GDO石坂信也氏×ネクスト井上高志氏×ワークス牧野正幸氏「ベンチャーの組織マネジメント」前編 

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「ベースとなる考えは『利他主義』。世のため人のため、皆を幸せにしたい。皆というのは顧客だけでなく社会全体だ」(井上)

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神原弥生子氏(以下、敬称略):壇上の御三方は日本が停滞していたこの10年間、成長を続けてきた企業の経営者だ。今日は他で聞くことの出来ない赤裸々なお話を伺いたいと思う。まずはその歴史も振り返りつつ自身と会社の紹介をお願いしたい。(3:18)

井上高志氏(以下、敬称略):現在東証一部に上場しており、HOME'Sという国内最大級の不動産ポータルサイトを運営している。HOME'Sは売上のおよそ99%を占めるが、今後は地域情報サービス等の新規事業も第2・第3の柱として育てていきたい。(4:13)

ネットベンチャーと言われる我々だが、理念経営型の企業だ。日本型というか、ウェットな会社だと思う。ベースとなる考えは「利他主義」。世のため人のため、皆を幸せにしたい。皆というのは顧客だけでなく社会全体だ。どのようにすれば多くの人がハッピーになる社会をつくることが出来るか。また、どうすればそのためのイノベーションを起こすことが出来るか。理念として、そんなことを考えながら続けてきた。(4:40)

HOME'Sでは賃貸や売買だけでなく、建築、投資、引越し、そしてインテリア等、住まいに関わるほぼすべての領域を全国に渡ってカバーしようとしている。世の中に流通する物件情報は常時500万件ほどにあるが、創業時から「この500万件をすべてデータベース化し、網羅しよう」という理念があった。最終的には皆さまがお住まいの住宅を含めた5700万件すべてをデータベース化したい。そこまでやったうえで、同業界の情報プラットフォームあるいはインフラになることを目指している。(5:34)

この事業をはじめたのは20年前、当時の自分が不動産業界に対して「何故これほど不透明なのか」「なぜこれほどユーザーのためにならない情報操作ばかりするのか」という思いを持っていたためだ。そこですべての情報をデータベース化して、オープンに、フラットに、誰でも見ることが出来るようにすれば、嘘をつくことが出来なくなると考えた。それによってクリーンな業界にしたいと、創業時からこだわってやってきている。(6:09)

創業から足元までの売上推移を見てみると、創業後5〜6年間はかなりの低空飛行だった。ただ、そこで止めてしまうベンチャーも多いと思うが、僕らとしては「絶対にこれで突き抜けることが出来る」という自信があった。ヨットに例えるなら無風状態で帆を出し、頑張っていたという感じだ。なにかこう…、努力と根性でやっていたような期間と言える。(7:08)

その後は事業モデルがかみ合いはじめ、6〜7年間はほぼ毎年前年比60%以上の急速な成長を実現していった。売上は5〜6年でおよそ20倍になり、その間、マザーズそして東証一部への上場といった変遷を経てきた。これはヨットに例えるなら追い風に乗って自分たちの実力以上に大変な勢いで伸びた期間になる。ただ、そのあと3年間は踊り場のような時期を迎える。いわば逆風状態だ。ただ、そこで人や組織が成長した。舵切りや帆の高さ1mmに大変な神経を使って前へ進んだことで、会社は大変強くなった。(8:07)

端的に言うと4Pのイノベーションだ。プロダクトとしては10年ぶりにHOME'Sのウェブサイトをリニューアルした。SEO対策も施し、ビッグワードに関してはほぼ最上位で表示されるようにした。また、プライスとしては料金モデルを掲載型の広告料金から反響課金型に変えた。問い合わせが発生したときのみ従量制で課金する形だ。目的は物件数を飛躍的に高めること。それに成功して物件数は増えたのだが、プロモーションの力がまだ弱かったので、売上の1/3となる40億円ほどをTVCM、交通広告、そしてSEO/SEMに投入し、それで浮上していった流れになる。また、それに合わせたプレイス戦略として営業網もすべてかみ合うようにした。(9:21)

その4Pがかみ合ってきたことで足元ではまた二桁の成長に戻ってきた。ただ、我々としてはさらに成長してメガベンチャーになりたい。牧野さんは「年間売上高100億円なんて全然メガじゃないよ」と仰っていたが、本当にその通りだ。少なくとも1000億を超えるような企業が真のメガベンチャーだと思うし、我々もそれを目指して戦略を立てている。(9:48 )

石坂信也氏(以下、敬称略):ゴルフダイジェスト・オンライン(以下、GDO)は名前の通り、ゴルフ関連の仕事をしている会社だ。創業13年になる。基本的にはゴルフ用品の物販を行っているが、メディアも大々的にやっているほか、予約サービスも手掛けている。コンシューマビジネスが8〜9割で、残りがゴルフ場向けのシステム構築等のBtoBビジネスだ。売上規模は物販がおよそ100億、予約系システムが30〜35億、メディアが10億。基本的にはこの三事業でどのような相乗効果を生んでいくかが事業の鍵となるが、このほかにも7箇所ほどリアルな店舗やスクールを経営している。(11:31)

今日のテーマと絡めつつ成長に関してお話をすると、我々はこの2〜3年で踊り場に来ている。色々なことに挑戦し、歯を食いしばってやっていたというのが去年までの状態だ。、今年はその成果が少し出はじめるかなという期待の年になっている。(12:08)

「『日本企業は何故ITにこれほどべらぼうなコストをかけるのか』と感じていた。その割に良いものがまったく出来ていない」(牧野)

牧野正幸氏(以下、敬称略):我々は創業17年。つくっているのはSAPやORACLEが提供しているような大企業向けERPパッケージだ。競合相手は事実上この2社だけという状態で、創業時は「すぐに潰れる」「勝てる訳がない」等、めちゃくちゃな言われようだった。ただ、そのなかでも奇跡的に戦うことが出来ており、現在まで成長してきた。現在は上場企業の2.5社に1社ぐらいが当社のお客さまになる。(13:34)

創業理由は単純だ。ITコンサルタントとして大企業を担当していた頃、日本にも海外にも行って「日本企業は何故ITにこれほどべらぼうなコストをかけるのか」と感じていた。その割に良いものがまったく出来ていない。その理由を探っていった結果、「ソフトウェアは買うもの」という概念がある海外に対し、「買っても仕方がないから自分たちでつくろう」という自前主義の日本という違いに気付いた。で、ヨーロッパにはSAP、北米には当時ピープルソフトという会社があったものの、アジアにはERPベンダーがなかった。だから我々がそれをつくろうと考えた。現時点では我々がアジア最大のERPベンダーになる。シェアも日本国内ではSAPを抑え、ぎりぎり1位のポジションを獲得している。(14:31)

ただ、踊り場に入ったのは皆さんよりも2〜3年早く、リーマンショックを経た2009年前後以降の1〜2年間がその時期にあたる。で、その時期以外は順調に推移しているようにも見えるが、正直、順調だったという気はあまりしていない。また、この十数年で大きく後悔していることも自分としてはいくつかある。ただ、ともかくも現在は社員数で言うと国内2600人前後、海外200人前後の企業にまで成長した。現在、外国人比率は7%、採用数に占める外国人比率は20%に達している。(15:43)

神原:踊り場というのはどの企業も迎えるものだと思うが、そこでどういったことが何がターニングポイントになったのかも伺いたい。ワークスアプリケーションズ(以下、ワークス)はMBOにより2011年に上場廃止した。同時期に他にもMBOした企業があり、ベンチャーにとっては上場とともにMBOもひとつの選択肢になってきたのかなという印象だが。(17:02)

牧野:本音で言うと、MBOは別に良いことでもないと思う。失敗したからMBOをしただけ。では何に失敗したのかという話になるが、事業的には成長を続けていた。我々も一時は上場し、ある意味でベンチャーの王道といった進み方をしていた訳だ。グロービス・キャピタル・パートナーズを筆頭としたVC各社にお金を入れて貰い急激に成長していた。そうなると当然どこかでイグジットしなければならない。従って「出来るだけ早く」ということで、創業5年目に上場した。(17:53)

その後も株価は上がり基調だったが、ここが失敗だったと思う。お金を集めるところも上場するところも良かった。そうでないとVCにお金を返すことも出来ず、彼らもイグジット出来ないから。ただ、たとえばシリコンバレーのベンチャーキャピタリストたちと話をすると、「日本はIT上場企業の墓場だ」と言う。上場後に絶対に伸びない戦略を打ってしまうからだ。彼は「上場後、利益を伸ばし続けるための努力が早過ぎる」と言っていた。それでひたすら利益を守らなければならないようになり、研究開発投資や人員採用のスピードが一気に落ちる。(18:48)

特に彼らは、「日本のIT企業は規模が小さいうちからM&Aをし過ぎる」と指摘していた。M&Aであれば大変長い期間をかけて償却するから利益に影響が出ない。「そのため、規模の割にはどう見ても無目的なM&Aをやり過ぎていて、それが結果的に成長を阻害している」と。実際、1000人のエンジニアがいる会社を買って成長するよりも自分たちで1000人採用したほうが安いに決まっている。それでも敢えてM&Aを行うのは利益が心配だからだ。(19:28)

一方、Amazon等の米企業は上場後も資源や人材にお金をかけまくる。実際、ソフトウェアは卸売業ではないのだから安くすれば売れる訳でもないし、我々も「売上高の成長は約束しますが当面は赤字です」と言えば良かった。ただ、私がそれを言えなかった。それで色々な人にコミットするうち、少しずつがんじがらめになってしまった。ある年の利益が30億なら翌年は40億出すように言われる。そこで、「30億いかないかもしれません」とは言えても「来期と再来期は多分赤字です」と言えない雰囲気になってしまう。MBOをして思ったのだが、この辺に関して日本の上場企業経営者は少し病的だと思うし、自分もそうなっていたと思う。それがMBOを行った最大のきっかけだ。(20:22)

神原:たしかに先般もシンガポールにオフィスを構える等、MBO後は大変積極的な動きを見せている。今は具体的にどのような違いを感じているのだろう。(20:48)

牧野:キャッシュフローというか資金がゼロにならない限り会社は潰れない。それで「潰れるまではやっていい」というダイナミズムが今はある。実際、うちはキャッシュリッチな会社でキャッシュフローが廻りやすい。利益が±ゼロなら会社は潰れない訳だ。しかし以前は…、経営というのは分からないところもある訳で、経営計画を立てたとしても「それに向かって投資してしまったら…」と考えてしまっていた。実際、売上げが達成出来ない年もある。そうなるとその瞬間に利益も一気に減って、場合によってはマイナスになってしまう。だからこそ「万が一達成出来なくても」というリスクを考えて投資額を決めるから、投資がこじんまりしてしまっていた。(21:30)

たとえば今年の年間採用は国内外合わせて20%ほど増やしている。日本で300〜400人、海外で100数十人採用した。しかし、これだけ採用すると…、今年はたまたま伸びたが、仮に売上げが伸びていなかった絶対に赤字だったと思う。つまりそういうことが出来るようになった。これは本当に大きな違いだと思う。(21:55)

石坂:めちゃくちゃ勉強になるので私からも質問をしたい(会場笑)。牧野さんが現在の方向に踏み切ろうとしたときは、誰かが背中を押してくれた、あるいは良いアドバイスをしてくれたということがあったのだろうか。(22:33)

牧野:ワークスは創業時からメガベンチャーを目指していた訳だが、海外では似たような業態の会社がここ10年で10社以上、すでにうちを逆転している。それで「この成長速度の差はなんなのか」と考えたとき、一番の理由は人材の流動性だと感じた。とにかく彼らは半端ではない勢いで人を増やす。しかも誰でも良いという訳ではなく、年収1000万クラスのエンジニアをシリコンバレーあたりからどんどん引き抜いてきている訳だ。そこで払うことが出来るのも凄いが、とにかくそれで社員数を400人から800人、1600人から3200人にしていけば開発スピードも変わる。(23:29)

では彼らの利益がどうなっているかというと、毎年赤字を出している。それを見ていて、「今のような状態のままなら、俺たちが死ぬまで1000億のメガベンチャーになるということはないだろう」と思った。それが一番の理由だ。MBOを決めたのは私が48歳のとき。次に年男となるときはお爺さんになっている。「これでは間に合わない」と思った。それほどこじんまり、手が縮こまった状態で経営していたということだ。(24:02)

「成長ステージでかみ合わなくなっていった。そんなときは役員構成も変えなければいけないだろう」(石坂)

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神原:石坂さんはどうだろう。踊り場やシステムトラブル等、これまで色々あったと思う。そうしたことをどのように乗り越えてきたかというお話を伺いたい。(25:02)

石坂:昨年、私は社外役員をしていた会社でMBOを手伝ったことがある。そこでMBOの過程とともに社長や副社長が変わっていくさまを客観的な視点で目の当たりにして、それが色々な意味で学習となった。大切なのは自分をどういった精神状態に持っていくことが出来るかだと思う。実際、色々あると言えばある。ただ、そのなかでも「結局のところ自分は何を目指しているの?」と。会社としてもどこへ行こうとしているのかをきちんと考え、ブレないでやっていくことが大事だ。そう考えてみると…、まあ振り返ってみれば色々あったと思うが、それらは皆、大した話ではなかったとも感じる。(26:27)

敢えて言うと、色々な出来事が起こるたび、周りに相談する、あるいは自分や会社のなかだけで考えないという視点をもっと意識しても良かったのかなと思う。その意味もあったので、牧野さんには色々と相談出来るような経営者仲間がいたのかなということを伺った。社外の役員でもいい。自分にとって本当のご意見番を持つことが出来るというのは極めて大事なことだと思う。質問に答えていないが。(27:16)

牧野:私も質問したい。お二人も同じだと思うが、創業当時は「潰れるかも」と思うことがあったと思う。当然だ。いつ潰れるか分からないような状況のなか、なんとか潰さないようにするのが精一杯という期間が僕にもあった。そういう時期がベンチャーには必ずあるが、しかしあるタイミングで、気付いたときはそれを乗り越えている。そのうえで、絶対とまでは言わないが、「まあ、潰れないよね」という感じになる。実際、今は無難に経営していればうちもGDOもネクストも潰れないと思う。そう感じるようになってからは、かなり思い切ったことが出来るようになったと思う。そのタイミングはいつだったとお感じだろう。意外に思い出せないかもしれないが。(28:05)

井上:うちは創業して5〜6年経ってから。あとは上場して資金を36億調達し、「あ、これで勝負出来る」と思ったときだろうか。(28:23)

石坂:自分で話していても格好悪いと思うが、我々は上場にあたってそれほど調達出来なかった。あと、「潰れないな」と感じたタイミングというより、「このままでは上場会社としてもエクイティで大した資金を調達出来ない」と感じたことがある。4年前の話だ。けれども、勝負しなければいけないと。それで当時、役員合宿を行った。狙いは「現在のバランスシートであればどれだけ借金出来るか」を見極めることだった。そこで「だいたいこれぐらいは借りることが出来るんじゃないか?」という一定の結論に至った。それで3〜4年前からデットで現在の投資を賄っている。(29:18)

従って、「潰れないな」というより、「このぐらいの借金をして勝負しても大丈夫じゃないか?」という自信を、その合宿を行った3〜4年前に持った。借金には賛否両論あると思う。「上場会社が何やっているのか」という意見もあるだろう。ただ、選択肢としてそれを使わないと勝負に出ることが出来なかった。今はまだ返済しているところだが、とにかくそういう判断をしてきている。(29:53)

神原:社外役員ばかりだった時期があったとのことだが、今はどうだろう。常勤は現在ふたりとのことだが、どういった狙いで社外役員ばかりにしていたのか。(30:07)

石坂:格好良く言えば今風のコーポレートガバナンス。ただしもうひとつ、格好悪い理由として、実は創業メンバーでかつ常勤役員であった人たちとあまり上手くいっていなかった時期があったというのもある。上場前後の話だ。それでふたりほど辞めていった。他の数人も、気は合うけれども目指す方向感やワークエシックスが合わなかった。「どれだけがつがつやってくれるのか」という視点で考えた際、彼らの部下を含めて成長ステージでかみ合わなくなっていった。そんなときは役員構成も変えなければいけないだろうということで、結果的に社外役員ばかり残っていった次第だ。ただ、牧野さんは創業メンバーの皆さまと今も変わらず週に何度か、昼飯を一緒に食べているという。格好良いなと思う。理想的だ。(31:22)

牧野:役員が3人しかいないから。彼らは創業時にピックアップしたメンバーだ。ただ、僕は阿部(孝司氏・代表取締役最高執行責任者)の家に行ったこともない。彼は上場したときに家を新築したので、僕はその家に合うめちゃくちゃ豪華な柱時計を彼にプレゼントした。で、そうしたら普通は「新居が出来たから見に来てください」と言うところなのに全然言わないから(会場笑)、「あの時計どうなってるの?」と聞いたら写真が送られてきた(笑)。休日に遊ぶこともないし一緒に食べるのはランチだけ。漫才の相方みたいな感じで、仲が良いのか良くないのか分からない。ただ、リスペクトはしていて、「彼がやれば大丈夫」という思いはあった。だから「ワークスのチームマネジメントっていいよね」とよく言われるが、これはあとからつくることが出来ないものだと思う。(32:33)

井上:会社というのは創業してなんとか潰れず成長したのち、そこからさらに上場等を行って伸びていく。ただ、上場して自分たちもある程度貧乏生活から抜け出した時点で経営チームが緩む会社もあると思う。そうならずにアクセルを踏み続け、たとえばデットで数十億借りる、あるいは「赤字にしても良いからメガベンチャーにする」と成長にコミットし続ける経営者は上場企業全体でどれほどの割合になるとお考えだろうか。(33:28)

牧野:1%ぐらいだと思う。(33:30)

井上:僕もそう思う。そこまでやりきろうという人は1%ぐらいしかいない。(33:35)

牧野:うちは上場したタイミングが早かったこともあるし、上場後4〜5年は株価も異様に高い状態だった。後者はどこでも同じだ。それまで死に物狂いでやっている訳だし、リスクを取らざるを得ない状態だったから。そのときの成長速度が上場後もしばらく落ちないから、それが無限に続くかのように見えてしまう。ただ、そのときに資金を調達したり自分の持ち株を売ってしまうと、その後は安定運営したいという気持ちになるのが人間の心理だ。それで結果的にほとんどのベンチャーがメガにならず、「ま、いっか」となってしまう。やる気はあるものの株主との対話もあるから少しびびった状態のまま進んでしまい、それで成長速度も少しずつ落ちる。(34:33)

井上:そう感じる。うちの場合、たとえば役員の変遷を見てみるとタイミングごとに体制を変えている。会社の成長ステージに合わせて変わらざるを得なかった。ワークスが奇跡的だなと思うのは、それが創業時の3人で続いているところだ。たとえばトップがチャレンジ魂で踏み込もうとしても、役員のほうは「もういいんじゃないですか?」という感情に襲われがちだと思う。それでもチームとして、経営ボードとして、「チャレンジし続けるんだ」というところに持っていくのは相当大変だ。それが出来るとものすごいパワーになると思う。僕らはそのために体制を変えざるを得なかった。初期の成長スピードに、個々人の成長スピードがどうしても追いつかなかったからだ。そこでワークスが追いついていたのは何故なのだろう。(35:54)

「最初から最強メンバーでやらないと後でうまくいかなくなると思った」(牧野)

牧野:うちは参考にならないと思う(会場笑)。僕は創業前のコンサルタント時代から、「とにかく創業時が肝だ」と思っていた。だから創業前、阿部を説得するのに2年かけた。石川(芳郎氏・代表取締役最高技術責任者)は半年ぐらいで納得してくれたが、とにかく最初から最強メンバーでやらないと後でうまくいかなくなると思った。自分自身に出来ることの限界が当時から見えていたというのもある。少し傲慢な言い方だが、たとえば営業をやろうと思えば僕にも出来る。ただ、自分の営業力が日本一とは到底思えなかった。だから「日本一はこいつしかいない。こいつとなら無敵になりそうだ」と思った人間をふたりピックアップした。それが阿部と石川だった。そこからのスタートだから、すでに創業した人にとってはお二方のお話のほうがより実務的かつ実利的だし、より参考になると思う。(37:12)

井上:もし牧野さんに万が一のことがあった場合、その御二方がすぐにトップをやっても今までと同様に、もしくはさらに成長をドライブ来るとお考えだろうか。(37:24)

牧野:そう思う。僕と阿部と石川は性格的にもまったく違うし、得意分野も異なる。ただ、社員には、「“打ち合わせしているのか?”と思うほど、三人とも同じことを言う」とよく言われる。それはそうだ。いつも一緒に昼飯を食べ、雑談をしながら色々と意見交換をしている訳だから。実際、3人の仲が険悪になったこともある。ただ、険悪になっても、「もう駄目だ」とはならない。僕がしつこいから。「本当は俺が今決めたことを嫌だと思ってるでしょ?」と聞き続けたりする。すると最初は「いや、思っていないよ」なんていう風に大人な対応をするが、よく聞いてみるとかなり嫌がっていたりする(会場笑)。それを解消し続けたのが最初の4〜5年だった。(38:06)

神原:井上さんは創業以降、どうのようにして役員を決めてきたのだろう。(38:20)

井上:僕がはじめたのは26〜27歳のときだ。牧野さんのようにコンサル経験があった訳でもなく、一介の営業マンだった。だから当時はすごい人を引き入れるというより、馬が合う人とやるという感じでスタートした部分がある。ただ、たとえば現取締役の成田(隆志氏・取締役執行役員)は高校の同級生で、彼はスーパーエンジニアだ。その彼には「スタートアップでいつ潰れるか分からない会社には行けないよ、イノちゃん」と言われていたが、「そこをなんとか」と、2年かけて口説き落とした。そんな風に最初から思いや目的をきちんと共有した人間は長続きすると思う。(39:28)

あと、僕とは違うキャラを集めるということも常に意識していた。分かりやすく言うとゴレンジャーだ。理念は一緒で、地球の平和を守ること。ただし、「情熱的でリーダーシップ型のアカレンジャーもいれば、冷静沈着でクレバーなアオレンジャーも必要だし、ムードメーカーのキレンジャーもいるよね」と。ケミカルが異なる経営ボードをつくろうということは強く意識していた。結果、今のごレンジャーができた。(40:02)

神原:石坂さんはどうだろう。創業メンバーを決めた当時、あるいは今、「この人と仕事をしたいな」、「この人を役員にしよう」と考える決め手は何かあるだろうか。(40:15)

石坂:その辺で自慢出来るような経緯はないというか、どちらかというと失敗している。自分が持っていないものに惹かれ、しかし長続きしないという失敗だ。その辺の方法は未だによく分かっていない。で、過去にどういった経緯で経営メンバーを集めたかというお話だが、どちらかというと僕が声をかけた人たちは口説けなかった。1〜2年かけて口説けば良かったのかもしれないが、粘り強くないので。逆に「一緒にやりたい」と言ってくる人たちがいて、それで気分が良くなってその人たちにお願いするのだが、それでも上手くいかないことがある。その辺は意外と上手くいかない。(41:35)

井上:ゴレンジャーに大切なのは地球の平和を守ること。会社で言えば経営理念が心底心酔しているかというのが肝中の肝だ。ここがずれていると…。(41:49)

石坂:井上さんの世界平和という話にいつもやられてしまう(笑)。この辺について分かりやすく言うと、たとえばGDOと言えばゴルフであり、遊びであり、そして僕は色黒なだから、「毎日ゴルフをやってるんでしょ?」と言われる。そんなことなくて実はただの色黒というだけだが(会場笑)、そういう誤解をする人たちがたくさんいる。日本トップのアマチュア選手が面接に来て、「毎日頑張ってゴルフをします」なんて言ったりするから、「うちはゴルフのプロを養成する会社じゃなくてゴルフビジネスのプロを養成したいんだ」と。別にうちの社員は全員ゴルフをやるという訳でもないし、ゴルファーでないと会社で認められない訳でもない。けれどもそういう風に思われてしまう。本当は優秀なエンジニアや経理マンあるいはマーケッターが欲しいのが、「ゴルフで世界を繋ぐ」という理念を取り違える人たちがたくさんいる。そこでどうふるいにかけていくか。その辺で意外と苦労している。(43:35)

牧野:ゴルフ好きというだけでも人は集まりやすいし、自社の中心であるマテリアルを好きな人が集まってくれる訳だから、「さぞかしやり易いんだろうな」と思っていた。実際はそうでもなく、むしろやりづらいと。(43:56)

石坂:格好良く言えば、パタゴニア等でいつもサーフィンに行くような人たちが来る。どちらかというと、会社の部類としてはそちらのほうだ。そこでどうやって事業として成り立たせるのかという“術”を僕が身に付けなければいけないと思う。(44:14)

井上:逆に振り切ってしまうのはどうだろう。「ゴルフ好きばかりでいいじゃん」と。(44:22)

石坂:まさにそこだと思う。そこで恐れず、採用に関しても会社のカルチャーに関してもチャレンジするのが良いのだろうと思う。(44:42)

神原:専業特化しているからこそゴルフ好きの人が集まってくるという印象を、オフィスにお邪魔したときも受けた。本当に日本におけるパタゴニアになるかもしれない。(45:45)

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