顧客満足度を軸としたサービス経営~星野リゾートの事例 

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SILC 2007 autumn 1日目の分科会「顧客満足度を軸としたサービス経営~星野リゾートの事例」では、観光産業をとりまく環境変化を踏まえ、いかにして顧客のニーズ変容を捉え、サービスの質の向上につなげるかについて、豊富な事例を交えて語られた。サービス業の生産性向上についても議論のあったセッションの全容を振り返る(文中敬称略)。

温泉旅館の再生が地域経済、引いては日本経済活性化の源泉に

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星野:本日は皆さんからのリクエストに応え、星野リゾートが顧客満足度をどのように調査し、またそれを経営にどう活かしているか、という話をさせていただきます。

まず簡単に経緯からお話しします。当社が科学的な顧客満足度調査を導入したのは1994年。実家の温泉旅館を継ぐため私が軽井沢に戻った後のことです。

導入に至った背景には、実は旅館特有の事情が深く関係していました。当時、経営者として最も苦慮していたのが調理場への対応でした。温泉旅館はどこも同じような状況かと思いますが、温泉旅館には調理場に「料理長」とか「板長」と呼ばれる板前がいて、彼らの元で弟子たちが働いています。彼らは大きな経費に直結する仕入れを担っており、また人件費の問題もあるので、調理場は経営面で最大のキャステイングボートを握るセクションになります。

当時まだ30歳代前半の私が、経営者面をして「実際のところ味はどうなのか」なんて話をしようものなら、これはもう大変な事態に発展します。和食の世界では板長が職場放棄をすると弟子もこれに続きますから、当時は調理場全体でボイコットが始まるのではないかという危機をたびたび迎えました。

味覚は主観的なものですから、味付けをうんぬん言っても、「おまえに俺の味が分かるのか」とか、「知り合いは美味しいと言っている」とか、色々な意見がでます。

そこで考えたのが、彼らに料理を変えてもらうにはお客様の意見を根拠に交渉するしかない、ということでした。私個人がどう考えるか、ではなく、お客様にとってどうなのか、という視点から議論しようと思ったのです。それも定性的なものではなく、きちんと定量して統計的な分析をして、数字で示そう。それが顧客満足度調査を導入するきっかけになりました。

ちなみにこのときの調査結果はというと、結論から言えば、次から次へと料理の不満が出てきました。お客様は私のように遠慮しないので、大変に厳しいことを書いてきます。「内陸の保養地なのに、なぜ海の幸ばかりを出すのか」とか、「冷めていて食べられたものではなかった」とか、散々なことを書かれました。

ただ、職人の世界というのは面白いもので、経営者に対しては反体制的というか、抵抗するのですが、お客様に対しては非常に真摯なんですね。プライドを持って受け止め、きちんと解決しようとします。そして、このことが旅館全体の変革の糸口となり、やがては料理だけではなく、宿泊サービスの全てにおいて満足度を分析し、それを経営に生かす現在の仕組みに発展してきました。

現在、星野リゾートは再生案件の温泉旅館も含め14施設の運営を行っていますが、この顧客満足度の仕組みを全施設に導入しています。私たちが運営する施設で何においても真っ先に導入するのがこの定量化の仕組みであり、それを全て取り仕切っているのが坂井(奈穂子・市場戦略シニア・プランナー)です。

方法論など詳細は、このあと坂井から説明しますが、その前にイントロダクションとして私から、日本の観光産業が置かれた現状について共有させてください。

製造業の生産拠点が次々と安価な人件費を求めて海外に移転するなか、今後の地方経済を支えられるのは観光産業と農業しかないと、私は考えています。ところが、その国内観光産業が非常に厳しい状況に置かれています。

日本の人口は減少に転じていますから、海外からの旅行者の増加に期待するわけですが、「外国人旅行者受入ランキング」(2005年)を見ると、トップ5は、フランス、スペイン、アメリカ、中国、イタリアが形成し、日本は32位。年間700万人程度、チュニジアと同等という信じられない結果です。一般に、観光大国になる条件として「国とその文化の知名度」「アクセスの利便性」「安全性」の3点が挙げられますが、日本は全て備えているのに、トップ5の足元にも及ばないのです。

政府は2010年までに海外からの旅行者受け入れ数を年間1000万人にまで引き上げるといっていますが、私は色々な条件を勘案し、トップ10は言うに及ばず、年間3000万人の受け入れを実現してトップ5に肩を並べるのも可能だと思っています。
「海外からの旅行者を増やそう」という議論をすると、「看板を英語にするべき」とか「トイレの数を増やしたほうがいい」とかいった意見が必ず出ますが、それらは全く本質ではなく、地方の観光産業の競争力を底上げするグランドデザインが必要です。

海外の人に、次に行きたい旅行先などを訊ねると、日本への期待は実はとても大きいのです。例えば中国。靖国問題などから鑑み、「中国人は日本人が嫌いだから、訪れたいなどとは思わないのではないか」と考えると、全くそんなことはなく、「日本の国や政府との関係は別として、日本人は信用できる」「(自国内と異なり)騙される心配もなく安心だ」「先進性に触れたい」といったポジティブな意見が多く聞かれます。残念ながら、彼らの興味の中心は東京をはじめとする都市部にあり、買い物を目的に日本を訪れたいと考える人が多いのですが、そんな彼らも、「1日ぐらいは関東近郊で温泉に入りたい」などという。そして、「雪景色」「日本料理」「露天風呂」を日本への旅行で欠かせないポイントとして上げるのです。

意外に思われるかもしれませんが、海外旅行に積極的な姿勢を見せるのは若い人だけではありません。むしろ中高年の人たちのほうが、「足腰が立つうちに広い世界を見たい」と飛び回る。彼らにとってはSARSもテロも脅威ではありません。「老い先が短いのだから」と考える彼らの強いニーズに応えられるものを私たちは用意していかなければなりません。

休みというと海外旅行に出かけ、国内に目を向けない日本人が多いことも、地域の観光産業から見れば大きな機会損失です。円が変動相場制に変わった1973年から海外旅行者数は上昇を続け、かたや国内旅行者数は頭打ち。2006年現在、国民の14%にあたる年間1700万人が海外旅行を楽しむ時代になっています。交通の便は今後も良くなり、このトレンドはさらに続くでしょう。

結果、1980年代に8万軒あった旅館の数は、2005年現在で5万軒代にまで減少しました。バブル経済のさなかに、廃業に追い込まれる施設すらあったのです。旅館の絶対数が減少した今でも、経営面で黒字化を達成している施設は全体の5%前後と私は試算しています。大変、厳しい状況にあるのです。

しかし一方、円高で国内旅行へのシフト傾向が見られるなど、需要の萌芽はあります。そして温泉は今もって、最も人気が高い旅行目的として上げられています。単に需給がマッチしないまま、衰退の一途を辿ってしまっているだけとも取れるわけです。

CS調査に基づき、顧客ニーズの変化に対応したサービス水準を実現する

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こうした状況を踏まえ、星野リゾートは、まず海外からの旅行客を獲得し、国内の人口減少による市場縮小に備え、地域経済に貢献していきます。そのためには、(1)海外の宿泊施設と互角に戦えるサービス水準を実現すること、(2)労働生産性を高めることが不可避と考えます。そして、サービス水準の底上げを目指して活用しているのが、今日のメインテーマである顧客満足度調査なのです。

ここで強く認識すべきは、「顧客が求めるサービスレベルは時々刻々と変化している」ということです。国内の温泉旅館に、1泊あたり何万円もの宿泊費を支払う人たちというのは、海外旅行にも頻繁に行っています。つまり、海外のハイクラスのホテルで受けられるのと同等のサービスを温泉旅館にも期待されるということは、時代の要請なのです。これはここ30~40年でのニーズの変化といえましょう。

結果として、「海外のホテルも、東京のシティホテルも、24時間体制のサービスを受けられる。それなのになぜ旅館では、決められた時間に起き、決められた時間に食事を取らなければならないのか」「午後9時を過ぎると、(ルームサービスもなく)何も食べられなくなるのはどういうわけか」といった不満が湧いてきます。

他方、温泉旅館業界に目をやると、旅館の原型である江戸時代の旅籠(食事提供)、本陣(大名の宿場でもてなし文化を醸成)でベースが確立したサービス形態を、現代まであまり大きく変えて来なかったという歴史があります。過去には機能的な分業システムであり、効率的だったのだと思いますが、慣習に則ったサービスの継承は、現代においては、結果として生産性の低いサービスになっているのです。

坂井:つまり、「温泉旅館には現代のニーズにマッチしないサービスが残っているのではないか」という仮説です。お客様のニーズは世代によっても異なりますから慎重な判断が必要となりますが、例えば先日、ある旅館でお客様から、こんなお叱りをいただきました。

「先日、○○○号室でお世話になりました者です。帰り際に総支配人と少しお話をする機会があったのですが、腑に落ちない対応でしたのでアンケートに書かせていただきました。在室中にスタッフが勝手に入ってきました。そのことがどれだけ失礼なことであるのか理解していらっしゃるのでしょうか」といった内容でした。

ここに現れているのは、ホテルのプライバシーを尊重したサービスがスタンダードだと考えているお客様にとって、仲居が比較的自由に客室へ出入りする従来の旅館サービスの形態は驚きであり、お客さまの期待と提供者側のギャップを示すものです。

星野:私自身、休暇に家族と温泉旅館に泊まることがありますが、部屋でテレビを観ながら寛いで食事をしているときに、仲居さんが次の皿を持って入ってくると、つい居住まいを正して、慌ててテレビも消してしまったりします(会場笑)。同世代の皆さんであれば同じような経験をお持ちではないでしょうか。

ところが、70歳を超える方に聞くと、「特に抵抗はない」という答えが返ってきたりするのです。豊かな家に育った高齢の方というのは、「女中さん」を上下関係で見ることに慣れています。そのため、「女中に下着姿を見られても、部屋が散らかっているのを見られても何とも思わない」「いつ入って来られても構わない」という意識があるように思うのです。「女中さんなのだから世話をしてくれて当たり前」という発想です。

坂井:上記のほかに、お客様と旅館のギャップ事例は数多くありますが、集約すると、布団の上げ下ろしや「仲居さんに心づけは渡したほうがいいのだろうか?」というような煩わしさ、朝夕の食事時間制限やメニュー内容に制約があるといった不自由さ、そして大規模旅館では団体客がコンパニオンを呼んで宴会する際の騒がしさなどが、温泉旅館に対する不満の代表例です。すでに、お客様のニーズは変化しているのに、旅館はこれまでの慣習や因習にとらわれたサービススタイルを良しとする状況が依然としてあります。

以前、私が、温泉旅館でCS(Customer Satisfaction、顧客満足)研修の際に忘れ物をされたカップルのお客様へどのような連絡方法をとるか、という課題で議論をしていたところ、「男と女の色恋には何があるか分かりません。旅館を一歩出られたら声をかけてはなりません」と、昔かたぎの仲居さんに叱られたこともあります(会場笑)。そのような古風な考えが、いまだに残っており、CSの重視やそれの発展形であるCRM(Customer Relationship Management、顧客情報管理)によって顧客を囲い込もう、という概念を共有しにくい側面をもつ業界なのです。

誤解がないよう申し上げたいのは、どこの旅館でもスタッフは「お客様に喜んでいただきたい」というおもてなしの気持ちを、とても強く持っているということです。しかし、古くからの業務スタイルに縛られている、運営側の慣習発想のオペレーション、が変革されていないために、お客様のニーズとの間にギャップが生まれ、旅館業界全体が低迷している要因になっていると考えられます。

では、星野リゾートではいかにしてこうしたギャップを測り、サービス向上につなげているのか--。その一端を紹介します。

CS調査は「成績通知表」ではなく、「毎日の健康診断」を目指して運用

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まずCSは、それが時間軸のなかで絶えず変化する点を認識する必要があるでしょう。同じお客様でも、「チェックイン」「夕食」「宿泊」・・・と時間の流れで満足度が上下する性質を内包しています。

お客様の“経験の始まり”は、実は宿泊予約を行う時点からなのです。年末年始の宿泊プランは最低でも1年から半年前の夏に予約しなければ間に合わないこともありますから、予約してから実際に施設を利用するまで、半年から最大で1年のタイムラグが発生することも少なくありません。私たちは、予約からのタイムラグを含めたお客様の滞在全体の時間の流れを強く意識することが必要だと考えます。

例えば、予約の電話をした際のスタッフ対応が悪いと、キャンセルされる可能性もあります。また逆に、予約段階でお客様の満足度を下げてしまう局面があったとしても、宿泊滞在の間にリカバリーをかけることも可能だということです。

ここで大事なのは、お客様の満足度を個別の場面ごとに切り分けて、改善するのではなく、滞在全体の時間軸のなかで起こりうる状況をあらかじめ想像し、全体の評価を平準化できるように全スタッフが心がけることです。つまり、ミスを起こす可能性をゼロには出来ませんが、私たちは、先の場面で起こっている状況や可能性を推察して、このステップでの対応を発想する(場合によってはリカバリー)ことが重要と、全員が認識することを目指しています。

ここで注視すべき問題は、小さな旅館などでは「○○様には予約時に不快をおかけしたので配慮が必要」といったことをスタッフ全員で共有して対応にあたるのが比較的、容易であるのに対し、縦割りの機能分化が進んだ大きなホテルなどでは、何らか仕組みを導入しない限り、難しいということです。

もう一つ留意すべきは、お客様の期待水準というのは、様々な要素によって上下するということでしょう。同じ施設で同じサービスを受けてもそれが、家族旅行なのか、恋人との利用なのか、社員旅行なのかなどの同行者や利用シーンによっても感じ方は変わります。

サービス業において、価格がサービス品質を担保する指標としてお客様に認識されていることも見過ごせないポイントです。1泊1万円のビジネスホテル、同3万円の温泉旅館、さらに同10万円の高級ホテルへの期待水準は、それぞれ異なります。そして、このサービスの価格と品質のバランスは、お客様ごとに個別の過去の経験や価格イメージ(内的参照価格)によって決定づけられています。

こうしたことを踏まえたうえで、私たちはCSを「自己改革し続ける組織の原動力」と定義づけています。お客様の時々刻々と変わるニーズの変化を素早く察知し、組織全体が有機的に不断の進化を遂げられるよう、この科学的な手法を活用するという位置づけです。

従って、CS調査が、組織や個人の「成績通知表」に終わらないように、留意しています。一般的に散見される利用法として、四半期に一度程度、CS結果を、人事考課に直結させて、フィードバックされるところが多いようです。顧客満足をあげるための努力の結果を考課の視点から利用されるのは、数ある利用法の一つですが、それにのみ留まらないようにすることが肝要と考えています。

星野リゾートにおいて顧客満足度調査の目的はお客様の声をサービス水準の向上(=そのお客様の次回の滞在、あるいは未来のお客様へより良いサービスを還元提供すること)につなげることであって、結果を査定して、それで終わりというツールではありません。その意味では「成績通知表」というより、「毎日、健康診断」という立ち位置で活用することを目指しています。

「毎日、健康診断」として用いるということは、毎日、PDCAサイクルを回すということです。データ分析やコメントを通じて現状を把握し、提供すべき価値を検討し、その効果を検証する。この地道な積み重ねが教育効果を発揮し、組織全体としての“突然変異力”を養う効果もここでは期待しています。不断のPDCAが、ダーウィンの進化論のように、あらゆる環境変化に対し、自発的に瞬発力をもって変容する組織を育成すると私たちは考えているのです。

そのためには、支配人やマネジャーなど一部のスタッフがデータを共有するのではなく、パート社員やアルバイト社員も含め、最前線でお客様の対応をするスタッフ全員に共有されることが前提となります。当社では、イントラネットを介してスタッフ全員がリアルタイムで調査結果にアクセスできる体制を敷きました。

それと同時に、組織全体に、データを客観的な視点で理解し、活用することができるリテラシーを浸透させることも、並行して行っています。最低限のリテラシーがないと、1件の点数やコメントに一喜一憂するような状態を生むことになり、それは客観的な解釈や判断を阻害するおそれがあるのです。宿泊施設には大概、支配人宛ての施設評価用紙が用意されていますが、一般にこれに回答する比率は宿泊者全体の5%程度と言われます。ならば、「市場の5%に満たない声をどこまで利用すべきか」という議論が必要になります。目の前のネガティブな評価に右往左往するのではなく、「果たしてこの評価は全体の何パーセントなのか」と踏みとどまって、数字の持つ意味に思いを巡らせ、各施設のコンセプトや方針とバランスを取りながら考察する冷静さを皆が持つことが肝心なのです。

客観的で冷静な分析を促すため、データを簡単な操作でグラフにし、数値の意味を可視化できるようにするなど、スタッフ同士が議論しやすい環境を整えるのは会社の努めです。

ちなみに調査票の評価基準や内容は基本的に全施設に共通にしています。これは経年で、かつ施設間の横並びの比較ができるようにするためです。定量データは7段階の評価に分けて集計し、数値目標はスタッフ全員で合意をとって設定します。この方法で16年間蓄積してきたデータが当社の強みになっていると考えています。

不満解消から商品開発のステージに。同時に労働生産性の改善も目指す

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そうするうちに、顧客満足度調査がネガティブ要因の改善につながるだけでなく、今度は新しい商品を開発するステージでも活かされてきます。

例えば、自社保有のとあるリゾート施設でお客様から、「早朝にいただく1杯のコーヒーは格別です、もっと早くからラウンジをオープンしていただけないでしょうか」という要望がありました。こういった定性データは無数の解釈が成立します。このコメントには「ラウンジのオープンを1時間早めよう」という意見が上がった一方、「(お客様の要望の趣旨は“朝の1杯のコーヒーの気持ちよさ”にあるわけだから)見晴らしの良い場所で朝食をとる企画を立ち上げてみては・・・」というユニークな意見も上がってきました。

議論を経て当初は、森のなかに設置したテーブルで自然の景観を楽しみながら軽食をとる「森のテラス」という企画と、ゴンドラで登った山の頂で軽食をとる「山のテラス」という企画が開発されました。しかしその後、最終的には山のテラスが企画として定着するようになります。実はそのロケーションでは早朝に登ると約50%の確率で雲海が見えるという隠しダネがあって、それが大好評だったためです。長年、従事していた当地のスタッフだからこそ実現できた企画です。

このようにスタッフ同士の自発的な議論から新商品が開発されました。顧客満足度調査をより積極的に商品開発へつなげることで、市場での競合優位性を確立するキーにまで高めた好例です。

再生案件でも、顧客満足度調査の基本的な考え方は同じです。実際の再生案件ではまずマーケットリサーチやCSシステムを導入し、さらにコンセプトを練り上げながらコスト削減をはじめとする短期対策を同時に施すスキームになります。再生プロセスの初期段階ではCS、集客ともに低い状態がほとんどです。そこから少しずつ顧客満足度を高め、小さな成功体験を積み重ねることで最終的にはCS同様、集客も収益も高めていきます。

星野:顧客満足という本セッションの観点からは少し寄り道をしますが、最後に先に挙げた「(1)海外の宿泊施設と互角に戦えるサービス水準を実現すること」、「(2)労働生産性を高めること」という話の後段、サービス業の労働生産性の低さについて少しだけお話をさせてください。

国際的に比較して、我が国の宿泊産業における労働生産性の低さは際立っています。第2次産業の労働生産性が93%であるのに対し、第3次産業は61%と低く、そのなかでも最も生産性が低いカテゴリーは「旅館その他の宿泊施設」の27%(同カテゴリーにおけるアメリカの平均は100%)。さらに本カテゴリー内でホテルなどと比較し、旅館の生産率は最低です。

減少しているとはいえ、旅館の数自体は今も圧倒的に多く、宿泊産業全体の約6割の労働力が投下されています。それにも関わらず、生産性が最も低いうえ、わずか5%の施設しか黒字化していないという競争力の低さこそ、我が国の旅館宿泊産業が抱える最大の問題ではないでしょうか。

具体的にどんな点が労働生産性の低さにつながっているかと考えると、一般的な国内温泉旅館の就業形態には何もしていない、いわゆる「手待ち時間」がとても長いという課題が挙げられます。「チェックイン」「夕食」「朝食」「チェックアウト」「部屋の掃除」・・・と、労働力の必要な場所が時間帯ごとに規則的に変わっていくにも関わらず、縦割り分業制で、担当の仕事が終わると暇になってしまうためです。また、「中抜けシフト」と呼ばれる、朝と夜に働いて、昼間は一旦抜けるという伝統的な就業形態も残っており、実働時間が6時間前後であるにも関わらず、見かけ上の労働時間は長く、サービス残業が2~3時間程度とみなされるケースも散見されます。

これを実働9時間にして労働生産性を高めるために、私が再生案件などで挑戦しているのが、マルチタスク制の導入です。つまり、従業員にはフロント業務も掃除もレストランのサービスも全て担当させる。調理場のスタッフに予約受付のためにキーボード入力を練習させ、サービスマンに野菜を切ったり、料理を盛り付けたりといった技術をつけさせる程です。最初は、「朝食のサービスを終わってからフロントに行ったのではチェックアウトに間に合いません」などと言い出す者が出てきます。しかし、「だったら、チェックアウトを12時にすればいい」。これは、顧客満足度と効率化が相反するものではないということを示す好例ではないでしょうか。ブルーカラー、ホワイトカラーの差異とか、サービスマンは「調理はできない」とか、最初は猛烈な抵抗を受けますが、効率化と同時に旅館全体の仕事の流れを把握させる努力は、のちの運営で必ず実を結ぶようになります。調理の専門家ではないサービスマンがだからこその視点というのもあって、「作りたいものを作る」から「お客様が欲しいものを作る」「市場にどんな食材があるか、その安くておいしいもので何を作れるか」、といった従来にはない発想が調理場に持ち込まれるようになったりします。

これは大変な作業です。しかし、マルチタスク制の導入は労働生産性を高めるためには欠かせないプロセスでもあります。温泉旅館業界はもともと長く勤める人が少なく、多くは様々な地域の温泉、あるいは同じ地域の温泉のなかで転々と勤務先を変えていくのが現実です。定着率が低いことを良いとは思っていませんから、温泉旅館業界の古い業務形態に馴染んでいない若い人材を採用できればと期待しています。コスト削減や労働生産性の向上に前向きな新しい人材が経営の原動力になり、新しい温泉文化のサポーターを創出していく将来にもつながると信じているためです。

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