河北博文氏×古川俊治氏×三谷宏幸氏 「成長戦略としての医療改革」 

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日本の医療制度の雲行きが怪しい(山本)

山本雄士氏(以下、敬称略):皆さん、おはようございます。「成長戦略としての医療改革」というお題をいただいて、皆さんもよくご存知のもの凄いパネリストお三方に来ていただきました。私のほうから最初に問題提起という形で、何枚かのスライドを使ってお話しします。

このセッションに参加くださっている方々は、医療問題についていろいろご存知だと思いますが、超高齢社会や医師不足、財源不足あるいは医療従事者の労働環境が悪い、患者側からするとなかなか薬にアクセスできないなど、日本の医療制度は将来的に雲行きが怪しくなっています。

高齢化率がどんどん上がり、30年もすると4割を超えてくるだろうと言われています。一方、生涯にかかる医療費は1人当たり2200万円ぐらいだと推計されていますが、その半分以上が70歳を超えてから使われる。つまり70歳以上の人口、あるいは65歳以上の人口が4割を超えてくるような時代に、医療費の社会負担がどれだけ多くなるのか、というのが非常に大きな課題としてあります。

また、ある薬が世界のどこかで使われるようになってから日本に届くまでのタイムラグは、平均して4.7年と言われています。世界で売れ筋の薬100個のうち日本で使えないのは20もあるというような状況で、本当に日本の医療技術は言われるほど先端なのか、という疑問も出てくるわけです。

さらには、糖尿病が重症なのに1度も病院にかかっていない方が半数ぐらいいるというデータもあります。医療費をいくらかけても一向に症状が良くならない糖尿病の方がたくさんいるというデータもあります。こういう方々が仮に人工透析を受けることになった場合、1年間の医療費は500万円から600万円と言われています。いま糖尿病予備軍を含めて、2000万人を超えており、国民の6人に1人が糖尿病になるという時代に、これだけ多くの方がまだまともな治療を受けていないという状況です。

私がボストンにいた頃の師匠のマイケル・ポーターは、「質の高い医療というのは結果的に安く済む」と言っていますが、こういう日本の現状を知って、彼は“Wasting Money by Saving Money”、つまり「節約するつもりで、実は無駄遣いしている」「目の前のコストを下げようとしているつもりで、将来コストがどんどん増大している」とおっしゃっています。

でも、ここはG1サミットなので、「批判よりも提案を」ということで、我々は将来に向けてどういう明るい医療、あるいは経済成長につながるような医療をつくっていかなければいけないのか、そういったお話を今日は3人の先生にお聞きします。

私が流行のドラッカーの言葉の中で好きなフレーズに、「問題設定を間違えているのにもかかわらず、正しそうな答えを出してしまうことが一番厄介である」というものがあります。例えば財源の問題。これをクリアできれば医療は良くなるのかというと、そんなことはないわけです。お金がいくらあってもダメなものはダメ。そうすると本質的な医療の問題とは何か。そういった問題の深堀り、あるいは課題を明確化した上で、それに対してどういう手を打つべきなのかということがいくらかでも見えてくれば、意義のあるセッションになると思います。

医療業界の大きな特徴は、医療を提供する人、サービスを受ける人、お金を払う人が、全部バラバラだということです。多くの産業では、サービスを受ける側と払う側がだいたいの場合は同一ですが、医療に関して言えば支払う側は患者ではなく保険者になっています。

もう1つの特徴は、医療技術の研究開発のペースが非常に速いことです。新しい技術が生まれるのは良いのですが、裏を返せば“不確実な技術”がどんどん市場に投入されていくのです。これは医療問題を複雑にしている要因の1つです。

開発側である三谷先生からは研究開発がどうあるべきか。医療の提供側である河北先生からは医療提供の現場、あるいは医療提供側の問題点にどういうものがあるのか。そして古川先生からは公的皆保険が整備された日本でコスト負担をどうすべきなのか。そんな話をしていただきたいと思います。まずは河北先生からお願いしてよろしいでしょうか。

医療とはいったい何か?(河北)

河北博文氏(以下、敬称略):私からはまず医療の位置付けについてお話しします。

医療とは何でしょうか。私はWhat思考をしています。How思考ではありません。Howはどうすればいいかということですが、Whatでものを考えるというのは、物事の本質を捉えるということです。医療とはいったい何でしょうか。

1950〜60年代に武見太郎という日本医師会長がいました。武見先生の医療の定義は、「医学の社会的適用」でした。それは間違っていないし、本当に武見先生らしいと思います。当時の医療の中心は誰であったか。それは医者です。中心にいる医者の立場で医療を考えると、自分が学んだ医学を社会に適用してやるということが定義だったわけです。

今、医療の中心は患者です。誰でもそう言うと思います。患者を中心にして医療を再定義してみてください。自分の健康を支えてくれるのが医療です。では健康とは何ですか。WHOの定義では「身体的、精神的、社会的に調和が取れている」ということです。

武見先生の時代と今の時代とで言葉の定義が違うというお話をしましたが、社会の状態によっても言葉の定義は変わります。政策の軸も変わります。どこに座標軸を持っているかが大切で、僕の座標軸は「Fair」「Reasonable」「Simple」です。

医療制度を考えるときに、医療保険制度と医療提供体制の2つに大別することができます。医療保険制度というのは所得再分配であり、財源と分配の問題です。昨年、2011年は1961年に国民皆保険制度ができてから50周年でした。9月1日に武見敬三さんが、イギリスの有名な医学雑誌の『ランセット』で日本特集を組んでもらい、その中に日本の国民皆保険制度の達成50年がありました。1961年というのは、1945年からたかだか16年しか経っていなかった。あの焼け野原の敗戦の時から16年しか経たない時に国民皆保険制度を達成した。これは本当に驚くべき成果だったと思います。

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)などの議論を進めていく中で、この国民皆保険制度というものをどのようにしてほかの国に広げていくのかという視点があると思います。これからすべての国が高齢化社会を迎えていきます。昨年10月末に地球上の人口が70億人になりました。一人っ子政策を取った中国は、日本よりも速いスピードで高齢化していきます。そういった成熟社会の中で医療のあり方を考え、国民皆保険制度をどのように普及させていくのか。これは、我が国から世界に訴えていく大きなポイントになるのではないかと思います。

山本:ありがとうございます。続いて三谷さん、お願いします。

「低負担・中福祉」は国民的幻想だ(三谷)

三谷宏幸氏(以下、敬称略):私は外資系製薬会社の視点から、日本の医療がどう見えるかという話と、製薬会社にどういう違いがあるのかという話をさせていただきます。

「21世紀フォーラム」という産業界と医療界で集まった会があるのですが、そこで最も問題視していることは負担増と皆保険のあり方です。皆保険は、平等で、フリーアクセスで、選択の自由がある従来の医療を支えるのには充分でした。しかし、従来型の医療は変わらざるを得なくなっています。例えば、高齢者が増えてきている。先端医療というものが出てくる。最先端の治療法には莫大な費用がかかります。高齢者が増えてくると終末期の医療に莫大なコストがかかってきます。患者のQOL(Quality Of Life)という視点も必要です。今までのように、すべてを平等な医療制度の中には入れられないのです。もちろん国民皆保険ですべてカバーできれば一番良いのですが、それだけではもう無理でしょう。これが一番大きな問題です。

高福祉・高負担か、低福祉・低負担か、中福祉・中負担かという選択を考えると、残念なことに今の日本では高福祉・高負担なんていうものはもうあり得ない。政府がずっと言っているのは、国民的幻想の「低負担・中福祉」です。それも実現困難です。残された選択は、「低福祉・低負担」しかないのです。医療も同じです。幻想の中で生きていくのはもう無理なのです。変えていくためには「議論」から「実行」へ移していく必要があります。

医療現場の実態は次のような感じです。3割の勤務医が月80時間以上の超過勤務。3割近くの医師が1カ月休みなし。約半数の医師が1日40人以上を診察。ひどい状況です。人口1000人あたりの医師数を横軸に、受診回数を縦軸に取って、各国で比較した表があります。日本は人口当たりの医師数が少なく受診回数は多い。つまり、医師に重い負担がかかっています。

製薬業界の話に入ります。10年間、どんな研究開発に投資し、実際のアウトプットはどうだったのかというチャートを見てみましょう。2000年を100とします。2000年から売り上げはずっと上がっています。売り上げの15%から20%ぐらいを研究開発費に投じますから、研究開発費も上がっています。問題は新薬です。投資が増えているのに新規化合物が出てこない状況です。製薬協(日本製薬工業協会)のデータによると、いまや新しい薬を1個作るのに3万の候補品があります。製薬業界はそれくらいの当て物の世界になってきています。

売上高を横軸に、利益を縦軸に取って、私どものような海外メーカーと国内メーカーがこの10年でどういう進化を遂げてきたのかというチャートがあります。メルクやファイザー、ロシュ、当社を含めて売上高は増える方向にあります。わりと長足の進歩を遂げているわけです。ところが、日本メーカーの売上高はわずかしか伸びていません。

売上高ではアメリカのファイザーが1番で、ノバルティスファーマが2番です。だいたい4兆円とか5兆円ぐらいです。日本のメーカーの中では、最大手の武田薬品工業が2011年9月にナイコメッドという会社を買収し、現在では12番目になっています。武田の売上高は上位2社と比べると、3分の1ぐらいの規模です。研究開発費が売り上げに比例するならば、その規模にはかなり開きが生じてきます。

当然、イノベーションへの影響も大きい。医療のイノベーションを支える要素には、技術的な側面、制度的な側面、社会的な側面があります。技術的側面には、まず基礎研究があって、それをトランスレーショナル・リサーチ(編集部注:基礎研究から臨床につなげる橋渡し研究)、つまりブリッジングして薬にするための研究があります。そして疫学研究。どの国でどういう疾病が起きて、なぜそうなっているのか分析する研究があります。

制度的側面では、研究費の財源、薬事として薬をどうやって認めるか、それにどのぐらいのお金を付けていくか、技術評価をどうするか、大学や病院のあり方などが問題になってきます。

社会的側面には、安全性、人材教育、研究開発の環境、企業行動などがあります。例えばケンブリッジに私どもの会社の研究所がありますが、そこに研究者が3000人ぐらいいて、そこにベンチャーが集まり、それはものすごい規模のノウハウの集積が起こっています。新しい研究をしていく場合、単独の1社ではなく、周りの環境がある程度の規模感で必要になってくるのです。日本のトップ企業が、1000人、2000人規模の研究所を持ったとしても、それだけではなかなかやっていけない。周りのインフラをどう使うか、ベンチャーをどう使うかといったことをクリアしていかないと、当たる球の確率が上がらないのです。

日本の基礎研究はまあまあ頑張っていますが、臨床研究はものすごくレベルが落ちてきています。疫学データは日本に自分たちのデータがたくさんあるわけではなくて、他国に頼っています。政府からのライフサイエンス分野への支援は、アメリカと日本で10倍ぐらいの投資額の差があります。iPS細胞の研究費にいたっては20倍もの格差があって、明らかに制度的な問題を抱えています。

社会的な視点から、安全性とイノベーションについて簡単に触れます。例えば薬には100%安全というものはありません。ワクチンにも100%安全というものはありません。しかし日本では議論が感情的になりやすいという社会的側面がある。100%の安全を求め、そうでなければ病院が悪い、薬が悪いと厳しく非難します。

「医療ミスがあっても黙っていなさい」とか「薬で副作用が出ても仕方がない」などと言いたいわけではありません。ただ、あまりにも「安全神話」が強すぎると医療が育たないのです。グローバルな人材不足が取り沙汰されていますが、日本では本当の意味でのイノベーションを必要としない構造を護送船団方式によって作り上げてきたのかもしれません。痛みを伴っても、改革を実行する時期だと思います。

「Accessibilty vs Affordabilility」という考え方を直視すべきです。Accessibiltyは平等であってもいいかもしれませんが、当然、Affordabililityというトレードオフであり、すべてにアクセスできないことが出てくるということです。「選択の自由 vs コスト」という考え方もあります。風邪を引いたぐらいで大学病院に患者が殺到したのでは大学病院はやっていけません。「選択の自由」が与えられているからといって、無制限の自由であるはずがないのです。

そして、「延命治療 vs 尊厳のある生き方/死に方」。昔の先生方がずっと行ってきたことは延命治療でした。1分でも1秒でも長く生かしなさいと。ところが70代、80代になって、たくさんのチューブを突っ込まれて、莫大な医療費をかける延命が本当に正しいことなのか、本当に生きている意味をなしているのかということを問わなければならない時代が来ています。それから「医療提供側の判断 vs 患者の欲求」ということもあります。トレードオフを考えながら、議論から実行へと進めるべきです。

山本:三谷さん、ありがとうございます。次に古川先生、お願いします。

成長戦略としての「医薬品」「医療機器」「介護」(古川)

古川俊治氏(以下、敬称略):医療に関しては、提供体制の問題、財政・保険制度の問題、成長戦略の問題の3つに分けられると思うのですが、お二人のお話はそれらすべてにまたがるものでした。私は成長戦略としてのトピックに特化して、その中のもう少し具体的な課題をお話ししたいと思います。

今、政治のターゲットは10%の消費税になっていますが、実はそれですみません。財務省のシナリオによれば、2020年にプライマリーバランスをゼロするための消費税は16.3〜16.5%です。これには年金改革の分は入っていません。政府は、2011年から2020年までの名目成長率を平均3%にすることは可能だと言っていますが、これには2015年以降の消費税引き上げは考慮されていません。社会保障と税の一体改革は成長戦略と切り離して論じても意味がないのに、実際には全く切り離して議論されている。このことが大きな問題です。

では今後の日本で、どのように成長戦略を組んでいくかと言えば、「ライフイノベーション」と「環境」という2つの分野しかありません。医療の中については、診療という本体があって、他に医薬、介護、保健、福祉という4つの関連分野があります。診療の本体はほとんどが公費です。これは税と公的な社会保険料で、本質的には消費です。終末期医療を考えていただければわかりますが、そこにいくら投資しても成長は望めません。人件費が大きな割合を占めていますから、収益性は低く、エクイティを入れても資本コストに耐えられない構造で、産業化には不向きです。

成長戦略として考えるなら、一番のトピックは医薬品、そして医療機器を輸出産業として伸ばしていくことでしょう。それから介護です。ここは公的な皆保険ができていますが、原則が混合介護、つまりビジネスをプラスして入れてもいいという制度になっています。医療と大きく異なる点です。潜在ニーズがありますから、新しいサービスを開拓していけばシルバービジネスのチャンスがあります。保健分野では、保険会社がやっているメタボ対策や健康食品といった健康増進産業も関係してきます。福祉分野では介護を超えて高齢者住宅とかセキュリティサービスと一体化された新規産業の創出が期待できます。

政府の新成長戦略で上げているのはまず新薬と再生医療、これは医薬品。そして遠隔医療、これはIT。それから医療・介護ロボット、これは医療機器。それからドラッグラグやデバイスラグの解消です。

では医療、その核である診療分野をどうやって変えていけばいいのか。医療技術と医薬品と医療機器には連続性がありますが境界が曖昧です。研究現場から見ると、その曖昧なところがイノベーション領域としては一番魅力があります。ところが、医療の世界から薬事の世界に出て行くところのイノベーション領域に現行制度による「死の谷」があると言われています。製品となって多数の人々に頒布される場合に薬事法の規制が入りますが、医療は個別に患者に対して施していくものなので規制が入らない。

実を言うと、混合診療を推進していけば、薬事対象になるようものについてはイノベーションを促進できます。薬事になっていけば、そこからは医薬品・医療機器産業に取り込まれますから。しかしながら、イノベーション領域である境界領域をビジネスに取り込みたいということになると、その領域を医療側から薬事側に引き寄せていくことが必要です。これからは医療が個別化していきますが、現行制度では、そういったパーソナルライズ医療というのは薬事に馴染まないので、医療の本体に残ってしまいます。診療というのは非営利主義、低収益、公的保険ですから、なかなかイノベーションを起こせない構造になっています。これを薬事側に取り込まねばなりません。

今のビジネスの中には、支配企業というものが人材や資金や技術を提供し、雇われ院長を置いて、形の上でビジネスを行っているところが結構あります。例えば、新しい医療機器を企業が購入し、それを医療機関にリースしてお金を吸い上げます。実態的には株式会社が医療機関を経営しているのと変わらないのです。

これをこれからどうしていくか。薬事法には、営利性を認めるために高い有効性・安全性を要求するというトレードオフがあります。ところが医療というのは、非常に弱い倫理規制だけで、プロフェッショナル・フリーダムが許されている。安全性が確保されない部分があるので非営利ということになっていますが、これからは営利性を認めたうえで安全性を確保するという考え方が必要になってきます。自由診療による高度医療については、限られた範囲で株式会社の参入が認められていますが、もう少し広げることを議論すべきです。

日本再生戦略という観点からも検討すべきことは多いのです。医療の関連サービスと位置づけて生活習慣病を治し、健康寿命を延ばし、そうすることで医療費が減ると一般的に考えられています。みんなが健康になれば医療費が減るのではないかと。でも、これが本当かというと、実は何もデータがないのです。人間が単に長生きするだけになるのかもしれないのです。76の寿命が85になって、国が年金を長く払うだけ。社会としての支出が本当に減るのかどうか分かっていないのです。もっとエビデンスの集積が必要です。人が健康になるということはそれだけで大きな価値がありますが、財政的に持つかどうかというのは別の話であって、本当に医療費を減らすことになるかどうか、早急にエビデンスを集めることが必要なのです。

規制の壁もあります。例えば、通信回線を使って医師や看護師が利用者と話すと、実は医師法の17条と20条に抵触します。医師がやると無診察医療。看護師がやると無資格診療になってしまいます。ここは直さなければいけません。それから健康食品産業。これは農商工連携ということで、町おこし策として期待されている分野ですが、やろうとすると、まず保健機能食品の範囲を拡大させ、薬事法の未承認医薬品広告禁止規定を緩和することが必要になります。基本的に、「この食べ物には滋養の効果がある」とか謳ってはいけないという法制度になっているのです。でも町おこしなのですから「この土地で採れたものは美容にいい」とか「健康になる」と言いたいわけです。そういうことがなかなか自由にできない。ここを何とかできないかということが課題です。

遠隔医療にはずっと取り組んできました数億円を使って大学で研究しました。ところが、その時にはうまくできるんですが、長続きしない。診療報酬の裏付けがないからです。このままでは、いくらやっても駄目です。いくらお金をかけても失敗します。省庁縦割りの弊害です。そこを直さなければならない。

医療というものは、実は過疎対策にもなるんです。医療は人が住む場所である限り必要な機能であるが、公費を使いますから経済成長には直結しません。お金を回しますからGDPは増えますが、その分借財が増えます。ただ、雇用は誘発しますから、過疎地の雇用対策としては効き目がある。医療という産業を過疎地に根付かせて、若い人が過疎地でも暮らせるようにする。その医療施設を多目的に利用するなど、収益性事業を拡大させたり、医療法人が株式会社を経営できるシステムを作っていく。過疎対策としての医療事業を見直していくべきだと思います。

医療事故無過失補償制度(編集部注:患者が医療事故で障害を負った場合に、たとえ医師に過失がなくても患者に補償金を支払う制度)の創設について議論されています。これだけは言っておきたいのですが、近代法の大原則は過失責任主義です。不確実性を常に伴う医療のすべての結果について被害救済を行っていたら、本来医療に使うべきお金がなくなってしまいます。B型肝炎救済法案が通りました。3.2兆円が亡くなった人たちの補償として支払われるわけです。本来は、今後の治療のためにお金使うことが大切だと私は思っています。

これからの政策課題として一番大切なのは、2015年、2020年に向けて、患者がどのように扱われていくのかを具体的に示すことです。これが今全く政治の場でできていない。医療改革は待ったなしです。国会がねじれているので、医療費を大きく増やしたり、大きく減らしたりすることも難しい。そうすると、医療の何かの機能を良くしようとすれば、どこかの財源を削らなければいけない。すべて良く、という夢は描けないのです。重要なのは医療と経済成長との親和性を確保することです。TPPの交渉参加を反対したり、混合診療拡大に反対したりしているだけではいけない。自戒を含めて。

山本:ありがとうございました。話を聞いていると、経済成長のための医療改革どころか、問題が山積みで成長の兆しもないんじゃないかと暗い気持ちになってきました。

河北先生は医療や健康に関する位置付けが変わってきたとおっしゃっていましたが、国や社会にとっては医療が「負担」という位置付けのまま変わらないのか、あるいは国の基本を支える「社会の資本」「社会からの投資」であるというパラダイムシフトを起こすべきなのか、いかがでしょうか。

混合診療の禁止は個人の財産権の侵害だ(河北)

河北:個人がすべてを負担するというわけにはいかないと思います。きちっと社会システムを作って、その中で個人が負担せざるを得ない。今、日本の医療費は30数兆円ですが、その中で個人の自己負担率は16.5%です。この16.5%というのは、おそらく世界の中でも非常に高い方です。国民皆保険制度がありながら自己負担率が16%台という高さ。イギリスやカナダではまったく自己負担がありません。

ただし、国民負担率は39.9%で少し下がったという発表がありました。この国民負担率39.9%というのは見せかけ上は全世界でも非常に低い方です。アメリカは38%ぐらいですが、民間医療保険が支えている部分がかなり多くて、それを社会保険と見なすと既に55〜56%になっています。日本の場合は借金を負担と見たときには50数%になっている。潜在的な国民負担率が非常に高いのです。

ですから、個人がすべてを支払うという制度には絶対ならない。やはり国がある程度支えなければ成り立ちません。

山本:患者個人の窓口負担はないほうがいいということでしょうか。

河北:いや、ある程度あったほうがいいと思います。それから私は混合診療を解禁すべきだと思っています。社会保険というのは強制加入でありながら、給付の責任を持たない。ある社会保険に収載されていないものを使うと給付しないということは、給付の責任を逃れているということです。ほかのものを使っても給付をするのが当然であり、責任である。混合診療の禁止は個人の財産権の侵害ですから、先般の最高裁判決は間違っていると私は思います。主要な医療はできるだけ速やかに保険収載をするということを前提に、混合診療は解禁すべきです。

山本:三谷さんに伺います。研究開発がやりにくくなっているという現状があるなかで、研究開発の方向性として、難しい病気や重症の病気を治療するための医薬品開発、医療機器関発が続いているのか、あるいは健康維持、つまり病気にさせない予防的な医療、ワクチンといったものに舵を切ろうとしつつあるのか。グローバル企業が合従連衡することで売上高をどんどん増やしていく中で、研究開発の大きな軸というのはどちら側に向いている実感がありますか。

経済を引っ張るためには、ある程度以上の規模が必要(三谷)

三谷:両方あるように見えます。アンメットニーズの多いもの、つまり患者が少ないのですが、薬がないと非常に困るものがありますよね。そういうものは製薬会社側から見ると、言葉は悪いですがあまり好ましくないのです。たくさんの人が使ってくれれば市場性がありますから、1000億円の研究開発費をかけても1000億円が返ってくる。ところが、患者さんが少ないと1000億円をかけても300億円しか返ってこないということになります。製薬会社の論理だけで言うと、アンメットニーズが高いところで、少ない対象物では行きたくないのです。

一方、今まで手を付けていないような病気に対して、本当に有効な薬ができるんだろうかという議論が出てきています。例えば、アルツハイマーという病気があります。アルツハイマーは複合的要因でできている可能性があって、1つの薬で治るとは思えない。そうすると個別の疾病構造に分けていきながら、治療法を見つけに行かなければいけない。当社で最近行っているのは、疾病のメカニズムが分かっているものに対して、少なくてもいいから新しい薬を作るということです。例えば炎症というものがあると、炎症に対してアドレスする新薬を作る。その炎症がうまく治るということになれば、同じように炎症が原因になって起こしているほかの病気を探す。「パスウェイ」と言いますが、そういうやり方をして薬の適応を拡げていきます。

だから必ずしもアンメットニーズが高いから、患者さんの数が少ないからといって、開発を止めるわけではありません。本当は大きなところも狙いたいのですが、今まで見過ごしてきたものを急に大きくやれるわけではないので、両方やっています。

山本:そういう製薬業界の流れの中で、経済成長につなげるような医療改革をどう実現していくか。介護でも医薬品でもいいし、医療関連の業界が成長することで、国の経済成長を引っ張り得るのか。日本の場合は、武田や第一三共のようなメーカーが、国の経済成長を引っ張るほどは大きくないということですが、ファイザーやノバルティス、メルクといったグローバルな大企業が、国や世界全体の経済成長を引っ張っているということは、実際にあるのでしょうか。

三谷:スイスではネスレやロッシュ、当社ノバルティスが、スイス経済を引っ張っています。国が小さいと言えばそれまでですが、やはりある程度の規模が出てくると、経済を引っ張る力が当然あるわけです。やはり、ある程度の規模が必要です。例えば売り上げ1兆円とか。日本の製薬業界がそういう規模の大きさがなくてもやっていけたのは、制度的な保護があったからです。

日本には68社の製薬会社があるそうです。アメリカやヨーロッパ諸国には、その半分ぐらいしかありません。規模を拡大していくように方向性を転換していかないといけません。医療や新薬の問題では、グランドデザインを描く前に今日の延長でもう少しだけ変えようという話になることが多いのですが、大きなグランドデザインを描いて、違うやり方で取り組まないといけないと思います。厚生労働省は安全という側面は最優先しつつも、医療産業というアングルからも取り組んでもらいたいですね。

山本:日本国内だけでみると、保険医療費のうち医薬品は7兆円ぐらいですよね。それで68社ということは、平均して1社当たり1000億円になります。なぜそのサイズで生き残っていられるのか、ズバリ言ってください。

三谷:長期収載品(編集部注:後発医薬品のある先発品)というものが日本では数多くの市場に存在していてその値段があまり下がらないのです。つまり新薬に対するイノベーションのニーズが、それほど高くない。長期収載品である程度までやっていけるからです。その構造を変えるということを、もう少し考えてほしいと思います。当然、痛みは伴います。しかし10年後の産業像が描けないような毎年の延長で話をしていく今までのやり方では無理があると思います。

山本:古川先生に伺います。これまでの医療改革を見ると、現状の制度をいかに延命させるかに終始しているような気がします。つまり財源をどこかで得てきて、それを既存制度に投入することの繰り返し。皆保険制度ができた当時、平均余命が10年というのは65歳の時点だったのに、今は75歳です。つまり人口構造的に10年も延びているわけです。それにもかかわらず、退職も年金も高齢者の定義すら65歳から変わらないままです。先生のように遠隔医療を研究し、技術を開発しても、診療報酬の側は変わらないので一向に定着しない。各論でパッチワーク的に対処することには限界が来ていると、ここにいる皆さんなら誰もが感じでいると思います。なぜグランドデザイン、グランドビジョンを描いて、三位一体なのか四位一体なのか分かりませんが、同時多発的な改革が起きないのでしょうか。

歴史と国民性に立脚する制度は、信頼がなければ維持できない(古川)

古川:理想的には、グランドデザインで描いてそこに向かっていくことです。1から医療制度を作るならできます。ただ医療というのは、国民性があって歴史があって、そこに現実としての制度が成り立っているわけです。患者さんがいるわけです。明日からは違う仕組みになったと言われても毎日病院に通っている人は困ってしまいます。年金もそうです。それで生活している人が現実にいます。ですから徐々に変えていくしかありません。現実を見ながら徐々に制度を変えていく。これは政治の役割であります。

確かに日本の製薬企業の規模は小さいかもしれない。そういう産業を保護しながらグローバル化にも対応していく。これも政治の役割です。理想論は言えるのです。しかし、現実にこの国を運用していかなければならない。荒波の中で小さい船が一生懸命に舵かじを取っているようなものです。政策的に悩みがあるということはご理解いただきたい。

制度というのはまず歴史と国民性があり、その上に成り立っていて、最終的には国民のかなりの信頼がないと維持できない。これだけは申し上げておきたいと思います。

変われないボトルネックは「社会の同質性」(河北)

山本:河北先生に伺います。医療の現場にいらっしゃって、一方で病院協会の要職を務められていているお立場からすると、患者さんから「こういう薬を使いたい」という要望が出てきたり、医療労働者、つまり医師の労働環境の悪さを目の当たりにしたりされていると思います。今、古川先生がおっしゃった歴史云々よりも、「現場ではこんなに困っているのだからさっさと変えるべきところは変えてくれ」「もっと混合診療をやらせてほしい」「自由に医療がやりたいんだ」というのが現場の声なのではないかと思います。なぜ変わらないのか、どこがボトルネックなのでしょうか。

河北:我が国が「同質性の社会」だからだと思います。依存性がものすごく高い。患者もそうだし、医療提供側もそうです。同質性の社会というのは、違いを認めない社会です。異質性の社会というのは、違いを前提にして、その違いをきちっと評価して、それに対して適切に対応する社会です。同質性の社会が日本人の体質になってしまっているということが問題の原点にあると思います。

山本:私は今30代ですが、若い世代からすると、現状の問題点が改善されない理由が日本の文化だとかこれまでのしがらみだと言われても結局何も変えないのであればどうでもいい話であり、腹立たしくもあります。そういう言い訳をしている世代の方々は、どれだけ僕らに借金を残して逃げ切ろうと思っているのかと言いたくなるわけです。会場の皆さんからもご意見をお願いします。

会場1:投資を入れてイノベーションを起こすこと。医療・介護のサービス提供側の生産性を上げ、雇用と賃金も上げること。基本的にはこの2つしかないと思います。イノベーションについて言うと、なぜ得られているデータを患者価値を損なわない形でもっと使わないのか。

例えば、包括払い制度、DPCというものがあります。ある病気だとどういうプロトコルに則って、どんな状況の人に何をやったら一括でいくら払います。それ以外に無駄な検査をやってもカネを払いませんよという制度で、急性期医療の病院はどこもやっている。このDPCのデータを取れば、どんな人はどんなふうに診断されて、どんなことをやって、結果はどうだったかということが統計的に分かってくる。スウェーデンなどではかなり進んでいます。

ところが厚生労働省は、このデータを全部集めているのに地下にそのままDVDに焼いて置いてあるだけです。レセプト(編集部注:診療報酬明細書)については、無駄なカネは払いませんよという姿勢です。逆にものすごく無駄なことをしているわけです。仕方がないので自分たちでやろうという動きも出てきました。日本外科学会が傘下7学会と一緒にナショナル・クリニカル・データベースというものを作って自分たちでデータを定義して収集し始めました。最終的には疫学データベースに近いようなものにして、製薬会社とメドテックのメーカーがエビデンス・ベースで研究開発を進めるという構想です。集めたデータをどう活用してイノベーションのために使うかという方向性を国が決めないために、わざわざ別にデータを取るという馬鹿馬鹿しいことが起っている。

調べてびっくりしたのですが、世界の4位と7位と11位の病院チェーンは日本にあるのです。製薬企業は日本で一番大きいところでも世界トップの3分の1規模で、14位ぐらいです。国立病院機構、日本赤十字、共済会というのは、世界の巨大医療チェーンなのです。でも生産性が4位、7位、11位かというと全く違う。経営と患者にとっての質の両方を上げるというインセンティブが働いていないのです。今の制度の中では、一生懸命やって儲からなければ補助金がもらえてしまうからです。ここ2回ぐらいの診療報酬改定で、いい加減な経営をしているところでも食えるようになってしまった。真面目にやることに対するインセンティブが働かない仕組みになっている。生産性が高くて患者品質も高い経営をしたところにメリットがあるような仕組みをビルトインしない限り、どこまで行っても現場の生産性は上がりません。過剰労働とか、パラメディカル(医療補助者)の人の給料が上がらないという現状から、抜け出せないのです。どうしてここの議論が進まないのでしょうか。

今の診療報酬制度で医療の生産性を語ることは無意味(古川)

古川:後者の方から端的に申し上げます。現状の日本の制度の中で、医療の生産性を語ろうとしても無意味なのです。診療報酬のいじり方で、まったく変わってくるからです。診療報酬をボンと上げれば突然、生産性は上がります。国立病院機構の経営は良くなります。診療報酬が上がれば、必ず良くなります。

生産性のことを考えていく上で、診療本体はビジネス化に馴染みません。それ以外の介護、医薬、保健、福祉の分野では、今の議論が成り立ちます。

山本:病院の生産性については、病院経営をされている方からいかがでしょうか。

会場2:私たちが経営している病院のなかに元々は国立病院だったところがあります。年間5億円ぐらいの赤字だったところを、私たちが引き受けてから初年度は赤字が1億4000万円に減り、次年度から黒字化しました。一番のキーだったことは、ドクターに収益向上のためのインセンティブを与えるということよりも、看護師とうまくやるといったところが非常に強い。

以前なら、看護師長から「南3階の病棟を回りきれません」と言われると、病床稼働率70%くらいでも忙しそうだから抑えようという話になっていた。民間病院では当然ながら稼働率85%なければ成り立たないということになります。ここの意識を変えることがとても重要なことでした。

山本:データ活用の件について、河北先生お願いします。

河北:韓国にヒーラ(Health Insurance Review Agency)という組織があります。アジアの経済危機の際に、韓国にIMF(国際通貨基金)が入り、金大中さんが大統領になって国のIT化を積極的に進めました。今ではオンライン請求100%です。韓国では国民医療費の推計が2日で出ます。我が国では2年かかります。それぐらいのIT化を進めなければいけない。日本はデータベースになっていないのです。アメリカは1970年代の後半にNational Cancer Arrowという法律を作って、がん患者登録を進めてきました。どんな人が、どの時点で、どういうガンになって、どういう治療をしたら、どうなったかということが、すべて分かるようなデータベースが整備されている。我が国はまだ国のデータベースがありません。これは大きな問題です。

情報のデータベースはある、しかし使われていない(山本)

山本:データベースの話に一点付け加えると、医療費に関しては国民皆保険ですから、皆さんが医療にかかって保険証を出した場合の請求書というのは、健保と国保で大きく2つの機関に集約されます。そういう意味では、医療費データは国内の2か所に既に集約されています。公的保険なので請求書のフォーマットも決まっています。データが「無い」わけではなくて「有る」んです。しかも日本でも、たとえばガン登録といって、ガン患者さんの情報の蓄積が始まっています。でも、そういうデータがなかなか使われない。これは仕組みの問題なのか、マインドセットの問題なのかインセンティブの問題なのか。いずれにしても、今日にでも何かを変えていかなければ、特に若い世代は将来に希望が全く持てない。

今すぐに何かを変えていかなければ“茹で蛙”だ(三谷)

三谷:今の医療をある程度保ちながら、徐々に変えていくという考え方は正しいと思うのですが、一方で今すぐに何かを変えていかなければいつまで経っても何も変わらないという考え方もあります。“茹で蛙”状態で時を過ごし気が付いたらもう動けなくなるというのが、一番怖いのではないでしょうか。ITの話にしても、DPCの話にしても、製薬会社のあり方にしても、変えるなら、今日からやっていかなければダメだと言いたいです。実行あるのみです。

山本:ありがとうございます。皆さん、今日の議論で分かっていただけたように、今医療の各論に突っ込んでいっても先が何も見えないのです。当事者の我々ですら、本当の意味で全体感を持ってやれていない。でも、待ったなしの状況であることは間違いない。ここには業界外の方もたくさんいらっしゃいます。皆さんの関心とノウハウ、スキルを医療分野に突っ込んでほしいと個人的に強く願っています。内側からの改革はだいたい失敗します。どうしても変革を起こしたくなく、現状のまま延命したくなってしまうので、できないのです。飛躍型の思考というか、従来にはなかった発想をどんどん持ち込んで、医療を外側から揺さぶってほしい。本気でそう思っています。ありがとうございました。(会場拍手)

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