SILC 2006 autumnレポート  サービス業の事業変革・事業再生 

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グロービス・グループは2006年10月、サービス産業のイノベーション促進を目的とした「SILC協議会」を他数社とともに設立、サービス業で活躍する起業家や経営者が集い、相互啓発と深い人的ネットワークを構築することを目的としたカンファレンス「Service Industry Leaders Conference(SILC)」を開催した。第1回目の開催となる、この「SILC 2006 autumn」には、109社・139名に及ぶ経営者が集結し、パネルディスカッションなどを通じて積極的な意見交換を行った。GLOBIS.JPではこのカンファレンスの内容を9回にわたり、詳報する。初回はまず、産業再生機構・冨山和彦氏らによるパネルディスカッション「サービス業の事業変革・事業再生」の内容をお届けする(文中敬称略)。写真:岡村 啓嗣

「アメリカ帰りのエコノミスト」の異名とり目に見える結果を出すことから再起

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嶋田 「事業再生」をキーワードに、まず自己紹介をいただきたい。

川鍋 私は単なる3代目、ファミリー・ビジネスを守る一念でやってきた。祖父が裸一貫からの叩き上げで創った「日本交通」は、4社統合を経て、いわゆる「(東京4社)大日本帝国」の一角となる。しかし父の代、バブルに乗った、含み経営が失敗。何不自由なく育てられた私が、29歳で入社した時、会社は1900億円の借金を負っていた。

林 前職はランズエンド社、40歳で入社した時(99年)、同社は倒産寸前だった。アウトドアの衣料は不調で、アメリカ本社に泣きついてもお金が出ない。そこでカタログを工夫した。写真の使い方を変えるだけで、売上が4倍になった商品もある。こうして黒字15%を達成した。雇われ社長を卒業し、「I・M・A」を1月半前に立ち上げたところだ。

冨山 「再生人生」を歩んできた。ひょっとすると第1号は自分の会社。当時まだ経営が不安定だったBCGが分裂した時(86年)、コンサル会社・CDIを立ち上げた。しかし、ローカルで親会社もなく、バブル崩壊で経営難となり、大変な思いをした。そのうち、政府から声がかかり、2003年に産業再生機構へ。税金から10兆円の枠を持っていたが、変な使い方をしない自信はあった。政府が用意したお金で左前の会社を買い、立て直したらすぐに売却する。2年間で、額面で4兆円分にあたる企業を買収した。最盛期は案件数にして41企業グループ、会社数で子会社、関連会社も含めて300~400社、10万人以上の従業員を抱えるホールディングカンパニーの実質的な社長だった。再生機構で扱った企業のうち7~8割はサービス業。例えば小売り、バス、旅館などである。なお、この会場では数少ない、(みなし)公務員でもある。

嶋田 失敗とそこから学んだことは。

川鍋 2000年に入社。入社1週間目の役員会で決算について一席ぶったら、1年間、総スカンを食らった。確かにカタカナの多い喋りをしてしまったとは思うが、「アメリカ帰りのエコノミスト」などと呼ばれた。そんな状況でも、銀行は金を返せと迫ってくるし、改革者として自らのcredibilityをどう高めるか…。まずは、目に見える結果を作るところから着手した。例えば「ハイヤーの値上げ運動」。この業界は70年間、価格政策を全くやってきていない。利益率が低いものを、うるさいことを言われたら、また下げるという繰り返しでやっていた。ここに手を付けた。また、「赤字顧客の5%を何とかすると、赤字の半分を解消できる」こと。僕は2・8の法則だけで生き残ってきたようなもの。本質かどうかより、わかりやすいことが重要だった。これを手掛けた若手チームの自信にもつながった。

林 38歳の時、ビクトリア・シークレットの日本ローンチを手掛けたが、このときは9カ月のプランニングで終わり。通販の実務までは理解していなかった。しかし、ランズエンド社では本社との揉め事により、役員13人中5人が退社。人事部長が辞め、財務部長が辞め、という状況の中、30億円の在庫が積み上がっている。「外資は気が短い」というのは分かっていたので、2年目に好転させられなければ撤退されてしまうだろうという危機感もあった。というわけで、1年目は365日、フル回転で実務に取り組んだ。大変だったが、これでカタログビジネスの本質を理解できた。

ラーニングは「オンナは声を上げても得することは一つもない」ということ。あるとき、言っても、言っても、作業をしてもらえず、また納得のいかない弁明をされたことに腹を立て、「辞めてもらって結構!」と、机を叩いて激怒したら、一番信頼していた人から「全員、辞める」と言われた。女性は怒鳴っても損だと実感した。

もう1つは、マーケばかり考えていた自分は「頭でっかち」だったという反省。「米国(本社)ではラルフローレンのようなジャケットも販売しており、そういう商品で“スタイリッシュカジュアル”をやりたい、と言ったら、業績が好転するまでは商品は出せないと突っぱねられた。そこで「ugly禁止(醜い写真は使わない)令」を出して、同じ商品でも手元のカタログで見せ方を変えた。頭でっかちでいると、ポジショニングとかをすぐ考えてしまうが、目の前の商品を「どう売るか」というごく単純なところにもチャンスはある。手元の実務から、まず取り組む大切さをそこで学んだ。

経済の合理と人間の情理いずれかに逃げると破綻する

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冨山 再生の前段階、いずれ、うち(再生機構)に来てしまうような会社は、どういうところか。幸せの形は一様だが、不幸の形はそれぞれだ。だが失敗には理由がある。これを一言で括ると“緩い”ということになる。オーナー企業しかり。大企業しかり。(日本交通のように)3代目が立派で持ち直すケースもあるが、そういうのは稀有。カネボウの人も優秀なのに緩んで経営としては腐敗した。人間は弱いものなので、緩むのが当たり前といえば当たり前だ。

経営というのは、シビアな状況では「経済の合理」と「人間の情理」が必ずぶつかるものだ。川鍋さんが相対したように、理論を振りかざせば、必ず感情論で反発する。例えば政権が変わって、いきなりアジェンダが変われば、「4年も頑張ったのに」というような人間が出てくるのは当たり前。このとき、緩い経営者は逃げてしまう。最も安易なのが、情に流されることだ。だからカネボウは、20年も繊維事業から撤退できなかった。もう一方が川鍋さんのパターン。論理に逃げてしまう。今、そのときの状況に戻ったら彼は、既存の社員と腹を割って喋る努力をするだろう。

理解していてほしいのは、会社というのは、そういう腐敗が起こる場所であるということ。調子に乗っている間に(業績が)悪くなり、慌てて人を削って、自分は留任し、それで潰れる。本当に優秀な人は人間の弱さというものを知っている。自分自身の弱さについても知っている。

嶋田 「人間の弱さ」に対し、経営者はどのように立ち向かえば良いのか。

冨山 だから動機付けが重要となる。例えばカネボウは9000人の社員のうち7000人が美容部員だが、賃金あたりの売り上げは業界で一番多い。こういうのを“ビジネススクール崩れ”が行って聞くと、「成果報酬を入れればもっと働くのでは?」などと言い出すが、それは本質ではない。彼女らは、賃金に全てを還元できない動機付けで働いている。例えば同じ美容部員でも、外資のロレアルでこれは通用しない。もちろん不動産の大京でも、光通信でも、この議論は通用しない。だから、経営者には人を見る洞察力が必要なのだ。

川鍋 社長就任後、5000人の従業員に対し、なぜ当社を選んだのかというアンケートを取ったことがある。「大手だから」といった理由が多いだろうと想像していたのだが、「家に近いから」「他に適当な職がなかったから」というのが、圧倒的に多かった(笑)。こういう人たちのプライドを、どう掻き立てればよいのか、動機づけすればいいのかと、悩んだ。タクシーは歩合制でワンメーター(660円)走ればその3分の2、約400円がドライバーに支払われる。1本多く走れば弁当代ぐらい出るのだが、管理職が「あと1本が大事」と号令をかけても、行こうとしない。給料を200円下げるだけでもストライキするのに、だ。

いろいろ考えた末、日本交通のタクシーの車体は黄色いのだが、そのうち2割を選抜する「黒タク」を導入した。「黒タクには優秀な人しか乗せません」と言い、ひたすら「黒タク」に愛情を注ぐ。外部にも「黒タク」のことしか喋らない。幹部からは「社長、あなたは間違っている!」「全車の品質を上げるべきだ!」などと抵抗されたが、「あなたの言うことは正しい。でも、時間もカネもないからやらせてくれ」といって、強引に導入した。そして、これが結果的にうまくいった。無論、中には「自分はずっと黄色でいい」という人もいる。人間が10人いると、2人は何も言わずにやり、2人は何を言っても聞かない。残り6人をどう扱うかがポイントと、私は思っている。

林 川鍋さんが対峙したのがオトコ集団であるのに対し、コールセンターはほとんど女性。彼女らのモチベーションを上げるのは、愚痴、話を聞いてあげること。「お客様を、仲間を大切にしよう。そうしれば結果はついてくる」というスタンスでやった。お客様のほうを向くというベクトル合わせをしたかった。基本はコミュニケーション、250人全員と話をした。とにかく「聞く」という手法でやっている。

40代以上管理職が吹き溜まり調整コストが会社を内部崩壊させる

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嶋田 サービス業ならではの難しさは?

冨山 ダメになる会社は、40代以上管理職、これが働かないケースが散見される。会社がでかくなると、気の利いた資料を作れる(しかし現場を知らない)賢げな人間が出世して、放っておくと(そうした人間の集積が)巨大な管理機構を作る。これによって調整コストが二乗で増えていく。管理する側が増えると「調整」が発生する。会社が成長するにつれ、管理部門の仕事の7~8割は社内調整に費やされる。これが、サービス業が陥りやすい致命的な罠だ。

簡単な処方箋は管理部門を半分にすること。こう言うと、悲鳴を上げられ、資料を作れないとか訴えられるが、実際は違う。日々是決戦で、どれだけ早くPDCAをまわして改善できるかのほうが重要。一般論に通じる具体例として、以前のカネボウには、最多で11のハンコが(稟議書の決済に)必要だった。3つ以上の意思決定レイヤーはスピードを損なうだけ。また見かけ上はハンコ4つでも、何々代理という人物が背後におり「根回し」が必要なケースもある。41歳の人物を(カネボウ化粧品の)社長に据えたのは、そうした理由もある。ハンコ11個ということは年功序列で動いているということ。いつか仕返しされることを恐れて根回しも起きる。これに対して、若い社長を入れれば年功序列が消え、50歳以上の多くはノーチャンスと見なされ、彼らへの根回しはされなくなった。

オーナーが君臨している企業では(例えばダイエー・中内氏のように)オーナーの一言で物事が決まる。従って、逆にオーナーが意思決定をしなくなると、意思決定メカニズムそのものがボロボロであることが明らかになり、会社が危機に向かうこともある。

会場 再生における社員の鼓舞について。腐った人がいると、それが周りに伝染するのが、悩みだ。

川鍋 当社の場合、管理職は年俸制とし、多産多死でまわしている。また、「腐った人」に1対1で対処するのはフラストレーションだが、全員がいる場できちんと向き合うとむしろプラスになる。こちらが真摯に答えると、周囲が頷いてくれるのが見える。排除できない部分は闇で何とかせず、表に出して対応することである。

冨山 コンプラに反するような本当に困る人はしようがない。それはさておき、普通の人の下位2割は、そのまた半数以上がおそらく結局は会社を離れていかざるをえなくなる。再生の局面では、人の出入りが生じるものだ。その時、辞めさせ方を間違うと、それは会社の将来に関わる。リストラで遺恨を残すと、社に残った人にもその怨嗟のようなものが伝染する。CDIが人を半分減らしたとき、その傷は5年10年と残ってしまった。

撤退する時は、そのプロセスに手間をかけるほど、残った人が納得するものだ。撤退店の用地をすぐに売却せずに、同業種への転用はできないかなどあれこれと模索してみる。短期的な合理には反するが、違うところでこの手間はペイする。

下の人から辞めさせがちだが、それはNGだ。むしろ上の人間、(オーナーの)一族郎党、長い付き合いの人から切らないと、先に進めない。

(このような仕事につれ)宗教書、哲学書、古典を読み、真理を見出したくなる。経営者が理念を考える理由も、同じことかもしれない。

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