出井伸之氏 —過去の経験を形式知化して 国際社会に発信せよ 

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環境変化が個々のビジネスパーソンのキャリアにも変化を及ぼす

「ヒトも組織も変わらなければならない」——。

出井氏は、「社会環境は絶え間ない変化を続けており、個々のビジネスパーソンがこれに対応し得るだけの競争力を持たなければ、(個人も組織も)勝ち残ることは難しい」と、複雑系の考え方を引きながら、警鐘を鳴らす。複雑系とは、部分が全体に、全体が部分に予測不能な形で連関し、互いのルールを動的に組み換えていくとする、システム論である。

いわく、「世界経済フォーラムの調査によると、1993年まで世界で1位だった日本の国際競争力は、2005年には12位まで落ち込んでいる」。また、「ここ数年のうちに、半導体の技術革新が壁にぶつかり、産業構造が大きく変容する」。或いは、「中国、インドの台頭、同時に貧富の差が拡大する」。

そして、こうした周辺環境の変化、時間の流れが、「いずれは個々の企業活動に波及し、引いては、そこに働くヒトに影響を与える」と、出井氏は話す。

裏を返せばこれは、システムの構成要素であるヒトが、その働き方を動的に変化させていかない限り、その集合体であるところの社会のポジティブな変化も望めないということでもある。即ち出井氏の論からは、近視眼的になるのでもなく、過去のルールに捉われるのでもなく、個々のビジネスパーソンには、環境変化を敏感に受け止め、柔軟に対応する大局観が必要とのメッセージが読み取れる。

では、個々のビジネスパーソンの集合体となる組織、或いはシステム全体に求められる変化とは何か。出井氏はそれらを、「行政改革」「投資・技術・人材の国内への呼び込み」「教育制度改革によるイノベーションの促進」「産学官の協力促進」「東アジア諸国との経済協力促進」という5つのポイントに絞って説明し、「日本は過去の経験を形式知化して、これを基にアジア全体の成長を加速させるべく、リーダーシップを発揮しなければならない。また、それを積極的に(欧米をはじめとする)世界に発信していかなければならない」と、強調する。

グローバル人材に不可欠なのは言語ではなく異文化理解である

国際的なリーダーシップを発揮するために、個々のビジネスパーソンに要求されるスキルとは何か。一つは単純に、コミュニケーション能力が挙げられるだろう。

この際、最大のハードルは一般には、「語学力」と捉えられることが多い。ところが出井氏は、「異なる言語圏のビジネスパーソンとのコミュニケーションが困難なのは、言葉の問題というよりは、固有名詞や時事的なトピックスを共有しきれていない」、即ち「文化の問題」であることが多い、と持論を展開する。

出井氏は1960年にソニーに入社、外国部に配属となり、欧州に9年滞在、ソニー・フランスの設立などに従事した。そうした経験から、「大切なのは、細かい言葉のキャッチボールに付いて行こうとすることではなく、自分の立場をはっきりとさせること。日本人は自分の意見を言うのが下手と言われるが、コツをつかめばコミュニケーションは簡単だ」と、話す。

海外に行ったら現地の新聞に目を通して、面白そうなコラムだけでも読んでおくこと。会食などの前には、そこから2つ、3つ、話題を提供すること。知らない固有名詞やトピックが出てきたら、「それは何だ?」と率直に尋ねること。「相手が聞いて欲しいことを質問すれば、後は先方が喋ってくれる。会話の切れ目を見て、自分自身の見解を述べれば、“口数は少ないが、きちんと主張のある人物”と印象づけることができる」(出井氏)。その際、「通訳を使うなら使う。使わないなら使わない。半端に英語と日本語を混ぜて話すのが、最も誤解を生じやすい。“私・欲しい”というような、子供のような喋り方でも良いので、曖昧な言い方をしないことが大切」と、出井氏は話す。

出井氏はまた、「誰かを深く知ることは、その国について深く知ることでもある」とも指摘する。例えば他人の意見を様々な角度から知り、その多面性を受け入れることで、「アメリカという国を立体的に理解できるようになる」。それにより、コミュニケーションが徐々に円滑に進められるようになってくる、と出井氏は考え、実践してきたという。

携帯電話市場、ファンド、アジア…問題意識は更なる高みへ

では出井氏は、自らの「競争力」を高めるため、何を為し、トップまで上り詰めたのか。

出井氏が精鋭14人をゴボウ抜きにして社長に抜擢された話はあまりに有名である。出井氏を後任に据えた大賀典雄氏(現・相談役)は当時、「(出井氏の)新分野への嗅覚」を理由の一つに上げた。

実際、出井氏の社長就任後、ソニーはパソコンシリーズ「VAIO」、薄型テレビ「ベガ」、ゲーム機「プレイステーション」などヒット商品を次々と打ち出し、世界的なエレクトロニクス企業としての地位を不動のものとしてきた。また、執行役員制の導入、社内カンパニーの再編、工場群の生産サービス会社化など、大胆な組織的な改革を推進したことも記憶に新しい。

出井氏は往時を述懐し、「海外に赴任していた頃から本社にレポートを送っていたし、取締役になってからは“自分がCEOだったらソニーのために何をするか”をレポートにまとめて、(大賀氏をはじめとする)トップに提出していた」と打ち明ける。「10年後に日本はどうなるか、ソニーに対して自分が問題意識として持っているのは何か、など、1つ上の上司に言えば生意気と取られたかもしれないが、自分の場合は3つ4つ上の上司に伝えた。だから“かわいい奴”と思ってもらえたし、積極性も評価されたのではないか」と、振り返る。

先の複雑系の話にも関連するが、社長就任後は、出井氏はグループ全体としての舵取りだけではなく、数千におよぶ子会社に関わる個別の案件について細かな意思決定を求められることももちろんあった。「マクロ的な視点とどうバランスするか、マイクロマネジメントは難しい。ただ、自分が意思決定を求められるのは例えば、成否の確率が51.111%対49.999%というように、どちらを選んでも大差のないところまで絞り込まれている場合が大半。だから現場の責任者が、“自分にやらせてくれ”と、決意を持って来ているのが分かれば、ゴーサインを出した」と、出井氏。

トップが意思決定のために細かな情報全てを知る必要があるわけではなく、大切なのは、いかにしてバランスシートを小さくするかということ。営業出身のトップは、売り上げや利益を大きくすることにこだわりがちだが、「重要なのは全体バランスを整える、即ちマクロマネジメントを徹底すること」と、出井氏はまとめる。

加えて、もう一つ重要なのは、「組織としてのモチベーション管理」。とりわけ、「(自分のような)サラリーマンから社長になったプロフェッショナル経営者と創業社長は根本的に異なる。創業社長の場合、自身が事業を強力に推進する求心力を持ち得るが、サラリーマン社長の場合、どうしても(個の集合体である)“会社”が意思を持ち、経営者の思惑と異なる動きをすることがある」。これを、どのようにコントロールするか。「(社員を)水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」。従って、「経営者は、もっと自らの個性を表に打ち出しても良いのではないか。人間的に率直な部分を見せることで、ヒトの心を掴んでいかなければならないのではないか」というのが、出井氏の考えだ。

そんな出井氏が今、新たに取りかかろうとしているのは何か。1つは携帯電話の市場。「日本人の大半がプラットフォームとして持っている、この携帯を活用して何かできないものかと、いろいろ考えている」。もう1つはファンド。「現在の市場は、健全な資本主義からすると、よじれている。短期的に鞘を抜くのではなく、より長期的な、安定株主を育てなければならない。そのための一助となることを何かしたい」。そして最後は、アジア。「経営者として培った経験を基に、日本がアジア諸国の中でリーダーシップを発揮していかれるよう、枠組みを作っていきたい」——。

気鋭のリーダーの問題意識は、留まるところを知らず、既にさらなる高みを臨んでいるようである。

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