東大・江川雅子氏×慶應・國領二郎氏×同志社・村田晃嗣氏 大学改革 

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「法人化して間もないため、人事・会計など当たり前の経営課題を多く残している」(江川)

波頭亮氏(以下、敬称略):本セッションはまず「大学で今何が問題になっているか」という問題提起からはじめよう。付加価値の高い産業を創造するためだけでなく、国全体をマネジメントするためにも次代の日本を担う知の集約は不可欠だ。しかし日本の高等教育に対する公的支出のGDP比はOECDで最低クラス。また、近年は東大すら世界の大学ランキングでトップ10に入ることが出来ていない状況だ。欧米や発展途上国の大学生と比べると、学生のレベルがぱっとしないという声もあちこちで聞く。大学が持つ研究機能と教育機能の両面から、そして大学側・学生側・組織側というそれぞれの視点から、自己紹介を兼ねつつ問題提起をお願いしたい。(02:18)

江川雅子氏(以下、敬称略):私は1980年に東大の教養学部教養学科を卒業して、シティバンクの東京支店に就職した。そこに4年ほど勤務したあと、1984年から86年にかけてハーバード・ビジネス・スクールで学び、MBAを取得した。その後はニューヨークのソロモン・ブラザーズ本社に就職し、しばらくウォールストリートで働いていた。そして同社東京支店を経て、1993年、SGウォーバーグ(現UBS証券)という投資銀行に転職した。そこで2001年まで投資銀行の仕事をしている。(04:12)

2001年に母校のハーバードから、「世界展開のため各地にリサーチセンターをつくりたい。東京にもつくりたいので担当して貰えないか」というお話をいただいた。私にはそれがベンチャー立ち上げのように感じられ、「なかなか面白そうだ」と。教育で社会に貢献出来るという面にも惹かれ、お請けすることにした。具体的にはハーバードの先生方とともに日本の経営を研究する、あるいはケーススタディをつくるといったものだが、そのとき初めてビジネスからアカデミックの世界に足を踏み入れた。8年ほど研究を行い、「大学というのはこういうところなのだ」と知る機会になった。(05:56)

また、その間、当時の小宮山宏総長にお招きいただいて東大の経営協議会メンバーにもなった。これは大学法人化後に出来た外部ボードのようなものだが、ここで卒業後初めて東大とご縁が出来た。そして2009年に濱田純一現総長がご自身の執行部をまとめる際、理事就任の要請をいただいて今に至る。(07:05)

少し長い自己紹介になったのは、私がまったくの異分野から東大という国立大学に来た点を説明したかったからだ。企業と大学で違っていただけでなく、それまで日本の組織に務めた経験がなかったこともあり、2009年当初は違和感だらけだった。大学の問題点は数多くあり、学長が人事権を持っていないのでガバナンスが効かないという、よく指摘される点もその通りだと思う。ただ、私がそれ以上に問題だと感じるのは、法人化して間もないために国立大学の各種仕組みが整っていないという点だ。(07:47)

たとえば人事制度。教職員の退職金は大学独自に積むのでなく、予算として毎年措置をする形になっている。従って、大学として人事制度を改革しようと思っても、そこが国の制度と繋がったままなのでなかなか手をつけにくいという問題がある。(08:51)

また、文部科学省のなかの組織という位置づけであるため、昔から続けている人事交流が今も残っている。従って幹部クラスの職員が東大に来ても2年でまたいなくなってしまうというように、人事の継続性を担保しにくい。このほか、公的な財務諸表をつくってはいるものの、その仕組は「資金がどこから来たのか」を中心に積み立てるという公会計だ。従って、たとえば人件費にどれだけのお金を使ったのかということが、まとめた形で分かりにくい。そうした経営課題がまだまだあると思う。(09:26)

「時代の変化と、大学の存在目的や戦略とが乖離してしまっている」(國領)

國領二郎氏(以下、敬称略):私自身は東大の経済学部を卒業したのち、大学院はハーバードで学んだ。今は慶應SFCで学部長をしている。慶應でも当初はビジネススクールにいたが10年ほど前に環境情報学部教授となり、今は総合政策学部長をやっている変り種だ。サラリーマンとしてNTTに務めていた時期もある。(10:23)

で、大学で何が一番の課題かと言えば、私としては、戦略あるいは「何を目指すか」という部分がはっきり見えなくなっている点ではないかと思う。そこで現実のオペレーションがミスマッチを起こしているのではないか。(11:31)

たとえば明治時代、慶應義塾の設立にあたっては何を目指すかが相当はっきりしていた。西洋に脅かされていたなか、彼らの知識を自分たちで学ぶしかなかった。それ自体が大変な騒ぎだった訳だが、日本中で「とにかく学ぶことが出来る人間からさらに学んでいく」という風になっていて、命をかけて知識を求めていた。(11:58)

当時は何をしなければいけないかが明確だったからこそ、日本中に大学が出来たのだと思う。個別の戦略や考え方は大学をつくったリーダーたちの思想によって少しずつ違ってはいたが、基本的には同じだ。国民国家としてのアイデンティティをつくるということが、国家の存亡を賭けた作業になっていた。日本語の大改造といったことも明治に行われたし、本当に命がけでやっていたのだと思う。(12:48)

一方、戦後の日本は工業化の方向に舵を切った訳だが、工業社会は分厚い中間層を必要とする。工場等の現場で生産管理をする人々にはある程度のインテリジェンスが求められるので、大学はそうした人材を大量供給する必要があったのだと思う。ただ、今はクリエイティブソサエティといった話になってきていて、そうした人材もそれほど数多くはいらないのかもしれない。それで話が難しくなって面があると思う。(14:00)

茂木(健一郎・脳科学者)さんは別セッションで「大学が日本語でやっているのはおかしい」と仰っていたが、戦後の日本では母国語による高等教育を行う意義があったと思う。それによって現場で動く人々とリーダー層との距離感を縮めた点は非常に大きかった。大学が知識の大衆化を担っていたのだと思う。かなりはっきりしたゴールがあり、そのために「大学の数も増やさないと供給が間に合わない」と。戦略とオペレーションとのあいだに、ある程度の整合性があったと思う。(14:49)

では、今は何が必要か。そもそも「何を目指すべきか」について議論しなければいけない。慶應SFC(以下、SFC)は比較的その点がはっきりしていると思う。開設されたのは1990年。次のパラダイムが見えかかっていた時期だ。ネットワークで繋がる世界というか、複雑系の世界というか、工業社会的なコマンド&コントロールでは物事が動かない世界になろうとしていた。多様性や不確実性としたたかに付き合い、キャリアパスについても、「“大企業に勤めてそのまま一直線”なんていうことを想定してはいけません」と。当然、日本国内だけでも駄目だ。(15:50)

そんな風に、何をしなければいけないかがある程度見えてきたときに設立されたのがSFCだ。古い面を引きずっている部分もまだある。ただ、基本的には「人生で一度ぐらいは失業する」、「海外に突然放り出されることもある」ということも想定し、したたかに生きる人材の育成ということをSFCでは行っている。海外の連中と一緒のチームでも、まとめていけるような技を持たなければ生きていけないと。とにかく戦後の日本を支えてきた大学の各種システムが、今は時代の要請と整合性が取れなくなってきたのかもしれない。従ってまずは戦略という話になるのではないか。(17:03)

「偏差値の呪縛で学ばなくなる学生を、いかに輪切りの価値観から解放するか」(村田)

村田晃嗣氏(以下、敬称略):壇上では私だけが東京大学出身でなく、関西人であり、かつ実業の世界を知らずに大学で暮らしてきた。今日は恐らくアファーマティブ・アクションで呼んでいただいたと思うが(会場笑)、私は京都のキリスト教系私立大学である同志社大学で学び、大学院は神戸大学に進んだ。それからフルブライト・プログラムでジョージ・ワシントン大学に行き、国際政治学とアメリカ外交を専攻した。(21:37)

そして1995年に帰国してから5年間、広島大学の総合科学部で教鞭を執った。これは法人化前の国立大学だ。で、その後は母校の同志社に戻り、直近の2年間は法学部長を拝命していた。実は4月に学長を拝命する予定だが、私自身は大学経営に携わったことがないので今日は素人として発言させていただきたい。(22:28)

私は日本の大学が全体的に“改革疲れ”をしているのではないかと感じる。明治以降続いてきた制度や仕組みに関し、「グローバル化しなさい」「見直しなさい」ということで、次々と変化の要求を突きつけられてきた。そこで競争するよう言われ続けることに「職員も教員も疲れてきているのでは?」との実感がある。(23:16)

また、現在は日本の大学生の4割が首都圏で学んでいる。首都圏の大学と他地域の大学を同列に論ずることが適切なのか。共通の課題もあるが、異なる点も多いだろう。首都圏以外の大学をどのように活性化していくかは、長期的には日本社会の多様化に向けた鍵だと思う。首都圏のメルクマールやランキングだけで地方の大学を測ることが、本当に彼らを伸ばしていくことになるのかを議論する必要がある。(23:55)

また、これは蓮實(重_・元東京大学総長)先生が昔仰っていたことだが、「教員も組織も学生も、トップ10%以外の9割が肥やしになってトップの1割を伸ばすのが大学という組織だ」と仰っていた。それを企業が行えば必ず潰れるが、大学では1割が花を咲かせると。言葉が正確かどうかは分からないが、「大学ではそれが出来る」といったことを蓮實先生が言っておられた。(24:40)

大学の特徴という点で、これはある意味で的を射たお話だと思う。大学内のトップ10%が花咲くために残り9割が肥やしになる仕組みもあろうかと思うし、日本全体でトップ10%の大学が生き残るために残り9割が肥やしになる仕組みもあるだろう。「それが大学というものだ」という議論は出来るかもしれない。ただ、残り9割は残り9割なりに、何か他の活かし方がないかを考える必要があると思う。(25:23)

それともう1点。いわゆる旧帝大あるいは早稲田や慶應といった立派な大学へ進まなかった学生たちに、学び続けるモチベーションをどのように与えていくか。偏差値というのは非常に罪深いもので、ある一時期の学力を数値化したものが人間の人生をかなり縛る。そこで奪われるモチベーションもあれば、偏差値の高い大学に入ったことで自分の実力を誤解してしまい、学ばなくなってしまう学生もいるだろう。ポテンシャルがあるにも関わらず偏差値の呪縛で学ばなくなってしまう学生を、輪切りの価値観からどう解放していくかも重要ではないだろうか。大学入学時の学力と卒業時の学力とのあいだに明確な相関関係はないという統計もある。実は大学1年終了時の学力と卒業時の学力に相関関係があるという。従って初年度に学生たちが学ぶモチベーションを、大学がどのように与えていくか。(25:59)

また、日本全体が少子化に直面しているなか、特に地方の大学が受ける影響についても考えるべきだと思う。たとえば一昔前のお子さんが3〜4人いる家庭では、一般的なサラリーマン収入で子ども全員を大学に行かせるのは大変だった。「地元の国公立なら授業料も出せる」と言って、なんとか皆を大学に行かせたりしていた訳だ。(27:47)

しかし今は一人っ子の家庭も多い。かつて3人の子どもたちで分散していた学費を一人に集中投資出来るケースも増えるだろう。一方、子どもがどう考えるかと言えば、地元にも立派な国立大学はあるが、やはり「東京に行きたい」と考える。そこで私立の授業料を払って東京に下宿させるだけの余裕が一人ぶんだけはあるのなら、皆がますます東京に出てしまう。そうした経済構造から来る問題も地方の大学にとっては大きい。そこで地方の大学が、必ずしも数値で表せない付加価値をどうやって出していくかも重要な課題ではないだろうか。(28:24)

一方、グローバル化も重要な課題だが、私はその辺について若干の希望を持っている。アジアでは時差が少ないからだ。今は、たとえば東京で行われている英語の授業をスカイプを使ってソウルで受けることも出来る。シンガポールとの時差もせいぜい1〜2時間程度だ。となると、大学院や学部レベルのものであれば日本の大学も英語で授業を開講出来る。それがオープンアジアのネットワークとしてキャンパスで繋がる可能性は、私は十分にあると思う。常に欧米を見ながらのグローバル化だけでなく、アジアが我々の横にあることを意識するのも大切ではないだろうか。(29:19)

「良い大学あるいは良い学生のメルクマール自体を変える必要を感じる」(波頭)

波頭:モチベーションをどう与えるか。これは、國領さんが仰っていた「国策のための大学」から「学生が自ら学ぶための大学」に変わるうえで重要な視点だと思う。そのためには良い大学あるいは良い学生のメルクマール自体を思い切って変えなければ駄目なのだろうとも思う。この点について、江川さんはどうお考えだろうか。(30:12)

江川:偏差値の悪影響は私も強く感じる。30年ぶりに東京大学へ行った当初、自分が学生時代だった頃に比べて偏差値社会や受験競争の側面が強くなっていると思った。昔は受験勉強をせずに東大へ来る子も一定数いたが、今は受験に特化した勉強をしないと入れない。その結果として、偏差値に基づく考え方だけが人間や物事を測る物差しであるという風に、学生のマインドセットも変化してしまっていると思う。(31:04)

実際の社会では偏差値だけが物差しになる訳でなく、雇う側も色々なスキルを求める。しかし学生側がそれを理解していないため、「偏差値が良いのに何故面接で落とされるのか」と混乱してしまう。そんな当たり前のことすら学生に伝えきれていない。その辺を踏まえ、入試も少し見直せないかと思う。また、在学中に国際体験を積む、休学して何かボランティアに参加する、あるいはインターンシップで働くといった、異なる体験を積むことが出来るよう、大学もエンカレッジする必要があると感じる。(32:07)

グローバル社会では多様性への対応力や英語のコミュニケーション能力以上に、行動力や主体性が求められる。“生きる力”という表現でも良いが、不確実性に対応出来る力が強く求められる訳だ。しかし今の日本では教育システムがそこに対応出来ていない。その辺に関しては大学も当然努力すべきだが、小中高の教育も重要になると思う。受験勉強だけでなく、多様な人生経験を積むことが出来るような教育をしていかないと、これからの時代に対応した人材の育成は難しいのではないか。(33:12)
波頭:SFCは、多様なメルクマール、自立性、そしてモチベーションを重視し、新しい大学をつくろうということで開設されたと思う。その現場から見て、村田先生からなされたご提案の有効性や難しさについてはどうお考えだろうか。(34:32)

國領:そこがポイントになると思う。偏差値というひとつの物差しで序列をつけて上から取っていくことは、恐らく大学にとっても危険だ。それでSFCでは、色々なご批判もいただきつつ、AO入試というものをしつこく続けている。とにかく多様な評価基準で多様な人材を入れていこうと。何故なら、彼らが卒業後に出て行く世界では、今後ますます多様性にきちんと対応出来る人材が求められていくからだ。(35:00)

副作用があるのはよく分かっているし、ときどきは“ハズす”こともある。当たったり外れたりはする。ただ、外すリスクをとってでも色々な人間に入ってきて貰うほうが、大学という空間で得られるお互いの刺激という意味でも良いと思う。(36:24)

「中学や高校で勉強しなくて良い」というような誤ったメッセージを送ってしまいかねない点もAO入試の弊害だが、当然、それは違う。基礎的な学力を身につけたうえでこそ多様な経験も出来る訳だから、その辺でどのように折り合いをつけていくかが悩みと言えば悩みだ。「これだけは基礎的なスキルとして持っておく必要がある」というものを再訓練せざるを得ないため、そこで負荷がかかるといった問題もある。(37:05)

ただ、その辺の課題を色々と口にしたうえで、それでも場や機会を用意すれば学生は応えてくれるとも思っている。おかげさまでSFCの卒業生は色々な分野で新しいことをはじめているというか、そういった組織にはSFCの卒業生がかなりいる。ひょっとしたら学生たちはG1ジェネレーションよりもはるかにきちんと世界の変化を認識し、やるべきことを理解しているかもしれない。(37:54)

波頭:「大学が時代に取り残されていくだけでなく、もしかしたら問題意識が高く優秀な学生からも取り残されていくかもしれない」といった危機感を持った。そうならないために多様性をいかに確保するか。また、今までのようなモノカルチャーや硬直的なルールから改善していくかが大事になるということだと思う。(38:47)

「不確実性に耐え得るタフな人間を作る。例えば学生が国内外に常時シャッフルし続けるとか」(國領)

では、次に「どのように改革していくか」という議論に進みたい。御三方は理事または学部長ということで、会社で言えば事業部長のようなものだ。しかも村田先生は学長になられるとのこと。まさに今後は改革という領域がお仕事になると思う。そこで抽象度の高い戦略や方向性に加え、「このツボを突こうと思う」といったプラクティカルなお話があれば、そちらもぜひ伺っていきたい。(39:39)

村田:個別に思いついたことを申しあげたい。まずキャンパスにいるのは学生と教員と職員で、それぞれ課題を抱えているが、やはり一番改革が必要なのは職員だと感じる。狭い世界だけに職員の方々もモチベーションを持ちにくい部分はあるだろう。どのようにして彼らにモチベーションを持たせ、多様化を進めていくか。(40:56)

大学によって色々あると思うが、基本的には大学職員も一般企業と同様、ジェネラリストとして育てられ、最後は管理職を経て退職というパターンが多い。ただ、今後はたとえばグローバル化に特化した職員も必要になる。数百人の職員全員にTOEICの点数を課すのは無理だが、何人かは高度な英語能力を持っておられるだろう。そこで、たとえばカリキュラムの読み替えの問題等、大学という世界で不可欠な知識やスキルを持ったプロフェッショナルな職員を育てる必要がある。また、今は大学でも引きこもり、セクハラ、パワハラといった問題を無視出来なくなって出てきた。そこで、たとえば学生担当のカウンセリングスタッフを育てるといった必要もあるだろう。(41:49)

また、ある程度はジェネラリストとして育成しながら、ある段階では職員がスペシャリストとしてのキャリアを選択出来るメニューを大学側が提示し、それぞれの能力に応じて仕事をしていただく。そのことが彼らのモチベーション向上にも繋がるし、大学全体としても活力に繋がるのではないかという気がする。(42:43)

それと、大きな私立は中高に加え小学校や幼稚園まで持っているところもある。そうした場合、中高との連携をどのように進めていくかも重要だろう。恐らく、一般的な国立大学と高校との関係より密接な“高大連携”をとることが出来る筈だ。(43:08)

あと、今はとにかく文部科学省が次々にプロジェクトを出してくる状態だ。「COE(The 21st Century Center Of Excellence Program)」、「グローバルCOE」、「リーディング大学院」、「グローバル30」、「グローバル30プラス」、等々。で、大学の格付けもあるから皆がそこに入ろうとして一生懸命になる。(43:44)

そのために大学は今、文部科学省の意図を素早く察知し、それに対応していくための、言うなればトップダウンの色合いが強い組織になりつつあるのではないか。それが大学のモビリティを高める面はあるが、多様性という観点で見るとどうか。「そもそも法学部と文学部が同じ土俵で競争出来るのか」といった疑問もある。日本の大学とはいえ、古いところは100数十年の歴史を持っている。そうした歴史のなかで培われてきた学部の自治や特徴もある訳だ。従って、トップダウンだけでなく各学部研究科が独自にプロジェクトへの取り組みを行えるような分権も重要になると思う。(44:08)

國領:SFCでは現在、オンキャンパスで滞在型の教育を受けることが出来る施設をつくろうとしている。大事なのは、そこでいかにして世界のリーダー層となるような方々に、「日本で勉強した経験がある」という状態をつくることが出来るか、だ。また、そこに日本の学生たちが接触出来るような機会をつくってあげることも重要だと思う。(45:24)

それは留学という話にも繋がる。短期と長期、両方大切にしたい。もちろん4年間留学する学生も増やしたいが、今は世界中の大学が「学生たちに海外経験を積ませたい」と思っている訳だ。半年あるいは長くて1年ぐらいになるが、そういう学生もきちんと受け入れ、切磋琢磨させていきたい。(46:07)

その結果として、学生の1/4ぐらいは常にどこか海外へ武者修行に出ていて、1/4ぐらいは常にどこか海外から武者修行に来ているという、そんな状態をつくりたい。それが、ヘテロでかつグローバルにネットワーク化された環境で、不確実性に耐え得るタフな人間をつくることに繋がるのではないか。(46:50)

それともう1点。我々は今、「日本研究をもう一度きちんとやろうよ」という話もしている。こちらはすでにはじめている状態だ。たとえば1980〜90年代、日本は世界中の大学に日本研究センターや日本語教育センターをつくっていた。それによって世界のどこへ行っても日本語を喋る人がいて、それが企業にとっても大きな資源となる筈だった。しかし、ついこの間まで日本研究センターだった場所の多くが、今は東アジア研究センターとして合併したりしている。で、そこは蓋を開けてみるとおよそ9割が中国センターという状態だ。グローバル化が大事だと言っている今、枯れつつある訳だ。(47:35)

波頭:福沢諭吉以来の伝統かもしれないが、慶應は日本の大学で最もアグレッシブに時代の先取りをする。SFCだけでなく、ファカルティを色々なところから次々に招いていったのも慶應が最初だ。たとえば先ほどの「1/4の交流」という考え方は、どこの大学でもコンセンサスとしては得られると思う。ただ、制度としてそれが出来るというと、なかなか意思決定出来ない。そういった部分で江川さんなどは日々苦労なさっていると思う。慶應は何故そんな風に変えていくことが出来るのだろう。(48:39)

國領:私が慶應出身ではないから嫌味なく言えるのだが、やはり福沢諭吉が凄かったのだと思う。そこに立ち戻ると皆が…、印籠のようなもので(会場笑)。(49:35)

波頭:その辺は他の大学に移植出来ないものかと思う。今、東大は秋入学で苦しんでおられるようだが、江川さんはいかがだろう。(49:52)

「秋入学の実施は改革に必要な危機感の醸成にもつながる」(江川)

江川:改革あるいは組織を変えていくために一番重要なのは、構成員が危機感を持つことだと思う。大学は非常にフラットな組織なので、トップダウンで改革をやりきるのは難しいのだが、たとえば秋入学を実施するとグローバルに競争しなければならなくなる。もちろん以前から学生や教員の交流は行なっているが、実は今、「すべての学部生になんらかの国際体験を積ませたい」ということで色々と進めている。(50:29)

そこでカレンダーの問題が重要になる。夏休みの期間や学期のスタートが海外の大学とある程度合ってくると、もう少し海外に出易くなるだろう。カレンダーを変えることで、恐らくすべての構成員が、否が応にもグローバル競争に直面しなければならなくなる。たとえば今は入学試験に受かった人のほとんどが東大に入る。しかし先般、「グローバル30」のなかで、10月に英語で学位を取るプログラムを実施したら、それに受かった人々の何割かは他大学と併願していたのでそちらに行ってしまった。(51:47)

これは欧米の大学では当たり前の話だが、東大にとっては初めての経験だ。東大に受かったが、他の大学に行ってしまうと。そこで初めて競争が生じ、緊張感が出てくる。つまり、秋入学というのはグローバル競争に敢えて足を踏み入れ、さらに改革を進めていくという意思表明でもある。(52:39)

それと、先ほどの改革疲れというご指摘にも少し触れたい。私も2009年に東大へ来る前は、大学改革のためには一律の交付金を減額し、出来る限り競争的な資金を増やすほうが良いと思っていた。ところが実際に大学へ来て何が起こっていたか。先生方は、口々に「今は鉛の重りを足に付けた状態で100mを全力疾走するよう言われているような状態だ」と仰っていた。今は各種プログラムに応募し続けていないとお金が廻らない状況になっている。ただ、それらのプログラムというのは5年で終わり。しかもスペックはしっかり決まっている訳だ。(53:20)

しかし教育は5年で終わるものでもない。「5年が終わればまた少し違ったものをつけます」とは言われるが、同じことを続けることは出来ない。たとえば、あるプログラムで実施したサマースクールが好評だったとして、それを5年後にまた別の資金で行うにしても、同じスクール名やコンセプトは使用出来ない。そこで人の雇用も途切れてしまう。こうなるとサマースクールのブランドも確立出来ず、人的視点の蓄積も出来ない訳で、この辺に非常に大きな危機感を持っている。(54:31)

そうしたプログラムには、「こういうことを満たしなさい」といった具体的条件が厳しく課せられている。たとえば、最近は「学生を送り出すことが重要だから、日本人学生の送り出しをどれだけ増やすことが出来たかを課題にしなさい」と言われている。しかし、私たちは東大生をどれだけ送り出したかという統計はとっているが、日本人か否かという統計はとっていなかった。在日の方のこともあるし、今の時代にそうしたメルクマールでやるのが良いのかという気持ちが私としてもある。しかし文部科学省のプログラムではその統計をとらなければいけないから、そのためだけにヒアリング等を行う訳だ。当然、業務もそのぶん増える。(55:10)

私としては、そういった部分は大きな視点で目的をしっかりと定めるに留め、あとはそれに沿って大学が個別に改革を進める形にしたほうが良いのではないかと思う。そういう枠組みでないと大学が小さな数値目標を満たすことに汲々としてしまうし、書類づくり等で時間にも追われるという状況が変わらないように思う。(56:05)

波頭:その辺は私も実感する。以前、小宮山総長の頃に東大でお手伝いをする機会があったのだが、そこで担当教授に面通しをして貰う必要があった。実際にお会いして承認をいただき、そこで大学のプロジェクトとして正式名称が決まるという流れだった訳だ。そうでないと教室を借りることが出来ず、予算もつかないと。そのお仕事は学長から言われていた話だ。企業ならばトップ肝いりであればぐんぐん進む話なのに、東大には担当教授をつけるのにも1〜2カ月かかった。しかもその後、面通しに伺おうと思ったら、今度は「忙しい」ということで会うことも出来ない。結局、「もういいや」ということで私はそのフローから降り、勝手連のような感じで進めるしかなかった。(56:39)

慶應にはそういうことがなかった。ずいぶん前、加藤寛(慶應義塾大学名誉教授)さんという、まさにSFCつくった方と一緒に仕事をしたことがあったのだが、そのときは「もうどんどんやってください」と。事前に審査を取らなくても、空いている教室があればそこで出来た。で、「さあ、学生集まって」と言うと、わっと集まる。本当に自由な形だった。それはもう20年も前の話だが、東大の話は小宮山総長時代だから7〜8年前だ。その違いが、御二方のお話の違いだと感じた。(58:23)

企業も同じで、なかなか変わることの出来ないJALのような企業がある一方、次々に新しいことをはじめる楽天やユニクロのような企業もある。体質の違いだ。業界やバックグラウンドの違いもあるのだろうが、それでも多様性の確保やグローバルでの融合という、そのビッグストリームと離れてしまっては、天下の東大とて将来は無くなってしまう。そこをどう変えていくか。これは文部科学省の話でもなく、法律の話でもなく、大学でそれぞれマネジメントに携わっておられる方々のお仕事になると思う。(59:04)

「慶應の凄みは、内部の育成に注力し、外部から血を入れても怖くない状態としたこと」(村田)

ここでもうひとつ村田先生にお聞きしたい。トップダウンの是非は別として、やはりトップである学長だからこそ出来る改革というものもあると思う。先ほどはキャリアパスの多様化によるモチベーション喚起といったお話を伺ったが、ほかには何かないだろうか。やはり草の根から熱量を挙げていくというやり方しかないのだろうか。(59:58)

村田:ドラスティックな改革やリーダーシップはあると思うが、私としては積み上げ式でないとなかなか動かない気がしている。先ほど、「何故慶應がこれほど色々な方を入れることが出来るのか」という問いがあった。私も慶應とまったく関係のない人間だから忌憚なく言えるが、これは端的だと思う。慶應出身の先生がレベルを上げたからだ。生え抜き教員のレベルが低いところは優秀な教員を外からとろうとは思わない。食われてしまうから。それが古い私学の問題だ。早稲田ならば中高から大学・大学院まで早稲田、同志社なら同志社しか知らない教員が大学を仕切ってきた。しかし生え抜きで突き抜けた人材が出てきたら競走が出来るから、他所からとる。慶應が大きく変わった理由はそこだと思う。(01:01:05)

その意味では、原点として福沢先生という視点もあると思うが、石川忠雄さんというビジョンを持った塾長さんが戦略的に人を育ててこられた点が大きかったのではないか。外部から血を入れても怖くない慶應になさったという話だと思う。(01:02:01)

それと具体的アイテムとしてもう1点。やはり大学は社会的コンテクストのなかで生きているから、大学と地域あるいは卒業生とのネットワークを活用し、外から大学を強くしていくという視点も大事になると思う。その点、特に慶應は卒業生との関係という点でも相当に成功しているモデルケースではないか。とりわけ私立は創立者のアイデンティティもあって、スクールカラーを出しやすい。その意味でも、「卒業生がどれだけコミットしてくれる大学なのか」といった視点による対外的ネットワークづくりは、恐らく学長が担う大きな仕事のひとつだと思う。(01:02:34)

あと、先ほど國領先生が仰っていた日本研究だが、私も大賛成だ。同志社は京都にある訳だし、ぜひやるべきだと思う。ただ、そこでたとえば留学生を次々受け入れるといった取り組みは、東大、慶應、早稲田は出来るし、同志社も頑張れば出来るかもしれない。しかし地方の小さな私立大学や国立大学では苦しいと思う。そこで、大学間協力の枠組みも考えていくべきだろう。関西には“関関同立”という大学群があり、そこで受験生の取り合いをしなければいけないのだが、ジョイントで進めることの出来るイベントもたくさんあると思う。仮に京都のような外国人受けの良い地域で日本研究のサマースクールをやるのなら、排他的に行わず色々な大学で共同すれば良い。大学間競争で疲弊するだけでなく、協力し合える点はたくさんあると思う。(01:03:23)

最後にひとつ。同志社は早稲田との国内留学制度を設けている。早稲田の学生が京都で、同志社の学生が東京でそれぞれ1年間学ぶ制度だ。早稲田に落ちた同志社の学生は多いので、「首都圏で早稲田に行くことが出来る」と喜ぶ。早稲田の子からするとモチベーションは少し下がるが、それでもどこか地方都市で暮らすのなら京都はなかなか魅力的な選択肢だ。何人かは来てくれる。我々は「海外とどう繋がるか」という話を随分しているが、そんな風に国内で繋ぐことも大事ではないか。たとえば慶應の学生が1年間か半年、京都や沖縄や福島の大学で学ぶ。福島の学生が京都で学ぶのも良い。それによって“違う日本”があると我々が知ることが、実は海外へ出て行くとき、大きな力になるのではないかと思う。(01:04:53)

「多様である勇気を持つためのセキュアベースとして大学時代に培ったコミュニティを活かす」(波頭)

波頭:今や世界のすべてが多様性およびネットワークというコンセプトを軸に動いていることを、今日は具体的な形で語っていただき、そのイメージも随分と湧いてきた。ではこの辺で会場からもご質問等を承っていこう。(01:05:54)

会場(各務茂夫・東京大学教授):早稲田の奥島(孝康・早稲田大学名誉教授/早稲田大学元総長)先生は、かつて「ユニバーシティ・ガバナンス」と仰っていた。要は「ステークホルダーって何だろう」と。我々は学生にどんなサービスを提供するべきか。あるいは教員や職員といったステークホルダーに対してどういうメジャメントで戦略の目的変数を決めるのか。目的の変数を決めることが出来たら、それに合わせて経営資源を配分していく訳だ。しかしその戦略が明確にないため、偏差値のドグマから抜け出すことが出来ないのではないかと思う。国立大学法人化においてベースとなった考え方も、本来は「各大学がユニークになろう」という話だった。そうした各大学による戦略性の発露というものについてどう考えたら良いかをお伺いしたい。(01:07:09)

江川:大学が自らのパフォーマンスをどのように測っていくかというのは大変難しい問題だ。理系に関しては、たとえば論文の引用件数等、比較的分かりやすい指標もある。ただ、それが人文社会系では測りづらいし、教育に至っては効果がすぐに表れる訳でもなく、数量的な測定が難しい。企業で言うところの売上げや収益率といったキー・パーフォーマンス・インディケーターを、大学ではなかなか設置しにくいという難しさはあると思う。ただ、「それでもピア・レビューによって研究の中身を測る」、あるいは「卒業生がどのように活躍しているかを地道にフォローする」といったことは出来るだろうということで、今も議論はしている。(01:08:49)

大学経営ではそうした根本的な難しさがつきまとう。数量化が困難で、効果が認められるまでに長い時間がかかるケースがあり、大学側の努力以外に色々な要素が入り込んでくるためだ。そこで色々な議論が錯綜し、戦略や政策から一貫性が失われる難しさがあるように思う。従って、「これだ」とひとつ決めたら、出来るだけそれを続けていくという考え方が重要になると思う。(01:10:08)

一度やってみて失敗したから「3年後に変えましょう」と言ってみても、18歳という時期は一度しか来ない。従ってそこでの慎重さは持つべきだし、ある程度は一貫性を担保しないと、ブレてばかりで損失が大きくなるばかりになってしまうと思う。(01:10:55)

村田:リーダーシップやガバナンスの前にレプレゼンテーションの問題があると思う。つまり大学のリーダーをどう選ぶか。大学によって形態は異なると思うが、基本的には教職員が選挙で学長を選ぶケースが多いと思う。だとすると、これは公務員だけが有権者として総理大臣を選び、それで公務員改革を行うようなものだ(会場笑)。利害当事者が有権者な訳で、予算配分も次の選挙に直接影響する。非常に狭い村での選挙になり、学長としても大胆なリーダーシップをなかなか発揮出来ないという問題があると思う。従ってガバナンスの前提として「どのようにトップを選ぶべきか」という点についても、もう少し検討する必要があると思う。(01:11:26)

会場(河野太郎・衆議院議員):日本の大学における最大の弊害は、各大学で学力考査つまり入試を行なっている点ではないか。そのために「高校の勉強なんてどうでも良いから受験勉強をやれ」という風になっていると感じる。センター試験の是非は別問題として、少なくとも高校で身に付けておくべき学力をどれほど身に付けたか、高校側なり独立機関がきちんと図るべきだと思う。で、大学側はそれを学力考査に使う一方、面接や論文あるいは課外活動で評価する。そうすれば親も塾や予備校にお金をかける必要がなくなり、そのぶん大学の学費にも廻せると思う。「大学側が自分たちの都合で受験をさせ、高校生に大変な負担をかけている点をまず直そうよ」と。そうすれば日本の教育もだいぶ良くなると思うが、大学にそうした認識はあるだろうか。もしあるのなら、それが何故出来ない理由も併せてお伺いしたい。(01:12:38)

國領:河野先生のお話には賛成だ。AO入試にはその要素がある。学力は必要条件で、そのうえでの十分条件として大学側が見極めるという思想でやっている。ただ、そうすると学力に関して「センター試験が本当に良いのか」といった話にもなってくる。これがまずひとつ。(01:14:36)

あと、今日出なかった論点でもうひとつお話ししたいことがある。大学というのは最終的にはコミュニティだと思っていて、卒業生にも「色々あるけれど、失業したときはお互いを助け合うように」と常に言っている。社会に出たらリスクを取らなければいけない場面は増えるが、リスク顕在化の可能性も高まっている時代だ。それをコミュニティでいかに支えることが出来るかも、今後は大事になると思う。(01:15:03)

波頭:最後のお話も多様性にまつわる議論の際に必ず出てくる。つまり多様である勇気を持つための土壌として、セキュアベースが不可欠であると。社会全体でセキュアベースを育まなければ多様性は実現化しない。これも大事な話だと思う。(01:15:40)

最後にひとつ。村田先生からは「9割と1割」というお話もあったが、壇上の御三方はどちらと言えば1割のなかの1割だ。残り9割の大学や大学生についてどう考えていくかも重要だと思う。そこで考え方のひとつとして出てくるのがAO入試のような制度だ。最近では秋田の国際教養大学、少し前では金沢工業大学も同様だと思うが、とにかく戦略的特化や差別化が今は求められていると思う。それによって生き残るところも出てくるだろう。冒頭で國領さんが提起された大学の戦略性という大きな流れで言えば、社会的な戦略以外に、個別の大学でもっと出来ることがあると思う。そうした大学ひとつひとつの戦略性が、大学社会または社会全体の多様性に繋がるのではないかとも感じた。本日は大変ありがとうございました。(会場拍手)。(01:16:06)

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