新日本製鉄 三村明夫会長 −「政界と財界は真摯に対話せよ」(後編) 

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自分の言葉で分かりやすくしゃべる

堀:三村会長、大変素晴らしいお話ありがとうございました。私はこの対談を大変楽しみにしておりました。社長になられる前の2カ月間に、20名の経営者の方とそれぞれ30分間の話をされたということですが、そのときの強く印象に残ったことを教えていただけたらと思います。

三村:一つ記憶に残っているのは、キヤノンの御手洗(冨士夫会長)さんにお会いしたことですね。「自分は1年の最初の1、2カ月、全工場を回るんだ」と言われたんですね。自分も「よし、これをやってやろう」と思って、工場回りを始めました。4月決算が出てからということで、5月〜7月までの間に10工場を実際に回ってみると、これが大変なんですね。工場からの説明や各部長との対話があって、従業員の前でスピーチしますね。だいたい1泊2日ぐらいかかります。それを10カ所でやるわけですから、大変なんですよ。

それからもう一つ印象に残っていることは、タイにサイアムセメントという王室系の立派な会社があります。ハーバード・ビジネススクール出身のチュンポン・ナラムリアンさんというものすごい優秀な社長(当時)に、「日本の経営者はやさしいこと難しく言いすぎる」と言われました。「だいたい物事の80%はやさしいんだから、やさしくしゃべるようにしたらどうなのか」と。これはなかなかいい指摘だなと思い、就任スピーチで宣言した三つ目の「自分の言葉でわかりやすくしゃべる社長にしたい」というのは、ここから来ているんです。

雇用創出目的の新規事業は失敗する

堀:講演を聞いていて素晴らしいなと思ったのが、6万5千人から1万5千人へと75%の人員削減をされていながらも、一方では社員に聞くと86%が誇りに思っているということをおっしゃっていましたね。先ほどそのことをTwitterでつぶやいたんですが、ある人から早速「私の親父も早期退職をしたんですが、新日鉄のことを誇りに思っている」というようなコメントが返ってきました。いま多くの製造業は余剰人員を抱えているところがあって、新日鉄さんは早くそれを行ったことによって、相対的に今は緩やかな経営再構築になっているということなんですが、おそらく今後そういったことをやらなければならない会社が、多くあると思います。それに対して何らかアドバイス、あるいは経験からお話いただけることがあればと思います。

三村:そのときは無我夢中でした。先程申し上げましたように、3千5百万トンの生産能力を2千5百万トンに削減しなければならない。実際に高炉を止めるとなるといろいろな問題が出てきます。高炉というのは製鉄所のシンボルですし、最も多くの人員を雇用するところでもあります。それを止めるということは、大変な数の人がその地域から減ってします。従業員1人がいなくなると、関連会社や家族を含めて5人いなくなるんです。

それ以降は全世界の製鉄所で、高炉を完全に潰したことはありません。異例の決断を下したわけですけれども、この過程の中で難しいのは、「全社ベスト」をどう図るかということなんですね。例えば岩手県の釜石製鉄所の高炉を潰したときには、12万人の署名が必要になりました。釜石市の人口は5万人なんですけれども、周辺の都市にも影響がある。そんな中で全社ベストという形で、これを実行しなければならない。私はその頃、事務方で検討チームに参加していたんですけれども、仮に社長だったらどうしたかといえば、同じようなことをしていたと思います。

ただ我々として誇れるのは、1人もレイオフしなかったことです。6万5人を1万5千人にカットですから、並大抵のことではないんですけれども。例えば、社内における仕事を社外に出して新しい会社をつくったというのが一つのやり方です。それからもう一つは、新規事業を沢山つくりました。制服の製造、ウナギの養殖、大豆食品の生産、使い捨てカイロの鉄粉の製造など、聞くも涙のような事業を始めました。そういった形で、1人もレイオフしないようにしたんです。そのために必要な資金、事業費も負担しました。土地や株を売ってまで、費用を捻り出したわけです。総額1兆円くらい掛かりました。大きな事業転換をするときには、平等に扱うことを示さないと、当然不満が残りますよね。

堀:その新規事業に関しては、それは私も記憶しています。「いろんなことをやってらっしゃるな」と傍から見ていて思っていたんですが、それは結局どうなったのか。うまくいったうまくいかなかったのか。あるいは、もしもそういったことを実行しなければならない会社があった場合、どのようなアドバイスがありますか。

三村:新規事業の最大の目的は、雇用創出だったわけです。新規事業として収益を上げて永続的に存続しなければなりません。こういう高いハードルがありましたが、安易に踏み切ったという感じはあります。また、新日鉄の従業員の給与水準では、とても新規事業を運営できないわけです。したがって、その新規事業で許される給料のみを新会社から出して、その差額をすべて新日鉄が負担するという形で、新規事業を行いました。

いろいろな事業に乗り出しましたが、大部分は失敗です。記憶に新しいのは北九州のスペースワールドという娯楽施設です。半導体なども失敗でした。成功例でいえば、私どもの中にあったシステム部門を外に出し、日立さんなどと合弁で会社をつくって、さらに統合して新日鉄ソリューションズという会社をつくりました。これは大成功でしたけれども、雇用創出が狙いで始めた新規事業は、間違いなく失敗します。しかし、職を与えないでレイオフするのがいいのかどうなのか、これは難しい議論になりますね。堀さんならどうしますか?

堀:もしももう一度同じような状況になった場合同じことをされまますか、と質問しようと思ったんですけれども……。

三村:やりますね、躊躇なく。

堀:新規事業もですか?

三村:新規事業もやりますね。しかし、それよりも企業を買収するかもしれませんね。そのほうが成功の確率は高いと思います。新規事業を始めるにあたって大きな問題というのは、当社にとって新規事業でも、世間にとっては新規事業ではない。その事業に新しく参入した当社よりも、優れた会社がたくさんあるわけですよね。ですから、当社にとっての新規事業にこだわるのは、痛し痒しですね。

世界と同等の競争条件を整えよ

堀:次の質問もそれに関連するかもしれないんですが、製造業においてグローバルな上位企業の中で、日本の企業は相対的な地位が落ちているわけですね。その中で全般的に見ていて、新日鉄さんや総合商社など、業界として積極的にリストラを進めてきた会社は、やはり強いと思っています。一方では、ほとんどリストラをしていない業界があると思うんですね。例えば電機業界等は、はたから見ているもっとリストラできるんじゃないかと感じますが、これからどうしていくべきだとお考えでしょうか。

三村:私は先程言った苦しみを乗り越えてきているわけですから、地域に奉仕する、従業員に職場を与える、あるいは国に税金を払うといった形で、日本の国の中で製造業を続けられるのであれば、是非ともそうしたい。

日本にいることのメリットもあるわけですよね。一番大きなメリットは、産業連携です。我々は自動車産業などいろいろな企業の設計部門にも技術者を出して、ある新しい商品ができるときには、それに一番適合した部材をあらかじめつくったりして、一緒に新商品を開発しています。

それから日本の消費者は、非常に目が高い。厳しすぎる面がありますから、常に品質要求は厳しいわけですね。この厳しい品質要求に応え続けること。無理な要求だからといって決して諦めないで、何とかブレイクスルーし続けることによって、品質レベルは向上するので、そういう意味では日本にいることは、いろんな意味ではメリットもあるわけです。

しかし最近の状況は私自身、不安になっています。我々は政府に多くを求めるつもりはまったくありません。「放っておいてくれ」という心境です。しかし、世界と同じような競争条件を整えてもらわなければ、どうしようもないことがあります。その一つが、EPA(EconomicPartnershipAgreement:経済連携協定)です。これは農業問題が絡んできますから、なかなか日本ではEPAが進まない。大きなハンディがあります。二番目は、41%掛かる法人税です。世界各国の法人税はアメリカのみが30数%で、ほかの国は30%や20%台なんです。これは国際競争力において、非常に厳しい。

それから、最近の状況で申し上げたいのは、CO2の削減問題です。CO2の主要排出国、とりわけ中国は、削減に対して義務を負わないということです。例えば、我々は1トンの鉄をつくるのに、2トンのCO2が発生したりします。これはもう技術上、しょうがないわけです。日本の企業にだけ過剰に削減負荷がかかれば、当然価格的ハンディキャップを負ってしまう。これでは日本でつくれなくなるわけです。私どもは日本でつくりたい。しかし、このような状況下では難しい。したがって、4千万トンまでは国内で、しかし、残りの2千万トンは海外でつくることを決心しています。

どの産業でも、国際競争力がなければ、日本に存在する意義がありません。この国際競争力というものは、私企業だけですべてできるわけではない。国の政策としてある程度は担保してもらうことも必要です。これを常に強く、国には要求したいと思います。それができれば、まだまだこの日本で頑張りますよ。

政治と財界は真摯な対話をすべき

堀:三村会長の本音といいましょうか、放っておいてくれ、という言葉を心の叫びとして感じ取ったわけですが、それは私も本当に思います。企業益と国益のバランスについてもお話もありましたが、企業が一生懸命、国のためを考えても、政府が反ビジネス的な政策しか打ってこないという状況の中で、労働法における派遣の問題であったり、CO2の問題もあるし、法人税の問題もあって、あたかもビジネスがしにくい環境をつくろうとしているように感じています。企業が伸びなければ国の繁栄はあり得ないと思うわけですが、どう考えでしょうか?

三村:60年ぶりの政権交代ですから、当然のことながら不慣れな点はあるわけです。これをカバーする唯一のやり方は、新政権と経済界が対話をすることだと思います。率直に我々の言うことに耳を傾け、トータルとして「国ベスト」で判断されるのなら、一向に差し支えないと思います。その判断の中で、我々はどう動くのかを考えればいいわけです。

今の状況は、そういった対話が極めて少ない。これは日本にとって不幸なことだと思っております。どうすればいいのかということに対する答えは、こういう対話をできるだけ進める。我々も投げ出さないで、個々のケースで政治家の対話を極力持ちながらやろうとしておりますけれども、実情を正確に把握しもらったうえでの政策を打ち出すということに、努力したいと思っております。

堀:CO2の25%削減の議論があったときには、私も三村会長とまったく同じ意見だったんですね。そのときあまり発言しなかったんですが、これからは発言しなくてはならないなという気持ちがすごく強くなっています。理想論的に言えば、CO2を削減したほうがいいに決まっていますね。みんな削減するのには賛成だと言うんですが、現実問題として、それによって日本の製造業が置かれるポジションと、それから排出権に掛かるお金はどこに行くのかと考えた場合に、アメリカや中国などが、同じような立場で同じような条件でやるならば理想ですが、日本だけが突出して、そんなことを約束してしまう。グランドデザインが描かれないのに、どうやるのかという方法論もないままに、それを宣言してしまうのはいかがなものかと思うわけです。これについてはどう考えでしょうか。

三村:私はいま大切なことは、みんなが自分の思うことを率直に伝えることだと思いますね。あまりにも新政権との間を怖がって、自分の意見を表明しないということは、長期的に見て日本を衰退させることになると思います。最近、我々の業界でもやっているのは、志を同じくする人間が集まって、記者会見を開くんですね。例えば、この間の仕分け作業でも、ノーベル賞学者が集まり、あるいは大学の総長が集まり、はたまた歌舞伎役者が集まり、いろんな形であることに対して意見を表明し、それをマスコミが取り上げましたよね。我々は有権者なんですから、ただ単に黙っているだけではなく、同じ意見の人が集まって、勇気を持って発表する。それによって影響を与える。そういうことが我々に唯一残された道ではないだろうか思っております。

堀:是非とも私もそう言った形で、今度から発言したいと思います。最近ではBlogとかTwitterでの意見が、世の中を動かすこともあります。何かあったら私も馳せ参じますので、皆さんも是非声を上げください。自分一人が声を上げても無駄なんじゃないかと思われる方がいるかもしれませんが、そんなことはないわけです。みんなが声を上げれば変わっていくんじゃないかと思っています。違った意見があってもいいと思うんですよね。その対話の中で、初めて理解を促進していくということにもなっていくと思います。多面的な考え方と違いはあっていいので、自分の頭で考えるプロセスが重要でしょう。

需給ギャップを埋めるために合併が必要

堀:少し質問を変えたいと思います。ミッタル・スチールのことに触れられていました。現状のような経済危機に陥って、工場の稼働率が下がって、収益も落ちているような状況の中で、鉄鋼業界で世界最大手企業の買収劇があったということですが、まだその結果は出ていないと思います。規模の大きさにおいて良いのか悪いのか、あるいはどう考えていらっしゃるのか、伺いたいと思うんですが……。

三村:やはり、恐ろしい買収だと思います。去年の経済危機の中で、借金の返済が3兆6千億円ぐらいありましたから、当然リスクのある社債などには、みんなが手を出しませんし、一時的には大変な窮地に陥ったと思います。しかし、2千億円ぐらいの社債を、ちょっと高すぎるとは思いますが金利9%で発行できましたし、また増資もしたということで、きっと落ち着いたことでしょう。彼らが今やっていることは、合併によって膨れ上がったスタッフのうち2万1千人ぐらい削減しようとしております。それからトップの一声で、事務経費の見直しも行われています。

ミッタル・スチールについては様々な評価がありますけれども、この危機を逆手に取りながら、必要性のあるリストラを、懸命にやっていると認識しています。したがって、この数年間はそんなに大きな心配はありませんけれども、世界が再度経済成長の軌道に乗る段階では、非常に警戒しなければならない相手だと思っております。

堀:各国に比べて日本の企業の数は多すぎると、あらゆる業界で言われるわけですが、それを含めて企業規模を世界レベルに持っていくことが、重要な時期に来ていると思います。

三村:今回の不況の対策ははっきりしています。国内では需給ギャップが、7%ぐらいある状況です。その受給ギャップを解消することが急務となっています。そのための対策は明白です。それは、不要な設備を止める。一つひとつの会社が止めるというのは非常な苦労を伴いますから、最良の方法は合併してその中で非効率な設備を止める。

世界全体としてこのような不況に陥ったわけですが、不況のときに何が企業の成績に影響を及ぼすかといったら、好況の時に何をやるか。その裏返しが不況のときに現れると思います。好況のときにまずい設備投資をしたり、あるいは何もやらなかったという企業は、不況のときに必ず経営危機に瀕します。おそらくこれから色々な業界で、色々な規模で、企業の再編・統合が進んでいくと思います。それをチャンスとして捉えるのか、恐怖として捉えるのか、それは各々の会社によるものです。

トヨタは必ず復活する

堀:経営者として判断しなければならないことが、急激に多くなっていると感じています。特にコンプライアンスの問題ですごく騒がれるし、今回のトヨタ自動車のリコール問題でもあそこまで騒がれなければならないことなのかと思います。しかもグローバル化が進み、インターネットが普及して、多様化・スピード化している中において、経営者に求める資質が昔とは変わってきているんでしょうかね。

三村:そうですね。よく批判されるのが、社長の対応が遅れたということですよね。ただトヨタさんと私どもは付き合いが長くてよく知っているわけです。私が社長に就任したときのスピーチの一つとして、自己満足するな、いつも変革が必要な会社だということを盛り込みましたけれども、トヨタさんはそれを身をもってやっています。カンバン方式というのは、意図的に小さな危機を毎日作り上げるというのがその本質なんです。大きな危機に発展する前に、その問題を事前に解決するというのが、カンバン方式なんですよ。トヨタはそういうことに非常に慣れた会社であるにもかかわらず、なぜそういう事態に陥ったかということが疑問です。

日頃の付き合いからして、彼らは必ず克服できると思います。まったく私は心配しておりません。逆に言えば、今回の危機を会社変革の場にするという形で、彼らがこれを使うという決心をしさえすれば、さらに皮の剥けた企業になるはずです。それから社長の豊田章男さんが現地で従業員と会って、ちょっと涙ぐみましたよね。あの体験をすることによって、社長として一皮剥けたと思います。そんなもんなんです。社長が一つの危機を、自らのイニシアティブで、少し対応が遅かったとはいえ、何とか切り抜けたということは、ある意味で大きな自信になります。

堀:最後に一つだけ、経営には関係ないことを質問させていただきたいと思います。中央教育審議会の会長を兼務している三村さんから、教育に関しての課題、あれは教育に携わっている人に対するアドバイスがあれば、是非お願いしたいんですが。

三村:教育から一番遠い人間が、中央教育審議会の会長になりました(会場笑)。民間の経営者が中央教育審議会の会長に就いたのは、私で2人目なんです。日本郵船の元会長の根本二郎さんが1人目です。根本さんは見識と教育理論を持っていらっしゃいます。私も随分教わりました。私には見識も教育理論も何もないんです。なぜ私にお鉢が回って来たのかと、いろいろ考えました。

教育という世界にはもちろん大きな問題がありますが、その一つの問題は文部科学省にあると思います。文科省は大学関係者、あるいは予算を握って影響力のあるところには極めて強いです。ところが彼らが教育界全体の問題を大きく取り上げて、予算の大本の財務省に説明するということはあまりできないんです。

私が中央教育審議会の会長になると、文科省も説明に来る、財務省も説明に来る。どちらの説明が分かりやすいかというと、文科省の官僚よりも財務官僚のほうです。財務官僚は問題意識も的確です。そして、文科省に言ったのは、「あなたがたは本当に真面目にやっています。しかしもう少し自分たちの政策を、みんなにわかりやすく体系的に説明していただきたい」ということです。

私が文科省に何の借りもないがゆえに、自由に発言できる。それは私が中央教育審議会の会長になった、最大の理由ではないかと分析しております。教育の問題はみんなが大事だと口を揃える割には、自分の問題としての関心を持つ人は少ない。例えば、初等・中等教育では40人学級です。今の学習内容からすると、40人ではちょっと大変です。そこで、25人学級にすることを考えておりますけれども、今より大きな政府でないとできないわけです。教育を拡充するためには、財源が必要です。教育に対しても、社会保障に対しても、我々はより多くを要求するのであれば、我々は税金で支払うのだという覚悟が必要です。消費税の増税議論と同様で、決定的にこれが大きな問題です。最終的には予算がつかない限り、教育問題を解決するのはなかなか難しい。このように思っております。教育論ではなくその周辺の話で、あまりを役に立たなかったと思いますが……。

堀:グロービス経営大学院には、補助金は一切使われていません。それにもかかわらず、補助金を使っているところと競合して、グロービスを選んでくれる学生が多くいます。さて、時間も迫ってきていますので、会場からの質問を受けましょう。

職責は天が与えてくれるもの

会場:経営者になる前から「社長になりたい」という思いがあったとしたら、そこから社長になるまでの準備や心構えを教えていただければと思います。

三村:なかなか難しい質問ですね。自分が社長になろうと思ってもなれるものではない。しかし、社長になるかもしれないなと思うことは必要でしょう。会社によって仕組みは違いますので一様には言えませんが、ある段階移行を見込みのある人材に目を付けて、ある程度網羅的な業務を与えるというのは当たり前だと思います。しかし、本人にはその意図を一言も告げません。あるレベルに来ると落ちてしまうのか、あるいは上に行けば行くほど光輝くのか。そんな状況をじっと見守るというのが、通常の会社のあり方だと思います。

私は1人に絞ってしまうというのは、非常にリスキーだと思います。常に複数の人材に見込みを付けて、そこからどんどん絞りながら、副社長の段階では2人ぐらいに絞る。明示的には本人に言いませんけれども、自ずから分かるものです。率直に言って、自分自身も常務時代から「いずれ社長になるかもしれない」というような雰囲気というのは感じましたね。

こうなると不思議なもので、社内でもそんなにみんながゴマを擂るわけではないですけれども、会社全体の情報が入ってくるようになるものです。自分の職責とは関係のない人が、喋りに来るようになります。それ自体はいいことだと思います。そういう形で副社長ともなれば、全般的なことを知るべきだと思います。

ですから、そのときに本人がどう考えるかですよね。しかし、社長にしてもいろんな職責にしても、自分が取りにいっては駄目です。やはり、天が与えてくれるという側面が多いということだと思います。この点を踏まえないと、鼻もちならない人間が出来上がりますからね。自覚は必要です。それが自ずから社長への準備になってくると思います。それが行きすぎてはいけないので、そのへんのバランスをよく取りながら、頑張ってください。

会場:理想的な企業には二つの要素があるとおっしゃっていました。一つはよく鍛えられた現場。もう一つが方向性の確かな経営層。その距離を縮めることが重要だということでしたが、そこで質問が二つあります。まず、距離を縮めるのにどのようなことをされていたのか。それから、私も同じ製造業に属しておりまして、鍛えられた現場というものを、どのように捉えられているかということを、もう少し詳しく教えてください。

三村:この言葉は、私の造語ではありません。ある方からいただいた本の中に、よく鍛えられた現場という言葉がありました。現場と経営の距離を縮めるために何をやったらいいのか。これは難しいことですね。これは、現場を大切にする会社ということです。ただ単に言葉だけではなく、どのように実践するのかが大事です。いろんな業種によって状況が違うと思いますけれども、鉄鋼業の場合は、現場の力というのが強いんですよ。製造現場でも、営業現場でも、非常に強いんですね。

したがって、現場を大切にするというのは何かといったら、現場の声をよく聞くということだと思います。そのためには、各現場を必ず訪問する。頻度が高いと、現場に行くことが一つのお祭りみたいになってくるんですね。偉い人が来たと、「我々のところはこんなことやっているんだ」とアピールする。みんな喜んでいろんなことを喋ってくれます。「自分はこういうことをやりたい」と言ってくれる。私も秘書に書き留めておくよう言いながら、全てを覚えておくことはできない。しかし次に行ったときに言った本人はしっかり覚えているんですね。そういうことを、実直に繰り返しやっていく。進行管理と、約束をしたことを守るためのプロセスとして活用するということが、現場との距離を縮めるために非常に大切だと思います。

それから、鍛えられた現場というのは、これがまた難しい。現場のスタッフ、あるいは工場長との対話。そして、いろんな問題に対する取り組み姿勢。こういったものだと思います。私どもで最大の問題だったのは、先程も言ったように75%の人員をカットしました。すなわち、特に現場のスタッフを猛烈にカットしたんですよ。それによって、言ってみれば余裕がなくなり、いろいろな対話の機会がなくなるといったことが生じてしまったわけです。名古屋製鉄所で起きたガスホルダーの事故も、合理化の弊害が徐々にボディブローのように効いてきました。鍛えられた現場からは、乖離したものになっていることを自覚したわけです。

大きな事故が、何らかの新しい動きを誘発する一例です。名古屋の事故を契機として、自分たちの現場の実力がどれだけ問題があるのか、そのためには何をすべきか、こういうことを全社で取り組んで、それに対して予算も付け、人も付け、今でもまだ改善努力をしております。私は合理化というのは、どんなことがあってもやるべきだと思います。しかし、合理化の一つの大きな問題というのは、聖域を設けない場合に起こるわけです。どんな企業でも、絶対にしてはならない人員削減、あるいは絶対にしてはいけないコスト削減というものもあるわけです。しかし、急ぐあまり、そういった聖域にまで踏み込んだ合理化をやらざるを得ないわけです。したがって、鍛えられた現場をつくるということは、我々が達し得ない課題でありまれすけれども、いまだに20年間にやった合理化の弊害を直している最中です。

三村:人を選ぶときの基準について。三村会長は人どこを見ているか。特に周りにいる経営陣を、どのように選んでいるのか教えてください。

会場:自然に人を育てるということが大切だと思います。その中で、自分で這い上がってくる者は這い上がってくる。落ちていく者は落ちていく。これはある程度実力に任せていい。各人の置かれた環境というのは、そんなに不公平はないと思うんですよね。重要な仕事もあれば、それほど重要ではない仕事もあるかもしれないけれども、その中でも鍛えることはできるでしょう。若いうちから人を選ばず、最後まで競争させたほうがいい。そうすると自ずから、1人の人間の評価は定まってきます。例えば、誰を選ぶにせよ、1人だけで選ぶわけではない。我々の会社では人事を担当する副社長がいて、秘書がいて、助言を求めたい者がいる。自分の好みが相当ありますからね。自分の好みだけで物事を判断するのは一番いけないわけですが、非常にフェアな評価をする人間も中にはいます。したがって、そういう者の評価を大切にする。人事評価は大変難しいんですけれども、最終的に目の輝きとか、元気だとか、声が大きいとか、そういうことに帰結するんじゃないでしょうかね。いま言ったようなことが、総合的な選び方だと思います。

会場:三村さんがハーバード・ビジネススクールで学ばれて、社長時代にすごく役立ったとか、勇気の源になったようなことがエピソードとしてあれば、是非お伺いしたいと思います。

三村:ハーバードで学んだことで、役立った例を示せば模範的な回答になるんですが、意外と思い付かないんです。しかし、私どもはグローバル・プレイヤーになる過程の中で、外国の要人と話す機会が相当増えました。海外企業の社長たちが来日したときに、私のところに寄ってくれるんです。そういう意味で、人的なそこはかとない仲間意識のようなものがあることは、感じられます。もう一つは、今の世の中で日本という場所柄。日本の窓から世界を見るだけでは視野が広がらないと思うんですね。日本の状況が世界の中で標準的かというと、極めて特殊な状況でしょう。日本をグローバルな見方から客観的に眺めるということは、ハーバード・ビジネススクールにいたからできたことではないかという気がします。

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