茂木健一郎氏×古市憲寿氏 イノベーションと社会変革 

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「『そこそこ満足している』状況が社会変革の起きづらい理由の一つとなっている」(古市)

岩瀬大輔氏(以下、敬称略):今日はまず二つの問題意識を掲げていきたい。ひとつはよく議論されている通り、何故日本には起業家が少ないのか、あるいは何故起業家が増えないのかということ。起業家を増やすためのエコシステムはどのようにつくっていけば良いのか。そして、ソニーやパナソニックのような大企業でもう一度イノベーションを呼び起こすには何が求められるのか。まず古市さんに若者のマインドセットの部分から伺いたい。(00:49)

古市憲寿(以下、敬称略):『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)という本で、「若者の生活満足度・幸福度が実は高い」という話を書いた。雇用状況の悪化や世代間格差等、現在の若者が置かれている状況は幸せと言えない。しかし生活満足度や幸福度といった統計上の数字は過去最高を示している。2012年の調査では20代のおよそ75%が満足と答えており、この数字はバブル期や高度成長期よりも大幅に高い。理由はいくつかあると思うが、今日の議論に絡めて言えば「人々がそこそこ満足している」という点が、日本が変わらない大きな理由になっていると思う。(02:38)

生活満足度や幸福度の統計グラフを見ると、先進国はU字型を描くことが多い。20代前後は高く、30〜40代が最も下がる。つまりG1サミットに来ている方々は幸福度が最も低い筈だ(会場笑)。で、50〜60代になると再び上がっていく傾向がある。ここには「人は自身の状況が“今より良くならないだろう”と思ったとき、満足度が高まる」という解釈がひとつあり得るのではないか。そう考えるとG1に来ている方々や社会を変えようとしている人々が30〜40代に集中する理由も説得力を持つ。現状に満足していていないし、自分たちが社会の真ん中を占めてきていることもあり、「変えることが出来るのだ」という意識が高まっているのだと思う。(03:48)

著書には若者がどんな風に期待されてきたかという話も書いた。若者への期待というのは昔からあったことで、それは多くの場合、世の中が危機に陥ったとき、あるいは変動するときだった。たとえば明治維新。江戸時代を生きてきた老人たちでなく、若い人々がこれからの日本をつくっていくと期待された訳だ。戦争中も同じで、「若者が日本を救うのだ」と。もちろん方便もあった。兵士として若者を活用する意図があり、都合の良い協力者として若者を崇めるブームでもあったと思う。(04:50)

現在も若者にまつわる話題が政治の世界で取りあげられることは多い。もしかしたらそれは過剰な期待かもしれないが、世の中の危機や変動にあたって若者に何かを期待していることの裏返しでもあるのかなと感じる。(05:48)

岩瀬:彼らはそうした満足度や期待をどのように受け止めているのだろうか。(06:08)

古市:世代間格差自体を自覚していない若者が多いし、責任を負いたくないと考える人もいる。たとえば投票可能年齢を18歳に引き下げるという議論はあるが、本人たちの多くは、「20歳からでいい。責任を負いたくない」と答える。そこは、若者に大きな権利を与えたくないと考える上の世代と利害が一致しているのかもしれない。(06:21)

岩瀬:どうすればそういった状況を変えることが出来るとお考えだろうか。(07:11)

古市:最悪のケースは日本が経済的に没落し、このままではやっていけないという状況になることだ。ただ、状況として特殊なのは、日本は貧困層が大変見えにくい国という点だ。若者自身は明らかに貧困層と言える状態であっても、親と同居していればある程度は裕福に暮らすことが出来る。そんな環境にいる若者たちであれば、状況が真に悪化していることにもなかなか気付かないと思う。(07:15)

変わるとすれば、彼らの親が寿命を迎える、あるいは親の介護が必要となる20〜30年後ではないか。それまで自分たちをケアしてくれていた親を逆にケアしなければいけないとき、残っているのは安定しているとは言えない職業とぼろぼろになった持ち家。そんな状況になって気が付くというシナリオはあり得ると思う。(07:57)

それともうひとつ。日本の人口ピラミッドを見ると、およそ10年後に団塊ジュニア前後の人口比率が一気に高まることも分かる。それまで高齢者だった方が少しずつ亡くなっていくことで、逆に団塊ジュニアが最大の人口層となるおよそ10年後、何らかの政治変動や変革が起こるかもしれない。(08:22)

さらに言えば、変革可能な狭い領域から変えていくという動きは現時点でも数多く起きている。社会起業家と呼ばれる方々は、なにも社会を一気に変えようと意識している訳ではないと思う。まずは周囲にいる100人や1000人のなかで本当に困っている人々を、自分が出来る範囲で変えようと。そんな「まず100〜1000人を変えよう」と考える人が100人、1000人1万0人と増えていけば、掛け合わせて1億人が変わる。そんな動きにも期待出来ると思う。(08:50)

「すべての学問がネットワーク化された社会でイノベーションを支えるインフラにならねばいけない」(茂木)

岩瀬:茂木さんは社会変革の担い手としての若者をどのように見ているのだろう。(09:32)

茂木健一郎氏(以下、敬称略):古市さんは才能溢れる若者だし、やっていることも素晴らしいと思う。ただ、正直に言うと日本的な社会学は学問的に古いと思う。反論もあとで伺いたいが、とにかく日本が抱えている問題のなかでも大学の問題は特に大きい。僕も東大法学部には行ったが…、これは言い尽くしてきたから改めて言いたくはないけれど、もう日本の大学は終わっている。“オワコン”だ。(10:26)

何故僕はそんなことを言うのか。まず、脳科学やその周辺領域では今、たとえばネットワークに関するサイエンスが爆発的に増えている。で、スモールワールドネットワークやシックス・ディグリーズ・オブ・セパレーションといったネットワークの振る舞いは、たとえば複雑系ネットワークのようなシステムとして記述される新しい学問ということで僕らも参照している。個人の認知科学とも結びつくし、そこはすごく面白い。で、この辺の話はソニーやパナソニックがイノベーションを起こせなくなっている理由や、LINEのようなプラットフォームが日本からは出て来ないかにも関わってくるのだが、要するに日本人がそうした“ネットワーク”をうまく扱えないことに危機感を持っているのだ。(12:05)

これは、ネットワークに接続した際の人間の振る舞いに関して、法体系を含めて総合的に体系づけられた学問が日本にないからだ。たとえばハーバードには著作権法について自由な立場を擁護している法学者がいる。しかし東大法学部のほうは…、はっきり言って頭の古いどうしようもない教授ばかりがいて、もう実定法を勉強する専門学校みたいなところになっている。大教室で教授が間喋っていることを学生たちは90分間、蚕みたいにカリカリ書き移しているだけ(会場笑)。東大文?といったら偏差値が一番高い連中の集まりだ。そんな連中が東大でどんな教育を受けているのか。もう悲劇だとしか言いようがない。(13:13)

だいたい、「若者に期待する」といったジェネレーション論自体が日本の古い社会学を象徴しているように見える。50歳でも落ち着かない僕のような人間はいるし(会場笑)、21歳でなんの考えも持たず新卒一括採用で社会へ出る人間もいる。「統計的には満足している人が多い」と言うこと自体はいい。ただ、統計に触れるのであればその有意性を議論しなくてはいけないし、そのなかのヘテロジニアスも見なければいけない。そういった数字的学問で標準的に用いられる手法を、社会学も援用すべきだ。(13:59)

ただ、それをやるうえで日本の大学には根本的な欠点がある。不幸なことに日本語で学問をやっている。そのせいで外国の優秀な学生を集めることが出来ないだけではない。現在の学問にはボーダーがなく、そこで最先端となる知見はリンガ・フランカである英語で発表され、蓄積されている。しかし日本では東大法学部でも…、申し訳程度に外国語で発表する機会はあると思うが、日常的に使うのは日本語だ。(14:43)

本当は社会学を含めたすべての学問が、グローバルにネットワーク化された現代社会でイノベーションを支えるインフラにならなければいけない。いくら若者がやる気があっても学問的な裏づけがなければイノベーションは起こせない。日本の大学はそれが出来る状況になっていない。だから、もう東大法学部を解体するしかないと思う。18〜22歳のクリティカル・シンキング(批判的思考)も学んでいないような学生たちに、いきなりあんな実体法を授業で植えつけるなんて、もう国家的犯罪だと思う。(15:30)

もちろん例外的に岩瀬さんのような…、そういう認知的ホロコーストを生き抜いて立派にやっている人もいる(会場笑)。しかしそれは個人の資質が余程優れているか、強健な意思を持っているか、あるいは一度植え付けられたマインドセットから抜け出すことの出来る人だけだ。ほとんどの人はガラスの天井がどこにあるか気付かないまま生きている。それが日本の構造問題だ。(16:24)

日本語で学問をやるなという訳でも、欧米を礼賛する訳でも、言語として日本語より英語が優れているという訳でもない。ただ、事実として最先端の学問的知見が英語で蓄積され、それについてクリティカル・シンキングで議論することがグローバルで当たり前に行われている。それを背景にしてiPhoneもGoogleも出てきた。その知的インフラを整えないまま、「イノベーションが云々」と言っても難しいと思う。(16:58)

だから、僕としては古市さんにもインフラになるような学問をやって欲しいという願いがある。「絶望の国で希望が〜」という話自体は面白い。ただ、それはたとえば「人はどんなときに不満を持つのか」といった認知科学的な問題にもなる。社会格差というのは、本当はジニ係数などから見ると社会不安の問題になる。ジニ係数が0.5超えると社会不安が高まるからだ。ただ、たしかに日本ではそれが起きていない。それはどういうことか。こういう問題に対して、実は脳科学や認知科学からもアプローチが出来る。そこで古市さんと僕がコラボレーションをする学問があれば面白いと思うけれど、ただしそのときに参照すべき文献が日本語で書かれていない。(18:49)

古市さんは例外的に優秀だから大丈夫かもしれないが、そもそも日本の学部生たちはそういった論文を学部にいる4年間、ほとんど読まない。今はグーグル・スカラーで英語の論文なんていくらでも読めるのに。(19:46)

「同じ教育環境下でもソニーやホンダは出て来られた。今の日本社会との違いはどこにあるのか」(岩瀬)

岩瀬:そこで疑問が出てくる。日本の大学教育は昔から同じ環境だったが、それでもかつてのソニーやホンダはイノベーションを起こしてきた。また、欧米には大学教育を受けていない起業家も数多くいるし、シリコンバレーには色々な国で教育を受けてきた人たちが集まっている。当然、中長期的な層の厚さを目指すためにも大学教育の改革は必要だが、今何かを起こすためにはどうすれば良いのだろう。(20:17)

それともう1点。イノベーションを広義に捉えると、テクノロジー分野での出来事である必要はない。たとえばハーバードの(クレイトン・)クリステンセン教授は最近、『イノベーションのDNA 破壊的イノベータの5つのスキル』(翔泳社)という著書を出した。教授はそのなかで一般的な経営者5000人とイノベーティブであると言われる経営者500人を比較対照し、何が違うのかを研究している。(21:15)

で、同書ではイノベーションを起こすために必要な五つの力が指摘されている。ひとつ目は関連づける力。色々と違うものを組み合わせてアイディアを出す力だ。そしてふたつ目は現状を疑って質問を行い、答えを見出していくという質問する力。三つ目が世の中のさまざまな動向をウォッチする観察力。そして四つ目が色々なジャンルの人たちと繋がるネットワーク力で、五つ目はリスクをとって行動する実験力だ。そういった五つの力について考えたとき、今の日本社会に何が足りないのか。私としてはそんな問題意識も持っている。(21:42)

古市:僕個人は社会学のディシプリンに拘っている訳でも社会学を極めようと思っている訳でもない。ただ、一方では社会学者と名乗っているので一応茂木さんに反論しておくと、社会学は今や完全に計量分析あるいは欧米の成果を参照しながらの研究になっている。僕はたまたま一般書として若者論といった本を出したが、仮に社会学で研究するとすれば、そこでは世代効果や加齢効果といったすべての要素を含めた分析がなされる。その辺は欧米と比較して特段レベルが劣るものでもないと思う。(22:36)

あと、大学教育で英語があまり使われていないという部分はたしかにあると思うが、それもどこを見るかによるのではないか。僕がいた慶應SFCに限って言えば、英語の論文は読めるけれども日本語の文章を読み書き出来ない人も多かった。もちろん日本の大学で窮屈だと感じる点も多い。たとえば授業数。元々は実質11〜12週間で良かったものが、今では15週間ぐらいにまで増えてきているし、大学を高校の延長上に考えているところはすごく不自由だと思う。たとえば会社を興してある程度の成果をあげたら、あるいはNPOで何らかの成果をあげたら60単位をあげるとか、もっとフレキシブルになってもいいとは思う。(23:32)

それともひとつ。イノベーションという言葉はマジックワードだなと思う。イノベーションに期待し、「それで社会変革を」といった話はよく聞くが、本当にイノベーティブなことであれば事前には分からない。結局、評論家の方々は「イノベーションが必要だ」と言っていればよくて、「どんなイノベーションが良いのか」はブラックボックスになってしまっている。言葉自体がかなり都合良く使われていると感じる。単に空を飛ぶ方法であれば、ライト兄弟以前から発明している人々はいた。従って過剰にイノベーションを期待し、それを要素分解して云々というのは、少し違うのかなとも思う。(24:49)

もちろん茂木さんが仰っているような、「なんだかすごくて、なんだか分からないけど、なんだかがむしゃらなもの」というのはあると思う。それが色々な組み合わせから生まれることもよく分かる。ただ、それは勢いだけの論理という気もしてしまう。(25:52)

茂木:旧来の大学モデルでも大丈夫だった時代というのは、いわゆるものづくりの時代だった。今はiPhoneひとつとっても、モノ自体は台湾や中国でつくっている。総合的にシステムを構築するという意味では、イノベーションの実質が変わってきたのではないか。半導体やトランジスタを物性的につくっていれば良かった時代から、ネットワークや法律あるいは社会慣習といったものをすべて含めたイノベーションでなければ世界が変わらない時代になってきたのだと思う。(26:10)

この点について日本の大学システムはまったくもって不十分だ。今の体制を“がらがらポン”しなければいけない。ゲームのルールが変わったのだから。かつてのものづくりというルールと、現在のルールはまったく違っている。今はネットワークを通して情報等が結びつき、流通することで付加価値が生まれていく。日本の大学は残念ながら、そういった新しい、かつグローバルなネットワーク社会のイノベーションを支える人材を生み出していないというのが僕のジャッジメントだ。(27:10)

ただ、「じゃあ今は何も出来ないのか」というと、そんなことはない。岩瀬さんが仰っていた通り、スティーブ・ジョブスも1年で大学を辞めてしまっている訳だ。その辺は‘way of life’でありマインドセットだと思う。で、たとえばソニーやホンダのマインドセットを表す言葉のひとつとして‘Not invented here.’という考え方がある。自分たちが独自に生み出したもの以外には価値を認めないという自負心だろう。ただ、実はその考え方がイノベーションの足枷になっていると思う。要素と要素を結びつけ、それらを組み立てることによってシステムを構築することが今はイノベーションの文法になっているからだ。これにはまったく違う感覚が必要になる。(27:56)

「‘weak ties’を経由したやりとりが社会全体としてはイノベーションにつながる」(茂木)

イノベーションに関して日本では未だひとりの人がすべてをつくるというような、ロマンチックなエソスが成り立っている。森の中でねずみを捕まえた鷲がねずみをつくった訳ではないのと同様に、今はパスを受けて最後にシュートした人がイノベーターだ。しかし、イノベーションに必要な要素のほとんどすでにあって、それを結びつけてコーディネートするような人がより評価される社会にすべきだと僕は思う。(29:01)

日本には職人を信奉する気質がある。実際に手を動かしてものをつくる人間が良いということだ。たとえば日本人のプログラムオタクみたいな人で、「ジョブスは一行もプログラムを書いていないからそんなに偉くない」ということを言う人もいる。ジョブスはたしかにプログラムを書いた訳ではないし、物性の知識も豊富ではなかった。たとえばiPhoneなどで採用されているゴリラガラスをつくったのはコーニング社だ。しかし彼はそのガラスをiPhoneで使おうと決断したとき、コーディング社の社長に会いに行って、「6カ月以内にこれだけのロットをつくってくれ」と言った。それはコーディング社には無理だったのだが、「いや、つくってくれ」と。そういう仕事をしてきたからiPhoneをつくることが出来た訳で、そういうタイプの人を日本はもっと評価すべきだ。(29:43)

古市:そういうイノベーティブな人材を教育でつくることが出来ると?(30:59)

茂木:出来ると思う。ただ、それには教育と入試も変える必要があると思う。(31:02)

古市:そのためには、たとえばサッカー日本代表に選ばれるような20数人の選手をつくるためにサッカー人口を増やしていくような対策をとるのか。それとも一部のエリートを選んで教育していく形になるのか。どんな感じの教育になるのだろう。(31:08)

岩瀬:既に日本型の教育を受けてしまった社会人をどうするかという議論もしたい。20代の頃、普通のサラリーマンだった私は留学をして、そして帰ってきてからベンチャーの世界に入った。で、それ以降、ベンチャー起業家と呼ばれる方々と数多く付き合うようになって、ひとつ気付いたことがある。とにかく彼らは世界の見方がまったく違うのだ。社会に生きる人々の99%は自身の現状を所与のものとして、そのなかで、ときには不平を言いながら生きている。しかし残り1%の人たちは、(望んだものが与えられない状況で)「なかったらつくればいいじゃん」と考える。谷家(衛・あすかアセットマネジメント代表取締役社長)さんはまさにそういう方だし、高島(宏平・オイシックス代表取締役)さんも常にそういう発想でTABLE FOR TWO等をつくってきた。(31:33)

とにかく起業家の方々から不満や愚痴を聞いたことがない。自分たちで変えることが出来ると思っているから、「変えることの出来る範囲でやればいい」と。それは能力の問題でなく、世界をまったく違う眼鏡で見ているという話ではないかと思う。私もなかなかそこまでなりきれていないが、皆がそのような眼鏡をかけて、それが評価されるような組織や社会とするにはどうすれば良いのだろうか。そういった資質は後天的に身に付けることも可能ではないかと、起業家の方々を見ていると感じるが。(32:37)

古市:そういう人々は自分たちだけを良くしようと思っているのか、社会全体を良くしたいと思っているのか。その線引きはどうなのだろうか。(33:23)

岩瀬:恐らく自分も仲間も「欲しい」と思っていて、「という訳だから社会も欲しいと思うだろう」と。実はネット保険会社をつくろうというのも谷家さんのアイディアだ。そういう発想の出来る人がどれだけ社会にいるかということだと思う。(33:36)

茂木:その辺について、マーク・グラノヴェッターは‘The strength of weak ties’(弱い紐帯の強み)という著名な論文を発表している。たとえば僕は江崎(悦朗・江崎グリコ取締役マーケティング本部長兼マーケティング部長)さんとは何回も会っている。これは‘strong ties’。でも小泉進次郎さんとは今日初めてお会いしたので‘weak ties’。イノベーションを起こすためには実は後者の‘weak ties’重要だと、グラノヴェッターは非常に明確な論理で示している。何故か。たとえば為末(大・一般社団法人アスリートソサエティ代表理事)さんが教育を変える重要なアイディアを持っているとする。ただ、為末さんに教育界との大きなコネクションがないとしたら、為末さんと教育界が‘weak ties’の状態だ。(33:53)

この弱い結びつきを強くする。ここを経由した情報のやりとりが、実は社会全体としてはイノベーションに繋がっていくという訳だ。辛うじて繋がっているかもしれない‘weak ties’を、よりロバストに使うことでイノベーションが起こる。それが、「今何が実践出来るか」というご質問に対するひとつの答えになる。(34:57)

これは不平不満を言うようなモードとは違う。不平不満は大抵、たとえば会社の中で課長の悪口を言うというように‘strong ties’のなかで言われるが、‘weak ties’はもっと、窓を開けて風を入れるような効果がある。ひょっとしたらそういうことが出来る場としてもG1サミットがあるのかもしれない。(35:47)

古市:同じステージや社会階層にいる人々は‘weak ties’をつくりやすいと思う。結果として新しい仕事にもつなげていきやすいだろう。ただ、それは社会における各種階層の分断を広げることにもなるのではないか。(36:23)

茂木:古市さんはさすがに社会学者だけあって、(ジョン・)ロールズの正義論的というか…恐らく‘weak ties’を辿ることさえ出来ない方々にも目がいっているのだと思う。ただ、トリクルダウンというか、たとえばジョブスがイノベーションを起こしてお金持ちになるとどうなるか。社会的弱者と言われている方々にはジョブスのようなことが出来ないかもしれないが、ジョブスがつくったイノベーションの果実は彼らにも届く。そこも込みで評価しないとこの議論は出来ないと思う。(36:53)

G1サミットに来ているのはイケイケの方ばかりだと思う。ただ、そういう方々が社会的弱者に関して「なんとかしてあげたい」という気持ちを持っていないのかというと、そうではない。“見えざる手”というか、イケイケの人が良いプレイをしようと必死になることが、巡り巡って社会のためになるということはあるのではないか。(37:38)

古市:その辺は再分配を含め、政治が引き受けるべき問題にもなると思う。(38:08)

茂木:それはそうだと思うが、要するに岩瀬さんのご質問は「イケイケの人がいかに良いプレイが出来るか」ということだと思う。(38:16)

古市:たとえば会場にいらっしゃるような方々は良いプレイが出来ていないのだろうか。出来ていると感じるし、「それならいいんじゃないですか?」と思うが。(38:28)

岩瀬:「社会全体でその総量がもっと増えても良いのでは?」という問題提起としても言っている。(38:40)

古市:ここにいる人をもっとイケイケにすれば良いのか、それともG1サミットに参加出来るようなレベルの人をもっと増やしてあげればいいのか…(38:44)

茂木:この議論を(ネット配信で)見た人々が何かを感じてくれるかもしれないが、とにかく古市さんはどちらかというとベースを広げるほうに興味があるんだよね?(38:52)

「社会変革の結果をいかにトリクルダウンさせるか。富の再分配も大きな課題」(古市)

古市:ベースを広げるというか、下のほうがさらに落ちていくようになると、たとえば治安の悪化等、社会全体で不利益を被ることも多い。イケイケの人がイケイケでいるためにも、ある程度の社会基盤は必要だと思う。(39:02)

岩瀬:イノベーションの総量を増やす話と、ではそこからその効果をどうトリクルダウンさせるかという話。双方重要な論点と思う。白熱する中だが、このあたりで会場からご質問もいただきながら、さらに深めていきたい。

会場(為末大氏[以下、敬称略]):社会変革を起こすイノベーションという意味では、今議論されている方向で合っていると思う。ただ、僕としては「こうしたらいい」と分かっているにも関わらず、何故それが起きないのかが問題と感じている。思いつくことと、それが実際に起きることの境目にある壁はなんなのだろうか。(39:47)

古市:阪神・淡路大震災や東日本大震災のような、たとえば何かの大きい出来事があれば一気に変わることもあると思うが、日々の細かい変化では人々もなかなか気付かないと思う。そこの部分で齟齬が出てくるというのがまずひとつ。(40:32)

会場(為末):もうひとつ。あるとき室伏広治さんに「膝の位置はどこだと思う?」と聞かれたことがある。で、僕は膝を指して「ここですか?」と聞いたのだが、室伏さんは「ここにあるんだ」と(腿のあたりを指し)言って去っていった。要は、天才の考えは理解出来ない(会場笑)。イノベーションを起こす人を我々はどうやって理解すれば良いのか。(41:01)

茂木:本質的なご質問だ。まず、脳科学者として申し上げるなら、「自由意志」なるものは存在しない。たとえば二つ選択肢があったとき、そのどちらかを選ぶというような自由意志は、ない。では自由意志とは何か。もう少し具体的に言うと、意識がコントロールしている部分というのは脳のごく一部で、ほとんどが無意識。だからマインドセットや身体性が大切になる。アスリートも100mを10秒台で走りたいと思うだけでは実現出来ないから、大変なトレーニングが必要になる訳だ。「こうしたらいい」と分かっているにも関わらずできない、体が動かないというのは身体性であり無意識の問題だ。そこは一朝一夕に変わらないという話になる。(41:42)

会場(谷家衛氏):岩瀬さんたちを応援していても感じるのだが、イノベーションを起こす人というのはアーティストに近い。直感で動く。従ってマインドセットがより重要になると思う。それを大量に育成していくのは簡単ではないと思うが。(42:38)

ただ、これは一橋の楠木(建・一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授)先生に聞いた話だが、モダンアートの世界には自分の作品を抽象化したうえで言語に出来る人間と、出来ない人間がいるそうだ。それが出来ると長く活躍するが、出来ない人を放っておくと、一瞬は当たるけれども長続きはしない。しかし彼らと、そしてアートの抽象化や言語化をきちんと行うことが出来るような学生をセットにすると大変上手くいくという。楠木先生は「自分はそういうことを経営者のためにやりたい」と仰っていた。教育でつくることが出来るのは、その後者のほうではないか。(43:07)

あと、古市さんに伺いたいのだが、経済学には「人間の欲望は無限だから、どんなにモノをつくっても安くすれば買う人が出てくる」という考え方があると思う。ただ、今の日本ではそうなっていない。ひょっとしたら欲望の種類が変わってきているのではないだろうか。現代の若者にそうした変化が最も強く表れているのかもしれない。ありのままの自分を見つめ、自分なりの幸せを見付けたいと願う若者は多い。それはそれで負け組と言われるかもしれないが、ある意味は文化度が進んでいて、成熟社会を生きる新しい形かもしれない。それで幸福度が高いという見方もあると思う。(44:30)

茂木:たしかに天才は教育でつくりだせないと思う。アインシュタインも学校をドロップアウトしている。ただ、僕がずっと言っているのは、「日本の若者たちをガラスの天井から開放してあげたい」ということだ。マインドセットにおける一番の問題点は、何が制約になっているのか気が付かないというところだから。その意味で言うと、たとえばハーバードでは…、ハーバードが新しいブランドになれば良いという意味ではまったくないが、学部生が自分で自分のメジャーを定義出来るという。「AとBとCとDというクラスをとって、自分は××の専門家となる」と。また、「ハウス」という制度もあって、専攻や学年、興味関心の全く異なる色々な学生が共同生活をしているそうだ。そういう良い制度はブランドに関係なくどんどん取り入れたらいい。(46:06)

とにかくそんな風にして色々な手段を講じながら、日本の学生たちにもう少し素敵な大学生活を送らせてあげたいというのが、大学教育に関わる僕の偽らざる実感だ。今の日本の大学は本当に酷い。ただ、そこで「イノベーターとなるような人間は大学教育に関係なく出てくるのだから、適当にやっておけば良いのでは?」という皮肉のスタンスをとるのは学生たちに申し訳ないとも思う。(47:43)

古市:成熟した若者というご指摘は正しいと思うが、それは経済的豊かさに支えられている面もあると思う。親の世代がある程度裕福で、日本がデフレだったからこそ、今まではあまりお金がなくても暮らしていくことが出来た。しかし10〜20年後、若者もその親も老いて、もしも社会全体が今の状態を維持出来なくなったとき、それでも成熟と呼べる状態であり続けるかというと、少し心配でもある。(48:25)

「ビジネスモデルをつくる行為は人の脳の最も優れた“他者の創造”」(茂木)

会場(各務茂夫・東京大学教授):異なる要素を結びつけてイノベーションを起こす…シュンペーターの言うところの“新結合”を導くためには、ちょっとした“のりしろ”が必要だと考えている。MITやスタンフォードの学生たちはサイエンスを、もう強引にビジネスプランに組み混んでいる。ビジネスの部分においては大変稚拙なのだが、それでも「お客さんはこういう層で、バランスシートはこうなる」という話を自分たちからどんどんして、そこに大企業なども集まってくる。その“のりしろ”からキャッチボールがはじまる。それで私も現在、東大のポスドクや研究者に事業プランを書かせている。彼らとすれば抵抗はある。サイエンスが一番でビジネスはダーティだと思っているから。ただ、そこは「見える世界が違うから」ということで強引にやらせる。で、産業界から褒められると、今度は「これ、やれるんじゃないか?」となってくる。そんな風に少し先へ行かせることで、異なるものを結びつけるだけでなく、見える世界を変えてあげることも出来ると思う。(49:33)

茂木:(拍手)素晴らしい。ビジネスモデルをつくるという行為は、人間の脳において最も優れている“他者の創造”だ。つまり、「世の中にはどんな種類の人がどれほどいて、どのセグメントの人はどういうものを求めているか」といったことをある程度ラフに、定量的に掴むことだと思う。そういうトレーニングをしている人々の背中を、ほんの少し押してあげることでも起業家は増えると思う。(51:48)

古市:大学を変えてくというのは僕も賛成だ。特に日本の大学ではドクター等の位置づけが曖昧。ドイツのように社会の公共財として国のお金を出すのか、もしくはアメリカのように労働市場のなかで活用していくのか。今はそのどちらでもない。博士号を増やしても、そういった人材を社会が使いきれていない気がする。(53:13)

茂木:僕は理学部物理学科の博士号を取得したあと、理化学研究所で脳の研究をはじめた。で、今は本を書いたりテレビに出たり…、色々やっている訳だ。ただ、それは社会が僕を生かそうとした結果ではない。こんなおっちょこちょいの性格だから、色々やっているうちにこうなっただけ。ただ、社会学では「社会がPh.Dをとった人を生かすべきだ」というような…、つまり社会のほうからお膳立てしてあげるべきだというような、そんな議論がなされていると感じる。しかしやる人は勝手にやる訳で、むしろ大事なのはPh.Dを取得したあとに起業していくような、そんなマインドセットを育てる教育だと思う。おっちょこちょいな人間をもう少し高い歩留りでつくり出そうと。(53:46)

岩瀬:大学には生き方やキャリア論を教えてくれるような場があまりないと感じる。「挑戦していいんだよ」ということを伝えていく役割は誰が担うべきなのだろう。(54:58)

古市:今の大学で教えている先生方の多くは研究者で、自身の報われなかった人生のことしか喋れない(会場笑)。従って教員の質はたしかに偏っていると思う。(55:35)

茂木:(笑)報われなかった人生? 教授になっているんでしょ?(55:49)

古市:教授になるという形では報われたが、あまり楽しくなかった30代の思い出があるというか(会場笑)。そういう人はあまり前向きな人生論を語らないと思う。(55:54)

会場(野呂洋子・銀座柳画廊役員):芸術家を支えていく日々のなか、最近は嬉しい変化を実感している。東日本大震災以降、特に若い方々が画廊に足を運んでくださる機会が増えてきた。表面には出てきていないものの、水面下で人々の意識が、ひいては日本社会が変わってきているのではないか。仕事で海外に行くことも多いが、やはり日本は…、経済面での格差は色々出ているかもしれないが、意識の格差や社会的格差がこれほど少ない社会はないと思う。むしろ、どちらかといえば社会的弱者と言われているような方のほうが高い意識を持っている実感もある。そうした流れのなかで、今後日本社会の景色が大きく変わっているのではないかと感じている。(56:29)

古市:マイノリティや社会的弱者だからこそ芸術に高い感性を発揮するということはあると思う。いわゆる社会階層で下のほうにいる人々を見てみると、やはり家にある美術品や本の数も少なく、文化度は残念ながら高くないケースが多い。しかも今の日本では中流階層がなくなってきている。そうなると美術のあり方も変わる可能性があるのではないか。美術館で展覧会を開催し、何百万人を動員ということがもはや出来なくなっていき、パトロンと一部の美術家がコラボレートするような、中世のモデルのようになっていくかもしれない。その意味では逆に面白いと思う。(1:00:10)

茂木:芸術の良いところはひとりの人間が「良いね」と言ってくれたらそれで成立するところだ。ワーグナーはパトロンが現れるまで食べていくことが出来なかったけれども、ルートヴィヒ2世一人が出てきたら可能になったそうだ。美術にはそういうところがあるし、そこに僕は大きな希望を抱く。一部の人が「これはいい」と思ってくれたらその美術家はなんとかやっていける。画廊がその仲立ちするというのは良いと思う。(1:01:21)

「チャレンジ精神は、実は手厚いセーフティーネットに支えられるところが大きい」(古市)

会場(慎泰俊・Living in Peace代表):プライベート・エクイティをやりながらNPOも運営している。私はそのNPOで高校を中退した子や、いわゆる底辺校と呼ばれるような学校の子らと会って話をしているが、彼らも世代間格差のようなものは感じているようだ。ただ、彼らはそこで漠然とした諦めの気持ちを持っている。その心がどこから来たもので、それをどうすれば変えることが出来るのかと日々考えている。(1:03:12)

それとイノベーションに関してもうひとつ。ものを繋げるということがイノベーションを起こすうえで一番大切かというと、疑問がある。むしろ重要なのは信念や気合や根性ではないか。世界を変えるような大発見をした人は、直感が降りてくる前から激烈な努力を重ねている。誰にも真似できないような情熱があって初めて何かが降りてくるからだ。また、岩瀬さんも仰っていたが、ネットで生命保険をつくるというアイディア自体は色々な人が思いつく。ただ、それを形にしたうえでビジネス展開するために必要となるのも、どちらかと言えば気合や根性だと思う。そういったマインドを育てる教育が大切ではないだろうか。(1:03:52)

会場(山崎真忠・HASUNA取締役):「失敗したら復活出来ないのでは?」という幻想が社会に渦巻いていると感じる。もしそうだとしたら、その原因はなんだろう。道半ばで退いた首相も復活しているのに、リスクをとることが出来ない人がいる。それが出来るマインドというのは先天性のものなのだろうか。あと、マインドセットに関して言えば、社会に蔓延する「他人事」という空気も影響していると感じる。当事者感覚が社会で希薄過ぎるのではないだろうか。この点についてもご見解を伺いたい。(1:05:08)

古市:たしかに、日本では多くの若者が「自分の力で社会を変えることが出来ない」という無力感を持っている。それは統計でも示されている。そこで可能性があるとしたら、「若者の親は若者ではない」という話になると思う。要するに若者側に利益が及ぶよう、自分の親や祖父母を説得していく。そうすれば、選挙であれば1票が5票や7票になる可能性はある。難しいけれども不可能ではないと思う。(1:06:31)

それと再チャレンジに関して言えば社会保障が大事になると思う。起業率が世界で最も高いのは発展途上国だが、その次に高いグループは北欧諸国だ。それは、ひとつには社会保障があるから。「失敗してもなんとかなる」というチャレンジ精神は、実は手厚いセーフティーネットに支えられている面があると思う。あと、メンタリティというのは象徴的な事例に影響されることが多いのではないかと感じる。一度大きな失敗をした人が…、安倍総理でも良いが、復活するような物語が日本で共有されていくと意識も変わってくるのかなと思う。(1:07:08)

茂木:創造性とは、意欲を司る前頭葉と経験を司る側頭葉の掛け算だ。従って意欲がなければ創造なんて出来ない。その意味で、マインドセットに関するご指摘はその通りだと思う。それとリスクについてだが、脳の発達段階には安全基地という概念があり、自分のなかにそうしたセキュアベースがあればあるほどリスクをとることが出来る。ところが日本人の場合、そのセキュアベースが組織や肩書きという形をとることが多かった。本来であればそれは経験であり、知識であり、人間関係だ。従ってセキュアベースの設計を本来の形に変えていかなければいけない。(1:08:10)

ベンチャーマネーとは失敗しても返さなくて良いお金だと僕は定義している。しかし日本ではお金を借りるにあたって自宅を抵当に入れたり、知り合いに連帯保証人となって貰ったり…、なにかこう、ウェットだ。それではリスクテイクもなかなか出来ない。脳科学的に言うと、リスクテイクを起こすものは…、変な話だが、むしろ安心・安全。組織や肩書きにしがみつくという意味ではなく、プロアクティブな安心・安全だ。このあたり、短い時間で語り尽くせない。僕としては今日の議論を踏まえつつ、僕の視点から見たイノベーションに関する本をまとめる必要があると感じた。(1:09:16)

岩瀬:最後にまとめるのは難しいが、イノベーションを増やして社会を変革していくために何が必要かという点に絞ると、少なくとも経産省にお金を渡してファンドをつくるといった話にはならないと思う。今日の議論でお金の話はほとんど出てこなかった。また、業界や分野を超えたクロスオーバーも大切だ。今日も、為末さん、野呂さん、各務先生、そして谷家さんと、違う世界にいる方々が意見をぶつけ合うことで新しいものが出来たと思う。今度は社会や組織でそういった場をどのようにつくり、イノベーションを後押ししていくのか。決して簡単な話ではないが、さらに多くの方々がクロスオーバー出来るような場をつくっていくべきだと感じる。(1:10:21)

今日はこのほかにもさまざまな問いが生まれた。答えは出ていないが、とにかく皆でどんどん議論していけばヒントも見えてくると感じている。今日の議論を糧に、それぞれの組織でイノベーションをさらに広げていただければと思う。今日は長い時間、ご清聴ありがとうございました。(会場拍手)(1:11:30)

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