「変革」 内なる変革、外からの変革 

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「あすか会議2007」の最終セッションには、エーエム・ピーエム・ジャパンの相澤利彦社長と、カネボウ化粧品の知識賢治社長が登壇。再生ファンドから落下傘で経営権を握った相澤社長と、プロパー社員として古参役員をゴボウ抜きにして社長の任についた知識社長が、それぞれの「内なる変革、外からの変革」を語った。

経営の共通言語とマネジメント実績が、変革リーダーの最低要件

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まず会場の皆さんにおたずねしたいのですが、現在、変革に取り組んでいるという方は、どのくらいいらっしゃいますか(半分程度が挙手)。かなり多いですね。では、将来、変革のリーダーになりたい方は(7割程度が挙手)。今日、ご登壇いただいたお二人のお話は、そうした方々にとって有益なものになると思います。では、まず簡単に自己紹介から。

相澤:「オペレーション戦略」の相澤です(会場笑)。無事に講師を卒業して、この場に立っています。10年間、普通の会社(コスモ石油)に在籍の後、11年間、経営戦略コンサルティング(アクセンチュア、ブーズ・アレン・アンド・ハミルトン)に従事しました。そして昨年、「取締役としてダイエーの再生をやってほしい」と声をかけられ、実業の世界に戻りました。

ダイエーの話をいただいたときは、正直、とても悩みました。経済的な理由からです。アクセンチュアでパートナーに就いて4年が経っていたのですが、あと1年続ければストックオプションの権利が発生するという微妙なタイミングだった。妻には言えなかったので、中学3年生の息子に相談しました(笑)。

「父さんは、今、こういう状況だ。家には住宅ローンもある。お前は私立の学校に通っている。どう思う?」。これに応えて、息子は言いました。「でも父さん、もう決めているんでしょう?」。

完全に見透かされていました。常々、息子には「人間にとって大切なのは(金銭的な豊かさなどではなく)、成長を求め続けることだ」と伝えていたのですが、彼は父親にとって今がその時だということが分かったのだと思います。

知識:経歴は配布していただいている資料のとおりですが、端的に言えば私はカネボウしか知らない人間です。1985年に鐘紡(後のカネボウ)に入社。カネボウ化粧品に配属となりました。規制緩和影響下での新しい流通戦略の構築などに携わった後、92年に新ブランド(リサージ)を立ち上げ、98年にその会社の代表取締役になりました。そうこうするうちに、会社全体が傾き始め、2004年に産業再生機構(以下、再生機構)の支援を受けることとなりました。

相澤さんは講師をされていたとのことですが、私は受講生としてグロービスに通っていました。30歳前後から、マーケティング、アカウンティング、人的資源管理・・・と、結構、夢中になって色々な科目を受講しました。途中でギブアップした科目もあれば、「これだけは!」と優秀レポート賞を狙ったものもあります。これはお世辞でも何でもなく、ビジネスの共通言語はグロービスで学ばせていただいたと感謝しています。

2004年に再生機構が入って以降、2年後に(花王に事業を)イグジットしたわけですが、株主が変わり、文化の全く異なる会社と一つに融合することになりました。MBAも持っていない社長が、(そういう難しい状況下でも)どうにかこうにか会社を動かしている。これも一つのケーススタディになるかなとは思いますし、今日は皆さんに身近に感じてもらいながら話を聞いていただければと考えています。

今日は残念ながら、(元・産業再生機構COOの)冨山(和彦)さんのご登壇が難しくなってしまいました。冨山さんのお話を楽しみにされていた方にはお詫び申し上げます。ただ私自身、冨山さんとの対談はこれまで何度もさせていただいていること、また、自分自身がPE側で10年にわたり再生案件をハンドリングした経験を持つことから、ファンド側の立場も踏まえて発言を補いながら進めていこうと思っています。

まず、プロパーの社員が経営改革を推進する「内なる変革」ということで知識さんに伺いたいのですが、知識さんはなぜ、ご自身が社長として推挙されたと思われますか。大変に難しい局面で、古参役員をゴボウ抜きにした41歳社長ということで、当時はマスコミなどでも大きく取り上げられました。

知識:難しい質問ですね。何せ私自身、なぜ自分だったのか、という説明を受けたことは1度もないんです。一つあるとすれば、私は若く、社内のしがらみもありませんでしたから、過去の経営陣からの呪縛を断ち切ることができる、と思われたのでしょうか。もう一つは、自分でいうのもおこがましいですが、社内で新規事業を立ち上げて、それなりの成果を上げた実績を見てもらえたのかもしれません。社内では、わりに傍流というか、変わった経歴でしたので、そういうこともあったかなと思います。

ありがとうございます。実は私、これについては冨山さんに聞いて裏を取ってあるんです(笑)。冨山さんによると、(知識さんをカネボウ化粧品社長に登用した)ポイントは三つあったそうです。

一つは知識さんが「経営の共通言語」を話せるということ。ファンド(ここでは再生機構のこと)側は経営のプロ集団であり、専門の言葉を使って、どんどん議論を進めていく。ところが、カネボウの古参役員は、日本語はギリギリ通じるが(笑)、経営の言葉が全然、通じなかった。知識さんは、それが通じる数少ない一人だったのだそうです。

それから、ご自身でも仰っていたとおり、社内ベンチャーを立ち上げ、経営した経験をお持ちだったこと。そして、最後に人望、しかも女性からの人望がやたらと厚かったこと(笑)、と。冨山さんが言うに、この場合、古参役員からの人望なんて、どうでも良くて、化粧品業界では女性社員、例えば販売部員をやる気にさせられるかということが、とても大切で、そこで社内でいろいろ聞いてみると知識さんの評判が凄く良かった。それが決め手となったそうです。

ただ、私が思うに「古参役員はどうでも良い」というのは、あくまでファンド側の考えであって、実際には調整などで苦労されたのではないでしょうか。41歳社長ということは、20年分ぐらいの年上社員が、ざーっといて、過去の上司が部下になったりもするわけですよね。そのあたりの、コミュニケーションは、どのようにしたのですか。

知識:もう、割り切るしかなかったですね。仕事の上では割り切る、ただし、それ以外では人生の先輩として礼節はわきまえる。そんなスタンスでやりました。リサージの社長をしたときも、35歳という若さで部下はほとんど年上でしたから、その際の経験も役に立ちました。

ただ、若ければそれだけでいいか、というと、そんなことはないということは(若手社員に向けて)強調しました。再生機構は机の上で線を引いて、「○歳以上はダメ」「重い」などと言うんですが(笑)、私は「そんなことはない」「若いとか年寄りとか、年齢は関係なくて、あくまで個人のパフォーマンスとやる気で評価する」と社内でも社外でも公言してきました。

コンサルタントとして構築した客観的な視点が武器

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なるほど。もう一つ難しかったのではないかと思うのが、(知識さんが再生を任された)カネボウ化粧品自体の業績は、それなりに良かった、ということです。カネボウ本体は、カップラーメンだの、コーヒーだの、いろいろな失敗をしていたけれど、化粧品は優良事業だった。ダメ会社の優良事業を立て直す、というのは、社内のモチベーションアップも含め、苦労があったのではないかと推察します。

知識:確かに化粧品事業に携わる社員のマインドとして、「俺たちは悪くなかった」「悪いのは個事業部門で、自分たちは犠牲者だ」というところはありました。そこで私がしたのは、事実をもって説得するということでした。子細に数字を積み上げていくと、優良と言われる事業の中にも幾つか気になる問題はある。それを全て開示して、「化粧品事業が全てにおいて良いなんて、とんでもない」「化粧品も改革は必要だ」と説明し、一方で、被害者意識のケアも心がけながら、少しずつ進んでいきました。

プライドとモチベーションのバランスを取るのが難しかったでしょうね。ただ、そうは言っても変わらなければいけない、と。一方の相澤さんは、知識さんと異なり、ダイエーにもエーエム・ピーエムにも「外からの変革」ということで、落下傘で入っていかれました。「外から」と言っても、(それまでされていたように)コンサルタントとして外から顧客の変革を促すのと、内側に入り込んで変革を実践するのとでは、差異もあったでしょう。

相澤:質問にお答えする前に、冨山さんが欠席されたので欠席裁判で一言、言わせてください。昨年、再生機構が予定よりはるかに早くダイエーをエグジットしてしまい、それに伴い退任を迫られたのですが・・・(声を上げて)、「そりゃないよ!!!」(会場笑)。志半ばという感じで(社員に対しても)辛かったです。ただ、(アクセンチュアでストックオプションを犠牲にしても転職したこと自体は)後悔していません。世間的には、どうしてもキャリアアップ=給料が上がること、と捉える向きもあるけれど、決してそうではない。そういう単純な構造で捉えたくないし、捉えないで欲しいと思います。

先の質問に戻ると、私は自分と引き比べ、「知識さんは大変だなぁ」と、お話を聞いていました。割り切るとは言いつつ、先輩社員やこれまでの事業内容を否定することから始めるのは、精神的にもキツかったと思います。それから、ずっと同じ会社内にいらっしゃると、他社や世間一般との比較感を保つことに苦労されたのではないでしょうか。

そこと比して、私自身の財産はコンサルタントとして異なるカルチャー、異なる事業を、さまざまな企業の社長との仕事を通じて得てきたことと分析しています。幾つもの事例がデータベースとしてカラダに染み付いているから、客観的に状況を捉えられる。再生において客観性と現実性は、とても大切な要件なので、これについては過去の経験が武器になっていると思います。

一方、苦労しているのは、外から入る人間は、社員との信頼関係の基盤が全くないところから始めなければいけないという点です。「ふーん、コイツが社長かよ」「まずは、お手並み拝見だな」というところから信頼関係を構築するには、とにかく、損得勘定ではなく、この会社を再生したい一心で来ているんだ、ということを態度で見せるしかない。

ダイエーに入ったときは、まず、店舗まわりから始めました。3週間で全国30店舗を回って、分厚いレポートを書いた。店舗では、「取締役が店を見に来るのは10年ぶりです」と言われました。

幸い、コンサル時代に小売店のオペレーション改善を手がけたことがあったので、バックルームにもどんどん入って行って、在庫状況から動線までつぶさに見て、レポートには、「ダイエーの問題は不動産投資をしたことと言われているが、(本業にも問題はあって)日々のオペレーションが全然できていない。業務プロセスの改革が不可欠です」と、はっきり書いた。そして、全役員、全社員の前で発表しました。

ダイエーには3万5000人からの社員がいますから、「業務プロセスの改革」と一口に言っても、実行に移すのは、かなり大変なんです。慣れたやり方を変えたくないと現場の反発が起きるのも、日常業務に一時的な混乱が起きるのも目に見えているし、だからこれまで、誰も手をつけたがらなかった。「でも、僕、やります。やらなければ、今は業績が良い店だって、どんどん悪くなってしまう。それを看過するのは嫌だし、小手先でごまかすようなやり方はしたくない。根本から変える、それが真の再生だ」と訴えました。それで、ようやく(損得勘定で来ているのではないことを)分かってもらえたんです。

エーエム・ピーエムでも、同じようなやり方を取っているのですか。

相澤:大きな括りでは、「同じ小売業だから」ということになるのでしょうが、コンビニエンスストアとGMSは業態として全く違うし、シェアも違います。また、ダイエーが基本的に直営店で、社員が店長などを務めているのに対し、エーエム・ピーエムは基本的にはフランチャイズで、働いているのは(社員ではなく、店の)オーナーです。いろいろな意味で、大きな違いがありますから、当然、アプローチも変わってきますね。

組織の変化への対応力という意味合いではどうでしょう。

相澤:エーエム・ピーエムは一度、経営が変わっているので、その意味で対応力は(ダイエーと比べて)強いですね。

成り立ちからお話しすると、エーエム・ピーエムというのは、当初はジャパンエナジーの多角化戦略の一環で生まれた会社で、その後、レインズインターナショナルに売却されたんです。つまり社員は、2つの異なる企業文化を経験してきている。

下図でも示すように、ジャパンエナジーとレインズはまるで正反対の性質を持った会社です。社長のキャラクターの差異もこれにリンクしていますから、マネジメント手法も、ジャパンエナジー時代とレインズ時代では全く違った。ある意味では、社員全員が転職経験者のようなものなんですね。
複数の企業文化を経験した人間には、客観性が出てきますから、そこにエーエム・ピーエムの企業としての強みがあると思っています。

他方、ダイエーの弱さは、一度も自分たちのやり方を否定されたことがないところです。例えば、ダイエーはいまだにJANコードという業界標準の商品コードに対応していないのですが、これは業界全体から見ると15年分ぐらい遅れています。卸やメーカーから来る商品を標準のコードで管理できていないということは、(社内の独自コードを卸やメーカーに管理させて、ある程度までは個別商品の受発注管理をしているにせよ)普通に考えれば「単品管理ができていない」ということになるのですが、社員は「うちは大丈夫です」と胸を張る。それはおかしいと思って指摘すると、「できている」「できていない」の禅問答になってしまう。自分の会社を客観視できていないんですね。これは変革を進めるうえでは(バランス感覚をもった自己否定をできないということなので)怖いことです。

経営再建時のスピード感は平時の数倍

変革の肝に話を進めていきたいのですが、一つには時間との戦いということがあると思います。私が思うに、時間の進み方には何か共通のパターンがあって、社長に就任して3日ぐらいで、「どんな人?」「期待して大丈夫そう?」という噂が社内に走って(イメージが形成されて)、就任後の3週間で、何らかの方針を出して、3カ月で、何らか変化の兆しが見える。そんなスピード感ではないでしょうか。

知識:確かに再生で大切なのは、とにかくスピードですね。私の場合は最初の3カ月で、過去の膿を出すところから、戦略策定まで全部、やりました。社内横断型のプロジェクトを作って、機能ごとの問題点を洗い出す。血なまぐさいこともして、膿を完全に出し切ってから、戦略を策定。全ての領域において完璧にできたかというと、それは自信がありませんが、とにかくスピード感を持ってやることが大事だと思いました。時間をかければ精度は高まったかもしれないですが、時間をかければかけるほど、「できない理由」が出てきてしまう。とにかく70点でもいいから、次へのアクションを決めて、間髪入れずに実行フェーズに移す。この焦燥感、スピード感が、心理的にもターンアラウンドを加速させます。

そのスピード感というのは、過去のカネボウの時間軸でいうと、どんな速さですか。

知識:ありえないぐらいの速さです。ミーティングをして、「次回のスケジュールは・・・」と言うと、いきなりカレンダーを1枚めくって次の月の予定を見始めるという人が多かった。それを、「冗談じゃない、明日、せめて今週末までに形を作ってくれ」。そういうところからやりました。

「時間が大切」と言葉だけでいうと実感が湧きづらいのですが、数十メーター走るごとに、カチカチと数字が増えていくタクシーメーターを頭にイメージすると、すごく分かりやすい。「あなたの作業が1日遅れると200万円の赤字(あるいは機会損失)が出る。1週間だったら1400万円です」。そんなふうに説明していました。

外から入った相澤さんの場合には、最初の数日が勝負というようなところもあったのではないですか。

相澤:そのとおりです。最初の3週間で、主要部門のキーパーソンへのヒアリング、部門ごとの定例報告の内容精査、卸やメーカーなど重要なステークホルダーへの挨拶まわり、店舗まわり、社員との飲み会など、必要と思うことは全てやりました。コンビニエンスストアは店舗あたり3000~4000SKU(在庫保管単位)の商品があるわけですが、主要メーカーへの挨拶も全て済ませた。

そのうえで、3週間後に経営幹部の合宿を設定し、「就任3週間の所感と改革の方向性(案)」と題した約40枚のプレゼン資料を基に、改革案を議論しました。ちなみに、このプレゼン資料をアクセンチュアの程(近智)社長に見せたところ、「頼むから、こういうこと、やめてくれ」「これじゃ、こちらの仕事がなくなる」と言われました。通常、数人のコンサルタントをかけて3~4ヵ月をかけて作るものを、私は一人で、2週間で書き上げてしまった。

誇らしく思うのは、それから5カ月が経ちますが、中に書いたことで、「これは違ったな」と思うもののないこと。そして嬉しかったのは、かなり細かく改革案を書き込んだのですが、社員が皆、「全部やりたい」と言ってくれたことでした。

皆、もとは石油会社ですから、何十年も同じ製品を売り続けていた人たち。つまり、ある種、スピードの止まったような業界にいた人です。その人たちが、私の提案した変化を受け入れて、「やろう、やろう」と言ってくれた。これは励まされましたね。

先ほど、「3カ月で、何らか変化の兆しが見える」という話が(田崎さんから)ありましたが、ちょっと自慢になりますが、そのスピード感で成果も出ています。コンビニエンスストアの既存店の売り上げというのは、今はどこも厳しく、昨年対比でマイナス成長なのですが、2006年度は通期で昨対99.6%だった売り上げが、07年1-3月の平均が99.8%(注:相澤氏の社長就任が07年2月)、4月は100%、5月はついに101.6%と、1カ月ごとに目に見えて伸びています。数字が伸びると、皆、顔つきが変わるんですよね。勝ち味を知ると、会社の雰囲気が変わって、好循環に入る。

(企業再生の)教科書に書かれているようなことを、そのまま成果として上げていらっしゃるわけですね。ここで少しお聞きしてみたいのが、もうちょっと長いスパンを見据えた話です。ファンドというのは、基本的には“時限株主”であって、1年とか2年とか、とにかく短期間に数字を上げてエグジットすることを目指すわけよね。他方、社員は20年、30年というスパンで、その後も会社に居続ける。従って、改革に求めるのは、「それが永続的なモデルか」「自分の人生は、どうなっていくのか」という長期を見た、もう少し情に寄ったやり方です。数字を上げるだけであれば、合理で割り切っていけばいいが、社員の心と向き合うのは情理の世界。この合理と情理のバランスが難しいと、冨山さんもよく言っておられます。お二人は、ファンドと社員、或いは合理と情理のバランスを、どのようにとって来られたのですか。

知識:それが一番、しんどいところでした。この悩みは、事業再生に共通する宿命みたいなものですね。とりわけ私はプロパー社員で、会社への思い入れも強いですから、エグジット後のことも考えずにはいられなかった。再生機構は、とにかく短期間で事業価値を上げろ、というスタンスだし、パフォーマンスが落ちてきたら、内部の社員を切り捨ててでも、外からどんどん人を入れろ、という話になる。でも長期を見据えると、なんとか社員を残して成長させたい・・・というところもあるわけです。

ファンドに対しても、社員に対しても、「ここは飲むけれど、ここだけは譲れない」、それを1ミリ単位のせめぎ合いで最適解に近づけていく。思うに、このせめぎ合いが大切なんですね。社員に対して、「再生機構が○○と言っているから仕方ない」という言い方は一度もしなかったし、逆に再生機構に対しても、「社員が可哀想だから、それはできません」というような言い方もしませんでした。他責にせずに真正面から両者に向かい合う、とにかく、そういう姿勢が大切だと思います。

それから、両者の間で「通訳」のような役割を果たすことも必要と感じました。先ほど、「経営の共通言語」という話が出ましたが、社内の論理と機構の論理を翻訳しながら伝えていかないと、理解を得られないし、人を動かすこともできません。

「1ミリ単位のせめぎ合い」ですか。そういえば冨山さんも「指1本の執念」という言葉で同じことを説明され、本も書いていらっしゃいました。やはり経営に正解はなく、経営者が自分で考え、1ミリ単位の綱渡りを、最後は執念でもって、やり抜く以外にないのでしょうね。ところで、「通訳」という表現がでましたが、ここでするのは直訳ですか、意訳ですか。

知識:もちろん、意訳です。経営のプロから見れば、答えは明白、というようなことでも伝え方に工夫が必要です。例えば、コンビニエンスストア向けのとある商品で、売り上げは上がっているけれど利益が全然、出ていない、出ない構造になってしまっている、というものがありました。これを再生機構に言えば、5秒で「止めよう」で、終わりです。でも、商品を担当する社員からすれば、取引先にも申し訳ないし、商品を愛用してくれているお客様にも心苦しい。そんなに簡単に結論が出せるものではありません。そこで「再生機構が、止めろと言っているから、この商品は、もう打ち切りにします」では、納得は得られないんです。だから、自身に状況を調べさせて、時間の許す限りミーティングも重ねました。そのうえで、明確な事実を前に、「あなたの部下が朝から晩まで働いて、それで赤字しか生んでいない。それを、放っておくわけにはいかない」と話したところ、担当者自身が、涙を流しながらでしたが、「打ち切りましょう」と、結論を出しました。

経営のプロが5秒で出す結論であっても、現場に伝えるときには、少し時間を長くかけてでも、彼らの腹に落ちる伝え方をしなければならない。同じ「撤退」であっても、次に続くモチベーションを生む撤退と、絶望させる撤退とでは意味が違いますので、そこはプロセスを大切に丁寧にやってきたつもりです。

合理と情理を1ミリ単位のせめぎ合いで整合させる

相澤さんは、変革のリーダーを、どのような人物像として捉えていますか。

相澤:リーダーというのは、文字通り、リードする人。つまり他人がついてくる人ですね。では、何に対して人はついてくるか。私が思うに、大きく三つの要素があります。

まず、現実的なメリットを提供できること。社員も家族や生活を抱えて働いているわけで、現実的なメリットが享受されなければ、ついてきてはくれません。その意味から、売り上げなど目に見える数字を上げていくことが重要です。

だからといって、人はパンさえ食べられれば幸福、という動物ではありませんから、夢を提供できなければいけない。キャリアゴールでも、社会への貢献でも良いのですが、それが二つめです。

そして、リーダー自身の人間性。いくら夢やメリットを提示することができても、その人が人として信頼に足る人間でなければ、人はついてきてはくれません。

先ほど、合理と情理という話がありましたが、事業再生という局面だけではなく全てのビジネスは経済合理性の追求のうえに成り立っていますから、どうあっても利害はぶつかり合うものと受け止めています。全ての人の満足にこたえることは、できないのです。知識さんもおっしゃっていましたが、だからこそ、どれだけ納得感を高められるか、ということが大切になります。そこで情理が必要となるのだと思う。合理と情理のどちらが大切か、ということではなく、両立させなければいけないのがビジネスなんです。私はまだ、(エーエム・ピーエムの)社長に就任してから5カ月しか経っておらず、社員から十分な信頼を得られているとは言えませんが、「彼が言うなら仕方ない」と言われるようでありたいと思っています。

ありがとうございます。時間も迫ってきましたので、最後に会場の皆さんにメッセージをいただければと思います。

知識:自分自身の経験を踏まえて思うのは、人生、何が起きるか分からない、ということです。カネボウは長く、業績不振が続いてはいましたが、完全にダメになったとき、社員の多くは「まさか」という反応だったように思います。(私のような)41歳の社長が誕生することも、これまでの企業文化からすれば、驚くべきことです。

何が起きるか分からない。だから、やりたいことがあるのであれば、せめて、その準備だけは何を置いてもしておいていただきたいと思います。この中で、仮に「自分は傍流だから」と諦めてしまっている方がいらっしゃるとしたら、「傍流、おおいに結構」と開き直って、楽しんでほしい。私は、その期間に好きなことをやって、それが最終的には機会に結びつきました。

まじめに一所懸命頑張っていれば、3回ぐらいはチャンスの糸が垂れてきます。覚悟していなければ、折角のチャンスであっても糸は見えない。準備していなければ、怖くて糸をつかめない。少し情緒的ですが、私はそのように考えています。

相澤さんはいわゆる「プロ経営者」ですが、そこを目指す人に是非、アドバイスをお願いします。

相澤:プロフェッショナルとは何か、ということを考えるとき、私は「専門性」と「結果責任」の2軸で(以下の図のように)捉えています。専門性があり、結果責任を取るのがプロフェッショナル。そういう覚悟で11年間、やっていたことが凄く良かったと自負しています。

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もう一つ、コンサルタントの後輩に、よく助言するのは、「キャリアを短期間で捉えるな」ということです。10年やって、ようやく見えることというのは多いんです。地道に努力して、信じて積み上げたものが、いつか血肉となって役に立つ。だから近視眼的にならず、焦らないでほしい。10年間、地道に積み上げてきたから、(先ほどお話したような)ああいうレポートが書けるんです。10年の努力がなければ、あんなレポートは書けません。強い意志を持って、時間のかかることを惜しまずに積み上げていただきたいと思います。

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