世耕弘成×松井孝治「もう一度政治を創る——世代交代の先にあるもの」 

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「どういう国になっていきたいのか」という議論を政治家自身がしていない(松井)

堀:私は、日本の政治を良くしていくためには、日本のビジネスリーダーが、もっと政治に関わるべきだと、常日頃から思っています。「ビジネスマンは政治に関して中立であるべきだ」と昔はよく言われていました。しかし、そうするとビジネスと政治が乖離していって、政治が圧力団体に操作されるものになってしまいます。私たちはもっと建設的に何かできないか、政治に関わっていく必要があるのではないかということで、今回、あすか会議のテーマの一つに「政治」を置きました。世間では、「何をしたいのか、よく分からない政治家が多い」という意見をよく聞きますが、ここにいる二人の政治家は、やりたいことを明確に持っていらっしゃいます。早速、最初の質問ですが、なぜ政治と我々民間が離れてしまったのか。その阻害要因は何でしょうか?

松井:民主党に所属している参議院議員の松井孝治と申します。選挙が近いこともあり、テレビなどでは、自民党対民主党という構図で政治が語られていますが、それだけをしていても前には進めません。今日は、党を代表してではなく、最近の政治の実像を皆さんと共有しながら、前向きな議論をしていきたいと思います。先に自己紹介をしますと、私は通商産業省(現・経済産業省)に入省して役人をやっていました。そもそもの出自は、宿屋のせがれでありまして、それが何を間違ったのか役所に入って、役所で17年半を過ごしました。そして政治の世界に転じました。当時は役人を辞めて野党から出馬するケースは少なかったのですが、野党・民主党から出て今日に至っています。それから8年間も野党でいるとは思っていませんでしたが、不本意ながら野党のままです。

堀さんの質問に戻り、何が阻害要因かを考えたとき、我々の至らなさもありますが、本質的なものは、今日いらっしゃる皆さんを含め国民の政治を見る目が、やや当事者意識から外れているというところではないでしょうか。国民の立場であれば、自分たちがどう政治家を使いこなすか。政治家であれば、スタッフである役人をどう使うかということ。そうした「自分はどうするか」という意識が薄くなっている。自分たちの税金の使い道をどうしたいのかという議論や意志を抜きにして、「政治家は何をしてくれるのか」という批判から入ってくる点が、日本の最も大きな不幸の要因です。「自分たちが我慢する」のではなく、「自分たちは我慢をさせられている」という立場から、お上に対して文句を言う。でもお上に文句を言いながら、同時にお上に頼ってしまうという意識がずっとあります。その状況が、どんどん悪くなっているような気がします。

私が役所を辞めて政治家を志すときには、そうした状況に対する問題意識、一人ひとりの国民が政治のオーナーであり、国のオーナーであるという意識を持ち得ていないことを何とかしなければいけないとの想いから、政治の世界を志しました。その私もかれこれ8年間、国会議員として仕事をしていますが、力及ばず、ますます状況は悪くなっていっているように感じます。「どれだけの年金を保障してくれるの?」「どれだけの子ども手当をくれるの?」「どれだけの医療を提供してくれるの?」ということばかりを国民が求めていて、あるいは政治家がそういうことに迎合する議論をしていて、自分たちでそれをどう賄っていくのかということについての議論を深め切れていない。これは我々が本当に反省しなければいけません。先ほど、あすか会議の参加者それぞれの方々のお名前の写真と経歴を拝見しましたが、今日集まった方々であれば、一方的に我々の考え方を伝えるというよりは、いろいろな問題意識をシェアしながら、これからの政治のあり方、行政のあり方を共通意識として持って、国づくりについて考えられると期待しています。

グロービス経営大学院というビジネススクールがあって、190人が集まったこの会場には一体感がありますが、その延長線上に国というものがあります。我々は経済成長に重点を置くべきか、国際政治の中でパワーを持つことに重点を置くべきかなど、何に重点を置くべきかについては、個別にいろいろな価値観があろうと思います。しかし、それ以前の問題として、底流にあるべき、同じ国、同じ文化を共に背負い、共に生きていくための連帯感が、今の日本にはとても希薄であることに私は強い危機感を持っています。

高度成長期には「とにかく経済を成長させて一等国になりたい」というのが、ある種の国家目標になっていました。これは明治維新以来の国家目標とも言えます。近年その国家目標がなくなった中で、「どういう国になっていきたいのか」という発信を我々政治家自身がしていないし、それを国民に呼びかけてお互いに議論することがない現状をどう変えていくのか。そのあたりが政治の場に生きる者として、最大の悩みでもあるし、今日皆さんと議論していきたいことでもあります。

選挙運動や後援会活動が日常生活からかけ離れてしまった(世耕)

世耕:世耕弘成と申します。和歌山県選出の参議院議員です。今日は3時過ぎに起きて、5時40分から『みのもんたのサタデーずばッと』という番組に出ました。その後、計画では新宿駅から小淵沢駅まで寝て来るつもりだったのですが、鞄の中に本を1冊入れてしまったことがミスでした。村上春樹さんが書いた『1Q84』という本ですが、面白くてついつい読み進めてしまい、電車の中でもほとんど寝ないまま来て睡眠不足ですが、頑張って議論をしていきます。テレビでは小沢一郎さんと自民党の西松献金問題はどっちが悪いかとか、鳩山由紀夫さんの故人献金と自民党の団体献金問題はどっちが悪いかとか、そういう責任のなすり合いは随分やってきましたので(会場笑)、ここでは松井さんと建設的な議論をしていきたいと思います。

今日こういうところに集まっていらっしゃる、まさに日本の最先端で、いろいろなノウハウが詰まったビジネス分野の方々が、なぜ政治に参加できないかといったところを、私もいろいろ考えてきました。

一つ例を上げますと、小泉純一郎さんが総理大臣になったとき、予算委員会で非常に面白いやりとりがあったのです。ある野党議員が「いくら法律を変えようが政治とカネの問題は後を絶たない。法律というルールすら守れないというのは、政治家が普通の人間ではないことを示しているのではないか」と質問したところ、小泉さんが立ち上がって、「そうですね。街中に自分の写真を貼りまくって、駅前でマイクを持って『私は立派な人間です』と演説する。まあ、普通の人間じゃないでしょうね」と答えたのです。これは一定の真実をついていて、私はまず一つは、皆さんと政治をつなぐはずである選挙運動や後援会活動などが、皆さんの日常生活やまともな社会の仕組みとかけ離れたところに来てしまっているのではないかと思っています。

私はこの仕事に入る前の13年間、NTTでサラリーマンをしていました。非常に悩みに悩んで、この世界に飛び込みました。とうとう政治家になったんだとはっきり自覚したのは、最初の選挙で街宣車に乗って、自分の頭上でウグイス譲が私の名前を連呼している、まさにそのときでした。そうした活動に触れ、何か変わった人がやっている活動ではないかとか、そういう世界に入ることは格好のいいことではないのではないかとか、そういうイメージを持たれていることが一つ問題だと思います。

確かに今の政治運動は変ですよね。まず街宣車で名前を連呼して、いったい何になるんだということがあります。街中に顔写真入りのポスターを貼って、景観を乱してしまっていいのか。しかしこれを、なかなかやめられません。街宣車をやめるには勇気が要ります。2年前の選挙でも、私の事務所に対する苦情で一番多かったのは何かというと、街宣車がうるさいことではなかったんです。「街宣車が近所を通っていったが、家の前は通らなかった。あなたは俺の応援が要らないのか」という苦情が来るんです。こういった意識をどう変えていくのかが重要だし、我々の側ももっと工夫して、皆さんに参加していただきやすい仕掛けを、いろいろと考えていかなければいけないと思います。

私がいま個人的に努力しているのは、毎週決まった時間に会場をオープンにして、どんな人でも迎え入れる活動です。私はそこに必ず1時間いて、皆さん方の苦情とか注文を受け付ける活動を、一所懸命にやっています。段々口コミで広がり、いろんな人が来てくださるようになりました。我々の側からもそういう努力をしますけれども、ぜひ皆さんからも政治に歩み寄っていただければと思います。

皆さんが政治に参加するチャンスは、実はたくさんあります。まず一つは個人献金。地元で集会をやると皆さん、「企業献金はけしからん」とおっしゃるんですね。その通りです。「では個人献金をしたことがある人は挙手してください」と聞いたら、誰一人として手を挙げません。個人献金は簡単にできるんです。これからもっと簡単にするために、インターネットでクレジットカードを利用できるようにしようとしています。献金は重要な政治参加です。

あるいは今度、衆議院議員総選挙があります。お住まいの地域には4年に一度の議会議員選挙があります。そういうときに必ず演説会があるんです。我々が設定する時間帯のまずさや周知不足があることは否めませんが、そういう場に参加して政治家の話を聞いてみて、どの政治家がどんなことを言っているのかを知ること。人となりや能力は、たとえ30分のスピーチであっても垣間見えますから、そういったところをチェックして品定めしてみることが重要です。皆さんが集会を主催することだってできます。私も松井さんも、5人集めてくれれば行きますよ。東京で5人なら行きませんが、地元の和歌山なら行きます(会場笑)。集まっていただければ、1時間くらいは割いて、私が何を考え、どのように政治に取り組んでいるのかを伝え、皆さんから質問を受けて国がどうなっているのかを回答します。政治参加には、いろんな形態があるので、ぜひ皆さんには小さなことからでも取り組んでいただきたいと思います。

経済成長を作り出し、果実を皆に分配する以外に、日本の幸せを築ける道はない(世耕)

堀:政治家と民間との関わりについて、私はアメリカとヨーロッパの状況に触れてから、ちょっと考え方が変わりました。グロービスが二つ目のファンドを共に組成したPEファンドの創始者、アラン・パトリコフ氏は、クリントン元大統領のサポーターをしていました。彼は、昨年の大統領選に出馬したヒラリー・クリントンのサポートもしています。イギリスには、トニー・ブレア前首相やゴードン・ブラウン現首相に親しい関係者がいます。欧米ではビジネスリーダーが、積極的に政治や政治家と関わって募金活動に協力するなどしながら、一方では自分の意見をはっきり言うことが当たり前になっています。もちろん、それが良いか悪いかには、色々と議論はあるでしょう。

ベンチャー・キャピタルを運営していて私たちが一番困るのは、海外の投資家が日本で税金を払わなければならないということです。日本の投資家が海外で投資をする際には、税金を払わなくていいにも関わらず、日本の場合は払わないといけない。以前、そんな話をしたところ、「お前はただ単に政治家と名刺交換して終わっているだけだろう。何か変えたいと思うことがあるなら真剣に(政治と)関わらないといけない」と言ってくれる人がありました。私はそれから政治家との関わり方を変えました。利益誘導は一切しません。ただ、正しいと思うことをやっていこうとしています。先般、医薬品のネット販売の規制の問題もありましたが、たとえすぐに結果が出なくとも、しつこく粘り強く正論を言い続けることは重要だと思います。

先にも少し話が出ましたが、政治に関わる議論というと、皆が言いたい放題に不平不満を言うという方向になりがちです。けれど今日は、きちんと解決策までを提示する希望を持った議論をしていきます。お二方から見て、いま日本が直面している課題は何で、どうすれば解決していけるのかをお伺いしたいと思います。私は海外の人々に会う機会が多いのですが、昨日も「お前の国はどうなっているんだ」と言われました。例えば、中国の人がティモシー・ガイトナー財務長官に会うと、明確な争点を持ってくるけれど、日本の人はお茶を飲んでいるばかり。日本は少子化問題を抱えているし、構造改革ができていないし、財政状態からいっても投資をする気になれない。なぜもっと主張しないんだ、と。お二人は、何が課題でどうすれば良くなるとお考えですか?

世耕:一番大きな課題は、中国をはじめとしたG20の枠組みの中で、日本が経済的な競争から遅れかけていることです。世界の枠組みはG8だったものが、世界金融危機以降、G20に代わっていっています。このまま放置すれば20年後から30年後には、日本はアジアの中でまあまあ大きい国という程度になってしまうという危機感を私は抱いています。だから本当にやるべきなのは、その中で日本の成長力や経済力の源泉をどういう形で確保していくか、死ぬほど真剣に考えることです。しかし、政治の議論はその課題をまったく無視しています。

どういう順で困っている人にお金をまわすかとか、不公平感を解消するには何をすればいいかとか、そういう議論が主流です。そういう中で成長のための構造改革を提起しても、罵声に掻き消されていってしまう。これは国会でもそうだし、自民党の中でも同様です。競争から脱落しそうになっている危機的な状況なのに、政治の世界ではその危機よりも、皆の平等な幸せが大切だという、うわべの理想論に終始してしまっている。私は、まず経済成長を作り出し、その結果として得られた果実を皆に分配する以外に、日本の幸せを築ける道はないと思っています。日本に資源や農産物がふんだんにあるのならいいのです。でもそれがない以上、我々は何とかして外貨を稼ぎ、それでいろいろなものを海外から買っていかない限りは、今の豊かさを維持できない。けれど悲しいかな現実の議論は、その方向には向いていません。

幸福の定義や幸福を生むモデル自体から作り直すべき転換点に来ている(松井)

松井:世耕さんの意見はもっともだと思います。それは1980年代から言われ続けていることでもあります。にも関わらず、これまで自らの経済成長力やポテンシャルを高める方向に投資をしてこなかったことは見直さなければならないでしょう。

けれど、敢えて違う視点を提供するとしたら、私たちは幸福の定義や幸福を生むモデル自体から作り直すべき転換点に来ているのではないか、とも思うのです。我々が考えるべきは日本で生活し、経済活動を営む方々の満足度をいかにして上げるかということです。この会場にも、介護、教育などシリアスな問題を抱えている方がいらっしゃることでしょう。

前原誠司さんが民主党の代表だった頃から言い続けていることなのですが、国が行政サービスとして医療や教育を提供し、それを国民は享受するという、「私食べる人、あなた作る人」のような関係は変えていかなければならない。私は食べるけれど作りもするんだというような、先に申し上げた当事者意識のある政治、行政とはそういうものです。自分の息子を預けている学校の教育力を高めるために、地域社会の一員として何ができるか。医者任せにするのではなく、医療の満足度を高めるため自分にできることは何かないか。つまり、自分自身が関わっているものの質を高めるために提供側の視点も併せ持って行く。

そういう新しい形を実現するためには、「中央集権の行政がサービスを作り出す」という感覚を、まず捨てなければなりません。民主党が政権を取って税金の無駄遣いをなくしていくだけでは根本的な問題解決にはならないのです。行政サービスを供給する仕組みから作り変える必要がある。

鳩山由紀夫さんのいう「友愛社会」を私なりに解釈すると、人を幸せにすることによって自分が幸せになるということです。皆さん一人ひとりが自分の生活を振り返ると、そういう部分があるはずです。それを活用していかないと、私はトータルとしての満足度は高まらないと思います。人のために汗をかくことが自分の喜びにもなるような社会を作っていく。皆さんからすればきれい事に見えるかもしれませんが、今の政治に最も必要とされている発想だと思います。

非常に単純化して間違った、でも国民が乗りやすい議論が先行している(世耕)

堀:お二人の話はつい聞き惚れてしまうくらい理想的ですが、一方で現実を見ると、自民党は麻生太郎首相のまま、いつ選挙に突入するのかもわからない状況です。仮に民主党が政権を握るにしても、暫定税率が減るとか子ども手当がつくとか細かい施策は聞こえてくるが、それを超えた新しい像が見えてこない。このギャップは何なのでしょうか。

世耕:それは私にも責任の一端はあると思っています。やはり安倍晋三内閣の挫折は大きかった。安倍内閣は非常に明確な国家観を掲げました。外交・憲法・教育などについて、これまで日本の政権が目指したことのないような大きな目標を立て、しかも経済は成長路線でしっかりやっていこうということを標ぼうした。けれど残念ながら、我々にも青いところがあり、目標に対して純粋になり過ぎたこともあって、頓挫してしまいました。

それ以降、そうした大きな国家観のようなものを掲げてはいけないんだという雰囲気が、少なくとも自民党の中には醸成されてしまった。だから福田康夫前首相は、「安心・安全」のほうに舵を切って、国全体の経済成長とか、あるいは憲法・教育をどうするかということよりも、消費者庁の創設とかそういったところを重視しました。そして麻生首相は、お気の毒なことに就任と同時この経済危機が起こったものですから、ひたすら景気対策に邁進するという状況になってしまっている。

もう一つは、メディアの責任も非常に大きいと思います。論客と言われる人たちが、議論のレベルをもう少し高いレベルに引っ張っていかなければならないのに、むしろ下げてしまっている。私が地元で有権者に言うのは、「ちょっと立ち止まって冷静に考えてみてください」ということです。

例えば年金問題。あの宙に浮いた記録問題は確かに非常にけしからん話ですし、解消のために必死の努力をしているところです。けれど、この問題で、マスコミが言うように、年金が破綻するかといえば、そんなことはないですよね。お金を払ってくれていたんだけれど、誰が払ったものかわからないという問題ですから、該当する加入者には気の毒な話で絶対に救済しなくてはなりませんが、年金財政から見たら極端な話、プラスなんです。あるいは国民年金の未納が多いから破綻するという話もありますが、未納の人には将来、年金を給付しませんから、マクロで見れば未納が多いほうが財政上の問題は少ない。そういう俯瞰的な視点、冷静な議論があまりないまま、感情論だけに走ってしまうことは、かえって危険です。

かんぽの宿の問題も、2000億円の物件を100億円で売ろうとしたことがけしからん、「西川辞めろ」という話になっています。が、これも冷静に考えてみれば、毎年40数億円の赤字を垂れ流しているのに、3000人の従業員のクビを切ることもなく丸ごと事業を引き取るという、そんなことに100億も出してくれる人がよくいたものだと思いますが、そういう議論にならない。メディアは、そうした違った角度からの意見も取り上げていくべきと思います。

ただ、私も頑張ってはいますが、そういう意見をテレビで言うと酷い目に遭います。2週間ぐらい前にみのもんたさんの番組に出たときに、年金の所得代替率(給付率)を現役世代の所得に対して50%確保する約束をしてきたけれど、それは旦那さんが働いていて奥さんが専業主婦のモデル世帯だけであって、ほかは違うじゃないかということを言われた。で、パネルが出てきたんです。「共働きの世帯は、何と35%しかありません。かわいそうじゃないですか」と。私が、「だって共働きの世帯は現役時代の収入が高いんでから、35%でも仕方がないじゃないですか。35%だけど、共働き世帯の平均年金受給額は40万円ですよ。40万円もあれば十分安定した老後をおくれるんじゃないですか」と言ったら、抗議のメールが500通ぐらい来ましたね。「40万円ももらっているからいいだろうとは何だ」と、ボロカスに言われました。非常に単純化して間違った、でも国民が乗りやすい議論が先行していることも問題だと思っています。

誰かを吊るし上げて共感し合っているだけでは何の解決にもならない(松井)

松井:メディアの方からどう思われるか分かりませんが、少し大衆迎合が過ぎるのではないでしょうか。大衆迎合には3点セットがあります。1点目は、いわゆる弱者の方。被害者や患者を前面に出すんですね。2点目は、カメラ。3点目は、叩かれ役。その典型例が官僚です。要するに被害者、弱い立場の人を前に出して、その弱い人たちが「こんな酷いことが起きている」と言う。そして、「そんな酷いことが起きるのを看過するなんて、お前らは何をやっているんだ」と官僚を叩く。それをテレビが実況中継する。これが一番、今のストレスの多い社会ではウケています。

野党の議員が、また、盛んに追及するんですね。現場で被害者の声を聞いているということには、敬意を表します。けれども、カメラを引き連れて役人をそこに出しても、まともなことは言えないでしょう。一言「すみませんでした」と言えればいいんだけれども、その瞬間、自分だけの問題では済まなくなって、政府として対応してこなかったことを認めることになってしまうわけです。

こうした一過性のストレスを解消するような企画に、テレビが一枚乗って官僚を叩く。溜飲を下げる意味はあるでしょうが、犯人探しをし、誰かを吊るし上げて共感し合っているだけでは何の解決にもなりません。起きている問題について、社会全体でどのように負担をシェアしながら対峙していくか。そうしたまともな議論を抜きにしてテレビ番組が成立してしまっている。そして、それを見る一般の方々が「そうか、役人が悪いんだ」と思う。この単純化した図式を打ち破り、もう少しクリエイティブに、具体的な対応策を検討していく、そういうセンスを持った議論を支持する国民を、メディアがつくれないものか、と思うのです。政治家自身も、ワイドショーの中で芸能人のような役割を担わされる状況に対して、もう少し違う角度から考えていくべきではないでしょうか。

行政サービスをつくる地域の現場で、人材や知恵の交換可能な社会を作っていきたい(松井)

堀:話を聞いていると段々、暗澹たる気持ちになってくるところもあろうかと思います。ですが私の率直な感想は、これだけ優秀な政治家の方々がいて、問題点を明確に理解していて、それでもクリアできない部分があるのであれば、自分達もただ文句を言っているのではなく、一緒に考えていけばいいじゃないか、と。そういう発想をするほうが建設的ではないかと考えます。

私自身の取り組みとしては、業界の垣を超え、10数年後に日本を率いていくであろう40歳代〜50歳代のリーダーが集まる「G1サミット」と呼ぶ会合を設けました。その枠組みの中で政治や経済の問題を討議し、さらに、問題点と打ち手を明確にした『100の行動』という何か書籍のようなものを刊行できればと考えています。『MBAマネジメントブック』のように2ページ見開きで、左上に問題点を書いて、その問題点に対する行動も書いてわかりやすくする。

どんな不況下でも10や20の策を打てば、たとえ図体の大きな大企業でも立ち直ります。ベンチャー企業なら、4とか5で何とかなる。だから国については、まず100出そうと。これは1年か2年をかけて、オープンに議論をしながら進めていきたいと考えています。その中には、国民の期待だとか、二宮尊徳の「補助を捨てて断ち切ることからすべてが始まる」という姿勢など、様々な考え方を盛り込んでいきたいと思っています。

さて最後の質問となりますが、そもそもお二人が政治家になるにあたって、成したいと思われたことを教えてください。グロービス経営大学院では、「創造と変革の志士」というスローガンを掲げ、志が一番重要だと言ってきました。私たちは民間の立場で志を立て、達成していこうとしていますが、お二方には政治の立場からの志をぜひ伺いたいと思います。

松井:二つありまして、一つはその時々に与えられた役割だけに徹しないこと。役割の交換可能な社会を作りたいと思っています。

私は、政治家が政治だけを稼業にするのは恥ずかしいことと考えています。別の仕事をやっている人が政治に関わって、2期8年とか3期12年とか、続けるにしてもせいぜい10数年ぐらい。そして政治感覚を身に付けた人が、またビジネスの世界に戻っていく。政治家は固定しない。これは官僚にも言えることです。東大法学部に入学して、成績のいい学生から順番に財務省・経産省に入っていくということではなく、自分の専門分野を見て30歳代で「この行政を直さないと、この産業界の構造も直らない」などと思った人が行政の世界に移ったり、ビジネスセクターに移ったりしていく。公的セクターに最優秀の人材が必要なことは事実ですが、だからといって公的セクターで一生、奉職してくれということではなくて、そこである期間一所懸命に活動してもらって、「役所とか政治にはこういう難しさがあるんだ」とわかったうえで、ビジネスに戻っていく。こういうところが非常に大事です。

それは政治家とか官僚とか一部の人材に限りません。先の話にも戻るのですが、例えば地域の学校で「日教組や校長が悪いから教育が破綻しかけている」というような文句を言うなら、いっそ「自分たちだったら教育を良くするために現場で何ができるか」ということを一般のビジネスパーソンも考えてみてほしい。内側から見ることで学校に対する理解も変わってくるだろうし、その姿を見て現場の先生方の意識も変わってくると思うのです。公のものである行政サービスをつくる地域の現場で、人材や知恵の交換可能な社会を作っていきたい。これが日本のガバナンスで一番大切なポイントだと思っています。

もう一つは、私たちの最終的な目標は、やはり国民の幸福感を高めることです。経済的な成長や競争力を維持することは勿論大切です。ただ、それは必要条件かもしれないけれど、それ自体が目的化しても仕方がないと思います。

「この国に生きていて、俺たちはハッピーだ」と思えるものが何なのかということを外的要因も踏まえ、真剣に考えたとき、経済的成長の占めるウエイトは、もはや低くならざるを得ないのではないでしょうか。経済だけで幸せを実現できる時代は終焉しかけているのではないか、私には、そんなふうに思えるのです。もっと大切なことは文化水準を高めていくことなのではないでしょうか。

私が、なぜ教育に力を注いでいるかというと、それが究極的には文化の水準を上げると信じているからです。エコロジーに配慮した家電製品を買ったらキャッシュバックをするというような税金の使い方は、従来の護送船団方式を新しい枠組みの中でやっているだけのことです。今の日本には、まだ、そういう政策がものすごく多いです。それよりも、教育のあり方を考え、日本ならではの価値観というものを構築していくことのほうが、ずっと大切です。産業構造の中でサービスの比重が高まるのと併せ、国民のコミュニケーション力を高め、世界の人々が喜ぶ独自のサービスを生み出せる基盤としていく。それが経済の競争力のみならず、国民全体の幸福感や文化的な価値を高める結果につながるはずです。私はそこに資源をシフトしていく時期に来ていると思います。

若い人が仕事で夢を持てるような社会にしていきたい(世耕)

世耕:私からは簡単に三つ申し上げます。一つ目は非常にありふれた言葉になりますけれども、政治主導ということ。皆さんが選挙で選んだ人間が、国のリーダー的なポジションをしっかりと、本当の意味で担っていくことです。残念ながら、そうはなってないのが現状です。私は安倍内閣のとき補佐官として1年間仕事をしましたが、ある程度、官邸に力を付ければ、やっていけると思っています。

二つ目は、やはり、経済成長が必要と私は思っています。成長がなければ夢もない。特に日本は地政学的な観点から見ても、色々な意味で強い規模の力を持った中国が近くに控えている。そうした中で、独立して国力を保ち続けるには、固有の技術力を強みとして様々な産業を育て、世界の中で輝き続けることが非常に重要です。これまでそういったことに対する投資を怠ってきた面はありますけれども、今後は選択と集中で一気に加速させていく必要がある。ネタはたくさんあります。例えばiPS細胞に代表される再生医療。この分野はアメリカに追い越され、非常に苦しい立場にはありますけれども、コアな技術はまだ日本が優位に立っています。こういった中から大きな産業が生まれてくる可能性があります。

三つ目は、コンテンツです。これからの日本は、文化を産業にしていかなければいけないと思っています。ものづくりの単純な組み立てでは、残念ながら中国に月収1万円という低コストの労働力がある限りは、日本の若い人たちの職場はとても確保できないと思っています。文化産業にあたるのが、フランスではファッションです。何十万人という雇用を生み出しています。アメリカにとってはハリウッド。これも何百万という若い人の雇用をつくっています。やはり日本は、アニメとか漫画とかゲームとか、そういったものを育てていく必要があるでしょう。漫画産業の中核で働いている私の友人が今パリにいますが、「JAPAN EXPO」で日本の漫画コーナーは、若者が長蛇の列を成して見学に来ているそうです。日本の文化産業を育てて、後はiPSとか新しい農業とか、そういったもので日本の成長を牽引していくことが重要だと思います。若い人がそういう仕事で夢を持てるような社会にしていきたいですね

何事も、最後はやはり「人」にかかっています。人の教育水準を、もう少し上げていかなければならない。きっちりと自己を確立した人間を育てていく。先ほど申し上げたような安直な議論がテレビなどでされていても、その問題の本質を見抜けるような人間を育てていく必要があると思います。私たち3人は先程、日本でなぜネット政治が進まないのかという議論を楽屋でしていたんですけれども、一つの大きなファクターとして挙げられるのは、日本はインターネットの力が弱いこと。ネットが政治に与える影響力というのは、アメリカや韓国やヨーロッパの国々に比べて、非常に弱いです。私が申し上げているのは、通信インフラの問題ではありません。日本はブロードバンドが、一番早くて安い国です。問題は、そのインフラをどう使うか、それを考える「人」にあるんです。日本で政治を扱っているネットメディアといったら、「2ちゃんねる」とかそういったレベルになってしまう。これは、ほとんど匿名で、罵詈雑言を発しているだけですよね。アメリカのオバマ政権をつくる大きな原動力となった「Facebook」のような、実名を曝け出したうえで、きちんと見解を述べ、インターネット上で仲間と連なり、政治運動を巻き起こすようなことが、残念ながら日本ではあり得ない。これも私は、人の教育に問題があると見ています。国際舞台に行ってもそうです。皆さんもいろいろ経験されているでしょうけれど、世界に出るとパーティ会場で積極的に話をしている日本人は少ないです。こういったことも含めて、きちっと自己を持って、それを発信してコミュニケーションを図る。そういう人間を育てていく必要を強く感じます。

まずはローカルな政治に参加するというのが非常に大事(世耕)

堀:ありがとうございます。ここから先は会場から質問を取ろうと思います。幾つか、まとめてお聞きしましょう。

会場:私も政治にあまり関心がない層の一人だったなと、反省させられました。これからはその意識を変えていこうと思います。お聞きしたいのは、さほど意識の高くない周囲も巻き込んで行こうとする場合なのですが、仮に私の妻を、「ちょっと政治活動に参加してみようよ」と誘うとき、どのように彼女を引き付ければ良いでしょうか。

会場:私は外務官僚を10年やっていて2年前に辞め、自動車メーカーの海外事業企画に転職しました。ですから、お二人の話が、非常によく分かりました。いま官と民の関係が離れているというのは、私は官民の意識が決定的に違うからだと思っています。私は政治と官僚の役割は、暮らしの枠組みやビジネス環境の枠組みをつくることだと捉えています。民は積極的に政治のほうに「減税をしてくれ」だとか、「開発費の免税をしてくれ」だとか、あるいは日本企業として「海外でのODAに進出させてくれ」というような働き掛けをするという意識も欠けていると思っています。そこをお二人も同じように考えているかというのが、一点目の質問です。二点目は、松井さんが官民の人材交流が大事だとおっしゃいましたが、私も転職してみてまさにその通りだと感じました。いずれ官のほうに戻って、民のほうで掴んだことを活かしたいと願っています。今の日本では、いまだに終身雇用が続いていますが、今後は活発な人材交流が行われるようになるのか。また、そのための阻害要因にはどういったものがあるのか、お伺いしたいと思います。

会場:話を伺って、お二人に関して共通点があると感じました。松井さんには「コミュニケーション」というキーワードがありました。世耕さんは「自己を確立する」ということで、お二人とも教育に対しての問題意識が非常に強いと思いました。しかしそういったことを実現するために、どういう教育をすべきかといっても、失敗ばかりだったと批判されています。具体的にどんな教育がされていったら、日本の人たちが変わっていけるのかというイメージをお話しいただければと思います。

世耕:まず、奥様が政治に食いつくためのアドバイスですが、私の演説会に来てくれれば、絶対に関心を持ちます(笑)。私は5人でも1000人でも来てくれるのなら、必ず何かしらの印象を残して帰ってもらおうという思いで必死に準備します。それともう一つは、いきなり国政ではなく、まずはローカルな政治に参加するというのが非常に大事だと思っています。成功体験をお話しします。和歌山県の田舎のある市でのことです。若い人たちがたまたま私の事務所のそばにいて、話す機会があったんです。茶髪の若者でしたが、「自分たちはスケボーをやっている。海岸沿いに駐車場があって、そこでやっているんだけれども、いつも取り締まられて困る。純粋にスポーツをやりたいのに虐げられている」という話をしてきました。私は一番若い市議会議員を紹介して、「スケートボードができる場所をつくってもらいなさい」と助言しました。海辺にきれいな海を見ながらスポーツを楽しめる場所ができれば、遠方からも若者に来てもらえるようになるから、市のプラスにもなる。彼らがこの議員に頼んだところうまくいって、ささやかなスペースですけれどもスケートボード専用の安全な場所ができました。その若者たちは市議会議員選挙のとき、ハチマキを巻いて街宣車に乗って選挙活動に携わっています(笑)。 その市議会議員も、絶対に手が届かないと思われたゾーンに支持層が広がり、選挙に強くなりました。今年も選挙がありましたが、上位当選しました。そういった体験を積んでいくことが大事だと思います。

お二人目の政治や行政が枠組みをつくって、民間がそれをどう使うかというお話。これもまったくおっしゃる通りだと思います。人事交流については、私と松井さんはまったく違う立場ですが、共にシンクタンクでやっています。松井さんは「プラトン」という公共政策プラットフォームを、民主党に立ち上げました、私は自民党のほうで「シンクタンク2005・日本」を立ち上げました。ただ、お互いに苦労していますよね。なかなかお金も集まりませんが、そういったシンクタンクなどが、(米国の政権交代時に政界と民間を行ったり来たりするような)リボルビング・ドアのさらに中継点として、重要な機能を果たす可能性があります。私は自民党が万一下野した場合、一つだけ楽しみにしていることがあります。それは、官僚の手を借りられなくなるということです。そうなると、シンクタンクなどを活用しなければ生きていけないという状況に陥る。そういうったとき、また皆さんに知恵を貸していただきたいと思っています。

日本の教育は、「一つの正解をどうやって見つけるか」というところに収斂してしまっている(松井)

松井:最初の話については、私も世耕さんの演説を見てみたいと思います。そういう食いつかせるような政治家はもっと必要ですよね。

それから今、シンクタンクの話が出ましたが、私たちが「チームB」と呼んでいたものがあります。もともと役所にいるときに、経済産業研究所をつくりました。これは「チームA」とは別に、ことごとく立ち向かう「チームB」を編成することが目的でした。言うなれば、それが二大政党制なんですよね。要するにセカンドオピニオンです。「お前らの言うことホントか」と、「ちょっと違うんじゃないか」という仮説を常に、それなりの論拠を持って提案するような人たちをつくることは、社会の二枚腰、三枚腰の強さをつくるために、すごく大事だと思っています。それからこれも世耕さんとほとんど考え方は同じですが、公務員制度改革をやっています。野ざらしになりかかっているんですが、例えば役所に入った人材が民間会社に再就職すれば、グローバルな観点からほかの国の企業はもっとえげつない働き掛けを政府に対してしているというような実情を反映させることができます。そして、そういう人材に更に次は経済産業の局長をやってもらうようなことができるというような公務員制度が理想です。幹部は外部から持ってこられるようにしよう。それから、どこかの省の事務次官が、傘下の庁に移って長官をやることがあってもいいし、局長をやることがあってもいい。何でもありにしようじゃないかということです。大学だったら教授から総長になって、その後にまた教授に戻ったりするんですよ。そういうふうに、幹部人事制度をオープンにしていきたいと思っています。

コミュニケーションの話は例えば平田オリザという劇作家の方が、いい学校でいい教育をしているんです。彼は駒場高校や海城学園などで、ワークショップをしながら、コミュニケーション教育を施しています。先進国の中で演劇教育が確立していないのは、どうも日本だけのようです。民間出身の教育者で著述家の藤原和博さんの言葉を借りれば、日本の教育は、「一つの正解をどうやって見つけるか」というところに収斂してしまっている。正解は一つでそこにどうやって辿り着くかというような教育をしていて、それを偏差値で評価している。50分なら50分の限られた時間の中で、どれだけ多く正解に辿り着けるか。10中7問正解なのか、10問正解なのかというように競い合っています。でも、世の中にはそんなきれいな正解は、まずないですよね。

例えば、藤原和博さんがよく言うのは「赤ちゃんポストを世の中に広めるのがいいのか悪いのか?」。どちらが正解ということはなくて、いろんな議論がある中で、現実に地域の特性と折り合いをつけながら、どういう解決策を見出すかというようなことが、これから必要とされる能力です。どうやって人々を説得するかが大事な能力なのに、日本の教育はそういう前提にはなっていない。それで果たして世界の中でクリエイティブな人材を育成できるのか。こういうことを考えていかなければなりません。最近、日本演芸の寄席に人を連れていって、「どう思いますか」と聞いたりしています。日本にはものすごく深みのある文化があるんだけれど、学校の中ではその存在自体を教えていない。皆さんぜひ寄席に行ってみてください。

世界が一つのクラスだったら、日本は「いい人」(世耕)

堀:もう少し、お聞きしましょう。

会場:今日のお題の中に「世代交代の先にあるもの」とありますが、政治にしても経済にしてもどうすれば世代交代が進むかという、ダイレクトな質問をさせていただきます。先程のお話にあった「成長の話ができない」ということに私は危機感を抱いています。そこに話を持っていくためにも、特に政治に関してどうすれば世代交代進むのか、教えていただきたいと思います。

会場:私はこの時代にも、ヒーローが必要だと思っています。お二人がお生まれになった年に活躍していたジョン・F・ケネディは、就任演説で「国が何をしてくれるかを望むのではなく、自分が国に何ができるかを問いたまえ」と言いました。いま政治家は調整人事で要職に就くし、経営者はサラリーマンのなれの果てだという日本の現状があると思いますが、では骨太の政治家をどうつくるのか、リーダーとしてどうしていくのか聞きたいと思います。お二人は、仮に総理大臣となったら、就任演説で何を話しますか?

会場:私は個人的には、世耕さんがおっしゃったように、日本の成長という意味で最も大事な策は、少子化対策をどうするかということ。それから例えば、ベンチャー企業のような多くのアイデアやビジネスプランを持った会社が、どんどん出てくる仕組みをつくることが必要だと考えています。その点について、どう思いますか?

会場:政治家としてこれからやりたいことを聞いていて刺激を受けましたが、まだ日本がどうなっていくのかというイメージが、具体的に見えなかったような気がします。もし世界が一つのクラスだったとしたら、日本はどんな個性を持った生徒になるとお二人が描いているのか、たとえていただければと思います。

世耕:世代交代が進めるにはどうすればいいかというと、乱暴な言い方をするなら一回潰れるしかない。いま政界は非常に緊迫してきていますけれど、その先にあるものを私はすごく期待している一面もあるんです。例えば、天下りは役割を完全に終えていて規制したほうがいいのは明らかなのに、それに対して賛成する人が少ないというのは、厳しい現状をつぶさに表していると思っています。

あとリーダーになったらどういう演説をするか。まだこれからじっくり考えますが、今の日本の政治家は演説を軽視し過ぎだと思います。政治家にとって演説というは、最大の武器だと思います。私がもし総理大臣になったら、国民が永遠に記憶に残してくれるような、いい演説をしたいです。それは言葉の美しさを含めて、ストーリー展開も含めて、印象に残るような演説ということです。

少子化対策にはいろいろ案がありますが、ただ、時流に逆行しますけれども、ある程度は民に任せたほうが面白いことができると思っています。例えば託児所一つをとっても、官に任せると自宅の近くにたくさんつくろうとします。しかし民の感覚であれば、会社の近くにたくさんつくろうということになります。今のお母さん世代の女性からすれば、実は自宅の近くにあっても意味がないんですね。会社の近くに子どもを預けられる保育園や託児所があれば、非常に助かる。こういう点からして、民のサービスの発想でやってもらえれば、面白い展開ができるのはないかと思っています。

世界は一つのクラスだったら、日本はどういう生徒なのかということですが、これは「いい人」だと思います。アメリカはジャイアンでしょうね(笑)。ジャイアンとかスネ夫とか、たくさんの強烈な奴がいる中で、日本は「いい人」です。私がいろいろな国際会議に出て感じることは、確かに日本はピュアで、あまりにもナイーブなところがあると思います。しかしその一方で、非常に信用されている面があるんですね。中国が国際会議で意見を言うと、周りの皆は絶対にすんなり「うん」とは言いません。「これは何か思惑があるはずだから、一旦持ち帰りましょう」と必ずなります。フランスが意見を言ってもそうですね。アメリカは高圧的で、「また全部自分で仕切ろうとしているな」と受け取られます。日本の意見に対しては、「ちょっと聞いてみよう。この人は真剣に全体のことを考えて、いい意見を言おうとしているんじゃないか」と、基本的には日本の意見には耳を傾けようしてくれる。こういう信頼感は、いま現実にあるんです。世界で日本は馬鹿にされるだけではなくて、この信頼感を大切にしていくべきです。そこに技術があって、器用で…。例えば小学生の頃に、おもちゃが壊れると直してくれるような友達がいましたよね。そういう存在になっていけばいいと思っています。

年を取ってもいい人はいるし、若い人でもくだらない人はいる(松井)

松井:まず世代交代ですが、これはそんなにしなくていいと思っています。世代交代とか政権交代とか、ちょっと陳腐な議論ですよね。世代を超えてつまらない人はつまらない。若くてもつまらない人はいるし、年配でも立派な人はいる。自分が年を取ってきて世代交代となると、自分が追われるほうになりますからね。自分の利益からしても、あまり世代交代については言わないようにしようと(笑)。それは冗談ですが、年を取ってもいい人はいるし、若い人でもくだらない人はいる。そういうことです。だけど、選別はしなければいけないですよね。

演説はものすごく大事ですね。オバマ大統領のスピーチ、あれは本当にいいですよね。若い才能を使って、非常に高い完成度です。私は自分の演説が下手なんです。人の演説の原稿をつくる方が向いていると思っています。そういうスキルを活かして、ここにもっと資源を投入するという、それが命綱ですね。テレビのワイドショーのような食いつき重視ではなくて、もっと心に染みるような、後で見ても「これはいいな」というものを、労力を掛けてつくりたい。そういう政治をしたいですね。

それから少子化対策とベンチャーに関しては、世耕さんと意見がまったく同じで、その対策を打つと言って、それ自体を目的化してしまうところが、日本の貧困さを示していると思います。結果としてそれが「子どもを産みたい」と思える環境、「会社をつくって勝負してみたい」と思えるような環境を整備することしかないでしょう。あまりダイレクトに対策を練っても駄目なのではないでしょうか。例え
ば、幼児保育について従来の箱モノの発想を超えて、近辺にいる育児の「卒業生」である奥様に、どうご活躍いただくか。その人たちの家にむしろ押しかけていくような、保育所に対する発想を転換することを実施するのがいいような気がします。

世界が一つのクラスだったら、日本はどんな個性を持った生徒かという質問ですが、日本人の特徴は物事に融和的で、溶け込ませるのが上手ということから考えると、仲裁役が適しているでしょう。「俺が俺が」で突き進むのではなくて、利他的な国を目指すべきだと思います。もうちょっと私の主義を入れると、「やっぱりこいつがいないとさみしいな」という、力も強くないし大金持ちでもないかもしれないけれども、「日本がいないと何だかさいみしい」と思われるような、粋な国であってほしいと思います。

堀:今回は冒頭に政治のセッションを持ってきました。私は民間の立場から政治とどう関わっていくのかを、一つのテーマとしてずっと考えてきたんですね。いまだにその答えは出ていませんが、同じような志を持った方々をサポートしながら、その中で日本を良くしていくための関わり方ができならいいと思っています。皆さんには自分なりの方向性で関わっていくための、きっかけにしていただければと思います。

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