元サムスン電子常務・吉川良三氏 −サムスン電子の躍進に学ぶ、グローバル市場を見据えたものづくり(後編) 

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サムスンはグローバリゼーションに伴い「開かれたものづくり」に移行した

ここで再び話を韓国に戻しましょう。私は87年にサムスンと知り合ったころから、韓国にはときどき行っていました。そこで見ていた印象としては、韓国は83年から93年まで、他の国の“良いとこどり”ばかりしていた。すべてが中途半端でばらばらなシステムだったんです。そこでサムスン会長がもの凄い危機感を持ったんですね。きっかけはサムスン製のテレビと日本製のテレビを見比べたときです。遠くからみると2台ともまったく同じで、色もちゃんと映る。デザインはどちらかというとサムスン製のほうが良いぐらいです。ところがそれを分解してプリント基板を見てみると韓国製はばらばら。日本は整然となっている。そこまでは同じ機能だからまだいいですよね。でも裏を見ると、日本は一本の線も通っていない。でもサムスン製には、プリント基板をつくった後に配線を変更しようとして取り付けたジャンパー線がたくさん走っているんです。色とりどりのジャンパー線があちこち通っていて、もう時限爆弾みたいになっている。これだと、ちょっとしたことで外れ、それが故障の原因になるんですね。「なんという技術力の無さよ」ということで危機感を持ったのが93年。トップダウンで“新経営”というフレーズを掲げ、「女房と子供以外はすべて変えたい」とまで言い切った。さらに会長は「三星」という社名も良くないと言いました。そのころからグローバルの意識を持っていたんですね。それで横文字のSamsungになりました。

で、93年以降もしばらくは日本追従型でやっていたわけです。ところがしばらくやっていると、何だか日本から聞こえてくるのは「失われた10年」とか、寂しい話ばかりだった。私も見ていましたが、とにかく寂しい話ばかり来るんです。ああいうのを見ていて厭になっちゃったんですね。それで日本追従をやめようということになりましたが、実際にはなかなか追従を断ち切れなかった。そこへ断ち切らせる事件が起こったんです。97年の金融危機です。あっという間に韓国へ飛び火して外貨がぜんぶ逃げていった。これは大変でしたよ。サムスン社員だって皆、リストラされた。特にサムスンの社員は、サムスンに入るために「おぎゃー」と生まれたときから英才教育を受け続けてきた人ばかりだったんです。で、やっと入社したらクビを切られる。しかもサムスンに入ったから結婚したという人がほとんどだったんです。だからクビになったらすぐ離婚(会場笑)。それはもう可哀想でね。即離婚される。そういう部下をたくさん見てきました。皆離婚されるから、当時はソウルの離婚率が一時的に35%まで上がったんです。もちろんサムスンだけではなく、ヒュンダイもLGもほとんどの財閥がクビを切っていました。

そんなところからもの凄く頑張って、97年に国際化からグローバリゼーションへ移行していきました。結局、危機意識があったんです。日本人に足りないのは危機意識。危機感はあるんですよ。でも日本人は危機がくるとサッと身をひそめて素潜りしてしまう。「ちょっと苦しいけれど、もう少ししたら水面が下がるから」と言って、潜って鼻をつまんでいる。そして3年ぐらいすると水面が下がってきますから、バッと顔を出して「わー、やっと青空が見えた」と言いながら設備投資をする。いつもこのパターンでしょ?そして危機が過ぎると忘れてしまう。これが危機感です。でも、危機意識とは危機感を常に持つということ。良いときでも持つんです。特に韓国は隣に北朝鮮があって、攻めてこられたら4時間でソウルが火の海になる。それは強い危機意識を持ちますよ。私も10年住んでいて、本当に危機意識の毎日でした。「どうしよう」って。西や東でしょっちゅうドンパチをやっているんです。このあいだの哨戒艦沈没は日本でも大きく報道されましたが、小規模なドンパチならしょっちゅうやっています。

そんな事件があると日本の大使館から通達が来るんですよ。その内容がひどくて、「日本円で100万円か1万ドル、現金で常に持っておいてください」って(笑)。「何かあっても大使館は何も出来ません。だからお金を配って南へ逃げてください。釜山まで来たら何とか軍艦出して保護してあげます」とかね。そんな通達が来る状況なら危機意識を持つじゃないですか。日本に帰ってきたらコロっと忘れましたけど(笑)。とにかくこれから危機意識を常に持つことが大事なんです。サムソンのグローバル化は「女房と子供以外はすべて取り換えたい」という悲痛な叫びだった。その結果、AV、情報通信、白物家電、半導体…、十数年前は日本が押さえていた多くのグローバルシェアも、サムスンやLGが奪いました。デジタルカメラも現在はキヤノンが一位ですが、そろそろ来年ぐらいに抜かれますね。李会長がいちばん言っていたのは、「グローバル企業の条件は営業利益が二桁以上あること」です。これに合格する日本企業は、信越化学、村田機械、東京エレクトロンなどの数社ぐらい。彼らも今年はだめなんですよね。ほとんどなくなってしまいました。さらに「ROEは10%以上が超優良企業の条件」と言う。これを守らない社長はすぐクビになってしまうんです。日本企業なら3%あれば良いほうですよね。そんな、お互い傷を舐め合っているような日本企業はほとんど、残念ながらトヨタでさえグローバル企業として認知されていないんです。危機感ではなく危機意識。彼らは生き残りをかけて三星自動車の売却まで行いました。李会長は本当に車が好きで、車づくりが夢だったんです。それでやっとの思いで日産と提携してセフィーロをつくったときに、金大中大統領(当時)が売ってしまえ、ということになった。それが結果的に危機を乗り切った理由にはなっているのですが。

ここでサムスンの変化をアカデミックに表現すると、モノの流れから設計情報の流れという「開かれたものづくり」にしたというポイントがあります。カタカナのモノは有形な人工物だと考えてください。顧客にとって価値のあるものを、設計上のモノにつくり込むという意味ですね。日本の製造業は現在、ほとんど形のあるモノに情報が流れているから、組織の管理情報がすべて生産技術や生産会議からつくられていく。サムスンはそれを設計情報の流れに変えていきました。工場の生産現場だけによる閉じたプロセスにせず、企画部門、開発部門、協力会社、あるいは顧客まで巻き込んだものづくりを実現していった。ここで大事なのは顧客の顧客という視点です。日本のメーカーは顧客を見ているけれど、顧客の顧客を見ていないんですね。消費者のことです。先ほどお話しした電機メーカーで言えば顧客は量販店でしょ?でも量販店からモノを買っている消費者を見ていないから消費が分からない。自動車メーカーも販売代理店が顧客になっているから、自動車を買った消費者がどんな乗り方をしているかが分からない。そこでサムスンはグローバリゼーションに向けて、地域専門家制度というシステムをつくったんです。地域専門家は英語ではだめ。もちろん英語はできますが、現地の言葉をきちんと勉強するんです。インドではヒンドゥー語やパミール語を教わる。そして現地へ1年間派遣されて、現地の人々がどんな消費をするか把握したうえで企画開発に送り込んでいるんです。そういうことをしている企業のものづくりと、使おうが使うまいがどかどかと機能を追加してばかりいる日本企業のものづくりでは、もう勝負にならない。負ける理由はこれでおわかりいただけると思います。

今の日本人は、生産現場だけでなく、開発現場、購買現場、販売現場にも付加価値を乗せて売るということを忘れていると思います。資生堂やカネボウは現在、中国で対面販売をしています。日本でも昔はやっていましたが、もう見ませんよね?だから中国では資生堂もカネボウももの凄い人気がありますよ。味の素もそう。日本の食料品メーカーは頑張っていますよ。味の素は海外で、5粒1円の単位で売っているんです。これが売れていて味の素は立派なブランドになっている。日本でやっているように350円で売っても、消費者にそんなお金がありませんから、環境に合わせて売り方を変えることも欠かせないんです。

デジタル設計技術が「さ」と「性」の強みを減価させている

サムスンのもうひとつの変化は「モジュラー・アーキテクチャ」。これは東京大学のものづくり経営研究センターの藤本隆宏先生が仰っていることでもありますが、製品にはモジュラー型とインテグラル型があります。前者は組み合せ型で、後者は擦り合わせ型ですね。たとえばパソコンのシステムなら、計算はパソコン、印刷はプリンタ、表示はLCDが担当する。インターフェースが標準化されているからどのメーカー製でも機能します。そんな風に組み合わせる製品をモジュラー型と言っているわけです。もうひとつは自動車に代表される製品。走行安定性や乗り心地の良さを実現しようとしたら、単に質の高いクッションを搭載するだけではだめですよね。サスペンションやボディー、あるいはエンジンをうまく擦り合わせた最適設計を実現しないといけません。これまでの日本製品は、このようなインテグラル型が多かった。日本製品の品質とはインテグラル型だったんです。で、私が色々な日本メーカーの方に「あなたのところの品質って何ですか?」と聞くと、皆、最初は黙る。考えこんじゃうんです。日本製品の品質が最高だと思っているけれど、言葉にしようとするとすぐに出てこない。なぜか。すぐには出てこないにしても、何とか話して貰った日本製品の良さをメモしているうち、面白いルールを発見しました。日本語では最後に「さ」が付くんです。ひらがなの「さ」。燃費の良さや静かさ。あるいは漢字の「性」が付きます。安全性、経年性、保守性、信頼性などですね。「さ」と「性」は、よく考えるとアナログの世界なんですよ。アナログで表現される魅力にはキリがありません。何dBが静かさという定義はありませんから。「うちの製品は某社より静かです」というと、その某社が出てきて「B社より静かです」となる(笑)。そしてB社もまた静かなのをつくる。これが顧客にとって本当に良い品質なのかというのは別ですよね。走行安定性、燃費の良さ、乗り心地の良さ…そのためには摺り合わせするしかないんです。これらはかなり豊かになり、そういう要素を求める人でなければ受け入れられません。新興国では無意味なんです。100dBがうるさいかどうかは分かりませんから。たとえばインドでは現在、日本の某・空調メーカーの製品がとても伸びていますが、聞いてみるとインドでは100dBが静かすぎるというんですね。インド人は動くものやうるさいものにしか金を払わない習性があるためなんです。だから、500dBとかいうもの凄い音をさせている。なおかつ、人に対して扇風機のように集中的な風をあてる。これがインドのクーラーです。夏は外気が50度ぐらいになりますから、部屋全体を冷やそうと思ったら3日ぐらいかかってしまいます。だから人に当てるしかないんです。それが売れている。そんな風に消費そのものが大きく違ってくるんですよ。そこで擦り合わせて、何とか「さ」なんて言っても売れないですよね。

日本のものづくりの特徴とは、アナログものづくりの特徴だった。ところが最近はデジタル設計技術になって、日本の設計者が「さ」や「性」を求めて苦しんでいる領域をあっという間にマイコンが実現してくれるようになりました。これが大きい。マイコンをマイクロコンピューターと誤解している人がかなり多いのですが、マイコンとはマイクロコントローラユニット(MCU)のこと。「さ」や「性」を実現しようとするとアナログ回路が入るんですね。ここにDSPを使おうと数ミリ秒のタイムラグが発生するから、イギリスのARMコアが主流です。そこに外部入出力機能もワンチップにしたものがマイコンとして複数の部品を擦り合わせているから、あっという間に中国でも韓国でも日本の「さ」や「性」が実現できてしまう。それである程度抜かれてしまったんです。

ではここで、日本勢がどう抜かれたのかを見てみましょう。垂直統合の擦り合わせ型からマイコンが擦り合わせる組み合せ型に抜かれて、結果的に日本が撤退したものは、カラーテレビにはじまり、VCR、PC、デジタル携帯電話、LCD、CD-ROM、DVDまで…。皆、負けてしまいました。その次に太陽光発電、プリンタ、複写機、自動車、電子部品。これらは私の想像ですが、この辺までは恐らく組み合せ型で代替されてしまうだろうと思っています。自動車はガソリンエンジンであれば日本がまだ勝つかもしれませんが、5年以内にEVに移行していくでしょう。EV車になると日本勢もどうなるかわかりません。トヨタはちょっと危ない。しばらくはハイブリッドでいくと言っていましたが、あまりにもEV車の発展が急速だった。これからのEV車は原子力で動くから、原子力発電もきちっとやらないといけません。

原子力という話が出ましたので、ここで、冒頭でも触れたアブダビの一件についてお話ししましょう。アブダビでの受注は原子炉の技術勝負になったわけではないんです。石油はいずれに枯渇しますから、UAEとしては、今エネルギーを原子力発電に替えたかった。だから原子炉をつくる技術ではなく、稼働率が問題になっていたんです。韓国はフランス製の原子炉を15基保有していますが、その稼働率は90%。日本は55基保有していますが、稼働率は60%未満なんです。なぜかと言うと日本人のトラウマですね。長崎と広島。“原子”とつくと背筋が寒くなってしまう。ちょっとでもトラブルがあったら「反対!」となってしまうんです。そもそも原子爆弾と原子力発電はまったく原理が違うのに、です。日本では二次冷却水を貯蔵するタンクに少しヒビが入って水漏れすると、それだけで大騒ぎになって2〜3年止まってしまいます。でも韓国は水漏れしたってへっちゃらですよ。止めるわけがない。原子炉が爆発したら別ですが(会場笑)。世界中で300〜400基の原子炉があるにも関わらず、過去に爆発で人が死んだ例は2件しかありません。アメリカのスリーマイル島と旧ソ連のチェルノブイリだけ。もの凄く安全なんですよ。だからアブダビの受注では、「原子炉をつくったことがないのにどうするんだ?」と聞かれた韓国が、「隣に日本があります」と言ったら、「おおそうか。日本の技術は大したものだから、じゃあ発注しよう」ということになった。実際、韓国勢は帰国したらすぐ東芝に発注しました。要は運用技術がなかったんです。日本に頼んでも、何か起きたらすぐ止められると思ってしまう。それでは彼らも困ります。これは技術が競争優位になっていないという証拠なんですね。技術を競争優位に変えるためにはシステムとして戦わないといけません。韓国は韓国電力一社が前に出てきて戦いましたが、日本は、北海道電力、東京電力、関西電力…、7社がばらばらに動いていた。それをひとつにして売っていかないとだめだということです。

ものづくりのガラパゴス化の一因はQCDにある

なぜ日本のものづくりがガラパゴスになって通用しなくなったか。大きな原因はそのQCDにもあります。まずはQ(品質)についてお話ししましょう。先程も触れましたが、日本製品の品質はメーカーが勝手に決めています。でも品質は顧客が決めるもの。顧客は何によって品質を決めるかというと、購入価格で決めるんです。その証拠に100円ショップにはクレームが一件も来ません。私が日本に帰ってきたとき、家のある茅ヶ崎の駅前に100円ショップができていた。凄く便利で私もちょくちょくショベルなんかを買っているのですが、結構具合が良い。ただ、やっぱり3カ月ぐらい経つとぽきっと折れたりします。でも100円なら文句言わないですよね。ひょっとしたらクレーム処理をやっているかなと思い、実験も兼ねて聞きに行ったのですが(笑)、クレーム対応部門はなかった。何故かといえばクレームが一件もないから。お客さんは100円の品質ならこんなものだろうと思って買っているんです。それが3〜4カ月で何かおかしくなっても、クレームをかける電話代のほうが高コストということになってしまう。それはお客さんが品質を決めているということですね。日本メーカーはここを忘れている。

サムスンの品質に対する考えているのは、ボリュームゾーンの顧客と先進国市場の顧客では要求仕様が違うということです。自動車なら、ボリュームゾーンでは発進して、曲がって、止まればOK。そしてたくさん人が乗れるようにしたり、雨で濡れないような屋根がついたらもう立派な車です。しかし日本のエンジニアはそれを車と呼びません。ハンドルが堅いとか何だとか色々と言いはじめる。でもそれは、ボリュームゾーンの顧客が考える要求仕様と違っていれば過剰機能または過剰品質に過ぎないんです。

品質についてもうひとつ。日本メーカーは足し算と引き算はできても掛け算ができないんです。たとえばコストは足し算ですから、「ここでいくら、そこでいくら。で、全部でいくら」と考える。逆にコストダウンはいくら倹約したかという引き算ですよね。しかし日本メーカーは品質も足し算だと思っているようです。ラインがあり、コンベアがあり、ひとつの工程を90秒で流していく。次の工程にはインライン検査を行って不良品を送り込まない。だから100の工程があったら100点満点の足し算になってしまう。こういう考え方だから先日の騒動でも「顧客が悪い」とか「フィーリングの問題」なんて言ってしまうんです。品質は掛け算ですから、仮に工場で100点でも、消費者が最後に消費品質という“0”か“1”を掛けるんですよ。プリウスもレクサスも最後にゼロを掛けられたから、トヨタの車は品質が悪いということになってしまった。品質は掛け算なんです。皆さんもこれは絶対に覚えておいてください。サムスンの場合は体感不良と言っていますが、クレームはすべて受け付けて直していきます。クレーム以前の不平不満も受け付けます。最初は不平不満であり、それ放っておくとクレームになるからです。自動車の場合はそれを放っておくとリコールになる。クレームが出てからリコールに至るまでの時間というのは、実は世界中ですべて測られているのですが、アメリカはフォードなどが4〜5カ月に対して、日本の大手自動車メーカーは8〜10カ月とか、18カ月とか。これは、自分でもの凄く技術を持っているから、かえってそういうことが起きるのですね。特にグローバリゼーションでは技術の過信は禁物です。

C(コスト)についても同様です。日本人は100円の部品を5円下げるために血の滲むような努力をします。これは美意識でもありますよね。それ自体は良いのですが、グローバリゼーションでは全体算でコストを下げるしかない。無駄なものはつくらず、売れ筋をつくるということです。売れないものをつくらないというのは鉄則なんです。私は立ち食いそば理論と呼んでいますが、サムソンは消費をぜんぶ変えていきます。もちろん、インド用、中国用、パキスタン用、バングラディッシュ用、アメリカ用…、全部ゼロから変えていたら大変ですよね。だからここで立ち食いそば理論になる。立ち食いそばのお店ではうどんとそばのおつゆは同じです。知っていましたか?(笑)私はうどんとそばで、つゆぐらいは違うだろうと思っていました。しかも注文を受けてから茹でているわけではありません。注文を受けてからは温めるだけで、実はあらかじめ茹でてある。そこから天ぷらそばやたぬきうどんに変わっていくんです。これは消費が違うからお客さんに選んで貰うということですよね。これを経済学でいうと、どこでカップリングを解くかということになります。これが高いほど利益率が高い。ところが日本はここがすべて手づくり。信州の信濃でさんざんお客さんを待たせて3,000円のそばですと言っている。お客さんが来てからそば粉を摘みにいったりするのが(笑)、良いとされているんですよ。それをすべて否定するわけではありませんが。

D(納期)についても考えを改めないといけません。そもそもdeliveryを納期と訳すのがいけない。誰が訳したのか、本当に最悪の言葉です。納期というのはお客さんを待たせるということでしょ?待たせたら絶対にだめ。もし訳すとすれば、顧客が要求するときに持っていくという意味での“タイミング”でしょうか。在庫が悪だというのは企業側の論理なんです。顧客視点で考えれば在庫は常に持つべきものです。例えば自動車メーカーで言えば、アメリカなどでは、自動車は朝買いに行ったら昼に乗って帰ります。在庫がなければ別のディーラーに行ってしまうからぜんぶ置いておくわけです。だから買取ではなく、売れないものはぜんぶ戻します。しかし、それがリーマンショックで一気に数百台の返品になってしまい、あのトヨタすら赤字になった。アメリカは日本のようなディーラー買取ではありませんから、ジャストインタイムなんて言わずにどんどん生産するんです。また、サムソンのD(納期)はアフターサービスについても徹底して顧客満足を大切にしています。たとえば冷蔵庫が故障したとするなら、そこで1日でも壊れたままなら本当はだめですよ。食品だって腐ってしまいますから。洗濯機だって、日本では故障するとコインランドリーに行けと言われてしまう。そういうことじゃないですよね。サムスンは1時間で直します。どうして1時間で直せるかは今日は時間がないので割愛しますが、日本の場合は1週間かかります。これはいけない。もちろんなかなか壊れないというのはありますが。

卵の殻は自ら破らねば鳥にはなれない

最後に、今世界で何が変化しているのかを考えてみましょう。グローバリゼーションとデジタライゼーションというのが重要なキーワードですから、ぜひ皆さんも会社に戻ってから仲間とともに、国際化とグローバリゼーション、そしてアナログものづくりとデジタライゼーションの違いを議論して欲しいと思います。サムスンがやっていたのは、当初は「日本のものの国際化」と言っていました。しかし日本のものづくりをよく見てみると「日本のものは現地の要求に関係なくつくられているじゃないか」ということになった。日本で設計したものを、安い労働力を求めて海外生産しただけじゃないかということになったんです。これではだめですねと。それならサムスンは国際化からグローバリゼーションに移行しようとなった。サムスンが考えるグローバリゼーションの定義は、「市場として期待されるところに工場の拠点を置いて、その国の文化にあった地域密着型のものづくりをする」ということです。だから日本にはもう学ばないと決断したのが98年。そこから急成長していきました。そのために人材育成に関して言えば、世界で70カ国ぐらいの語学を勉強し、地域専門家育成教育ということで1年間現地に派遣させるようにした。今では地域専門家がグループで4,000人近くいます。

ここであるアンケート結果をお見せしましょう。経済産業省の資料によると、サムスンが狙っているのはアジア8カ国のなかでは「平均的生活層」の8億7千万人なんです。日本はここでほとんど負けています。でも、競争志向的で社会を牽引する価値観を持った「イノベータ層」、高級品や嗜好品を好む「趣味嗜好層」、あるいは外交的でのし上がる機会を探している「上昇思考層」も、それぞれ4億5千万人前後いるんです。これは「さ」と「性」が好きな人たちですね。日本はここを狙うべきです。サムスンは考え方がデジタルだから「さ」と「性」は弱い。現在韓国勢がとっている「平均的生活層」の市場で戦うのは止めたほうが良いでしょう。そのもう少し上の層を狙うべきです。こういった中間層の定義はこれまでなかったのですが、年間の可処分所得が5,000ドルから3万5,000ドルの人々を中間層といって、これはBRICsに6億3,000万人います。これまで日本が生産拠点としていた地域は、現在、消費国に変わっているんですよ。これは大きな変化でしょ?3万5000ドルといったら日本の中間層にも近いですよね。ということは、世界には結構いるんです。日本の「さ」と「性」を好む人々が。

今日は悲観的なこともかなりお話ししましたが、なんだかんだ言ってもひとりあたりのGDPを見てみると、現在の韓国の国力はまだ25年前の日本なんですよね。中国は38年前。38年前の日本では大阪万博をやっていました。中国は今ちょうど上海万博をやっていますから、そのぐらいの生活水準ということなんです。だから38年前に日本はどうやって商売していたか…、そんなことをちゃんと思い出しながら商売をしたほうが良いと私は思っています。

私の論理では、韓国は何千年も繰り返して侵略と戦争に明け暮れていた国ですから、日本のように何十年先や百年先が見えていない。「この国は変わらないだろう」と言えないからこそ基礎研究ができないんです。だから基礎研究にはあまり投資しない。彼らが「隣に日本があって良かったね」というのはそのせいなんです。日本は基礎研究をやってくださいと。それを注意深く見ていて、製品になったら持ってきて、そこからキャッチアップをはじめる。一般的にものをつくるときは、まず要求機能を考えてから構造に落とし込むのですが、そこにはさまざまな制約条件が入ってきます。「いくらで」とか「いつまでに」といった要素以外にも、最近ではRoHS対応などの環境要素も重なりますから、それはもう複雑な連立方程式を解いているようなものになります。サムスンは日本がそれを解いたら、そこを一気にリバースする。そのままそっくりに安物部品で組み立てるのはコピーエンジニアリングと言って、これは中国産ですよね。韓国は進んでいるからさすがにそれはしない。ただ、日本が行った複雑な連立方程式の解から機能の引き算を行うんです。これは簡単な独立一次方程式。だからキャッチアップも早い。技術を学ばなくても、製品のキャッチアップが早いのはこのせいなんです。

したがってこれからの日本は、まずはものづくりの組織能力とアーキテクチャをグローバリゼーションに適合させなければいけません。BRICsやNEXT11など、まだまだ市場はありますから、その制約条件に合ったものをつくっていくこと。中国なら芋が洗える洗濯機を出さなきゃいけないし、中近東ならお祈りのときにモスクを指してくれる携帯電話をつくらないといけません。競争力とは価格競争力だけではありません。顧客によって、デザイン、機能、性能、品質…、色々と消費は異なってきます。だからその消費に対して競争力があるか。一般的に競争力というのは製品で言えば、その製品が顧客に選ばれる力ですよね。でももっと抽象的に言えば、誰かが誰かに選ばれる力と言えます。日本は工場や現場が強すぎるし、それを「顧客のため」と言っているけれど、顧客は工場や現場で選んだりしません。会社で選ぶし本社で選ぶ。だから工場は本社に選ばれるんです。選ばれる力があるということが競争力なんです。

また、競争力には裏の競争力と表の競争力があります。日本は裏の競争力は強いんですよ。肉体を鍛えに鍛えているから。でも肉体はお客さんに見えませんし、見せないでしょ?ところが値段や広告、あるいは利益率というものは見えますよね。これが表の競争力ですが、これが日本は弱い。これを見せるようにしていくべきです。私が韓国で住んでいたマンションでは、隣のおばちゃんがスーパーに行くとき、寝巻の上にミンクを着ていました(笑)。見ていると凄いんですよ。スーパーの店員もミンクを着ている人には丁重になる。私みたいにショートパンツとTシャツ姿はあっちにいけという感じでした(笑)。これは表の競争力の差によるものですよね。恐らく私のほうがお金は持っていたのでしょうが、それは裏の競争力だから見せないようにしていた。日本人にはそういうところがあるんですね。

最後になりましたが、日本の企業はこれから産業構造の変化に合わせて大きく進化していかなければいけないと思います。「地球上に生き残った生物は強い生物ではなく、環境に最も適応した生物である」と、ダーウィンも言っています。危機の経営というのは、支配則にいち早く気付き、社会の要求や変化に素直に対応するということ。過去の成功体験、固定概念、惰性、利己主義、高慢さ…、これらが進化を妨げるんです。とくに高慢というか奢りですね。その殻を破らないといけない。高慢な卵の殻は人に割られると卵焼きにしかなりませんが、自ら破っていくと命を持った鳥になります。鳥になったらどんどん成長していきます。最後は食べられますが(笑)。ぜひ皆さんも殻を自分の力で割ってください。これが日本の生きる道だし、日本が産業構造の変化に対応した新しい競争力を育てていけば、必ず明るい未来が待っていると考えています。本日は長いあいだご清聴ありがとうございました。

国籍や歴史など全てを超えさせた李会長の決意

会場:冒頭に(モデレータを務める、グロービス経営大学院教授の)尾関(好良)さんから「行動する勇気」というお話がありましたので、その点でひとつお聞かせください。先生はサムスンから依頼があったとき、1年ほど悩んだ末に行かれるという意思決定をされたと伺っています。そのときに、何を考え、どんな悩みがあり、何を捨て、最後にどんな基準でサムスンに行くという結論に至ったのか…。そのあたりをお聞かせ願えますでしょうか。

吉川:会長とは87年と88年に会って以来あまり往来はなかったのですが、93年に再び会って、その顔を見たとき、本当に感じるものがありました。あのときは「サムスンを変えたい」ということで、グループの役員250人をフランクフルトまで連れて行っていたんですね。私に電話があったのはフランクフルトからでしたが、もう一度会って欲しいということで、後日改めて東京で会いました。「とにかく変えたい」と言っていたのですが、もう会長はほとんど寝ていないんですよ。毎日世界各地で役員たちに講演をしていました。サンフランシスコ、ロス、ニューヨーク、シカゴ…、世界中の先進国に赴いて、役員たちに「先進国はこうなんだぞ」ということを目の当たりに見せながら、毎日朝五時まで仕事をしていた。ですからもう肌荒れも本当にひどくてね。それを見て、私は感動したんです。日本人とか韓国人とかエンジニアという枠を捨てて、何か私がひとりの人間として役に立てるなら行こう。そう思って決心しました。ただ、韓国人は理の世界ですから(笑)、皆頭がいいわけですよ。だから私も少し勘違いしていて、日本のものづくりを教えれば半年ぐらいで帰れるかなと思っていました。でもそうはならなかった。それで文化を勉強して、何故日本の考え方が通じないかというのがやっと分かった。三年ぐらい歴史を勉強しました。今のご質問に答えるとすると、日本人とか韓国人とか恨みつらみとか、あるいは技術があるとかないとか…、そういうものは全部捨てていったんです。私を請うてくれるのならばね。そうしているうちに10年が経ってしまった。その間、どん底にいる韓国人も見たし、景気が良いときの韓国人も見たし、北朝鮮の怖さというのも体験しましたから、個人的には良かったなと思っています。

会場:二つほど質問がございます。私は東京の価値観というものを地方に在る本社へとフィードバックする部門におります。しかしなかなか会社の意識というものが変わりません。サムスンは4,000人の地域専門家の方がいらっしゃるということですが、どういった意思決定で現地からのフィードバックをものづくりに採り入れているのでしょうか。二つ目は最近、よく耳にするEVについてですが、従来の自動車メーカーや、モーターサイクルメーカーではなく、サムスンのような電機メーカーがEVをつくることに脅威を感じます。参考までにサムスンのEVに関する可能性についてお話がいただければと思っております。

吉川:意思決定については、恐らく皆さんも「財閥で会長だからもの凄いトップダウンなんじゃないか」と思っておられるのではないでしょうか。でも実はそうでもないんです。まず、サムスンは地域専門家制度をはじめたときに5つの本社を置くという方針を立てました。韓国だけではだめだから、アジア本社、ヨーロッパ本社、北米本社、日本本社をつくり、それぞれの本社に決定権を持たせたんです。また、私は日本の三現主義と異なる“新三現主義”と言っていますが、サムスンでは「現地・現材・現人」が基本です。現地では製造だけではなくR&Dも行い、現地で材料を調達し、現地の人々を雇用する。すると、たとえばインドでは冷蔵庫に鍵が欲しいということになるのですが、そのスペックはインド人が考えていくようになるんです。そんな風にして、すぐに製品へフィードバックする仕組みをつくっていたのですね。それからEVについてですが、サムスンは会長がエンジン車で悔しい思いをした瞬間から、実は電気自動車に入り込んでいます。もうエンジンはいいと。実際にはCT&Tというベンチャーを使って電気自動車やっています。現在、EVでトップは中国のBYDですね。それから韓国のCT&T、シリコンバレーのベンチャー企業テスラと続き、日本は4番手です。下手をすると日本のEVは負ける可能性があるかも知れません。もう考え方がまったく違いますから。日本人はリチウム電池を研究して300キロ走らせようとしますが、これは東京と熱海を往復できるという基準なんです。でも、このあいだ日産副社長の山下光彦さんに聞いたのですが、BYDはすでに302キロ走るEVをつくっているというんですよ。で、「ウソだろ!」と思って行ってみたら3トンぐらいの自動車で、そのうちの2トンが電池だった(笑)。ただ、日本ならそれは自動車じゃないと言いますが、実際に乗ったら熱海に行って帰ってくることができてしまう。だから売れるんですよ。そのようにして、彼らはまず売って、その後から少しずつ小さくしていくという発想なんです。でも日本は小さくなるまで出さない。何かこう…、消費者の望んでいる目的を見失っていますよね。「電池を小さくして、できるだけ走行距離を伸ばし、さらに値段が安くなるまで待とう」なんて言っているあいだに市場を奪われてしまう。たしかにリチウム電池は日本の技術が最高ですし、EVでは特に重要なパワー半導体分野を日本が圧倒的に押さえていますから、強みは大いにあります。しかし企業単体でやっているとこれまでと同じように持ってかれてしまう。やはり今日お話ししたように、国家プロジェクトとしてやっていく姿勢が大事だと個人的には思いますね。

会場:モジュール型とインテグラル型の関係でお伺いしたい点があります。「モジュール型では新興国市場で勝てない」とのお話がありましたが、顧客の声を聞いて発想を転換するのが大前提ということであれば、そこはモジュール型やインテグラル型に縛られず考えるべきということなのでしょうか。あるいは、やはりこれまでのインテグラル型を守っていったほうが良いということなのでしょうか。その辺のバランスを教えていただきたいと思っています。

吉川:そこは難しいところですね。インテグラルはある程度までモジュール化されていきます。設計者はインテグラルかモジュラーかを意識してやっているわけではなく、どちらかというとモジュールにしようとしてインテグラルになっているということですから。それがブラックボックスに包まれていくわけです。そこで私は国際標準化をとるべきだと思いますね。ですからインテグラル型かモジュラー型かを分ける必要はほとんどないだろうと思います。大事なのはブラックボックスをインテグラルにして外をモジュラーにすること。モジュラー化とは、ひとつの機能としてインターフェースを標準化していくことですから。それが国際標準化になればいいわけですよね。そういう形で出していくのが良いのではないかと思います。

会場:機械メーカーに勤めております。先生から見てサムスンのアキレス腱、あるいは課題があれば教えていただきたいと思っています。

吉川:吉川:アキレス腱はいっぱいありますよ。ひとつは要素技術にあまりお金をつぎ込まないこと。今、サムスンが勝っているのは金と度胸でやっているものばかりでしょ?でも金と度胸があるのは韓国に限らない。凄い勢いで中国が立ち上がってきている結果として負けることもあって、現に液晶テレビも中国市場からは、ほぼ撤退に追い込まれています。現場のほうでサムスンは4位か5位ですよね。(低価格の中国と高品質の日本とに挟まれるという)サンドイッチ現象が起こっていますから。だから現在は中国で売れている電子デバイスや装置に方向転換をしているんです。積層コンデンサもばんばんやるし、半導体製造装置もやるし、フォトレジストにも手を出す。たしかにこの方向転換は脅威ではありますが、こういった分野だけはかなりの基礎技術が必要です。日本は基礎技術や要素技術が強いのだから、やはりその点を意識して“持っていかれないように”すること。日本はガードが甘い。人材ごと持って行かれますよね。だから先日、御社の専務にもお話ししておきましたよ。「ガードが甘いから堅くしろ」って(笑)。

尾関氏:ありがとうございます。今日は私も聞いていて感激してしまいました。時間になりましたので講演会はこれで終わりたいと思いますが、本当に面白いお話を伺えました。本日は誠にありがとうございました。

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