メディアの使命 

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「時代対応し、国際競争力のある取材ができているか。適切なビジネスモデルを築けているか」(近藤)

関口和一氏(以下、敬称略):今、メディアは色々な課題を抱えている。普段、批判する側に立っている我々だが、今日は敢えて批判を受けようということで、このセッションの企画となった。ソーシャルメディアなどの登場で経済的基盤が揺らぐ一方、相対的な発言力も低下している。私はITを推進する立場で「ソーシャルメディア万歳」というようなことを普段言っているが、カニバリは存在する。ただ、既存マスコミと新しいメディアが協調関係をつくり、そのなかで世論を形成していくのが本来の姿ではないかと思う。従って今日はソーシャルメディアなどとの連携についても議論したい。まずはパネリストの皆さまに所属メディアの特性に基づき、それぞれ今お考えになっているメディアの課題・使命といったものについて伺っていこう。(02:17)

近藤洋介氏(以下、敬称略):メディアには愛憎相半ばする思いを抱いている。私が社会人になったのは1988年だが、入社した日経新聞では11年間、取材生活をさせて貰った。最初の5年間は産業部で企業の取材を、次の6年間は経済部で日銀や経済政策の取材をした。政治家としてのベースにもその11年間があると思っているし、今も「愛読紙は日経新聞です」と、嘘でも言っている(会場笑)。『日経ビジネス』も『プレジデント』も毎週読んでいる。私自身は活字とメディアが大好きな人間だ。(04:05)

そして今は議席を預かって今年で11年目。前政権下では経産副大臣の職を含め与党議員を3年間半務めた。取材される側も経験した訳だ。どちらが楽しかったかと言えば、取材をするほうが楽しかったというのが偽らざる心境だが、とにかくメディアの使命というのは非常に大きなテーマだ。メディアと言っても、新聞・雑誌・テレビ・ラジオと幅広い。今はインターネットもある訳で、ひと括りに語るのも難しいが、まずは私が感じている範囲でメディアが現在抱えていると思われる課題をあげたい。(05:27)

まず、新聞、それなりの発行部数を持つ雑誌、そしてテレビといった、いわゆる大メディアに関して敢えて言えば、現場の取材力に関する課題があると思う。辞めた人間がこんな話をするのもどうかと思うが、時代にマッチした取材が出来ているのかと。「日本のメディアに国際競争力があるか」という表現でも良いと思う。今まで日本語という非関税障壁に守られてきた大メディアだが、今はネット上にさまざまなメディアが登場してきた。誰もが記者といった環境で、動画投稿も出来るようになった訳だ。(06:51)

大メディアはそうした状況の変化にあっても十分戦えるほど、現場での取材力や深く掘り下げるような分析力を持ち得ているのか。私が現役だった15〜16年前と比べると、現在活躍している記者のほうがむしろ優秀かもしれない。ただ、時代にマッチした体制や取材力という点ではどうか。(08:07)

正直、特に政治メディアでは旧態依然とした取材等が目立つと感じる。大変熱心で優秀な記者さんはいる。ただ、たとえば「こいつとあいつは仲良い」といった政界裏話ばかりが未だ話題になっている。それはそれで大事かもしれないが、そんな話ばかりに優秀な面々が血道をあげる意味があるのかと思う。その辺で時代のニーズにそぐわなくなっていると、取材を受ける側としては感じる。(08:31)

それともうひとつ。やはり経営主体としてもビジネスモデルの壁というか、「大メディアは今相当大変なのだな」と、かつての同僚と話をしていても感じる。特に、放送、新聞、そして雑誌業界はそれぞれ規制に守られている。これは日本のメディアぐらいだ。海外に比べて明らかに守られている部分があると思う。(09:54)

たとえば新聞社は消費税の話になると、「新聞だけは例外にしてくれ。活字は文化だ」と言う。私も文化だと思う。ただ、新聞だけを例外にするのはいかがなものか。それを経営者は分かっている筈なのに、そう言わざるを得ない。それだけ経営が大変なのだろう。現場の取材レベルでも経営レベルでも、大メディアは大きな課題に直面している。特に国際競争力については大変深刻ではないかという提起をしておきたい。(10:48)

瀬尾傑氏(以下、敬称略):『現代ビジネス』はウェブメディアだ。紙媒体を持たず、デジタルだけで情報を発信している。まず、近藤さんが仰っていた軽減税率の話は象徴的だと思う。これまで多くの新聞社は財政再建のために増税が必要だと言っていた。しかし、雑誌や書籍といった出版を含む領域は文化だから軽減税率を適用して欲しいという要望を出している訳だ。(11:41)

それを支持する読者がどれほどいるのか。新聞・雑誌が文化あるいはジャーナリズムとして本当に必要であると、社会的に認知されているなら支持されると思う。実際、イギリスではそうなっている。しかし日本では支持されないだろう。会場にいらしている方のほとんども「おかしいのでは?」と感じると思う。(12:28)

メディアにはジャーナリズムの役割以外にマーケティングツールやコミュニケーションツールとしての役割もあると思う。で、ジャーナリズムに関して言えば、世界的にデジタル化が広がるなか、従来のビジネスモデルが崩れ去っていくという危機がある。そしてもうひとつが、今申しあげたように「国民の信頼を失っているのでは?」という危機だ。社会から求められている役割を果たせていないのではないかと。表裏一体だと思うが、そうした二つの危機があると思う。(13:03)

そうした問題を突き詰めた結果、『現代ビジネス』で新しいビジネスモデルをつくりたいと考えた。我々は主に政治・経済を扱っているが、たとえば新聞によるこれまでの政治報道は政局報道に偏っていた。先般の消費増税に関する報道は典型的なケースだと思う。小沢一郎さんが党を割るかどうかにばかり焦点が置かれ、「増税が日本に必要なのか」、「増税が世の中にどんな影響を及ぼすのか」といった議論があまり行われていなかったと感じる。(13:44)

新聞はそうした隘路にはまっているし、雑誌もスキャンダル報道に追われてばかりだ。『文藝春秋』の「赤坂太郎」シリーズのような、「実はこの人とあの人が仲良くて…」といった内輪話ばかりを報じ、肝心の政策議論がなされていない。しかし政策議論を行うメディアは必要だと、私は思う。特に現在のメディアはアジェンダ設定というか、今日本が本当に議論すべき課題を設定出来なくなっていると感じる。(14:28)

そういった部分を『現代ビジネス』というウェブメディアで補いたいと、これまで2年ほど運営してきた。で、今はウェブの広告収入という事業モデルに一定の手応えを感じている。ただ、今後は有料のモデルもつくりたいということで、新たな課金モデルとして『現在ビジネスブレイブ』という有料メールマガジンもはじめた。(15:17)

メディア業界にも新規参入が必要だと思う。元気のない産業では、往々にして新規参入が少ない。日本のメディア業界も同様だ。メールマガジンは小さい形ではあるが、これまでにないメディアの形態だと思う。コンテンツに関しても同様の考え方で進めており、今はたとえば『ニューヨーク・タイムズ』の翻訳記事などを紹介している。ポール・クルーグマンやジョセフ・スティグリッツ、あるいはリチャード・ブランソンやハワード・シュルツといった経営者等、海外で一流と思われている人々の話を通して日本以外の価値観もどんどん紹介していきたい。(15:44)

個人的なお話も少しすると、私は昭和63年、日経マグロウヒルという日経の子会社に入った。現在の日経BP社だが、これは元々、『ビジネスウィーク』を出しているアメリカのマグロウヒルという出版社と日経新聞の合弁で、「日本版ビジネスウィークをつくろう」ということではじめた会社だ。(16:24)

ただ、私が入社した1988年、アメリカのマグロウヒル経営者は「これからは電子の時代だ」と言って、本家『ビジネスウィーク』以外の株をほぼ売り払ってしまった。日経マグロウヒルは儲かっていたが、それも撤退すると。それで日経新聞がすべての株を引き受け、日経新聞の100%子会社になった。当時はインターネットもなく、『日経MIX』や『ニフティサーブ』といったパソコン通信の時代だ。その時代にそんな決断が出来たアメリカの経営者はすごいと思う。正直、当時はぴんと来なくて「この人はどうかしているのでは?」と思ったほどだ。(16:52)

実際、その決断自体はあまりにも早過ぎて上手くいかなかったが、それでもアメリカの経営者は決断力を持っていたと、今は思う。アメリカでは新しい形態のメディアが次々とベンチャーでつくりあげられる。既存メディアもM&A等を通して合従連衡し、ネットメディアとも組みながら試行錯誤を繰り返して新しい形をつくる。このダイナミズムが日本に欠けている。その辺をなんとかしたい。ロールモデルをつくって世の中を動かしていきたいという気持ちがあり、今も小さい形ではあるがやっている状態だ。(17:44)

「国有資産の電波を使う“公共性”と広告主からの資金を使う“商業性”。その二律背反と視聴率のプレッシャー」(丹羽)

丹羽多聞アンドリウ氏(以下、敬称略):G1には初回から参加しているが、メディアは毎回悪者になっていたので今回のようなセッションでぜひ議論したいと思っていた。今日は新聞、ウェブ、放送、雑誌とバランスよくパネリストが並ぶ格好になった。内容面については私自身はどちらかというと、ジャーナリズムでなくエンターテインメントに長く関わっている。報道にいたのはわずか2年程度だ。ちなみにその間、尖閣諸島に上陸したこともある。他局は空からの映像しか持っていないが、私たちの映像は唯一の陸上映像だ。そこに今より20キロ痩せたイケメン時代の私が映っていたりする(会場笑)。(18:55)

放送業界というのは特殊だ。公共性が求められる。限られた資産である電波を国から割り当てていただき放送事業をやっている以上、某S新聞社のような偏った報道は放送では行えない。ただその一方、広告主さまからいただくお金で運営をしている訳で、公共性と商業性のあいだを行ったり来たりしなければいけない立場にある。(20:00)

それともうひとつ。放送局には“物差し”が少ない。新聞や雑誌やウェブであれば閲覧数や発行部数といった物差しで経営が成り立つと思うが、放送は違う。地上波では視聴率、私がいるBSSでは接触率、そしてラジオでは聴取率に左右される。それが正しいか否かはさておき、あくまで数字に左右される訳だ。(20:42)

新入社員の頃、素晴らしい番組制作をしている部が隣にあって、当初はスポンサーも「数字が悪くても支える」と言っていた。ただ、最終的にはやはり数字が悪いという理由で打ち切りになった。物差しがあるため、常に大衆迎合を求められるというジレンマがある訳だ。従って課題は三つ。公共性と商業性のあいだを行ったり来たりしなければならない点、物差し故に大衆迎合が求められる点、そして経営の危機。こういった課題のなかで、どのように放送メディアとしてやっていくかを今は考えている。(21:07)

面澤淳市氏(以下、敬称略):G1メンバーの1/3前後は取材先としてお世話になっている方々なので、まずは媒体の紹介をしたい。『プレジデント』はビジネス雑誌だ。編集部内に業界担当制はない。全員が記者という訳でもなく、どちらかというと編集によって加工された2次情報で成り立っている。保守本流の一次メディアとは異なりニッチだ。発行は月2回で部数は20万部。大きいと言えば大きいが、新聞やテレビに比べると注目度や影響力は限定的だと思う。(22:23)

編集上の特徴は大特集主義を採用している点だ。およそ50ページに渡り、内外から大きなテーマを選んで特集を組んでいる。また、特集では経済や経営のお話とともに、生き方や人生観について経営者や部長クラスの方々に語っていただくというのが基本的なスタイルだ。たとえば日本電産の永守重信社長には業界や世界経済の見通しに加え、ご自身のキャラクターや人の育て方といった人間味溢れるお話を伺っている。この辺はほかのメディアと比較してもユニークなところかなと思う。(23:35)

特集以外はいわゆるジャーナリズム的コンテンツだが、いずれにせよ基本的には企業やビジネスパーソンを応援するような読み物を書いている。弊誌の目的は「日本と日本人を元気にする」だ。また、「面白くてためになる」という点も大事にしている。やはり商業出版だ。メディアは社会の公器かもしれないが、手にとって読んでいただくため、まずは面白いものにしなければいけない。そのうえで「ためになる」という目的がある。読者に正の効果をもたらすよう、やる気を出して貰い、次の行動に繋げていけるような企画を誌面に反映させていきたい。(25:25)

そうした誌面の企画にあたり、弊誌は3つの原則がある。ひとつは「虚心坦懐、事実ありのままを見ているか?」。意外とありのままには見ていないのが人間だと思う。イデオロギーや世代論で簡単に物事を決め付けてしまいがちだ。それをとりあえず外して、自由に物事を考える。二つ目が「“出る杭を伸ばす”方向であるか?」。出る杭が打たれることの多い社会だが、伸ばすことを意識しなければいけないと思う。どちらかというと商業出版は面白くするため、人々の嫉妬感情に訴えかけ、出る杭の足を引っ張りがちだ。リクルート事件や光通信、あるいはライブドア事件もそうだった。しかし私たちとしては少しやり過ぎではないかと思っている。で、そしてもうひとつが、「子供たちの未来のために良いことか?」。そこもきちんと見ておこうと考えている。(29:09)

当たり前の話だが、メディアの使命は、社会の健全な発展に貢献出来るよう広く正確に、わかりやすく情報を伝えることだ。情報が増え過ぎて錯綜している現代社会にあって、生の情報ばかりでは大変だ。情報を発掘し、整理し、方向付けを行う牽引者が必要だと考えている。そこで媒介としてのメディアは間接民主主義における重要なツールになると思う。(30:52)

で、今後のあり方についてだが、ネットに軸足が移るとしてもメディアの中身はあまり変わらないかもしれない。あるいは変わるかもしれないし、その辺はまだ分からないが、今は色々な方が試行錯誤をなさっていると思う。最近は気になっているのは、成毛眞さんが代表を勤めていらっしゃる『HONZ』という書評サイトだ。一般社団法人の運営だが、本好きな方が集まり、「本当に好きだから書いている」というスタンスをとっているので信頼感がある。ビジネスとしてどうなっているかは分からないが、事実、出版社や書店では帯やPOPに同サイトの書評を使うところも出てきた。(31:36)

書評を書いていらっしゃる方々はお金を貰っている訳ではない筈だが、個人のブランド力があがるインセンティブは出ると思う。実際、成毛さんの本は売れているし、他の書評メンバーも最近は露出が増えている。彼らの本も売れているのかどうかは分からないが、少なくとも個人の発信力とともにご本人たちの価値も上がっているだろう。私としては、こういうことが他の分野でも起きてくるのかなと思っている。(32:54)

「署名記事やソーシャルメディアでの個人発信により、ジャーナリスト個々人の緊張感を高めるべき」(瀬尾)

関口:お話を伺い、大きくは二つの問題があると感じた。まずは「信頼性が失われている」、「アジェンダ設定が出来ていない」、「取材力が落ちている」といった、メディア自身の体力が減退している問題だ。そしてもうひとつが経営問題。まずは前者について、個人として、そして組織としてどう考えていくべきかを議論したい。既存の、いわゆる大メディアが抱える問題とはどういったものになるのだろう。(34:02)

瀬尾:先ほど近藤さんが提示した「取材される側から見たメディアの問題」は、読者が感じる問題意識ともそれほど変わらないと思う。新聞記者も雑誌編集者から見た課題もほぼ同じだ。我々としても、「ジェラシーを煽る記事や表層的なものでなく、もっと深い記事をつくることが出来ないか」といった話をいつもしている。(35:21)

では、どうしてその課題が分かっているのに解決出来ないのか。現場のジャーナリストは、企業および経営論理の範囲でやらなければいけない部分と、ジャーナリストとして自分の判断でやるべきことのあいだを行ったり来たりしている。特に我々のようなサラリーマンジャーナリストは取材を重ねるうちに地位も上がる。すると会社の言うことも聞かなければいけなくなり、言いたいことが言えなくなるケースも増える。(36:00)

ただ、それを解放する手段はあると思う。今は幸いにしてソーシャルメディアが広がり、個人で情報を発信出来るようになってきた。アメリカの新聞では署名原稿が多い。そういう環境では、たとえば社論と違っていたとしても読者のほうを見て、世の中に評価される記事を書くことが出来ると思う。ジャーナリズムとして本当に評価される記事を書くことが出来たら、たとえば「この会社は居心地が悪かったけれども、次の会社で自分のポジションを取ることが出来る」と考えるかもしれない。(36:47)

その意味でも個人の名前で行動出来る署名原稿を増やすべきだと思うが、そこは各社の方針によるので、なかなか…、会社が変わるかどうかは分からない。ただ、今はソーシャルメディアで個人が発信を行える。そこで、たとえば取材過程や取材への反応等、記事に出来なかった部分を世の中に問い掛けていく。同時に自分の記事に対する世の中の評価を知ることも出来るだろう。そこで反論も出来る。そのなかで我々はソーシャルメディアと補完的な関係をつくることが出来ると思う。ウェブメディアとソーシャルメディアは敵対関係ではない。(37:37)

もちろんソーシャルメディアにも問題はある。フェイスブックやツイッターで話題になるのも、どちらかと言えば人の揚げ足を取るような話題、誰かの悪口、あるいはお涙頂戴の感動話だ。その辺はテレビや雑誌と同じ。ただ、良い部分を上手く使えば今のメディアが抱えるような、個人と企業の狭間を行ったり来たりする部分を埋めていくことは出来ると思う。(38:36)

丹羽:アメリカでは全記者にツイートを認めている新聞もある。そうすると記者にファンがついて、新聞購買にも繋がるという。また、ツイッターで何百万というフォロアーを持った記者が、あるとき「今日大統領を取材する」と、市民に質問を募ったうえで取材を行ったということもあった。(39:14)

テレビ局には何千倍という倍率を勝ち抜いて入社した結果、上から目線になるような記者もいると感じる。そういう環境に甘んじないためにも、皆が何を思っているかが瞬時に分かるソーシャルメディアを取材に反映させるのは面白いと思う。(39:56)

関口:最近は画面の下にテロップのような形で、ソーシャルメディアからの声を流す番組も目にする。放送はソーシャルメディアをかなり採り入れているのだろうか。(40:22)

丹羽:報道に関してもエンターテインメントに関しても、リアルタイムでソーシャルメディアを活用するという考え方は、今は全局で進めていると思う。(40:39)

瀬尾:上から目線になっているというご指摘は大事だ。日本ではジャーナリズム教育をきちんと行う大学や専門機関がほとんどない。最近は早稲田がJ-Schoolでそういうことを教えるようになったが、アメリカでは多くの大学にジャーナリズムのコースがあり、取材の方法論から「メディアとは何か」という考え方まで教えている。(40:54)

しかし日本はどちらかというとOJTだ。とりあえず記事を書かせ、先輩が取材をしながら教えている。私は新人時代、「仮に批判記事を書くとしても、相手が納得出来るような記事を書け」と言われていた。それは一面正しいが、ともすると自分の記事に対する反応ばかりを…、たとえば経済記事に対する業界の反応ばかりを気にしてしまうことにもなる。そうではなく、ポピュリズムになるのでも業界の反応を伺うのでもなく、もう少し広いところで自分の記事がどう読まれているかに目を向ける必要がある。その意味でもソーシャルメディアは役立つと思う。(41:26)

私は『週刊現代』を担当していた時期もあるが、記事に関して編集部に抗議にする方はいたし、場合によっては訴訟を起こす方もいた。それはそれで応える。しかし一番応えるのは名指しで言われることだ。ときには自分も反論しなくてはいけない。その意味でも署名記事を書くときには緊張感が生まれる。それをメディアに持ち込むことで取材者の能力は大変高まると思う。(42:33)

関口:面澤さんのところはどうだろう。(43:12)

面澤:ソーシャルメディアに関してはなんの縛りもない。そんなにたくさんやっている訳ではないが。(43:16)

「頑張っている者を応援すると同時に、ウォッチドッグとしての機能もやはり求められる」(近藤)

関口:日経新聞は個人の発信を禁止にしている。「発信するのなら所属メディアでやるように」と。いくつか理由はあるが、まず読者からの訴えに対して会社として受けて立たなければならないという背景がある。個人が自由意志でやったことに関して会社が受けるというのも変な話だ。それと日経ではコラムを署名で書いているが、それ以外は会社として記事を書いている。従ってそこに書かれていないものを他のソーシャルメディア等で勝手に発信するのはよろしくないだろうという理由もある。近藤さんはこの辺についてどうお考えだろう。(43:23)

近藤:緊張感は大事だ。政治については先ほどのお話に集約するが、やはり今のテレビや雑誌では「誰と誰の仲が良いか」といった緊張感のない身内話ばかりになっている。そういうのではなく、たとえばひとつの法律に関して背景を調べあげ、「こういった人々が絡み、こんなお金の動きがあった」という記事を書いて欲しい。政治家の私が言うのも変だが、そのほうが政治家としても痛いし、世の中にとっても大事だ。(44:04)

深く掘り下げていけばもっと楽しくなるというか、意味のある取材になる。話題はたくさんある筈だ。こう言うと政治部の皆さんに怒られてしまうが、今の政治面にはそういうニュースが欠落している。面澤さんが仰っていた元気付ける報道をすることもメディアの大きな役割だと思うが、その一方では…、青臭い言い方だが、権力を持つ者に対するチェック機能も大事にして欲しい。その両方が今の日本では中途半端。それで多くの人々がフラストレーションを溜めているのではないか。(45:02)

瀬尾:深掘りは大事だ。ビジネスモデルとして考えても、その辺がソーシャルメディアやブログメディアとの差になると思う。「この政策決定の裏に何があったのか」といった問題に関して、時間経過や人間関係を含めたさまざまなことを、多くの人々にあたって取材していく。そういった調査報道的な取材を個人のブログメディアで行うのは難しいが、新聞や雑誌であれば可能だ。(45:59)

企業メディアはそちらに特化していったほうが良いと思う。もっと言えば、役所で発表するような情報は通信社に任してしまえば良い。共同通信や時事通信ですべて買っても良いと思う。で、日経や産経といった他のメディアは深掘りに特化していくというのが、ビジネスモデルの面で考えてもこれから進むべき道ではないか。(46:37)

関口:丹羽さんはどうだろう。放送は大衆迎合的にならざるを得ないとのお話もあった。いわゆるお茶の間ジャーナリズムというのは私もどうかと思っていたが。(47:09)

丹羽:メディアに求められているものとして、権力をチェックする機能、正しい情報を提供する機能に加え、広く解説する機能もあると私は思っている。たしかにお茶の間ジャーナリズムに関して言えば、たとえば「こんなやつに言われたくない」といった批判はあると思う。ただ、広く解説する機能という点で言えばあったほうが良いのではないか。お茶の間ジャーナリズムというのはそういうものだと捉えている。(47:28)

関口:面澤さんのところは大特集ということでまさに深掘りだと思うが、そのやり方で上手く言っているということだろうか。(48:16)

面澤:調査報道的なものはチームを組んでやっている。それがどれほどの質や影響力を持ち得ているかというと、まだ分からないところではあるが。(48:38)

瀬尾:昨日のワークショップで、「日本のメディアはベンチャーを伸ばす気がないのでは?」というご指摘があった。実際、リクルート事件でもライブドア事件でも、メディアがとにかくバッシングに走るという問題がある。その辺は検察と一体でやっているのではないかとも感じるが、しかしそうした検察の逮捕をメディアが覆した例もある。その流れをつくったきっかけのひとつに、佐藤優さんの著書『国家の罠—外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮文庫)があったと思う。「検察というのはこういう構造で、国家に敵対するとこうなる」といった話が書かれた同書は、「検察に逮捕されたこと=悪ではない」という構図を示した。そういう部分で、書籍や雑誌を含めたメディアの役割があと思う。同書に書かれているようなことは表層的な取材をしている限り出てこない。そこを深掘して、世の中に知らせしめるのはメディアの使命だと思う。(49:01)

「公共性と、さはさりながら金を稼ぎ経営を回すつなぎのところでハレーションが起きている」(関口)

関口:ではこの辺で会場の皆さんからも質問やご意見を受けたい。(50:56)

会場(北岡伸一・国際大学学長):政治報道が遅れているのは間違いない。55年体制終了後も基本的に同じトーンだ。「現政権が潰れても、どうせ次の政権は自民党。だからどんどん政権を変えろ」と。今はそんな時代でもないのに、同じような報道を続けている。また、今はかつての派閥リーダーほど確固たるシナリオや権力を持っている訳ではないのに、有力者にばかりくっついている点でも同じだ。さらに言えば、たとえば総理が海外へ行くときも国内の政治部記者が付いて行くだけ。海外に対する発信もなければ海外からの受信もしていない。こんなことをいつまで続けるのか。(51:30)

私は報道ほど面白い仕事も少ないと思う。名刺一枚で誰にでも会えるし、色々な議論が出来る。ただし、ジャーナリストであれば自分で物事を判断しなければならない。そのための勉強をしているのか。私はOJTに反対だ。必要な場面もあるが、大学時代に基礎をしっかり勉強してこなかった人間にジャーナリストは務まらないと思う。福沢諭吉、石橋湛山、馬場恒吾、清沢洌、あるいはウォルター・リップマンやウォルター・クロンカイトの本をきちんと読んでいるのか。歴史を見渡せば色々なことが分かる。既存の構造というものがはっきりしていないときこそ個人の力量が問われるのだと私は思うし、そのためにも歴史を勉強するといった基本に帰ることが大事だ。(52:31)

また、週刊誌等で行われる請負も問題だと思う。請け負った人間が、「嘘でも良いから面白い話を教えてください」ということで聞きに来る。それでたくさん嘘を書かれた経験が私にもある。普通の人間は「面倒だから」と、抗議もしない訳だが、そういう部分に胡坐をかいてはいまいか。一対一でその人と会って堂々と反論出来るのか。そういう部分でも個人の力量が問われると思う。(54:57)

それと、最近は新聞記者でもレベルに差が出ていると感じる。私は最近、ある談話向けに元有力新聞の編集委員クラスの方と1時間ほど話をしたことがある。しかし出来上がった1ページの原稿を見てみると20カ所も間違いがあった。「何を聞いていたのか」と。現実にはそのような差が出てきているということも指摘しておきたい。(55:33)

会場(郷原信郎・郷原総合コンプライアンス法律事務所代表弁護士):『現代ビジネス』と『プレジデント』から何度か取材を受けた私としては、正しい報道を両誌は出来ていると思う。ただ、新聞やテレビはどうしても色々なバイアスがかかる。経営上の問題もあり、記者個人の報道姿勢が歪められる可能性がある。その背景には北岡先生のお話通り、能力や素養の問題があると思う。ただ、それに加えて「こういう観点だ」ということが認識されないまま取材・報道している方も多いのではないだろうか。(56:19)

私はコンプライアンス研究センターで昨年春までに200回近い定例記者レクを行なっていて、一時期は多くの記者が集まっていた。そこで、たとえば企業のバッシングに関して、「こんな視点で考えてみてはどうか」というような話をずいぶんしていた。で、特に西松建設事件の際は多くの記者が集まってくれたが、当時は皆、検察側の見方を刷り込まれていた。そもそもあの事件にどんな問題があるのかが分からない状態だった訳だ。それで私が色々と話をしたのだが、記者の方々はそれをさまざまな媒体でアウトプットしてくださった。(57:38)

そういう機会がもっと必要ではないかと思うが、残念ながらその記者レクに集まってくださる方はだんだん少なくなっていった。あるとき、IWJ(Independent Web Journal)の岩上安身さんという方から「定例記者レクを中継したい」とのお話を受け、私も「自分の話を発信出来るのなら」と思ったので来て貰っていた。しかしネットで見ることが出来るようになると記者は来なくなる。で、かえって影響力が落ちてしまったと思う。従って、普段のビヘイビアでは記者の方々がアプローチ出来ないような情報を、どこかでまとめて言うべき人が言えるような場を設けてはどうだろうか。(58:29)

会場(森浩生・森ビル専務取締役):世の中の人々の多くは、何かが活字になったとき、仮にそれが嘘でも「事実に違いない」という印象を持つ。そうした影響力の大きさを認識して欲しい。署名記事は大事だと思うが、「署名をすると緊張感が出る」ということは、そうでなければ緊張感なく無責任に書けるのかという話にもなってしまうからだ。また、責任ある立場で正しい報道を行うためのジャーナリズム教育も重要だろう。壇上の皆さまは高い志を持っておられると思うが、そうではない記者の方も多いと感じるし、そんな風に受け取られていること自体が大きな問題だと思う。(59:35)

会場(仮屋薗聡一・グロービス・キャピタル・パートナーズパートナー):日本のメディアが抱える問題は、経営サイドのケイパビリティが低い点ではないかと感じていた。「貧すれば鈍する」で、そちらの能力が低いと腰を落ち着けて調査報道に取り組むといったことも難しくなると思う。今、ネットメディアのほとんどは編集者やジャーナリストの方々に運営されており、経営になかなか手が廻らない。我々はそういうメディアを買収し、営業やシステム運用を引き受けたうえで報道に集中して貰えるような投資を行なっている。その意味でも経営者とジャーナリストが強みを生かし合う必要があると思うが、経営側に対するリクエストが何かあればお伺いしたい。(01:00:57)

会場(平野岳史・フルキャストホールディングス取締役相談役):会場にいる方々の多くは大なり小なりメディアに叩かれた経験がおありだと思う。私も日雇い派遣の会社で、かつてグッドウィル・グループ(現テクノプロ・ホールディングス)の折口雅博さんとともにさんざん叩かれた。折口さんはメディアと厚労省に潰されたと今でも思うし、私も4年前は倒産寸前まで行った。裁判でも抗弁する場は与えられるが、一度バッシングがはじまるとそれすら叶わない。何を言っても「反省していない」と言われる。(01:02:52)

で、私は当時、「メディアは我々に嫉妬心を抱いて、嫌っているのだな」と思っていたが、実はそうでもないようだ。検察には「可罰的違法性」なる考え方があるという。社会正義に基づいて必要だと思えば立件するということが検察ではあるそうだ。で、メディアの方々もそれと同じように考えていると感じたことがある。「我々はジャーナリストだから社会正義だ。公共性もある」と。ただ、メディアの人間がそれをすると偏向報道に繋がらないだろうか。ただ、本人たちは足を引っ張っているつもりもなくて、正しいことを正しく伝えるつもりで書いている。それが分かったとき、「これは相当に根が深い問題だな」と思った。この辺についてはどのようにお考えだろうか。(01:03:44)

会場(國領二郎・慶應義塾大学総合政策学部教授):今はメディアとジャーナリズムの組み合わせがどんどん自由になっている。メディアとして一括りにせず、もっとトータルで考えないといけないのではないかという感想を持った。(01:05:42)

関口:記者のレベルが低下しているというお話に加え、経営モデルのまずさというご指摘もあった。経営を廻さなければいけないが、一方で公共性を語っている訳で、今はその“つなぎの悪さ”が色々とハレーションを起こしているように感じる。(01:06:05)

「民衆の嫉妬心を煽り、悪方向に導くメディアは厳然とある。そのとき逆側の声を代弁できるか」(面澤)

近藤:平野さんが仰っていた空気というのはあると思う。私が記者だった頃は「社内読者」という言葉があった。典型的な業界用語だ。「あいつはけしからん」と編集局長が言えば、「少し叩いてやれ」という空気が編集局内を支配する。大ニュースであればあるほどそうなっていたと感じる。今は是正されていると信じたいが。(01:06:51)

また、普通の企業では営業や経理の人間がトップになっていく一方、大メディアでは編集局出身が社長になっていく。これが果たして健全なのかという疑問もある。アメリカのメディアでは常に経営陣と編集局が対立している。日本はそこが一体であるために緊張感がなく、経営感覚を持ち得なかった面はあると思う。人材育成もそのなかで行われてきた。しかしそういったやり方では、今はもたなくなってきた。署名記事にも大賛成だ。これ以上言うと新聞界から追放されてしまうが(会場笑)、とにかく緊張感のない環境は変えなければいけないと思う。(01:08:20)

丹羽:テレビに何か叩かれたとき、一個人は電波を使って反論出来ない。従って平野さんのご指摘は大きな問題として捉えるべきだと私も思う。森さんのご指摘についても同様だ。私はテレビ局に入った当初、研修で「自分たちの影響力の大きさを認識しなさい」と常に言われた。これは当社で実際にあった話と聞いているが、あるアナウンサーが番組内で「小さな勇気を持とう」と言ったそうだ。で、それを聞いた方が後日電車内でルールを破った人を注意したら殴られてしまった。「自分の言葉で被害者が生まれた」と、本人は落ち込んだそうだが、そのときに彼の上司は「それでも貴方はそういうことを言ったほうが良い」と言ったという。その話がすごく心に残っている。自分たちの言葉や番組が視聴者に与える影響について常に自問自答しながらも、それでもなお続けていくのが我々の使命という気がする。(01:10:26)

関口:日本のメディアは、ひとつの方向が出来ると皆がその方向で競争をはじめてしまう。この辺は問題だと思う。ロス疑惑の取材となれば皆がカリフォルニアに行って、そして行ってしまったがために「これで何かをつくらなければ」と、放送内容もすべてロス疑惑一色になる訳だ。経済報道でも同様で、IMF・世銀総会がワシントンで開催されるとなると当地には日本から山のように記者が訪れる。しかし、たとえばドイツは数人が来る程度。それを皆でシェアをする仕組みがある。(01:12:09)

瀬尾:検察的な正義感について言えば、新聞社の場合はたしかにそうかもしれない。ただ、テレビと週刊誌は「そのほうが売れるから」という気持ちがどこかにあるのではないか。平野さんのご指摘通り、正義というのは一面では危険だ。私たちはジャーナリズムという言葉を偉そうに使うが、基本的にはどの仕事も社会の役に立っている訳であるし、誰もがそのつもりでやっている。ジャーナリズムだけが特別ではないのだから、その辺は私たちが謙虚に受け止めなければいけない。(01:12:52)

それと北岡先生の「勉強不足では」というご指摘についてだが、やはり基礎教育が出来ていないのは問題だと思う。今は早稲田のJ-School等、色々な教育システムも出来ている。基礎教育は大いに行うべきだ。また、外の世界の方から、たとえば学識経験者や各分野で専門的に活躍しておられる方をジャーナリストとしてお迎えする、あるいは入ってきていただけるような土壌をつくることも重要だと思う。(01:13:52)

当然、我々は勉強しなくてはいけない。たとえば「夜討ち朝駆けで取材をする」「誰かと飲んで仲良くなる」といったことがスクープをとる秘訣と勘違いする方は多いが、実際には違う。大事なのは取材先の方々よりも勉強するぐらいの気持ちで取材対象と向き合うことだ。そして相手の言うこともすべて理解しようとして、「先生はこうおっしゃるけれども本当はこうじゃないですか?」と。そのときに「いや、そう言うけれども、違うんだよ」といったやり取りになって、そこで初めて本音を聞くことが出来る。(01:14:32)

繰り返しになるが、やはりメディア業界では新規参入が少ない。アメリカにはNPOメディアやハフィントン・ポスト等、多様な形がある。だから、会場にいらっしゃるような皆さまにもぜひ新規参入をしていただきたい。もちろん日本でも現場からそういった動きを起こそうとしている人間はいる。ただ、逆にこれだけ課題を抱えているということは、ビジネスチャンスもたくさんあるということではないだろうか。そこで国民の不満を解消出来るようなメディアが出来たら、それは大きなビジネスになると思う。(01:15:25)

面澤:民衆の嫉妬心を煽り、悪い方向に導くメディアは事実としてあると思う。だからそこでブレーキをかけるメディアがあっても良いと思うし、我々はそれをやっていきたい。リクルート事件では未公開株を貰った民間の方々がたくさんパージされていったが、当時は「そこまで悪くないのでは?」という声を挙げていた人もいた。そのあたりの声をすくい上げるというか、声を大きくしていく必要はあると思う。大メディアにはなかなか出来ないと思うが、そういうニッチな部分を雑誌としてやっていきたい。(01:16:11)

関口:特に日本の大メディアは終身雇用を採用している。そこでサラリーマンとしてやっていかなければいけないため、上の人間に迎合してしまう面はあると思う。アメリカではローカル誌からスタートし、署名記事を書きながらその分野のプロとして名を上げることで大きな会社に移っていくといった、キャリアに関するモビリティがある。その辺が日本でも求められているのと感じた。今は“一億総ジャーナリスト”といった時代だが、これは良いことだと私は思うし、そのなかで我々もやるべきことをやっていかなければいけないのだなとも思う。今日はありがとうございました(会場拍手)。(01:17:38)

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