岡本義朗氏×田中秀明氏×原田泰氏「政府復興会議・第1次提言を受けて 〜今後の政治・行政・民間の果たすべき役割を問う〜」 

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田幸:おはようございます。本セッションのファシリテーターを務めますグロービス代表室の田幸と申します。よろしくお願いします。

大震災から100日あまりが経過した6月25日、政府の「東日本大震災復興構想会議」が第一次提言をとりまとめて菅総理大臣に答申しました。本提言を受けた政府の作業としては7月中に基本方針をとりまとめ、それを第三次補正予算に反映させるといった政策的な動きになります。本セッションではこの提言を受けて今後の復興に向けた政治・行政・民間の果たすべき役割、あるいは相互協力や連携のあり方について議論したいと思っています。

ではパネリストをご紹介しましょう。まずは岡本さん。銀行業界で社会人経験をスタートされ、多種多様なご経歴をお持ちです。例えば外務省や橋本行革における内閣中央省庁等改革推進本部。最近では、内閣国家公務員制度改革推進本部の事務局次長という大変な要職にも就かれていました。現在は気仙沼市における震災復興計画の策定に対する支援にシンクタンクの一員として取り組まれているということです。

次に田中さん。肩書は政策研究大学院大学客員教授ですが、もともとは財務省出身で、現在は、内閣府・行政刷新会議の参事官をお務めになっています。鳩山内閣の時に副総理兼国家戦略担当大臣であった現在の菅総理が予算編成のあり方検討会を開催しましたが、当時その検討委員会の主要メンバーとして、とりまとめに貢献された方でもいらっしゃいます。

そして原田さん。もともと経済企画庁の官庁エコノミストでいらした方ですが、官庁エコノミストとは思えないほど、柔軟でクリエイティブな発想に溢れておられます。

まずは原田さんからよろしくお願いします。

「コスト意識」が欠落した復興構想会議の提言

原田:原田と申します。「復興への提言〜悲惨のなかの希望〜」と書いてあるこの復興構想会議の提言について私の考えをお話します。

私としてはいろいろと良いことは書いてあると思っております。かなり美文調になっているのは(笑)、さすがに小説家や哲学者の方々が入っているなという感じでもあります。そして美文調の「破壊は前触れもなくやってきた」というあたりが批判されたりもしているようです。「責任逃れのためにこれを入れたのか」とか「役人がこっそり書いたのではないか」という人もいるようです。前触れもなくやってきたのなら役人には責任がないと捉えることもできますから、そういう読み方もあるのかもしれません。

一番問題なのはコストの感覚が全くない点だと思います。もちろんビジョンですからコストを突き詰めた具体的記述がないこと自体は良いのですが、そうは言っても「だいたいこういう感じ(のコスト)」というものは必要だと思います。コストなくしてビジョンなしです。

会場の皆様方は経営学を勉強されているわけですし、企業で働いていらっしゃる方がほとんどです。コストの考え方なしに「こういうことをやろう」と言ってもなんの意味もありません。社長が何かやろうと言えばこのぐらいのお金がかかってこのぐらいの儲けがあると考える。うまくいくかどうかは分からないけれども、必死に考えて「よしやってみよう」という結論になると思います。しかし本提言にはその感覚が全くありません。感覚がないというか、考えていない。そういうところが非常に問題だと思います。

震災で16兆円から25兆円におよぶ物的ストックの損害が発生したという試算があります。その結果として3次補正までに、まあ20兆円以上つぎ込むことになるでしょう。しかし、私はそこまで壊れていないと思います。詳細はお手元の資料をご覧になっていただきたいのですが、日本全国に1183兆円の公的および民間の物的ストックがあります。そのうち東北3県にある物的ストックは57兆円分に過ぎない。東北3県のGDPは日本全体のだいたい4〜5%ですから57兆というのは概ね合っていると思います。

では57兆円のうちいくらが壊れたか。我々は津波でとんでもない被害が発生している様子をテレビでずっと見ていましたから、東北3県全体が壊滅してしまったように思ってしまいます。しかし本当に破壊されたのは主に海岸線から2〜3kmの地域です。ひどいところで5km。それ以上津波が届いたところはありますが、多くは海岸線から2〜3kmの領域でした。

先日盛岡に行ってきたのですが、盛岡は何も壊れておりません。盛岡の方に「地震はどうでしたか?」と聞くと「ものすごく揺れて大変でしたけれど大丈夫です」と。岩手は岩盤が強いからとおっしゃる。ですから57兆円のうち10%前後しか壊れていないのではないか。すると大雑把に計算して3兆円の民間資本ストックが壊れ、3兆円の公的資本ストックが壊れているということになると思います。

ですから3兆円の公的資本ストックを政府のお金で直し、あとは3兆円の民間資本ストックをどれだけご自身でやっていただくことになるのか。あるいは民間資本ストックを税金でどれだけ助けなければいけないのかという話になると思います。ところが政府は全く訳が分からない状態でお金をつぎ込み、無駄なことをしようとしています。過去の復興でも同様でした。今回も同じことが行われると思います。この無駄を止めさせることが非常に重要だと考えています。

復興への最大の障害は「省庁間の縦割りの壁」

田幸:ありがとうございました。では次に田中さんからコメントをお願いします。

田中:おはようございます。田中でございます。先ほど過分なるご評価をいただきましたが、もともとは霞が関の悪名高き役人です(会場笑)。

今回の提言は、関連事項をほぼ網羅的にカバーした包括的内容と言えます。マスコミもだいたいそのように評価しながら、今後は提言内容の早期実現や財源確保が課題になると言っています。

他方、“民間の有識者提言”という観点で見ると少々物足りない。もう少し議論を喚起する内容、ときには暴論に聞こえてしまうような提言があっても良かったのではないかと思います。これを実際に誰が書いたのかは分かりませんが、各省庁の政策が網羅的にカバーされているように見えます。先ほど原田先生がおっしゃっていたように、各省庁の予算が増えるような提言がちりばめられていると言えるでしょう。

しかし、もっと大胆な提言があっても良かったと思います。地方分権とか道州制が提唱されているわけですから、この際、福島・岩手・宮城の3県を一つの道か州にまとめて、3県が一体になって復興を目指すとか。広域的な特区を作ってみるとか。そういった提言も皆無ではないのですがこれまでの県市町村や省庁の間の垣根を取り払うほどの大胆な発言や提言があっても良かったと思うのです。

ビジョンとしては美しい。ただ、復興にあたって最大の問題になるのは省庁の縦割り体質だと思うのです。省庁間あるいは地方と国との関係です。これだけ甚大な被害ですから政府が中心にならざるを得ないのですが政府が中心になると各省庁の縦割り構造が災いして猛烈な権限争いや無駄遣いが生まれかねない。国と地方や県と市町村の間の“取引コスト”が高くなる。復興はできるのですが、コストが猛烈に増大する懸念があります。

今回の提言はそもそもビジョンを書くことが目的でしたから、過大な期待を生み出していると言えばそうなのかもしれません。しかしながら、どうやって実行していくのかというプロセスがそれほど具体的に書かれていないのです。具体的に書こうとすると各省庁の抵抗に遭って書けなかったということもあるのでしょう。しかし、プロセスに関して具体性が欠けていたという問題点は見逃せません。

もっと早く!もっと大きく!

田幸:ありがとうございました。では次に岡本さん、お願いします。

岡本:岡本でございます。現在気仙沼市の復興の支援をさせていただいている立場からお話をさせてください。ちなみに先ほどのご紹介で内閣国家公務員制度改革推進本部事務局とありましたが、これは今から思えばはるか昔のように思われますが、自民党政権時代に、最初は福田政権、すぐに麻生政権に代わりましたが、民間から事務局に入れということで、当時の渡辺喜美行政改革担当大臣の面接を受けて入ったという経緯があるんです。で、政権交代があり、民主党政権になってクビを切られたという立場にありますので、私は民主党政権の提言について斜めに見てしまう傾向があるかもしれません(会場笑)。それは少しばかり頭の片隅に置いていただいてうえで聞いていただければと思います。

まず、原田先生がおっしゃったことと若干違う話になってしまうのですが、マクロ経済的に考えれば確かに全滅といったものではないのかもしれませんが、私は気仙沼や陸前高田あるいは南三陸といった現場を見ておりまして、それを併せて考えるとやはり非常に壊れている。それをどう復興していくのかについては、数字的な問題とともに「これからの日本をどう創っていくのか」という観点が不可欠になります。そして、“cheer up”するようなことを中央省庁あるいは政府でやっていくべきなんです。

そういう観点から本提言を読みますと、良い点と悪い点の両方があると思います。良い点は先ほど原田さんが美文調と仰っていていた点に関連するのですが、内容としてはとても良いことがいろいろ書いてあるけれども、その良いことをどのように次の展開にしていくかが書かれていない。おそらく官僚の方々が書いたのだと思いますが、次の展開とつながっていないなと確かに感じます。ただ、これは「構想会議」であって「復興会議」ではありませんから、その構想を示せば良いんだと言えばそうかもしれません。

一番の問題は、ならばもっと早く出すべきだったという点に尽きます。それに、構想なのですから日本国あるいは地方の将来に関する絵を大きなビジョンとして描くべきでした。しかし、そこはあまり描かれていません。

いろいろなことが書かれていますが、「具体性は地方に」を基本的スタンスにしています。「どうするんだ」ということは、結局地方に任されている。ではその地方がどのような絵を描いていくのか。たとえば気仙沼などを見ていますと、これはもう非常に混乱しています。政府による復興構想会議の提言があり、宮城県の復興計画があり、なおかつ気仙沼市自体の計画もある。こういう3重構造になっています。縦割りとともにこの3重構造というものをいかに現実の復興に結びつけていけるかも非常に大きなポイントです。実際、気仙沼市では中央の縦割り構造による弊害を被って現場がうまく意思疎通できないという状況があるのです。

ですから復興構想会議の大きなビジョンというのは、復興に向けて歩みだした地元の方々の背中を力強く押していくような内容であるべきです。そういう観点で見るとやはり少々物足りない。

巨費を投じ再建した町は「ゴーストタウン」に

田幸:ありがとうございます。では再び原田さん、お願いします。

原田:せっかくですから岡本さんにコメントしますと、もちろん壊れているのは事実です。一体いくら壊れているかということです。例えば復興構想会議の資料に浸水地域の人口が書いてありますが、それを見ますとおよそ40万〜50万人です。もちろんここでいう浸水には床下浸水も入ります。災害というものはいつでも起こり得る以上、ある程度まではその復旧コストも自分で負担するしかない領域があります。もちろん床下浸水や床上浸水も、軽度のものに対してもボランティアの方々が泥をかき出すとか政府が多少援助していくというのは良いと思います。ただ、基本的には自分でやっていただくしかない。ですからあくまで金額に換算することを第一義とすれば、6兆円ぐらいしか壊れていないだろうというのは事実だと思います。

そういった状況に対して過去の震災復興で政府はどんなふうにお金をかけてきたか。例えば93年の奥尻(北海道南西沖地震)。これは人口4000人ぐらいの地域で200人の方が亡くなるか行方不明になるという大変な惨劇でした。もう2度とあんなことが起きないように高台移転と防波堤に予算をかけました。いろいろな施設を作った結果、およそ800億円の支出がありました。4000人ですから1人当たり2000万円をかけたという計算になります。

では、2000万円をかけてどうなったかというと、現在の人口は3000人にまで減少してしまいました。お金をかけたのに復興しなかったのです。現在の町を訪れるとなにか寂しいらしいんですよ。私自身は行ったことがないのですが、行った人に聞くと「今まで出張先から女房に電話したことなんてなかったが、初めて電話した」と(会場笑)。寂しくて、人恋しくなるほどだったそうです。

公共事業にお金を投入する一方で、漁師の船や養殖のための資金などにはお金を出さなかった。もちろん個人財産の復活に税金を充てるべきではないという議論がありますし、私もその考え方は正しいと思っています。ただ、高台移転に予算をかけるのも個人にお金を渡すのも結局は同じです。高台移転の費用は1600万円ほどになりましたが、個人が1600万円も払えませんから非常に安く移転できるように便宜を図ったわけです。ですから最終的には個人に払っていることになります。

阪神淡路大震災のときは16兆円かけました。神戸の人口は約150万人ですが、すべての神戸市民が被災したわけではありません。本当にひどい損害を受けた被災者の方は40万人ぐらいでした。40万人に16兆円ということは、1人当たり4000万円をかけたことになります。1人4000万円をかけて、例えば一番ひどい被害に遭った長田区はどうなったか。会場には大阪の方もいらっしゃるのでご存知の方もいると思います。長田区がどうなっているかを見ればなぜ1人4000万円もかかったのかが分かります。長田区の人口は震災当時13万人ぐらいでしたが、今は10万人前後にまで減っています。

長田区の商業スペースは震災後、4倍ほどの広さに拡大しています。その結果、その多くがシャッター通りになってしまいました。誰も入っていない。そういう地区がたくさんあります。私も4〜5年前に行って長田区のあちこちがシャッター通りになっていることを確認しました。最近行った方は「もうゴーストタウンだ」と言っていました。復興していないのです。ゴーストタウンを我々の税金で作ったのです。政府は全く同じことを、今度は東北でやるでしょう。私はそう思っています。自民党であろうが民主党であろうが同じです。これを止めなければいけない。

東京の知識人も大阪の知識人も無責任だ

1人4000万円のお金をかけてゴーストタウンを作り、結局のところ長田区の人たちは救われていない。それならば1人ずつに4000万円をあげたほうがましだった。4000万円あればきちんと生活を立て直せます。もっと少なく1000万円でもできたのではないでしょうか。元々長田区は経済的に停滞した地域でした。ケミカルシューズ産業でなんとか食べていました。どちらかと言えば貧しい地域ではあったけれども、減価償却済みの機械を使い、土地も家賃も食費も安かった。だから食べていけたのです。家族みんなで働いて。ところが震災後に1人4000万円をかけてその人たちを地域から追い出してしまった。今、その人たちは、大変苦しい生活をしているか生活保護を受けているかのどちらかでしょう。政府はそんな愚かなことをしてきたのです。

私はそれを止めさせたくてキャンペーンをやっているのですが、なかなかうまくいきません。今回の復興会議には関西の学者が多く入っていますが、それは「阪神淡路大震災からの復興は成功だった」という認識があるからでしょう。でもそれは間違いです。とんでもない無駄遣いをして被災した方々にはなんの役にも立たない…、まあ、「なんの役にも立たたない」とまで言うと嘘になります。1人4000万円をかけたほど役に立っていないのが事実です。「これで良いのですか?」と言いたい。こんなことを繰り返してはいけない。奥尻まで現状を見に行くのは大変ですが、長田区なら大阪出張のついでに30分で行けます。どうぞ、ご自分の目で見てきてほしい。

東京の知識人がいかに無責任で、いかに事実を見ようとしない人たちかということです。大阪の知識人はこれまたさらにひどい。すぐに近くで見ることができるわけですから。皆様方の中には大阪や神戸の方もいらっしゃると思います。私の言っていることが間違いで、「ゴーストタウンではなくて発展しているぞ」という方がいらっしゃいましたらぜひ訂正していただきたい。

根っこにあるのは硬直的な予算分配システム

田幸:ありがとうございました。田中さんお願い致します。

田中:基本的には原田さんの意見に賛成なのですが、「なぜそうなってしまうのか」という視点で1つお話したいと思います。提言では基本的な復興の考え方として「「減災」の考え方に基づく市町村主体の新しい地域づくり」と書いてあります。おそらくこれに異論を唱える方はいないでしょう。もう少し具体的に何が書かれているのかと見ると、「国は、ビジョン・理念、支援メニューを含む復興の全体方針を示し、復興の主体である市町村の能力を最大限引き出せるよう努力すべきである」とか「被災地の復興は、市町村、県、国の相互協力関係の下、それぞれが分担すべき役割・施策を明確にし、諸事業を調整しつつ計画的に行う」とあります。

非常に役人的と言えば役人的な言葉ですね。そのものに異論はないのですが、おそらく既存の中央省庁による集権的な仕組みで進んでいきます。あらゆる施策が政府では予算によって裏付けられていくからです。例えば復旧事業について言えば「公共土木施設災害復旧事業」「農林水産業施設災害復旧事業」あるいは「文教施設等災害復旧事業」ですとか、非常に長い補助金の名前になります。これ以外にも山のように各種補助金があります。また、国が100%補助するのか、70%になるのか、60%になるのかという問題もあります。とりわけこういった特別な事態では「補助率かさ上げ」と言って、原則は50%だけれども70%にするとかですね、そんな取り組みがなされます。

さらにこのお金が県市町村に流れていく。そこでは、県がお金を加えて市町村に出していくわけです。ピラミッドの頂点から下へ、末端に流れていくような仕組みです。末端では、使い勝手が必ずしも良いわけではありません。例えば厚生労働省の施設と文部科学省の施設を合築すれば事務室なりを共有できて効率的になるのに、補助金の項目が違うというだけの理由でそれができない。最近は弾力的な運用が可能な補助金も一部出てきましたが、例外的です。

予算が余っても繰り越しが認められないとか、非常に細かいルールが定められています。実際に活用する側の現場で使い勝手が悪くなるという問題はしばしば発生しています。各省縦割りの中で、そういう仕組みを使わないとお金が流れていかないのです。提言の中には「一括交付金」(地方が使途を設定できる地方交付金の呼び名)を導入すべきだという提案もあり、もし幅広く実施されるならば期待できる面もあります。しかし、現実的には各省の細かい政策とそれに裏付けられた予算に基づいてお金が流れていくという構図は揺らいでいない。そういった既存の仕組みを変えていかない限り、ピラミッドの頂点から下に流れるようなお金のルートとなって、まさに原田先生がおっしゃっていたようなことが再び起こっていくと思います。

現場で知恵とアイデアを使えばおそらく2〜3割少ないお金で同じことができるでしょう。しかし現実にはお金の使い勝手が悪いと、逆に3〜4割増えてしまう。とにかく予算をたくさん取ってくることが役人の評価基準なのです(会場笑)。民間とは考え方が全く違う(笑)。

役人は予算を効率的に使ったからといって給料が上がるわけではないし、ボーナスが増えるわけでもない。そうなると「予算をたくさん取ったぞ」と言って、たくさん使うということが自分の功績なのだというインセンティブが働きます。ですから過大な支出があったとしても、本当にその支出に見合うだけの効果があったかどうかということが分からないのです。

役人が描く絵では日本を救えない

田幸:ありがとうございました。では岡本さんお願いします。

岡本:お二方は元々官で、私は民なのですが、どうして役人出身のお二人が政府に厳しいお話をされるのかという感じで(会場笑)、私はどちらかというと甘いのかもしれません。それはさておき、私はエコノミストではないので原田先生の土俵に乗りたくないのですが、なんとなく議論のトーンがそのようになってきましたのでもう1つだけお話しをさせてください。エコノミストとしての議論ではないことを前提にしてで申し上げますと、今回の震災に対して「復旧」か「復興」かという議論が1つあると思います。復旧というのはある意味では震災前の状態への原状復帰で、その先に復興を設けてさらに発展していくという文脈で使われているのだと思います。

そうなると復旧とはどういうレベルなのか、あるいは復興とはどういうレベルなのかを定義しなければいけません。震災前の状態に作り直すのが復旧だとすると、それを前提にしてさらなる発展をしていくのが復興だと私は理解しています。そこでお金の話になるのですが、原状復旧を目指すのであれば確かに原田先生がおっしゃったことがベースになるのかなと思います。ただ、その先でどういった絵を描くかということがおそらく復興になってくるのだろうな、と思うのです。

私は京都出身で家内は神戸出身なものですから、阪神淡路大震災は必ずしも無関係ではありません。「復興はしていない」とのご指摘は私もそうかなと思います。ただ、阪神淡路大震災で被災した地域の多くは、ある意味で活力ある地方自治体でした。今回はその点が異なると思っています。震災前から人口が減っており、日本が抱える少子高齢化問題の縮図でもあったような地域が今回さらに大打撃を受けたのですから、これに対してどうするのかということだと思うのです。だからこそ、やはり絵を描く必要があるのではないか。絵の描き方も財源を気にするのではなく、もっと自由に描くべきではないか。

日本の財政状況を見ればそれほどお金があるわけではないし、湯水のようには使えません。そんな状況の中で国民負担が生じるわけですから、それを前提にしてどんな絵を描くかをきちんと考えるべきだと思います。そういった考え方が不十分だと思うのです。それは財源が気になってしまっているからです。田中さんが指摘されたような役人的発想が財務省にもあったのでしょう。しかし、まずは地域をどのようにしていくのかということを考えていかなければいけない。日本は少子高齢化が大きな問題にもなっているのですから、被災した地域の復興モデルは日本の将来像と密接につながるものなのです。

私はエコノミストではないので財源の計算はできません。ただ、こういう時はとにかくまず大きな絵を描く。財源を気にして小さな絵を描いていると、おそらくもっと悲惨な姿が10年、20年先の東北に待っているような気がします。

これからは各地域、各市町村レベルでそれぞれの復興計画が書かれていくと思います。そこで原状復帰のようなレベルの計画に留まってしまうと、まさしく無駄なものがたくさん作られてしまう。そこはチェックしていかなければいけない。私自身、最近の大きな仕事の1つに政策評価があります。ついこの前まで国家公務員制度改革推進本部事務局で役人の評価基準を変えようと頑張っていました。その前にクビを切られてしまいましたが(会場笑)。そういうことをやっていかなければいけないのです。公務員制度に問題がないなどと言うつもりは全くないんです。将来のビジョンを踏まえて今回の大震災に関する議論を深めていくべきです。

「復旧ではなく復興だ」がそもそも間違っている

田幸:ありがとうございました。ここまでパネリストのお三方から2ラウンドご意見をいただきました。ここで若干整理をさせてください。今回は大きく分けて3つの問題提起がありました。1つはそもそもの第一次提言が本当にこの復興に向けた大きなビジョンになっているのかというご指摘。そして、ではこのビジョンを受けた具体的な復興政策が過去の教訓をきちんと生かしたものになるかというご指摘。例えば、復興予算のあり方や使い方がどうなのかということですね。そして3番目は、先ほど申し上げました通りガバナンスと言いますか、中央と地方、あとは各省庁間についてです。

この3点は震災の有無に関わらず日本が抱えていた問題であって、震災でそれがさらに顕在化してきたのではないでしょうか。2ラウンドを経て、日本の厳しい状況や問題点が明らかになってきたと思います。そこで、建設的な方向に議論の舵を切っていきたいと思いますが、ご指摘のような点を踏まえて今後はどうすれば良いのか。あるいはどういった方向に向かえば良いのか。今回の震災に対して、各セクターがオールジャパンで力を合わせ立ち向かわなければいけないと思いますが、今度はそこに関連した具体的な可能性やご提言についてお伺いしたいと思います。では原田さんからお願いしてよろしいでしょうか。

原田:私は「復旧でなく復興だ」という考え方自体が間違っていると思う。復興とは一体何をやるのかというと、新エネルギーだとか言っている。でも、地元の人たちは新エネルギーについて何も知らない。知らない人に何か新しいことをやらせようとしても無理です。しかも65歳以上の人がたくさんいる。何か新しいことをやれと言っても無理だと思います。新しい人が来てやるのであれば可能かもしれません。ところが、新しい人がそこに行くかというとこれまた行かないわけです。所詮無理なことを言っていて、やる気もない。言っているだけ。無駄な公共事業をしたいだけです。

神戸の長田区は昔から人口密集地域で古い木造住宅が並んでいた地域でした。そこを神戸市役所がファッショナブルな街にしようとした。それでもちろん以前よりは立派なビルは建ったのですが、森ビルみたいにはなりません。見れば分かります。要するに新橋なんです(会場笑)。役人には新橋ぐらいしか作れません。森ビルがやっているみたいに高級テナントを入れて開発すると言ったって、そんなテナントが来るわけがない。新しい人は来ないし、古い人を追い出してしまった。中途半端にコストがかかって中途半端に良いものを作った。大阪や神戸の方がいましたらぜひ反論して欲しいと思います。実際、よく知っていらっしゃるわけですから。

では、どうやって東北を復興するのか。あの辺りは豊かな漁場がたくさんあります。テレビを見れば屈強な若者と綺麗なお嫁さんと、そしていかにも元気そうな子供がいるという家族が映る。壊れる前の家は立派でした。ああいうところは漁業や養殖をやっていて1000万以上…、家族全員で働いてですが、年に1000万円以上の所得がある。だから綺麗なお嫁さんだって来る(会場笑)。ですから「それならそれでいいじゃないですか」ということなんです。

漁師は跡継ぎが3割以上います。農村だと1割もいません。なぜかと言えば、農業は国が手を出すから皆が嫌になってしまっている。ただし、果樹農家や野菜農家では成功している人がいますし、そういうところの息子は跡を継ぎたい。で、漁業のほうは、まあ農水省も口を出してはいますが農業ほどではないので3割ぐらいは跡継ぎもいる。きちんと儲かっている人たちがいるんです。提案ということであれば、その儲かっている人たちがもっと儲かるようにすれば良いということになります。

実際、我々が食べている牡蠣も帆立もアワビも高い。あの辺りでアワビはあまり採れないようですが。ですからそれでいいじゃないかということです。そこでさらに発展していこうというのであれば、自分の地域のお金で何か新しいことを考えてくださいということになります。すべての街は成功しないでしょうが、成功する街もあるでしょう。それで良いではないですか。

地方分権とは格差拡大——それを認める覚悟があるのか

田幸:刺激的なコメントをありがとうございました(会場笑)。田中さんお願いします。

田中:いろいろ申し上げましたが、「じゃあ、お前どうするのか」となると、官僚機構の現状を考えると、なかなか簡単な解はないと思います。ただ、少なくとも中央レベルでやるよりは現場にやってもらうというのが基本的な方向だとは思います。しかし、3県一緒になってやるのはこれまた現実的ではないです。ですから各県ごとに復興本部を作って…、既に作っているかこれから作るのか個別には細かく存じませんが、そこが中心になって進めていくことになると思います。ただし、そこで単に必要なお金を積み上げるという形であれば結局は同じ結果になります。ですからコストを踏まえた仕組みが必要です。復興プランとしては、そこに民間のアイデアを取り入れるといった方向にするのが良いと思います。

また、東北地方で急速に人口が減っているという現状の中でどのような仕組みを作っていくかも鍵になると思いますね。これまでのようなナショナル・ミニマムという大前提で、日本全国どこでも東京と同じようなサービス水準にするというのはもう現実的でないわけです。各地域に応じた前提条件の中で最も効果的なプランを作っていくべきだと思います。

ただ、これも言うは易くですね…、おそらくそういうことを始めると中央省庁からそれぞれ圧力がかかってうまくいかなくなるケースが出てくると思います。そこで地方の方々から「ぜひ俺たちにやらせてくれ」「できるだけ無駄な予算を使わない方向で俺たちにやらせてくれ」と、そういう声が挙がってこないといけない。これまで地方自治体は地方分権と言ってきていますが、最終的には地方自治体にどこまで根性があり、やる気があるのかということが問われていくのだと思います。

実際のところ、国と地方の関係を言うのであれば、今の仕組みのほうが良いのです。全国すべてではないですが、税収と地方間を調整する地方交付税を考慮すると、人口1人当たりでは、東京より豊かな県が実はいくつかあります。単に各都道府県の税収を人口1人当たりで比べたら東京が圧倒的に高いし、東海地域がそれに続きます。しかし、実際は交付税で全国を平均的にならしているわけです。それでならして均一になるならともかく、実態は東京より豊かになる県がある。そういった地域は今の仕組みのほうが良いと思うでしょう。これはある意味麻薬のような仕組みです。ですから、分権というのであれば、地方自治体にそれなりの覚悟が必要です。地方分権の意義がまさに問われている。

これについて少し暴論的に言えば、地方分権とは格差が出ることなのです。分権は、極端に言えば、自分たちで勝手にやるということです。もちろん、どの程度まで格差を許容するのかという点については議論が必要だと思います。国としてどこまで許容するのかは考えなければいけません。ただ、分権というのは、私は論理的に言って格差が出る話だと思います。

しかし、地方自治体の方で格差が発生することについて「許容します」と言った人を私は見たことがありません。もしそれだけの覚悟がないのであれば、国からお金を貰っていたほうが楽なのです。が、国の負担といっても、それはただではありません。請求書は、将来世代に回ります。そしてまさにここにおられる方々の大半が、今の世代が付けまわした請求書の支払いを続けなければならないということになります。本当に地方分権と言うのであれば、そういう覚悟を持って「俺たちにやらせてくれ」と言うべきだと思います。

いやいや「政治の覚悟」が先だろう

田幸:ありがとうございました。岡本さんお願いします。

岡本:田中先生がおっしゃった覚悟を示すというのは私もその通りだと思います。そして、今の復興構想会議に一番欠けているのが「政治の覚悟」だと思うんです。提言には政治の覚悟が何も書いていない。いろいろな提言が書いてあるし、いろいろなアイデアも書いてありますが、まずは中央の日本国政府が覚悟を示すべきです。そのうえで地方の覚悟を求めるべきです。

そんなふうに思いますが、若干気になるのは、なんと言ったら良いのか…、今の日本の論調が、私もそうですし、こちらにいる皆さまも同様だと思うのですが、東京目線なんですよ。中央省庁にいる人間が地方をどう見ているかという目線になっている。提言書も同じです。少し読んでいただくと分かりますが、書き方が「こうせよ」という言い方であって、「こうしましょう」ではないんですよ。「こうしましょう」「一緒にやりましょう」という現場の視点と違っている。これが1点です。

2つ目ですが、私も専門ではないのですが、いわゆる新自由主義というのでしょうか。小泉政権以降、急速に日本を席巻した考え方です。私自身、当時そういう立場で発言していましたから「今さら何を言うんだ」となるかもしれません。ただ、そういった議論が果たして今も通用するのだろうかと思います。確かに原田先生がおっしゃったように金持ちもいます。田中先生がおっしゃったように競争で格差が生じることはあるかもしれません。しかしそれを言っている方の多くは東京の方なんですよ。それで良いのだろうかというのは、地方分権を語るときに大変気になるというのが現場感覚の2つ目になります。

覚悟を示した後で地方はどうしているのか。昨夜も少し気仙沼の人たちと飲んでいて…、遊んでいたわけではないのですが(会場笑)、「こうしよう」という話は彼らからも一部で出てきているのです。しかし今回被災を受けた東北地方全体でそうなのかというと、そういうこともできないほど壊滅的打撃を受けている地区がたくさんある。その中で競争力だとか格差だとかということばかり東京から発信をして、日本国はどうなるのかという感覚をどうしても持ってしまう。

果たしてこのままで良いのだろうかと。そんな世界を皆さんも本当に望んでいるのだろうかと、少し本気で考えないといけないのではないでしょうか。これは政治の問題だと思っています。皆さんどうでしょうか。3月11日以降の100日間、民主党も自民党も何をやってきたのかと思いませんか? そこはやはり考えなければいけない。民間自体がどうのと言われることもありますが、基本は政治が変わらないと何も変わらないですよ。そこを示さなければ復興もないし復旧もないと思っています。

できる所から始めて広げていくしかない

田幸:ありがとうございました。ここで「政治・行政・民間の役割はどうあるべきか」という本セッションのタイトルにも絡むことですが、岡本さんのご活動に大変関心があります。復興計画については被災地からもいろいろなアイデアが現場レベルから出てきているようですが、自治体によっては職員の方の多くが被災されている事情により、中核となるキーパーソンがなかなか出てこないのが現状であると伺っています。

今回気仙沼市での復興プランに、三菱UFJリサーチ&コンサルティングさんが参画された経緯は、まさに市長の強いリーダーシップにより、地方自治体とシンクタンクで協力連携が実現しました。岡本さんのご経歴は見ていただくとお分かりの通り、MBAホルダーでありアカウンティングの専門家で、公会計の分野での第一人者です。そういう方が民間の知恵を活用して、地方自治体の首長をはじめとした行政と共にプラン作りに参画されることは、ひとつのあるべき姿なのかなと感じますが、いかがでしょうか。

岡本:震災直後からシンクタンクの人間として何かできないかということをずっと考えていました。そこで瓦礫処理のボランティアに入るという選択肢もありますが、それなら原田先生がおっしゃったような屈強な若者が入るほうが良いというか、ロートルではお役に立てない(会場笑)と感じていましたので。ですからなんらかのプラン作りや知恵出しという形でお手伝いできないかと考えていました。我が社でも議論していたのですが、やはり先ほどの議論の通り、地元というか基礎自治体の計画が基本になるだろうということになったんです。

気仙沼に関して言えば私の知り合いの大学の先生が気仙沼出身で、その先生とたまたま話をして市長のところに行ったことがきっかけでした。必ずしも最初から気仙沼でなければいけないと思っていたわけではなかったんです。気仙沼は亡くなられた方や行方不明者が多かったし、大きな火災もありましたが、市役所の職員で亡くなった方は1人、行方不明者は1人と、ほかの市役所などに比べると損害は少ないほうだったのです。まず気仙沼から始めて、その後周りに広げていきたいなと。今はそういう感覚でいます。

会場の皆様がどういった経歴の方々なのかを私は詳しく存じ上げないのですが、やはり今は復旧がメインになっていますよね。しかしその先にどうしても…、ここは原田先生と意見が異なってしまうのですが、大きな絵を描くことが必要になると思っています。特に産業をどうするかというのが地元では一番大きな問題になっています。確かに無駄なものを作ってはいけないと思いますが、明るくて、新しい産業はやはりそこに作っていかなければいけない。ですからこういう所に集まっていらっしゃるような、気仙沼の外にいらっしゃる方もどんどん入ってきて欲しい。一緒に知恵を出していただきたい。

田幸:ありがとうございます。ここから先はフロアとのインタラクティブなやりとりに移っていきたいと思います。皆さんのほうからご意見やご質問をいただきながら、さらに議論を深めることができればと思いますが、いかがでしょうか。

会場1:失礼な言い方になってはいけないのですが、私としてはそもそも震災があってもなくても、考えていかなければいけなかった社会問題があったはずだと感じています。そこで本当はどうしようとしていて、その上で震災にどう対応していくのかという議論があまり聞こえないように思います。少子高齢化は既に問題になっていたわけであり、それに対してどういった社会モデルにしていくべきかについてはずっと前から考えていなかったのでしょうかと。そういった視点について皆さんのご意見を伺いたいと思っております。

会場2:今回、そもそもの被害規模がどれほどになっているかと考えてみたときの実態はどうなのでしょうか。原田先生は先ほど6兆円というお話をされました。ただ、現状では原発関係でも2次被害という形で諸問題が発生していると思います。そういった部分を含めて復旧を考えなければいけないのではないかと素人目には感じます。原発は東京電力の補償だから違う問題だというふうに考えてしまうと、それこそ縦割りの話に聞こえてしまい、私は違和感を持ちます。この点についてどのように思われるかを皆様にお伺いしたいと思いました。

会場3:原発問題についてもう少しお話を伺いたいと思いました。私は関西から来たのですが、阪神淡路大震災との違いには原発問題の有無という考えもあると思います。漁業の話であれば汚染の可能性といった議論もあると思いますので、その点、ご意見をいただければと思います。

会場4:地方公務員をやっております。地方に委ねる、あるいは地方の覚悟というお話がありました。やはり、枠組みを壊すということが必要なのではないかと感じました。行政は「行政はこれをやりません」と、やらないことをはっきりさせるべきではないかと。どこまでが行政の役割かを明確にしなければいけない。それがあって、民間に委ねる部分は思い切って民間に委ねる。場合によって、日本だけで手に負えない部分があれば外国の方を国の会議にお呼びするという選択肢もあるでしょう。今までにやったことのないこともやっていかなければいけないと思いました。政治は既存の枠組みにこだわらず、枠組みに縛られない環境を作っていくためにどこまで思い切ることができるかが一番の問題だと思います。昨日からの議論で、政治家の先生もいらしていたのですが、日本全体の仕組みについて昔からの形でやり続けているところに一番の問題があると思います。

会場5:私は福井県出身で、原発の町で育ちました。田舎で育ったので、地方の荒廃ぶりを実家へ帰るたびに強く感じています。ですから先ほどの地方分権では格差が出るとおっしゃっていたことも、確かにその通りかなと私自身思いました。原発というのは国策でやってきたところがあり、その国策で地元には雇用や産業が生まれているという面がやはりあります。それによって発展してきたところがある事実からすると、地方分権というのは、田舎にとっては“すべきではない”のかなという思いもあります。それについてご意見いただければと思います。

会場6:私は仕事で長田区を回っておりまして、原田さんのお話には大変共感しました。ここでは政治について少しお聞きしたいと思っています。先日政局がらみで震災対策本部の方がお辞めになったことに私自身は強い怒りを覚えました。こういった点について、政治で担当者が頻繁に代わることでどのような実害が出るのかをお伺いしたいと思います。

原発がだめなら火力にすればいい

田幸:ありがとうございました。ご質問は大きく4つに分類できると思います。1つ目は原子力関係のお話。2つ目はそもそも日本が抱えている本質的な構造問題。3つ目は地方分権の問題。4つ目が政治の問題ですね。原田さんには日本がそもそも抱えている課題と原子力について、田中さんには行政と分権について、そして岡本さんには政治について、お話しいただきたいと思います。

原田:地震がなくてもやらなければいけないことはあって、それがどうなっているのかというのは、大変貴重なご質問だと思います。ただ、これについて喋っていると1時間でも2時間でもかかってしまいます(会場笑)。それで田幸さんを含めた4人の共通認識として話を絞っていきましょうということでした。これについてはまた別の機会でお話させていただこうと思います。

で、原子力について。原発がだめだから自然エネルギーとおっしゃっている方が多いようですが、私は原発がだめなら火力にすればいいと思います。経産省は原子力が一番安いと言っていると思っていたのですが、もう数年前に原子力のコストはほかのエネルギーと比べて大差ないと言っていたんです。役人の変わり身の速さ、恐るべしですが(会場笑)、やはり経産省は頭がいいなと思います。会場に経産省の方がいらっしゃるかもしれませんが、つくづく感心しました。いろいろなことを考えていくと原子力が安いかどうか分からないと、経産省は既に認めていたんです。私、このことをつい最近まで知りませんでした。

処理費用が一体いくらなのか誰も分からない。ここで言う処理費用は今回の原発事故ではなく、使用済み核燃料の処理コストです。ほかにも色々なものが入っていないと指摘されてネットでも評判になっていますから、皆さんご存知だと思います。

そういうことまで考えると安いかどうか分からない。すると火力との違いはCO2を出すか出さないかです。ところが原発も、使用済み核燃料の処理にせよなんにせよエネルギーを使いますからCO2は出ます。ですから原発はCO2を出さないという話も本当かどうか分からない。そのうち経産省は「いや、CO2も同じぐらい出ます」と言い出すかもしれません。今の段階では原発のほうがCO2排出量は少ないと思いますが。そうすると放射性物質を出すかCO2を出すか、どちらが良いかという違いだと思うのです。で、私にはよく分かりませんが、CO2のほうが放射性物質よりはましではないかと思っています。「地球温暖化の危険があるから放射性物質よりCO2のほうが怖い」という人もいるのでしょうが。ここまでいくと科学論争になります。私はここでは十分な知識を持って議論する力がありません。ですからこれぐらいにしておきます。

それから「仕事で長田区を見て共感できた」と言っていただいたことには私も安心しました。私の考えてきたことが間違っていなかったということで、自信を持ちました。大変ありがたいと思っております。以上です。ありがとうございました。

ナショナル・ミニマムか格差容認か

田幸:ありがとうございました。田中さんお願い致します。

田中:まず中央集権か地方分権かについてですが、たとえばイギリスは日本よりはるかに集権的で、地方自治体の仕事は限定されています。しかし、それでもイギリスは地方間でかなり差があります。高品質なサービスを提供する市町村とそうではない市町村では、日本で言うところの固定資産税が3倍から4倍ぐらい違います。赤字を出すと、税率を上げなければならない仕組みがあります。ですから、高品質なサービスを提供する市町村は税率が3〜4倍高い。そういったやり方もあるということです。

日本の国と地方の問題は、例えが悪いかもしれませんが、30歳になっても親離れしない子どもと、子離れしない親のような関係だと思います。実は各省庁…、これも本当は議論しなければいけないのですが、彼らは「ナショナル・ミニマムだ」と言うんです。ですから、全国一律の基準にして、国がお金を配分することになります。そこに異論を唱えるのであれば「俺たちで勝手にやるんだ」と言う覚悟が必要です。格差は出るかもしれないけれど、自分たちにやらせてくれと言わなければいけない。

たとえば去年、保育所の基準を巡って「大都市では面積が確保できないからもっと緩和してくれ」という話がありました。保育所の基準などは、昔であればともかく、現在、なお国が統一的な基準を定める必要があるのでしょうか。極端に言えば、どうでもいいじゃないですか(会場笑)。どうでもよいというのは各自治体が決めるという意味です。もしそれで事故が起きるのであれば各自治体が責任を取る。それが地方分権だと思うのですが、そのような声は出てこなかったと記憶しています。やはり国がナショナル・ミニマムで同じ基準を全国どこへでも適用すべきだということであれば、分権などと声を大きくするのは控えるべきです。どちらが良いということではなく、どちらを選ぶかということです。

それからもう1つ。おそらく日本はただちにギリシアみたいにはならないと思います。なりませんが、「茹でガエル」状態が続き、負担を若い世代に転嫁することになると思います。日本は、それができてしまう世界的にも非常に稀な状況にあります。赤字がどんどん増えても、です。財政赤字が直ちに悪だと言うつもりはありません。本当にそのお金を使って意味のあるものを作り、国民に対して良いサービスを提供できるのであれば、借金も意味があると思います。ただ、まさに原田先生がおっしゃったように、予算の配分は現実にはそうなりませんから。結局は負担を将来世代に付けまわす形になる。これを打開すべく、国民は政権交代に期待したわけです。“something change”だと。残念ながら、見方によっては、前より悪くなっているので、やはり茹でガエル状態は当分続くのではないかと思います。

「なんとか基本法」ばかりが積み上がっていく…

田幸:ありがとうございます。では岡本さんお願いします。

岡本:担当者が代わることでどんな弊害があるかというご質問ですが、これは一般論ではなく自分の経験を申し上げたいと思います。橋本行革で98年から2001年を目標に…、橋本さんご自身はもう辞めておられましたが、行政改革会議最終報告というのが提出されました。それに基づく基本法が作られた。当時は100人ぐらいの民間人を入れた事務局を作ろうということになったのですが、98年7月の参院選で自民党が大敗して橋本総理が辞めてしまった。中央省庁等改革基本法に思い入れがあった橋本さんが辞めてしまい、次の小渕政権となって事務局だけが残りました。

すべてそうなんですよ。いつも「なんとか基本法」というのを作りますが(会場笑)、問題は「実行」なのです。当時も事務局が一気に集められて「さあ、やりましょう」となったのですが、総理が代わってしまった。私自身、そのケースを2回経験しています。これはどうしたものかと。選挙に負けてしまったというタイミングの悪さもありますが、ある政策を掲げた総理はその政策を見届けるまで総理であるべきなのだと思います。そういった責任の取り方が大事だと思うのです。

2回目は国家公務員制度改革基本法です。これも基本法を作り、当時の福田総理や渡辺喜美大臣が「さあやろう」と言った後、すぐに福田さんが辞めてしまった。それで麻生政権になったんです。こういうことを繰り返しているんですよ。これ以上繰り返していると、本当に日本国が危なくなるという気がします。基本法を作り、その後日程を作っていくのはいいんです。ただ、その後の実行スピードが問題なのです。責任を持った総理、担当大臣、あるいは行政の責任者がしっかりした体制で物事を作っていかないとだめだということを身をもって感じます。

田幸:どうもありがとうございました。本セッションでの議論により、皆様が何かを考え、そして行動するきっかけになれば幸いです。

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