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樋口泰行氏 —ターンアラウンドマネジャーの要件

投稿日:2006/10/02更新日:2019/04/09

再生人材へのニーズは益々もって高まる

ダイエー、カネボウ、三菱自動車はじめ、戦後の経済成長を支えた大企業が、ここへ来て次々と過剰債務に行き詰まり、産業再生機構など企業経営のプロ集団の手を借りて再建に取り組んでいる。
これについて樋口氏は、「戦後の高度成長以降、インターネットを除き経済を活性化させる“波”は来ていない。しかも社会は少子高齢化により人口減少に向かい、企業を大規模に成長させる外的要因が望めない」と、話す。即ち、放っておいても幾ばくかの成長が得られるという時代ではもはやなく、こうした環境変化を冷静に考えれば、経営の良し悪しが企業の勝ち残りを大きく左右するのはある種、当然との見解だ。「成長期は1つの戦略の生存期間が長かった。しかし今は、どんどん舵を切り、競合と違うことをやり続けなければ勝ち残れない。それを認識せず、成長期の成功体験に胡坐をかき、往時と同じ方法論を繰り返せば、いつか破綻を来たすのは自明のこと」(樋口氏)。
従って、「今後は(企業を再生に導く)ターンアラウンドマネジャーへのニーズがさらに高まるのではないか」というのが、樋口氏の予測だ。実際、新聞紙上などでは企業再生に取り組むファンド、投資会社の奮闘が毎日のように取り上げられ、「経営人材不在」との論調は引きも切らない。
「これまでは、“企業の建て直し”というと、経営者自ら給料を削って悲壮感いっぱいに取り組む、というようなイメージがあった。しかし今後は、建て直しこそ、優秀な経営者に高額な報酬で行ってもらうもの、となっていくのではないか」と、樋口氏は言う。

既存社員の説得には「固定観念を打ち破るための力」が不可欠

では、ターンアラウンドマネジャーに求められる要件とはどのようなものなのか。樋口氏はその一つに「固定観念を打ち破るための力」を挙げる。詳説しよう。
樋口氏は、古い伝統に縛られた大企業ではとりわけ、「トップダウン、セクショナリズムが横行し、現場の人間が部門間の連携など考えず、ただ上から言われたことをやるだけ、上から叱られないようにするだけになっていることが多い」と、観察している。また、社内文化にドップリと漬かるあまり、客観的な視点を欠き、「異文化から来た人間から見れば、どう考えても問題と思うことが、悪いことと認識されていないことも少なくない」とも言う。
例えば、ダイエー社長就任直後に樋口氏が、ある店舗で購入したキャベツを競合店のものと比較し、「ダイエーの野菜は、あまり良くないようだね」と、社員に問いかけたところ、「それは偶然、悪い店舗で買われたものだと思います」という言葉が返ってきたという。「責任を取らされるのでは?と、自分の身を守る気持ちが先に立って、会社全体を良くするためという視点での受け答えができない。現状維持の姿勢が、企業文化そのものとなってしまっているのだと思った」と、樋口氏は振り返る。
こうした守りの姿勢を打破するためには、個々の社員に、自らが動かなければ会社がダメになるという危機感や当事者意識を持たせ、これまでとは違うやり方を受け入れてもらわなければならない。
「潰れかけた企業に、経営学を熟知したコンサルタントが入っていって、ああせい、こうせいと、机上の理論を語るのは簡単だ。だが、その理論を実践するためには、現場の社員の心をまず動かし、やる気にさせなければならない」(樋口氏)。ただそのためには、社員のマインドを変える、腹落ちさせるだけの強い説得力が必要だ。これが樋口氏言うところの、「固定観念を打ち破るための力」である。
つまり、ターンアラウンドマネジャーには、「人間としての厚みが要求される」と、樋口氏は自らの経験を踏まえ、話している。

人間の成長は集中力と時間の掛け合わせで得られる

様々な年齢層の(時には自分よりずっと年上の)、様々な背景、考え方を持った社員を動かす経営者となるためには、多面的な経験、思考の積み重ねが必要だ。ただそれは決して、「年齢さえ重ねれば得られるというものではない」と、樋口氏は強調し、若手経営者の発奮を促している。
「人間の成長は、熱心さや一生懸命さといった“集中力”と“時間”の掛け合わせで加速されるもの」というのが、樋口氏の考え。例えば、「私は英語が苦手だったので、早く上達したいと、英会話のテープを繰り返し聞いたことがある。しかし、真剣に聞かない限り、それは単なるBGMになってしまって、いつまでたっても身には着かないと、すぐに気付いた」と自らの経験を語る。
一方で、米国HarvardBusinessSchoolにMBA留学した際の経験は、自身の成長を急速に加速させた、とも話す。
「私は理科系出身の技術者だったため、特定分野の技術トレンドなどには強いが、経済のことはほとんど分からなかった。それがビジネススクールに入り、広範な知識を得たことで、一気に視野が広がったのを感じた」(樋口氏)。また、「それまで課題解決は、自分1人でするものと考えてやってきたが、ケーススタディの議論を通じて、他人の考え、多様性を受け入れることで自分自身の思考も広がるということが理解できた。コミュニケーション能力も高まったと思う」と、言う。
そして何より、「多くのケースに取り組むことで、経営トップとしての意思決定を幾度となく疑似体験した。あたかも実際の経営の場面で選択を迫られているかのような、プレッシャーに身を置き続けたその体験が、いわば“圧力釜”のようにして、自分を成長させてくれたように感じている」と、樋口氏は述懐している。

大切なのは小手先の技術ではなく心の底に持つ「ぶれない軸」

樋口氏は、2005年5月の社長就任来、どのようにして社員の心を動かして来たのか。
この問いに氏は、「土の匂いがしないとチェンジエージェントにはなれない」と、答える。
大掛かりな戦略や、小手先のテクニックで人の心を掴もうとすることは、それはそれで否定はしないが、結局は当たり前のことを当たり前に、愚直に続け、その姿を見せ、現場を納得させていくほかない。例えば社長職に就いてからの1週間に樋口氏は、ダイエーが保有する250店舗の全ての店長に自ら電話をかけ、再生にかける自身の思いを語ったという。また、経営不振から閉鎖を決めた50店舗には全て足を運び、パート社員含め、全ての従業員に経緯や感謝を伝えた。「最後、シャッターを閉める瞬間、90度に体を折って頭を下げながら、何年もの間を務め上げたパートさんがボロボロ涙を流す姿を見て、こちらも言葉が出なくなった」
そうした姿が現場の社員の「社長も本気なんだ」という理解や、「2度とこうした店舗は作るまい」という決意につながり、「最近では、“1年前と比べて、だいぶ良くなったね”と言ってくださるお客様や取引先が出てきた。また、様々なプロジェクトが自主的に動くようになった」と、樋口氏は顔をほころばす。
無論、事はそう簡単でも単純でもなく、何もかもが解決したわけでもない。「大切なのは、会社のビジョンや戦略が、現場に全て浸透し、腹落ちしているか否かということ」であり、「まだ時間はかかる」と、樋口氏は言う。「思いを伝えたい相手が20人、30人なら後ろ姿を見せるだけで良いかもしれないが、相手は数千人の規模」。メーカー出身の樋口氏にはなかなか理解し得ない、小売りならではの文化、言葉の違いもある。
「自分が伝えたつもりでも、伝わっていないことは多い。朝、子供を起こしたつもりが実際には起きていなかった、というようなことと同じで、起きるまで声をかけ続けなければ起こしたことにはならないの。なるべく簡潔に分かりやすく、幾度でも語りかけるように努めている」
そして、「大切なのは形だけのコミュニケーションの方法論などではなく、行動の根底に“ぶれない軸”があること。そうでなければ社員に対して最終的な説得力を持ち得ない」と、強調する。
樋口氏にとって、その“ぶれない軸”とは、「会社を良くしたい、社員が幸せに働ける環境を作りたい」という思いだった。「赤字の会社では社員を幸せにはできない。だから、厳しい施策でも鬼になった気持ちで断行する。闘争心を持ち続けようと思えた」
静かな語り口の中に、燃えつきぬ闘争心を覗かせていた。

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