伊藤羊一氏×小林清剛氏×杉元崇将氏 経営者に必要な起業家精神とは?〜卒業生に学ぶ"経営者"というキャリア 

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パネリスト:
伊藤羊一 プラス株式会社ジョインテックスカンパニー執行役員 マーケティング本部長 兼 株式会社教育環境研究所 取締役
小林清剛 株式会社ノボット 代表取締役社長
杉元崇将 株式会社ポジティブドリームパーソンズ 代表取締役

ファシテーター
岡島悦子 株式会社プロノバ 代表取締役社長 グロービス経営大学院 教員

岡島悦子氏(以下、敬称略):おはようございます。今年で8回目となるキャリアセッションですが、毎回、あすか会議のプログラムのなかで最後のほうにやらせていただいております。通常のセッションとは少し違っていて、コンセプトは「会いに行けるアイドル」と(会場笑)。他のセッションや全体会でお聞きになっていたのは、どちらかというと皆さまが目指す…、もしかしたら遠い先にいらっしゃる方々や専門家の方々によるお話だったと思います。しかし本セッションにご登壇の御三方はグロービスの卒業生でいらっしゃいます。半歩先を進んでいらっしゃる方々ですね。いわば「会いに行けるアイドル」ということで、壇上の御三方に集まっていただきました。

なんといっても等身大のパネリストです。皆さまにはご自身との差異を噛み締めていただきながら、「あ、やばいな」ですとか「悔しいな」といった気持ちを持っていただきたいとも思います。そのうえで本セッションをぜひ、考えるきっかけに、あるいは行動を起こすきっかけにしてください。当然、本セッションのなかにすべての答えがあるわけではなく、皆さまがご自身で考える必要があります。昨日までの自分を包む卵の殻を破るため、ご自分で考えていただくセッションにしていきましょう。そして、可能であれば次回や次々回、今度は会場の皆さまが登壇者となって壇上に並んでいただければいいなと思っております。よろしくお願い致します。

さて、パネリストの皆さまはグロービス卒業生であり、私の教え子の方もいらっしゃいます。ですから今回は御三方に、ファシリテーターとして宿題を出させていただきました。前代未聞な感じですが(会場笑)、私から7つほど質問をさせていただいております。その問いとともに、まずそれぞれ現在のお仕事と、キャリアの転換点となった出来事を伺っていきたいと思います。なぜ、今経営者としてやっておられるのか。どのような仕事をやっていらっしゃるのか。アントレプレナーシップをどのように育んできたのかも併せて伺っていきましょう。そのあと、質問の時間を挟みつつディスカッションを進めていきたいと思います。

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パネリスト:
伊藤羊一 プラス株式会社ジョインテックスカンパニー執行役員 マーケティング本部長 兼 株式会社教育環境研究所 取締役
小林清剛 株式会社ノボット 代表取締役社長
杉元崇将 株式会社ポジティブドリームパーソンズ 代表取締役

ファシテーター
岡島悦子 株式会社プロノバ 代表取締役社長 グロービス経営大学院 教員

岡島悦子氏(以下、敬称略):おはようございます。今年で8回目となるキャリアセッションですが、毎回、あすか会議のプログラムのなかで最後のほうにやらせていただいております。通常のセッションとは少し違っていて、コンセプトは「会いに行けるアイドル」と(会場笑)。他のセッションや全体会でお聞きになっていたのは、どちらかというと皆さまが目指す…、もしかしたら遠い先にいらっしゃる方々や専門家の方々によるお話だったと思います。しかし本セッションにご登壇の御三方はグロービスの卒業生でいらっしゃいます。半歩先を進んでいらっしゃる方々ですね。いわば「会いに行けるアイドル」ということで、壇上の御三方に集まっていただきました。

なんといっても等身大のパネリストです。皆さまにはご自身との差異を噛み締めていただきながら、「あ、やばいな」ですとか「悔しいな」といった気持ちを持っていただきたいとも思います。そのうえで本セッションをぜひ、考えるきっかけに、あるいは行動を起こすきっかけにしてください。当然、本セッションのなかにすべての答えがあるわけではなく、皆さまがご自身で考える必要があります。昨日までの自分を包む卵の殻を破るため、ご自分で考えていただくセッションにしていきましょう。そして、可能であれば次回や次々回、今度は会場の皆さまが登壇者となって壇上に並んでいただければいいなと思っております。よろしくお願い致します。

さて、パネリストの皆さまはグロービス卒業生であり、私の教え子の方もいらっしゃいます。ですから今回は御三方に、ファシリテーターとして宿題を出させていただきました。前代未聞な感じですが(会場笑)、私から7つほど質問をさせていただいております。その問いとともに、まずそれぞれ現在のお仕事と、キャリアの転換点となった出来事を伺っていきたいと思います。なぜ、今経営者としてやっておられるのか。どのような仕事をやっていらっしゃるのか。アントレプレナーシップをどのように育んできたのかも併せて伺っていきましょう。そのあと、質問の時間を挟みつつディスカッションを進めていきたいと思います。

震災を機に自分の志に腹落ちし、ひらりと垂れてきた“糸”をつかんだ(伊藤)

伊藤羊一氏(以下、敬称略):皆さま、おはようございます。伊藤羊一と申します。本セッションはすごくアウェイといいますか…、経営者でもなければ起業家でもない私が何をお話しすればいいのだろうという思いはあるのですが(会場笑)、一所懸命、お話をさせていただきたいと思います。

私はグロービスに6年在籍し、2011年5月に卒業致しました。現在はプラス株式会社ジョインテックスカンパニーという会社におります。プラスというと文具やオフィス家具のメーカーとして、またはアスクルを生んだ会社としてご存知の方は結構いらっしゃると思うのですが、私がおりますのはメーカー部門ではなくジョインテックスという流通部門です。社員数はおよそ500名で、平均年齢は48歳と高い会社です。年商は575億円。これはざっくり言うと同業で通販事業を行なっているアスクルの3分の1弱という大きさになります。また、私自身は教育環境研究所というコンサル部門の取締役も兼務しております。ジョインテックスは文具店をパートナーとする問屋として、特に官公庁や学校に強みを持っております。ただ、現在の市場は言うまでもなく非常に厳しい環境で、市場はじわじわと落ち込んでおります。アマゾンをはじめさまざまな企業が束で参入してきており、本当に「もうどうしよう」といったような環境でビジネスをしております。しかし昨年度はそのなかでも成長致しまして、史上最高の売上と利益を達成致しました。

私は現在はマーケティング本部長ということで、実質的には、トップであるCEOの下となるCOOのようなポジションでやっています。CEOは私よりも12歳上のプロパーです。私の役割はいろいろとありますが、ざっくり申しますとカタログ制作と管理部門以外はすべて統括しています。主に既存事業がCEOが、新規事業は私が、という形で、役割分担をしながらやっています。

岡島:ありがとうございます。現在はCEOと役割分担をしながらやっておられるというお話でしたが、キャリアの転換点についてはいかがでしょうか。ご記入いただいたスライドの略歴を拝見しますと、元々エリート中のエリートといった感じで日本興業銀行に入社していらっしゃるんですよね。そのあと何らかの転換点を経て、現在は売上500〜600億の会社でNo.2としてご活躍中です。会場の皆さまとしては、自身が現在置かれているようなポジションから伊藤さんのところへ行くまでには少し間があるとも思います。そのあいだに転換点となったような出来事があれば少しお聞かせいただけないでしょうか。

伊藤:はい。実は銀行に在籍していた時期は転換期となるような事態がまったく起きなかったんです。「まあ、仕事を一所懸命やってきました」と、「営業頑張りました」という感じです。興銀在籍時の転換点と言えば結婚ぐらいでしょうか。しかしまあ、結婚というのも別にどうってことはないのですが(会場笑)。

岡島:どうってことないんですね(笑)

伊藤:(笑)。あまり人生に影響しなかったと思います(会場笑)。ただ、銀行在籍中にプラスを担当していました。担当していた時期は業況が悪くなっていましたが、そのなかでもアスクルで成功したわけですね。それで、「この会社めちゃくちゃ面白いな」と思っていた所にお声がけがあったので、「よし行ってみるか」と。そんなわけでプラスに転職して“橋を渡った”のが一つ目の転換点になります。

で、それからは「これまで銀行で鍛えてきた力があれば、プラスでの仕事もなんとかなるだろう」と思ってやっていたのですが、なんともならなくて、それでグロービスに通いはじめるのですが(会場笑)。転職して3年目ぐらいですね。本当にやばいと思うようになりました。ちょうどその頃に自宅を建てたりして、「もう逃げられないな」と。長女が生まれたり、禁煙をしたり、体を壊して入院したりしていました。それで当時、なにかこう、「俺、このままノリで生きていていいのかな」という気持ちが芽生えていきました。それが二つ目の転換点です。精神的な転換があったということですね。

そして三つ目。グロービスの卒業を控えたときに、東日本大震災が起きました。当時は自分が指導を行ないつつ、かなりのリスクを取りながら物流リカバリーを行いました。マーケティング本部長に就任したのはその後です。同時にソフトバンクアカデミアというところに参加して新しいチャレンジの場を見つけたりと、とにかくそのあたりでいろいろなことが一気に起こって三つ目の橋を渡っています。それでまあ…、“解脱”に至ったというような(会場笑)。そんなふうに、私としては三つの転換点があったのかなと思っています。

岡島:今お話しいただいたなかで興味深く感じたのは「解脱」と仰っていた部分です。現在やっていらっしゃるジョインテックスのNo.2というお仕事は、従業員もたくさんいらっしゃることですし、経営陣としてかなりしんどいお仕事なのではないかと思います。変革を起こし、新規事業をつくっていくという変革と創造の双方を行うお役目を担うということですよね。

そこで、伊藤さんの志の部分には何らかの変化があったのかについて教えていただけますか。グロービスでは「志についてよく考えてください」と皆さまによくお話ししています。今お持ちになっている志とプラスに転職なさったときの志というのは、恐らく少し…、解脱と仰っているほどですから異なっているのかなとも感じるのですが、いかがでしょうか。

伊藤:はい。なぜプラスに入ったのかといえば、志というよりも、まずはオーナーに憧れがあった。そして単純に「面白そうだな」という気持ちや、「銀行員として後ろで事業のサポート的な仕事をするよりも前線の経営に近いところで仕事をしたい」という気持ちがあったからでした。あるいは、アスクルがプラスから立ちあがったのを見て、そういった新規事業を手掛けたいという想いでした。

しかし解脱と表現した三つ目の転換期には、たしかに違う気持ちが生まれていました。言葉にするとすごく陳腐なのですが、「僕は人々の役に立つために生まれてきたんだ」ですとか、「僕がやらなきゃ誰がやるんだ」といった気持ちですね。とにかく自分の全人格をかけてやっていくのだという気持ちです。3.11後に1カ月ほど続いたあのむちゃくちゃな状況下、私自身も東京で戦いながら自分の使命といったものを強く意識するようになっていました。「自分が何かを成し遂げるんだ」という気持ちより、「僕がやらないといけないんだ」という使命感だと考えています。

岡島:そこが非常に大きいと思います。グロービスで経営道場などで教えさせていただいていますと何かこう、“志迷子”のような人がたくさんいるんですね。「志が見つけられなくて困っているんです」なんていうことをずっと悩んでいる。一見、自分のなかではある程度の志が定まったようにも思えるのですが、とにかく腹落ちしていないわけです。そこへいくと伊藤さんの場合は震災を機に腹落ちしていったということですよね。

伊藤:そうですね。それまでも“プチ解脱”のようなものは2回繰り返していましたが、「やっぱりこれだ!」という感じではありませんでした。少しずつ、少しずつ、階段を上がっていたという感じです。「それまでは『いざ鎌倉』のようなREADY状態で待っていたんだよ」という説明の仕方をよくしていますが、結果としては、その状態でひらりと糸が垂れてきていたわけですね。それを、ぐわっと掴んだ。リカバリーの局面で、必死になってもがきながら手を伸ばして、気付いたら「解脱」していた、という感じです。

岡島:つかまざるを得ないところまで追い込まれていったということでしょうか。

伊藤:そうです。そのときに「あ、起業家の方々というのはこういう気持ちなんだな」というイメージがふっと湧きました。そんな感覚があります。

岡島:「どんな人にも人生には天から3本の糸が垂れてくる」という話ですよね。職業人生には誰にでも3回くらいのモテ期がやってくる。もしかしたら、ここには既にそれを見逃してしまっている人もいるかもしれませんが(会場笑)。ただ、3本目ぐらいは残っているかもしれませんから、垂れてきたときに掴むことですね。私は、糸が垂れてきたときに大切なことが二つあると感じます。チャンスが来たらそれを迷わずに掴むということと、きちんと掴むことのできる体力が持っているというこの二つ。恐らく伊藤さんはそこへ至るまで、とにかくがむしゃらに仕事をしてこられたからこそ掴むことができたのかなとも思います。

伊藤:そうですね。恐らく自分なりにはそれまでも解脱を経験しているとは思っていたんです。「もう俺は悟った」みたいな。しかし、実際には三つ目の転換期に初めて…、トップではないのですが、「トップに立つってこういうことなんだな」と感じました。「小林さんも杉元さんもこれほどまでに苦労していらっしゃるんだな」という気持ちを持つようになったんです。

岡島:三つ目の転換期を迎える前のあすか会議にいらしていたときも、「志というものは持っているよ」というお気持ちだったわけですね。

伊藤:そうなんです(会場笑)。

岡島:実際に“プチ解脱”をしていたわけですし。

伊藤:恐らくそのときも同じようなことを、言葉としては口にしていたと思います。ただ、そのときにキャリアセッションへの登壇を依頼されていたらどうだったか。小林さん、杉元さん、そして岡島さんと同じ壇上に並ぶなんていうことは絶対にしていなかったと思います。「まあ、今はざっくり言って同じようなものかな」ということで立てるのかなと。

岡島:そこなんですよね。会場の皆さまにはこの差異こそ感じとって欲しいと思っています。何かこう…、解像度の高さの違いといったものがありますよね。

伊藤:これ、登ってみてはじめてわかるような感覚ですよね。「君らにはわからないよね」なんていう気持ちは当然まったくありません。ただ、同じようなものであるにもかかわらず、それでもやはり自分としては3.11のビフォー・アフターでまったく違うと感じています。

岡島:それってなんなんでしょうね。背負っているものがまったく違うというイメージでしょうか。

伊藤:そう思います。昨日のセッションで、ノバルティス ファーマの三谷(宏幸氏:代表取締役社長)さんが‘Control your own destiny’と仰っていましたよね。以前、冨山(和彦氏:経営共創基盤 代表取締役CEO)さんも「心が自由とはどういうことか」というお話をしていらっしゃいましたが、私としては「それってこういうことか」と。「リスクをとるってこういうことか」、「チャレンジするってこういうことか」というのは、単に言葉で表すのと少し違うんですよね。

岡島:それをもう少し具体的に表現してみると、たとえば何らかの意思決定をするときに従業員やお客さまの顔がフラッシュバックしてきたりというリアリティのある実感といった感じでしょうか。

伊藤:フラッシュバック、…ですね。そのときに考えていたのは、志を見つけたのかどうかといった話ではなく、単純に「今ここで俺がやらないと復旧が遅れる」という気持ちでした。震災時はとにかくモノが届かなかったわけです。私たちは文具だけでなく、土嚢やゴム長靴やダンボール、さらには水や電池といったものも商品として取り扱っているんですね。ですから「自分たちの仕事が遅れたら復旧が遅れるぞ」と。もしかしたら、自分たちが遅れたせいで助けることができなくなる命さえ出てくるかもしれないとか、そういうことを日々、胸でぎゅうぎゅう受け止めながらやっていました。

岡島:社会的インパクトと自分たちとの結びつきが…。

伊藤:そうなんです。もうダイレクトに感じられました。

岡島:より一層自分の使命感をリアルに感じられる瞬間があって、そのときにスイッチが入ったという形でしょうか。

伊藤:はい、そうです。

岡島:なるほど。ありがとうございます。そういったスイッチの入れ方については、のちほどもう少し具体的に伺ってみたいと思います。では次に小林さんに伺っていきたいと思います。お願い致します。

学んだことや失敗項目を3000書き出し、毎日100個みては改善(小林)

小林清剛氏(以下、敬称略):ノボットの小林と申します。伊藤さんのお話があまりにもよかったので少し緊張してしまうのですが(笑)。まず会社の紹介を簡単に致しますと、ノボットは2009年に設立した会社で、2011年の8月、KDDIグループに売却をしております。スマートフォン広告の会社ですが、設立してから2年半で急成長し、同分野においては日本で2番目ぐらいのポジションになったところで売却を致しました。当時はニュースになったりもしています。

私自身は2006期の大学院一期生です。卒業するのに5年かかったという大変に出来の悪い生徒でして(笑)。のちほど改めてご説明致しますけれども、ノボット設立以前はコーヒーの販売会社をはじめとしたいろいろな会社をやっていました。

ちなみに、今ちょうど別会場でお話をしていらっしゃる村上(臣氏:ヤフー チーフ・モバイル・オフィサー)さんとは3日ほど前、別のセミナーで「インターネットのこれから」といったテーマでパネルディスカッションをしています。普段はそういったスタートアップやベンチャーに関する具体的ノウハウについてお話をする機会が多いんですね。本セッションのようにキャリアの転機や自分の内面について話をする機会はあまりなかったので、今日はそういったところにきちんとフォーカスしてお話ししたいと思っております。

現在、私はKDDIのグループ企業であるmedibaの子会社となったノボットで引き続き代表を務めております。世界中あちこちに飛んで新規事業のためのリサーチを行なったりする毎日です。ほかにもKDDIの起業プラグラム、あるいはスタートアップやインキュベーターのアドバイザーも務めております。ですから皆さまのなかでも起業したいという方がいらっしゃいましたら、何か一声掛けていただければいつでもお話をさせていただきたいと思っています。現在はそのような仕事をしています。

岡島: ありがとうございます。小林さんにもキャリアの転機をお伺いしたいと思いますが、現在は30歳でいらっしゃいますよね。それでノボットという会社をKDDIの子会社に売却なさったとのことですが、設立から2年半で買収額15億円の企業に成長させたわけです。これは本当に短期間で大変な企業価値を創出された訳ですよね。ただ、聞く所によると小林さんとしてはこれに満足されていなくて、もっともっと上を目指していきたいとか…

小林:そうですね。現状ではまだ不満です、はい…、すみません(会場笑)。

岡島:(笑)いえいえ。いずれにせよ小林さんはまさにシリアルアントレプレナーと申しますか、とにかくこれまでいくつもの会社を設立してこられています。私自身は仕事の上では年齢はあまり関係ないと思ってはいます。それでも28歳という年齢で、設立した会社を2年半後に15億円で売却されたというのはすごいと思ってしまいます。そういう意味で、小林さんはもしかしたら起業したいと思っている方々からすればヒーローのように見えるかもしれません。まずはご自身のご経験を振り返ってみて、なぜそれだけの短時間の間に成果をあげられたのか、そして現在までに迎えた転換点のような出来事があればそれと併せてお聞かせ願えますでしょうか。

小林:はい。なぜ、私が現在のような人生を過ごしているかということを含めてお話ししますと、大きな転機は今までに2回ありました。一つは大学受験のなかで経験した挫折で、もう一つは会社を一度潰してしまったという挫折です。人生で2回、挫折しているんですね。それらを通して「どんなふうに人生を生きていけばよいのか」ということを真剣に考えたことがキャリアの転機になりました。その辺をご説明するにあたっては、私は松永安左エ門という人の話を引用しています。彼の言葉がすごくしっくりくるんですね。

まず、松永安左エ門は「実業人が実業するためには、三つの段階を通らぬことにはダメだ。その一つは長い浪人生活だ。その二つは長い投獄生活だ。その三つは長い闘病生活だ。少なくとも三つのうち一つくらいは経験しなくちゃ、君の言葉に迫力がないよ」と。私はその考え方がとても好きです。私自身に関して言えば闘病生活が当てはまりました。私には大学受験で続いたストレスから両耳ともほぼ聞こえなくなってしまった時期があります。当時は治るかどうかわからないということも言われまして、「自分はなんのために生きているんだろう」と、当時はすごく考えました。

岡島:いわゆるよい環境のご家庭で育ち、ご両親からのプレッシャーなどもいろいろあったと伺っています。そこで、たとえば「理系に行かなくては駄目だ」というプレッシャーなどがあったというお話でしたが、きっと小林さんもある時点でご家族の期待という呪縛から “解脱”されたということでしょうか。

小林:そうですね。それまでは東大や東工大を目指していたのですが、その転機を経て「もう自由に生きよう」と。自分の道は自分で選択し、それに対して責任を持っていきたいと思いました。それからというもの、自分のやりたくないことは一切しないことにしています。

岡島:そのあとにイン・ザ・カップを設立して、さらに転機が来るということですよね。

小林:はい。イン・ザ・カップは私のすべてを注ぎ込んでいた会社でした。コーヒーの輸入や通販を行っていた会社だったのですが、結局はそれも潰してしまったわけです。そして借金だけが残って、人間関係も信頼も失い、たくさんの人に迷惑をかけました。その当時も自分はなんのためにやっていたのかということをすごく考えています。

岡島:ご自身と向き合うということを、かなりやってきた感じなのでしょうか。

小林:はい。もう、相当やりました(笑)。

岡島:さらに借金を背負って。

小林:そうですね。その借金を返済していく一方で、そもそもなぜ事業家として生きたいのかといったことを自分のなかで徹底的に問い詰めていたんです。

岡島:その結果として、以前とまったく異なる事業をスタートさせたわけですよね。起業しようとする方のお考えというのはざっくり言いますと2種類に分かれるのではないでしょうか。一方は「ここには大きなアンメット・ニーズがあるので、この事業分野で起業しなければ死ねない」と奮起するケース、もう一方はどちらかといえば「起業したい」という思いがまず先にあって、対象となる事業分野はそのときに探すという考え。小林さんは後者という感じでしょうか。

小林:そうですね。私の場合は後者です。

岡島:ではノボットで手掛けているようなドメインはどのように見つけ、かつ2年半で急成長させていったのですか?

小林:私は元々「将来は必ずこうなるだろう」という予測をするのが好きだったんです。「3年後に世の中はこうなっているだろう」、「5年後にこうなっているだろう」など。で、たとえば映画の『マイノリティ・リポート』を見ると、「たしかに未来はこんなふうになるかもしれないな」というのがわかりますよね。私は、そういった未来のなかで当たり前に存在するサービスをつくりたいという気持ちを持っています。そういった考えを基に事業分野を選定していました。

岡島:小林さんとお話をしていると、考えるその深さが圧倒的に他の方々に比べて深いという印象を受けます。以前、私が講演していたときに気付いたのですが、そのとき会場にいらしていた小林さんは前列のほうに座っていました。で、もうすごい勢いでメモをとっているんです。そこでメモをとるだけで終わってしまう人は多いのですが、小林さんは違っていて…。

小林:私の場合、たとえば岡島さんに教えていただいたことや本で読んだ内容、あるいは自分が失敗した経験などをすべてメモに残しています。常に3000項目ほど書き出しています。

岡島:すごいですよね。

小林:それを1日に100項目ほど見直して、一カ月に全項目を1周するようにしています。たとえばイン・ザ・カップで失敗したときに書き出した項目は100ありました。それを失敗の原因100項目として毎月見直していったんですね。で、そのあとノボットを売却した時点ではそのうちの70項目前後が改善されていました。

岡島:失敗の本質を考えていくためとはいえ、自分と向き合うのは結構しんどい作業ですよね。嫌な思い出が蘇りもします。それでもそれを徹底的にやり、しかもやり続けて習慣化しているところが小林さんの凄さなのかなと思います。あすか会議に来て素晴らしいリーダー方々のお話を聞いて、「面白かったなあ」、「いろいろな人と会ったなあ」、「名刺交換しちゃった」「一緒に写真撮っちゃった」…では駄目なんですよね。それをどのように自分の身につけ、肉体の一部化していくか。そうしたヒントやアドバイスを、ご自身の仕事に反映する確度が非常に高いことが、小林さんが圧倒的に速い事業立ちあげにも繋がっていると感じます。加えて、ノボットをKDDIに売却したとき、「そのまま残ってくれ」と言われていたことです。やはり小林さんがいなければ廻らないと思われていたわけですよね。

小林:恐らくそうなのかなと思っています、はい。

岡島:どういった部分が評価され、求められたとお考えですか? ゴールデンパラシュートするという選択肢もあったと思うのですが…。

小林:(笑)そうですね、どうしてですかね…。ただ、いずれにせよベンチャーやスタートアップでは経営者がすごく大事になると考えています。事業の成否を決めるのは創業者や経営者による意思決定の質とスピードだと思うんですね。質というのは精度と言い替えてもよいのですが、その部分では他の起業家にも負けない自信があります。意志決定の精度とスピードは常に意識しています。

岡島:しかも今はご自身が海外へどんどん行かれて人脈もつくっていらっしゃる。そういった部分でもやはりノボットの加速度的な成長に欠かせない人物になっているということだと思います。

小林:そうですね。ノボットという会社は本当に急成長していました。1年間で、月の売上がおよそ10万から1億円まで伸びた会社でした。

岡島:1000倍…。

小林:そうした急成長のなかでどれだけ速く意思決定を行えるか。そういったことは本当に大事だと思いますし、そのあたりは評価されていたのかなと思います。

岡島:決められないためにチャンスを次々逃してしまう方もいるわけですしね。ちなみに子どもの頃は、たとえば友達とゲームをやっているとき、友達が寝ているあいだにどんどんゲームを進めていたりしていたなんていうお話も伺っておりますが(笑)。とにかくそういうことを実際の事業でも行われていたということですよね。皆が寝ているあいだにどんどん意思決定や事業推進を行なっていらしたのだと思います。ありがとうございました。それでは最後、杉元さんに伺っていきましょう。ご自身のお仕事内容と、キャリア転換点についてお伺いしたいと思います。

起業するのに必要なキャリアを逆算して、さまざまな経験を積んでいった(杉元)

杉元:皆さまよろしくお願い致します。杉元と申します。私は2009年、グロービスに入学致しました。それで今年3月に卒業しましたので、そういった意味では皆さまとも一番近いところにいて、同じ釜の飯を食っていたということにもなると思います。

私は30歳のとき、思うところがありましてポジティブドリームパーソンズ(以下、PDP)という会社を設立致しました。今年で設立15年になります。社名には自分なりの強いこだわりがあります。「社名が長過ぎてサーチエンジンひっかからない」ですとか、いろいろと反対はありました。しかし、とにかくポジティブに前向きに考えていくことが重要であると強く思っているんですね。ネガティブなことを考えていても何もはじまらないですし、まずは「ポジティブに」という願いを社名に込めました。また、「ドリーム」はビジョンという言葉に置き換えることができるかもしれません。とにかく小さなゴールでも良いから夢を持つことが重要だと思っています。さらに、私はそれをひとりの力ではなくてチームとして、つまり「パーソンズで」実現したいと考えています。そういった強いこだわりを持って、長過ぎると反対されながらもポジティブドリームパーソンズという社名に致しました。

会社の規模ですが、売上はおよそ100億強で社員数は約450名となっております。創業事業はウェディングの仕事でした。ホテルのコンサルティング、自社ゲストハウスの運営、あるいはレストランのお手伝いなどを通して、「結婚式という一生に一度の場面で特別な感動をご提供する」ということをビジネスとしています。私としては、そういったノウハウを結婚式以外の日常生活でもさらに横展開できるのではないかと以前から考えていました。ですから現在は結婚式専門の企業から“感動創出企業”ということで、レストラン事業やホテル事業も展開しながら会社としての進化を目指している状況です。

もう一つのトピックスとして海外への進出があります。私たちは現在、韓国で事業を展開しています。進出先は今のところ韓国に絞っています。ちなみに中国に関して言えば、時期尚早という判断を致しました。もちろん中国市場が大きな成長性を秘めていることはわかっているのですが、やはり政治的な変化が大き過ぎると。また、新聞等で報道されています通り、賃金が急上昇しているといった懸念もあったためです。そういった市場環境で我々が経営能力を発揮できるかと考えたとき、中国に比べて市場は小さいけれども日本とも文化的親和性が非常に高い韓国への進出を判断致しました。日本でもたとえばKARAなどのK-POPが人気ということがありますし、韓国のほうも震災前は日本が渡航先のトップでした。また、教育レベルが非常に近いですし、いろいろと歴史的背景もあって日本語を話せる方々も多い。そういったいくつかの理由で韓国に進出先を絞りつつ、現在は海外にも目を向けている状態です。

岡島:ありがとうございます。杉元さんにもキャリアの転換点について伺ってみたいと思うのですが、転機と言えるような出来事はありましたでしょうか。

杉元:はい。私は大学在学中の20歳のとき、かなり大きな意思決定をしています。当時のアルバイト先で起業家として大変参考になる方と出会ったんです。もともと起業意欲は高い人間でしたが、その出会いによって自分は「最終的にはこういう人になりたい」という気持ちが芽生えていきました。その方は28歳で会社をつくっていらしたんですね。ですから私も「この人のようになりたい」と。「自分も28歳で会社をつくるんだ」といったことを、学生時代から公言していました。

そんな決心をしたことで、今度は「28歳で会社を設立するために、どこで何をしなければいけないか」ということを考えていくようになったんです。どのようなキャリアを築いていかなければいけないか、逆算して考えていきました。私は伊藤さんとほぼ同年代で、1989年に社会人となっています。当時はバブルの絶頂期で内定も割と獲得し易く、私はイトーキという机や椅子の販売会社に入社しています。当時、イトーキが言っていたことにすごくワクワクしていたんですね。具体的には「オフィスの環境を変えることで働く人々の意欲をもっと高めていく」といったものですが、「これは将来、自分の起業に役立つな」と思いました。当時、同社がちょうど上場する時期だったこともあって、上場ステージを学べるということも大きな魅力でした。

ただ、私にとって最も大きな転機となったのは、26歳から28歳のあいだに手掛けたイトーキの事業再生になります。入社数年後にバブルが弾けたその当時は、会社が上場した直後でもありました。で、バブルが弾けたあと、輸入家具などを並行輸入しているイトーキの子会社が、経営不振に陥りました。しかもバブルが弾けたあとですし、「上場会社としてそういうことはよくない」という話になった。それでビジネスモデルを大きく変える必要がありました。つまり繰り返されていた赤字を早期にV字回復させる必要に迫られたわけです。

当時、独立意欲が高く仕事も割と一所懸命にやっていたということで私が抜擢され、そこで社長のようなことを初めてやらせてもらいました。その2年間ほど多くのことを学んだ時期は後にも先にもありません。グロービスで学んだことの倍以上だったと今でも思っています。もう本当に死ぬほど勉強して真剣に取り組みました。そこで、いわゆるグロービスで言うところの事業再生やSRO(Strategic Reorganization)といったことを初めて経験したんです。

岡島:普段は受講生仲間にも大変フレンドリーに接していらっしゃる杉元さんですが、実際には現在の売上高が102億円、今後120億円を目指すという企業のトップでいらっしゃいます。部下の方も約450人いらっしゃいます。ですからある意味、皆さまが目指す起業家の一つの姿でもあると思うのですが、それにしても早熟ですよね。20歳前後でいわゆるメンターのような方と出会い、そして「これだ」と思ったわけですよね。

杉元:そうですね。恐らく私自身のバックグラウンドに元々起業家精神があったのかなと思っています。私の父と母は事業をやっていたわけではなかったのですが、父方の親戚は元々酒蔵を経営していましたし、母もいわゆる旅館のようなことをやっていました。子どもの頃、そういった場所へ遊びに行ったとき、なんとなくお金というか事業の匂いを子ども心にも感じていたんです。そういった環境が非常に気持ちよかったというか、「あ、そういうものなんだな」と捉えていたことがバックグラウンドとしてあったと思います。また、学生時代につるんでいた仲間や親しくしていただいていた先輩方に、仕事に対してフルコミットメントしている人がたまたま多かったということもあります。そういった環境で過ごしてきたのが大きいと思いますね。

岡島:そういたこともあって「28歳で起業するんだ」というビジョンを決め、そこから逆算してビジョンに近づけるような場を勝ち取りに行ったということですかね。もちろん事業再生をおやりになったことも大きく影響していると思いますが。

杉元:そうですね。イトーキは机や椅子を販売する普通の会社だったのですが、当時、新しく立ちあげられた部署もありました。それで私も人事部に対して「自分には新しいことをやる意欲があるんです」「ですから変な配属にされたらすぐ辞めます」ということを結構言っていて(会場笑)、それで魅力的な部署に配属してもらったんですね。そこで、たとえばフジサンケイグループによる河田町からお台場への移転に際し、チームで企画をあげたりしていました。その企画を当時のイトーキ社長がフジサンケイグループの日枝久さんにプレゼンして、それで10億ほどの商談が決まる瞬間を見ることもできました。10mほど向こうでお二人が握手をしていたとき、「これで決まるんだ」なんて思った瞬間もあります。そういったことをやりたいと上司には常々言っていましたし、仲間ともそんな話をしていました。それでチャンスをいただけたのだと思います。

岡島:杉元さんのお話を伺っていますと、ゴールのイメージがかなりクリアであるという印象を受けます。起業して社長になった方の中には、起業当初は社会にインパクトを出そうと思っておられたものの、だんだんと例えば上場をすること自体が目的化してしまって、到達できた途端ある意味燃え尽きてしまう方もおられます。そんな方もいらっしゃる一方で、杉元さんのように「まだまだだ」と意欲を燃やし続けるのはかなり大変ですよね。事前にご記入いただいたアンケートには「敗北1」、「敗北2」ということが書いてありましたが、そういったものも、目標を高く設定し続けておられることに影響しているのでしょうか。このあたりについてもう少し教えていただけますか?

杉元:はい。会社は30歳で設立しました。で、当時の私は企業を経営していらっしゃる諸先輩のお話などを伺っていくうち、根拠も無く「自分は10年間で100億ぐらいの売上を達成できるだろう」なんていう錯覚を含めた自負を持つようになっていたんですね。でも、結論から申しますと10年経っても60億しか達成できていなかった。ですから自分のパフォーマンスは自分が思っている5分の3程度だったのだと感じました。それが一つ目の敗北ですね。

もう一つの敗北は37歳ぐらいのときに感じたものです。当時の私も小林さんと同様、中国、韓国、シンガポール、台湾といったアジア領域にPDPの事業を拡充してくための交渉を懸命に進めていました。しかしそこで大きなディールをまとめることができなかったという敗北があります。

また、当時交渉していた関係者のなかに、私より一つ歳下の36歳で上海の企業を経営している方がいらっしゃいました。当時の私はその方の能力に屈辱的な敗北感を抱いたという経験もしています。あるとき、その方と偶然にも夕食をご一緒する機会があったので、私はその席で思い切って「貴方はすごく優秀で私は敵わないと思った」と言いました。それで「何か特別な経験をなさっているんですか?」と聞いたのですが、その方は「杉元さん、それはわけないことですよ。中国は今、国を挙げて、優秀な人材をさらに伸ばそうとハーバードなどにどんどん送り込んでいるんです」と言っていましたね。彼もそのひとりだったということを笑顔で教えてもらいました。私は日本でビジネスをしているあいだにそのような敗北感を抱いた経験があまりなかったのですが、そのとき初めて、アジアにおけるビジネスパーソンのマッピングというものを理解した気がします。

岡島:そこで改めて視野が広がり、危機感が一気に醸成されてハートに火が付いた。

杉元:仰る通りです。

起業家とは「穴のあいた船」に乗ること。全ては持てないから何かを捨てる必要がある(小林)

岡島:ありがとうございます。さて、ではここからはもう“空中戦”という感じで、御三方には互いのお話でもどんどん割って入ってきていただきたいと思っております。まずは起業家精神についてお伺いしたいと思います。まず小林さんからお聞きします。小林さんの考える起業家精神というのはどのようなものでしょうか。

小林:少し陳腐な表現になりますが、やはり「事業をつくることで世の中をよりよくしていきたいと思う精神」だと捉えています。私は実際、「自分はなぜ生きているのか」というようなことをよく考えるのですが、そこで自分が生きている世の中と生きていない世の中を比べてみるんですね。仮に前者の持つ価値が後者のそれより少しでも大きいのであれば、その大きさが大きいほどよい、言い換えれば自分が世の中に与えた影響の大きさが人生の価値なのかなと思っています。そして私としてはその価値を最大化する手段が事業をつくるということだと思っています。

岡島:ユダヤ人は世を去るとき、「お前はお前であったか?」と必ず訊かれるそうです。自分らしい人生を生きたのか、自分らしく天命を全うしたのか、という問いですよね。先ほどの‘Control your own destiny’という考え方にも近いと思います。そういった考え方がご自身のなかでもはっきりしているのでしょうか。

小林:そうですね。自分で自分の人生をコントロールする必要があるという話でもあると思います。それと、私は起業家として生きるということは、いわば穴の空いた船に乗っているようなものだと思っています。当然、穴の空いた船には浸水があります。ですからいろいろなものを捨てなければならなくなりますよね。その捨て続けるプロセスが非常に大事なのだと考えているんです。

岡島:変化が起こったときは次々と意思決定をしなければいけないし、「古い靴を捨てなければ新しい靴ははけない」の喩えのように新しいものを手に入れるためには古いものを思いきって捨てていかなければならないと。

小林:そうです。で、やはり最初うちは自分の器が小さく、船も小さく、持てるものは少ないわけです。船が小さいと穴が相対的に大きくなりますよね。ですからそこで自分が本当に必要としているものが何かを真剣に考えなければならないし、逆に必要でないものはどんどん捨て続けなければいけない。そのプロセスを経ながら起業家精神を固めていくことが大事なのかなと思っています。

岡島:なるほど。杉元さんはいかがでしょう。起業家精神って、一体なんでしょうか。

“洋服を着た犬”にならず、自分で自分を経営すること(杉元)

杉元:起業家精神というのは、独立したり会社を設立したりする精神のことだけではないと思っています。組織の一員としてビジネスをやる人たちも起業家としての精神を持つべきであると思いますね。その意味でお話させていただきたいのですが、私としてはコミットメントする強さと同時に、自分で自分を経営するセンスというものが大変重要になってくると考えています。

これがよい表現なのかどうかはわからないのですが、私は20歳のとき、先輩から「洋服を着た犬になるな」と言われていました。犬は朝起きて、散歩に行って、必要な時間帯にご飯を食べ、そして必要なときに用を足して寝るわけですね。それと同じように、社会人になって朝起きて、普通にご飯を食べて、ただ仕事をやって寝るというのであれば、「杉元君、それは洋服を着た犬と一緒だよ」ということを言われていました。

本日ご用意した資料にもライフミッションという言葉を書かせていただきましたが、グロービスで言うところのいわゆる志というものがいかに重要か。生きる目的ですね。私自身はそのあたりについて、かなり早い段階から言われ続けていました。「自分が生きていくうえでの目的をはっきりと定義しろ」と。それがなければ意味のない、無駄な人生になるということをよく言われていたんです。

ですから私としては、そういった考え方とともに起業家精神についてもお話をしたいと思っています。とにかく組織のなかでも起業家精神を持つ。雇用されている身であっても、精神的には自分で自分を経営するセンスを持つべきであるという意味ですね。そうすれば企業に貢献し、レバレッジをかけることができると思いますので。

岡島:その意味で、伊藤さんはまさに杉元さんが仰るような「企業のなかでも起業家精神を」というお立場ですよね。伊藤さんは起業家精神をどのように捉えていらっしゃいますか?

伊藤:はい。まず先ほどお話ししましたように、私はキャリアのなかでも10数年ほど、営業などをぼうっとやっておりましてですね…。

岡島:いや、ガリガリやっていらしたんじゃないですか?(笑)

伊藤:(笑)。ただ、いわゆる起業家精神というものはあまり持ちあわせていなかったんです。それで今でも「自分は遅れてきたビジネスマンだ」と言っております。ですから小林さんや杉元さんは本当にリスペクトの対象なんですね。特にノボットを立ちあげられたとき、私は小林さんと同じクラスを受けていました。それで当時、たとえば土日も「鎌倉で経営合宿等をやっています」といったツイートを拝見しつつ、「僕も土日に仕事しているぞ」なんていうことで形から真似していった部分があります。

その頃はわかっていなかったのですが、当時をビフォアだとするとアフターで何が変わったのか。私としては三つあると思っています。やはり「自らの責任において」という考え方が一つありますよね。「リーダーとして」というお話も同様ですが、もう自分の後ろに誰もいない環境になったことがまず一つあります。それから二つ目が「業を興す」という考え方です。「業を興すのだ」という気持ちの変化が二つ目としてありました。そして三つ目が「リスクを取ってチャレンジする」こと。これは当たり前の話なのですが、とにかく自らの責任で業を起こし、そしてリスクを取ってチャレンジする。起業家精神というのはこの三つかなと思っています。それがビフォー・アフターでまったく違っていたことを最近特に感じています。

岡島:その意味で御三方は現在それぞれ、「自らの責任とする」、「業を起こしていく」、そして「リスクを取っていく」ということを実践できる場所にいらっしゃいますよね。それが実践できていない人は、何かこう…、すごく言い訳をします。「それができるポジションではないから」「役職がそうなっていないから」ですとか。伊藤さんはそのあたりが違いますよね。

伊藤:ビフォー・アフターで現実的に感じたのは、企業に属する一員として、起業家精神を持つのはかなり難しいということでした。起業家の方々は違いますよね。今申しましたようなことができていなければ、そもそも起業できていないわけですから。しかし会社にいると、そんなことをしなくても生きていくことができてしまうんです。ですから、そういった精神を持つことが難しくなってしまう。

そうなると外圧のようなものが必要になったりします。私自身は今申しあげたようなことをどのように培っているかというと、「たとえば杉元さんだったらどうだろう」ですとか「小林さんだったらどうだろう」といった疑似体験をするんですね。グロービスのケーススタディと同じです。事業を運営をするその局面局面において、疑似体験をしながら鍛えているという部分があります。

自分の“ポジティブスイッチ”を入れる瞬間を逃さない(杉元)

小林:私も一つ質問してよろしいですか?

伊藤:はい、どうぞ。

小林:伊藤さんはフェイスブックなどに「週末仕事してるぜ」ですとか、「ソフトバンクアカデミアに行って頑張ってるぜ」といったことを書き込んでいらっしゃいますよね。

伊藤:そうそう。そうなんです。

小林:あれ、私でしたらプレッシャーに感じてしまうのですが(会場笑)。

岡島:自分を追い込んでいらっしゃる感じですよね。

小林:そうなんですよね。やはりそういう部分はすごく大事だとお考えですか?

伊藤:並大抵のことをやっていたら会社のなかで起業家精神をもって業を興していくことは難しい、と思っているんですね。ですからまず外に向かって「俺はやるぜ」と言ってしまう。宣言したのにやらなければ格好悪いということで、あんなふうにしているんですね。そういう意味で言うと、私のフェイスブックアカウント等を読んでくださっている方々は私の訓練にも巻き込まれているという(笑)。

岡島:「ダイエットします」と宣言してダイエットする人と、こっそりダイエットする人の違いですね。

伊藤:私はここ半年で14キロほど痩せたのですが、そのときも「ダイエットするぜ」と宣言していたんです。それで皆に「今どう? どうなの?」なんてからかわれながらやっていました。やり方は恐らく人それぞれなのだと思います。私は宣言しつつ、そこに向かっていくことでお二人と同じような高みに登ろうとしているようなところがありますよね。たまに小林さんへ「いつか追いつくから」なんてメッセージを送ったりしつつ(笑)…、実はなんとも思っていないのですが(会場笑)。とにかく私自身は「言っちゃったからやらなきゃ」といった環境を自らつくっている側面があります。

岡島:そういったモチベーションを維持し続けるのはすごく大変なことではないかなと感じます。起業がゴールでもないし、エグジットがゴールでもないし、伊藤さんのように大きな山の責任を一つ持つことがゴールというわけでもない。しかしそれでも何かの場所に到達したら、そのあと再び自分を追い込んでいくようなことを、まさにご自身の責任でやっていらっしゃるわけですよね。

伊藤:そうですね。恐らく杉元さんにも同様の経験がおありかと思いますので、一つお伺いしたい点がありました。私はビフォー・アフターでいろいろと感じたわけですが、一言で表現しますと「橋を渡った」という感覚を持っています。で、その橋を渡ったあとは、もう組織のなかにいてもフリーなんです。フリーになんでもやってしまう。「誰が何を言おうと、やるときはやるんだよ」と。もちろん意見を聞きたいときがあれば聞きますが、とにかくフリーな状態になります。会社務めをしている状態でそこまで行くのは難しいという感じもするのですが、杉元さんはいかがでしたか?

杉元:その辺は恐らく会社のカルチャーにも相当影響を受けると思います。ただ、それに染まるか染まらないかは皆さま自身がお決めになることだとも思いますね。私自身はグロービスで言うところの志を20歳で決めなければいけないというふうに言われていましたから、もう決めざるを得なかった。アクセルを踏んで自身のエンジンふかしていくしかなかったんです。ただ、やはり普通に行こうとするとなかなか難しいとは思います。本当にそこまで行きたいのであれば、いろいろな場面に自分の身を置く必要があると思います。

私の場合はとにかく習慣化に落とし込んでいます。たとえば40歳を越えた今、私は1日に水を3リットル飲んでいます。本当に優れた経営者になるのであれば、どうしても自分のエネルギーレベルを上げる必要があると思うからです。「いくらグロービスで学んでも、体力がついてこなければ駄目だな」と。そんなふうにして習慣を変えていったりします。そんな視点でいろいろ見ていくと、「あ、こういうところまで取り組んでいるんだな」という人たちを身近に発見したりもします。

伊藤さんのご質問について考えてみると、「自分で探し当てる」ですとか、「これまでよりも一歩踏み出す」ですとか、そういったことをなさっていましたよね。震災時にご自身でスイッチを入れてらっしゃったというか。フェイスブックのコメント等も明らかに変わっていたと感じます。

岡島:モードがまったく異なっていましたよね。

杉元:実際、それから1年半ぐらいで伊藤さんは一気に上がっていかれたと思うんです。それは要するに、ご自身の“ポジティブスイッチ”を入れる瞬間を逃さなかったというお話ではないでしょうか。それによって「いつ何が来ても大丈夫だ」というコンディションをつくっていらっしゃったと。

質の高いネットワークを育て、よい情報を得る(小林)

小林:私も杉元さんに一つお聞きしたいことがありました。今日の朝、私は杉元さんと食事をご一緒していたんです。で、「杉元さんは水しか飲まない」と聞いて食欲が落ちてしまったのですが(会場笑)。同様のアプローチでご自身をストイックに追い詰めていくような部分はほかにもあるんですか? たとえば「こういったことが習慣化するコツだよ」というお話があればお伺いしたいと思っていました。

杉元:イチロー選手のようなやり方は一つのパターンとしてありかなと思います。たとえばバッターボックスへ入るときにいつも同じ格好をするとか、朝ごはんは常にカレーにするとか、たしかいろいろやっているんですよね。自分のなかで成功のパターンを同期させているという話なんだと思います。私の場合、とにかく20代から30代になったときと比べて30代から40代になったときのほうが、体力レベルの低下がはるかに大きくなったと感じていました。「こんなにガクンと来るものなのか」と。それで、「グロービスで知力を高めたりするだけではなくて、体力やエネルギーを上げていかなければいけないな」と思いました。

それで水を飲んでいるんです。それと朝食は…、今日は勉強のために食べましたが、朝は基本的にフルーツしか食べません。また、週に4回、朝の時間帯にランニングをいます。そういったことを、どちらかというと昔はできていなかったんですね。しかし先ほど申しあげた二つの失敗が私とっては非常に大きくて、「これはもう、同じことの延長線上では駄目だな」と思うようになりました。自分をプロデュースしようと。自身による自身の経営方法を一気に変えようと決めました。

伊藤:三者三様なんですね。「水を3リットル飲む」ですとか、「3000項目を書き出して毎日100項目見ていく」ですとか、「フェイスブックで宣言してしまう」ですとか。これはもう習慣としてやっていることになりますが。

岡島:それ以外にも、たとえば小林さんはどんどん人と会いに行きますよね。そこでロールモデルを見つけるといったことをやっていらっしゃるようですが。

小林:そうですね。人に会うことも今は習慣化しています。特にランチは社外の誰かに会うようにしています。ですから一カ月から二カ月先までランチの予定はだいたい埋まっています。とにかくよい情報やノウハウを仕入れたいのであれば人と対面して、そこでどれだけ質の高い情報やノウハウを交換できるかが大事になると思っていますので。

たとえば先日はLinkedInというSNSサービスの創業者であるReid Hoffmanという方にお会いしました。彼はフェイスブックをはじめとしたいろいろな会社に早い段階から投資をして大きな成功を収めている人です。で、「どうやって、そういった良い情報を集めているの?」といったことを訊いたんですね。すると、彼もやはり「質の高いネットワークをつくり、質の高い情報交換をし続ける習慣をつくることでよい情報を仕入れるんだよ」と言っていました。私もそこは実践し続けたいと思っています。

岡島:ここまで伺いまして、御三方がそれぞれ志を形成してきたその方法というものに、私自身もすごく同感できる印象を持ちました。なんらかの挫折であったり、震災をはじめとした天災であったり、あるいはメンターとの出会いであったり…、そういった経験を通じてご自身のなかに設計図のようなものが形づくられていったという流れですよね。重要なことは、その目標がどんどんバージョンアップされていく必要があるということですね。より具体的になっていったり、あるいはさらに高い目標になっていったり。そのバージョンアップの根底には自分を律して行動を習慣化していくことによって、より高い目標が明確になったりそこに到達する方法を見極められたりする。そのスタートは、恐らく伊藤さんが先ほど仰っていた「橋を渡る」、即ち退路を断って責任を取るということではないかなと思います。

堀(義人氏:グロービス経営大学院大学 学長)さんも私たちから見ると…、皆さまから見ても同様だと思いますが、ある程度完成された方に見えるかもしれません。しかし10年ほど一緒に仕事をしていて感じるのですが、実際には10年前の堀義人と現在の堀義人がまったく違っているんですね。いつでも高い目標を掲げ、アントレプレナーとしてどんどん高みに登っている。目標といっても業績上のものだけではありません。自分を律するというか、追い込んでいるわけですね。ダボス会議などでも素晴らしい世界的なリーダーに自ら会いに行き、個別に議論したりしています。そういった行動を通じて、恐らく自分の目指したいリーダー像が年々鮮明になり、昇華していっているのではないかと思います。それに向かって自分を改造していくという、その“自分改造計画”の上手いこと上手いこと…。これは努力できる能力という話でもあり、私はその実現度合いを心から尊敬しています。御三方もそんなふうに努力する能力がすごく高いのではないかなと感じました。

杉元:小林さんのお話を伺っていて本当にすごいなと思いました。グロービスでも人的ネットワークの重要性についてはよく議論されますよね。で、たとえば小林さんの「2カ月先までランチが埋まっている」といった、名刺交換の枚数では表せない人的ネットワークの意義について議論するのならば、実はそこで発生する名刺交換の時間や用紙の代金まで考慮する必要がある。そういった時間的価値や投資対効果についてもきちんと考えてみると、改めて小林さんはすごいセンスを持っているなと感じます。「お若いなかですごく的確に掴んでいるな」と。どんどん人に入り込んで、どんどんキャピタルを得ていくということをやっていらっしゃるわけですから。

小林:褒めていただいて光栄です。私としては、努力を続けていくコツについて思うところがありました。たとえば杉元さんのように毎日水を飲んだりランニングをしたりというような努力をするのであれば、それはもう努力し続けないと後ろに引けなくなる部分がありますよね。私も同様に、これまでいろいろなことを続けてきました。毎日自分のメモを見返したりしていると、もう続けないと後ろに引けなくなるような部分があるんですね。とにかくそんなふうにして努力を習慣化したり宣言したりすることで、あとに引けない環境を自分でつくっていくこともすごく大事なのかなと思います。

「志探し」より、とにかく走りだして習慣化すること(岡島)

伊藤:「成長していくために」と考えて続けるというより、それが習慣になっているという側面があるのかなと思います。それで私も宣言して、自分を興奮させ、そしてその状態を維持していく。そのスパイラルをやっているというだけであって、ゴールはわからないんですね。ただ、「少なくとも5年ぐらい続けたらこうなるかな」といったようなものはなんとなく見えている状態ですが。

岡島:志を見つけられず悶々とするより、まずは行動を起こし、それを習慣化していく。そうすることで行動や習慣が少しずつ人格の一部のようになっていくということでしょうか。

伊藤:はい。実は小林さんとは昨日の夜もじっくりとお話をしていて、そのときに「一つ知りたいんだけど」と聞いた話があるんですね。ここだけの話なのですが、私には「人生をかけてこれを成し遂げるんだ」といった志があまりないんです。すごく恥ずかしいのですが。5年後までにこれをやっていたいという想いは明確にあります。しかしその先がよくわからないという感じなのです。それで「小林さんはどう?」と訊いたら「まあ、自分もそうだ」と…、まあ、今ここで言ってしまったのですが(会場笑)。とにかくそんなふうに考えてみても、やはり大事なのはスタート時からぐわっと廻していくという、その初速の部分ではないかと感じています。そこを習慣化できているかどうかは大きいのかなと思いますね。

岡島:あまりジメジメと「志を探さなきゃ」ですとか「キャリアをデザインしなきゃ」なんていうふうに考えるのではなく、とにかく思い切り走り出し、それを習慣化していくということですね。そうこうしているうちに糸が垂れてきて、そのときには糸を掴む力が強くなっている。Edgar Scheinさんや神戸大学の金井(壽宏:神戸大学大学院 経営学研究科 教授)先生は「キャリアをドリフトする」ということを仰っています。このキャリア・デザインお悩み病のようなものを一旦捨てたほうがよいのかもしれません。志というものについて真剣に語り合っている学校でこんな話をしてしまって申し訳ないのですが(会場笑)、私もそんなふうに思いました。

うまくいく場合、いかない場合のギャップをいかに埋めるかを楽しむこと(杉元)

岡島:ではここで一旦、ディスカッションを会場にも開いていきましょう。ご質問をどんどん募りたいと思います。いくつかまとめて伺っていきましょう。壇上の御三方には、そのなかで答えたいものについて答えていただくという形にしたいと思います。では、皆さまいかがでしょうか。

会場:過去に下した非情な意思決定、あるいは何かを得るために捨ててきたものについて教えていただきたいと思っております。

会場:御三方は大変な努力をして、それを習慣化しつつ非常に良質なアウトプットを出してきたと思うのですが、そういった努力は最初から上手く形にできていたのでしょうか。それとも最初は上手くいかず、改善を重ねながら進めていたのでしょうか。もし後者であるとしたら、具体的にはどのように改善されたのかも併せて教えていただきたいと思っております。

会場:学習されたことを自分のものとして吸収するのは非常に大事だと思います。それで、たとえば小林さんは徹底的にメモをとることでそれらを言語化する工夫をされていたと感じました。学習したことを自分のものにするため実践していた他の工夫がもしあれば、ぜひお伺いできればと思います。

会場:御三方とも大変厳しくご自身を律しておられると感じたのですが、一方で自分や他者に対し甘くなってしまう部分はまったく無かったのでしょうか。

会場:御三方は、常に「行動し続けなければいけない」と意識しているからこそ行動を起こせているのでしょうか。それとも、前のめりに自分から楽しんで行動を起こしていらっしゃるのでしょうか。

会場:ご自身が運営していらっしゃる組織との関係についてお聞かせください。いかに社員同士和気あいあいとした仲のよい社風を実現していたとしても、やはり、ときには周りの方々とのあいだで言葉にできない溝のようなものをお感じになることはあると思います。すごく孤独な瞬間があると思うんですね。そういったとき、どのようにして精神のバランスを取られているかということを教えていただきたいと思っています。

会場:「自分に厳しく」というのは理解できるのですが、一方で「人に優しく」というのも大切であり、そのうえで組織全体のパフォーマンスを上げていかなければならないという場面もあるかと思います。仮にそういった矛盾のような点をお感じになっているときがあるとしたら、どのように乗り越えておられるのか伺えればと思っております。

会場:「挫折を経たからこそ大きな成長を遂げた」というお話でしたが、挫折を味わっていたとき、どうやって自身を立ち直らせていたのでしょうか。そのきっかけ等があったとすれば、それはものすごく深いものがあると思うのですが、そのあたりについてぜひ教えていただきたいと思っています。

会場:仕事のパートナーとして、「こういうことを大事にする人がよい」といった要素があれば、お聞かせいただきたいと思っております。

岡島:ありがとうございます。ここまで、9つのご質問をいただきました。では杉元さんから、お答えになりたいものについて順次お答えいただければと思います。

杉元:はい。まず「最初から上手くいっていたかどうか」ですが、最初から物事が上手く運ぶはずはありません。「ここは上手く行きました」というふうに結果ベースでお話をすることができているだけです。最初から上手くいくと申しあげる意図はまったくございません。むしろ、上手くいく場合と行かない場合とのあいだに存在するギャップを埋めることが大切ではないかなと思いますね。経営者である前に個人としてそのように考えながら取り組むことで、自身の成長に繋げていくという考え方を持っています。私はそのギャップを埋める過程で楽しむというセンスを持つことができていると思っています。とにかく最初から上手くいっていたのかというと、まったくそんなことはありません。週に4日、朝に走ろうと思ったら雨が降り続けていた週もありましたし週3回しか走っていない週も当然あるわけです。

岡島:ただ、普通はそこで終わってしまうんですよね。

杉元:恐らくそういうとき、「自分で経営している以上は言ったことをやらないと格好悪いな」となるんですね。志を決めて発表までしたのに実現できないのであれば、「それって学んでいる意味ないじゃん」と。ですから3回しか走れなかった週があれば、次の週は5回走ります。そんなふうにしてなんとかコントロールしている状態ですね。

それと周囲との溝や孤独に関するご質問について。これは小林さんにもお伺いしたいと思うのですが、結論から言うと私は孤独を感じたことはあまりありません。逆に言えば、それは私が掴むことのできていないセンスということです。私の場合、悩んでいることに関してはかなり正直に経営チームと相談するんです。社員の方々も「ここらへんで悩んでいるんじゃないかな」と感じているのではないかなと思います。そのあたりはあまり隠すのではなく…、すべて正直に話す必要もないかもしれませんが、孤独感を感じるほど自分を追い詰める状態にはしていません。悩んだことはきちんと相談して、力になってもらう。むしろ相談することで、相手も「どう答えなければいけないか」と考えてくれますから、彼らの判断能力や経営能力も上がると思うんですね。ですから…、相手がそう感じたことはあるかもしれませんが(笑)、私自身は孤独や溝といったものを感じたことはありません。鈍感なだけかもしれません(笑)。

岡島:小林さんは周囲とのあいだに溝や孤独を感じたりしますか?

挫折をしたときは、何でも良いので人の役に立つことで立ち直る(小林)

小林:「他者に甘くなってしまうことはないか」、あるいは「人に優しく」といった他のご質問に対する回答と少し関係しますが、私は基本的に、人には期待しないことにしているんですね。油断せず、期待せず。「よいときに油断をしないで、悪いときによくなるという油断もしない」と。やはり人間、期待をしてがっかりした瞬間に最も心が折れ易くなりますから。

岡島:イン・ザ・カップをやっていらした時期、他の方が一気に辞めてしまったときのような。

小林:そうですね。ですから「よくなったらラッキー」といった感じです、はい(笑)。あと、「挫折したときにどうやって立ち直るか」というご質問についてもお話をさせてください。私は挫折した瞬間に、「自分は何のために生きているんだろう」ということをずいぶん考えていました。その結果として自分にできることで、何か人の役にたっていくという考え方が大事だと思うようになりました。挫折した瞬間やがっかりした瞬間…、日々いろいろあるとは思いますが、私はそのとき、なんでもよいのでとにかく人に対して何かよいことをするようにしています。そうすると感謝されますよね。そのときに「じゃあ、これを続けていこう」といった気持ちになるので。皆、そういったところから立ち直っていくのではないかなと感じます。

岡島:伊藤さんは孤独を感じることはありますか? 退路を絶っていらっしゃると思うのですが。

自分が孤独にならざるを得ない部分を受け入れる(伊藤)

伊藤:すごく感じますね。先ほどお話しした震災復旧の局面でも感じました。復旧をさせていく局面で、先ほどお話ししたような私の振る舞いや私がしたことに対して、社内で「あいつのやったことは正しい」という人間と、「もうあいつのやっていることはおかしいし、やり過ぎだ」という人間で会社が二分されてしまったんですね。正しいことをしたと思っていても、その取り方は、人それぞれ、ということなんだと思いました。

ですからこれは小林さんが先ほど仰っていたことに近いのかもしれませんが、私としては、やはり皆でビジョンを共有するのはかなり難しいのかなという印象を持っています。もちろん、最後まで言葉を尽くしてビジョンの共有を目指すのですが。その過程で自分は孤独にならざるを得ないかな、という部分があります。ですから「捨てているものは何か?」というご質問への回答とも重なりますが、社員の全員に(簡単に)理解を得る、という考えは今のところ捨てています。孤独を受け入れる感じですね。

杉元:冒頭で伺いましたお話ですと、伊藤さんの会社では社員の方々の平均年齢が48歳ということなんですよね。このコンディションというのはかなり稀ではないですかね。伊藤さんは私と同い年であれば45歳ですから、恐らく社員の方々のほとんどが歳上という話になりますから。社内に「変化したくない」という強いエネルギーがある独特の環境であるように思います。

岡島:ましてやプロパーの方々が多いと思われる会社に外部から入っていかれたわけですから。そのなかで信頼は得ているけれども、ときには厳しい決断をしなければならないこともある。だからこそ孤独も感じるというお話ですよね。

伊藤:決めることは決めます。いろいろと決断をしているわけですが、しかしそういったことを直接言っていると反発を食らうこともある。ですから、これは昨日のナイトキャップで発見したのですが、CCで言います(会場笑)。表向きにはこういうふうに言っているけれども、実はこちらの効果を狙うといったことですね。そういうことを100〜200回とやり続けていくという…。

岡島:そういった「したたかさ」は本当に大事だと私も思います。腹黒くという意味ではなく、物事をきちんと実現させるため、したたかにやるということが大事ではないでしょうか。

伊藤:そうですね。ですから意図するところは少し違ってきますが、「人に優しく」というのもその意味で大事になると思います。非情にやらなければいけない場面と優しく進める場面のギャップというか。「それをやることでパフォーマンスが上がるのであれば、やりましょう」と。

岡島:会場の皆さまにも頭に入れておいていただきたいのですが、経営者はプロフェッショナルキャラクターとして、ときには「演じる」ことも求められると思います。フレンドリーにするのは仲良しクラブのためではなく、物事を進め易くするためなんですね。チームとしてパフォーマンスが上がるためにフレンドリーにする。もちろん、厳しい決断を下さなければならない局面はあります。時間も情報も限られた中で意思決定しなければならないことも多い。それで仲が悪くなってしまうかもしれませんが、結果を出すためには決めなければいけません。逆に決めないことがリスクになる場合もありますので。

岡島:このほか、「この質問に少し答えておきたい」といったお話はありますか? 伊藤さんはいかがでしょう。

伊藤:最初から上手くいかないことばかりという状況で、どうやって立ち直ったかというお話をさせてください。私は今、何かこう悟ったかのようにお話をしていますが、もう挫折が当たり前の状態になっていたんです。これは興銀時代の話ですが、当時の私は引きこもり気味になっていました。入社して2〜3年目の話ですが、その当時仕事が嫌で嫌で、もう毎朝吐いていました。でもそのまま引きこもると給料をもらえなくなる。ですから10分ほど寝て、それで「さあ行くか」と出勤をして、それで仕事をするふりをして帰っていたという時期があるんです。そういうことを繰り返していました。仕事に馴染んだら馴染んだで、まあいろいろと上手くいかないことばかりなんですね。物流システムの構築で大失敗して四面楚歌に陥るような経験もしました。

ただ、以前「これだな」と思ったお話があります。マイクロソフトの樋口(泰行氏:日本マイクロソフト 代表執行役最高執行責任者)さんが、グロービスで講演をしたときに「いろいろ仕事でつらいことがあっても、命までは取られないよ」といったお話をされていたことがありました。そのときに「樋口さんのような方でも自分と同じような経験をされて、そんなふうに思うんだな」と思いまして、なんとなく、すっとラクになった経験があります。

岡島:経営者の元には、最終的に皆が決断できないものが集まってくるわけですよね。ですからどちらを選んでも何らかの副作用があるという場面が必ず出てきますが、そこで「決め切るんだ」という考えを、経営者は心のどこかで冷静に持たなければいけないと思います。そのとき、「命までは取られないよ」と思うことのできる“開き直り感”はたしかにすごく大事になると私も思いました。ありがとうございます。他にはいかがでしょうか。

学習したことを自分に吸収するには、「人に話す」こと(小林)

小林:「学習したことをどうやって自分のなかに吸収するか」、あるいは「どのように生かすか」というご質問に対して少し。ちなみに私が実践しているメモのとり方は単純です。まず日付と誰が発言したかをメモします。本やウェブサイトの言葉であればそのタイトルですね。あとは話の内容。本やサイトのお話であればそれをそのまま写します。大事なのは、それらを自分の言葉にして誰かに話すことだと考えています。話すことによって、いつの間にか自分のなかに落とし込むこともできますから。そして、それらを日々見直していくということですね。先ほどお話しした通り、私自身は一カ月で3000項目を一周します。で、本当に自分のなかに落とし込んだと感じたものは消して、また新しい項目を足していく。そんなふうにして一歩一歩成長することが大事だと思います。

伊藤:昨日4人でお打ち合わせをしていたのですが、ところどころで小林さんが「これメモ入れました。はいこれメモ入れました」と言うんですね。岡島さんと杉元さんの発言は入れていました(会場笑)。

岡島:伊藤さんの発言も入れていましたよ(笑)。

伊藤:そうですか? ああ、よかった(笑)。とにかく本当にきちんと習慣化していらっしゃいました。

岡島:きっと会場の皆さまも、今がアドレナリンが一番出ている状態だと思うのですが、恐らく家に帰った時点ではそれが半分ほどになってしまっていると思うんですね。ですからそれをキープする自分なりの方法を見つけていただきたいと思っています。杉元さんはいかがでしょうか。自分なりの方法というのはありますか? ご自身をすごく追い込むタイプでいらっしゃると思いますが。

杉元:私も昔はここまで追い込んでいなかったのですが、やはり先ほどお話しした二つの失敗がビジネス人生における大きな転機になっていました。それによって「自分を追い込まきゃ、他についていけない」という強い気持が芽生えていくようになりましたので。

もちろんグロービスでの学びもその一つですね。ただ、恐らく私の場合は一つの科目に投入できる時間がグロービス生のなかでも短かったのではないかと思います。それで事務局に相談したとき、「あ、なるほどなあ」と思ったことがありました。そこはもう集中力なんですね。ですから、もう授業の前はケーススタディの主人公等になりきって、何かこう…、“降りてくる”ほど集中していました。そこでスイッチを入れて足りない時間を補完していたんです。

あと、小林さんのメモと重なるかもしれませんが、私も必ずポケットサイズのメモ帳を持参していたり、年間60冊、月に5冊の本を読むというルールを自分のなかでつくっていたりします。インプットをきちんと習慣化して、ルール化するということです。もちろん4冊しか読めない月があれば次の月に6冊読んで帳尻を合わせています。

岡島:伊藤さんはいかがでしょうか。自分を追い込んだり、何か自分のなかで心掛けていたりすることはありますか?

伊藤:それはもうフェイスブックの宣言ですね。「俺は世界を獲るぜ!」なんて書いて(笑)。

岡島:今日もまたたくさんの友人申請が来るかもしれませんが(笑)。

伊藤:皆さまよろしくお願いします。もう本当に馬鹿みたいですから。フェイスブックでの私の書き込みって(会場笑)。よく言われるんです。

岡島:でもベンチマーキングみたいなお話ですよね。

伊藤:そうなんです。お二人は明らかに自分自身に追い込みをかけていらっしゃいますが、私は要するに他人さまを巻き込んでしまっているんです。本当に迷惑だと思うのですが。

岡島:タイプの違いですね。ご自身に合った方法でないと長続きはしないので、やはりそれをどう見つけるかというお話ではないかと思います。

さて、お伺いしたいことは尽きないのですが、残り時間もあと5分となりました。最後は御三方からそれぞれ、会場の皆さまへのメッセージをいただきたいと思っています。リアルで等身大な「会いに行けるアイドル」という設定ですから、そこから何かを掴みとっていただけるようなメッセージをぜひお願いしたいと思っております。では伊藤さんからお願いしてよろしいでしょうか。

「心を自由に」、「迷ったらワイルドなほうへ」、そして「ポジティブにガンガン行く」(伊藤)

伊藤:はい。本日はありがとうございました。私としてはやはり「橋を渡る」というキーワードが重要になると思っています。私は3回渡りました。で、それぞれ渡るたびに「あ、ここは近づいてきたかな」と感じています。自分でこうなりたいと思っているその姿に少しずつ近づいているように感じているんですね。

そこで橋を渡るときに気を留めておいていただきたい点を、三つ申しあげます。まず一つは冒頭からお話ししております通り、心を自由にするということ。これは本当に大切なことだと思っています。‘Don't waste it living someone else's life’、‘Control your own destiny’…、言い方はいろいろあると思いますが、とにかく自分のキャリア選択を含めて心を自由にできるかどうかが鍵になるのではないでしょうか。

それから二つ目。これは友人の名言で、とある大企業の経営方針にもなっているのですが、「迷ったらワイルドなほうを選べ」というのが二つ目です。樋口さんも以前同じようなことを仰っていました。とにかく世の中、変えていかなければいけないわけですよね。変えていくというのであれば、それはもうワイルドなほうを選ばなければいけないという、そんな意味で私は捉えております。

そして三つ目ですが、やはりポジティブにガンガン行くということですね。私が会う人で「この方は素晴らしい。インスパイアされるなあ」と感じた方は皆、ポジティブです。「もうガンガン行くぜ」といった感じで…、堀さんはもうその権化みたいなところがありますよね。これが三つ目です。「心を自由に」、「迷ったらワイルドなほうへ」、そして「ポジティブにガンガン行く」ということで、今後も皆さまとご一緒にやっていけたらと思っております。本日は誠にありがとうございました(会場拍手)。

岡島:小林さん、お願い致します。

志を実現するために、何かを捨てる覚悟はあるか(小林)

小林:少し偉そうなことを申しあげますと、私としては「志を実現するために何かを捨てる覚悟はあるか」という問いがすごく大事になると考えています。グロービスでも志について、あるいは「何を実現したいのか」ということについていろいろと議論がなされていますよね。私は、そのために何かを捨てる覚悟がなければ志も本物とは言えないのではないかと思いますし、何も実現できないのではないかとも感じています。それでは結局のところ、今と同じ生活を続けていくだけで失うものもないという話にもなりかねませんので。実際のところ、結果としては何も失わないかもしれませんが、とにかくその覚悟を心のどこかに持っていなければいけないと考えています。そうでないと大きな志を描いたところで何も実現できない。

逆にそれを描き続けて、「正直、格好悪いなあ」といった恥ずかしさを感じるようであれば、そのときは志のサイズを小さくしたほうがいいと思うんですね。しかし本当に実現したいことがあるのなら…、そのために捨てなければならないものがあるかどうかはわかりませんが、少なくとも捨てる覚悟をする必要があります。それは伊藤さんが先ほど仰っていた「橋を渡る」というお話にも繋がると思います。そんなわけで、私からお伝えしたいメッセージは「本当に志を実現するため、何かを捨てる覚悟はあるのか」でした。それを今一度確認してみていただけるとよいのかなと思っています。今日は誠にありがとうございました(会場拍手)。

岡島:それでは杉元さん、お願い致します。

自分で自分を経営するセンスを持ち、自分との約束を果たせ(杉元)

杉元:本日はありがとうございました。こういった場で話をさせていただくことで、私自身も新たな学びを得ることができたと感じています。私からのメッセージは二つほど。一つは先ほど申しあげたのですが、やはり自分で自分を経営するセンスが重要になると思っています。私はグロービスで学ぶなか、「こちらで学んでいらっしゃる方々がもっと自分で自分を経営するセンスを高めていけば、現在の知力がもっと生きるのになあ」ということを強く感じておりました。「いつまでに何をやろうと思っていたけれどもできなかったなあ」という形を経営に置き換えると、銀行からのお叱りやエクイティサイドからの“ど”クレームになったりするわけです。ですからやはり時間の価値をきちんを理解したうえで、自分を経営するセンスを磨く。これは本当に重要だと思います。

それともう一つはコミットメント。コミットメントを強く持つべきであるということは皆さまも意識していらっしゃると思います。ただ、コミットメントというのは私の定義で言えば、「こういうところで言ったから」という意味と同時に、「そんなことを言ってしまった自分との約束」に置き換えることができると思うんですね。やはりそのコミットが強くないと恐らくは志も実現できないと思います。ですから皆さまとの対話だけに留めず、「こんな場面でも言ってしまった自分自身をどのように経営するか」というところにも置き換えていく。そういったセンスが不可欠ではないかなと考えています。

そんなわけで私からのメッセージは「自分で自分を経営するセンスを持ちましょう」ということと、「コミットメントは自分との約束でもあるという捉え方をしましょう」というこの二つでした。それを踏まえて、良い意味でポジティブな追い込みをしていただきたいと思います。そうすれば、これほどの学びをしていらっしゃる皆さまですし、さらに素晴らしい成長が待っているというふうに確信しております。私からは以上になります。本日は誠にありがとうございました(会場拍手)。

岡島:伊藤さん、小林さん、杉元さん、今日は本当にありがとうございました。締めのお話としてそれぞれメッセージをいただきました。まず伊藤さんからは、「自由を手にする」、「橋を渡る」、「ポジティブにガンガン行く」という3点。そして小林さんからは「捨てる覚悟」というキーワードが出てきました。これは自分で選択をするということですね。自身をクリアにしていくという話でもあったと理解しております。それから、杉元さんからは「自分で自分を経営するセンス」、そして「自分との約束」というメッセージをいただきました。

きっと、お三人のキーワードは言葉こそ違えど、本質的に同じようなところへ収束する概念だったのではないかなとと感じます。そのうえで…、これは一番難しいところなのですが、重要なファーストステップは、やはり自分が何者であるかをよく理解すること。そのうえで自分を客観視し、目指す志とのギャップを埋めるような行動を起こす。そして行動し続けることができるよう、自分にとって最良の行動パターンを見極め、続けることで習慣化し、目指す姿へと到達する。そういうお話だったのではないかと思います。

冒頭でお話しした通り、本会場にいらっしゃる皆さまは、もしかしたら今、ものすごく悔しい思いをしつつ御三方とご自身との差を噛みしめていただいているかもしれません。そのうえで「これはやっていこう」というようなことも、きっと考えてくださっているのではないかと思います。そういうことを行動に変えて、さらに習慣化していってください。そして来年以降、第9回以降と続いていくであろうあすか会議で、私から“えぐられる”(会場笑)、しかし皆さまから羨望の眼差しで見られるこの壇上へ、今度は皆さまに登っていただけることを心待ちにしております。それでは最後に御三方へ盛大な拍手をお願い致します。本日は誠にありがとうございました(会場拍手)。

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