには最低でも40〜50件のお客を廻り、フェイス・トゥ・フェイスで商売をしていく。そうした繰り返しのなかでお客様との関係性をつくっていくというのが基本的なビジネルモデルになる。(16:48)

現在展開中のエジプトとミャンマー、それからアフリカでも基本的には同じモデルで進めている。そしてナショナルスタッフが育った段階で日本人が次の場所に移るというスタイルだ。そう考えると実は特別なことをしている訳でもなく、あくまでも現地に根差した活動という話になる。そして最終的にナショナルスタッフへバトンタッチしていくというミッションを持って仕事をしていく。(17:31)

鎌田:「この地で仕事をさせて貰っている」という気持ちとともに、ナショナルスタッフを尊重する姿勢が強く伝わってきた。また、KPI(Key Performance Indicator)は売上でなく間口を広げることであると。一方、味の素さんはアジアを中心にかなり古くから海外展開をなさっていると思うが、ナショナルスタッフには他社からのリクルーティングもあると思う。そこで、「せっかく教育した人達が…」という懸念はないのだろうか。あるいは、そこでどのようにしてナショナルスタッフに対し、「自分たちの会社だ。ここで自立的にマーケットをつくっていくのだ」という気持ちにさせていくのだろう。(18:13)

吉宮:特にマーケティングやファイナンスあるいはITといった分野の人々は転職しがちだ。また、私どものところで言えばすべての情報を持っているプロダクトマネージャーが、他社からすればすごく欲しい人達になる。ただ、こういう人材は、「行くつもりはないけれど、今貰っている額の3倍ぐらいでオファーが来ている」と、我々に申し出てくる。3倍にして欲しいと言ってきているのではなく、「少なくとも他社はそれぐらいの価値を私に見出しているようだよ」ということだ。(19:21)

ただ、そこで何故移らないのかを聞いてみると、「少なくともこの会社で学ぶことがあるうちは辞めない。色々な仕事も任せて貰えるから」と言う。この辺の考え方は日本だけでなく海外でも共通しているのではないか。また、人材育成では国内外ともに個人名で語り合うことが出来るほど密なコミュニケーションもとっている。働き甲斐という点で見ると、そうした環境が比較的効いているのかなと思う。(20:05)

あと、たとえばインドネシアでは40年ほどやっているということもあり、自身にとってのロールモデルというか、「5年先や10年先にこういう仕事が出来る」という人材も育ってきた。当初はそれがなかなか積み上がらないものだが、ロールモデルが出来あがってくると安心して仕事をして貰えるという実感もある。また、たとえばASEAN地域ではほぼ同じ商品群で展開しているということもあり、地域から選抜された人材を日本国内の色々な研修・セミナーに参加させるということもしている。そこで自分の仕事がグローバルに繋がっているという実感を持たせることも大事だと思う。(20:57)

鎌田:たとえばナショナルスタッフの創意工夫によって地域における御社のブランドバリューも上がった部分はあると思う。そこで、たとえばナショナルスタッフ主導で、あるいは日本側メンバーとの共同作業によって、「こういった新たな価値が生まれた。その理由はこの辺にありそうだ」といったお話が何かあればお伺いしたい。(21:47)

吉宮:たとえば商品をつくりあげる際、あるいは商品を手直しする際、我々は「キッチンバリューチェーン」というコンセプトを用いている。これは、市場で食材を買い、保管したのちに料理をして食事をして、そしてそれを捨てるという一連のプロセスを徹底的にモニタリングするというものだ。これは基本的には現地スタッフと共同でやるのだが、そこで現地の知恵を使うことが大変重要になる。また、我々はアナログ的セールスを行う一方、1日3万件におよぶデータのすべてを毎日端末に入力し、その日のうちに解析もしている。そうしたアナログとデジタルの組み合わせがあると思う。(22:46)

また、実は日本よりもインドネシアのほうがソーシャルネットワークの活用が進んでいる。そこで手間暇をかけ、我々からメニューの提供を行うこともあれば、お客様と双方向のやりとりを行うといったこともしている。市場で当社の製品を見ていただき、ソーシャルネットワークでもさらに当社を知って貰うということだ。そうした、昔からのトラディショナルな方法と現代的ツールの組み合わせが一つのヒントになると思う。(23:54)

鎌田:今後の課題は何だろうか。(24:32)

吉宮:市場拡大に人材供給が間に合わなくなってきた面はある。日本からも毎年60名ほどの若手が海外へ出るが、そこで国内の人材を1〜2年間、仕事のなかで教育する期間が必要だ。また、拠点もどんどん大きくなってきており、社員を束ねるリーダーシップを持った人材も足りなくなってきた。その辺が大きなテーマだと思う。(25:00)

「創刊時から考えていたのは「銀座通りをつくる」こと。通りが出来たら自動販売機を置いても儲かる」(篠田)

鎌田:続いて篠田さんに伺っていこう。「ほぼ日」は大変なページビューを集めていると伺っているが、何故それほど人を惹きつけることが出来るのか。ポーター賞で評価されていた点や、あるいは…、経営の秘密というと大袈裟だが、スタッフのやる気やクリエイティビティをいかに引き出すかといったお話も伺えたらと思う。(26:20)

篠田:事業概要のご説明とともに今のご質問にお答え出来たらと思う。当社が基本に考えているのは、「私たち一人ひとりが日常のなかで嬉しいと思うことは何か」をとことん追求することだ。その結果として、他にはないコンテンツを無料で楽しんでいただく、あるいは商品やイベントを消費者に提供するということになる。(26:47)

たとえば人気コンテンツとして糸井が創刊以来毎日書いている巻頭コラムや「言いまつがい」といった長寿コーナーがある。後者は読者投稿コーナーだ。人々が日常のなかでつい言い間違えてしまうようなことや、やり間違えてしまうようなことがメールで送られてくるので、それを編集して掲載している。それで少し「くすっ」となり、そしてまた日常に戻るというような読まれ方をされていると思う。そうしたユーモアがあるコーナーのほか、文化人やビジネスパーソンの方々と糸井との対談コーナーもある。このほか震災後に大反響があったものとして、高校野球福島県大会を戦う球児たちの継続的ルポもあり、そうした社会的フレーバーのあるコンテンツも掲載している。(27:19)

では、人々が日常のなかで嬉しいと思うことは何か。そうでないものを挙げると分かりやすい。皆様が普段触れているウェブメディアの多くは、鮮度が問われるようなニュースや流行を伝えるような情報、若干センセーショナルな話題、ファンタジーというか“いい話”、あるいは非常に高度な分析や技術の解析等々を発信していると思う。で、そうしたものではないコンテンツという風に対比していただけると、私どもが提供したいものの独自性をイメージしていただけると思う。(28:26)

「ほぼ日」は当初から事業化を目指していた訳ではない。広告業界でフリーランスとして長らく仕事をしてきた糸井が、時代の変遷や自分の心境変化とともに、業界に若干の行き詰まりを感じていたときに出会ったのがインターネットだ。そこで、「ここならスポンサーの存在を抜きにして消費者と直接触れ合える」と。ある意味、そこに活路を求めてはじめたもので、結果としての事業であり今日のサイズと言える。(29:06)

ただ、創刊時から常に考えていたのは、「まずは銀座通りをつくる」ということだ。銀座通りが出来たら自動販売機を置いても儲かる。はじめから「いくら売る」「これぐらい人を集める」といったことを目標に置いていたのではない。「さまざまなジャンルのコンテンツをぶらぶら巡りながら楽しめるように」と、老若男女やセグメントを問わず大勢の方が集まる場をまずつくることに創刊当初から心を砕いている。そうなると当然、お買い物も日常における楽しみの一つだ。販売している商品もそのような考え方に基づいており、読み物も商品もコンテンツという風に考えている。(29:41)

主力商品は2001年に発売を開始した「ほぼ日手帳」だ。機能的な特徴は1日1ページという点で、かつ文庫本サイズでページごとにちょっとした言葉も掲載されている。1日1ページという考え方はそれまで文具業界になかったもので、当初は非常識と言われた。また、一般的なカジュアル手帳は高くても1000円というのが当時も今も相場だが、「ほぼ日手帳」は最もベーシックなセットでも3500円。にも関わらず、2005年版から全国で取り扱いいただいているLOFTさんでは9年連続売上No.1となり、2013年版は48万部販売した。高価格でもお客様に付加価値を認めていただいていることの証左だと思う。約6割の販売実績がLOFTさんでのものということもあり、特段、「ほぼ日」のファンだから買われている訳ではないこともお分かりいただけると思う。(30:50)

今日は「ほぼ日手帳」が生まれたエピソードから、私どもが事業で大事にしていることもお話ししたい。この手帳はいくつかの雑談めいたお話が積み重なって生まれたものだ。たとえば社員が6〜7人であった当時から、糸井も含めて皆が「どうも良い手帳がないね」と話していた。また、吉本興業から転職してきた社員が「吉本手帳」というものを自慢げに見せていたこともあり、それで「社員手帳があると格好良いね。7人しかいないけれども手帳をつくっちゃおうか」といった話もしていた。そこで、気に入ったものがなかったので手帳は使っていなかった糸井が、当時はニーチェの文庫本をジーパンのポケットに入れ、その余白に思いついたことをメモするような使い方をしていたことを話し、「あれ、いいんだよね」と。携帯電話があまり普及していなかった当時でも、たとえば待ち合わせの際にちょっと読むことが出来てメモも出来たからだ。(32:32)

そんな話が積み重なり、「やはり手帳をつくろう」という話になった時点で現在の特徴はすでに挙げられていた。たとえば文庫本サイズである点や、分厚くなるので製本にお金をかけ、どのページもパタンと開いて自然に閉じないようなつくりにするといった点だ。また、ページには罫線ではなく方眼がひいてあり、ちょっとした言葉も載っている。しかもカバー部分には色々なものを挟むことも出来るから、それ一つで出掛けることも出来る。そうした機能は2001年の発売当初から備えていた。(33:46)

そうしたコンセプトを社内である程度練りあげて、「では実際につくってみよう」となった段階でプロジェクト責任者を任されていたのは松本絢子という社員だ。そこで入社2年目の松本は、まず他社の色々な手帳を見るところからとはじめようとした。すると糸井が「絶対に他社のものを見てはいけない」と。「自分が本当に欲しいものを深く感じ、考えなさい。そこを基点にしたうえで人に相談しなさい」と指示した。(34:24)

「『人間とは何か』に迫ろうとする営みとは私どもが提供する付加価値の源」(篠田)

篠田:そしてなんとか商品にしたうえで「ほぼ日」上にて注文を受け付けると、約1万2000部のお申し込みがあった。そこで無事発送したのち、「良かったね」と、あるとき飲み会をしていたら、その席で製本担当であったメーカーの方が、「あれ、綴じが1年持つか分からないんですよね。今までつくったことがないから」と言う。お客様との信頼関係を大切にする立ち上げ3年目の脆弱なウェブサイトで、「1万2000部売ったは良いが1年持たないかもしれない」というのは由々しき事態だ。そこで製本を強化し、1万2000部を自社のコストでつくり直した。で、当時はすべて通信販売であったため、すべてのお客様に事情を申し添えて商品を再送した。当時の会社規模からすると大変なコストだったと思う。ただ、誠意を持って信頼関係をつくっていくことが、いわゆる銀座通りという場の良さだ。「またここに帰ってこよう」という気持ちを持っていただくため、それ以外の選択肢はなかったと思う。そうした失敗も経て今日の姿がある。(35:19)

消費者向けの仕事において、たとえば「提供価値」や「カスタマーインサイト」といったビジネス用語を使っていると、どうしても消費者とは別の場所から消費者を見ているように感じられてしまう。そうでなく、大事なのはまず自分が消費者として日々意識的にやっていること、あるいは無意識に行動していることは何かをよく感じ、そして観察することからスタートするということだ。たとえば新しい洋服を喜んで買う割に、いつも着ているのはよれよれの同じTシャツばかりという自分にはっと気が付き、「何故だろう」と考える。そうした作業を日々繰り返しましょうという訳だ。(36:45)

で、自分なりにそうした感覚について仮説を掴むことが出来たら、今度は周囲の同僚や街ゆく人々を観察しながら、それがどれほど普遍性を持つものなのか試し算していく。そうした作業のなかからコンテンツや商品のアイディアが生まれてくる。そのようにして、いわば「人間とは何か」、「人は何に喜ぶのか」という本性に迫ろうとする営みが、私どもが提供する付加価値の源にあるのかなと考えている。(37:54)

また、私どもは消費者との長期的関係をつくるために囲い込みをせず、隣人としての距離感を大切にしている。「通販をしているなら顧客リストをデータマイニングして云々」といったことを薦められるときもある。しかし、たとえば2年前であれば喜んで手帳を買っていらしたかもしれないが、今どのようなお気持ちでいるかは分からない。そういうお客様にいきなりDMを送り、それで本当に喜んでいただけるのか。従ってお客様との距離感に関しても独特の気遣いをしている。言ってみれば、「いつ見に来ていただいて良いですし、距離を置いていただいて良いですし、でも毎日更新しているから気が向いたらまた帰ってきてくださいね」といった関係を目指している。(38:33)

鎌田:非常に斬新な考え方をお伺い出来た。「顧客インサイトとは自分インサイトであり人間洞察だ」と。嘘っぽさがなく、さらに言えばスタッフの動機にも配慮して経営している点がそうしたイノベーションの鍵だと感じる。ただ、スタッフの動機というものを敢えて悪く受け取ると、放っておくとその人の趣味に走ってしまわないかという懸念もあると感じる。動機を維持し続けること自体、多くの企業にとって悩みの種であると思うが、その辺の配慮や工夫としてどのようなお考えがあるのだろう。(39:41)

篠田:まず、事業領域がインターネット上という前提がある。そこでウェブサイトを毎日更新していると、常にお客様の反応がリアルタイムで入ってくる。しかもそれは秘密にしておくことは出来ず、同僚を含めて世界中に分かってしまう。そうした環境であることに加え、広告を掲載しない、つまりスポンサーがいない事業形態であるため、全社員が「お客様・ユーザー=自分」としたうえで何が一番良いかを考えることに集中出来る。「上司が言ったから」「スポンサーが言ったから」といった話がまったくないということだ。そのために動機が削がれることもないというのは大事なポイントだと思う。(40:50)

また、大抵の商品プロジェクトは3人ほどの小さなチームでゼロから企画し、同じチームで商品づくりや販売ページの制作、あるいは納品の管理まで行う。ミスミの三枝匡会長は著書で、「“創って、作って、売る”ということを事業部単位で埋め込むんだ」と書かれていたが、規模こそ違うもののその辺は私どもの考え方にすごく似ていると感じる。その単位ですべてを進めていく以上、否が応にも自分のやったことがすべて自分に返ってくるの。これは動機を大いにかきたてると思う。(41:51)

鎌田:今後のチャレンジに関してはいかがだろうか。(42:45)

篠田:糸井重里一代で事業を終わらせるつもりはなく、私どもとしては事業を継続していくつもりだ。従って、糸井重里という人物の個性に依拠する部分とそうでない部分を分けたうえで次世代に継いでいくということを大きなテーマとして考えている。(43:04)

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