自分変革は、行きつ戻りつ、少しずつ 

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■前回までのあらすじ
大手商社からボーダーレス社に転職早々、経営改革を提言した押川は、なぜか社長の逆鱗に触れ、権限を剥奪されてしまう。 経営大学院のクラス「パワーと影響力」での議論を通して、「自分の考えを正当化しようとする自分」「謙虚になれない自分」の姿を浮き彫りにされ、自身の未熟さを痛感。深夜、経営陣宛てにこれまでの自分の姿勢・行動を詫びるメールを打った。その思いは受け入れられた・・・。

主な登場人物

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※文中に出てくる姓名は全て仮名・仮称です。

■人間、そう簡単には変われない
社長との和解を果たした押川は、対立時に社長側に回った社員との関係改善に向けて行動を開始した。しかし、冷え切った関係を修復するのは簡単ではなかった。押川のような上位のポジションに立つ者ほど、相手からマイナスの印象や感情を一度持たれてしまうと、それをリセットするのは容易ではない。

押川は、自分の真意をなかなか理解してもらえない苛立ちから、ついつい以前の強圧的な態度が出てしまうこともあった。そうした自分の変化を客観視することは難しい。そのことを押川は過去の失敗から学んでいた。助けとなったのは、やはり、経営大学院のクラス「パワーと影響力」だった。隔週クラスの冒頭で、学生は自分の仕事でクラスの学びをいかに実践し、行動したかを振り返り、それを皆の前で発表する。クラスメートに正直に話すと、率直かつ厳しいコメントが返ってくる。押川は、自分の態度に以前の傲慢さが戻ってしまっていることに気付かされ、意識的に行動を変えていくことに努めた。

ただ、人間、そう簡単には変われない。自信を失い、落ち込んでしまうこともあった。それでも、胸襟を開きあったクラスメートからの励ましが押川を勇気づけた。行きつ戻りつしながらも、少しずつ変化している自分を認めるように意識した。そして、自分の成長を信じ、諦めずに努力を続けた。

一方、ボーダーレス社の経営陣も重大な判断を下していた。買収先企業の米国人エンジニアを事業責任者として抜擢し、組織改革を進めることを決定したのだ。それは、押川が提案し、否決されたプランそのものだった。

その米国人はとても創造的でエンジニアの誰からも尊敬される男だったが、組織をマネジメントする意識・スキルが十分ではなかった。押川プランに対する経営陣の懸念は、実はそこにあった。その対策として、押川がオペレーション管理のサポート役として指名されたのだ。それは、要職から外された押川に復活のチャンスを与えることを意味した。現場の人間が押川について来るのか――。それを試してみたいと、社長は思っていた。

■「利他的行動」が人の心を動かす
押川に内省を深めるきっかけを与えた「パワーと影響力」は、いよいよ最終講義「DAY6」を迎えようとしていた。押川はDAY1の後に社長宛てに送った謝罪メールを見直していた。

「自分は誰のために、何のために仕事をしているのだろうか?」

この約3カ月間、考え続けてきた問いである。その答えは、社長へのメッセージの中にあった。

「自分のポジションはどうでもよい。すべてを受け容れる」

自分は、そんな言葉を巧まずに入れていた。それが会長・社長の心に刺さった理由は、押川が自分の出世や保身のためではなく、会社のあるべき姿を第一に考えて動いてくれると信じてもらえたからだ。「すべてを捨てた者が、結局はすべてを得る」という聖書の言葉を、押川は思い出した。「俺が、自分が」では、人は動かない。利他的行動に心を打たれ、人は自ら動くのである。

深夜、そんなふうに静かに振り返っていると、こんな自分を受け入れてくれた社長や会長に対して、感謝を越えて尊敬の念が湧き上がって来た。

「この経営陣と共に大きな成功をつかみたい、本気で」

その上で、ボーダーレス社は自分が働く価値のある会社なのかと、あえて自問してみた。

・ボーダーレス社には、日本の中堅企業をグローバル企業に進化させるというチャレンジがある
・ボーダーレス社には、企業のIT活用をエンジニア教育の面から支援するというチャレンジがある
・ボーダーレス社には、エンジニア集団をチームとして機能させるマネジメントとしてのチャレンジがある
・ボーダーレス社には、アジアでのビジネスを立ち上げるというチャレンジがある

「答えはイエスだ」と確信した。そして、「リーダーとしてのビジョン、ベストサポーターとしての行動」を心がけていこうと決心した。

■仲間がいるから頑張れる
心が折れそうになった時、押川を支えたのは自分と同じような課題を抱えながら頑張っている経営大学院のクラスメートたちだった。彼ら、彼女らが自己変革していく姿から押川は大きな力をもらっていた。

女性受講者の小松の仕事に対する強い使命感は並大抵のものではなかった。クラスの回を重ねるごとに、自らに矢を向けるように厳しく自分を律していく姿に、自分も負けられないと感じた。

会社社長の大塚は、DAY1のクラスで、「会社の人間のことにまで関心を持とうというのは面倒なので一線を引いている」と発言していたが、その姿勢を大きく変えた。自分と従業員の間に引いていた線を取り払い、自分から笑顔でコミュニケーションするよう行動を変えた。

外資系企業のマネージャー、倉田は、「これまでと違うことを意識して行動するのに少し疲れてきた」と押川が本音を漏らすと、「行動が習慣化したら苦ではなくなってくるよ。それまで頑張れ!」とアドバイスしてくれた。

自己変革を目指して自分自身と戦ってきた戦友たち。その姿を思い起こすたびに、押川は武者震いがしてくる。そんな仲間は人生の宝だ。3カ月間のクラス終了後、押川は自ら名乗りでて懇親会幹事を引き受けた。自己変革の葛藤はこれからも続いていく。その長い階段を、この仲間たちと励まし合いながら一歩一歩登って行きたいという思いからだ。

そして、ある日の成田空港に押川の姿があった。いつもの半袖姿にバックパックを背負ったラフな格好だ。ボーダーレス社の現地法人の大改革という重責を担って飛び立っていった。(完)

< 講師解説 > 「小さな成功」を自己肯定しよう

ビジネスパーソンに必要なものに自己効力感がある。社会的学習理論(social learning theory:モデリング(他者の行動の観察)による学習)で有名な心理学者 アルバート・バンデューラ氏が提唱した自己効力感とは、ある結果を導くためにどのように行動したらよいかを理解していて、かつそのように行動できる自信を言う。そして、自己効力感を高める要素としては、(1)成功体験、(2)代理(擬似)体験、(3)言語的説得、(4)生理的状態の4つがあるとした。

ケースメソッドは、自己効力感を高めるための有効な擬似体験の手法でもある。

ただ、擬似体験を自らの実践体験につなげ、そこから成功体験を生み出すことが、自己効力感を高める上で極めて重要である。では、そのためにはどうしたらよいのだろうか?

それはOff-JTでの擬似体験を、即実践(オン)してみて、それをまたオフの場で振り返り、またオンでの実践を繰り返すこと、つまり、疑似体験と実践をリンクさせたPDCAを習慣化することだ。その振り返りをOFF-JTの場(例えば、経営大学院のクラス)におけるチームで共有することで、学習効果と自己変革が促進される。他者(例えばクラスメート)からの率直なフィードバックや彼ら/彼女らの行動変化は、そのノウハウに倣うことができ、自己変革と格闘する自分自身に勇気を与えてくれるからである。

ただし、難所がある。決意して行動に移しても、簡単には狙った水準には達しないのだ。振り返りは、自分ができていないマイナスの側面ばかりが先行し、変われない自分に苛立ってしまう。そうなると、いつまで経ってもポジティブな成功体験には至らず、自信が持てるようにならないのである。ではどうしたらよいのか?

大切なのは、「小さな前進」を自己肯定する姿勢である。

自分で考え、意志を持って行動を起こしたのであれば、必ず何らかの前進がある。その認識を持つことが極めて大切だ。その上で、足りない部分についてどうすべきかを考える。そして、また行動する。その積み重ねが、目に見える前進につながる。

小さな前進を肯定する姿勢は、自分自身のためだけではなく、組織のリーダーとしても必要なことである。メンバーに対してフィードバックする際に、足りていない側面(マイナス面)ばかり伝えていると組織はどんどん疲弊してしまう。リーダーがメンバーの小さな前進を認めることによって、自己肯定の輪が組織に広がっていくのである。

以上、6回にわたり、経営大学院のクラスという疑似体験の場から刺激を受けながら、実践の場での自己変革、自己成長を遂げた主人公の物語を紹介した。自分変革に挑んでいる読者の皆さんに、少しでもお役に立てたら幸いだ。

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