三菱ケミカルホールディングス社長 小林喜光氏 「リーダーの使命と挑戦 —快適で持続可能な社会に向けた経営とは」(講演) 

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小林でございます。今日は金曜日。仕事終わりの夜7時だというのに、まだ勉強しようとお集まりいただいた若い方々を拝見して、私としては「まだ日本は大丈夫だな」と感じました。正直、皆さんの貴重なお時間を有意義に生かせるかどうか自信はないのですが、私ももう63歳でございます。

3兆円企業のトップというと、雲の上の存在のように感じられるかもしれませんが、私も学生時代は一介の悩める青年だったんです。

存在の希薄さに悩む青春時代、イスラエルで出会った人生を変える啓示

私はいわゆる全共闘世代でして、学生時代は東京の満員電車で揺られながら、「自分はなんで生きているんだろう。よく分からないな」なんて悩んでいました。自分という存在の希薄さにつくづく厭気が指していました。とにかく苦しかった。満員電車のなかで自分の心臓が動いている。で、200も300もある心臓のなかで自分の心臓にはどんな価値があるのか。そう悩んだりしていました。1972年ですから40年近く前です。

当時は実存主義的悩みがあった。ニーチェやサルトル…、自分という存在そのものがまず分からないなんていう原点から悩み始めていました。全共闘世代ですから。ただ、ゲバ棒を振り回していたというより、渋谷で毎日酒を飲みながら馬鹿なことを言っていたタイプですが(会場笑)。私は性格的に理科系ではなく文学、文科系なんですよね。

そんな時期、たまたま大学キャンパスでイスラエルのヘブライ大学へ留学出来るという募集広告が目にとまりました。そこで国費留学試験を受けてみたら合格したので、晴れてヘブライ大学へ留学することになった。岡本公三らのテルアビブ空港乱射で大騒ぎになっている数カ月後の出来事です。

当時の私は「ユダヤ人っていうのは一体どういう連中なんだろう」という気持ちを持っていました。ノーベル賞受賞者も数多く輩出しているし、ニーチェやマーラーといった哲学者、芸術家も多い。なぜこうも次々と天才的な人物が現れるのだろうと不思議でたまらなかった。また、私は大学で放射線化学やアモルファス物質を研究していたのですが、この分野でもユダヤ人が強かったんです。

恐らく2010年8月上旬に雑誌の「プレジデント」へ掲載されると思いますが、100人ぐらいの企業経営者がそれぞれ推奨する著書という特集が組まれ、私もインタビューを受けました。そこで紹介した本は、山本七平が書いた『日本人とユダヤ人』という1970年に出版された本です。今でもたまに読み返す本ですが、そのなかで日本人とユダヤ人の違いが数多く指摘されていました。

日本はモンスーン気候で四季のある国ですが、イスラエルは砂漠。日本人は農耕民族で定住していますが、彼らは狩猟民族であり遊牧民であり、そして放浪の民です。また、日本人はすべてが神になる多神教ですが、イスラエルは神と契約を行う一神教。さらに…、今は状況もだいぶ変ってきましたが、当時の日本人にとって安全と自由と水はただでした。ところがユダヤ人にとって安全というものは一番高価なものだった。本は歴史や文化まで幅広く触れていて、「日本教というのは理外の理であり、法外の法であり、言外の言〜」とか色々書いてあった。当時はそれを読んで「うーん…」なんて納得していたんです。

イスラエルでは、偶然ですが現在80代で大統領をやっておられますシモン・ペレスさんの、当時の秘書を務めておられていた方の実家に下宿をすることとなりました。ここでイスラエル人の人生哲学などを深く勉強することになりました。

シナイ半島の砂漠で黒いショールを纏ったアラブの女性が黒いヤギを連れて歩いているのを見たことがあるんです。オアシスから見ていると、もう本当に何もない世界でその二つだけが動くんですよ。それで、「やっぱり生きてみよう」と思った。生きることがどれ程大切なことかを実感したんです。存在の耐えられない軽さに苦悩する青年が、その光景に救われたんです。だからモハメッドが受けたという「啓示」も、意外と何もないところにあるのかもしれません。

今日はそんな「啓示」にはならないとは思いますが、我が人生を包み隠さずお話ししながら、会社への思いやロマンをお伝え出来たらと思っています。

三菱ケミカルホールディングスとは

まずは三菱ケミカルホールディングス(以下、MCHC)についてご紹介します。総合化学というと、馴染みのない皆さんも多いかもしれません。出来るだけ噛み砕いて説明をしていきます。グループの事業会社は現在4つ、グループの2011年3月期予想は売上高が3兆2500億、営業利益が1560億といった規模です。

総合化学と言うと「何でもやっているが儲かっていない」と揶揄されるのですが、素材からヘルスケアまで本当に色々と手がけています。領域としては3ドメインあります。医薬品などを扱う「ヘルスケア」。光ディスクや電池材料などの「機能商品」、そして合成樹脂などの「素材」。この3ドメインでバランスをとりながら経営しています。売上高に占める割合は素材が半分以上で、機能商品群は30%、ヘルスケアはまだ15%です。ただ、営業利益で見てみるとヘルスケアの割合が最も高く、その後に素材、機能商品と続きます。

グループの理念は「GoodChemistryforTomorrow」という言葉で表しています。ここでいうケミストリーには、化学というだけでなく「相性が良い」といった意味も込められています。4つの事業会社、あるいは3分野わたる事業ドメインのケミストリーでもありますし、「Sustainability(資源・環境)」、「Health(健康)」、そして「Comfort(快適)」という判断基準(クライテリア)のケミストリーでもあります。

また当社では、サステナビリティ、ヘルス、コンフォートという3つのキーワードをもとにそれぞれの事業戦略を評価しています。その最終目的は「KAITEKI」。英語の“comfort”だとどうも伝わらないところがあるの日本語の「快適」をアルファベットで書きました。この部分についてはまたのちほどご説明いたしましょう。

そもそも総合化学とは一体どういったものを目指すべきなのかを考えると、もう少し別の見方が必要になってきます。たとえば自動車会社なら「4つの車輪にひとつのエンジンが搭載された商品をつくる会社」と分かりやすい。ビール会社なら「アルコール度数5%前後水溶液でのどごし良い商品をつくる会社」と、従業員も納得しやすい。そういうものをつくって社会に貢献しようとしているのだと理解しやすいんです。でもケミカルカンパニーは非常に分かりにくい。

我々は細かく数えるとおよそ10万点もの製品をつくっています。自動車も5万点ぐらいのパーツを使っているのかもしれませんが、最終的にひとつのプロダクトに仕上げます。しかし弊社はありとあらゆるものをただ産業の基礎として提供している会社です。こうなると社員としては、どのように社会へ貢献しているか分かりづらい。私も会社に入って三十数年経ちましたが、「一体うちは何を志向して成り立っているんだ?」と、いつも不思議に思っていました。

社長に就任したとき、「何かひとつ、全社員で共有出来るベクトルを見つけなければいけない」と思いました。となると「ChemistryforTomorrow」だけではまだ茫漠としています。少なくともテニスで言えばラケット、ゴルフで言えば14本のウッドとアイアンといった道具とやり方をもっと明確にしなければいけないんだと思いました。

それがグループのモットーである「APTSIS」です。APTSISそのものは造語ですね。「カタルシス」とか「アナリシス」とか…、ギリシャ語でいう“ある状態”を表す「SIS」を無理矢理付けました。そこに「APT」を付けて、“適切な状態”という意図を込めています。これはそれぞれ、私が重要だと考えているキーワード6種類の頭文字をつなげたもので、具体的には次の6つの行動規範を指します。

・Agility(俊敏さ、とにかく速く)
・Principle(原理原則・理念の共有)
・Transparency(透明性・説明責任・コンプライアンス)
・SenseofSurvival(崖っぷちにあるという意識・危機感)
・Internationalization(グローバル市場でのパフォーマンス向上)
・Safety(安全)、Security(安心)、Sustainability(持続可能性、環境対応)

「APTSIS」なる言葉をつくってもう3年半になります。私はこの話を今でも社員に向けてしつこく話し続けており、ぜひ浸透させようと思っています。なぜか。21世紀の企業経営ではこれまで言及されてこなかったサステナビリティが最大のテーマになると思っているからです。

21世紀の企業、キーワードはサステナビリティ

「Managementofsustainability(MOS)」という言葉を提唱しています。これだけ人口が増え、水資源が枯渇し、CO2による地球温暖化が進んでいる現在、地球自体が危ないという状況にあって、果たしてMBA的な従来の経営パラメーターだけで企業活動を行って良いのか。MOSとはそういう考え方から生まれたものです。

そもそもサステナビリティという言葉は、5年程前から主にヨーロッパで議論されはじめるようになりました。現在は日本でも大学院などに「サステナビリティ学」なんていう科目が出てきています。どうすれば企業活動に継続性を持たせることが出来るのかというのが基本となる考え方ですね。

現代のようなネット時代になりますと、コンマ何秒かですべての情報がグローバルに伝わる。これは世界中が“金太郎飴化”している状況とも言えます。シンガポール、カリフォルニア、ロンドン、そして日本で、ほとんど同時並行的に同じことが考えられ、行われるようになってきた。弊社が取り組んでいるリチウムイオンバッテリー部材やLED照明、あるいは有機ELについても、もうありとあらゆるところで同じように生産、消費されています。また、アナログからデジタルにどんどん変わっていくなかで、パッケージングさえすれば誰でもすぐにひとつの商品が出来てしまう環境になってきた。

こういう現代のビジネス環境で、企業は一体どのように活動していくべきなのか。私としては、やはり事業もソリューション提供型でないと意味を成さないということになるではないかと思っています。だとすれば、どういう形で差異化して競争力を身に付けるか。さらに「そもそも他とは違う価値って一体何だろう」となってくる。この辺が非常に重要なポイントだと思います。

たとえばグロービスさんで基本としているファンダメンタルなパラメーターといえば、当然ROE経営や資本効率ですよね。たしかにリーマンショックまではそれらのパラメーターがすべてだと言われていました。しかしクライシスが過ぎた今、「本当にこれだけで良いのだろうか」という思いもまた、皆さんのなかでも少しずつ湧き出てきているのではないかと思います。資本主義は金融資本主義であり、CO2さえバーチャルに取引材料になってしまう。もちろん、それが当然という見方はあるでしょう。また、これと並行してテクノロジーそのものを前に進めるという技術経営(MOT,ManagementofTechnology)軸もある。今までは基本的にこの二つの軸でやってきたんだと思います。

私はそこに、CSR的な、持続的経営を目指していくような新しい経営軸を入れたい。将来、世界の人口は60億から90億に膨れあがっていきますが、資源は逆に減っていきます。石油は50〜100年、石炭や天然ガスも100〜200年で枯渇すると言われています。「25%削減」だの何だの言う前に、この小さな地球が人間の活動によって消費され、汚され、すでに最終局面に来てしまったということを意味しているのだと思います。

そういうフェーズにあることを認識したうえで、どうすれば地球や人間が持続的でいられるか。このファクターでものを考えないと、もう取り返しのつかない状態になってしまう。それならば、会社経営も同様に考えていこう。そんな第三軸、すなわちManagementofSustainablity(MOS)の概念が重要なのではないかということです。さらに言えば、そこに時間軸を入れた四次元経営とも言うべき経営手法、あるいは判断基準が必要になってくるのではないでしょうか。

もちろんバイオやヘルスケアにおける新しいイノベーション、そしてグリーンイノベーションの手法としてMOT(ManagementofTechnology)は有効ですし、自社のセグメンテーションで足りない部分を補うM&Aや、アライアンスによりシナジーを出すなどの手法としてのMBA的経営軸も当然必要です。しかしここにMOSと、さらに時間軸を加えていこうというのが、MCHCの四次元経営なんです。それが最終的には地球、人間、企業、そして社員のKAITEKIに繋がっていくという訳です。

CO2悪玉論を再考するLCAという概念

ただ、温暖化の原因となるCO2をお金とトレードしようなんていう発想まで生まれてくるくらいですから、ここ5年ほどは温暖化との関係でCO2だけをつかまえて悪者にする風潮がありました。CO2を実態としてどう減らすかという技術や議論が必要なのに、どうも金融本位でバブリーな…、文字通りCO2と言う泡がヨーロッパでは噴きつつあった。

大切なのは“新・炭素社会”の構築という視点です。日本では「低炭素社会」なんていう言葉が使われていますが、むしろ「SustainableCarbonSociety」のほうが適当な言葉ではなかろうかと思いますね。あるいは「DE-fossilization(脱・化石燃料)」という見方をしてもいい。何故ならCO2には輪廻があるから。輪廻はラテン語で「metempsychosis」と言うのですが、要するに植物はCO2があるからこそ光合成が出来る。

植物はCO2と水と太陽光から炭化水素をつくる訳です。そして動物は植物がつくり出した炭化水素を採り入れて、酸素を吸って、またCO2をはき出す。世界にはそういうCO2の輪廻がある。共生とも言えますね。植物と動物の共生で成り立っているそんな平衡状態があるからこそ生態系は成り立っているのに、闇雲に炭酸ガスだけ減らしてしまったらすべて崩れてしまいます。当然、動物も生きていけなくなります。ですから、これからは生物多様性もテーマとして踏まえつつ、新しい炭素社会を総合的につくり出していくテクノロジーが必要になると思っています。

ですから「LCA(LifeCycleAnalysis)」とも言うべき概念を導入する必要もある。CO2を直接排出する鉄や化学産業だけを悪者にして、それを使ってつくられた最終商品を享受している産業はまったく関知しないなんていうことではいけないということです。たとえばカーボンファイバーをつくる際にはかなりのCO2が出ます。しかしカーボンファイバーのような軽量部材が飛行機や自動車のボディとして採用されるようになったからこそ、化石燃料の使用が減ったという事実だって厳然とある訳です。それによって、結果的に社会全体での化石燃料使用が大きく減ったとか、そういう視点があまりにも欠けている。直接CO2を吐き出しながら製品をつくり出すのは悪であり、その製品を利用した人は無意識で「善」だと思ってしまうような感性、あるいは社会的な気分を、弊社としては何とか払しょくしたいと思っています。

代替資源を生むグリーンイノベーション

また、枯渇資源に替わるサステイナブルリソースを生む技術も重要になるでしょう。ケミストリーというか「NovelCarbonAlchemy(錬炭素術)」なる技術こそ、現代のAlchemy(錬金術)と言えるのではないでしょうか。グリーンイノベーションという時間軸を通し、最終的には植物がやっていることを人間が実現していく。炭酸ガスからエネルギーなりケミカルをつくるという視点が大切なんだと思います。材料屋さんというか、ケミストリーをやっている人間としての大きな提案ですね。

我々は現在、新しい事業の創造ということで6つの分野に取り組んでいます。これによってエネルギー消費、ひいてはCO2削減に貢献する新しい技術なり商品群をつくり出そうとしているところです。具体的には白色LED、有機EL、リチウムイオンバッテリー部材、自動車用軽量化部材、植物由来の材料を使ったケミカル、そして有機太陽電池の6つです。これはかなり高度なカーボン材料を細工していくことではじめて生まれるプロダクトです。

非常に端的な例をご紹介しましょう。化学なりサイエンスに近い人はご存知かもしれませんが、たとえばリチウムイオンバッテリーの電解液は社会に嫌われているCO2を直接原料として採り入れます。電気自動車のコアになるリチウムイオンバッテリーの電解液はそのようにしてつくられているんです。

ポリカーボネートというプロダクトもあります。いずれガラスにとって替わり、軽量化に寄与していくであろう素材で、光ディスクの基板などに使用されています。こちらも実際にはCO2とCOから合成されるプロセスがあります。

このようにさまざまな素材で使用されている炭素というのは、社会においていかに重要かという点をぜひ理解してほしい。これら6つの事業すべてにおいて商品化およびビジネスが成功すれば、現在約12億トンという日本のCO2排出量のうち2億トンレベルでCO2削減に寄与出来るという計算も行っています。非常にざっくりとした計算ではありますが。

ものづくりからコトづくりへの転換で、黒字化

入社後の私のキャリアについてお話します。三菱化成工業では、最初に化学反応を加速する触媒の研究を行うことになりました。ポリエステル原料…、フラットパネルディスプレイ(FPD)の保護フィルムに使われているPETフィルムの原料になる石油化学製品を生産する際に使用される触媒などについて研究していました。

その後光ディスク部門へ移り、研究職に10年、その後さらにビジネスに10年従事することとなります。36〜37歳にして今までやってきた…、化学会社で言えばエリートコースである触媒分野から離れて、ゼロからの出発となるハードディスクや光ディスクの分野に進んでいった。ここから私の人生における地獄もはじまっていく訳なのですが(笑)。

うちの会社の光ディスク事業が現在どのような状況になっているかというと、ここ5〜6年はDVDなど記録メディア世界でNo.1です。「Verbatim(バーベイタム)」というブランド名の製品ですね。これは現在、三菱化学メディア(MKM)という会社で作っている製品の販売チャネルで、光だけでなくポータブルHDDやフラッシュメモリも手掛けつつグローバルに展開しています。2007年時点、ヨーロッパ市場で約40%、グローバル市場で約25%のシェアを獲得しました。2009年の世界シェアもこれと同じような状況です。

でも、ここまで来る間には大変な地獄がありました。1000億円以上という巨額の累積赤字をつくってしまい、私自身もボードから、「1年以内に黒字化しないとクビにする」と言われたんです。それも会社としてははVerbatimという会社を高く売りたかっただけであって、実際に1年待ってくれた訳ではないのですが…、まあ経営とはそういうものですよね。ただ私としては、そこで最後の意地を見せました。

まず、こういった製品分野に従事しておられる方であれば当然分かっていただけると思いますが、CDやDVDといった光ストレージ商品は、たった1年で値段が3分の1になってしまいます。5年も経つと1ドルだった単価が10セント未満になってしまう分野なんですね。幾ら新商品を開発しても、あっという間に後から来た台湾やインドの企業にやられてしまう。まさに日本の企業が技術で勝って事業で負ける典型例です。

巨額の赤字を出していた当時、私がMKMの社長として言われたのは、「営業利益を5%に戻さないと来年終わりだよ」ということです。まさに「茹でガエルに対する蛇の出現」でした。でも、場合によってはこういう手法も非常に有効かと思います。

私達は色々な手を打ちました。具体的には“7つのmust”と“3つのchallenge”です。私はこれをモーゼになぞらえて十戒と呼んでいました。7つは、R&Dの合理化など絶対にやらなければいけない施策であり、3つは、新ビジネスの開拓など出来ない可能性もあるけど、「まあ、前向きにやって行こう」という施策です。これを粛々と、しかししっかりと時間管理しながら、実施していきました。

記録メディア事業の連結経常利益推移を振り返って見ると、2000年にがたっと落ちています。台湾勢やインド勢との争いによって価格が急落し、年間で約50億円の赤字が出ました。しかしその後、最終的には2003年に150億円の営業利益へとひっくり返すことが出来ました。

ここまで挽回出来たのには新しいビジネスモデルを構築したことが大きい。「新しいビジネスモデル」という呼び方には正直「後付け」の感もありますが、人間、必死になると色々と知恵が出るものです。以前とはまったく逆の施策を打ちました。

そもそもDVD-RやCD-Rの事業では、情報を記憶させる素子となる「色素」がポイントなのですが、以前はそれを売らずに自社で囲い込んで製造していました。それをすべて、相手が台湾であろうがインドであろうがどこへでも売ることに変更しました。彼らに「色素」を売ってディスクをつくって貰う。そこで「色素」の売上や、ディスク製造技術供与のロイヤリティ収入を稼ぐんです。そして最終的に出来た商品は、つまりディスクですが、それをまた自分のブランドで売って、さらに稼ぐというモデルへ転換していきました。

ディスクの事業に携わりながら、ディスクそのものの「ものづくり」に拘らず、“仕掛けづくり”、あるいは“コトづくり”に転換したということですね。部材を売り、色素を売り、ロイヤリティも得る。そしてディスクも自社のブランド力ある販売チャネルでグローバルに売っていく。結果としては、OEM化して国際分業にすることで収益構造を変えていったということです。

このビジネスで基本になったのは、やはり我が社が持っていた「色素」というコアコンピタンスです。それがないと標準化も出来ないし、チューニングしたくても特性がうまく出せない…、そういうコアな部分をを握っていたから成功出来たのだと、今では思っています。

要するに中抜きなのです。R&Dとマーケティング&セールスに集中して、もうその中間の製造部分はは他の人たちにやっていただこうと。コアテクノロジーは自分たちが握っておいて、最終的な販売やブランド展開だけを自分で行うんです。このビジネスモデルを構築することで収益を上げることが出来るようになりました。このような国際分業における技術戦略で大切な点は、技術を「売る技術」、「出す技術」、「守る技術」、「攻める技術」と、それぞれカテゴライズして考えていく点でではないでしょうか。

そは水の音風の戯れ

最後に、経営者としての心がけに関するお話させてください。私としては、経営トップとはコンセプトをつくり、そこに向けて従業員皆のベクトルを合わせるべくリーダーシップを発揮する、という心がけがポイントになるのではないかと思っています。

私が打ち出した究極的な価値が「KAITEKI」です。この「KAITEKI」という日本語を、「KAIZEN」のように、世界で通用する言葉に育て上げたいと思っています。それをやるツールが「APTSIS」です。そしてその実践課程での判断基準(クライテリア)はサステナビリティであり、ヘルスであり、コンフォートである。それを、今もしつこく下に言い続けているところです。

漫然と、「それぞれの事業が儲けていたらそれで良いじゃないか」と訳の分からないことをやるのでなく、すべてを分類して事業ポートフォリオを管理していくべきです。「この部分は成長戦略を、この部分はイノベーションを、そしてこの部分は飛躍を」という分類をする。そのあとに各事業の戦略を構築していくのが正解なのではないかと考えています。

そのような考え方から、2008年の6月に発表した2008〜2010年の基本戦略を示す経営計画「APTSIS10」では、戦略を「成長」、「創造」、「飛躍」という3つの側面に分けました。「成長」に掲げたのは既存事業の拡大、成長品目の高機能化および高付加価値化。そして「創造」戦略として新規育成事業を7つに定め、効果的なイノベーションに繋げていくため、かつては研究所で100から200やっていたテーマを、その7つにまで絞り込みました。また、「飛躍」のための戦略は、新たなポートフォリオを手に入れる為に時間を稼ぐ、という観点でアライアンスとM&Aですね。

ところがこの戦略を発表した4カ月後にリーマンショックが起きました。そこですぐにベースをつくりかえ、「大収縮に即応し、構造改革、創造・飛躍を加速する」というコンセプトに変えました。石化と機能化学の分野で大規模なリストラを断行し、創造戦略も「7事業さえ多すぎる」ということで、白色LEDとHEV用リチウムイオンバッテリー部材の二つにより集中するなど、リストラをさらに加速させることにしました。また、スイスのクオドラントという会社と戦略的提携を実現したほか、日本合成化学工業を連結子会社化、太陽日酸を持分法適用会社化。最近では三菱レイヨンにグループへ入って貰う、といったこともしています。石化や機能化学のリストラでは合計で約3000億円の売上規模となっていた複数の赤字事業を2〜3年で撤退させ、150億の営業赤字を消していますが、このM&Aなどにより売上高は6300億円、営業利益は350億円増やしていきました。

MCHCに「ChiefSustainabilityOfficer(CSO)」なる役職を新設し、国際社会や産業界への対応、あるいは地球温暖化ガス削減に向けた具体的取り組みを進めています。LCAを本格的に研究するプロジェクトも動き出しています。同時に去年の4月には地球快適化インスティテュートという会社をつくりました。

本日は冒頭でMOSと申しあげましたが、地球は有限であるという認識のなかで化学がどんなソリューションを提供出来るか。すると「アクア(水)」、「ソーラー(太陽)」、「ウィータ(命)」というキーワードが出てきた。このテーマに基づいてバーチャル、そしてオープンかつイノベーティブな場で研究するのが地球快適化インスティテュートと言う事も出来ます。

研究所の建物自体はなく、本社の一角にPCと机があるだけですが、各大学のさまざまな機関に研究を委託していきます。また、シンクタンク的な手法を採り入れて、CO2の炭素資源化や太陽光で水の分解について研究していきます。最終的には「快適とは何なのか」という感性の科学…、このあたりまでいきたいなと思っています。

これに呼応して最近では私自身、メディア露出の機会を増やしています。「トップはあまり派手なことをやらない」というのが化学業界では一般的な振る舞いなのですが、私はとにかくあちこちで化学の宣伝をして、MOSの波を広げようとしているところです。MBAやMOTだけでない第三軸、あるいは時間軸を入れた四次元経営が必要なんだと。そういう学問を大学でやってくれないかという私自身の思いは、各メディアに目を通していただければ伝わるかと思っています。

そして目下、2011年から2015年までの5年間にわたる中期経営計画を今年の12月8日に発表すべく策定しているところでございます。最近は色々とM&Aなどをやって財務体質的に痛んでいますので、最初の1〜2年はそのやったM&Aのとにかくシナジーを出してちゃんと稼ぐ。そして2013年ごろからはまた勝負をしていきたいと考えています。

次の通期経営計画において現時点で設定している売上目標は、2015年時点でオーガニック・グロースに加えM&Aが少し必要になるぐらいの目標ですが、4.7兆円です。営業利益は4000億円ですね。

最後になりますが、長男である私はこの歳ですでに会社の研究所近くに墓地を買いました。ところが、買った墓地には数年内にお墓を建てなければいけないと言うのです。それで生きてる間からもうお墓も建てちゃったんですが、戒名まで貰う訳にはいかず、墓石に書くことがない。そこで「何かないかな」と思って書いたのが、“そは水の音風の戯れ”という言葉です。“そ”は祖先のそで、転じて「この世の中は」とか「人生は」といった意味になるようです。そして“水の音”…、「古池や蛙飛び込む水の音」ですね。

“何かを生きる”というのはどういうことなんだろうと考えてみるのですが、結局のところマーケットはリーマンショックから今日まで、まだまだ先が読めません。もう殆ど風の戯れに近い。だから「自分が(永遠に)眠るときは、こんな言葉を思いながら眠るのかな」という気持ちでこの一文を選びました。“そは水の音風の戯れ”。こちらで今日のお話を締めさせていただきます。

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