田坂広志氏 −資本主義の行方と日本型経営の復活(前編) 

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日本が世界に発信できる価値観とは

田坂氏は東京大学大学院を卒業後、シンクタンクである日本総合研究所の設立に参画。異業種連合の手法により、数々のベンチャー企業や新事業の創出に取り組み、2000年には社会起業家の育成と支援を通じて社会システムの変革を目指すシンクタンク・ソフィアバンクを設立。様々な分野での社会変革に取り組んでいることで知られる。

田坂氏は、シンクタンク代表、大学院教授、経営者としての顔に加えて、思想家としての顔も合わせ持ち、新たな社会のビジョンと新たな時代の生き方を問う著作を、数多く発表している。昨年9月には、世界経済危機後の資本主義の向かうべき方向を指し示した著書、『目に見えない資本主義』(東洋経済新報社)を上梓。今回の講演会は、この著書の内容にもとづいて行われた。

田坂氏は昨年1月に開催されたダボス会議に出席。米国の宗教家、ジム・ウォリス氏の「もし、この経済危機が終わったとき、我々が何も変わらないのであれば、この危機の中で苦しんだ多くの人々の苦しみは、すべて無駄になる」という発言に感銘を受けた。しかし、その一方で、世界的な経済学者やエコノミストが資本主義の未来を論じないことに疑問を抱き、「日本という国から世界に向けて、資本主義の未来について、信念を持って語るべきではないか」と感じた。それが、この著作を執筆した理由であるという。

田坂氏は、「統計や分析による従来の未来予測手法は、変化が激しいこの時代には、役に立たない」としたうえで、自身が未来を予見するために用いているヘーゲル弁証法の手法を紹介。世界は螺旋的に発展していくという「事物の螺旋的発展の法則」によって、未来を大局的に予見できると話す。

「世の中の進歩、発展は右肩上がりで一直線というのは錯覚。進歩、発展は螺旋的に起こる。すなわち、螺旋階段を登る人を、横から見ていると上に登っていくため、進歩、発展しているように見えるが、上から見ていると一周回って元に戻ってくる。すなわち、古く懐かしいものが復活してくる。ただし、螺旋階段であるため、かならず一段上へ登っている。言葉を換えれば、古く懐かしいものが、新たな価値を伴って復活してくる」

この法則を踏まえたうえで、現在の資本主義の基盤にある経済原理に、いま大きなパラダイム転換が起こりつつあると述べ、(1)「操作主義経済」から「複雑系経済」へ、(2)「知識経済」から「共感経済」へ、(3)「貨幣経済」から「自発経済」へ、(4)「享受型経済」から「参加型経済」へ、(5)「無限成長経済」から「地球環境経済」へ、という5つのパラダイム転換について述べた。

そして、さらに、第3のパラダイム転換においては、ヘーゲル弁証法のもう一つの法則、「対立物の相互浸透の法則」が起こり、貨幣の獲得を目的とした「マネタリー経済」(貨幣経済)と、精神の満足を目的とした「ボランタリー経済」(自発経済)が融合していくと述べた。その具体的事例として、グーグルが、検索サービスは無償で提供しつつも、その周辺に高収益の広告ビジネスモデルを生み出していることや、アマゾン・ドット・コムという卓越したビジネスモデルにおいて、最も人気のある書評サービスは、草の根のユーザーのボランティアの参加によって生まれていることなどを挙げた。

さらに田坂氏は、この貨幣経済と自発経済の融合は、企業や組織のレベルにおいては、「利益追求」と「社会貢献」が融合していくことを意味していると述べる。その事例として、NPOがサステイナブルなビジネスモデルを持った社会起業家を目指すことや、逆に、企業が社会貢献やCSRに積極的に取り組むことを挙げる。この結果、NPOと営利企業は、互いに「社会的企業」(SocialEnterprise)と呼ぶべき組織に向かっていくことを述べた。そして、これは実は、かつての日本企業の姿そのもの。そのことを、松下幸之助氏の三つの言葉を紹介しながら語った。「企業は、本業を通じて社会に貢献する」「利益とは、社会に貢献したことの証である」「企業が多くの利益を得たということは、その利益を使ってさらなる社会貢献をせよとの世の声である」。これこそが日本型経営の原点。企業の究極の「目的」は社会貢献であり、利益追求は、それを実現するための「手段」に他ならないと、田坂氏は述べた。

田坂氏は、「私は決して、『日本こそが優れた国だ』といった偏狭なナショナリズムで、このことを申し上げているのではない」と強調したうえで、「この日本という国には、この国独自の素晴らしい精神や思想や文化がある。もしそれが、世界と人類の未来に役立つものであるならば、謙虚な心を持って、それを世界に届けていくべきではないか。より素晴らしい未来のために、次の世代にバトンを渡していきたい。我々は、まずその素晴らしい未来を心の中に描くことから始めよう」、と訴えかけた。

また、講演の中では、しばしば、自身の人生観や哲学にも触れ、「心の中で生涯鳴り響くような言葉を、いくつ持っているか。そういう言葉が、この時代を生きるために大切ではないか」「東洋思想に『知行合一』という言葉があるが、その意味で、我々の人生は、知識や智恵と行為や行動が統合されていなければならない」「立派な哲学やビジョンを語るだけでは無力であり、ビジョンや思想に加えて、戦略、戦術、行動計画、そしてそれらを実行する様々なスキル、センス、テクニック、ノウハウ、さらにはマインド、ハート、スピリット、パーソナリティまでを垂直統合して身につけるべき」「人間の器とは何か。私は若い頃、それは清濁併せ飲む力だと思っていた。しかし、そうではない。人間の器という言葉の本当の意味は、壮大な矛盾を心の中に把持する力のこと」、などの言葉が語られると、会場に詰めかけたビジネスパーソンらは真剣な表情で聴き入っていた。

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