「グローバル」日本の創造と変革の志士がグローバルで期待される役割 

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「グローバル展開ということを、特別のものとして崇めすぎないほうがいい」――。あすか会議2008「グローバル」セッションには、中国、インド、米国という異なるバックグラウンドから日本に来てビジネスを進める3名が登壇。国境や言語、文化の枠を超えて、しなやかにビジネスを展開する奥義に迫った。(文中敬称略、写真提供:フォトクリエイト)

一つ前の「創造」セッションでも期せずして企業の海外進出の話が出ました。環境変化など勘案すると、試しに「海外に行く」というレベルではなく、腹を据えて「グローバル展開する」べき時期の来ていることを痛感します。では、グローバル展開にあたって、日本国内における勝ちパターンは、そのまま生きるのか、或いは何らかのカスタマイズが必要となるのか。また、その鏡像として、グローバルから見た日本市場の特殊性を、どのように評価すればいいのか。本日はそのあたりを、中国、インド、米国という異なるバックグラウンドから日本に来てビジネスを進めているお三方を迎え、議論していきたいと思います。まずは、日本との関わりを交えながら自己紹介を、お願いします。日本にいらして一番うれしかった出来事なども、是非、お話しください。

厳:私は1981年、18歳で日本に来てから、ずっとこちらで仕事をしています。当時の中国は、海外留学の自由度が、今よりもっと低かったため、「君は日本に留学に行け」と言われたとき、とても嬉しく思いました。27年にわたり日本にいますので、日本人の皆さんと同じような感覚で日本や世界を見ているように感じます。

厳さんは、東大大学院に在学中の1991年に臨床試験を受託する現・イーピーエスを創業、2001年にジャスダック、2006年には東証一部上場を果たされました。スリラムさんは、IIM(インド・ビジネススクール・アハメ ダーバード校)でMBA取得後、インフォシスに入社。日本における事業立ち上げを担当され、現在はシンガポール、香港、オーストラリア、中国まで業務範囲を拡大しておられます。

スリラム:私は12年前に日本に来ました。日本語を一切、話せませんでしたので、最初の1年程度は、言葉が仕事の障壁になる辛さを痛烈に感じました。営業の電話などで言いたいことを理解してもらえるだけでも嬉しかったことが思い起こされます。

マイナーさんは、1987年に日本オラクル初代代表に就かれ、1999年にサンブリッジを設立。以来、日本のベンチャー支援をして来られました。

マイナー:私は妻とも日本で知り合いました。初めてキスをしたときは、とても嬉しかった。挙式は神前で行いました。日本の文化に関心があったし、家族や友達にも見せたかったのです。本来、神前挙式というのは親族だけが列席するもののようですが、友達にも来てもらいました。そちらも、大変に嬉しかった出来事の一つです。

ありがとうございます。早速、主題に移っていきたいのですが、お三方から見て、日本という国、市場は、どのように映っているのでしょうか。

ベンチャー企業にとって日本は「砂漠」のようだった

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スリラム:私が強く感じるのは、日本は今、様々な意味でターニングポイントに立っているということです。第二次大戦後、日本は大変な経済発展を遂げました。その勝ちパターンを今も、踏襲し続けている企業が多くあります。しかし、(国内ではそれで良くても)外に目を向けると大きな環境変化にさらされています。特に中国、インド、ロシア、中東などの台頭は目覚しいものがあります。今は輸出入で関連の深い国々も、日本よりもビジネスのしやすい市場を見つければ、すぐに他に移って行ってしまうでしょう。また、高齢化の進行などにより人材供給力の下がっていることも気になります。

外国人の視点から見た日本の魅力という観点では、三つ挙げたいと思います。一つは(少なくとも現時点では)米国に次ぐ市場規模。もう一つは、どこにいてもインターネットなどを介して資金調達が可能であるという、金融の基盤整備。そして最後が、技術力です。いずれも見方によっては、ネガティブにも取れますが、これら三つの価値を再定義し、うまく組み合わせることで、日本は、まだ充分に優位性を築けると、私は思います。

日本で学び、日本で起業された厳さんの視点から見ると、いかがでしょうか。

厳:先ほども申し上げましたが、日本に来て27年が経ちますので、私の感覚は日本人に近くなっているかもしれません。

私は1981年に来日し、バブル景気から崩壊、続く“失われた10年”まで一連の時間を、日本で過ごしました。ただ、私自身は貧乏学生だったせいか、バブル景気の凄さを肌で感じたわけではないですし、“失われた10年”といっても、日本がどん底まで落ち込んだというようには感じませんでした。

これら内的な変化より、むしろ、日本は強い外的変化に遭遇していると言えるでしょう。日本自体は、大きく変わらないが、周辺の韓国や中国という国が激しい変化を遂げている。その対比において日本の将来に対する不安感が醸成されているように感じます。

忘れてはならないのは、国の成長ステージ、経済の発展段階に応じて必要とされるビジネスの種類や質は異なるということです。一例として上海空港を挙げると、空港開設前に私は、「なぜ、こんなに巨大なものを作ったのだろう。こんなところに人が集まるわけがない」と思いました。ところが、フタを開けてみれば大賑わいです。この盛況を予見できないあたりに、私の“日本人的”な感覚が出た気もします(笑)。

日本の市場は飽和状態にありますが、中国は伸び盛りです。だから例えば、非常に洗練されたサービスというのは、もう少ししてから需要が生まれるのだろうと思います。それは日本にチャンスがないという意味ではなくて、今の中国より、少し洗練したサービス、という感じに需要を捕まえていけばいいのではないかと考えるわけです。そこを読み違え、自国でウケているものを、そのまま持っていけば、失敗しても仕方ありません。

マイナーさんは、ベンチャーキャピタリストとして、日本のベンチャー企業を多面的にサポートして来られました。ベンチャー企業をとりまく環境は、だいぶ変わってきたと言えるのでしょうか。

マイナー:サンブリッジを創業して8年あまりが経ちます。日本が国際的に果たす役割を大きくする一助となりたいという前向きの夢を持って、これまで、ずっとやってきました。その間、サンブリッジ以外にもハンズオン型のベンチャーキャピタルが立ち上がりましたし、経産省の商工改革、文科省の大学発ベンチャーのように、起業を下支えする枠組みも整備され、ステップ・バイ・ステップで、良くなってきているとは思います。

創業当初はよく、日本はベンチャーキャピタルにとっては(先行者に荒らされていない)素晴らしい環境だが、ベンチャー企業にとっては砂漠のようなものだという話をしていました。ただ、砂漠にもラクダはいるし、サボテンもある。灼熱の、水も充分にないような土地でも、何とかやっていかれる生物がいるように、リソースが少なく、支えの少ない中でも何とかコツコツと立ち上がってきた会社はあります。先ほど(「創造」パネルに)登壇されたゴルフダイジェスト・オンラインの石坂(信也)さんや、グロービスの堀(義人)さん、一世代前ですと、ソフトバンクの孫正義さんといった名前が想起されます。

日米のベンチャーキャピタルによる投資額の差異を経産省などは問題視しています。米国では日本の10倍、下手をすると100倍のカネが動いている、というのですが、米国では結果としてカネ余りや明らかにムダな投資が生じるほどに業界が肥大化してしまっています。

だからといって、この分野において日本が後発であることは否めません。シリコンバレーの友達は皆、私を笑いました。「1998~99年という(米国がネットベンチャーの興隆に湧いた)良い時期に、なぜ日本なんかで投資をしていたのか」、「日本にまともな起業家なんているのか」、と。

先ほど申し上げたとおり、良い発想を持って、真摯に打ち込む起業家は、少なからずいたと思います。ただ、事業創造ということを、きちんと体験しているキャピタリストが、あまりに少なかった。カネの動きにだけ詳しい銀行マンや証券マンばかりで、起業家に有効なアドバイスをできる人材、組織の少ないことが課題だった。従って、カネは付いても、事業が上手くいくか否かは経営者の腕1本に委ねられてしまっていました。アメリカと比べて、日本が“砂漠”と言ったわけは、そんなところにありました。そして今も、その課題は多分に残っていると考えています。

サンブリッジを立ち上げるにあたり、私は二つの目標を立てました。一つは、サンブリッジを世界水準の結果を出すベンチャーキャピタルにしていくこと。もう一つは、投資した企業の中からグローバルに事業展開をし、世界で名の響く企業を輩出することです。

一つめについては、ほぼ達成できました。この8年間、IPO市場が開花し、私たちも良い企業に投資できましたので、投資のパフォーマンスという意味では米国やヨーロッパのベンチャーキャピタルに負けない、或いは勝っていると言ってもいいほどの結果を出せました。

他方、二つめについては残念ながら達成できてはいません。売上高の5%以上を海外から得ている会社も生み出せていないのです。

何が問題だったのでしょうか。

マイナー:一つは、IPOが目的化してしまったこと。新興市場が次々と立ち上がり、株式公開が比較的、容易になったことが魅力を押し上げ、結果として公開をゴールに設定してしまう企業が相次ぎました。何か一つの商品・サービスで売上10億円、利益1億円ぐらいを上げて、そこそこの成長カーブを見せてさえいれば公開できた時期もあったので、社員も顧客も充分には採れていないのに、主幹事(証券会社)や監査法人は、きちんと決めていたり、投資する側にしても「○年後には、○○市場で公開しましょう」と言ったりと、株式公開を目標としすぎるきらいがありました。

ただ、それではいけないのです。なぜ、いけないのかと言うと、IPOをするということは、資金調達と引き換えに多様な株主の期待も背負うということです。つまり、公開したその日から着実な増収増益の期待の中に身を置くことになる。すると、公開時の目論見書に提示したシナリオを逸脱するような成長シナリオは書きにくくなるのです。結果として思い切った投資ができなくなることが多い。「創造」セッションで聞いたゴルフダイジェスト・オンラインのように、最初から三つの事業を立ち上げて、「いつかは利益が出る」と信じて、6年も7年も頑張る経営者は今、日本にはなかなかいませんね。

米国では、未公開のまま10億円とか20億円といった規模の資金調達をして、それによって二つめ、三つめの事業の柱を作り、或いはグローバル展開をしようと、そんなことが普通に行われています。

日本でも、「IPOは少し待ってね。海外事業を、それなりに立ち上げてからにしようね」などと提案したいところですが、10億、20億という規模の追加投資をする、腹の据わった投資家、ベンチャーキャピタルは、なかなか確保できない。

私が次に挑戦したいのは、米国で言うところの「イスラエルモデル」です。イスラエルは非常に高い技術力を有することから、ハードウエアやソフトウェアの開発・製造拠点は国内に残しながら、ファイナンスとグローバル展開にかかるマーケティング機能だけを米国に移して、「第二創造」に取り組み、成果を収めてきました。同様に、私も一度米国に戻って、シリコンバレーでダブついているリスクマネーを、日本のベンチャー企業のグローバル展開に回す仕組みを作れないか、挑戦しようと考えています。

真のグローバルビジネスは調達から販売まで全てを世界規模で捉えること

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スリラムさんは、日本企業がグローバル展開するにあたって抱える課題は、どのようなものと思いますか。

スリラム:まず、言葉を再定義する必要があるのではないでしょうか。これまで“グローバル化”と言うと、様々な国でビジネスをすること(国ごとに個別のバリューチェーンを組んでいくこと)だったように思います。しかし真のグローバル展開というのは、企業のバリューチェーンを世界各国に分割し、チェーン全体で顧客価値を創出することではないでしょうか。

12年前にエイサーという台湾メーカーが家庭用のパソコンを開発しました。デザインは南アフリカ、物理的な設計は台湾、製造は中国と、全世界にわたって優秀な人材、技術を結集させ、一つのビジネスとして統合しました。これはグローバルという言葉を使うに足る美しいケースだったように思います。

かたや日本に目を向けると、まず日本で成功して、そのあと、海外展開をどうするかを考えるというのが規定路線です。このやり方に私は大きな疑問を持っています。本当にグローバル展開をしたいのであれば、最初からグローバルのレファレンスモデルを元にしなければ非常にやりにくい。なぜなら、日本の勝ちパターンがグローバル市場におけるレファレンスになるとは考えがたいからです。

これは、製品開発時の考え方にも関わってきます。国ごとの指向に配慮しながら、いかにして共通部分を多くしてスケールメリットを取っていくか。そのバランス感覚は、開発時に必要とされるものでしょう。

例えばインドの家電市場を例にすると、現在、韓国メーカーがシェアの過半を握っています。1年半ほど前、帰国した際、偶然に日本と韓国それぞれの家電メーカー幹部にお会いする機会があったので、「インドの家電市場攻略について、どのような戦略を取っているのか」と、聞いてみました。

韓国の方が言ったのは、「非常に大きな機会と捉えているので積極的に攻める。具体的には、インドに焦点をあてて開発した商品を、世界に持っていく」ということでした。つまり最新機種をインドで開発し、それを他の国に持っていくというのです。「これまでは韓国向けの製品を、そのまま売ろうとしていたが、うまくいかなかった。そこで今回は、やり方を逆転させることにした」とのことでした。

一方、日本の方は、こう答えました。「日本の製品は品質が高すぎて、インドの人にはなかなか理解してもらえない。もう少し、経済が発展するのを待ちます」、と。日本を代表する家電メーカーの方が、そう言うんです。このあたりが日本のグローバル展開における課題を示唆しているように思います。

もう一つ。先ほど、日本の強みとして「技術」を上げましたが、技術というのは「自分のもの」と囲い込んでしまうと、なかなか広がっていかないんですね。今、アップルが「iPhone」や「iPod」で気を吐いていますが、液晶やハードディスク、金属の研磨技術など、製品を構成する多くの要素技術は日本のものです。けれど儲かっているのはアップルという変な話です。

ですから、「まず自国で成果を収めてから」というレファレンスモデルを捨て、最初から全世界を市場と捉えて製品開発をすることを薦めたいのです。それが良い技術を、より広くに浸透させ、引いては収益を規模化することにつながります。

それから、個人的に残念に思っているのは、「日本」と言えば、その作り出す製品の精緻さなど、「モノ」の部分でしか世界から評価されていないことです。実際に、内側に入ってみると、物事の考え方やプロセス設計、仕組み化、社会に対する哲学など、見習うべきものが多くあることが分かります。聴講者の皆さんには是非、欧米のやり方を学ぶだけではなく、それと日本やアジアが本来持つやり方、考え方とを引き比べ、独自の方法論を築いていっていただきたいと思います。

厳:プロセス重視の考え方は、私は非常に素晴らしいものだと思います。トヨタの“カンバン方式”に代表される手法は、理屈自体は実はさほどには高度ではないけれど、実践しようとすると物凄く難しい。方法論だけ持って、他の会社に導入できるかというと、そんなことは全然ありません。こうした例が、もっと出てくるといいと思います。

マイナー:スリラムさんのお話に関連するエピソードとして、投資先で判断を誤り、悔しい思いをした経験を紹介させてください。サンブリッジの投資先に、JAVAで動く携帯電話向けのゲームソフトの開発をしている企業があります。携帯電話とゲームといえば日本のお家芸ですから、「この組み合わせこそ、日本ならでは。世界で大きなシェアを取るチャンス」と、喜んで投資をしました。

その後、しばらくして米国のベンチャー企業から「こちらでサービスインして欲しい」との話が持ちかけられました。しかし、「米国の携帯電話は機能が不十分だから、やりにくいよね」「米国のビジネスパーソンが(当時は携帯電話ユーザーの多くがビジネスパーソンだったので)携帯でゲームなんてするのだろうか」といった理由から、「新しい携帯電話機がリリースされる半年後に進出しよう」と判断をしたのです。ちょうど株式公開の準備に入っていたために、「余裕がない」ということも理由の一つでした。ところが、そのすぐ後に、ほかのベンダーのゲームがリリースされてしまって・・・。

自分たちが完ぺきと思える状況を待ったために、結局はモバイルゲームの世界市場を牽引する大きな機会を失ってしまったのです。市場を自分たちが作っていく、という発想を持ち切れなかったことを、今は、とても悔やんでいます。

グローバル市場を特別視し過ぎるのは不健全

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厳さんは常々、日本の企業はグローバルに対して構え過ぎている、と仰っていますね。

厳:そうですね。私は“グローバル展開”ということを、特別のものとして崇めすぎないほうがいいと考えています。ビジネスとして成立するのであれば、別にドメスティックだけで展開してもいいし、どこに出るかということは、それぞれの企業が置かれる環境や経営者の資質などに合わせて選んでいけば、それでいいのではないでしょうか。「外国語が苦手」、「辛いものを食べられない」というような人が、グローバル化を強迫観念のようにして捉えるのは不健全ですし、そういう人は、日本国内にきちんと選択と集中をしてやっていけばいいと思うんです。

今日は「日本の創造と変革の志士がグローバルで期待される役割」というテーマですが、私は日本制覇や世界制覇が「志」と直結するとは思っていません。東京で起業したら、北海道から沖縄まで支店を出す。そういう人が偉いのだというような単一的な発想は、むしろ持つべきではない。なぜなら、日本という均一的と言われる国でさえ、大阪の人が「まけといて」と値切るところ、東京の人は、そういう姿勢は好まないというように地域差はあるし、同じような組織、同じようなマネジメントで全国どこの支店も上手くまわるとは限らないからです。

良いパートナーがいて、もちろん市場が一定規模あることも重要なポイントです。これはビジネスを進めるうえでは当たり前のことです。市場もないところに出て行くというのは、例えばNGOや政府であれば、あり得るかもしれませんが、企業はそこまで考える必要がなくて、市場があって、自社が勝ち抜く可能性があると判断すれば出る。そんなふうにシンプルでいいと思うのです。

そして国内であれ、海外であれ、出て行く以上は徹底的にやる。先ほどレファレンスモデルという話がありましたが、自国での成功体験を押し付けるだけではダメなんですね。

日本は品質に対するこだわりが強く、そうした職人的なところを私は素晴らしいと思っています。ただ、その品質にはコストが伴います。そして時として、例えば国によっては、そこまでの品質は必要としていないのです。

よくオージー・ビーフと松坂牛の話をするのですが、お金を持っていれば松阪牛を選択する。けれど、生活費が毎月5万円で、たまには牛肉を食べたいというのなら、当然、安い肉を選択します。そうした買い手に対しては安い物を提供するのが正しい選択であって、品質さえ良ければ売れるというのは、やはり幻想です。これは一例ですが、つまり品質とは何かということを突きつめて考えると、買い手が何を求めているかという話に収斂すると思います。

例えばテレビです。今のテレビにはいろいろな機能が付いています。日立製作所というのはご承知のとおり日本一、博士号の取得者が多い(確か1000数百人います)会社ですが、私が日立のテレビを買ったのは、たまたま店頭の販売員の説明が分かりやすかったからです。日立の誇る、複雑な技術を正確に知って、購入を決めたわけではありません。最近、理系出身の私でさえ時に混乱するほど、難しい機能を詰め込み、それを、さらに難しく説明する販売員が多いのですが、一般消費者は、本当にそうしたことを求めているのでしょうか。

もう一つ、大切なポイントは、やはり言語力かと思います。直接、コミュニケーションができないというのは、仕事をするうえでは不利と言わざるを得ないでしょう。言語力=英語かというと、私には若干の異論があります。英語が話せなくても例えば、中国では筆談という方法もあるでしょう。お互い漢字文化にあるのですから、せめて読んでみる。「同じ漢字でも、略字などは全くの別物」という言い方をする人もいますが、それは何の勉強もせずに、ただイメージで難しいと仰っているに過ぎないと思います。日本語にも「郷に入れば郷に従え」という言葉がありますが、異国に出て行く以上、コミュニケーションに足る言語力を身につけるのは、当たり前の姿勢でしょう。

こうした場で、ファシリテーターが意見を申し述べるのは大変に僭越ですが、厳さんの言われたことに強く共感しました。「私は初心者ですので教えてください」という言葉を、よく耳にするのですが、「初心者だからこそ、かえって勉強してから来てくれ」と返したい場面は日本でも、とても多い。海外でも同じことと思います。そうした点も含めて、グローバル展開の要諦について、スリラムさんはどのようにお考えですか。

スリラム:一つは多様性への許容ですね。私は、13カ国ぐらいでのビジネス経験があるのですが、どこに行っても、耳にするのが「あなたには分からないでしょうが、ここは違うんです」といった表現です。何かあったときに、「こんなこと、日本ではあり得ない」と憤るのは簡単ですが、ものの考え方は国によって、人によって大きく異なることを受け入れられなければグローバル展開はできません。自国よりルーズだとか、リスクに対する感度が高すぎるといったことは、良いとか、悪いとかではなく、ただ「違う」というだけのことなのです。

例えば日本企業とビジネスをしようとする外資企業の中には、「日本は世界第2位の市場なのだから、英語でビジネスができるのは当たり前でしょう。エンジニアなんだから、英語ぐらいは話せるはずです」というところがありますが、実際に日本に来てみると1日で自分たちの先入観の間違いに気づきます。

同様に、例えばインドに出ていこうとする日本企業も、良し悪しは別として、事前に様々なイメージを持っています。ところが空港を降り立ち、取引先となる企業に向かう途中で、現実を知る。自転車で走る人もいれば、メルセデスベンツに乗った人もいる。舗装された道もあれば、信号の動かないところもある。場所によって、時間によって、人によって異なるインドの姿を立体的に、歴史観も持って感じられるようになるのです。その全てを、まず受け入れるフレキシビリティが必要でしょう。

私は相手の文化を理解し、相手を理解するスタートポイントとして歴史に触れるようにしています。少なくても、「なぜあの人はこういう捉え方をするのか」を類推できるようになります。

もう一つは、オープンスタンダードですね。特に第3次産業の場合、日本に参入して成功した外資企業は、ほとんど見られない。銀行にしても、証券にしてもそうです。逆も真なりで、日本から海外に出て一流となったサービス業種は見当たりません。しかし、経済環境の変化に伴い、GDPのシェアが第三次産業に流れるのは間違いない。日本という狭い範囲でデファクトを作るのではなく、より広い意味でのオープン化を考えなければならないでしょう。サービス業の肝はビジネスモデルと人材に尽きます。製造業であれば、モノを作って、それを介在に考えていくことも可能ですが、ヒトが源泉となるサービスでは、そうはいきません。

グローバル展開するのであれば、不退転の覚悟で

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マイナー:まず前提として、私も厳さんと同意見で、全ての企業がグローバル展開を目指す必要はないと考えています。株式公開も同じことで、経営者のビジョンを組織が共有し、一つの目標に向かって進み、達成すれば、それで良いと思います。

ただ、グローバル展開を目指す経営者は少なからずいるにも関わらず、実現する経営者がなかなか生まれてこないことには危惧を感じています。ソニーやホンダ、京セラの後に続くためには、ソニーの盛田(昭夫・同社創業者)氏がしたように、自身や右腕となるような人が退路を断つぐらいの覚悟でもって出ていかなければいけない。或いは、現地に強固なネットワークを持つ人、優秀な人を全面的に信じて任せることでしょう。

一番よいのは、本当に優秀な人を現地に10年間ぐらいのスパンで、「成功するまでは帰ってくるな」というぐらいの覚悟で送り出し、その人が市場に徹底的に入り込むようにすること。現地採用するのであれば、私が日本オラクルの立ち上げ時にしたように、「これ」と思える人と出会えるまでは妥協せずに採用活動を続けるべきです。失敗例として、よくあるのは、海外に出て知り合った相手が、日本語を話せて、「うちが代理店になりますよ」などと言われて、すぐに契約してしまうようなパターンですね。また、経験の浅い社員などに、ただ「売って来い」などというと、2~3年で撤退となります。

中国の強さの秘訣は、一つには、世界中におよぶネットワークでしょう。何世代にも渡り、海外に根を張ってきた人たちが何百万人という規模でいる。かたや日本人は、5年ぐらい駐在して帰ってくる、という人が多すぎる。今の状況に危機感を持つのであれば、とにかく外に出て行って、10年でも、15年でも住んで、日本企業が進出した際に安心して任せられる現地の力持ちとなっていただきたいと思います。

日本オラクルのときには、IBMから佐野(力・日本オラクル初代社長)さんに来てもらいました。当初は米オラクルの直販営業文化に順じて直販ビジネスを立ち上げていこうと考え、佐野さんへの期待も「IBMの優秀な営業マンだったら直販ビジネスを作れるでしょう」ということだったのですが、徐々に考えが変わりました。「日本はパワー・タイトリスト(既に強い企業)を生かすほうが良い」ということに気づいたのです。

米国ではIT業界といえば直販の文化ですのでパートナーを通して何かしようとしても恐らく失敗します。ところが日本では、富士通や日立、IBM、NECなどを中抜きにして全て自分たちが取ってしまうというビジネスモデルでは、うまく行かないと思いました。ラリー・エリソン(オラクル会長)からは、「(直販で)幾ら売ったの?」と聞かれ、私が「ビジネス全体では・・・」と応えると、「『ビジネス全体』ではなく、あなたは直販をしているのでしょう?」と言われる。オラクルの文化では、パートナーと(ビジネス全体を)半分半分という発想はあり得なかったのです。それを、「でも、日本は文化が違うのです」と返しながら、とにかく数字を作っていった。理解してもらえたのは、世界一の成長性と収益性を示した後のことでした。

海外展開に限った話ではありませんが、やはり大切なのは「人」。代理店にするのか、合弁会社を作るのか、子会社を作るのか、といった構造的な問題は、さほど重要ではなくて、その市場で10年、20年という期間、情熱を持って取り組めるかということ。その市場に合うサービス・商品、もしくはビジネスモデルを柔軟に打ち出すこと。そのために、適切な助言を得られる、信頼できる人と付き合うこと。「人に始まり、人に終わる」ということだと思います。

自社のKSF(Key Success Factor)を捨てるということでしょうか。

マイナー:自社の価値のコアとなるものを捨てるという意味ではありません。組織が大きくなると、価値の源泉となる部分から手法まで、全ての「うちのもの」が混在しがちです。コアの部分はブレていないけれど、提案の仕方やビジネスの仕組みは市場によって合わせていくということです。

「人」というお話が出ましたが、厳さんは、グローバル人材に不可欠な要件とは、何だと思われますか。

厳:グローバル人材という枠組みで考えることは、あまりないのですが、日本人同士でも「コイツは付き合いやすい」という人は、人間的なキャパシティの広い人ではないでしょうか。スリラムさんのお話にもありましたが、米国人、インド人、中国人、韓国人・・・と、それぞれ違いがあるのは当たり前で、そういう中で楽しく付き合っていかれることが大切でしょう。嫌々ながら付き合うのであれば、私のアドバイスとしては、そもそも海外に出るのをやめたほうがいい。嫌々ながらにすることというのは効率が悪いですから。

では、キャパシティの広い人間になるためには何をすればいいか。本日、議論をしながら思ったのは、ビジネスのスキルうんぬん以前の「好奇心」の有無ではないか、ということです。目的意識が強すぎても良くなくて、新しいものに接したときに好奇心をもって触れられる、くらいが大切なのだろうと思います。

例えば、僕の名前の「厳」の読みのところには「イエン」と書いてありますが、これを見てどう思われるでしょうか。イエンというのは、中国読みです。日本語の音読みは「ゲン」です。「ああ、そうですか」というのでは好奇心になりません。「厳」という同じ漢字を使っていて、実はいろいろな発音があるということです。日本語の音読みというのは立派な一つの漢字の読み方です。私は蘇州の出身ですが。田舎に行くと「イエン」という発音はしません。

音読みというのは、よくよく考えてみると全て方言なのですね。同じ漢字を使う国々でも、中国・日本・韓国では読み方一つをとっても異なる。では、日本語の音読みはどこから来たんだろう、いつの時代に来たのだろう、中国の沿海部からなのか、朝鮮半島からなのか・・・。

グローバルというのは、人の流れ、モノの流れが国境を越えることです。その流れに関心を持つことが第1歩ではないでしょうか。

もう一つは、ステレオタイプになってはいけないということ。日中関係について、何より「けしからん」と感じるのは、お互い深く学ぶこともなしに、罵り合っているだけということです。こんなことをやっていても何にもなりません。まず、きちんと知ること。そして、自分なりの考えを持つこと。そうした当たり前のこともせず、他人の意見に流される烏合の衆になってはいけません。そのためにも、やはり勉強が必要なのだろうと思います。

そして最後は、取るべき態度として、「謙虚に、堂々と」ということです。他者と自己の違いを認めないというのは、つまりは謙虚さがないということです。しかし、「中国は全て素晴らしいですね」と感心するだけでは、堂々さがないわけです。これが偏ると変な議論が起きてしまいます。相手の良さを謙虚に認めながら、自らの誇るものは堂々と主張する。こんな当たり前の姿勢を個人も組織も持つことで互いの距離が近づいていくのだと思うのです。

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