竹中平蔵氏 −世界的変化を直視することが日本再生の第一歩 

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今日は、「Growth(成長)」と「Global(グローバル)」をキーワードに、お話しします。

まず、一つのエピソードからご紹介しましょう。皆さんアダム・スミスをご存じだと思います。ご承知の通り、経済学は彼の著作に始まったと言われています。アメリカが独立宣言をした1776年に、英国グラスゴー大学に於いて著した『国富論』が基点です。

ここで皆さんに質問です。法学・神学は、ローマの昔から存在する。哲学は、2000年以上前から存在する。ではなぜ経済学の出現には、1776年まで待たなければならなかったのでしょうか。

答えは色々あるでしょう。富の蓄積ができていなかった。経済システムがなかった。技術進歩が充分ではなかった、など。これについて私は、それ以前には経済的自由がなかったからではないかと考えています。独立宣言より前の時代には、子は親と同じ職業を選択するしかなかった。労働市場がなかったのです。領主が土地を持っているから、農地の売買がない。だから、マーケットが存在しない。今日は昨日と同じことが起こる。明日は今日と同じことが起こる。経済の成長がない。ひたすら昨日と同じようにすればよい。そういう時代です。

当時、例えば、鍛冶屋の息子がオペラ歌手になりたいなどと言い出すと、周囲は、社会の秩序が乱れるのではないかと恐れました。しかし、鍛冶屋のなり手が減れば、給与が上がる、それらは「見えざる手」が調整するのだとアダム・スミスが説き、経済学が生まれました。社会秩序の変化を啓発(interpret)する存在が求められることとなったのです。

社会秩序の変化に対して、抵抗勢力がどのように働くかについては、興味深い話があります。16世紀の英国で、新しい種類の布が作られ、飛ぶように売れた。すると既存の布屋の商品が売れなくなるからと、国がお触れを出したというのです。「布は、1408本の糸で織らなければならない。それ以上でも、それ以下でもならない」と。フランスには、お触れに反した人が社会的秩序を乱したという理由で77人も処刑されたという話が残っています。

皆さんは、おかしなことと思われるかもしれませんが、しかし今、日本で起きていることを冷静に眺めると、「1408本の糸で布を織れ」と言った国を笑えなくなるのではないでしょうか。たとえば、“派遣切り”。不景気で派遣社員が首を切られたからと言って、派遣社員をすべて正社員にせよという議論は、1408本の糸の話と変わらないのではないか。

いかなる時代、いかなる社会においても、変節点においては、変化を拒み、元に引き留めようとする強い力が働くものです。歴史は、その繰り返しによって形作られてきました。

私が、ここにいらっしゃる皆さんに申し上げたいのは、先ほどのフランスの話で、77人が処刑されても、次の78人目が出てきたことの貴重さです。命が奪われるほどの規制があっても、それを超え、以前よりも強い布、美しい布を広めようという気骨を持った先人が市井にいたからこそ、後世の我々が、この豊かな社会を享受できているのです。

三つの変化に対峙できていない日本

今、日本が直面している問題は、「変化」というものに、きちんと対峙していないということではないでしょうか。国富論が世に出てから、わずか230年。それだけの期間に、ここまで豊かになったのは、毎日毎日変化し続けていたからこそ。そういう前提に立って物事を見たほうが良いと思います。

では、私たちを取り巻く環境は、どのように変わったのか、変わって行こうとしているのか。大きく三つ挙げられます。

一つは、大競争の時代になっていること。社会主義市場経済の体制が敷かれるようになったことで、それまで27億人であった市場の規模が、一気に60億人にまで拡大した。壁の向こう(社会主義国)も全てマーケットになったということは、私たちの可能性が2倍になったということでもあり、競争が2倍になったということでもあります。機会が増えると、そこで勝ち上がろうと必死になる人たちが出てくるから、競走は激化する。今のインド、中国の快進撃などは、まさにその象徴でしょう。

二つ目は、物事がいろいろな意味でグローバルになったということ。物理的距離だけではなく、規制緩和により、情報格差も“短く”なりました。

三つ目は、「デジタル革命」という、これまでとは全く異なる技術革新が起こっているということ。ナノ革命もバイオ革命も、結局はデジタルに尽きると私は理解しています。産業革命の本質は、動力の革新だった。同じことがデジタルで起きている。以前に、(慶應義塾大学環境学部長の)村井純さんに「デジタルって何?」って聞いてみたんですよ。そうしたら、こう言われました。「全てを数字に変えることだ」、と。音でも映像でも何もかも全てを数字に変え、数字から復元する。ある種、美しい世界です。

私たちは、デジタルエコノミーの本質について、もっと議論しなければならないと思います。先ほど、偶然にロングテールの話をしていたのですが、あれはデジタル革命により限界費用がゼロに近似していくから可能になる。データを劣化なく、どれだけでも複製していくことができるから、どんな細かいものもリストに入れていかれるのです。

もう一つ例を挙げると、たとえば今、ブラジル銀行のテレホンオペレーターはサンパウロに集約されているんですよ。日本で電話をかけて、「そこどこ?」と聞くと、「サンパウロです」と。隣の部屋にかけてもサンパウロにかけても通話代は変わらない。沖縄でもインドでもブラジルでもです。フラット化した社会が出現している。こうなると、例えば日本の銀行はブラジルの給与レベルと競争しなければならない。

デジタル革命は格差の問題も生じます。PCで代替できる仕事は徹底的に安くなり、PCで代替できないマネジメントやクリエイティブな仕事、或いは深夜労働や力仕事、コックさんのような専門技術を持った人が高い価値を付けられるようになる。つまり、徹底的な頭脳労働者か徹底的な手に職のある職人ではないと生きていかれないという構図がなんとなく見えてきていて、それが漠然とした社会不安を生んでいる。改革はけしからん、と。先ほどの話ですね。

結局のところ、世界の変化と正対する覚悟があるのかどうかということに全てが尽きる気がします。

「成長はすべての矛盾を解決する」

最近、韓国のパフォーマンスが凄いですよね。私は、李明博大統領の顧問もしているのですが、彼は自分のことを「CEO(最高経営責任者)」だと言っています。米国の大統領も時々、自分を表すのにCEOという言葉を使います。でも鳩山(由紀夫)さんは、CEOではないですね(会場笑)。

韓国は1997年のアジア通貨危機の時に、グローバル経済とデジタル経済の怖さを思い知った。だから今、自分たちで新たな大統領を選んで、徹底したグローバル教育をしています。

今、韓国でお金に余裕がある人の間では、子供を小学校の時から英国などに留学させることが当たり前となりつつあります。お母さんが同道することが多いので、お父さんは自然と“逆単身赴任”をすることになる。それが社会問題にまでなっています。成否はともかくとして、その徹底ぶりには何らかの示唆があるように思います。バンクーバーオリンピックでのメダルの獲り方や数にも、顕著に出ている。キム・ヨナ選手の英語力は殆どネイティブに近いものでした。

翻って、日本はそこまで徹底できていない。「グローバル展開する」と言っても、社員の半数以上が外国人で、会議も英語で行われるというような状況をリアルに想定した準備がでてきるかと言えば、疑問符がつきます。

日本という国に成長力がないと見なされているから、海外からの投資がこない。株価も上がらないんです。それは、「成長」に関する議論が、きちんとされていないからです。

こういう話をすると、必ず「成長がすべてではない」という人が出てきます。もちろん、その通りです。でも、だからといって、成長しなくて良いのでしょうか。

かつてウィンストン・チャーチルは、「成長はすべての矛盾を解決する」と言いました。社会問題というのは必ず発生する。その解消の前提となるのが成長である、と。これは社会に関わらず、企業についても言えることでしょう。問題は必ず起きる。そのときに、企業がまったく成長していない状態では解決するのは難しい。日本はこれまで、石炭から石油へというエネルギーの変化や、第1次から第3次に至る産業構造の変化など、大きな変換点に度々直面してきました。これらに対応して来られたのは、成長していたからです。

第1次大戦後のイギリス、ナポレオン戦争後のフランスに目を向けてみてください。彼らは当時、国債の発行により膨大な借金を抱えていた。借金を減らすことはなかなかできないものです。大切なのは、増やさないようにすること。そして何より、その間に経済を成長させることです。例えば10年経って、2倍の経済成長を遂げていれば、借金は実質的には半分ということになる。

12年前、韓国の1人当たり所得は1万ドルでした。それが1〜2年前には2万ドルにまで伸張した。一方、日本はその間、ずっと3万7000ドルくらいで変わりません。韓国から見れば半減しているんです。

そういう状況を看過するわけにはいかない。成長は必要なんです。成長は痛みを伴う。だからと言って、成長は必要ないという論調に拠る前に、グローバル市場における経済成長はマインドセットに入れておかなければいけません。

自助自立があって初めて社会は成り立つ

成長するためには、需要も供給も伸ばさなければなりません。需要を伸ばすのは比較的、簡単です。政府介入ですぐに実現できる。問題は、供給サイドです。

経済の供給力を上げるためにインプットを増やさなければいけない。指標として、よくGDP(国内総生産)が使われますが、GDPは所得の合計で、つまりはアウトプットなんです。アウトプットを増やすためにはインプットが必要で、インプットは突き詰めれば「資本」「労働」「技術」の三つしかない。

その中で、「資本」は、簡単です。法人への課税を下げれば資本に対する利回りがよくなる。だから、どの国も法人税を引き下げてきています。「労働」は、人口減少にも伴い今後ますます難しくなりますね。女性の活用とかはありますけれど。「技術」も重要です。同じだけの資本と労働を使っても、技術次第で生産力(アウトプット)が変わってくるから。生産要素のアロケーションを良くしなければなりません。

従い、必要なのは、民営化と規制緩和です。同じ資本でも、国が使うのと皆さんが使うのとでは、得られるアウトプットが違う。JALが使うのと、ANAが使うのとでも違います(会場笑)。

法人税減税と規制輪緩和を伴わない経済成長はありません。日本は今、その現実から背を向けてしまっています。すると直感的に考えて、この国の未来は暗い。

活性化は難しくないんです。どの国も一生懸命やっている。他の国がやっていて、日本がやっていないことをやればいいんです。法人税引下げ、規制緩和を徹底的にやればいい。ところが、国が丸抱えにして、例えば企業再生支援機構がダメになった企業を助けたり、郵政を国有に戻したりしてしまっている。

この国の最大の課題は何か。それは、経済・グローバルに対する国民のリテラシー、問題意識にあると私は思います。まず教育。そしてメディアが変わらなければならない。

メディアのリテラシーが低いのはより深刻で、最大の問題だと思いますね。例えば、小泉改革は当たり前のことを当たり前にやっただけです。規制緩和をして、不良債権を持っていても良いことはないですから、これを減らして、民間でやることは民間にやってもらって。

小泉政権下では、GDPが2.2%上昇しましたが、その7割は内需でした。株価は8割上がり、失業者が100万人減りました。その間、格差が広がったなどと言われましたが、実際には止まったということが最近の調査では分かっている。その認識ができていない。それがリテラシーであり、メディアの問題です。

リーダーの資質の問題もあります。最近、私は学生にサミュエル・スマイルズの『自助論』を薦めることにしています。これは小泉(純一郎)さんも好きな本です。

自助自立を忘れたら、社会は成り立ちません。社会が成り立つ原則が自助です。自助自立しているからこそ、本当に困っている人にお金を回す仕組みが作れる。ところが、麻生(太郎)さんも鳩山さんも自助を完全に否定している。私が助けてあげます、と。

その意味で、麻生政権と鳩山政権は似ていますね。でも国民は厳しいことを言うリーダーを待っていると思う。賢いから、助けてあげますよと言われれば、じゃあ助けてよと手を出してしまうけれど。

社会を変える「Voice」と「Exit」

中国・韓国は今、グローバル化と正面から向き合っています。日本のグローバル化への向き合い方は、アメリカの環境問題に対するそれと似ていますね。「重要だよね」とか言いながら、実際には手を打っていない。それは国だけではなく、個々の企業、特に官僚化された企業についても同じことが言えます。

世界的に見て、この10年ほどの間に、非常に悩ましい変化が起きています。それは、日本のビジネスの規模が圧倒的に小さくなった、ということ。経済成長面だけではなく、企業規模も相対的に縮小しています。

1年ほど前にシティグループがまとめた企業調査で、時価総額の世界TOP100ランキングに入っていた日本企業は、トヨタとホンダのわずか2社でした。製造業は強いと言われますが、実際にはTOP100のうち8社だけ。アメリカは44社、英国は12社がランクインしています。パナソニックとソニーを合わせても、サムスンに届かない。新日鉄はミタルの半分の規模です。失われた10年、金融が機能しない間に、製造業も徹底的に弱くなりました。

その間、世界的にはM&Aが進みました。金融が果たした役割は大きい。一方、日本においては排他的な文化も相まってか、なかなかM&Aが進まなかった。そして世界の企業がM&Aを繰り返して大きくなってきた10年間、世界のTOP100に入る日本企業は気付いたら2社。そういうことになってしまったのではないでしょうか。そして今も、こうした劇的な変化に本当の意味で前向きには対応しきれていないように思います。

具体的に、今の民主党の政策について言うなら、メタモーフォシス(大変身)をいかに実現できるかだと思っています。もはや、変えるか変えないかの議論ではなく、いかにメタモーフォシスを実現できるかであろう、と。

個々の政策レベルでは良いものもあるんです。しかし全体的な経済政策が皆無で、まるで家を建てるときの設計図で、キッチンはいい、このリビングのコーナーはいいと言っても、家全体が何平米あるかは示されていない。そういう政策です。

菅(直人)さんの消費税引き上げの議論は、メタモーフォシスの入り口だと思います。良い変身か悪い変身かは、わからないですが。子ども手当も、高速道路無料化もやめるくらいのことが必要なんです。でも今は、税収が足りないから消費税を上げようという悪い形での変身が懸念されている。所得税の最高税率は必ず上がりますよ。頑張っている人から取る。お金を持っている人はマイノリティですから。

民主党に良い変身をしてもらうためにどうすれば良いか。それが現在の私の最大の関心の在り処です。

菅さんは、財政中期見通しを出していません。自民党もだらしなくてそこを追求してはいない。国債44兆円を発行しながら、中期見通しを出していない。それで出せといったら、ようやく6月に出しますと。しかも3年分しか出さない。30年国債を発行するのに、せめて10年の見通しは必要でしょう。これなども明確なストーリーが描けていない証左と言えるでしょうね。

税収を上げてというのが財務省のシナリオのようですが、戦争でも兵隊の逐次投入すると負けるように、その場限りの増税は必ず衰退を招きます。50兆円の国債を、全部消費税でカバーしようとしたら、消費税は25%になります。便利な数字なので覚えておかれるといいですが、消費税1%で2.4兆円です。無駄なことを一杯やっていて、子ども手当も増やして、そうこうするうちに我々団塊の世代の年金が発生する。

ここにいらっしゃる皆さんが考えなきゃいけないのは、日本全体はもう良くならないのではないか、ということ。その前提に立って、自分たちをどう守るかということを、ひょっとしたら考えなくてはいけないかもしれません。その結果として、民主党が変わるかもしれない。

開発経済学者のハーシュマンは、社会を変えるのは、2つの力だと言っています。「Voice」と「Exit」だと。不味いレストランに入ってしまったのなら、シェフのところに文句を言いにいくか、出て行けばいい。

今の民主党の政策のままでは、立ち行かないところまで行ってしまいます。

鳩山さんの取り得る最後の道があります。1981年、フランソワ・ミッテランがフランスで社会党初の大統領として就任しました。彼は社会主義型資本主義を目指し、まずやったことは、企業の国有化です。そして家族手当てを大幅に出し、法定労働時間を短縮した。賃金そのものを変えずに時間を短縮していったのです。これは今の最低賃金の議論と同じです。これにより初年度の財政規模は30%増となりました。

ミッテランは、1〜2年をかけてメタモーフォシスを実現しました。但し彼は、政策を変えるとは一言も言わなかった。「欧州の統合に軸足を移す」、つまり、グローバリゼーションに軸足を移すと言ったのです。

外に目を向ければ、このように大変身した事例がある。民主党政権も変身し始めたこと自体は確かなので、次はそれを良い方向に持っていかれるかどうかだと思っています。

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